「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 昔アクア様がFEifのかのポジションに行く長編を構想していたら、『呪いを全部吹っ飛ばして死体を蘇生させる』アクア様が全てをぶち壊す話になっていたのを覚えています


3-2-1 アクア・ストライク!

 クリスはアクセルをぶらぶらしていて、その途中に買い物袋をいくつも抱えるむきむきを発見した。

 

(あ、むきむき君だ)

 

 クリスは茶柱を見つけた時のようなほんわかとした気持ちになる。

 が、その買い物袋の中に酒瓶を見つけた瞬間、鬼気迫る表情でむきむきに飛びかかっていった。

 

「ちょっと! その歳でお酒飲む気!?」

 

「わっ、クリス先輩!?」

 

「天が許してもこのクリス先輩が許さないよ!

 君の歳からお酒の味を知っちゃったらバカになるんだからね!」

 

「待って下さい、これ僕のじゃないです! 仲間に頼まれたんです!」

 

「……あれ? 仲間の?」

 

 むきむき曰く、最近PTを組んだ仲間が大酒飲みで、たびたびむきむきに酒を奢らせているらしい。

 この世界における冒険者PTの適正人数は4~6人であるという。

 むきむき、めぐみん、ゆんゆん。

 そこにカズマ、アクア、ダクネスを加えて六人。

 前衛二人、後衛二人、指揮役一人、オールラウンダーヒーラー一人。

 それぞれの得意分野が違うこともあって、かなり隙の無い構成になっていた。

 

「なるほどなるほど、事情は分かったよ。

 でもその仲間の女性に無理にお酒勧められたらちゃんと断るんだよ?

 それでも強引に迫ってくるようなら、私がビシっと言ってあげるからね!」

 

「ありがとうございます、クリス先輩」

 

「ふふ、私は先輩、君は後輩だからね」

 

 先輩風を吹かすクリスは、小柄な体格や童顔もあってどこか愛らしい。

 クリスはダクネスとパーティを組んでいたものの、今はダクネスがカズマに惹かれたことで解散している。

 時折アクセルで困っている冒険者PTに参入し、手助けをしているクリスの姿が見られるが、今は固定PTを組んではいないようだ。

 

「クリス先輩もうちのPTに来てみます?」

 

「んー、今はいいかな。魅力的なお誘いだけど、ごめんね」

 

 やんわりと断られるむきむき。

 断り方はやんわりとしていたが、その裏には"今は固定PTに入っていられる余裕がない"というクリスの事情があった。

 

「それに、今はしてることもあるしね」

 

 クリスは尻のポケットから紙片を取り出し、それを広げて少年に見せる。

 そこには、洗練されたシンプルなデザインのネックレスの絵が描かれていた。

 

「これは……?」

 

「実は今、このネックレスを探してるんだ。

 どこかの貴族が買い取ったらしい、って所までは分かったんだけど……

 君、記憶力結構良かったよね、王都の貴族が誰かかけてなかった?」

 

「……いえ、無かったと思います」

 

 むきむきは記憶を探るが、王都防衛成功祝賀会のパーティでも、こんなネックレスを付けている貴族を見た覚えはなかった。

 

「クリス先輩のものなんですか?」

 

「違うよ、昔は私達のものでもあったけどね。

 ただ、曰く付きのものだから、持ってる人に注意しようとしただけ」

 

「曰く付き……」

 

 クリスは定型文を読むようにさらりとそう説明し、むきむきはクリスという人物を信用していたがために、クリスを何か怪しむこともなかった。

 

「ごめんね、買い出しの途中で引き止めちゃって」

 

「いえ、クリス先輩のためなら些事ですよ。

 そのネックレスのこと、僕からも他の人に聞いてみます」

 

「いいの? それなら、私もお言葉に甘えちゃおっかな」

 

 クリスがむきむきにネックレスの絵を手渡す。

 

「そうだ、僕ら家を買ったんです。

 よかったらクリス先輩も遊びに来てくださいね」

 

「家持ち冒険者かー。君らも一端になってきた感じがするね」

 

 時間とは流れるもの。

 人は変わるもの。

 クリスがむきむきと初めて会った時と比べれば、彼は心も体も環境も仲間も、何もかもが変わっていて。今なお進行形で変わっていっていて。

 そういう風に変わる『人』を、クリスは変わらないままに、ずっと見守ってきた。

 

「あ、福引。さっきの買い物でちょうど福引券貰ってましたね」

 

「じゃあ引いていく? さあむきむき君、いってみよう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方その頃。

 

「ああ、私は止めるべきだったのではないだろうか……」

 

「おいおい、今更カマトトぶるなよダクネス」

 

