「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

4 / 63
 個人的な考えですが、紅魔族ネーミング基準だと『むきむき』って女の子っぽい名前な気がします。女性が「ゆんゆん」「めぐみん」で男が「ぶっころりー」「ひょいざぶろー」ですからね
 紅魔族において『むきむき』は「カオル」とか「レン」とか「小野妹子」とか「カミーユ」みたいな響きの名前なんだと思われます


1-4-1 七歳むきむき、馬謖の如く山を登る

 どうやら、紅魔の里の外で唯一魔王軍と戦える国・ベルゼルグが滅びそうになっているらしい。

 なんでも、魔王軍の主戦力が王都の最終防衛ラインを突破したとか。

 王族が飛び出して魔王軍幹部を除くリーダー格の半分を斬首戦術で仕留めたため、なんとか国は滅びなかったらしいが、とにかく大変なことになっているらしい。

 

 そこで、族長がいくらか大人達を連れて一泊二日の魔王軍退治に行くということになった。

 仕事が休みの大人、農繁期が過ぎた農家の大人、ちょうど予約の仕事が終わった靴屋の親父、里の外に買い物に行きたいお姉さん、暇を持て余しているニートなど。

 (忙しい人間を除外したという意味で)選び抜かれた戦士達が族長の下に集う。

 かくして、彼らはテレポートで王都へと旅立った。

 

 そうなると困ったのがゆんゆんである。

 族長とその妻が王都に行ってしまえば、流石にゆんゆんの面倒を見る人物が必要になる。

 そこで「ゆんゆんが友達の家に泊まらせてもらえればいいんだけど」という母の言葉に、「私友達沢山居るから大丈夫だよ」と見栄を張ったのが不味かった。

 沢山(三人以上居るとは言ってない)。

 沢山(貧乏家と孤児の家しかない)。

 選択肢は無いに等しく、ゆんゆんはめぐみんの家にお世話になる運びとなった。

 

 鍋の前に座るひょいざぶろーと、生まれたばかりのめぐみんの妹・こめっこを抱えているゆいゆいが、緊張した面持ちのゆんゆんを迎え入れていた。

 

「族長の娘さんがうちに泊まりに来るとはな」

 

「自分の家だと思ってゆっくりしていっていいのよ?」

 

「は、はいっ!」

 

 そうして、ゆんゆんは知りたくなかった現状を知った。

 

「こんばんわ、ひょいざぶろーさん、ゆいゆいさん。あ、これ食材です」

 

「ようこそむきむき! 今日も才能を見る目がない里の連中のこととか語り合おう!」

「ようこそむきむき君! 今日も沢山食材持って来てくれてありがとうね!」

 

 山盛りになった食材を抱えたむきむきが、めぐみん宅を訪問し、ゆんゆんも居る晩御飯の席に招かれていたのだ。

 むきむきは七歳相応のほわっとした笑顔を浮かべ、歓迎されたことを喜び、いそいそと慣れた様子で席につく。

 ゆんゆんにも、なんとなくそんな予感はあったのだ。

 彼女がここに来た時から席が四人分用意されていて、ゆんゆんのために一つ席を追加した時点で変な予感はあったのだ。

 

 目が死んでいるゆんゆんが、もぐもぐ鍋を食うもぐみんと化しためぐみんに話しかける。

 

「……なんでむきむきが居るの?」

 

「うちが貧乏なのは知ってますよね?」

 

「うん、知ってる。だから少し高いお土産持たされたんだけど……」

 

 一回泊めさせてもらう分と、一回晩御飯を食べさせてもらう分。その代金というほど露骨なものではないが、ゆんゆんも割と高いお土産を買ってきていた。

 だが今のゆんゆんの目は死んでいる。どのくらい死んでいるかと言えば、高い高いお土産を渡す気が失せてしまうくらい、目が他界他界していると言っていいだろう。

 

「つまり仕事に穴は空けられないわけです。

 私にも学校があります。両親は仕事をしないといけません。

 なので、赤ん坊のこめっこの面倒を見てくれそうな人が必要でして」

 

「うんうん、それで?」

 

