「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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>以前、アクアが仲間になり邪魔される前に、なぜ領主が悪魔の力でララティーナを嫁にしなかったのかとの質問がありましたが、嫁に行ける年頃になった頃、嫁に行くのを嫌がって冒険者になり、その頃仲間になった女神パワーで守られていたんですよと言う屁理屈です。

 これ昔作者さんが感想返しの時に言ってたことなんですが、ダクネスって女神ローテーションで守られた上で結婚式に二人もイケメンが殴り込んで来てくれるという、本当に愛されて救われた人なんだなあって思いますよね


3-5-2

 少しばかり、前のことだ。

 ベルゼルグ貴族アレクセイ・バーネス・アルダープは、屋敷の自室で舌打ちしていた。

 

「ちっ」

 

 彼は悪党だ。生まれつきの悪であったわけではないが、その生涯で徐々に腐り堕落し、善性を失っていったありきたりな悪党だった。

 その人生にも悪に堕ちていった事情があるが、そこに同情の余地は無い。憐れむ必要もない。

 彼は善に勝利した後社会の主導者となるタイプの悪でもなければ、世界を崩壊させるタイプの悪でもない、善の社会に寄生し善を食い物にして生きていくタイプの悪だった。

 

「忌々しい……」

 

 彼はこの世界でも数少ない、『神器』を自分の目的のために最大活用する男だった。

 神器の存在を知る者は少ない。神に神器を与えられた転生者でなくとも神器の力は一部使える、ということを知る者は更に少ない。

 その知識と神器の実物を併せ持つ人間となると、もはや指で数えられるほどしか居ない。

 この男はその一人である、というわけだ。

 

 最終的にクリスの手に渡った、王子の手元にあった体を入れ替える神器。

 あれもアルダープが王子の体を乗っ取るため仕込んだものだ。

 若い体、王族の立場、美麗な容姿。アルダープは何の罪悪感もなく王子を謀殺し、その体を乗っ取ろうとしていたのである。

 

 彼は体を入れ替える神器だけでなく、レッドの能力について語る時にセレスディナが言及していた、モンスターを召喚し隷属させる神器も所有していた。

 

「ヒュー、ヒュー、ヒューッ」

 

「何事も上手く行かんな」

 

 神器で召喚したつじつま合わせの悪魔・マクスと名乗る悪魔の力を使い、アルダープは今まで自分にとっての邪魔者を蹴落とし、自らが得するよう真理を歪めてきた。

 この悪魔は真実と真理を捻じ曲げ、過程において辻褄を合わせることで、どんなに無茶苦茶な結果でももたらすことができる強力な悪魔だ。

 

 人間ではこれに抗うことはできない。

 例えば三つに分かれた分かれ道があるとしよう。この悪魔の干渉を受けた人間は、どの道を進むかをこの悪魔に決められてしまう。

 普段は絶対に選ばない選択があるとしよう。だがこの悪魔の干渉を受けてしまえば、人間は自らの意志でその選択を選んでしまう。

 健康な人間もこの悪魔の呪いで、人間では治癒不可の病にかかり、死んでしまう。

 これに抗いたいのであれば、何らかの形で上位存在である神の力を借りるしかない。それでも、本当に多少にしか抗えないだろうが。

 

 この悪魔の能力は、"世界の隷属化能力"と言い変えても良い。

 つじつまを合わせられた世界は、この悪魔の望むままにしか動かない。

 この悪魔を手にしている時点で、アルダープは誰を傷付けても報いを受けることはなく、どんなに汚職をしても罪に問われることはなく、アルダープに狙われた女は彼の物になるしかなく、アルダープにとっての邪魔者は破滅する以外の未来を失ってしまう。

 この悪魔が、アルダープという悪徳貴族の恐ろしさだ。

 あるいは、ここまで便利な悪魔を手に入れてしまったからこそ、アルダープはここまで堕ちてしまったのかもしれない。

 悪魔というものは、人を堕落させるものである。

 望めば何でも手に入るという環境は、人を腐らせるものである。

 そういう意味では、この悪魔は本当に悪魔らしい存在だった。

 

 そう、悪魔らしいのだ。

 『辻褄合わせのマクスウェル』は、アルダープに辻褄合わせの悪魔・マクスと名乗っていた。

 本名を教えていない時点で、もはや契約は隷属の体を成していない。

 これだけの力を持つ大悪魔だ。

 しからばそれに関わった結末など分かりきっている。

 悪魔に魂を売った者の結末など、古今東西とても分かりやすいものだ。

 

 何も知らない。

 何も気付かない。

 アルダープはそこだけを見れば、この上ないほどの愚か者だ。

 周囲に迷惑と破滅をもたらし、自らは破滅も没落もしない、そういう愚か者だった。

 

 アルダープの破滅は明日か、一年後か、十年後か。

 何にせよ、あとは『アルダープが破滅するまでにどれだけの人間を不幸にするか』のみ。

 

「ああ、忌々しい。今まで上手く行かなかったことなどないというのに、何故これだけは……」

 

「ヒュッ、ヒッ、ヒュッ、アルダープ、アルダープ、次は何をする?」

 

「鬱陶しいぞマクス! 役立たずは少し黙っていろ!」

 

 アルダープは何も知らない。何も気付かない。

 『ララティーナという手に入らない女』を手に入れるため、悪魔や神器をフルに使っているのに手に入れられず、苛立っている彼は気付かない。

 かつてクリスという少女とパーティを組み、今はアクアという女神とパーティを組んでいるララティーナに何故悪魔の力が効きづらいのか、何故"幸運にも"仕込みが機能しなかったのか、そこを知る由も無い。

 

 アルダープはララティーナ……ダクネスを手に入れるためなら、人を何人殺すことも躊躇わない精神状態に至っている。

 この男が救えないのは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点にある。

 アルダープはダクネスに欲情しているだけだ。

 どんな女も簡単に手に入るから、手に入らないダクネスに執着しているだけだ。

 人間としての愛などそこには全く無い。

 

「早くララティーナをワシの物にしろ! ワシのために結果を出せ!」

 

「ヒュー! ヒューッ! 出すよ、出すとも! 僕は大好きだからねアルダープ!

 さらって来た娘を心が壊れるまでいたぶった君が好きだよアルダープ!

 泣いて許しを請う娘を見ると思わず笑顔で壊しちゃう君が好きだよアルダープ!