「カマトト!?」

 

「お前もむきむきに屋敷を買わせた共犯者じゃないか」

 

「あの時の私はどうかしていたんだ! お前に言いくるめられて、ああ……」

 

 むきむきからすれば、クーロンズヒュドラや王都防衛で手に入った余計な金を使う機会がようやく来てくれた、といった感じだろうか。

 むきむき自身ががっつり乗り気になってしまえば、めぐみんやゆんゆんでも止めるのは難しい。

 カズマはその辺りを誤解なく察している様子。

 ダクネスは猛烈な罪悪感に襲われているが、カズマやアクアは一貫して「誰も不幸になってないからいいんじゃない?」というノリだ。

 

 ちなみに幽霊騒ぎの類は発生していないため、屋敷は格安になる要因がなく、相応の価格であった。

 

「ダクネス、むきむきは寂しがり屋なの。

 私がこのくもりなきまなこで見たんだから間違いないわ。

 むきむきと一緒に暮らして話し相手になってあげることが、きっと一番の恩返しになるはずよ」

 

「アクア……お前が普段立派なプリーストであったなら……

 おそらくきっと、その言葉にも説得力があったのだろうな……」

 

「ちょっと!」

 

 アクアは女神らしくもっともなことを言っていて、それは事実でもあるのだが、普段の言動のせいで楽をしたいだけに見えてしまうのが問題である。

 

「だがなカズマ。私はやはり時間をかけても皆で家の代金は折半すべきだと―――」

 

 ご高説を垂れようとしたダクネスの頬を、カズマはむきむきが置いていった札束の一つを握り、それでぱちーんと叩いた。

 

「ふぅっ!?」

 

「お綺麗なことを言うなよダクネス。

 お前は高貴な騎士様じゃなく、ヨゴレ芸人の変態騎士だろ……?」

 

「だ、誰がヨゴレだ!」

 

「ほらよ」

 

「くぅ!」

 

 もう一度、今度は札束で逆の頬を叩く。

 

「なんだこれは……!?

 金で頬を叩かれるという屈辱……!

 私の清貧の心得を陵辱されているかのような屈辱……!

 だが何故か、気持ちいい……この屈辱が悦ばしい……!」

 

「それが金の快楽さ、ダクネス」

 

 札束が、ダクネスの頬に添えられる。

 

「これが……金の快楽……!?

 くっ、舐めるな! 私は絶対に屈しない!

 清貧こそが尊ぶべき美徳! 金の快楽になど負けてたまるか!」

 

「はいぺちーん」

 

「あふぅん」

 

 女騎士がまた一人、屈辱と快楽に屈しかけていた。

 

「他人の札束で仲間の頬を叩くとか流石カズマさんだわ」

 

 金に目が眩んで腐敗する貴族は悪徳貴族と言うのだろうが、札束で殴られる快楽に屈しそうになっている貴族は、なんと言うのだろうか。

 

「今日のカズマはやたらとサドっ気が強いな。

 このままでは日常会話の中で絶頂してしまいそうだ」

 

「疲れてて自分でも何言ってるのか分かってないのよ。

 どーも最近、夜中に一人でこそこそ何かしてるみたいなの」

 

「夜中に?」

 

「夜遅くに出かけて朝まで帰って来なかったり。

 夜遅くまで働いて小金を必死に稼いでたり。

 なのに、朝帰りしてくると妙にすっきりした顔してるのよ。

 だからか寝不足に加えて疲れも溜まってるみたいね。なんでかしら?」

 

「……ふ、風俗か? いや、違うか。

 アクセルの街は不思議と風俗の類が繁盛しないと聞く。

 この街も私が知る限り、普通の風俗店の類は出てもすぐに潰れている」

 

「カズマのことだから、ロクなことじゃないと思うんだけどねー」

 

 ソファーにぐでっと体を預けるアクアの背後から、その言葉に賛同する声が上がる。

 

「ですね、ロクなことじゃないでしょう」

「こんにちは」

 

「あら、めぐみんにゆんゆん。いつからそこに居たの?」

 

「ダクネスが金の力に屈しているところからですね」

 

「ば、バカなことを言うな! まだ屈していない!」

 

「『まだ』って……」

 

 何故この騎士は嬉しそうにしているのか。

 

「ただいま帰りましたー」

 

「おかえりー、むきむき。ねえむきむきー、私のお酒はー?」

 

「こちらに。店員さんからおすすめのツマミを教えてもらったので、それも」

 

「いいわ、流石名誉アクシズ教徒のむきむきね。

 死後は絶対に幸せになれる場所に生まれ変わらせてあげるわ!」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

 名誉アクシズ教徒という不名誉な称号はともかく、アクアが見せる裏表のない親しみは、結構心地のいいものだった。

 真っ昼間から酒を飲もうとしているアクアに向けられるむきむき以外の視線は、割と冷たいものではあったが。

 むきむきは買ってきたものをテーブルに置き、小脇に抱えていた封筒の封を切った。

 

「ん? むきむき、それ手紙か?」

 

「そうだよ。アイリスからだね」

 

「アイリス、っていうと……」

 

「ベルゼルグ・スタイリッシュ・ソード・アイリス。

 ベルゼルグ王国第一王女で私達の友人です。むきむきは彼女と文通してるんですよ」

 

「何だその名前?

