「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 カズマさんが傀儡をかけられると全ての欲望が解放され、ダクネスの鎧の胸部分を奪ったグラムで切り取って、そこにコンソメスープを注いで味わいながら飲むというエキセントリックスターになります。たぶん


3-5-1 絶体絶命! ダクネス筋肉包囲網!

 魔王軍との連戦。

 元ニートで魔王軍とか戦いたくもない、という信条を持つカズマの体には大きな疲労が溜まっていた。それでも、朝陽はやって来る。

 疲れからか昨晩早くに寝てしまったカズマは、屋敷に差し込む朝陽に強制的に目を覚まさせられていた。

 

(腹減った)

 

 むきむきが居たら前に食べた海鮮丼作って貰おう、めぐみんが居たら適当に作って貰おう、アクアが居たら卵かけご飯でも作って貰おう、とぼやけた頭が他力本願力を発揮する。

 誰も居なかったら自分で作るかなあ、と居間に向かうと、そこには暖炉前のソファーで眠るめぐみんと、そのめぐみんをじっと見ているゆんゆんが居た。

 

 めぐみんは幸せそうな顔で杖を抱きしめ、うへうへしながら眠っている。

 昨晩は杖を片時も離していなかった彼女は、どうやらそのまま眠ってしまったらしい。

 スティールを使われても杖は離さない、と言わんばかりの様子だった。

 ゆんゆんはその杖を物凄く物欲しそうに見ている。

 手を伸ばして、これは取れないなあと思い直して、指先で杖をつんつんつついていた。

 昨晩もゆんゆんは物欲しそうにその杖をじっと見ていたが、朝にまた同じことを繰り返していることにカズマはちょっと驚いていた。

 

(むきむきはゆんゆんの14歳の誕生日には何を贈るのやら)

 

 カズマは居間をスルーして台所に向かう。

 

(めぐみんのよりも安いものだったらゆんゆんが落ち込むか泣くかしそうな……

 かといってめぐみんのよりも良いもの送るのもどうなんだ?

 来年のめぐみんの誕生日に更にもっと高いもの買うのか?

 いや贈り物の価値は値段じゃ……いや待て、そもそも女の子への贈り物の正答って何?)

 

 そもそもゆんゆんって今13歳? 14歳? 誕生日っていつ? というところで思考が止まり。

 女性の扱いに詳しいわけでもないカズマは、考えるのをやめた。

 そして、気付く。皆で食事をする時に使うテーブルの上に置かれていた、一通の手紙に。

 

「ん?」

 

 開けて読んで、カズマは目を見開いた。

 

『自分の未熟さを痛感しました。旅に出ます。探さないで下さい』

 

 むきむきの字で書かれていたシンプルな一文。

 

「……ふぅ」

 

 右手で顔を覆って、天井を見上げ、思いっきり息を吸ってカズマは溜めて。

 

「あのバカがぁ!」

 

 屋敷中に響き渡るような、大声を上げた。

 

 

 

 

 

 家出少年と化したむきむき。

 彼が足を運んだ先は、アルカンレティアであった。

 ドリス、王都、エルロードと、彼の想い出がある街は多い。

 だがこの街は彼が紅魔の里を出て初めて足を踏み入れた大きな街で、冒険者としての彼の原点、この世界に踏み出した一歩の原点がある場所だ。

 

 自分を見つめ直すという意味では、ここを選ぶ意味が確かにあった。

 

「……」

 

 とはいえ、なんとなくでアルカンレティアを選んだ、言い換えるなら深く考えずにアルカンレティアを選んだのは事実。

 それ即ち、ここを根城にするアクシズ教徒を甘く見ていたということだ。

 

「どうも、お久しぶりですな」

 

「……お久しぶりです。耳が早いですね、ゼスタさん」

 

「はっはっは」

 

 アルカンレティアに足を踏み入れて五分と経たずに、むきむきはゼスタの温和な笑顔に迎え入れられていた。

 

「この街に、何か御用ですかな?」

 

「いえ……あの、ちょっと、強くなろうかなと」

 

「ほう」

 

