「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 むきむきは、DT戦隊の素性をはっきりと認識していたわけではない。

 ただ、イエローに関しての話を色々と聞き、それを完全に把握しないままに、おぼろげながらもイエローの境遇を理解していた。

 

 本日もカズマむきむきアクアセットは、ギルドの片隅のテーブルを占拠している。

 

「スプリット太田がDTイエロー、か。アクアお前本当に無差別に送ってるのな」

 

「そんな人送り込んだような、送り込んでないような……」

 

「おい」

 

「だ、だって、沢山送り込んできたし……多少はね?」

 

「お前の物忘れはだいたい多少じゃなくて多大だ!

 俺はあの芸人好きじゃなかったが、魔王軍に居ると聞くと複雑な気持ちになるな」

 

「え、カズマくんは好きじゃない人だったの?」

 

「俺は勢いと特定フレーズのゴリ押しする芸人は好きじゃない。

 トークが上手い芸人とか、ネタを練ってる芸人の方が好きなんだよ」

 

「わかる、わかるわカズマ。

 芸人たるもの、他人が真似できないことをしてこそよね。

 雰囲気だけで笑わせるようならまだ二流。

 冷え切った場を一から暖めてこそ一流! それが芸人魂よ!」

 

「なんで女神が芸人魂を熱く語ってんだ!」

 

 敵に情が湧いてしまったりするのが、むきむきの弱いところだ。

 むきむきの中には、イエローに対する同情のようなものもあった。

 

「カズマくんはさ、そういうのない?

 かわいそうな人とか敵に、やりづらいって思うこと」

 

「ないな」

 

「い、言い切った……!」

「これでこそカズマさんでしょ」

 

「いやなんで同情しなくちゃいけないんだ? って感じ」

 

 精神面で見れば、カズマとむきむきは互いの欠点を補い合う、相補関係にある。

 

「俺達が知らないだけで、魔王軍全部にそういう事情あるかもしれないだろ。

 そんなのいちいち考えてたら、やりづらい上にこっちがやられそうじゃね?」

 

「う、た、確かに……」

 

「第一むきむき、相手にそういう事情があるとする。

 その敵がめぐみんとかゆんゆんとか傷付けたとする。

 お前、事情があるからってその敵のこと許せるのか?」

 

「!」

 

「そういうのは正義の味方に任せとけばいいんだよ。

 悲劇の悪役気取りのやつとか寝てる時にでも爆殺しとけばいい。

 かわいそうな過去とかいう免罪符なんか知るか。

 そんなの持ってるやつに攻撃される俺の方がずっとかわいそうだろ」

 

「凄いわカズマさん! 正論言っているようで、その実凄く保身的な主張!」

 

 こういう考え方を基本に据えつつも、情を完全に廃した機械的な外道にはならず、最終的には情を捨てきれないというバランス。

 それは、むきむきには無いものだった。

 

「でもむきむき、真似しちゃダメよ。

 カズマさんには人の心がないの。

 でなければ女の子のパンツを強奪して皆の前で振り回したりしないわ」

 

「おおっとアクアさん、久しぶりにゴミを見る目ですね」

 

「カズマくん、相手が困ることを実行するのに迷いがないもんね」

 

 カズマは『敵』に容赦がないのではない。敵味方に容赦がないのだ。

 

「むきむきは性格的にそういうの向いてないと思うぞ。

 あ、だからといって俺は頼るなよ。

 魔王軍と戦うとかもう勘弁してくれ。できれば他の人に任せておきたい」

 

「見なさいむきむき。これが引きこもって他力本願が身に付いた人間の末路よ」

 

「や、やる時はやってくれる人だと信じてますから……」

 

 なんでこの子こんなにカズマの評価が高いのかしら、とアクアは本気で思った。

 そこでつかつかと、どこからか一人の少女が歩いてくる。

 

「普段ダメだけどやる時はやってくれるって、私の評価だったと思うんですが……?」

 

「めぐみん?」

 

「爆裂には飽きましたか。爆弾に今は夢中ですか、むきむき」

 

「ちょっとめぐみん」

 

「あんなしょっぱい爆発のどこがいいんですか! 爆裂が一番じゃなかったんですか!」

 

 どうやら本日のめぐみんは、面倒臭いスイッチが入っている様子。

 

「おいロリっ娘。あんな使い勝手の悪いネタ魔法が俺の爆発の上とか笑わせんなよ?