 王族と友達?

 王女様と文通してんの?

 いかん、ツッコミきれない……」

 

「最近は手紙の端っこに盤面を書いて、ボードゲームもしているようです。

 手紙を一通送るごとに駒を一つ動かせる形式のゲームみたいですね」

 

「中学生のノート遊びか!」

 

 最近ダストとキースに教わった店に通うため、無駄に溜められてしまった疲労が、王女関連の怒涛の事実の連続が、カズマの脳の回転を鈍らせる。

 

「あれ? これ……」

 

「どうしましたか、むきむき」

 

「封筒の中にネックレスが入ってたんだ。

 アイリスがくれたものだと思うんだけど……

 これ、クリス先輩が探してた曰く付きのネックレスみたい」

 

「ふむ? 奇妙な話もあったものですね」

 

 アイリスからの手紙を読んでいくと、三枚目以降にそのネックレスについての記載があった。

 

 曰く、これは第一王子・ジャティスの私用のネックレスと入れ替わりに混ざり込んでいたものらしい。

 いつ混ざったのかは不明。

 王子の周囲の者の誰もが気付かなかったとのこと。

 不思議なこともあるものだ。

 

 この世界の身分制は緩いようできっちりしている。

 王子とネックレスが入れ替わってしまうなど、人によっては恐れ多い、不敬だ、と思い、罰と誹謗を恐れて名乗り出ようとさえ考えないだろう。

 

 なのでこのネックレスは、こっそり処分されることになったらしい。

 そこで処分するという名目でこれを頂いたのがアイリスだった。

 アイリスは面白半分で、これをむきむきに贈る。

 

『むきむきさんの手から、めぐみんさんかゆんゆんさんに贈ってあげてくださいね?』

 

 手紙の三枚目の最後は、その一言で締めくくられていた。

 

(なら二つくれればいいのに)

 

 二つないと二人にあげられないじゃないか、と思う少年。

 むきむきはアイリスがウキウキで書いたその一文の意図を、全く理解していなかった。

 

 めぐみんが手紙を見て、むきむきをちらっと見る。

 ゆんゆんが手紙を見て、むきむきをちらっと見る。

 二人の少女が互いに対し持っている対抗心、競争心といったものが燃える。

 

「じゃあクリス先輩にあげた方がいいのかな、これ」

 

「「!?」」

 

 そして鎮火する。

 貰えなかった方がかわいそうだ、という思考回路が彼の中にはあった。

 

「うーん?」

 

「どうしたアクア?」

 

「それがねカズマ。このネックレスどこかで見た覚えがあるの」

 

「天界でか? それともこっちでか?」

 

「……うーん、思い出せないわ。何度か見たような気はするんだけど」

 

 カズマはネックレスをつまみ上げ、そこに刻まれた文字を見て微妙な顔になり、すぐさまテーブルの上に戻した。

 

「なんだこれ、日本語で変な言葉が書かれてるじゃねえか。

 こりゃあれだな、俺と同郷の奴が作った物だ、間違いない」

 

「カズマくんの故郷の文字なの?」

 

「そうだよ。『お前の物は俺の物。俺の物はお前の物。お前になーれ!』って書いてある」

 

 むきむきから貰えないと分かった時点で、このネックレスはクリスに渡されるまでの間遊ばれる玩具となった。

 めぐみんがネックレスを身に付け、アクアが似合う似合うーと囃し立てている。

 

「『お前の物は俺の物。俺の物はお前の物。お前になーれ!』

 って、不思議な響きだよね。なんとなく詠唱みたいなリズムがあって」

 

「いやいやこんなのただのパロディだろ。むきむきが思ってるようなことは……」

 

 瞬間、めぐみんが首にかけたネックレスが強い光を放つ。

 

「なんだ!?」

 

「めぐみん!」

 

 むきむきの反応は早く、かつ速く、瞬時にめぐみんからそのネックレスを引き剥がそうとした。

 だが、その体の動きが不自然に止まる。

 発光はすぐに収まり、ネックレスは先程までと同じ形で、めぐみんの体にぶら下がって揺れていた。

 

「な、なんだったんだ、今の……?」

 

「めぐみん、大丈夫だった?」

 

 少女らしい、高く可愛らしい声がそう言う。

 

「はい、なんともないと思いますよ、むきむき」

 

 声変わりの始まった、耳に優しい声色の少年の声が、そう応える。

 

「「ん?」」

 

 二人の声が重なって、全員が違和感に気が付いた。

 

「あれ、もしかして……」

「私達……」

 

「「 入れ替わってるー!? 」」

 

 君の名は? 我が名はめぐみん! 我が名はむきむき! 今は逆!