 あのララティーナに似た子を見るとさらって、死ぬまで弄ぶ君が好きだよアルダープ!

 何人もララティーナに似た子をさらって死んでも玩具にする君が好きだよアルダープ!

 壺を壊した使用人の命乞いを蹴り飛ばして、心も体も壊した君が好きだよアルダープ!」

 

「っ」

 

「ヒューッ、ヒュ、ヒュ、ヒュッ、ヒッ、ヒューッ! ヒューッ! ヒューッ!」

 

 アルダープは悪だ。悪ではあるが魔ではない。

 これこそが『魔』である。

 神の対で、神の敵である。

 

「なんとまあ、随分と悪魔に堕落させられた人間も居たもんだ」

 

「! 誰だ、何者だ!? この部屋には使用人も入るなと言い含めてあるはずだ!」

 

「魔王軍の使いだ。今日は商談に来た」

 

「!?」

 

「魔王軍はお前の欲しい物を提供できる。

 お前は貴族にしか提供できないものを魔王軍に提供できる。これは取り引きさ」

 

 仮面を付けた赤色の男。

 男は魔王軍に手を貸さないかと、アルダープを悪の道へと誘う。

 魔王軍の組織力とその悪魔の力でもっと大きなことをしないか、と誘惑する。

 アルダープには、魔王軍に多少手を貸しても人類が滅びるというわけではないだろう、という甘い見通しと堕落した判断があった。

 だが、それがあっても魔王軍に手を貸すことには多少の迷いがあった。

 

「悪魔に魂を売ったお前が、魔王軍に魂を売ることを躊躇うのか?」

 

「―――」

 

 にもかかわらず、DTレッドと名乗ったその男は、言葉巧みにアルダープを説得し終えていた。

 堕落しやすい人間、欲に流されやすい人間など、レッドからすれば餌をチラつかせるだけで容易に操れる俗物でしかない。

 

「ただ、心しておけ」

 

 レッドは何もかもを見透かすような目でアルダープを見て、指差す。

 

「信念で悪に堕ちた者は、より強い信念の持ち主に滅ぼされる。

 憎しみで悪に堕ちた者は、大抵憎しみでは戦わない者に滅ぼされる。

 欲で悪に落ちた者は、自らの欲によって滅ぶ。世界はそう出来ているんだ」

 

「はっ、青臭い主張だ。ワシはこれを長年続けているが、破滅など見たこともないぞ」

 

「そうか。だが、私がこう言った意味は考えておくといい」

 

 まともには死ねないぞ、と言うレッドを、アルダープは鼻で笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダクネスが屋敷に戻らなくなり、様々な者達が時々屋敷に来るようになり、むきむき達が情報を収集するようになり、二週間が経過した。

 屋敷はむきむきに助けを求められたテイラー達や、王都の内通者を探していたミツルギパーティ他、クリスなどダクネスと親交があった者達が定期的に屋敷を訪れる。

 それを纏めていたのは、意外にもめぐみんだった。

 

「では今回の定例報告を始めます」

 

「はいめぐみん!」

「切り込み隊長は私達です!」

 

「はいクレメア、フィオ、発言をどうぞ!」

 

 一番前の席にむきむき、その右隣にカズマ、左隣にクリス。

 壇上にめぐみんとサポートのゆんゆん。

 むきむきの後ろの席にミツルギ、そしてクレメアとフィオが座っていた。

 

「ダスティネス家はグッダグダね。

 立て直せなくもないけど、現状のままだと立て直しの目は無いと思う」

 

「不自然なくらい色々と連鎖して出費と借金が連鎖してるとか」

 

 単純に貴族間政争が激しくなってダクネスの実家がピンチ、という話ではない。

 敵対派閥の貴族の動き、味方派閥の貴族の動き、貴族以外の動き、操作のしようがない市場の動きに天災の動きやモンスターの動きまで、あらゆる要素が結果的だけ見るとダスティネス家に対しマイナスに働いているそうだ。

 ダスティネス家にマイナスをもたらしたい人間、マイナスをもたらしたくない人間、その行動の結果がことごとくダスティネス家のマイナスになっているらしい。

 

「『何かおかしい』と思ってる人は多い。なんだけど……」

 

「どこがおかしいのか見つからないというか。

 暗躍をしているのは間違いないのに、証拠は見つからない、みたいな……」

 

 クレメアとフィオがくてっと項垂れる。

 こういう風に書けば"何故皆おかしいと思わないのか?"という話になるが、ここまでくるともはや大貴族でも起こせることではない。

 小国でも力不足になる領域だ。

 

「というかこれ、国家規模の工作でも起きてるんじゃないかって思うんですけど」

 

 ゆんゆんが腰が引けた様子でそう言い、皆が押し黙る。

 その言及でさえ正確ではない。スケールの大きさにこういった想像がされただけで、国家でもここまでの工作は不可能だろう。

 超常的な力と大規模な組織力の合わせ技でもなければ、ここまでの窮地は作れない。

 "だからこれは工作でもなんでもなく運が悪かっただけなのではないか"と思う者さえ居た。

 

 ダスティネス家は今現在、金銭的に崖っぷちに居る。

 それが誰かの悪意であると考える者が居た。

 それが奇跡的な不運の連続であると考える者が居た。

 "何かに思考の辻褄を合わせられて"、そこにそもそも違和感を抱けない者が居た。

 そして、自分の周囲に限定すれば悪魔の干渉をぶっ飛ばせる水の女神が居た。

 

 ついでに言うと、ちょっとヘタレてきた私服緑ジャージの少年も居た。

 

「つか助けを求められたわけでもないのに積極的に関わろうとする必要あるか?

 大貴族がどうにもできない問題っていうんなら一介の冒険者に何ができるんだよ」

 

「カズマー、今そういうのはちょっと求めてないです」

 

「めぐみん、お前本当に俺の知らんとこでダクネスと仲良くなってたのな……」

 

「ほらカズマくん、もうちょっとの辛抱だから」

 

「俺そう言われて本当にちょっとだった覚えねえわ」

 

「うっ、僕もない……」

 

「なあ、問題全部放置してダクネスだけさらって逃げるとかでいいんじゃないのか?」

 

「このむきむきを言いくるめて楽な道を提案する流れ、まさしくカズマですね……」

 

 ここまで話が大きく、裏で動いているものが大きく見えてくると、カズマもちょっとヘタれて来るというものだ。

 ダスティネスの家なんて放置で皆で逃げちゃわないかと言いたくもなってくる。

 かつてそのハイレベルなエロへの執着と緑のジャージから『ハイエロファックグリーン』の異名を学校で付けられたほどの男、カズマ。

 彼がリスクをガン無視して男らしさを見せるのは、大抵がエロ絡みの時だ。

 

「サトウカズマ! 何を言うんだ!