 曖昧なむきむきの言い回しに、ゼスタは顎髭を弄って微笑んだ。

 

「その言い様ですと、時間はあるようですな。

 少しこの老木とまったりデートに付き合っていただけませんか?」

 

「デート? 男同士でですか?」

 

「色っぽい話にはなりませんでしょうな、あなた相手では。はっはっは」

 

 ゼスタはどこからかバスケットを取り出して、むきむきを連れてアルカンレティアの名物である湖の畔に向かった。

 むきむきが体育座りで地べたに座り、ゼスタがあぐらをかいて釣り竿を振るう。

 湖にのんべんだらりと釣り糸を垂らして、二人はバスケットの中のサンドイッチに各々勝手に手を伸ばしていた。

 

「いい湖でしょう?」

 

「はい」

 

 アルカンレティアの『水』は、街のどこへ行っても見れるもの。

 水の女神アクアを崇める彼らの誇りだ。

 特にこの街を象徴するものの一つであるこの湖は、その大きさもあって見る者の心を和ませる効果がある。

 塩分濃度が高いこの湖では、海の魚も釣れるという。観光名所の一つであった。

 

「何があったのか聞いてもよろしいですか?」

 

「……つまんない話ですよ」

 

 何かを溜め込んだ人間と、その言葉を自然と引き出し語らせる人間。

 野外であるというのに、今の二人は懺悔室の中の者達のような雰囲気を持っていた。

 

 隠すことでもない。

 むきむきは先日の魔王軍との連戦のことを包み隠さず話した。

 仲間達に迷惑をかけて、仲間をこの手で傷付け、仲間を危うく殺しそうだったこと。

 魔王軍の手先になってしまったこと。

 そのことに、心臓が潰れそうなくらい大きな罪悪感を感じていること。

 

「そして、気付いたんです。

 僕は一番最初に自分を責めて落ち込んでしまった。

 仲間のことを本当に大切に思ってるなら、一番最初に考えるべきは償いだったのに」

 

 "『ごめんなさい』ではなく、かけた迷惑の分『されて嬉しいこと』を仲間にするべきだ"と彼は自分自身で気付いていた。

 自分のごめんなさいが、その罪悪感が、結局の所自己満足でしかないことに気付けた。

 だからこそ、あの戦いの中でも真っ先に自己嫌悪してしまったせいで危うく役立たずになりそうだった自分に気付き、気にしすぎな自分を情けなく感じたのだろう。

 

「こう……自分が、情けないなって。子供だなって、思って」

 

 もっと立派な自分に。

 仲間に迷惑をかけない自分に。

 仲間に迷惑をかけたとしてもその分仲間を喜ばせる自分に、なりたい。

 それが彼の中に渦巻いている、罪悪感と混ざりに混ざっている感情だった。

 

「大人の成り方くらいは知っておいた方がいいんじゃないかなって、そう思ったんです」

 

 むきむきが自分なりに考えて出した答え、家出の理由は。

 

「ぷっ」

 

「!?」

 

 ゼスタによって、一笑に付された。

 

「失敬。そんなどうでもいいものを知ろうとする必要はないのでは?

 下の毛も生えてないお子様が気にする必要もないことでしょうに」

 

「先月生えましたッ! 適当なこと言わないでくださいッ!」

 

「……ほう」

 

「あっ」

 

 自爆。暴露。赤面。ゼスタは笑いを堪えるのに必死なようだ。

 

「またしても失敬。

 立派な精神を身につければ大人?

 ちゃんとした倫理を持てば大人?

 いえいえ。そんなことを言っている人が居たなら、私は馬鹿めと笑って差し上げましょう」

 

「え? え?」

 

「第一、私が立派な大人に見えますか?」

 

「見えません」

 

「おおっと、言い切りましたか」

 

 むきむきは一般的なアクシズ教徒よりよっぽどゼスタを尊敬している。

 が、立派な大人だとは思っていない。むきむきのそれを再認識しても、ゼスタはまた好々爺な微笑みを浮かべるだけだった。

 

「ですが私は子供ではない。大人でしょう?」

 

「それは……そうですが」

 