 この爆弾は俺の発想力の結晶。

 爆裂魔法と違って、そこそこ近距離でも使える便利アイテムなんだぜ?」

 

「ふん、その分火力不足じゃないですか。

 どうせ硬い上級モンスターには通じませんよ。

 というか接近されたら役立たずという点では同じじゃないですか!」

 

 爆裂と爆殺が喧嘩する。

 爆裂はここで本題をむきむきに投げつけてきた。

 

「むきむき! あなたは爆裂と爆弾、どっちを取るんですか!」

 

「えっ」

 

「爆裂と爆弾のどっちを愛してるのかと聞いているんですよ!」

 

 何言ってんだこいつ、という目でアクアがめぐみんを見る。

 カズマが目で"いいぞ好きに答えて"とむきむきの背を押す。

 むきむきは微笑みのような苦笑を浮かべて、努めて優しい声色を出した。

 

「僕が愛してるのは爆裂の方だよ。浮気なんてしてないよ」

 

「! 本当ですか!」

 

「うん、愛してる」

 

「信じてました、信じてましたとも!」

 

 めぐみんが感動した様子でむきむきに抱きつき、むきむきが照れた表情を見せる。

 アクアがそれをからかいながら、むきむきの頬を指でつんつん突いていた。

 カズマは窓から曇り空を見上げながら、だらけた顔で意味なく呟く。

 

「外の天気は悪いのに、こいつらの頭の中は能天気なのな……」

 

 強い風が、窓をガタガタと揺らしている。

 今日はアクセルから少し離れると大雨や大雪が見られるほどに、空模様がよろしくなかった。

 

 

 

 

 

 むきむきとカズマは、対称的なスキル構成をしている。

 むきむきはスキルの力を一切借りることができないが、生まれつきの極端に高いステータスでゴリ押しする、正統派前衛タイプ。

 カズマは低いステータスを補うべく、多様なスキルを取得し器用に組み合わせ、小細工と搦め手で相手を嵌める邪道後衛タイプ。

 面白いくらいに、二人の長所と得意分野は正反対なのだ。

 

 むきむきの生命線がステータスなら、カズマの生命線は教えてもらったスキルにある。

 

「はい、これで私が教えられる魔法は全部です」

 

「ありがとな、ゆんゆん」

 

「お疲れ様、ゆんゆん」

 

 なのでカズマは、ちょくちょくむきむきの知り合いからスキルを教えて貰っていた。

 なお、むきむきの筋肉魔法は魔法スキルではないので教えられていない。

 

「初級魔法は別の人に教えてもらったし、これで初級中級上級爆裂その他が揃ったな」

 

「でもカズマくんの場合、取れて中級魔法だよね。

 冒険者は余計にポイントを消費しちゃうから……」

 

「弓スキルが1ポイントだったな。仮に爆裂魔法って冒険者が取るとどのくらいかかるんだ?」

 

「75ポイント」

 

「……」

 

「カズマくんは魔法適正が平均より少し低いくらいだから、90弱くらいかな?

 カズマくんがレベル90になるまでスキルを取るのを我慢すれば、あるいは……」

 

「よし、要らないな! やっぱ爆裂より爆弾だわ!」

 

「めぐみんが居ないとこでこういう事言うんだからもう……」

 

 爆裂魔法がネタ魔法と呼ばれる理由、冒険者が最弱職と言われる理由は、こういうところで強烈に実感してしまうものなのだ。

 ポイントには限りがある。冒険者も無制限にスキルを取ることはできない。

 なのだが、かつてむきむきが戦ったイエローは、半ば無制限にスキルを身に付けていた。

 

―――毒で死ななければ、スキルポイントはいくらでも荒稼ぎする裏技があるんでゲス!

 

(ゆんゆんから伝え聞いたイエローの言葉。あれは、どういう意味だったんだろう)

 

 それは、一つの裏技。

 "レベルダウンを本能的に恐れるこの世界の人間"には思いつけもしない手段。

 情報の断片があっても、むきむきでは答えに至れない。

 

「それじゃ帰ろっか。帰りに屋台で何か買っていく?」

 

「焼き鳥食おうぜ焼き鳥。奢ってくれると俺は嬉しい」

 

(スキルを教えて、帰りに買い食い……

 と、友達と一緒にすることみたいなことしてる!