 それでこの国にヒビが入ったらどうする! 人類はそのまま最悪魔王軍に負けるんだぞ!」

「そーよそーよ! キョウヤの言う通りよ!」

「無責任よ!」

 

「だぁああ世界の命運をかけた戦いとかよそでやってくれ!

 誰がどう見ても完全無欠によろしい勝利とかお前らだけで求めてくれ!

 俺は最低限自分の守りたいものだけ守って、後は知らん! 知らないからな!」

 

「ま、迷いなく言い切った……! こんな俗物的な主張を……!」

 

 なんかヤバい敵に挑みたくないという気持ち。

 ダクネスに湧いた情。

 面倒事は嫌という気持ち。

 ダクネスのためになんか必死になっちゃってる感じで恥ずかしいだろ、という思考。

 なんか俺があいつのために頑張ってるみたいで誤解されるだろこれ、という邪推。

 

 カズマはツンデレでヘタレなため、困難にぶつかったり自分を振り返ったりする度、微妙に目標の高さを下げていくのだ。

 

「でもカズマくん。家が無くなっちゃったら、ダクネスさんはきっと悲しむよ」

 

「……む」

 

「この屋敷で皆と暮らして、僕は楽しかった。

 ダクネスさんも楽しそうに見えた。

 僕は、"家で誰かが待っていてくれてる"ってだけで幸せだったからだけど……」

 

「……」

 

「『帰る家がある』って幸せなことだよ。

 それがなくなることは、きっと悲しいことだよ。

 カズマくんがダクネスさんに『いつも通り』で居て欲しいなら、するべきことは多いはず」

 

「……」

 

「ダクネスさんが帰る家も、守ってあげないと。ね?

 大丈夫、カズマくんがしたくない面倒なことは僕がやるから。

 カズマくんはいつもみたいに最後にビシーッと決めてくれればいいからさ!」

 

「……しょうがねえなあ。今回だけだぞ」

 

 カズマの発言にイライラしていたミツルギの取り巻き二人が、毒気を抜かれた顔をして、むすっとした顔で押し黙る。

 二人はそこで何かを思いついたような顔になって、この流れを引き合いに出してカズマをからかおうとした。

 が、ミツルギが人差し指を二人の唇に当て、くさめのイケメンムーブで顔を赤くさせ黙らせる。

 

 面倒臭がりなくせに助けたいという気持ちは確かにあって、こうして決断に至るための『何か』を求めるところは、カズマのちょっと面倒臭いところだ。

 けれども、その上でむきむきにこう言わせるだけのものを、カズマは持っている。

 

「さて、では話を続けましょうか。

 こんな不運が偶然起こるとかはありえないです。

 つまりどこかに黒幕が居て、そいつを血祭りに上げることが私達の目的になります」

 

「待て血祭りは目的じゃない」

 

「紅魔族の紅は血の紅ですよ。返り血なんて恐れません」

 

「サトウカズマ! 君の仲間はどうなってるんだ!

 丁寧語口調だがこれは内心で相当キレてるぞ! 殺意と怒りに満ちてる!」

 

「いや、おかしさのベクトルが違うだけでそいつは常時頭おかしいから……」

 

 犯人確定と同時にその家に爆裂魔法を撃ちかねない女めぐみん。

 

「どうどうめぐみん」

 

「私は冷静ですよむきむき、ええ冷静ですとも」

 

「おいめぐみん、マツルギが『あの子の胸って円周率と無縁だね』だって」

 

「え!? 言ってな……サトウカズマ! そういう迂遠な謀殺を仕掛けるのはやめろ!」

 

 ダクネスが居なくなってから一日経つごとに、皆の中には焦りが降り積もり、冷静さは目減りしていって、妙に喧嘩っ早くなってきた。

 マゾではあるが良識もありストッパーにもなれるダクネスという存在の重要性は、居なくなって初めて正しい形で実感できるものだったようだ。

 

「カズマー、適当な時間になったから昼御飯持って来たわよー」

 

「なっ……サトウカズマ! アクア様に給仕の真似事をさせるなんてどういうつもりだ!

 しかも昼御飯を作らせるだなんて! そこは君が進んでやるべきだろう、男として!」

 

「いやうちの食事は当番制だし……

 さっと作ってさっと食事済ませられるよう、卵かけご飯頼んだから労力もかかってねえよ」

 

「はいどうぞ、皆の分の卵かけご飯よ」

 

「ありがとうございます、アクア様。

 この御剣響夜、今日頂いた卵かけご飯のことは忘れませ……あれ!? イクラ!?」

「!? これイクラ丼じゃねーかアクア!」

 

「何よ、イクラも卵でしょ? これぞ、水の女神風卵かけご飯! 私の創作料理よ!」

 

「水生生物の卵使えば水の女神っぽさを出せるとかいう安直な発想やめろ!」

 

 イクラ丼を卵かけご飯と言い張る勇気。

 アクアの勇気の味を噛み締めつつ、クリスはそんなアクアをじっと見ていた。

 むきむきはクリスが見たことのない顔をしていることに疑問を持つ。

 

「クリス先輩、どうしたんですか?」

 

「……いや、絶対にありえないんだろうなって思ってたんだけど……

 他人の空似だと思ってたんだけど……いや、まさかのまさか……先輩……」

 

「クリス先輩の先輩?」

 

「え、あ、いやなんでもなくてね!」

 

「アクア様って本物の女神様らしいんですよ」

 

「そーなんだー! へー! そーなんだー!」

 

「信じてる人あんまり居ないんですけど、魔王軍とかもそう思ってるフシがあって」

 

「だよねー! でも確かににわかには信じられない話だよねー!」

 

「もしかしたらアクア様みたいにエリス様も来てるのかな? なんて思ったり」

 

「いやー、女神様ってそう簡単に地上には来ないものなんじゃないかなー!」

 

