「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」 作:ルシエド
>そして、この世界のモンスターの定義は、『人に害をなすもの』というのがモンスターの定義になってます。
>キャベツやたけのこなんかも、モンスターと野菜との差は紙一重です。
>栄養豊富で人に益を成す方が多いので紙一重です。
>そして、セレナは魔王軍幹部って事でモンスター扱いです。
>えー?と思うかもしれませんが、話の都合上そんなんなりました。
>よく、ゲームなんかで出てくる人間型のモンスターみたいな。
>山賊系やら殺人鬼系やらのあんなんです。
>ちなみにスイカは野菜、トマトはモンスターです。
シルビアの種族はグロウキメラ。
"他のものを自分の中に取り込む"という能力を持つ、下級悪魔未満の鬼族の一種。それが上級悪魔以上の格にまで上り詰めたシルビアの代名詞たる種族名だ。
固有能力は突然変異で昇華された吸収スキル。
物であろうと人であろうと、強制的にその身に取り込み自らの力へと変えることが可能だ。
今のシルビアはむきむきの背中から生えた美女に見えるが、実際は違う。
バニルやセレスディナの時とは違い、今皆に見えているむきむきに呼びかける意味は全くと言っていいほどない。
今見えているむきむきは、言うなれば『シルビアの足に付いている腫瘍』のようなものであるからだ。
むきむきそのものの肉体を持っているものの、厳密にはむきむきそのものではない。
魂がない。
心がない。
あくまで、"シルビアの足から生えているもの"でしかないのである。
されど、そのスペックだけは本物だった。
「わきゃあああああああっ!!」
シルビアがその体を動かし、むきむきの筋力を叩きつける度、地面か空気が炸裂する。
アクアは色気もクソもない子犬の遠吠えのような声で悲鳴を上げ、逃げ回り、ダクネスに庇われる。
太い足が蹴りを繰り出し、それを受けたダクネスの大剣が真っ二つに折れた。
「折れたぁ!?」
「構うなカズマ! バニルの時にもう既にヒビは入っていた!」
連戦だったとはいえ、ベルディアにも折られなかった剣を折らせた筋力は凄まじい。
だが、ダクネスもこれは予想の範囲内だったようだ。腰の背の側に吊っていた大剣を抜き、それを再度盾のようにして追撃を防ぐ。
ダクネスという盾は砕けない。
「かき回せアクアぁ! 出し過ぎるなよ!」
「『セイクリッド・クリエイト・ウォーター』!」
ふざけんなこの野郎、とばかりにカズマの指示でアクアが大量の水を出した。
敵を水で押し流して仕切り直し、という考えの下の行動であったが、シルビアが扱うむきむきの体は常識を超える。
(水の上を走っ―――)
水面走りから文字通りの『水面蹴り』がカズマの首を刎ね飛ばさんとし、ダクネスがカズマの腕を筋力任せに引っ張って、無理矢理にそれを回避させた。
水で溺れ死なないアクアは水に沈み、紅魔族二人はダクネスの腰に必死にしがみついて流されるのを回避する。
合体シルビアはそのまま、水の上でついた加速の慣性で流れていった。
「さ、サンキューダクネス!」
「立ち回りを間違えるなよ!」
カズマが扇の要であるなら、ダクネスは扇の骨。
骨と要だけでは風を起こすことはできないが、ここがしっかりしていなければ、扇というものは機能しない。
規格外の能力を複数持つが前衛専門職と比べれば打たれ弱いピーキーなアクア、反則級の火力を持つが打たれ弱くピーキーなめぐみん、小器用で頭が回るが打たれ弱く器用貧乏なカズマ、優秀な魔法使いだが打たれ弱いゆんゆんは、ダクネスという盾がなければ瞬殺されかねない。
と、いうより。
むきむきを除けばこのパーティは全員にスピードがなく、むきむきとダクネスを除けば全員が後衛……つまり、打たれ弱かった。
セレスディナが考えた、むきむきさえ引き込めばこのパーティは攻略できるという方針は、かなり正しかったと言っていい。
バニルが細かな干渉をしなければ、間違いなく成功していただろう。
「根性あるわねえ、あなた!」
「あいにく、これしかできることがなくてな!」
シルビアの素直な賞賛と殺意ある攻撃を、泥状になった地面の上でも揺らがずダクネスは受け流す。
むきむきのスピードの前では、ダクネスでさえ盾としての役目は果たしきれない。
ならば何故今は、盾として成立しているのか。
それはバニルの時とは違いゆんゆんだけでなく、指示を出せるカズマ、及び仲間全員を飛躍的に強化できるアクアがまだ動けるからである。
「爆殺!」
「あだっ!?」
カズマが投げたダイナマイトもどきが、水をよく吸って泥になった地面を吹き飛ばす。
むきむきの体が転倒し、むきむきの背中にくっついているシルビアが派手に地面に頭をぶつけてしまう。立ち上がるのは早かったが、相当に痛そうであった。
ゆんゆんがカズマのその発言に突っ込んでいく。
「爆発はいいけど爆殺はやめてくださいよカズマさん!」
「大丈夫だ! 死ななきゃ安い! むきむきはこんぐらいじゃ死なん!」
「そうかもしれませんけどー! 『フリーズガスト』!」
「もっぱつ爆破!」
アクアの洪水はまだ地表に残り、むきむきとシルビアの合計体重がかかった足を沈み込ませる。
ゆんゆんは沈み込んだ足ごと泥と水を凍結させようとし、カズマは凍結範囲の外側を爆発させて行動範囲を制限することで、そのサポートをしようとする。
されど、策は筋肉に蹂躙される。
シルビアは筋肉で泥も水も地面も粉砕しながら素早く足を進め、瞬時に凍結範囲から脱出し、カズマイトを掴んで投げ返してきた。
「この筋肉を甘く見ないで欲しいわねえ!」
「嘘ぉ!?」
「く、『クリエイト・ウォーター』!」
返された爆弾の導火線を、アクアがなんとか消火する。