「むきむきがそれ引き受けてくれまして。

 家で面倒見てくれたり、こめっこ背負って畑耕してたり、こめっこにご飯あげてくれたり」

 

「ほうほう、それで?」

 

「その流れで『礼も受け取らずに帰るつもりですか?』と私が引き止めるようになりまして。

 とりあえず簡単なご飯なら私でも作れるわけですし。

 それでむきむきがうちで晩御飯食べていくようになりまして。

 そうしたらむきむきが申し訳なさそうに食材持ってくるようになりまして、両親が喜んで」

 

「……うん?」

 

「次第に両親がむきむきを家に招くようになりまして。

 むきむきが毎回持って来てくれる食材のお陰でうちの台所事情と懐事情が劇的に改善しまして」

 

「ちょっと待って」

 

「次第に私やこめっこが空気になるレベルで両親がむきむきを……」

 

「ちょっとぉ!」

 

 むきむきは面倒臭い子だ。一人で生きていける能力があり、紅魔族らしく早熟な知性があって、早くに亡くした家族に未練が有り、大人が差し伸べた手を取らず、寂しがり屋である。

 このむきむきの面倒臭い感じが、この貧乏家庭の特性と見事マッチしてしまったようだ。

 

 むきむきは食材を持ってくる。めぐみん家の財政事情がちょっとだけ改善する。

 むきむきは家族の暖かみを疑似体験できる。『新しい家族』を受け入れられないくせに寂しがり屋なむきむきが、心救われる。

 誰も損をしてない。誰もが得をしているだけだ。

 

「前からむきむきは昼笑って夜泣いてる感じがありましたからね。

 私の腹は満たされる。むきむきの心も満たされる。言うことなしです」

 

「いいの!? これ本当にいい関係なの!?」

 

 なのに、ゆんゆんは違和感が拭えない。

 なんだろうか、この。

 Win-Winなのに、体よく利用されている感が拭えないのは。

 巻き上げられているのが食材費だけで、大人の手伝いで生活費を得ているむきむきの財布が大して痛んでいないのが、唯一の救いか。

 

(いけない……この関係は……なんかいけないっ……!)

 

 友情も優しさもあるが図太さと図々しさでそれを脇に置いておけるもぐみん。

 めぐみんに対し、彼氏にフラれて落ち込んでいたところにイケメンに慰められコロッといってしまったヒロインのような好意の抱き方をしてしまっているむきむき。

 "放っておいたら大惨事になる気しかしない"と、ゆんゆんは戦慄する。

 

(私がしっかりしなくちゃ! あの二人より、私の方がしっかりしてるんだから!)

 

 ばっちり上手くやらないと、とゆんゆんは自分に言い聞かせていた。

 

 

 

 

 

 そして翌日。ゆんゆんは早くもぼっちり下手を打っていた。

 

「はぁー、弟が病気になっちゃったー!

 どうしよう、あたしの友達のどどんこにゆんゆん!

 このままじゃ、うちの弟の病気のせいでにっちもさっちもいかなくなってしまう!」

 

「大変! これ私のお小遣いだけど受け取って、ふにふら!」

 

「わ、わわっ、じゃあ私のお小遣いも持って行って、ふにふらさん!」

 

「「……」」

 

「え、二人共どうしたの?」

 

「いや、その」

「ねえ……」

 

「え? え?」

 

「い、今はいいよ、ゆんゆん。気持ちだけ受け取っておくから」

 

「そ、そうだよ! 私の分だけで今は大丈夫なはずだよ、多分!」

 

 彼女はふにふら。ゆんゆんとめぐみんの同級生で、紅魔族随一の弟想いの少女。

 彼女はどどんこ。同じく彼女らの同級生で、紅魔族屈指の無個性の少女だ。

 この実写版デビルマン級の演技による小芝居を見れば分かるように、哀れな境遇役をふにふらがやり、どどんこがサクラをやることで、金目的で友達付き合いをしているゆんゆんから金を巻き上げようとしている少女達だ。

 が、どうやら予想以上にいい子で、予想以上にチョロく、予想以上にさっと金を渡してきたゆんゆんに、良心がないでもない二人は腰が引けてしまったようだ。

 