 

 

 

 

 

 ゆんゆんは一瞬気絶し、すぐに意識を取り戻した。

 

「……はっ、めぐみんがむきむきで、むきむきがめぐみんで……あわわわわ」

 

「ゆんゆん、落ち着いて!」

 

「ねえ、これ大変じゃないの? トイレとか、お風呂とか……」

 

「アクアは他人事みたいに言うな! 菓子ポリポリ食うのやめろ!」

 

 大混乱であった。

 ひとまず皆を落ち着かせて、めぐみんボディのむきむきが、エプロンを巻いて台所に向かう。

 

「と、とりあえず、ご飯でも食べて落ち着こう。

 落ち着かないとちゃんと考えられないでしょ?

 今日は僕が食事当番だったから、皆は座って待ってて」

 

「むきむき、真面目なのはいいけど、今はもっとうろたえていいのよ?」

 

「とりあえず手を動かしてれば落ち着くかな、って思って……」

 

「むきむきらしいわねえ。今の外見はむきむきらしくないけど」

 

 何故アクアはこんなにも緊張感も危機感も無いのか。何も考えていないからかもしれない。

 

「あ、そうだ。

 今日のお昼ご飯はカズマくんが前に食べたいって言ってたものだよ。

 よかったよかった、先に買い出し行っておいて。楽しみに待っててね?」

 

 むきむきはめぐみんの顔で、いつものように人懐っこい笑みを浮かべて、台所にかけていった。

 少女の小さい体にまだ慣れないようで、いつもの大きい体の感覚で動き、悪戦苦闘してる様子が見える。

 

「あ、あれ? 手が届かない……踏み台使わないと。ん、しょっと」

 

 ふっ、とカズマは何かを悟ったような顔で、前髪をかき上げた。

 アクアはそれを気持ちの悪いものを見る目で見ている。

 

 カズマはアクアの手綱を握って暴走しないようにしているつもりだが、実はアクアもカズマの手綱を握って暴走しないようにしているつもりでいる。

 そこには、理由がないわけでもない。

 

 面倒見のいいカズマさんは、時に面倒臭いカズマさんになるのだ。

 

「やっと分かったぞ、アクア」

 

「なにがよ、カズマ」

 

「この世界に足りなかったもの。それはヒロインだ」

 

「は?」

 

「俺のヒロインはあそこに居たんだ」

 

「は?」

 

 疲れている上、超常現象で混乱しているカズマは、この世界に対して漠然と抱いていたストレスを爆発させ、とうとう自分を見失い始めていた。

 

「カズマ。一旦落ち着いて……」

 

「控え目な僕っ娘美少女。純朴で素直な笑顔。

 献身的で頑張り屋、ダメなやつでも良い所を見つけて好きになる性格。

 料理や家事も一通りできて、寂しがり屋で子犬みたいに懐いてくる。

 しかも俺を養ってくれる金持ちだ!

 お前らみたいななんちゃってヒロイン候補とは違うんだよ!」

 

「なんちゃってヒロインですってえ!?」

 

 アクア、激怒。

 カズマのその言動に危険を感じたのか、ゆんゆんが声を張り上げる。

 

「目を覚ましてくださいカズマさん! あれの中身は男の子ですよ!?」

 

「変態騎士やアホアクアよりかはいいかな、って」

 

「!?」

 

「友情が重いゆんゆんみたいに、付き合いもべたべたしてないし……」

 

「カズマさあああああんっ!?」

 

 ゆんゆんからすれば、それは『君より男の方がいいんだ』という宣言に他ならなかった。異性からそう言われるだけでダメージは甚大である。

 ダクネスもまた、敬虔な神の僕としてカズマを止めに行く。

 

「やめるんだカズマ! ホモは非生産的恋愛の代名詞だぞ!」

 

「じゃあお前の被虐性愛趣味は非生産的じゃないってのかよこの倒錯性愛ド変態騎士!」

 

「んっ」

 

 ダメだった。いつものダクネスだった。

 もはや残された砦はむきむきボディのめぐみんただ一人。

 

「あの体の中身が私の時には何も言わず、今はこう。やはりカズマはホモなのでは?」

 

「お前は外見が美少女でも性格で萎える。分かるだろ、爆裂蛮族」

 

「萎えっ……!?」

 

「爆裂とかいう破壊衝動も、もうその筋肉で満たせるだろ?