「あっぶないわねしっかりしなさいよカズマ!」
「だからといってお前……お前、これどうしろと!」
カズマはいくらか手を打ってみたが、どうにもならない。
「そうだ! 爆裂魔法でむきむきの体の原型が残る程度の爆殺をして……」
「嫌ですよ絶対! 私スキルレベルも上がってるんですから殺すどころか粉砕しますよ!?」
「原型が残ってればアクアの蘇生魔法で……」
「できるわけないでしょ! 取り込まれてるのよ!? それで蘇るのはシルビアだけよ!」
「第一そんなこと提案しないで下さいカズマさん! 鬼! 悪魔! カズ魔!」
「ぐああああっゆんゆんの罵倒は地味に心に来る!」
内心で実は"むきむきを一回でも殺すのは結構嫌だな……"と思っていたカズマの良心に、仲間達の指摘がザクザクと刺さる。
「アタシの筋肉の前にもはや敵は無しってところかしら!?」
「あなたのじゃないです! むきむきのです! むきむきと一緒に返して下さい!」
「今はアタシのものよ! この子もこの子の筋肉もねえ!」
「ぬぐぐぐぐううううううっ!!」
うふふふっ、と余裕綽々に笑うシルビアの美女顔が、今はとても恨めしい。
「諦めなさい! あんた達にどうにかできるもんじゃないのよ!」
「なら、この場面だけは僕がどうにかしよう」
そうして、シルビアはダクネスを豪腕の一撃で倒そうとして。
間に割って入った、一人の少年の剣にその攻撃を受け止められた。
「ぬ」
剣に折れる気配はなく、殴られた剣はダクネス以上に揺らがない。
それすなわち、剣の格と筋力値で言えば、その男がダクネスを上回っていることを意味する。
「あ……あなたは! ホモの……じゃなかった、バイの勇者!」
「ホモの勇者!?」
「違うよ!? ちょっと待ってくれ、何その呼称聞いてない! ミツルギだミツルギ!」
カズマがその男に抱いた第一印象は、"ゆんゆんにホモと呼ばれた人"だった。
キョウヤのキは筋肉のキ。
魔剣グラムのゴッドパワーで強化された膂力は、シルビアの体の一部と化したむきむきの一撃をも受け止めることさえ可能だ。
「こっちで手に入れた情報を師父に伝えようと思って来たんだけど……
これはまた、厄介なことに巻き込まれてるみたいだね。あの顔、手配書で見た覚えがあるよ」
ミツルギはたったひとりで、格好良く見参する。
「とにかく、間に合って良かったです。アクア様」
「……誰?」
「!?」
だがアクアは、自分が魔剣を与えた転生者・ミツルギのことをすっかり忘れていた。
「や、やだなあ、冗談キツい……僕です、ミツルギですよ!?」
「カズマさん、カズマさん、これナンパなのかしら?」
「ナンパだろ」
「やだ、とうとう私の女神の美貌がごく自然に人を惑わすようになってしまったのね……」
「口を開けばお前の美貌は阿呆で失望に変わるがな」
「あれぇー!?」
恋愛的な意味でアクアが好きで、女神的な意味でアクアを尊敬し、転生した日に女神の美しさと言葉を心に刻み込んでいたミツルギ。
だが、アクアにかかればこんなものだ。
この女神と関わって色っぽい話ができるのは、それこそ劇的なイベントを一回起こして惚れさせるタイプの人間ではなく、日常の中でじっくりと心の距離を詰めて行ける人間だけだろう。
御剣響夜は一見恵まれた人間に見えるが、こういうところでとことん不遇になる星の下に生まれているようだ。
「と、ともかく一旦回復を! 奴から師父を取り戻す方法を考えないと!」
ミツルギがシルビアの前に立ちふさがり、ミツルギ以外が後退する。
ここに来てようやく、むきむきの身体スペックと渡り合える人物が参戦してくれた。
「あら、アタシあなたのこと知ってるわよ。
手配書が回ってる魔剣使い……
ここ数ヶ月で、筋力値を飛躍的に上げたというソードマッスルターね」
「その呼び方はちょっと嫌なのでやめていただきたい」
「あら、そうなの? でもいいわ。こいつらが手応えなくて退屈してたのよ」
「……それは違う」
「?」
「曲がりなりにも昔共闘した魔法使いさん達だ。その能力は僕も分かってる。
お前が優勢だったのは、単に
「……ふふっ、言ってくれるじゃないのぅっ!」
拳が鳴らせるはずのない音。剣が鳴らせるはずのない音。
体重300kg超えの筋肉が、単体重量10t超えの魔剣が、馬鹿みたいに大きな音をかき鳴らしながら激突していく。
「アクア、あの何とかさんの剣は魔剣グラムというらしいですよ」
「魔剣グラム? ……あっ、ああっ、ぼんやり思い出してきた!」
(……アクアってやっぱり本当に……でもまさかこの性格で……うーん……)
何かを察し始めた者も居たが、それは今さして重要なことではない。
「よし、ここは遠くに逃げよう。あいつ強そうだから大丈夫だろ」
「おいカズマ! ここでヘタれるのはやめろ! むきむきは最低でも助けないか!」
「ええいクソ真面目かダクネス! 今さっき散々試したばっかだろ! どうしろってんだよ!」
逃げるのもありなのかもしれない。ここでカズマ達が全滅しなければ、可能性は残るからだ。
が、ここで逃げて決定的にどうしようもなくなってしまう可能性もあるわけで。
ミツルギがシルビアを止めてくれている間にあーだこーだと口喧嘩するカズマ達。
「ではここで頼れる好かれるバニルさんの登場である」
「うおわぁっ!?」
そして突如現れるバニル。シルビアにその存在も気付かせず、カズマ達の体で自分の体を隠し、地面に直接シートを敷いて商品をズラッと並べていた。
「さて、ここに広げますはあの貧乏店主が集めたクズアイテムの数々だ。
全部希少でお高い素材や薬品である。
採取に苦労する割に使い道がなく、希少価値以外の価値がほぼ存在しないという代物だ」
「マジモンのゴミじゃねーか」
「だがあら不思議! これら全て混ぜると、特殊な薬の出来上がり!