 ちなみにゆんゆんから金を巻き上げようとしていたのも本当で、弟の病気にお金が必要で困っているというのも本当で、ゆんゆんのあまりのチョロさにちょっと気が引けたのも事実である。

 明日以降ならゆんゆんから金を巻き上げることもできるかもしれないが、腰が引けてしまった今日はどうやっても金を巻き上げる気になれない様子。

 世の中にはカツアゲは出来ても人を殴ることはできない不良が山ほど居ると言うが、彼女らはそれを数段マイルドにしたタイプのようだ。

 

「そう? でも、困ったら遠慮なく言ってね!

 あ、でも、友達の間でこういうお金のやり取りって大丈夫なのかな……

 むきむきも人助けはいいことだ、とも言ってたけど、お金はトラブルの元になる、とも……」

 

「いやいや、助かるから、くれるならくれるだけ嬉し―――」

 

「へー、ふーん、ほー」

 

 哀れゆんゆんは将来的に壺を買わされるような大人になるルートに進んでしまうのか、と思われたその時。呆れたような、バカにしたような、そんな少女の声が響いた。

 

「いやあ、ゆんゆんはいい友達が作れてるみたいですね」

 

「? この声、めぐみん? あんたには関係……」

 

 そして、振り返ったふにふらとどどんこは目を疑う。

 

 その日、二人は思い出した。

 奴らに支配されていた恐怖を。

 鳥籠の中に囚われていた屈辱を。

 

「ヒエッ」

「ヒエッ」

 

 そこには2mを超えるあまりにも大きな巨人が立っていて、その右肩にめぐみんが乗っていた。

 

「なにそれ、巨人!?」

 

「私の弟分ですよ」

 

「弟分……? 身長めぐみんの倍近くありそうじゃない……?」

 

「これでも一つ歳下ですよ」

 

「!?」

 

 めぐみんを優しく地面に降ろし、むきむきはポーズを取って名を名乗る。

 

「我が名はむきむき。ゆんゆんとめぐみんの友たる者……どうぞよろしく」

 

「こ、これはご丁寧に。我が名はふにふら――」

「わ、我が名はどどんこ――」

 

 自己紹介、以下省略。

 二人はすっかりむきむきの巨体に圧倒されてしまっていた。何せ、この年頃の少女の身長であれば、首が痛いくらいに見上げなければ近くでは顔さえ見えないのだ。

 その身長比と戦闘力比は、実にゴジラ(100m)とマグロ食ってるやつ(60m)に匹敵する。

 

「あ、そうださっきの話! むきむき、めぐみん、聞いて!」

 

「さっきの話? ……あっ」

「お金の話の前? ……あっ」

 

 ゆんゆんの発言に、ふにふらとどどんこが何かを察する。

 筋肉色の覇気に気圧されて二人の反応が遅れたのが、ここで変な展開に繋がってしまった。

 

「むきむき、私達をあの山まで運んで! 薬草を探しに行かないと!」

 

「承知!」

 

「え、なんで私まで巻き込まれてるんです? あ、ちょ、待っ」

 

 ゆんゆんとめぐみんを抱えたむきむきが疾走する。

 その速さたるや、族長宅で三人分の上着を回収して里を出るのに一分もかからないほどの速さであった。

 

「あっ」

 

 あっ、と言う間もなく。三人は山へと向かって走っていってしまった。

 

「さっきの話、って……」

 

「……弟の病気を一発で治せる薬草が、あの山に生えてるって話だよね……」

 

 紅魔の里の北には、霊峰ドラゴンズピーク。

 北西には、魔王城の魔王の娘の部屋が覗ける展望台バニルミルドがある。

 "全てを見通す"と言われるその展望台の南西には、希少な薬草が生える山々があった。

 

 そこまで険しい山でもなく、氷雪系統の精霊が好む土地であるため年中雪が降り、ある程度の寒さが年中持続し水もあるため希少な薬草が生息している山だ。

 凶暴なモンスターも生息しておらず、何もできない子供だけで入れば危険な場所だが、魔法が使える大人であれば近所の庭感覚で行ける場所でもあった。

 魔法薬に加工する時に逃げ出すことで有名なマンドラゴラの根等も、ここで一定量ながら確保できるという。

 