「そんなものです。アクシズ教徒の大人の大半はあなたよりもダメ人間です。

 子供なあなたの方が遥かに立派で誠実であると言えるでしょう。つまり、ですな」

 

 ゼスタは女性にセクハラする時のような動きで、自分の股間を叩いた。

 

「下の毛が生え揃ったら大人! それでいいのですよ」

 

「う、生まれて初めて聞くレベルの超理論……!」

 

 流石は現アクシズ教団のトップ。頭のネジが一本か二本外れているようだ。

 

「自分を卑下するのであれば、アクシズ教団の皆より駄目になってからにしなさい」

 

「う、生まれて初めて聞くレベルの自虐的励まし……!」

 

 そのくせその人物評は時に的確なのだから始末に負えない。

 

「あなたは情けないまま立派になってもいい。

 立派な大人になってもいい。

 何せ、あなたに"こういう大人になれ"なんて強制できる者など居ないのですから」

 

「!」

 

「『好きに生きろ』がアクシズ教の根幹。

 アクシズ教徒ではなくとも、迷った時はあなたもこの教えに倣ってみてはいかがですかな」

 

 ゼスタはこれでもアクシズ教団のトップだ。

 人を見る目があり、多くの人を導いてきた。

 アクシズ教で救えない者は救っていないが、逆に言えばアクシズ教の教えで救える人物が居たならば、それを必ず救ってきた。

 これで大迷惑宗教の大迷惑プリーストでなければ、評価もされていた可能性も少しはあったかもしれない。

 

 アクシズ教徒は本当に人生を楽しそうに生きている。

 適当に、悩みは放り投げて、面倒臭いことは考えないようにして生きている。

 彼らは駄目な大人で、むきむきよりよっぽど情けないが、それでもとても幸せそうだ。

 これで大迷惑宗教でなければ、宗教団体として評価された可能性も少しはあったかもしれない。

 

 真面目な人間がアクシズ教徒を見ると、大抵がバカを見る目になる。

 ただ、自分の人生に行き詰まったものはそこに別のものを見るらしい。

 "そんなに真面目に行きてて人生楽しいの?"と、アクシズ教徒に言われた気分になるらしい。

 

 世界で一番適当に生きていて、世界で一番失敗を繰り返していて、世界で一番自制していないアクシズ教徒が、世界で一番楽しそうに生きている。

 それだけは、絶対に揺らがない真実だった。

 

「おーいむきむきー! この辺に居るんだろー!」

 

 やがて、遠くから聞き慣れた声が聴こえる。少年の耳に、カズマ達の声が届く。

 

「テレポート屋で聞き込みすりゃ一発だったぞー!

 お前テレポートでここまで来たんだろー! 居るのは分かってんだよー!」

 

「抵抗はやめろ! 大人しく投降するんだ!」

 

「ダクネスさん、その呼び掛けは何か違う気が……」

 

 ゼスタはむきむきがさっきまでとはまるで違う顔をしているのを見て、バスケットの中のサンドイッチを一気に頬張り、飲み込む。

 釣った魚を空のバスケットの中に放り込むという暴挙を行い、丁寧に頭を下げた。

 

「アクア様をよろしくお願いします」

 

 ぎょっとするむきむきをよそに、ゼスタが頭を下げる。

 むきむきはアクアのことをゼスタに言った覚えはない。なのにこの言葉。その一言には、字面以上の意味があった。

 それこそ、邪推しようと思えばいくらでも邪推ができそうなくらいに。

 

(あの人、どこまで……?)

 

 アクシズ教徒を表面だけ見ていると案外痛い目を見る。この世界の鉄則である。

 

「……顔を合わせづらいと思うけど、行こう」

 

 ゼスタはむきむきの予想を遥かに超えてきた。

 彼はアクシズ教徒だからである。

 されども話はそこで終わらない。

 むきむきもまた、ゼスタの予想を遥かに超える者だった。

 彼はゼスタの"好きに生きろ"を、ゼスタの予想以上に真摯に受け取ってしまったからである。

 

 むきむきはカズマ達の呼び声に応える前に、ポケットに入れていた野外調理用のナイフを取り出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 最初に発見したのはゆんゆんだった。