 いいじゃないか、お前にある唯一の女要素を譲ってやるくらい……」

 

「私の爆裂愛を今ただの破壊衝動と一緒にしましたね!?

 というか唯一!? 唯一って言いましたか!?

 私の精神に女を感じる要素はないと、今言い切りましたか!?」

 

 カズマの口撃の破壊力は、それがカズマの本音であるかそうでないかに関わらず、絶大な破壊力を持つ。

 

「きっとめぐみんとむきむきはさ、体を間違えて生まれてきたんだ。

 むきむきはああいう美少女として生まれるはずだった。

 めぐみんはその筋肉で破壊衝動を満たすはずだった。

 だけど多分、生まれてきた時に体を間違えたんだな。

 今ようやく、お前達はあるべき自分の体に戻ったんだよ……」

 

「言うに事欠いてこのクズマぁ!

 許しませんよ絶対に!

 私の体に手は出させませんし、むきむきにも絶対に手は出させません!」

 

 あわやPT内部での抗争勃発か、このまま同士討ちで仲間割れしてしまうのか、と思われたその時。

 

「『セイクリッド・ハイネスヒール』!」

 

 アクアの回復魔法が、カズマの頭に直撃した。

 傷だけでなく状態異常や呪いなど、その人間の心と体に影響を与える要因全てをまとめて消し飛ばす、最上級の回復魔法である。

 それが、カズマの頭の中からややこしいものを吹き飛ばした。

 

「『クリエイト・ウォーター』!」

 

 更に水を生み出す魔法。

 冷水がカズマの頭にぶっかけられ、頭に昇っていた血が一気に冷える。

 

「どうカズマ? 頭の中すっきりした?」

 

「……さっきまでの俺の言動は、無かったことに」

 

「いいですよ。カズマの存在も無かったことにしてあげます」

 

 むきむきボディのめぐみんが、鉄をも裂く大きな手でカズマの頭をむんずと掴む。

 

「むきむき助けてくれ!」

 

「ええっ!?」

 

 駆けつけたむきむきはめぐみんボディでぺちぺちパンチをするものの、それでむきむきボディを止められるわけがなく。

 カズマが「アイアンクローはやめろ! 繰り返す! アイアンクローはやめろ!」と叫び始めた段階で皆も冷静さを取り戻し。

 カズマが「俺の頭が爆裂する!」と叫んだタイミングで、むきむきとめぐみんは元の体に戻るのであった。

 

 

 

 

 

 ネックレスは危険物として箱に収められ、外側からアクアの手で厳重に封印されることとなった。

 

「ひ、ひでえ目にあった……」

 

「カズマ、あれはただの自業自得だったと思うの」

 

 頭を抑えるカズマを尻目に、ダクネスは箱を睨んで固唾を飲み込む。

 

「恐ろしい道具だ……まさか、我々のPTの結束を一瞬で崩壊させるとは」

 

(元から大した結束がないことが露呈しただけなんじゃないかな……)

 

 そう言わないだけの優しさが、ゆんゆんの中にはあった。

 アクアはカズマの隣で得意げに胸を張っている。

 

「感謝しなさいよねカズマ。

 あなた、今日その場のノリで自他共に認めるホモになってたかもしれないのよ?」

 

「悪かったよ。確かに、今日はお前のおかげで助かっ……」

 

 そこで、カズマは思い出す。

 アクアがこのネックレスを、どこかで見た覚えがあると言っていたことを。

 

「……アクア、あれ神器なんじゃないのか?」

 

「え? ……ああ、思い出したわ! そういえばそうね!」

 

「お前っ! お前があの時思い出してればこんなことにはなあっ!」

 

「た、確かに思い出せなかったのは私が悪いけど!