 クリスのスキル・たくみなわじゅつによりむきむきはそんなものかなあ、とちょっと納得して、ほっぺにイクラを付けつつイクラ丼を食べているアクアに語りかけた。

 

「そういえばアクア様。昨日は色んな場所を回っていたらしいですが、どうでした?」

 

「なんかもうくっさいくっさい、どこ行っても悪魔の臭いだらけ!」

 

「悪魔……」

 

「これはもうクロよクロ、まっくろくろすけ! 悪魔の邪悪な企みがあるわね!」

 

 アクアの嗅覚は本物だ。

 彼女は御大層な言い方をすれば、"一つの宗教の主神が地上に降りた存在"と言える存在である。

 その権能は多少落ちてはいるが、人間離れしたスキルとして今も彼女に備わっていた。

 彼女にそれを使いこなす頭はないが、それを見越したカズマがこうして傍に居て使いこなしていけば、普通は気付けるはずもない事柄にも気付けるというもの。

 

「仮想敵は悪魔使いか」

 

 ミツルギが深刻な顔で呟く。

 

「元の噂が噂だから、ベルゼルグ貴族・魔王軍・悪魔使いが敵? でしょうか」

 

 ゆんゆんがこめかみを人差し指で叩いている。

 これは相当デカい一件になる、と皆の間にまた剣呑な空気が広がった。

 こういうシーンでカズマに期待する――してしまう――のがむきむきである。

 むきむきが肘でカズマの肩をつつき、カズマが"何か言って皆を勇気付けてほしい"というむきむきの無言の意思を察し、凄い嫌な顔をした。

 

(カズマくん、そうだ、ここで皆を勇気付ける言葉を……)

 

 そうしているむきむきもちょっと不安そうな顔をしていたものだから、カズマは何か言い始めた。

 

「むきむき、大丈夫だ。だから普段の感じで大船になった気持ちで居てくれ」

 

「カズマくん……! ……ん? ってあれ、僕が大船になるの!?」

 

「そして俺を乗せてくれ」

 

「しまった! カズマくんがすっかり他力本願モードに!」

 

「有事までカズマを乗せといてくださいね、むきむき」

 

 ツンデレカズマ。ツンデレ輸送船むきむき。そして情報収集役ミツルギと、ノリのいい女性陣。そこにダクネス絶対助けるウーマンめぐみんが加わって、なにやら奇妙な爆発力と組織力が生まれていた。

 

「普段王都で活動しているあなたも情報源としては頼りです。頼みましたよ、ギル罪」

 

「僕の名前はミツルギだ! ギルツミじゃない!

 僕を有罪確定者みたいに言うのはやめないか!」

 

 めぐみんが現在の先導者であるという不安要素は、とりあえず脇に置いておこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 だが、状況は悪くなり続けた。

 彼らはダクネスに会おうとしても会えず、事態を終着させようと動くも、その行動はほとんど実を結ばずに終わってしまう。

 現在に至っては、ダスティネスを擁護しようとする王族や貴族、ダスティネスを追い落とそうとする貴族、結果的にダスティネスを追い込んでしまう貴族や警察などの思惑が絡み合い、ダスティネス没落まで秒読みという複雑な状況が仕上がってしまっていた。

 

 複雑に噛み合っているのに、下手に手を入れるとすぐに崩れてしまうそうな構図は、まるでジェンガのようだ。

 

「ダスティネス家に魔王軍との内通容疑がかかってる!?」

 

「どうやらなりふりかまわず詰ませに来たようですね」

 

「マジで奴ら、王家の懐刀であるダスティネスを潰すつもりか」

 

「ここやられたらベルゼルグはガタガタよ。国有数の大貴族は伊達じゃないわ」

 

 ベルゼルグ貴族と魔王軍の両方が手を貸し合っているのなら、魔王軍とダスティネスが内通していた証拠など作り放題だ。

 むきむき達に詳細な全体像は見えていないが、ベルゼルグ貴族が売国に動いている現状、国有数の大貴族でさえもそれには抗えないという今の窮地は、ちょっと洒落にならない。

 これを成功させてしまえば、魔王軍が『じゃあ今後はこの手を繰り返そう』と考えかねない。

 最低でも、魔王軍と内通するような貴族は見つけなければならない。

 

「なんでこんなに上手く行かないんでしょうか」

 

 なのに、何故か上手く行かない。

 『上手く行かない』という結果だけが確定していて、その過程で辻褄が合わせられているかのようだ。

 時々は上手く行くのだ。教会での聞き込みで情報を得ることも、アクアが悪魔の臭いを嗅ぎつけることも、クリスがどこかから貴族の情報を得てくることもある。

 だが、それ以外で話が遅々として進まない。

 悪魔の力とやらは、本当に対処に困るものだった。

 

「よし、じゃあ僕がウィズさんのお店に行ってバニルさんに悪魔の話を……」

 

「やめろ」

 

 バニル? と首を傾げるミツルギ達に誤魔化すように、カズマがむきむきの口元を抑える。

 元魔王軍幹部と現魔王軍幹部が居る店のことなど、真っ当な勇者様に教えられるわけがない。

 しかも相手が相手だ。あのバニルだ。

 "あれを頼るのだけは避けたい"というのが、カズマの本音である。

 目を離した隙にむきむきはフハハハハハと笑う仮面男になりかねないという懸念があった。

 

「どうしたものかしら。ダクネスの周りに悪魔がちょっかい出してるなら、全部やっつけないと」

 

「アクア様、凄い敵意ですね……」

 

 アクアの珍しい『明確な敵意』に、むきむきが冷や汗を流す。

 

「そうだね。ダクネスの周りに悪魔がちょっかい出してるなら、駆逐してから根絶しないと」

 

「クリス先輩、凄い殺意ですね……」

 

 クリスが放つキャラ崩壊一歩手前の『明確な殺意』に、むきむきの背にどっと汗が出て来る。

 

「……あ、ごめんねむきむき君。

 怖がらせちゃったかな? 私昔にちょっと、悪魔と一悶着あってね」

 

「いえ、珍しいもの見たなあ、って思っただけですよ」

 

 むきむきは屈託もなく笑い、クリスは巧みに作った温和な笑顔を顔に貼り付けていた。

 

「そういえばクリス先輩ってカズマくんより幸運値高いんですよね」

 