 ゆんゆんはめぐみんの名を叫んで気絶した。

 呼ばれためぐみんもそれを発見した。

 めぐみんはダクネスの名を叫んで気絶した。

 駆けつけたダクネスが復活したゆんゆんとめぐみんを発見し、再び気絶したゆんゆんとめぐみんを放置してカズマとアクアを呼びに行った。

 そしてカズマとアクアが劇画調の顔で絶句し、今に至る。

 

 むきむきは湖の前で、髪を全て剃った状態で彼らを待ち受けていたのだ。

 

(あ……頭を丸めて、謝罪だと―――!?)

 

 坊主頭。それは、世界の枠を越えて受け継がれる謝罪の形。

 むきむきにとっては紅魔族の証である黒い髪を捨てるという、より重いもの。

 カズマは誰がそこまでしろっつった、という言葉さえ出て来ない。

 

「この度は本当に申し訳――」

 

 なのだが、空気を読まず心情も読めない奴が一人、ここに居た。

 青色の髪が揺れ、規格外規模の回復魔法がむきむきの頭部にヒットする。

 

「!?」

 

 自らの意志で坊主頭へと変化させられた頭部は、一瞬で元の形へと戻されていた。

 

「むきむき大丈夫!?

 誰にいじめられたの!? エリス教徒、エリス教徒の仕業ね!

 エリス教徒は私の可愛いアクシズ教徒の子達にもいつも意地悪してるもの!」

 

「アクア様……」

 

「でも大丈夫よ、私が来たからにはね!」

 

「え、エリス教徒がやったのでは、ないです」

 

「じゃあ悪魔ね! そうでしょ?」

 

「……もうそれでいいです」

 

 この考えの足りないアホっぷりと良い人臭。

 普段から善意で周囲に奇跡と災厄を撒き散らしているのがよく分かる。

 アクアは今、むきむきが断腸の思いで示した謝意を粉砕し、代わりにむきむきが失ってしまった頭髪に奇跡を起こしたのだ。

 カズマが可哀想なものを見る目でむきむきを見て、肩に手を置く。

 

「ドンマイとしか言えねえ……

 とりあえず気持ちは伝わったから、うん、気にすんなむきむき」

 

「カズマくん……」

 

 むきむきは両手で顔を覆う。

 そんな少年に溜め息を吐き、めぐみんは彼の右胸を叩いた。

 

「はい、この一発でチャラにしておきましょう」

 

 その意図を、誰よりもゆんゆんが早く察し、彼の左胸を叩く。

 

「許したから! 許してるから! ね、ね?」

 

 実はなんだかんだ紅魔族組と仲が良いダクネスが続き、むきむきの背後に回って背中を叩く。

 

「こんなにも多方向から叩かれるとはなんと羨ましい……が、今日の私はこっち側だな」

 

 よく分からなかったアクアはダクネスに肩車してもらい、とりあえず流れに乗ってむきむきの頭頂部をペシペシ叩く。

 

「これでいいの? 許します、許します」

 

 そして最後に、カズマが男の拳でむきむきの腹を軽く叩く。

 カズマの拳はむきむきと比べればあまりにも小さく、骨も細くて筋肉も薄かったが、以前やっていた土木作業で皮は厚く、日々のクエストや小物作成で付いた傷跡が所々にある、紛れもない男の拳だった。

 

「こんぐらいで帳消しにするくらいがちょうどいいだろ。な?」

 

 むきむきの目に、じわりと涙が滲む。

 

「皆……」

 

「ふふっ、アクシズ教は全てを許すのよ。

 許さないのはアンデッドと悪魔とエリス教くらいかしら」

 

「すみません、その三つを同格に並べるのはどうかと!」

 

 出かけた涙が引っ込んで、結局はいつもの感じに終わった。

 

 

 

 

 

 アクシズ教徒にならないままアクシズ教徒の強みを少しばかり取り込んだ今のむきむきのメンタルには、ちょっと無敵感があった。

 

「さて、お詫びの第一歩として、今日の晩御飯は気合い入れて僕が作るよ」

 