吸収スキルで取り込まれた人間だけは助けられるマジカルなポーションの完成だ!」
「!? ぜ、全部売ってくれ!」
「だがこれらの品々、高価でな。
売れもしないくせに原価だけは滅茶苦茶に高い。
百年に一度咲くと言われる幻の一夜草、月光華草まである。
全部買うのであれば総額はおそらく札束がいくつも必要な金額になるであろう」
「買うに決まってんだろチクショウ! 後で屋敷に金取りに来い!」
「毎度あり!」
溜め込んだ金があればそれでニートしようとするくせに、溜め込んだ金を仲間のためなら吐き出せる。基本的に自分の幸せのために生きているのに、自分の幸せのためだけに生きられない。
それがカズマの美点であり、バニルが店の商品を売るために利用しているものである。
「明日からは我輩もあの店で店員として働くので、よしなにな」
「うげっ」
カズマはどうやら、これから事あるごとにあの店の在庫整理に利用されることが決まった様子。
「ああ、そうだ。一つアドバイスをしてやろう。商品を買ってもらった礼だ」
「なんだよ、頼むからさっさと帰ってくれよ……」
「あの筋肉は所謂"根が良い奴"である」
「んなこと知ってるよ。それがどうしたんだ? というかあいつは根以外もいいやつだ」
「貴様もそう。貴様の仲間の多くもそうだ。
問題はあるが、基本的には"根が良い奴"に分類される。
つまり、善良な良識人でなかったとしても、心の下地は悪いものではないということだ」
「そういう言い方されると妙に腹立つな」
「ならば、その逆はなんと言うのだろうな」
「……?」
「良識があるが"根が悪い奴"とでも言うべきか」
バニルが好むことが一つある。
全てを見通す力を使い、人の未来を見通し、その未来のことを口にすることだ。
「赤色は正義の色というが。我輩からすれば、性根の悪さも赤である。何せ血の色であるからな」
バニルの言葉が人の役に立つこともある。立たないこともある。
ただ、バニルに助言されたものは未来で"ああ、そういうことか"と納得し、バニルの言葉から何かを理解することがままあった。
バニルは「さらば」とだけ言い残し、ふっと煙のように消えていく。
「変なこと言い残して行きやがって……あ」
カズマが皆を見る。
皆が目を見開き、口をあんぐりと開けていた。
カズマがむきむきとミツルギの方を見る。
ミツルギが吸収されていた。
「は?」
カズマもまた、呆気に取られてしまう。
「おい待て何があった! 説明しろ紅魔族ツインズ!」
「紅魔族ツインズ!? ま、まあいいでしょう。シルビアは盗賊職だったようです。
ロープをいくつも持っていたんですよ。バインドで魔剣の人を捕まえようとしたんです」
「ああ、バインドスキルか。
魔力消費が大きいらしくてまだ取ってないんだよな……
ん? なんでいくつもロープ持つ必要があったんだ?」
「私とめぐみんでツインズ……あ、せ、説明ですね!
魔剣の人はすぱすぱロープ切っちゃったんですよ。
でもロープが多かったから捕まっちゃって。すぐに二本目も来て。
バインドは注いだ魔力で拘束力や拘束時間を強化できます。ですから……」
「……ああ! 一瞬だけ足止めする少魔力のバインド!
相手の動きをきっちり拘束する大魔力のバインド!
二つ使い分けて使ってたのか! いいなバインドスキル、俺も今度取ろう!」
「感心してる場合ですか!?」
バインドスキルは魔力消耗が大きい。
実戦レベルのものを連射すれば強い冒険者でもあっという間に魔力が尽きる。
シルビアはどうやら、吸収か何かで他者から大きな魔力を獲得し、バインドスキルを小器用に扱うことで魔力消費を抑えているようだ。
「つかなんてことだ……俺が目を話してる間にやられるとか……
多分俺達より数倍強いはずなのに、なんだこの圧倒的かませムーブ……!」
主人公達より強いのに、敵の奥の手を引き出して負ける。
貢献度合いで見れば確かな貢献がなされているはずなのに、このそこはかとなく漂う報われないかわいそうな雰囲気はなんなのか。
幸運の女神が居て、幸運の女神に愛されたような人間が居るのなら、ミツルギはどこかの世界の不運の女神に愛されているのかもしれない。
「なんか爽やかイケメンでイラッと来たから負けねーかなと思ってたら……
……なんかマジで負けてしまった……後でこっそり謝っといた方がいいかな……」
「後のことは後に考えろカズマ!」
シルビアはミツルギというストッパーを排除し、その筋力を手に入れるのみならず、
「あら、吸収したらアタシにも使えるのね。魔剣グラム」
「!?」
「アクアぁっ!」
「怒鳴らないで怒鳴らないで! 神器の本人認証システム的にしょうがないの!」
勇者の子孫であるアイリスが勇者の残した武器を振るえるのと同じように、ミツルギを吸収したシルビアもまた、ミツルギの魔剣を扱えるようになったようだ。
平行世界というものがあるのなら、ミツルギはそこかしこで一度は魔剣を奪われていたりするのかもしれない。
「まあでも、これ以上男なんて吸収したくもないわね。
吸収するなら美しい女。それもできれば力のある女がいいわ」
「おいおい、レズかよ」
「あら、嬉しい。アタシが女性に見えているのね」
「……?」
「うふふ、なんでもないわ」
むきむきの筋力でグラムが軽めに振るわれる。
瞬間、剣から刃の形の衝撃波が放たれた。
衝撃波は1km以上離れたアクセルの街をぐるりと囲む壁に斜めに当たり、モンスターの大軍勢の猛攻にも耐えられる想定で作られたそれを、豆腐のように切り落とす。
「……あら、素敵! これならベルゼルグ防衛の要のあの砦も両断できそうだわ!」
これはもうダメだ。洒落にならない。
あまりに脅威に、カズマの脳内から逃げの選択肢が消えた。
バニルから買ったものを一緒くたに混ぜ、アクアにそれを渡す。
「アクア、お前水ってどのくらい操れる?」
「え? 水球にして攻撃に使うくらいはできるわよ?
湿った地面から水分を完全に抜くとかもできるわね」
「……お前っ、普段からそういう技能を戦闘で……!