 でも今回の一件は完全にカズマの暴走じゃない!」

 

「うぐっ」

 

 アクアが思い出せなかったことでこの事件が起きたことは事実だが、アクアが悪いというわけではなく、誰が悪いかで言えば間違いなくカズマが悪い。

 けれども、カズマの中にあった感謝の気持ちにケチが付いたのも、また事実で。

 

(なんでこいつはいつもオチを付けにいくんだ)

 

 何故アクアは、自分が褒め称えられる機会を自ら潰していくのか。

 

「うん、僕らの体にも異常は無いみたいだ。

 カズマくん、今日は予定通りキールのダンジョンに行くことにするよ」

 

「キールのダンジョン? 行く予定だったのか?」

 

「……あれ?」

 

 伝言が上手く行っていなかった様子。

 

「カズマはPT内で連絡回した日、アクアと一緒に昼間から酒飲んで潰れてましたから」

 

「……」

 

「おい待てダクネス。そんな目で見るな。

 あれはな、ダストと飲み比べして、勝った方が賭け金総取りという……」

 

「……昼間に金を稼ぐなら、ちゃんと働いて稼いでくれ」

 

 飲み過ぎという分かりやすい伝達失敗要因。

 

「と、ともかく。なんでそんなところに行くんだ?」

 

「魔王軍の一人、青色のあの男の師匠が、そこに居るかもしれないんだ」

 

 ダメ人間はダメ人間らしく、生真面目な人間は生真面目な人間らしく、毎日を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 キールのダンジョン。

 それは、貴族の令嬢に恋をして。惚れた女をさらい、自ら生み出したダンジョンに閉じこもった、国最高のアークウィザードの遺したダンジョン。

 その奥には、今も最高と謳われたアークウィザード・キールが人間を待ち構えているという。

 

 今回投入された侵入メンバーはむきむき・ゆんゆん・アクアの三人。

 ダンジョン攻略組とアクセル待機組でバランス良く人材を振り分けた形となった。

 このダンジョンは、アクセルの街から馬車で半日ほどの距離にある。

 されどむきむきが二人を肩に乗せて走って行ったため、移動には一時間もかからない。

 

「ここがキールのダンジョンね!

 悪い魔法使いの根城にしては、不遜にも立派な作りじゃないの!」

 

「アクア様、静かに慎重に行きましょう。モンスターが居ますし」

 

「む、そうね。分かったわ」

 

 むきむき達は、ギルドの依頼も兼ねてここに来ている。

 最近ダンジョンに新しい通路が見つかったらしく、ギルド職員はそれなりに信頼のおける冒険者を使って、その通路の安全性を確かめたいようだ。

 

「盗賊居なくてもいいの?

 こういうときこそ、幸運と小器用さだけが売りのカズマを連れてくればよかったのに」

 

「大丈夫です。僕には漢探知がありますから」

 

「……罠を踏み潰して進む人間を、キールとやらは想定してるのかしらね……」

 

 カズマにポイントを使わせて、盗賊スキルを新規に取らせる必要もない。

 むきむきが居れば、罠は無いに等しいからだ。

 後はPT人数を絞って、むきむきの後ろをついて行かせればいい。

 

「キール……御伽噺のアークウィザード。本当に居るのかな」

 

「居るとは思うよ、ゆんゆん。会えるかどうか、力を借りられるかどうかは別として」

 

 ブルーの師であるキールから話を聞き、弱点でも見つかれば御の字。

 師匠の言葉が届くのであれば、戦わずして魔王軍を辞めさせられる可能性もある。

 どの道、行かない手はない。

 

「よし、行くわよ! 二人共私に続きなさい!」

 

「あ、アクア様! 危ないですから先に行かないでください!」

 

「ぎゃーっ! モンスターに噛まれたーっ!」

 

「て、展開が早すぎる!」

 

 アクアが何かやらかして、二人がそれをフォローする流れは、この後も何度も続いた。

 むきむきはアクアを全く制御できていなかったが、その代わりにアクアのやらかしを全て後からフォローできる、そんな身体スペックがある。

 おかげで対処は全部後出しになっているものの、アクアはとんでもない大窮地には陥らずに済んでいた。

 

「カズマくんは凄いなあ」

 

「どうしたのよむきむき。急にカズマを褒め出して」

 

「なんとなくそう思ったんですよ、アクア様」

 

 言わぬが花ということもある。

 

「アクア様、ゆっくり行きましょう、ゆっくり」

 

「そうね。私としたことが、私らしくない失敗をしてしまったわ」

 

(ツッコまない、ツッコまない……)

 

 余計なことを言わないようにしつつ、ゆんゆんもダンジョン内を照らす光の魔法などで、器用にダンジョン探索をサポートしていく。

 大きな魔力を小出しにして使っているので、息切れになる様子はまるで見えない。

 ゆんゆんがサポートに回る中、むきむきはあらゆる敵と罠をその筋肉で蹂躙していった。 

 

「インファイトだと気持ちいいくらい強いわねー。

 ねえ、そのまま魔王も倒して世界を救ってくれない?」

 

「僕の実力じゃ、まだ結構厳しいと思うんですが……」

 