「ちょっとー、私の冒険者カードは滅多に他人に見せないんだから言わないでよ」

 

「……え、そうなのか?」

 

 あ、とカズマが何かを思いついた。

 一瞬くだらない思いつきだと思えたそれが、カズマの脳内で「あれこれいけるんじゃね?」と加速度的に現実味を増していく。

 地球であればカズマ自身でさえ鼻で笑っていたであろうこと。

 この世界であれば、それなりの説得力を持つこと。

 カズマの幸運と、カズマ以上の幸運があるらしいクリスが居るのであれば、『運悪く失敗する』ということがまず無い手段。

 

「最高だぜむきむき。お前は時々、その時の俺に一番必要なものをくれるよな」

 

「え?」

 

 カズマが笑った。

 ゲス全開に笑った。

 つられてむきむきも笑う。

 こういう風に笑ったカズマが悪人の天敵であることを、むきむきはよく知っている。

 

「こそこそ隠れてこっそり悪巧みしてる悪党を、幸運の暴力でぶっ飛ばしてやる」

 

 ダクネスの『幸運』が仲間と友に恵まれたことであるのなら、敵の『不運』は彼らを敵に回したことだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズマが思いついたことはシンプルだ。

 原理は簡単。ジャンケンであれば彼が生涯一度も負けたことがないこと……言い換えるなら、単純な二分の一の運勝負であれば負けたことがない、という点を利用するもの。

 カズマとクリスを別室に隔離する。

 彼らの前でベルゼルグ貴族全員の名前を二つに分けたリストの片方を選ばせる。

 選ばせたリストの名前を二つに分け、また繰り返す。

 そうしていけば、最後には名前が一つだけ残る。

 そうして最後に残った一人の名前がカズマとクリスで同じかどうかを照合する。

 これで最後に名前が同じであれば……というものだった。

 

 普通なら、一致しない。

 ランダムな二択をこれだけ繰り返せば、最後の一人の名前が一致するわけがない。

 だが二人は、幸運にも同じ名前を引き当てていた。

 

 この世界は、撃った矢の命中率が運で決まったりもする、世界法則に幸運のステータスが絡む世界。()()()はやけっぱちの代名詞ではなく、明確な計算と推測の材料となるものだ。

 カズマが自分一人でこういうのをしないのは、幸運が絶対の指標にはならないことを知っているからだろう。自分一人でやってもそれが正解とは限らないと思っているからだろう。

 だがクリスのそれと一致するのであれば、正解であるという確率は高くなる。

 事前にアクアが二人に幸運強化の魔法もかけていたため、正答率は更に引き上げられていた。

 

 『アレクセイ・バーネス・アルダープ』。

 それが、女神の祝福と、二人の幸運という暴力によって悪魔の隠れ蓑を引き剥がされた、ダスティネスを追い込む黒幕の正体だった。

 

「君達頭おかしいよ……」

 

「よく言われます」

 

「待って! 私とむきむきは言われてないでしょ!」

 

「おい待て俺もクズだなんだと言われるだけで頭おかしいとは言われてないだろ!」

 

 ミツルギの言葉をめぐみんは否定せず、ゆんゆんは限定的に否定し、カズマは自分がその枠の中に入れられることを嫌った。

 

「ね、ねえ、こんな運任せでいいの?

 私正直こんな方法で上手く行くわけがないと思うの」

 

「僕はカズマくんとクリス先輩を信じます、アクア様」

 

「違うわむきむき! これは人格を信じる信じないの問題じゃないの!」

 

「何心配してんだ、アクア」

 

「……カズマ、その顔は秘策があるってことね?」

 

「犯人が間違ってたらむきむき通して王女に口利いてもらえばいいだろ?」

 

「ええっ!?」

「流石カズマ、封建社会で貴族を殴るスタイル嫌いじゃないわ!」

 

 カズマは運任せと王族の威光を借りる他力本願スタイルで、悪魔と魔王軍と貴族という悪辣なコンビネーションをぶっ壊そうとしていた。

 

「しょうがないわねえ。秘策が一つじゃ不安でしょ?

 もし黒幕が違う人だったら、間違っちゃった人は私が謝って誤魔化してあげる」

 

「アクア、お前にも何か秘策が……?」

 

「まず一芸を披露して場を温めるわ。

 そして千エリス札を渡しながらこう言うのよ。どうもすみま千エリス!

 突拍子も無い激ウマギャグに皆笑い、詫び賃に渡した千エリスでちょっと許された感じに……」

 

「それで許されるのはお笑い芸人の女神なお前だけだ!」

 

 アルダープ・魔王軍同盟の話の進め方は完璧だったのだが、ちょっと相手が悪かった。

 

「ここまで運任せな話の進め方見たことない……」

 

「でもさ、たくさん居る貴族をランダムに二つに分けて片方を選ぶ。

 それが最後の一人になるまで続ける。

 二人が選んだ一人が同じ人だった……ってこれ、偶然だって考える方が変だよね」

 

「……」

「……」

「……」

 

 むきむきのその言葉に、反論できる者は誰も居ない。

 皆分かっているのだ。アルダープが黒幕なのだろう、ということは。

 悪魔の力や魔王軍の力を使い、国中で工作しているのだろう、ということは。

 それを突き止めた手段がちょっと納得行かないだけで。

 

 クレメアとフィオが心底嫌そうな顔をして、二人で語り始める。

 

「アルダープ……ダスティネス家の借金の大半を肩代わりした人物。

 それと引き換えに一人娘のララティーナ……

 つまりダクネスを側室として迎えようとして、強烈に反発されてた貴族ね」

 

「一番得してる貴族、ってわけでもなかったもんね。

 強いて言うなら一人だけ下卑た欲で動いてるな、程度の人だった」

 

「金や土地で得してた人他にも沢山居たものね」

 

「つまりこれは一人の女を手に入れるために一つの大貴族を潰す作戦だったんだね」

 

「女を手に入れるにしてはやり方が汚すぎるわよ!」

 

「そうよ! 男として最低よ!」

 

「こんな方法で異性を手に入れようとするなんて、魂まで腐ってるに違いないわ!」

 

 カズマが思わず"その辺にしといてやれよ"と思わず思ってしまうほどの口撃が、クレメアとフィオの口から飛び出していた。

 