いやそもそもの話、ウィズから聞いた結界破壊能力とかをデストロイヤーに……!」
「? 言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ、もー」
「……っ、……ッ、……! 調合したこれを水に溶かしてむきむきの体に飲ませろ!」
「そうそう、分かりやすく言えばいいのよ! 『クリエイト・ウォーター』!」
アクアは水球を出し、カズマから渡された薬をそれに溶かす。
水球はアクアが念じるままに飛翔するが、戦闘で実用的な攻撃に使える速度ではない。
シルビアは鼻で笑って、それを避けようとした。
「そんな直球が当たるもんですか!」
「『ファイアーボール』!」
「!?」
「あら、いいアシストねゆんゆん! 褒めてあげるわ!」
炎が水を霧に変える。
素早く動こうが、口を塞ごうが、一度蒸発した水分が体の隙間から入ることは止められない。
霧となった薬はむきむきの体内へと侵入していく。
(今度アクアに液体の毒持たせてこれやらせるか……
ああ、でも『女神のやることじゃない』って怒られそうだな……やめとくか)
カズマが外道殺法をまた一つ思いつくが口に出す前に投げ捨てて、シルビアが苦しみ出す。
「ぬ、ぐぐぐ……これは……!?」
シルビアの体から、まずミツルギが排出された。
続いて、むきむきも排出される。
薬の効果は覿面で、シルビアは今まで取り込んだ者達を全部吐き出しそうになるが、再度吸収のスキルを発動して再取り込みをかける。
「逃が、すかっ……!」
一瞬、一言、シルビアが地の自分を見せる。男のようなドスの聞いた低い声だった。
「な、なんだ今の声……アクア、スペルブレイク!」
「『セイクリッド・ブレイクスペル』!」
ビビったカズマの号令で、アクアが吸収を無効化した。
排出された二人の少年は再吸収されず、されど排出はそこで止まる。
「今まで吸収されてた人を全部吐き出させる、とかは無理だったか……」
「だけど十分ですよ! むきむきも戻って来ましたし、今度こそ私の爆裂魔法で!」
仕留めます、と言いかけたその時。めぐみんの首に風の刃が飛んで来た。
「っ」
頸動脈を容易に切断する風の魔法は、しかしめぐみんの命は奪えず、復帰して早々に飛び込んで来たむきむきの手刀に切り落とされる。
「むきむき!」
だが、むきむきも薬剤による無理矢理な排出の直後で体調が悪そうだ。顔色が悪い。
それさえもアクアがひょいっと魔法をかければ治ってしまうのだから、流石はアクア、本物の水の女神といったところか。
「すみません、遅れました」
「いえ、いいタイミングよ。今アタシちょっと、気分悪いから……」
「セレスディナ様は諸事情あって既に撤退しています。その入れ替わりに私が」
「ああ、そういう? 頼りにさせてもらうわね」
わざわざ後衛の打たれ弱い所を、それも一番打たれ弱そうな所を狙う計算高さ。あるいは性根の悪さか。めぐみんを魔法で攻撃した仮面の男は、シルビアの隣で足を止める。
「あの真っ赤な服……!」
「久方ぶりだな、紅魔族」
「……レッド」
モンスターを使う魔王軍の転生者、DTレッドであった。
セレスディナはウィズに自分の撤退は約束した。が、部下を動かさないとは言っていない。
魔王城に帰れさえすれば、アクセルの街を発ってから一時間と少しで部下をここに派遣させることも可能だろう。
人と魔王軍の組織力の差が目に見えた形となっていた。
しかも、問題はそれ以外にも山積みで。
「うう、ごめんなさい、ごめんなさい、この状況を見るに僕三度目で……」
「ちょ、むきむき! 気持ちは分かりますけど今泣かないで下さい!」
(いや、それよりも今の問題はこっちだ!)
敵の援軍も気になる。
その詳細を知っている風な紅魔族二人の様子も気になる。
が、今カズマが気にしないといけないのは、最近はメンタルも強くなってきたはずなのに、仲間を大切に思うあまり罪悪感で挫けそうになっているむきむきの対処であった。
物事には、優先順位がある。
「アクア! 口が上手くなる支援魔法とかないか!?」
「あるわよ! 『ヴァーサタイル・エンターテイナー』!」
アクアの"芸達者になる魔法"がカズマにかかり、カズマの"とりあえず今この時だけ前を向かせる言葉"がむきむきにかかる。
「いいかむきむき、それを考える必要はない。考える必要はないんだ。
だってそうだろ? 後悔なんて後からでもできる。後で悔いるから後悔なんだ。
それよりも今は戦いの最中だ。そっちに集中した方がいい。そうだろ?
こういうピンチの時、大体は俺の方が冷静だっただろ?
つまり今も俺の方が冷静で的確な判断をしてる。してるんだ。そうだ、分かるだろ。
そうそう、深く考えず納得しろ。今はその辺考えずに俺を信じていいぞ。
つまり今は戦わなくちゃならない時で、それだけ考えてればいいんだ。
第一戦いの最中にそれだけに集中しないとか危ないだろ?
他のこと考えてるとか危ないだろ? そうそう、他のことは今は何も考えるな。
そう、目の前のことにだけ集中しろ。目の前のことだけ。その戦いのことだけ考えろ。
ほらふわーっとめぐみんとゆんゆんのことだけ考えてみろ。
あの敵はあの二人も狙ってる。分かるよな? あれを倒さないとあの二人が危ないぞ。
あの敵を倒すことだけを考えるんだ。俺も協力する。全身全霊をそこに込めろ。
考えることはほとんどこっちに丸投げしてもいい。俺が代わりに考えてもいい。
とりあえずあの二人のこと考えて、残りは目の前の敵のことだけ考えればいい。
ほら頑張れ頑張れ立ち上がれできるできるお前ならできる今は戦うことだけ考えてろ!」
「……はいっ!」
カズマのペラペラ回るようになった舌から放たれるマシンガントーク。
乗せられやすい、言い換えるなら単純バカなむきむき。
とりあえずで相手の言葉に耳を傾ける信頼関係。
これが漫画なら立ち上がるまでコミックス一巻はかけていたところだが、カズマに常識や王道など通用しないのだ。
「流石ねカズマ。十秒ちょっとでむきむきが立ち直ったわ」
「対症療法だ対症療法。これ今は乗せられて忘れてるけど、戦いの後は面倒臭いぞ……」
カズマはささっとめぐみん達と情報共有。
レッドが紅魔の里で見せたモンスターの強制使役、モンスターの強化改造、特異なスキルの行使に、口が軽く頭が弱かったイエローから得た情報を得る。
――――
「はぁぁぁ!?
レッドは他人を思い通りにするだけの力!
ブルーは醜い自分を美しくするだけの力!
グリーンはトンマな自分を変えるだけの力!
ピンクは望みどおりに薬を作るだけの力!
どう考えたって拙の能力が一番強いに決まってるでゲス!」
「レッドは強化モンスター開発局局長シルビア様の補佐。
ブルーは魔導指導部隊の顧問。
ピンクは魔道具開発室の主任。
グリーンはハンス様のお気に入り。
拙が頭足りてないことなんて分かってるんで、拙の仕事は簡単なものだけでゲス」
――――
レッドがここにシルビアの援護に来たのは、ある意味で当然だったということを、カズマに伝えていく。既知の情報もあったが、そこには再確認の意味もあった。
「……と、そのくらいです」
レッドはシルビアにエチケット袋を渡し、回復魔法をかけつつ背中を擦りながら、イエローの口の軽さに呆れる。
その姿はさながらバスで吐いた同級生を気遣う委員長のよう。
「イエローは本当に口が軽いな。
あいつを引き込んだ私が言うのもなんだが……
生前はどんな言葉を語るかで失敗した男だろうに」
「ああ、もういいわよレッド、だいぶ楽になったから」
「そうですか」
シルビアに礼を言われた男は仮面を外す。
その下から現れたブサイクな顔に、カズマは思わず息を飲んだ。
そのインパクトは、魔剣グラムを振っていた時のむきむきのそれに匹敵する。
(なっ……なんだあの顔!?
予想外だ、悪の組織の幹部とかテンプレだとイケメンなのに!
この異世界、いくらなんでもお約束の王道を外しすぎだろ……!)