 つまり二人は、ここにある希少な薬草を回収すればふにふらの弟の病気が治るのに、という話をゆんゆんとしていたわけだ。

 二人からすれば、族長の娘であるゆんゆんがこの話題を耳にして、族長の娘として族長や他の大人にそれとなく話してくれることを期待していたのである。

 そうすれば、自分達が何か頼むより効果的に、善意で動いてくれる大人が取って来てくれる可能性が高いと思ったからだ。

 

 なのに、予想は大外れ。

 子供三人だけで山に突撃して行ってしまった。

 

「どうしよう!?」

 

「大人にちゃんと話すしかないでしょ! お金巻き上げとかそこら辺は伏せて!」

 

「でも山に行かせる原因になったってことで怒られるかもよ!?」

 

「仕方ないでしょ! あいつらが雪山で遭難するよりはマシよ!」

 

 この二人は善良と言うには程遠く、いい子と言うには善性が足りず、子供特有の出来心で動いてしまうところがあるが……それでも、悪人ではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 厚着した三人が、はらはらと雪が降る雪山を進んでいく。

 歩いているのはむきむきだけだ。めぐみんは彼の右肩、ゆんゆんは彼の左肩に乗っている。

 めぐみんはやる気なさげに雪景色を眺めていて、ゆんゆんは地図を片手に道案内をしているようだ。

 

「なんというか、むきむきって体温高いですよね。

 その上めっちゃ体が大きいからなんか普通にあったかいんですが」

 

「むきむき、歩きづらくない?」

 

「膝と足首の間くらいまで、雪の中に足が沈んでるかな」

 

「それ普通に歩けないんじゃない!? あ、三人分の体重だから余計に沈み込んでる……?」

 

「いや大丈夫大丈夫。水の上よりは走りやすいと思う」

 

「そっか、水よりは雪の方が硬いもんね……ん?」

 

 むきむきが周囲を見渡せば、こんな雪の中でも悠然と立っている大木や、雪の合間に生えている草、雪をどけている岩の周囲に生えている苔、雪の上を走り回る小動物が見える。

 どんな世界であっても、命は力強い。

 この世界の命は、他の世界の命と比べてなお力強い。

 こんな白銀の世界の中でも、立派に命の連鎖が構築されているようだ。

 

「ゆんゆん、僕詳しくないんだけど、その草ってのはどんなのなの?」

 

「この山の山腹のどこかに、『なんJ』という草が生えてるらしいの」

 

「なんJ? 変な名前ですね」

 

「昔、里に来た旅行者さんと里の大人が一緒にこの山に採取しに来たらしいわ。

 その時"草生えてる"という里の大人の人の言葉に対して、その旅行者がこの草の名前を……」

 

「呼んだ、と。なんだか里の内のネーミングとも、外のネーミングとも違う気がしますが」

 

 雪山とか草生えるわ。

 

「そろそろ休憩しましょうか、むきむき」

 

「ん、ごめんね、寒かった?」

 

「いえ、私達は体動かしてませんが、むきむきは動き詰めですし。

 気付けない疲労を抜くためと、後はそろそろお昼ごはんの時間ですから」

 

「それめぐみんがお腹減ったってだけじゃないの……?」

 

 むきむきは即落ち二コマ並のスピードでかまくらを作成。そうして僅かな時間で完成されたかまくらの中に、その辺から拾ってきた木の枝を入れ、火を入れる。

 

「我焦がれ、誘うは焦熱への儀式、其に奉げるは炎帝の抱擁―――ファイアーボール!」

 

 圧縮された熱が一発目で水分を飛ばし、二発目で火をつける。

 

「おー寒い寒い。今日もうちで鍋の予定でしたが、まあこっちで食べてもいいでしょう」

 

「……めぐみんまさか、むきむきが背負ってた荷物って……」

 

 どうやらむきむきが背負っていたリュックサックの中に、めぐみんとむきむきのお昼になる食材と鍋が入っていたようだ。

 万が一に備えめぐみんの両親の分まで入っていたようで、ゆんゆんが食べる分も問題ない。

 かくして、ファンタジー異世界でかまくらを作り鍋を食べる改造人間達という構図が出来た。

 