 むきむきやミツルギと話している時はあまり表出しない個性だが、この二人は基本的に普通の女の子で、その上でクズが大嫌いな女の子達だった。

 一般的な女の子が嫌いなものを盛大に嫌う。当然アルダープも大嫌いだ。

 デブで毛深く、女と見ればいやらしい目で見て、貴族も平民も見下した態度で偉そうにして、女の子をさらって乱暴しているという噂もある、民から嫌われる貴族代表アルダープ。

 これほどまでに普通の女の子に嫌われる要素を山盛りにした男は他に居まい。

 

「……一番俗物的な人、というか……

 ダスティネスの借金を肩代わりしてた人が黒幕ってのは予想外だったね、めぐみん」

 

「現実的な話をするなら

 『その事件で一番得をした人物が黒幕』

 という考えは愚の骨頂。その考え方で正解に辿り着けるわけがありませんからね」

 

 むきむきとめぐみんがうんうん頷いている。

 アルダープは自分の行動の結果得した他の貴族達、別の言い方をするならば"自分よりずっと得した貴族達"を上手く隠れ蓑にしていた。

 自分の行動の結果、不運にも自分が一番得することができないことも、意図して自分が一番得しない立場に立つこともある。

 何にせよ、一番得した人間が真っ先に疑われるのは当たり前のことだ。

 そういう偽装工作だけを見ても、アルダープは悪辣な人間であると言えた。

 

「確たる証拠はないが、これは報告する価値の有ることだろ。

 ダスティネス家に一回寄ってから、そのまま王都に向かおうぜ」

 

「王都? 何故?」

 

 カズマが皆を引き連れていく。

 いざという時、皆が気付かない所に気付き、皆が持てない決断力を得るカズマは、一直線に最適解の道を進んでいた。

 

「国規模の問題なんだろ? じゃあ決まりだ。王様と会って、話をしよう」

 

「えっ」

 

「お前ら王族から直接にクエスト受けてるんだろ? じゃ、それの報告って体で行こうぜ」

 

 カズマはヘタレだ。ヘタレだが、勇気はある。ヘタレに勇気が無いなどと、誰が決めたのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 貴族平民格差の意識があるこの国生まれの人間には、気軽に王様に会いに行こうという発想は湧いて来ないだろう。紅魔族三人なら王女相手にはギリギリ、といったところか。

 アクアのことは、むきむきが文通の手紙にいくらか書いて知らせている。

 今回はアクアを王族に会わせたい、そのついでに報告をしたい、という体で王様にアルダープが容疑者であることを伝えることを目的としていた。

 

 なのだが、謁見の間に足を運んだ王様と王女様が見た女神様には、ちょっと話しただけで分かるアホっぽさがあった。

 アイリスは特にそうだが、ベルゼルグ王族には人を見る目がある。

 王様と王女様は、アクアのアホっぽさを短時間で見抜くことが出来ていた。

 

(これが本当に女神なのだろうか)

 

「暇だったから謁見の間の床に水で大きな王様の絵を描いておいたわ」

 

「!? なんだこれ上手い!?」

 

 と、同時に『普通の人間とは何かが違う』という感想も、アクアに対し抱いていた。

 むきむきは仲間達を引き連れ、仲間達を代表して王様と言葉を交わす。

 

「女神アクア様曰く、今現在領主アルダープさんの周りが怪しいそうです」

 

「……変則的ではあるが、女神のお告げというわけか? むきむき」

 

「はい。女神様曰く、悪魔の仕業であると」

 

「悪魔、か。これは少し大事だな……」

 

 正直な話、王族視点アクアが本物の女神かどうかは半信半疑といったところだ。

 むきむき達はアクアに女神として「アルダープが怪しい」とお告げを貰い、その後幸運で判定して「アルダープが怪しい」という結果を出したのだと王様に報告していた。

 アクアのお告げに信憑性が有るかどうかなんて王族に分かるわけがない。

 ならば、アクアが女神である可能性が、そのままアルダープへの疑いに変わる。

 

 王様の中には今はっきりと、アルダープへの疑心が生まれていた。

 

「さて。で、あるならば。先にしておいた準備が役に立つであろう」

 

「どういう意味でしょうか、王様」

 

「ララティーナとアルダープを既に隣室に呼び寄せてある」

 

「!」

 

「正確には奴らが私に会いたがっていたため、お前達の後に来るよう調整して呼んだのだがな」

 

「会いたがっていた……?」

 

「二人の婚約を王の名の下に認め、発表して欲しいと望まれている」

 

「!」

 

 貴族の腐敗を聞き、王都に赴いたダクネスを助け出すために、そしてダクネスの帰る家を守るために始まったこの形なき戦い。

 その戦いはもう、バッドエンドとハッピーエンドの分岐点まで進んでいたようだ。

 

「現ダスティネス家当主のイグニスはララティーナのこの婚姻に反対だ。

 しかしララティーナとアルダープは同意しているという。

 ダスティネス家はアルダープに借金を肩代わりして貰っているため大きくは出られない。

 ララティーナも家のためと思えば、アルダープの頼みは断れなかったのだろう」

 

「そんな……」

 

「ふっ、そんな気はしていたのだ。

 だから奴らの謁見をお前達の後にしていた。退屈な謁見も少し楽しくなってきたではないか」

 

「お父様、不謹慎ですよ」

 

 アイリスが王をたしなめる。王族と家臣という関係を絶対の下敷きとしながらも、アイリスとララティーナの間には友情のようなものがあった。

 ララティーナの現状を耳にして、めぐみんという友人、クリスという友人だけでなく、アイリスという友人も憤慨を覚えているらしい。

 

「今呼ぼう。あるいはここで決着を付けるか? むきむき」

 

「是非」

 

 王様が側仕えの者を動かす。

 ダクネスとアルダープが、謁見の間に入って来る。

 二人がむきむき達を見て驚いた顔をして、アルダープの後ろで何も喋らないようにしていたダクネスが、こっそりカズマが立てた親指を見て、一瞬とても嬉しそうな顔をする。

 けれども、すぐに表情を元に戻した。

 カズマは逆に、その表情の動きを見てむっとしてしまう。

 

「陛下、これは一体……」

 

「アルダープ。今、貴様の汚職の話を聞いていてな。

 彼らは善意でそれを伝えてくれた、情報の運び屋のようなものだ」

 

(こ、この王様……!)