顔面デストロイヤー。一度見れば忘れない顔だ。めぐみんのネーミングは実に正しい。
「あ」
そう、
「カズマ! 私あの人のこと覚えてる! あの顔だもの!」
「顔顔言うな! イケメン以外の人権を認めない女は俺の敵だぞ!」
「なんでそこまで話飛躍してるのよ馬鹿なの!? 違うわよ、『モンスターテイマー』!」
「もんすたーますたー? ああ、ビリーのワンダーランドか」
「違うわよ! 特典よ特典!」
「!」
「モンスターを自由に操って、強化したり力を借りたりする職業の特典!」
アクアは忘れっぽいが、記憶を刺激する何かがあれば、その特典の情報を丸裸にできる。
「まいったな。これでは私が能力を隠しても意味がない」
神器は魔王の力で強化されても、元の神器の能力の延長か改造でしかない。
アクアの情報に知力の高い紅魔族が付けば、もはやレッドの能力は丸裸だ。
「で、モンスターテイマーとかいうやつの能力ってのは?」
「モンスターの使役。モンスターの強化。敵のステータス把握。
あと、仲間扱いのモンスターのスキルを一つ継承できるわね。
この世界で言うドラゴンナイトと同系統の職業って扱いになるわ」
「ああ、大体分かりました。それの延長で
『モンスターの強制使役』
『モンスターの急速改造』
『敵の詳細理解と把握』
『仲間扱いのモンスターのスキルの複数継承』
になるわけですね。前に見たスキルは、おそらくウィズの不死王の手……」
「つまりあいつの直接的な戦闘力はそこまで高くないのかもしれないのか」
レッドのこれは、ある神器と同種のものである。
その神器とは、どこからともなくモンスターを召喚し、それに一方的な契約を結ばせることで使役するというもの。
"モンスターを使役する"神器と職業は、女神の特典の中では対になるものだった。
世界に一つの、自分だけの武器。
世界に一つの、自分だけの防具。
世界に一つの、自分だけの能力。
それが『特典』の本質であるのなら、世界に一つの、自分だけの職業というものが無い方がおかしい。
(アクアがミツルギってやつ完全に回復させて支援かけ終わるまで時間が欲しいな。
なんかイケメンだし知らない人だしイケメンだし、是非前で盾になってもらおう)
カズマは打算で敵に話しかける。
「なあ、前から気になってたんだが、お前ら人間なのになんでそっち側に居るんだ?」
「時間稼ぎか」
「うっ」
「まあ、別にいいけどな。こっちもシルビア様の体調が戻り切るまで時間が欲しい」
「やだ、レッドちゃんイケメン……! アタシと一晩を共にする気はない?」
「すんません、私職場内恋愛とか仲間内恋愛とかしたくないんですよ」
「あら、つれない」
五分か、十分か。カズマはミツルギを盾にするために、レッドは仲間の体調を気遣い、この束の間の休戦に同意する。
「別に魔王軍側の人間に統一された目的なんて無いぞ。ブルーを見れば分かるだろうが」
「……」
「私の目的なんてシンプルなものだ。人間を一応滅ぼしておきたい、程度のものでしかない」
「一応……?」
「私の能力の詳細を聞いて思わなかったか?」
レッドを魔王軍に誘ったのはブルーだ。
なのに何故セレスディナは、年長者のブルーではなく、この男を戦隊のまとめ役にしたのか。
「私の能力はこの世界の基準で言えば……
魔王の奴をトップに据えて人間を滅ぼしておけば、とてもいい世界が作れるそうじゃないか」
「……んなっ」
「言ってしまえば私は『争いのない世界』の構築が目的だ。シンプルだろ?」
簡単な話だ。この男が、こういう性格をしているからである。
「素敵じゃあないか。
悲劇も生まれず、戦乱も起こらず、憎しみの連鎖も無い。
人間を滅ぼしたい理由が特にあるわけじゃない。ただ、必要経費なだけだ」
モンスターを召喚し操る神器でも、正当な所有者ならば同じことはできるだろう。
人を信じ人に力を与える慈悲深き女神達は、人というものが本質的には善いものであると信じる彼女らは、想定もしていなかったはずだ。
神器を『魔王の打倒』ではなく、『魔王の治世』のために使うことを第一に考えている人間が出て来るだなんてことは。
「人間が魔王軍に勝っても、その後は人間の国同士の戦争だろう?
なら、魔王軍が勝ってもいいだろう。こっちは勝った後に内紛などしないぞ」
平和な分いいじゃないか、と男は醜い顔で鼻を鳴らす。
――――
「あの筋肉は所謂"根が良い奴"である」
「貴様もそう。貴様の仲間の多くもそうだ。
問題はあるが、基本的には"根が良い奴"に分類される。
つまり、善良な良識人でなかったとしても、心の下地は悪いものではないということだ」
「ならば、その逆はなんと言うのだろうな」
「良識があるが"根が悪い奴"とでも言うべきか」
「赤色は正義の色というが。我輩からすれば、性根の悪さも赤である。何せ血の色であるからな」
――――
(ああ、これか)
バニルの言葉が、今更になってカズマに理解できるようになった。
あの不自然な赤色への言及は、これを気付かせるヒントだったわけだ。
(これは確かに……なんとなく、根が悪い奴な気がする)
根が良い奴なクズが居れば、根が悪い奴で情のある人間も居る。
レッドはカズマと性格を対比することで、カズマの良さとレッドの悪さがより目立つような、そんな人間だった。
「だと、いうのに。人間というのは、本当にな……」
レッドの目が虹色になって、むきむきをじっと見る。
太陽光は分解すると虹色になる。これは分解であり、分析なのだ。アクアとめぐみんが先程立てた推測の通りなら、これが相手の詳細を見抜く職業の固有能力なのだろう。
「ホーストがお前は魔王軍に入る可能性もあると言っていたが」
レッドは深く、深く溜め息を吐いた。