 むきむきが魔王を倒してくれるなら、その間屋敷で酒でも飲んで待っていればいいかな、というのがアクアの思考だ。

 けれどもむきむきに死んで欲しくないとも思っているので、できれば自分の目の届く範囲で戦って欲しいとも思っている。

 アクアは安定してアクアであった。

 

「何も無いわね。大ボスはどこに居るのかしら。さっさと倒して帰りましょ」

 

「倒さないで下さい! あの、目的忘れてませんよね?」

 

 進めど進めど見つかるのは大量のアンデッドのみ。

 むきむきが張り飛ばし、アクアがそれを浄化するの繰り返し。

 ダンジョンの主キールなど、どこにも見当たらない。

 

「もしかしてキールは、噂の非実在青少年だったのかもしれないわね……」

 

「アクア様、もしかして飽きて帰りたくなってきたんですか?」

 

 アクアがダンジョン調査に飽きてきた。そんな頃。

 

「実在を疑われるとは寂しいな。なら、その目で見てくれたまえ」

 

 どこからか、声がした。

 

 

 

 

 

 声と共に消える壁。

 その向こうには、椅子に体を預けるアンデッドの姿があった。

 アンデッドの傍らには、白骨化した死体がベッドの上に寝かせられている。

 

(……リッチー。魔道を極めた先にある、不死の形)

 

 キールのダンジョンには、アンデッドが多く生息している。

 密度こそ高くなかったが、めぐみんはその情報からキールがアンデッド化している可能性を考慮し、むきむきに事前に伝えていた。

 御伽噺のアークウィザードは、リッチーとなって生きながらえていたのだ。

 見方を変えれば、既に死んでいるとさえ言えるのだが。

 

「ちょっと、離しなさいよゆんゆん!」

 

「ゆんゆん、そのままアクア様抑えておいて」

 

「いいけど、この人、意外に筋力あるわよ!」

 

「離しなさいゆんゆん! 三年間友達が出来なくなる呪いをかけるわよ!」

 

「妙に生々しい期間を口にしないでください!」

 

「アンデッドは浄化しなくちゃいけないのよ!

 これは私が果たすべき使命なの! 邪魔しないで!

 これ以上邪魔するようなら、街にあなたの噂をないことないこと言い触らすわよ!」

 

「虚構100%!?」

 

 ゆんゆんは涙目になって離しそうになってしまうが、むきむきに頼られてることを思い出し、なんとか羽交い締めを継続する。

 

「我が名はむきむき、紅魔族随一の筋肉を持つ者……はじめまして、キールさん」

 

「そうかしこまらなくていい。紅魔族は不遜なくらいでいいのさ」

 

 キールの語り口は、とても温和だった。

 リッチーというイメージにはそぐわないが、おそらく生前からして温和な人間だったのだろう。

 

「さて、何か御用かな? 神聖な力を持つ御方に、紅魔族の子供達よ」

 

 

 

 

 

 むきむき達がダンジョン攻略に出かけ、カズマ達は暇になり、ギルドへと向かっていた。

 面白そうな依頼があったなら先に受けておき、彼らが戻ってきたら新しいクエストに行こう、という考えの下の行動だった。

 カズマ、ダクネス、めぐみんの一行は話しながらギルドに向かう。

 

「……」

 

「……」

 

 しかし、微妙に会話が止まる間があった。

 カズマの軽快なトークや、ノリがよく饒舌なめぐみん、相槌が上手いダクネスが居れば会話が止まるはずがないのだが、何故か時々調子が外れて会話が途切れてしまう。

 それは何故か?

 カズマは時々無意識にアクアが居る前提で喋ってしまっていて、めぐみんは時々むきむきとゆんゆんが居る前提で喋ってしまったりするからだ。

 

(カズマはアクアが居ないと調子が出ない。

 めぐみんはむきむきとゆんゆんが居ないと調子が出ない。

 そして、そんな自分に気付いて意固地になっている。可愛いものじゃないか)

 

 ダクネスは、人知れずクスリと笑う。

 むきむきがゆんゆんとアクアだけを連れて行ったことで、ダクネスは慮外に面白いものを見ることができたようだ。

 

(これも二人が慣れれば、いつかなくなるものだろうが……

 貴重な青春の一ページというやつなのだろうな。うむ)

 

 ダクネスは普段とんでもないことをする二人の、普段見えない一面を面白がっている。

 普段は他人なんて知ったこっちゃないというノリで生きている二人が、こうして時々親しい者への情を見せるのが無性に可愛らしく思えてしまうようだ。

 ダクネスは二人に先んじて、ギルドの扉に手をかける。

 

 開いた扉の向こうには、動かなくなった人間が所狭しと倒れ伏していた。

 