 

 本人を前にしてこの話題振りだ。一瞬のカマかけだろうか。

 王様の豪胆なカマかけに、悪辣な凡俗であるアルダープが一瞬露骨な反応を見せる。

 確たる証拠はなかったが、むきむき達と王とアイリスは、その反応からアルダープが黒であることに確信を持った。

 

「どうせ根も葉もない噂でしょうな。

 第一、どこに証拠があるというのですか?

 私は今陛下の御前に立つことを許されています。

 それはつまり、話に筋が通っていたとしても、証拠自体はないということなのでは?」

 

「うむ。全くもってその通りだ」

 

 だが、アルダープは自白まで行かない。

 この土壇場でこういう風に頭が回るのは、実に姑息な悪党らしい。

 アルダープは自分が捕まるような証拠は絶対に見つからないと思っている。それが見つけられているわけがないと思っている。

 まるで、その結果だけは確定しているということを知っているかのように。

 

「して、貴様の望みは婚約の発表、であったか」

 

「然り。王の名の下に、我らの愛を祝福していただきたく……」

 

 カズマが立ち上がろうとし、アクアが叫ぼうとし、めぐみんとゆんゆんが杖に手を伸ばす。

 ダクネスが無感情な顔で顔を横に振り、それを抑制する。

 王の理解者であるアイリスが、"父を信じて"とむきむきに目で訴える。

 アイリスの理解者であるむきむきが、ダクネスの意ではなくアイリスの意を汲んで、カズマ達の行動を止めた。

 

「だがその前に、果たさなければならない公約がある」

 

「……公約?」

 

 王の言葉に、アルダープの眉がピクリと動く。

 

「ララティーナ、お前は確か13年前に言っていたな。

 『強い男と結婚したいです』と。

 『自分を組み伏せられるほどの男と結婚したい』と。

 あれは謁見の最中の他愛ない雑談だった。書記官の記録にも残っている会話だろう」

 

「こ、光栄です陛下。まさか覚えていただけているとは……」

 

「うむ、この身は王であるからな。

 そのくらいは覚えておかねばなるまいて。……と、いうわけだ。

 王として、その約束を叶えてやると約束した覚えがある。

 公式の記録に残っているということは、王が公言した公約ということになろう」

 

 王が言ったことを違えるわけにもいくまい、と王は楽しげに笑った。

 

「その約束を今果たそう」

 

 ベルゼルグ王族は他国の一部から蛮族と呼ばれている。

 この理由の一つに、現ベルゼルグ王が若い頃から今に至るまで、戦いで物事を正しく解決できるという蛮族思考を持ち合わせている、というものがあった。

 そして、蛮族思考の結果として最高の結果をもたらすだけの能力もあった。

 

 

 

 

 

「今ここに!

 ダスティネス・フォード・ララティーナの婚約者を決める大会!

 男達による血湧き肉躍る戦いの祭典、『天下一武道会』の開催を宣言するッ!!」

 

「「「 ―――ファッ!? 」」」

 

 

 

 

 

 何言ってんだこいつ、とその場に居た貴族・平民・アイリス全ての心が一つになった。

 

「ま、待ってください私の意志は!?

 そんな戦いの結果だけで私の婚約者を決められても!?」

 

「無論、王とはいえ婚約者を勝手に決めるわけにはいくまい。

 優勝者と婚約するかどうかはララティーナの自由だ。

 大会で婚約者が決まるならそれでよし。

 決まらなければ大会の後にアルダープと改めて婚約すればよろしい」

 

 しまった、この王本気だ、と皆の心が一つになった。

 

「正気ですかお父様」

 

「うむ、とりあえず関係者を一カ所に集めて戦わせればなんとかなることも多いのだ」

 

「お、お父様……」

 

 戦いでなんとかならない時にはこういう提案をしないくせに、戦えばなんとかなる時にはこうした提案をするのがベルゼルグ王だった。

 提案をそれっぽくするために、十数年前に幼いダクネスと話した内容を一言一句違わず口にできる優秀さが、ベルゼルグ王に相応しい能力の証明だった。

 戦いでなんとなるかならないか、その辺は勘で判断している様子。

 

「王よ。つまりはこういうことですかな?

 その戦いで公的に勝利を収めることが、王にこの婚姻を認められる条件であると」

 

「その通りだアルダープ。ここはベルゼルグだ。欲しいものは勝ち取って見せるがいい」

 

 つまりこういうことだ。

 アルダープがこの戦いで優勝したならば、王公認でダクネスと結婚ができる。

 ダスティネス家の借金をアルダープが肩代わりしている以上、ダクネスはアルダープとの婚約、その後の婚姻を断れない。

 アルダープ以外が優勝したなら、ダクネスはその人物と婚約をするかどうかを選べる。

 そこで婚約したなら勿論アルダープとは婚約も婚姻もできなくなる、というわけだ。

 

 だからか、アルダープに家を人質に取られているも同然なダクネスは、この大会そのものに反対する。

 ……もしも、その大会で。

 『ある男』が、ガラにもなく自分を助けるために勝ち上がって来てしまったなら。

 その時自分が、ツンデレなその男に伸ばされた手を跳ね除けられるかどうか、ダクネスには自信が無かったのだ。

 

「そんなことをする必要はありません!

 このララティーナ、自らの意志でアルダープ殿と婚姻を――」

 

「嘘はいかんぞ、ララティーナ」

 

「――え」

 

 カズマの方を見ないようにして叫ぶダクネスに、その時大きな外套で自分の姿を隠した男が、むきむきの後ろから諌めるような声をぶつける。

 その声に、ダクネスは聞き覚えがあった。

 間違えるはずもない。その声は彼女の父、ダスティネス・フォード・イグニスのものだった。

 

「五歳の時の夏にも、七歳の時の冬にも、しっかりとそう教えただろう」

 

「……お父様? いけません、お父様は原因不明の重病で明日をも知れぬ身で!」

 

「父に浅はかな嘘は通じない。お前は既に、それを知っていると思っていたのだが」

 

「私の話を聞いてください! 早く屋敷に帰って、体を休めなければ……!」

 

「体は休まっても心は休まらんよ。娘の一大事だ」

 