「ほぁ~、生き返るぅ……」

 

「ちょ、めぐみん、口とは裏腹に食べるの早い!」

 

「のろまは死ぬ。それが鍋の世界の掟です」

 

「じゃあそういう異世界にでも行ってなさいよ!」

 

「はいゆんゆん。肉取っておいたよ」

 

「あ、ありがとうむきむき。でも、めぐみんに皿の肉を取られた時は怒っていいのよ……?」

 

 もぐみんは鍋だけではなく、むきむきの皿やゆんゆんの皿からも食べたいものを奪っていく暴君である。

 むきむきが鍋奉行として定期的に具と汁を補充し、時折外に出てウサギや美味い野草を追加してくれていなければ、ゆんゆんは空腹でこの後の捜索をしなければならなかっただろう。

 何もしていないくせに飯はよく食う、そのくせ居るとなんとなくトラブルと打開策がセットで見つかる気がしてくるのが、とてもめぐみんらしい。

 

「モンスターにも会ってないし、順調ね」

 

「そりゃそうですよ。

 ここで危険なモンスターと言ったら、冬将軍系しか居ません。

 それも冬に雪精を狩りでもしなければ、出て来ることはないでしょう」

 

「あれは元締めの大精霊だから、どこにでも現れるもんね……」

 

「冬将軍……?」

 

「むきむきは知らないんですか?

 雪精と呼ばれるモンスターを狩ると現れる、極めて強力な大精霊ですよ。

 精霊は決まった形を持たない、人の思念の影響を受ける存在です。そうですね……

 魔力の塊が人のイメージした形で独自の意志を持って動いている、と考えればいいですよ」

 

「ふむふむ」

 

「そのせいで、とんでもなく強いんだって。

 紅魔族の魔法もほとんど効かないらしいわよ?

 素で強くて魔法防御力も高いから、紅魔族の天敵みたいなモンスターなのよ。

 里の外の人達も中々倒せないから、攻撃的なモンスターでもないのに懸賞金が二億もあるの」

 

「二億エリス!」

 

 二億エリス(日本円にしてうまい棒二千万本分)の懸賞金に、むきむきは驚く。

 こちらから何もしなければ何もしてこないのが冬将軍だが、それでも二億という懸賞金がかけられているということは、とてつもなく強いということなのだろう。

 

「二億……」

 

「めぐみん、なんで二億の部分だけ繰り返したの? 今その目は何を見てるの?」

 

「めぐみん、二億欲しい?」

「ええ、欲しいですね」

 

「待って! お金に目を眩ませて崖に向かって突っ走って行かないでめぐみん!」

 

「……」

 

「何も言わないのは一番不安になるからやめてー!」

 

 ゆんゆんは、めぐみんにいつ爆裂するか分からない爆弾のような印象も持っている。

 

「まあ、冗談はさておき」

 

(本当に冗談だったのかな……)

 

「紅魔族は望めば修行の一環で里の外に旅に出るじゃないですか。

 危険なことなんて多かれ少なかれ、そこで体験すると思うんです」

 

「……それは、そうだけど」

 

「めぐみんは魔法を覚えたらすぐに外に行く気なのかな?」

 

「ええ、勿論。その時はむきむきも一緒に来ますか?」

 

「え、僕?」

 

「どうせ紅魔族は皆、最終的にこの里に戻って来るんです。

 ここだけで一生を終えるなんて嫌じゃないですか。

 どうせなら修行も兼ねて外に出て、魔王を倒して伝説になっておきたいものです」

 

「めぐみん……ホント豪快だよね」

「え、今めぐみんとんでもないこと言わなかった? 私の幻聴?」

 

「ええ、豪快な方が好きですからね、私は」

 

 ふんす、と鼻を鳴らすめぐみんを、むきむきは嬉しそうに見つめている。

 

「大きくて、強くて派手で、豪快な方が好き……だっけ?」

 

 自分が好ましく思う基準を一切揺らがさないめぐみんに、彼は好意を持っていた。

 