「んなことしなくてもいいっての。

 第一だな、あれは皆で戦った結果だ。悪いとしたら皆悪い。

 そして俺は自分が悪いとか思ってないから、魔王軍が全部悪いと思うことにしてる」

 

「カズマくんのそういう考え方は本当に心底尊敬するよ」

 

「お前が特に悪いってわけでもないんだから、お前に何か貰っても嬉しくな……」

 

「え? 私は何か貰えたらそれだけで嬉しいわよ?」

 

「アクアぁ! お前に遠慮と謙虚の心はないのか!?」

 

 こんなやり取りにさえ安心してしまうのだから、むきむきも相当毒されているようだ。

 

 むきむきは目を走らせる。

 周囲の町並みに目を走らせる。

 観光客を勧誘しようとするアクシズ教徒。観光客に絡んでいるアクシズ教徒。

 外来の人間を見つけたアクシズ教徒。喫茶店。外来の人間を探しているアクシズ教徒。

 余所者を尾行しているアクシズ教徒。余所者をターゲッティングしたアクシズ教徒。民家。

 騒いでいるアクシズ教徒。沈黙のアクシズ教徒。奇声を上げているアクシズ教徒。

 露天。喧嘩しているアクシズ教徒。悪巧み中のアクシズ教徒。ゲロを吐いているアクシズ教徒。

 町並みの中にあるものが、次々と彼の目に入っていく。

 

(何か……何かないか! アクア様を喜ばせるようなもの!)

 

 そして、彼は見つけた。アクアを喜ばせるものを。

 露天に並べられた『ドラゴンの卵:20万エリス』と書かれた鶏の卵を。

 ゼスタ達が与えた無敵感が悪い意味で作用していたむきむき、言い換えれば仲間の励ましでテンションが上っていたむきむきは、それをドラゴンの卵だと信じて買った。

 

「これください!」

 

「「「「 !? 」」」」

 

「へい毎度!」

 

 おい待て、と四人の心が一つになった。

 

「どうぞアクア様! ドラゴンの卵だそうですよ!」

 

「むきむき、なんてものを……期待以上よ!

 私の名の下に、あなたを名誉アクシズ教助祭に任命してあげるわ!」

 

「待て待て待て待て待て待て待て待て待て待て待てぇッ!!」

 

 ボケ倒し空間が世界を侵食しようとしたその時、空気を読まないことを選べる男・カズマの大声が鳴り響く。

 

「よく見ろ! これのどこがドラゴンの卵だ! どう見ても鶏の卵だろうが!」

 

「そんなわけないでしょ! むきむきが心を込めて買ってくれたものなのよ!」

 

「心を込めて買ったら本物になるんならハヤシライスもカレーになるわバカタレぇ!」

 

「あなたには人間の心がないの!?

 いいわ、教導して啓蒙してあげる! カズマ、世界は汚れていても善意で回るのよ!」

 

「ああそうだな善意は食い物にされて世界を回すよなそれがどうしたこのアホンダラ!」

 

「人を信じず人の善意を信じない哀れなカズマを私が変えてあげる!

 いい、この卵からはドラゴンが孵るわ! そして偉大なる竜王に育つの!

 たとえドラゴンの卵じゃなかったとしても、私はドラゴンを孵してみせるわ!」

 

「何言ってんだお前!? ダクネス、援護してくれ! アクアが普段の四割増しでアホだ!」

 

「お前を信じてお前に全て任せよう、カズマ」

 

「それっぽい台詞で丸投げすんな!」

 

 あー騙されちゃったのかなーとしょんぼりするむきむき、ムキになってしまっているアクア。

 天然とバカの相乗効果。両者が互いの騙されやすさを引き出してしまっている。

 これに収集をつけるには、もはや商品を返品するしかない。

 

「いいからさっさと返品……あれ、さっきの商人もう居ねえ!?」

 

「逃走スキルと潜伏スキルの複合逃走……

 そうか奴は、売り逃げ専門詐欺師の冒険者職だったのか……!」

 

「こんなつまんねえことに本気出すなよ冒険者っ!」

 