 現ダスティネス家の当主。現在は原因不明の重病で死にかけていると、市井でさえ噂されている男だ。その男がここに居ることに誰よりも驚いているのは、アルダープだった。

 アルダープは自分が殺した男が蘇ってきたとでも言いたげな、そんな顔をしている。

 

「アルダープ。私の言いたいことは分かるな?」

 

「……っ」

 

 イグニスが睨んで、アルダープが怯む。

 だがアルダープはすぐに不敵な笑みを返し、王はアルダープに大会の詳細を告げた。

 

「代理人は認めよう。アルダープ、貴様は今からでも代理出場者を探し……」

 

「必要ありませんな、陛下。この身一つで出場しましょう」

 

「……何? 正気か?」

 

(正気か? とかあんたが言うなよ王様……)

 

 王がアルダープに正気かと言い、周囲の皆が心の中でツッコミを入れる。

 だが、それも仕方のないことだ。

 アルダープはスポーツさえできなそうな中年デブである。これでまともな戦闘力が発揮できるわけがない。その辺の冒険者にさえ負けてしまいそうだ。

 これで武道会を勝ち抜けるわけがないだろう。

 

 だからこそ王は、アルダープにも平等に勝利の可能性を与えるべく代理人を出す権利を許可しようとしたのだ。

 なのにアルダープは自分が出るという。

 何を考えているのか、皆が疑問に思ったその時。

 

「どいつもこいつも役に立たぬ者ばかり。やはり最後に頼りになるのは自分だけだ」

 

 アルダープが、懐からフラスコを取り出した。

 それが、『最初の戦いでピンクが使っていたフラスコと同じ形』であるということに、むきむきとゆんゆんは気付く。気付いてしまう。

 二人が声を上げる前に、アルダープはその中の極彩色の液体を飲み干していく。

 

「しからばお見せしよう―――アレクセイ・バーネス・アルダープの力を!」

 

 

 

 瞬間。

 

 アルダープの筋肉が膨らみ、上半身を包んでいた服が吹き飛ぶ。

 

 瞬きの間にアルダープの体が、むきむきと同サイズの体格と同レベルの筋肉を備えていた。

 

 

 

「ふあっ!?」

「!?」

「なんじゃそりゃあっ!?」

 

 誰もが困惑していた。

 目の前の光景に付いて行けなかった。

 

「己が魂を売ってまで、ララティーナを求めるか」

 

 されど、それに怯まぬ(ちち)も居た。

 

「貴様になどララティーナは渡さん! 貴様の野望は私が止める!」

 

 ダスティネス・フォード・イグニス。

 彼は男の中の男、貴族の中の貴族、そして父の中の父として立つ。

 外套を投げ捨て、彼は裂帛の気合いと共に叫んだ。

 

「見るがいい! 彼らに貰った、ララティーナを守るための奇跡の力を!」

 

 

 

 瞬間。

 

 イグニスの筋肉が膨らみ、上半身を包んでいた服が吹き飛ぶ。

 

 瞬きの間にイグニスの体が、むきむきと同サイズの体格と同レベルの筋肉を備えていた。

 

 

 

「ふわっ!?」

「っ!?」

「世界がおかしくなっていく!?」

 

 アルダープの後ろで感情を押さえ込んでいたダクネスが。

 自分の感情を殺して婚約も婚姻も受け入れようとしていたダクネスが。

 この流れにとうとう取り繕う余裕を失い、感情のままに叫んで飛び出し、カズマとむきむきに掴みかかっていた。

 

「何をしたぁ! カズマ! むきむき!

 お父様に何をした! 言えっ! 事と次第によってはぶっ殺してやる!」

 

「俺悪くない、それだけは確か」

「……僕とカズマくんのせいかもしれないけど……もう本当になんでああなったんだか」

 

 イグニスとアルダープの一触即発の空気に、一触即発の筋肉。

 よもやここで戦いが始まるのか、という皆の予感に、むきむきが先んじて動く。

 

「とりあえず」

 

 瞬間。

 

 むきむきの筋肉が膨らみ、上半身を包んでいた服が吹き飛ぶ。

 

 瞬きの間にむきむきはイグニスとアルダープの間に割り込み、二人の争いを止めていた。

 

「お二方、戦いは大会の当日に。

 婚約する気のない父親でも友人でも、大会に参加し狙った人物を倒すだけならできますから」

 

 アルダープが舌打ちし、イグニスは物分りよく静かに下がる。

 よくあるシチュエーションに、女が"私のために争わないで!"というものがある。

 だが今のダクネスの心は、"私のために筋肉を付けないで!"という感情一色に染められていた。

 

「え、謁見の間がほんの数分で数十倍暑苦しくなった……!」

 

 魔に魂を売り悪魔の筋肉を得た者、アルダープ。

 愛故に奇跡の筋肉を得た者、イグニス。

 生来筋肉であった者、むきむき。

 腹筋に愛されし女、ララティーナ。

 

 サトウカズマッスルの到来が待たれるが、カズマは「俺だけはこうならないようにしよう」と心に決めるのだった。

 

 

 

 

 

 そんな謁見の間の中を、魔王軍・DTイエローが希少な魔道具で覗いていた。

 

「くっくっく、お前達がどこまで抗えるか……特等席で見せてもらうでゲス」

 

 瞬間。

 

 イエローの筋肉が膨らみ、上半身を包んでいた服が吹き飛ぶ。

 

 瞬きの間にイエローの体が、むきむきと同サイズの体格と同レベルの筋肉を備えていた。

 

「ピンクが企画立案した『むきむき量産計画』!

 その第一シリーズ、アンデッドのマッチョ化!

 第二シリーズ、生きた人間のマッチョ化!

 新世代魔王軍の強化原案となるべく生み出せた第二シリーズの強さに震えるがいいでゲス!」

 

 これは人間同士の戦いだ。

 だが同時に、人類軍と魔王軍の代理戦争でもあり、俯瞰して見れば神と悪魔の代理戦争でもあるものだ。

 どの筋肉が勝利するのか。

 どの筋肉が正しいのか。

 

 それは、筋肉だけが知っている。

 

 

 




 ボツ案だとピンクの『おっぱいを限界まで大きくする薬』が国に蔓延
 「ちょっとしか大きくならないんですけど」と怒っためぐみんが殴り込み
 「限界以上には大きくなりませぬ」とピンクから無情な宣告
 そんなお話がありました。

 今回の話書いてて脳が溶けていく気がします

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