「あれ、むきむきにそれ教えた覚えはあるんですけど、どこで教えましたっけ……」

 

「どっかじゃない?」

 

 うんうんと悩むめぐみん。

 めぐみんは自分が好きなものの傾向をいつむきむきに教えたか、それを思い出せずにいる。

 その言葉は、彼女にとっても何でもない言葉だったからだろう。

 たとえそれが、彼の人生そのものを変えた言葉だったとしても。

 彼の未来を変えた肯定だったとしても。

 彼女にとっては、なんでもない台詞の一つでしかない。

 

(……)

 

 具材が無くなった鍋に米を放り込み、めぐみんが雑炊を作り始める。

 鍋の残り汁に米ではなく麺を入れる異端者が、里で生きていくことはできない。

 案外家庭的なところを見せるめぐみんから雑炊入りの器を受け取り、彼はそれを見つめた。

 

(一炊之夢)

 

 この世界にはよその世界が持ち込んだ言葉や物が多くあり、その中でもかっこよさげなものは紅魔の里で語り継がれたりもする。

 その中に、『一炊之夢』という小話があった。

 盧生という者が"夢が叶う枕"を借り、出世して金も権力も思いのままという理想的な人生の夢を見るが、一つの人生を終えて起きると、寝る前に作られていた粥がまだできていなかった、という話だ。

 

 『一炊之夢』とは、「繁栄しようとも人生とは短く儚いものである」という意味の言葉。

 結局の所、人生は短いのだ。

 短い人生の中で、何かを選んでいかなければならない。

 それこそが条理に反しない命の在り方であり、それに反し――アンデッドの王リッチーになる、等――て生きようとすれば、必ずどこかでツケを支払うことになる。

 

(めぐみんはもう、自分の人生をどう生きていくかを決めてる)

 

 爆裂魔法を覚える。あの日に会った美人のお姉さんに会う。里の外で伝説になる。魔王を倒す。あわよくば自分が次の魔王になる。

 めぐみんは将来したいことを見定めていて、一本筋が揺らいでいない。

 ゆんゆんも過程がしっかりとイメージできていないものの、将来的に族長になり親の後を継ぐという最終目的だけは、一度も揺らいだことはない。

 

 むきむきだけだ。

 この中で、"将来何がしたいか"も、"将来何になりたいか"も、はっきりしていないのは。

 

「どうです? 味は」

 

 それでも、彼女がくれた言葉も、彼女がくれた雑炊も、暖かかったから。

 

「うん、美味し――」

 

 不安なんておくびにも出さずに、彼は微笑んで。

 

 二人の少女を庇うように動き、飛んで来た斬撃を右腕で弾いた。

 

「!?」

 

 かまくらの上半分が吹き飛んで、かまくらから少し離れたところにあった大木が両断される。

 一瞬にしてかまくらの上半分が消えたお陰で、下手人の姿はすぐ見えた。

 雪を固めて作ったかのような、白一色の体色。

 (かみしも)(はかま)。ここに地球の日本出身の人間が居たならば、"奉行みたいな服してるな"と言っていたことだろう。

 

 白いモンスターは、白銀の背景に溶け込まない存在感を撒き散らしながら、敵意をもって彼と彼女らに相対している。

 

「まさか、このモンスターは……!」

 

「知っているのかめぐみん!」

 

「古代書物『リン・ミンメイ書房』の本で読んだことがあります!

 冬将軍のワンランク下に位置する大精霊!

 各地方に存在し、自分だけの鍋ルールを持つ大精霊!