 私とカズマさんはもう友達ってことでいいのかな? ど、どうだろう?)

 

 何を食って帰ろうかな、と考えながらついた帰路。

 

「あ」

「ん?」

「えっ」

 

 そこで、彼らを食おうとする者が現れた。

 

「しょ……初心者殺し!」

 

 さっと、ゆんゆんが反射的にむきむきの背後に隠れる。

 初心者殺しのことを知らないカズマはそれを不思議に思いながら、中型カズマイトを一本取り出した。

 

「……あ、ゴブリン!

 まさかここしばらく、ジャイアントトードの生息域の近くにゴブリンが居たのって……!」

 

「だね、ゆんゆん。今日まで存在を気取られてなかったってことは、相当賢い個体だよ」

 

「おい二人だけで納得すんな! どういうことだよ?」

 

「初心者殺しは冒険者を狙って食べるモンスター。

 冒険者が狙うゴブリンを追い立てて、冒険者を誘き寄せるんだ。

 そうして、ゴブリンを退治しにきた冒険者を食べる。

 あの初心者殺しは多分、クエストを終えて街に帰る途中の冒険者を狙って、待ち伏せてたんだ」

 

「なんだよそのモンスター! アクアよりよっぽど賢いじゃねえか!」

 

 『冒険者を狙って食べる』ということは、この生物は昔から存在する冒険者という存在に適した進化をした生物であるということ。

 同時に、この世界の食物連鎖には『人間』ではなく『冒険者』という歯車が組み込まれているということになる。

 人間が滅びなくとも、冒険者という存在が消えれば、ただそれだけで通常の生態が維持できなくなる、そんな異様なモンスター。

 この世界特有の食物連鎖の形であると言えるだろう。

 

「即投げボンバー!」

 

 佐藤和真の即ナボアタック。

 不意打ちに近い先制攻撃であったが、初心者殺しは飛びつき咥えてそれをキャッチ。

 投げられた爆弾が爆発する前に、カズマに投げ返していた。

 

「うっそだろ!?」

 

 すっ、と踏み込んだむきむきの手刀が、カズマイトの導火線を切断する。

 それでなんとか、自爆という結末だけは回避された。

 

「ふぅ、危ない」

 

「百歩譲ってキャッチするまではいい! ただお前、お前、投げ返すってお前……!」

 

「だから初心者が山ほど殺されてるんだよ、こいつに」

 

 カズマの脳裏に浮かぶのは、公園で主人が投げたフリスビーを跳んで咥えてキャッチする、よく躾けられた忠犬の姿であった。

 だが、初心者殺しの先の行動は、記憶のそれと比べるとあまりに殺意に満ちている。

 

「『カースド・クリスタルプリズン』!」

 

 ゆんゆんが魔法を撃ち、適度に距離を取っていた初心者殺しがそれをかわす。

 やはり、かなり知力と判断力が高い個体のようだ。

 ゆんゆんの魔法をかわした直後を狙い、カズマは番えた矢を放つ。

 

「これでもくらえ!」

 

 矢の先には、小型のカズマイトが取り付けられていた。

 

 当然それは、着弾と同時に爆発する。

 

「はっはっは! 狙撃の命中は器用度と幸運値で決まる!

 俺の幸運による必中の爆殺狙撃をたらふく味わえ!」

 

 着弾の衝撃で着火される仕組みになっているそれを、カズマは何発も叩き込んだ。

 初心者殺しが呻き声を上げ、近場の森の中に逃げ込んでいく。

 

「逃がすか!」

 

 カズマは潜伏スキルを発動し、その後を追おうとして――

 

「カズマくん、ストップ」

 

「ぐえっ」

 

 ――むきむきに背後から襟を捕まれ、止められた。

 

「おい、何すんだ!」

 

「罠だよ」

 

「罠?」

 

「初心者殺しは状況次第で簡単に潜伏スキルを見破ってくるんだ」

 

「……えっ」

 

「せめて、消臭のポーションは併用しないとやられちゃうよ」

 

 今現在、ここに居る三人は感知系スキルを一つも持っていない。

 森に入れば、カズマとゆんゆんには常に命の危険があるだろう。

 