「―――なっ」

 

「『スリープ』」

 

 魔法が放たれ、ダクネスに命中。

 ダクネスは後ろに続いていたカズマとめぐみんを押しやるように、外に逃がした。

 

「ダクネス!?」

「どうしたんですか!?」

 

「カズマ、めぐみん、走れ! 逃げっ……」

 

「『スリープ』」

 

 二射目の魔法。

 ダクネスは背後のカズマとめぐみんを庇い、それも受ける。

 盾としての役割を全うしたダクネスが膝を折ると、カズマとめぐみんにもその向こうに居る男の姿が見えた。

 

「睡眠耐性はそこそこか。普通に攻撃魔法で攻めていたら、落とすのに何時間かかることか」

 

「青色……!」

「ブルー!」

 

 かの戦隊の魔法特化。

 外見の美しさを女神に願い、それを魔王の力で不老の力へと変えた男。

 齢百を超え、その年月をかけて上げたレベルと魔法の腕だけで戦う人間。

 ブルーはカズマを魔法で捕縛し、あっという間に抱え上げた。

 手慣れた動き。特別な能力はないが、積み上げられた経験に裏打ちされた動きだった。

 

「よっ、と」

 

「あぶっ!?」

 

「カズマ!」

 

「儂が用があるのはこの男ではない。

 女神に伝えろ。儂はお前に会い、一つの区切りを付けたいと。

 そのために……上の命令にも逆らい、一人でここにまで来たのだと」

 

「待ちなさい!」

 

 ブルーはカズマを抱えて逃げようとし、めぐみんは杖先に爆焔を構えて詠唱を始めた。

 

「いい爆焔だ、美しい。

 美しいものはいいものだ。

 心が魅せられる実感が有る。

 美しいものが残るべきで、美しくないものは滅びるべきだ」

 

「何を……」

 

「だが、こんな街中で、仲間ごと儂を吹っ飛ばすつもりか?

 

「―――」

 

 爆裂魔法は、加減が利かず使用タイミングが限られるからこその、爆裂魔法なのだ。

 

「一週間後。一週間後だ。その時、女神アクアが儂の下にくれば、こいつは返してやろう」

 

「あ、じゃあそのまま魔王軍の方でお預かりいただいて結構ですよ」

 

「は?」

「えっ」

 

「腐っても仲間。さっきまでは本気で助けようとしていましたが……

 私の体の貞操の危険、むきむきの身の危険。

 どちらも感じるその男は、いっそ帰って来ない方がいいんじゃないかと思いまして……」

 

「おいバカやめろ! そういう冗談はよせ!」

 

「冗談じゃありませんよ。

 それにこれで、むきむきも気兼ねなく爆殺を忘れて爆裂一筋になるはずです」

 

「男を独占しようとする女は嫌われるぞ!

 そんなお前を見たらむきむきはお前に愛想つかすんじゃないかなー! なー!」

 

「あはは、面白いことを言いますね。むきむきは基本私のこと大好きじゃないですか!」

 

「こいつ、悪い意味で鈍感主人公の逆行きやがって……!」

 

「問題は、むきむきがカズマのことも大好きということですが……

 そこはまあ、新しい友達を見つけてもらいましょう、ということで」

 

「アクアー! アクアー!

 この頭のおかしい爆裂娘の頭にも回復魔法かけてくれー!」

 

「……『テレポート』」

 

 ふっ、とブルーと抱えられたカズマの姿が消える。

 めぐみんは杖に注いでいた魔力を戻し、悔しそうに頭を掻いた。

 

「ハッタリだけで助け出すというのは、やはり無理がありますね」

 

 少しだけ、落ち込む気持ちが無いわけでもない。

 ここに居たのが自分ではなくゆんゆんだったら、と思わなくもない。

 

「爆裂魔法はネタ魔法。理由もなくそう言われてるわけじゃないんですよね……」

 

 けれども、その気持ちは今は置いておく。

 ブルーは一週間後、と言っていた。

 しからば一刻も早く仲間と合流し、カズマ救出作戦を練らなければならない。

 

「ダクネス! さっさと起きてください!」

 

 めぐみんはダクネスの頬を叩く。起きない。

 むしろ先程より気持ちよさそうに眠り始めた。

 めぐみんはダクネスの尻を叩く。起きない。

 むしろ先程より気持ちよさそうに眠り始めた。

 めぐみんはダクネスの胸を叩く。起きない。

 ダクネスは叩く度に起きるどころか気持ちよさそうに熟睡し、叩かれた胸が揺れている。

 

 めぐみんは、その顔と胸に殺意を覚えた。

 

 

 




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