「あの頃ならともかく、今はもう可能性が無いか。残念なことだ」
「え?」
「あの時は殺すつもりだったが……今日もあの時のままだったなら、手駒に加えるつもりだった」
この世界のモンスターの定義は、少し特殊なものである。
「この世界はシステマチックだ。地球のような法則だけが支配する場所ではない。
概念と定義が法則に食い込んでいくこの世界では、モンスターさえあやふやな存在だ」
「モンスターさえ……?」
「驚いたものさ。魔王軍に所属すれば、人間でさえモンスターの扱いになる。
種族:人間のモンスターだ。
かと思えば、元モンスターの家畜などは普通にモンスターと呼ばれている。
過程だ、過程。全ては過程さ。
最初から人と敵対する存在だったか。
あるいは、一度でも人と敵対したことがあるか。それでその命の定義は決まる」
以前のむきむきには、自分を受け入れて好きになってくれる大切な人が居れば、どこへでもついていきそうな危うさがあった。それを失えば堕ちてしまいそうな危うさがあった。
幼かった頃のむきむきはとても分かりやすく、近い人間に強烈な依存心を持っていた。
「あの頃のお前は、人に益を為さず害を為すだけのものになる可能性があった。今はない」
「……それは」
「人はそれを、成長と呼ぶ。私が操れる可能性が消えたのがまさにその証拠」
その強烈な依存心も、もう無い。
大切な場所が増えた。大切な人が増えた。世界の広さを知った。
あの幽霊の望んだ通りに、少年はこの素晴らしい世界を知って成長していったのだ。
「堕落せずまっすぐ成長する者を見ると虫酸が走る者も居る。私のようにな」
DTレッドが、闇に落ちずまっすぐに育つ子供を認めながら嫌悪するのであれば。
これは、嫌悪という名の賞賛であり、嫌悪という名の尊敬だった。
「遠慮はしない。そこのアクアを殺すため――」
ここまでだ。
休戦は終わり。
ミツルギとシルビアが万全の状態で戻って、魔王軍と人間達の戦いは再開される。
「――私は、最近捕まえたとびきりのジョーカーを連れて来た」
「ジョーカー? そんなの、僕に師父にアクア様に優秀な魔法使いが居るこの状況で……」
人間達は、毎日何かに備えるか自分を高めていたと言っていい。
カズマはカズマイトを作った。むきむきは日々筋肉を鍛えていた。めぐみんは毎日爆裂を撃っていた。ゆんゆんは詠唱を始めとする魔法鍛錬をしていた。ダクネスもミツルギも真面目なため彼らにも負けない努力を重ねている。アクアは暇さえあれば酒か昼寝を嗜んでいた。
ならば、魔王軍はどうなのか。
彼らはベルゼルグ王都陥落に失敗した後、女神アクアの降臨を知った後、どんな風に自分を鍛えて、どんな備えや準備を整えてきたのか。
「これが、私の用意したジョーカー」
その答えが、ここにある。
「冬将軍だ」
「やっていいこととやっちゃいけないことの区別もつかねえのか魔王軍はよぉ!」
女神アクアが現れたという知らせは、彼らの予想以上に魔王軍にガチムーブをさせたようだ。
むきむきとミツルギが前に出て、冬将軍の目にも留まらない剣閃を弾く。
「くっ」
「ぐっ!」
冬将軍は二人を相手にしてもなお余裕があり、後衛を狙って刀から斬撃を発射。今日はとても活躍しているダクネスが体を張って、それを受け止める。
「痛っ」
直接的な斬撃でないのに、ダクネスの鎧が欠けた。なんという攻撃力か。
「『ライト・オブ・セイバー』!」
そして前衛三人を攻め立ててなお、冬将軍にはゆんゆんの魔法攻撃に対し気を払う余裕がある。
ゆんゆんの光の刃はとんでもない硬度の冬将軍の刀さえ真っ二つに両断するが、冬将軍の体にはかすりもしない。
しかも、ゆんゆんが一度まばたきをした間に、刀は瞬時に再生されていた。
「狙撃!」
そして冬将軍の動きが全く目で追えていないカズマがカズマイト付きの必中矢――相手がいくら早く動こうと、カズマの矢は『運良く』当たる――を撃つのだが、これが当たっても冬将軍はビクともしない。
頑強にもほどがあった。
「無理ゲーに無理ゲー重ねるのホントやめろ魔王軍!」
カズマから見れば、10tの剣を振り回すミツルギの速度さえ目で追えない。
そのミツルギよりむきむきは速く、ミツルギとむきむきの二人がかりでも追いつけないほどに冬将軍は速かった。
ベルディアレベルの攻撃力であればダクネスが前に出てもいいのだろうが、冬将軍の攻撃力ともなれば速度差が命取りになりかねない。
「シルビア様、後は見ているだけでいいですよ」
「あらそう? まあ変に前に出て邪魔になってもね」
「チョコバーを持ってきましたが食べますか?」
「気が利くじゃない。そういう男は嫌いじゃないわ」
「恐縮です」
レッドとシルビアに至っては、人間サイドが虐殺されるまでの暇潰しにおやつタイムを始めていた。すっかり余裕である。ほれ死ね死ね、と煽りまで始めていた。
「カズマカズマ! 私あいつら超ムカつくんですけど!」
「指示を下さいカズマ! 爆裂で奴ら全員ふっ飛ばして颯爽とむきむきを助け出してみせます!」
「今はお前ら何もすること無いんだから黙ってろ!」
むきむき達はあまりにも必死に戦っているため、喋る余裕がない。
支援魔法をかけ終わったアクアと手投げ核爆弾に匹敵する危険度のめぐみん、つまり今現在は使えない二人は喋る余裕がある。
しかも戦いは拮抗していない。
一瞬一瞬に激動していく。
今また、刀でミツルギを捌いていた冬将軍が、空いた右足でむきむきを蹴り飛ばしていた。
息を一度吸うよりも短い刹那に、むきむきの体は遥か彼方のアクセルの外壁にまで吹っ飛ばされて衝突、外壁を瓦礫と変えてその下に埋められてしまう。
(1kmくらいは距離があったはずなのに……!)