 おそらく幸運値が高く、知識習得系のスキルで商品を上手いこと仕入れるか作るかして、話術系のスキルで売りさばき、潜伏と逃走で逃げるタイプの詐欺師冒険者。

 王国の隙間で小器用に生きる社会のダニだ。

 

「ふふっ、なんて名前のドラゴンにしましょうかしらドラゴン……ドラ……ドラえもん……」

 

「ああもう駄目だ。こうなったアクアはもうどうしようもない」

 

「……帰りましょう。なんかオチが付いた気がしますし」

 

 何故家出少年を迎えに来て鶏の卵を二十万で買って帰ってんだ俺達、とカズマは思った。

 でもまあ晩御飯のおかずが増えたと思えばいいことか、とカズマは卵を凝視する。

 だがこの卵をご飯の上にかけた瞬間、おそらくこの女神はノアの大洪水を凌駕する何かを引き出すだろうと、カズマの本能がそれを止めていた。

 

 新設ほやほやの外観が美しいテレポート屋に足を運ぶと、そこにはベンチに座ってシェイクを口にするミツルギが居た。

 むきむきの顔がちょっと明るくなって、カズマがほとばしるミツルギのリア充力に唾を吐き捨てる。

 

「あ、勇者様。いらっしゃってたんですか」

 

「はい、居たんです師父。実は居たんです、はい」

 

「この度はとんだご迷惑を……」

 

「いえいえ、師父と共に戦えて光栄です。あ、これ渡しそこねてたつまらないものですが」

 

「これはこれはご丁寧に、王都名物のゼリー詰め合わせまで」

 

 アルカンレティアまで家出捜索に付き合うお人好しさを見せつつも、むきむき、及びその仲間に気を遣って、席を外していたのだろう。

 自分のような不純物は席を外しておくべきだ、と考えたに違いない。

 その爽やかイケメンパワーに、カズマは無意識の内にまた唾を吐き捨てていた。

 

「私は王都の方に行く用事がある。悪いがここで別れるぞ」

 

「そうなのか? 次のクエスト受ける前に帰って来いよ、ダクネス」

 

「ああ」

 

 ダクネスが一足先に消えて、ミツルギを加えた一行はアルカンレティアへ向かう。

 

「ダスティネス家のご令嬢なら何か掴めるだろうか……」

 

「ん? ああ、ベルゼルグ貴族のこと……って、今何家の令嬢って言った?」

 

「ダスティネス家だよ、ええと、佐藤くん。

 王家の懐刀、国内指折りの大貴族。

 彼女はそこのご令嬢、ダスティネス・フォード・ララティーナじゃないか」

 

「……はぁっ!?」

 

 そして意外な場所から突き刺さるカミングアウトの刃。

 

「なんで仲間なのに君は知らな――」

 

「あいつ、ララティーナとかいう可愛い名前だったのか……!」

 

「――そこ!?」

 

「百歩譲ってもマゾティーナだろ……」

 

「今の君の言いようはオブラートに包んでもカスティネスだけどね!」

 

 ミツルギの中のカズマ評価がゴリゴリと落ちて行く音がする。

 

「つかさっさと行くぞハブルギ。もう皆先アクセル行っちゃったじゃねえか」

 

「あ、分かった。君僕が絶対に仲良くはできないやつだ」

 

 ミツルギは嫌いな奴にもかなり好意的に接することができる。

 カズマは一定以上好意的な人間にしか好意的に接しないイケメン嫌い。

 天地がひっくり返っても、仲良くはできない二人であった。

 

 

 

 

 

 アクセルに帰ってからも、この二人の妙な対立は続く。

 

「お前が出ろ!」

「君が出ればいいじゃないか!」

 

「ねえ二人とも、脱衣所で喧嘩するのはやめない?」

 

 脱衣所の喧騒を耳にし風呂の湯に浸かるむきむきは、すっかり呆れ顔だった。

 

 基本的にはミツルギが譲歩するのだ。それで一旦喧嘩にはならなそうになる。

 ただ、長時間話さないといけなくなると、カズマの突っかかりでミツルギの寛容さの閾値を超えてしまうのだ。

 イケメンアレルギーのカズマがアレルギー症状を起こしているため、対立せずに終わるということはまずないという困った二人。

 喫茶店でちょっと話すくらいなら、カズマが突っかかってミツルギが我慢してそれで終わるのだろうが、こうなってしまうともうどうしようもない。

 