 そのルールに抵触した鍋の食べ方をする者を、問答無用で殺す殺戮マシーン……!」

 

 そのモンスターは、"食い終わった鍋の残り汁に麺ではなく米を入れる者"を問答無用で殺す、そんな行動法則を持つ者だった。

 

 

 

「―――『鍋奉行』です」

 

 

 

 鍋奉行が刀を振る。むきむきが前に出て、手刀を振り下ろす。

 一瞬の内に、剣から斬撃が飛ぶ・手刀が飛んだ斬撃を両断する・両断された斬撃が近場の金属質の岩を切り分ける、という三つの行動結果が発生していた。

 

「逃げよう!」

 

「ですね!」

「う、うん!」

 

 むきむきが二人を両脇に抱え、走り出す。

 鍋奉行はからあげにレモンをかける者、及び鍋は雑炊派の者を皆殺しにするという目的の下、更なる斬撃を飛ばしてきた。

 少年は雪上で飛び上がり、猛然と空中で高速回転。回し蹴りで斬撃を粉砕する。

 

「ま、待ってむきむき! 酔う! これ酔う!」

 

「しまった私ゆんゆんやむきむきより沢山食べおぼろろろろろろ」

 

「ご、ごめん!」

 

 食い過ぎ→ジェットコースターのコンボで派手に嘔吐しためぐみんの口を、むきむきはお気に入りの服の袖で拭いてやりつつ、前に進む。

 

「! むきむき、見つけた!

 よりにもよってこの最悪なタイミングだけどー! 例の薬草! あそこっー!」

 

「! っく、本当に、幸か不幸か……!」

 

 むきむきは二人を雪の上に優しく降ろし、振り返る。

 体重が軽い二人の足はさほど深くまで沈み込まないが、鍋奉行に向けて踏み込んだむきむきの足は、深く雪に沈み込んでいた。

 少年は叫ぶ。

 

「―――ここは僕に任せて早く行け!」

 

 紅魔族にとっては、プロポーズよりも興奮する、その台詞を。

 

「無茶しないでねむきむき! 草取って来たら一緒に逃げましょ!」

 

「ふわあああああああ! ずるい! その台詞を一人で言うのはずるいですよ!

 ゆんゆん、ゆんゆん、聞きましたか! 今の台詞を! 一度は言いたい台詞ですよ!」

 

「いいから早く行くわよ!」

 

「なんですかあのかっこよさ! ああ、私もあれやりたい! やらせて下さい!」

 

「いいから早く!」

 

「むきむきっー! 今のは百点です! かっこよかったですよー!」

 

「早くって言ってんでしょうがあああああああ!」

 

 めぐみんが大声を上げるが、ゆんゆんと違って紅魔族っぽいことが言えるものの、めぐみんほどそういう台詞に自己陶酔できないむきむきは苦笑する。

 背後から「めぐみん、この草!?」「その草は草加雅人とか名前が付いてる毒草ですね」「新発見したものに自分の名前付ける研究者にでも名付けられた草なの!? 人名!?」という声が聞こえてくるあたりからも、すぐ終わる気配はない。

 

「お前は僕がここで止める」

 

 ならば、ここで鍋奉行を止めなければ。

 人類の自由と平和――平和に鍋雑炊を食う自由――を守るため、改造人間むきむきは戦うのだ!

 実際はめぐみんとゆんゆんしか守る気がないが、それは脇に置いておいて。

 

 ダン、とむきむきが力強く地面を踏み叩く。

 すると、柔らかな山頂の新雪が振動で崩れ、雪崩が発生した。

 更にむきむきは掌を振るい、衝撃波で雪崩の向きをコントロールし、二人の少女を巻き込まずかつ鍋奉行だけを巻き込む雪崩を作り上げる。

 

「あっ、やばっ、めぐみんから言われてた技の前の詠唱忘れてた……

 汝、美の祝福賜わらば、我その至宝、紫苑の鎖に繋ぎ止めん―――フリーズガスト!」

 

 技の後に詠唱するという因果逆転。雪崩は必中攻撃なのでこれも多分ゲイボルクなのだろう。ゲイボルクっぽい雪崩が鍋奉行に迫る。

 

「あの二人に危害は加えさせないっ!」

 

 身長218cm.

 体重265kg。

 七歳。

 むきむきが生涯初めて、男の顔をした瞬間であった。

 

 

 




めぐみんはゆんゆんを「あの子」、むきむきを「あの子」って言います
ゆんゆんはめぐみんを「あの子」、むきむきを「あの人」って言います
むきむきはめぐみんを「あの人」、ゆんゆんを「あの子」って言います
なんだか勘の良い登場人物はこれだけで関係性見抜きそうな感じです

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。