脚力一つ見ても、化物だった。
「『サモン』!」
ゆんゆんが召喚で引き寄せ、アクアが治し、むきむきは即座に前に出る。
ミツルギ一人では保たないことを知っていたからだ。
「ありがとう!」
が、むきむきが抜けたことで追い詰められたミツルギを庇って、冬将軍の左ストレートを食らってしまい、またアクセルの街まで吹っ飛ばされていた。
「師父ー!」
冬将軍の刀はミツルギが抑えているとはいえ、パンチキックのたびにダイナマイトじみた音を発生させている冬将軍の一撃だ。
おそらく、むきむきかダクネスの耐久力が無ければ、人間は割れた風船のようになるだろう。
「あいつ自分の体の頑丈さを過信して他人を庇う癖直さないと、マジで死ぬぞ……」
カズマはボソッと呟いていた。
アクセルに落ちる隕石と化したむきむき。
壊れた石畳に埋まる体の痛みが、まだ戦いが終わっていないことを彼に教えてくれる。
「あぐぐ、づぅっ……!」
すぐに召喚が始まるだろう。
そしてまたすぐに回復される。
ほどなくまた切られるか蹴られるかするのかもしれない。
だが、それでいいとむきむきは思える。
それは仲間が受けるはずだった攻撃であり、むきむきが引き受けた傷であるからだ。
そんな少年に、かかる声が一つ。
「召喚がすぐに来るであろう。なのでさっさと渡して手短に説明する。例の物が届いたぞ」
声の後に、押し付けられた細長い大きな箱が一つ。
「気が向いた時に店に来い。貴様の両親の話をしてやらんでもない」
召喚される直前に見た仮面が、愉快そうに笑っていた気がした。
召喚で呼び戻され、アクアに回復され、むきむきは押し付けられた箱を見やる。
「大丈夫むきむき? 傷は痛まない? アクシズ教に入信する?」
「その辺は全部大丈夫です」
妙に頭がすっきりしていた。
今のむきむきには、カズマに足りない手札を二枚付け足す手段がある。
そのために必要なものは、後はむきむきの覚悟だけだ。
「『ライト・オブ・リフレクション』!」
ゆんゆんは本当に優秀な魔法使いで、ミツルギは本当に優秀な前衛だ。
今もゆんゆんがミツルギに近寄り、姿を消す光の魔法を使って、ミツルギが姿を隠しながら全力で攻め冬将軍に拮抗するという現状を作り上げていた。
それでも拮抗。
押し切ることはできず、長続きしない拮抗にしかなっていない。
「めぐみんめぐみん」
「ん? なんですかむきむき? 名案でも思いつきましたか?」
時間が無い。時間が無いのだ。
本来ならばこの箱の中身は、然るべき時に渡すはずだったもの。
むきむきがウィズを通して作成を依頼し、街の鍛冶屋の協力も得て、ちょっとばかり長い期間とそこそこの金をかけて作られたもの。
渡すべき時と状況は選びたい、というのが彼の本音だ。
だが、時間が無い。
「めぐみんがマジンガーンダムを倒した時に使ったマナタイト。あれ、僕が貰ったよね」
「むきむきに欲しいと言われたら断れませんよ、そりゃ。
結晶部分は消えてしまってましたし、残っていた鉱石部分だけでしたけどね」
「それと覚えてるかな、コロナタイトのこと」
「ああ……むきむきが欲しがって、持って行ったやつですね。あれがどうかしましたか?」
「あれさ、初めて見た時から思ってたんだ。あれ以上の魔法媒体ってないなって」
少年が開けた箱の中には、一本の杖が入っていた。
「今のめぐみんに、一番必要なものだよ」
「―――! これ、は……!」
それは、爆焔の輝きを思わせる太陽の如く煌めく杖。
コロナタイトの表面をそれなりに削り、削ったものを柄の内部に仕込んで魔法のブースター兼コロナタイトの安定剤として使った、並外れた出来の一品。
柄のコロナタイトの繋ぎにはマナタイトが使われており、ここまでの素材を使ったともなれば、その価値は余裕で億を超えるだろう。
鍛冶屋の鍛冶スキル、及びウィズの魔法知識で完成を迎えたこの杖は、あるいは神器にも匹敵する魔法媒体として仕上がっている。
一人の少年が、とある最強の魔法使いに相応しい杖は何かと考え、彼なりに出した一つの解答であった。
「めぐみんに壊せないものなんてあるもんか! それが冬でも、将軍でも!」
「最高に粋なことしてくれるじゃないですか、期待に行動を伴わせてくるとは……!」
そして、それは。
「本当は、数日後に言うつもりだったんだけどね。……14歳の誕生日おめでとう、めぐみん」
めぐみんが予想もしていなかった、とあるお祝いのためのプレゼントだった。
「―――あ」
小さな声が、少女の口から漏れる。
『生まれてきてくれてありがとう』というメッセージが、手にした杖から伝わってくる。
むきむきは数日後に、祝いの席でこれを渡したかったのだろう。
こんな時間が無い時ではなく、時間がある時に、時間が許す限り祝いの言葉を述べながら渡したかったのだろう。
だからか、少年の表情はちょっと残念そうで、ちょっと申し訳なさそうでもある。
だが、十分だ。めぐみんにとってこれ以上はない。これでも十分すぎる。
この少年は、大切な人の誕生日に全力を尽くすタイプの男だった。
そしてめぐみんは、お膳立てには結果を持って応える女であった。
「見ていて下さい。最高のお膳立てには、最強の一撃で応えてみせましょう!」
紅魔族ローブをはためかせ、めぐみんはそっと手にした杖を握りしめた。
むきむきはミツルギとゆんゆんのコンビネーションがあと一分も保たないことを察し、カズマ達に一つの提案をする。
それはカズマが思いつきかけて、思いつく前に捨てた作戦の一つだった。
「おいちょっと待て、それは流石に……」
「カズマくん」
むきむきが思いつかないことは、カズマが思いつけばいい。
むきむきが選べないことは、カズマが選べばいい。
カズマが提案できないことは、むきむきから提案すればいい。
「僕はカズマくんのことを信じてる。
他の人が選べない選択を、本当に大切な時に選べる人だって信じてる」
足りない部分は、考えも力も補い合えばいい。
一番前に出るのがむきむきの役目なら、一番後ろで指示を出すのがカズマの役目だ。
カズマは頭を掻いて、心底嫌そうな顔をして、最後には肝の座った表情で強く頷く。
「タイミング指示は任せろ! しくじるなよ!」
「うん!」
支え合えれば、チームは時に無敵となれる。
めぐみんとカズマの視線を背中に受けて、アクアから有用な支援魔法以外のありったけの支援魔法も受けながら、走る。
後衛をしっかりと守り続けるダクネスの横を通り過ぎ、冬将軍の引き起こす衝撃波で倒れるゆんゆんの横を通り過ぎ、ミツルギよりも更に前へ。
冬将軍が刀の先端を、ゆらりと揺らした。
「師父! いけません!」
むきむきが冬将軍に近付くという一手に要する時間に、冬将軍はむきむきを切るという一手を六度は打つことができる。
ミツルギならば一つは弾ける。だが、残り五つはむきむきが弾かなければならない。
それが、無謀な接近の代償だ。
(恐れるな)
踏み込んだむきむきの足が地面に付くその前に、足が一本切り飛ばされた。
(恐れるな)
左腕が肩からすっ飛ぶ。
(ただ、前に)
残ったもう一本の足も飛んでいく。
(前に進むんだ)
最後に、残された右腕も両断。
(たとえ、それがどれほど恐ろしかったとしても)
一歩踏み込む時間に満たない一瞬で、むきむきの四肢は全てが切り飛ばされていた。
だが、むきむきは四肢を犠牲にして『五つの斬撃』をかわしきる。四本切らせて、それを対価に一つの斬撃は弾いてみせたのだ。
(勇気がなければ、僕はきっとどこにも届かない―――!)