「師父、失礼します」

 

「どうぞどうぞ。いい湯加減だよ」

 

「すみません、泊めて貰える上お風呂とご飯まで頂いてしまって」

 

「ううん、僕も色々冒険話とかしたかったし」

 

 ミツルギは体を洗ってから湯船に浸かり、風呂を借りるだけで湯に顔面をぶつける勢いで頭を下げていた。

 服を脱いだミツルギの筋肉は相当なもので、筋肉を盛っても筋力Dにしかなれなそうな見せ筋とは一線を画する、実戦的で柔軟な筋肉が大量に付いていた。

 

「うーっす横失礼するぞ」

 

「どうぞどうぞ。いい湯加減だよ、カズマくん」

 

「お前38℃から45℃まではいい湯加減って言うよな」

 

 筋肉おばけと筋肉イケメンの間に、そこでそこまで筋肉の付いてない少年が入って来る。

 

「サトウカズマ。風呂の湯にタオルをつけるな」

 

「いいだろ、家の風呂でくらい」

 

「というか体を洗ってから湯に入るというマナーはどうした?」

 

「今日は大して汚れてなかったし、家の風呂だからいいだろ」

 

「君は女性と共同生活をしている身だろう! そこは気を付けるべきだ!」

 

「はー? 風呂の湯の中でチ○コ弄ったりしない分だけ良心の塊だぞ俺は」

 

 この家の買い取り金額の半額を出した男故の暴論。

 ミツルギからすればカズマはクズに見え、カズマからすればミツルギは自宅の安らぎを奪おうとする良い子ちゃんにしか見えない。

 

「共同生活は互いに一定のマナーを守るべきものだろう!」

 

「いや共同生活ってのは段々遠慮が無くなってくもんだと思うが」

 

「僕が思うにそうやって遠慮のハードルをガンガン下げてるのは君じゃないのか!?」

 

 ミツルギが怒りのあまり立ち上がる。

 カズマも身の危険を感じたのか、同様に湯を巻き上げながら立ち上がった。

 女神に導かれ世界を救うために遣わされたフルチンの勇者達が対峙する。

 そしてカズマの視線が下に行き、ミツルギの股間部分で止まり、それを鼻で笑った。

 

「君は……君は今、どこを比べた!」

 

「ちっちぇえな」

 

「シャーマンキング好きか! しまいには魔剣で切るぞ」

 

「随分小さくてお粗末な股間の魔剣ですね(笑) それで切れるんですか?(笑)」

 

「この上ないレベルの煽り口調で言うんじゃないッ!」

 

 どうやらカズマとミツルギの股間の魔剣のグラム数には差があったらしい。

 カズマも大きいわけではないくせに信じられないくらいに調子に乗っている。ここぞとばかりにミツルギを攻めていた。

 が、むきむきがこんな一方的な股間の(グラム)差別を許すはずがない。

 

「ちょっと二人共! 風呂に入る時は静かに! 怒るよ!」

 

 彼もまた立ち上がり、二人を叱った。

 そしてカズマとミツルギの視線がむきむきの股間に向けられ、二人は思わず口を抑える。

 そうでなければ、変な声が出てしまいそうだったからだ。

 

「と……東京タワー……」

「す……スカイツリー……!」

 

 十五分後。

 居間に本を読みに来ためぐみんは、ソファーに並んで座って俯いているカズマとミツルギを発見した。

 

「風呂上がったんですか」

 

「……」

 

「カズマ?」

 

 呟き、カズマは更に深くうなだれる。

 

「体のデカさと比べればショタチンサイズなのかもしれない。

 だが……あれはまさしく、デストロイヤーだった……

 機動要塞デストロイヤー、顔面デストロイヤーに続く第三のデストロイヤー……」

 

「は? 何言ってるんですか?」

 

「ひぎぃデストロイヤー……」

 

「アクアー、アクアー、カズマの頭が壊れたみたいなので直して下さい」

 