ダルマになったむきむきは、地面に頭突きする。
手足がもげた程度では絶望しない、心折れない、諦めない。
その眼は、強く紅く輝いている。
頭突きで彼の体は跳ね、切り飛ばされた右腕と彼の本体の切断面同士がぶつかった。
「『セイクリッド・ハイネス・ヒール』!」
瞬間、アクアの回復魔法が飛んでくる。
切られた右腕は体へと再接着され、むきむきは冬将軍の至近距離で腕を一本取り戻す。
「ぶっ飛べぇっ!」
そして、思いっきりぶん殴った。
全力で突っ込めば、慣性がつく。
踏ん張る足がなくても、拳には十分な力が乗る。
だからこそ、むきむきは無謀でも全力で突っ込んだのだ。
「我に許されし一撃は同胞の愛にも似た盲目を奏で、塑性を脆性へと葬り去る」
めぐみんは撃つ。彼は撃てるようにする。
それもまた、紅魔族式のコンビネーション。
「強き鼓動を享受する!」
詠唱に淀みはなく、魔力の流れに乱れはなく、その心に曇りはない。
「哀れな者よ、紅き黒炎と同調し、血潮となりて償いたまえ! 穿て!」
彼女は、最強の杖と最強の想いをもって。
「―――『エクスプロージョン』ッ!!!」
最強のモンスターから最強の称号を奪い去る、地上最強の爆焔を放った。
杖の機能はシンプルだ。
魔法威力上昇、魔力消費代行、そして魔法制御力向上。
魔法威力の上昇は魔力消費も上昇させるが、それは魔力消費代行でトントンになる。
目に見えて変わったのは、威力と制御力。
めぐみんの爆裂魔法は圧倒的な威力を絶対的な制御によって精緻に操られ、冬将軍を風景ごと消し飛ばしていた。
「……嘘だろ? 冬将軍を……倒した?」
レッドが、心底呆然とした声を出す。
シルビアに至っては驚愕が過ぎて言葉を口にすることさえできないようだ。
これで後は、むきむき達の総力を上げてレッドとシルビアを倒すだけだ。
涙目のゆんゆんがむきむきの手足を必死に拾い集め、それを受け取ってくっつけようとしていたアクアだが、その時妙な魔力の流れを感知する。
「ううん? あれ? これって……」
ほぼダルマ状態で寝かされてるむきむき、またしても魔力切れでぶっ倒れてむきむきの横に寝かされためぐみんの横で、カズマが嫌な予感たっぷりにアクアに問いかける。
「どうしたアクア?」
「どうやら、冬将軍は私の知らない内にパワーアップを遂げていたようね……」
「え、なにそれ」
「あれは既に冬将軍ではないわ。
転生者達の思念を受けてまた変質した新たな概念。
冬将軍としての自分が消滅した結果、再構築された新たなる冬将軍。
もはやレッドの固有能力では制御できない、大魔王級の大精霊……」
もぞもぞもぞ、と魔力が集まる。
再結集される。再構築される。再生過程で進化して、復活後に再進化する。
冬将軍は確かに倒された。
めぐみんの先の一撃は、人類史に例のない大偉業と言えよう。
されども冬将軍は死して後に生まれ変わり、自分を利用した魔王軍のレッド絶対にぶっ殺すマンとして復活した。
「―――核の冬将軍よ」
「この世界は天然物が後付けチートを蹂躙しなくちゃいけないルールでもあんのかコラァ!」
冬将軍が手を掲げた瞬間、レッドは魔法を組み上げていた。
「『テレポート』ッ!」
レッドとシルビアの姿が消え、将軍の手から放たれた魔力が、めぐみんの爆焔ほどではない爆発を巻き起こす。
タッチの差で、彼らは灰になる運命から逃げ切った。
「将軍様すげー」
「カズマくんが思考停止した声出してる……」
核パワーを搭載した冬将軍にもはや敵は居ない。
これからは雪山で雪精を殺した冒険者に核の炎を叩き込みつつ、レッドを見かけたら積極的に核を撃ち込む大精霊となるだろう。
冬将軍はむきむき達に最後に頭を下げ、雪解けのようにふっと消え、山に帰って行った。
「将軍様が頭を下げていったよ。たまげたなあ……」
「カズマくんが魂抜けたみたいな声出してる……」
勝った、という実感が湧いてくる。
皆の目にはめぐみんが見せた過去最高の爆焔が焼き付いているが、その感動に少し遅れてようやく勝利の実感が湧いてきた感じだ。
「これにて一件落着! 邪悪な魔王軍の企みはめぐみんが一蹴!
大自然の大いなるパゥワーが悪どいやつらをぶっ飛ばしたのね! めでたしめでたし!」
アクアが調子に乗る。
が、忘れてはならない。
この世界では、調子に乗るとツケが来るのだ。
「なあ、アクア。これって放射能汚染とか大丈夫なのか?」
「……ああああああああああっ!!!」
放射能がやばかったので、その後夜までかけてアクア様が大量の水を出し、水に呑まれた放射能をピュリフィケーションで残らず消してくれました。
その後の話。
「魔王軍幹部三人投入で一人脱落、全員撃退とは。これは笑えますね」
「笑えないわよ! まったく、アタシも次は少し対策用意しておこうかしら」
『バニル』という存在がとことん作戦の骨子をズラした結果とはいえ、こんな結果に終わるとは誰も予想していなかっただろう。
操られる側のむきむきと、唯一の盾として残ったダクネスがよく頑張った。
その頑張りから、皆がよく繋いでくれた。
そこに魔王軍の認識外の予想外が加わって、話が変な方向に転がった様子。
魔王軍有利なこの流れの中で、むきむき達はまた『幸運』にも勝利したのだ。
「そういえばシルビア様が男を吸収するなんて珍しい。趣旨替えですか」
「魔剣の勇者の方はついでだけど、あっちの少年の方は、ね」
「?」
「あれの母親はとても美しかったのよ……ああ、とても惜しいことをしたわあ」
「ああ、そういう?」
「そう。ただの未練よ。あたしを最も多く撃退したあの女への未練」
「執着でしょうに、それは。しかも母親だけでなく、あの少年個人の特性に向けた」
「……あんた相手の本質言い当てるのはほどほどにしないと、恨み買うわよ」
人の面影を追うのは、人だけではなく。
「それにしても、あの魔剣使いの参戦は事前想定のどこにもなかったわね」
「あれがここに来たのはセレスディナ様も想定してない誤算のはずですよ」
「理由は分かる? アタシにはさっぱりだわ。偶然かしら」
「いえ、おそらく」
ミツルギは言っていた。
『こっちで手に入れた情報を師父に伝えようと思って来たんだけど』と。
その発言をレッドは聞いていなかったが、大体の予想は付いている。
「ベルゼルグ貴族と
人間の内乱を起こすのは、セレスディナとその部下の担当業務でもあった。
九巻あたりでは霧レベルの水分も干渉操作できる描写があるのに多分普段は忘れてるアクア様
放射能汚染も服に付いたカレーうどんの汁も大差なく消します
恥は消せません