「はいはい、アクア様にお任せっ!」

 

 三十分後。

 とりあえず立ち直ったカズマとミツルギの間には、相変わらずある対抗心と敵意だけでなく、不思議な共感があった。不思議な友情があった。

 それは例えるならば、ヘラクレスオオカブトを前にして身の程を知ったコクワガタとヒラタクワガタのような気持ち。

 

「でもお前が俺より小さいことには変わりないよな」

 

「サトウカズマ貴様ッ!」

 

 けれども、この二人にまともな友情が芽生えることはないのかもしれない。

 

「はいはいご飯できましたよー」

 

 むきむきが晩御飯を運んで来たので、二人の喧嘩は一時中断。

 本日の晩御飯はカレーであった。しっかりと火と味を通したジャガイモ・ニンジン・タマネギがどこからも拾え、厚切りの肉がたっぷりと入った豪勢カレーである。

 この世界におけるクミンやカルダモンにあたるスパイス群が食欲を掻き立てる香りを、カレーを作るためのベーススープでしっかりと取られた出汁が旨味を、それぞれ裏打ちしている。

 むきむきは料理上手のめぐみんの見真似でこういった料理を覚えたが、この料理自体はそんなに難しいものではないため、料理スキルを覚えればこのくらいの料理はあっさり作れるようになるのがこの世界の面白いところだ。

 

「来月はハンバーグカレーにしようぜ」

 

「ん、それなら来月の僕の食事当番の時にね」

 

 めぐみんは幼少期から肉じゃがを美味く作れるタイプで、むきむきはそれを見習って美味いカレーを作るタイプであった。

 豪快爆裂女は繊細な味も得意で、体がデカい男は大量に作れる料理が得意なのだ、ともいう。

 

「あ、そうだ。無ツルギ、お前ダクネスが王都に行ったあれあるだろ。

 アレの詳細、改めて教えてくれよ。ダクネスがどのくらいで帰って来るのか見当もつかない」

 

「いやミツルギだ。今名前の呼び方にとびっきりの悪意を感じたんだが……まあいいか。

 ベルゼルグ貴族と魔王軍が内通しているという話かな? 厄介な案件なんだが、実は……」

 

 ミツルギ曰く。

 どうにも貴族に内通者が居ると考えなければおかしい、と思える状況が続いて居るらしい。

 セレスディナの能力の断片的情報が入ったことで王都の内部監査も厳しくなり、シンフォニア家の長女であるクレアのレズ尋問も功を奏していると王城ではもっぱらの噂だ。事実そうしているかどうかは全くの謎であるが。

 一途とレズは響きが似ている。これは大貴族への嫉妬で、きっと根も葉もない噂だろう。

 彼女は相変わらず、王族の第一王女を狙い続けているはずだ。

 それが問題であるかどうかは、この際脇に置いておいていい。

 

 ダクネスが彼らと別れ、王都に向かったのには意味がある。

 国有数の大貴族の一人娘である彼女であれば、そこはかとなくその辺りの事情を探ってこれるかもしれない、というわけだ。

 ベルゼルグ貴族に内通者が居るのであれば、探る場所は社交界こそが相応しい。

 近年何か変わったことがなかったか、を聴き込めばそれで知ることができるものもある。

 

 この内通が真実であるならば、ことは人類規模の問題に発展しかねない。

 ミツルギからこんな話を聞いて、じっとしていられるダクネスではなかった。

 問題は大きくなりかねないものだったものの、カズマはこれを重く受け止めては居ない。

 問題の規模が大きすぎたからだ。他人に丸投げするのが最善で、自分達が何かをしても解決できる問題ではない、と判断していたとも言える。

 

 見方を変えれば、カズマはこう思っていたのだ。

 "自分達には関係のないことだ"と。

 "今度こそ無関係で居るぞ"と。

 "他人がどうにかするだろう"と。

 

 そして、一日経っても。一週間経っても。二週間経っても。

 

 PTを守る二枚盾、ダクネスが帰って来ることはなかった。

 

 

 




短めに三つに分けるか長めに二つにするか迷いました

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