「キース先輩から昔、賢い個体のことを聞いたことがあるんだ。

 その日、初心者殺しはPTの後衛の一人に致命傷を与えた。

 その一人を生かしたまま森に引きずり込んだ。

 初心者殺しは森の中でその一人をいたぶり、たくさん悲鳴を上げさせた。

 仲間達はその悲鳴に耐えきれず、助けようと全員で森に入って、全滅したんだって」

 

「もうやだこの世界」

 

 初心者殺しの恐ろしさは、その悪辣さにある。

 

「……え? じゃあ初心者殺しのあれは演技か?」

 

「大きいダメージは通ってたと思う。でも、逃げる時の姿はきっと演技だよ」

 

「ああ、分かった。あの初心者殺し、確実にアクアより頭がいいな」

 

「さ、流石にアクア様の方が賢いと思うけど……」

 

(これがコミュ力高いカズマさんの遠慮の無さ……私も見習わないと!)

 

 初心者殺しからバックアタックを食らわないよう、最大限に背後に気を付けながら、彼らは街に帰るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔王軍にグリーンが伝えた"女神アクア降臨"の報は、少なくない動揺を魔王軍にもたらしていた。

 当然、その情報の真偽が疑われ、情報の裏付けが求められる。

 それで白羽の矢が立ったのが、セレスディナ配下のDTイエローであった。

 イエローはエルロード潜入時にも使った、顔形を多少変えられる魔道具を使い、アクセルの街に潜入する。

 

(さて)

 

 これは任務だ。

 必ず成功させなくてはならない。

 だが、イエローには任務に対する責任感以外にも、この任務に熱をもってあたる理由があった。

 それは、女神アクアの存在。

 

(拙はあの女神に何を思っているのか……自分自身でも分からんでゲスな)

 

 イエローことスプリット太田は、十代で交通事故にて死んだ芸能人だった。

 

 元を辿れば、五歳の時に子役としてデビューしたのが彼の始まり。

 彼は幼少期から芸能界という世界で生き、芸能界を世界の中心と認識して育ち、小学校という場所を生活の基盤として認識していなかった。

 彼にとって学校は、仕事の合間に行く場所でしかなかった。

 そんな心構えでは、友達も出来るはずがない。

 

 彼は子役として活躍する自分に増長し、過度な自尊心を持ち、自分を『優れた子供』として定義して、小学校の周りの子供を『自分以下の子供達』として見下していた。

 

『僕は特別なんだ』

 

 ところが、現実は歳を重ねるごとに厳しくなっていく。

 

 子役から芸能人になり、更なる人気を求めた彼は、そこで"自分に芸能人としての価値がない"という現実にぶち当たる。

 顔は中の上で、トークも上手くなく、歌やダンスもやっては見たが平凡で、どこを見ても凡人の域を出ない。

 自尊心は膨らむのに、実力がそれに付いて行かない。

 注目が減る。

 人気が減る。

 凡百に成る。

 先走る自尊心が自分を置いて行く、そんな状態だった。

 

『僕が、笑われてる?』

 

 そんな彼が変わったのは、自分がうっかりした失敗で、皆が笑顔になった時だ。

 皆が自分を見ている感覚があった。

 皆が自分の行動で心動かされている実感があった。

 まだ自分には価値があるんだ、と思えた瞬間だった。

 何もできない自分にも、皆に見てもらえる方法があった、と気付いた瞬間だった。

 

『あ、笑われてる』

 

 それからは、どんどんキャラを作っていった。

 話し方を変えた。

 滑稽な生き方をするようにした。

 できる限りバカっぽく、愚かな行動を取るようにした。

 皆の笑顔の中に居ることで、彼は膨らんだ空っぽの自尊心を満たしていく。

 

 テレビでの出演も増え、そのキャラ付けをする前と後で知名度には天地ほどの差が生まれ、誰もが今のキャラ付けをする前の彼のことを、忘れていった。

 

『拙が、笑われてるでゲス』

 

 "笑わせることと笑われることが違う"と気付いた時には、もう遅かった。

 彼は周囲にバカにされて笑われること以外で、自分の価値を何一つ証明できなくなっていた。

 笑いものにされ、見下されることに傷付く自分を自覚してしまえば、もう手遅れだった。

 気付いた時には、人間の笑顔そのものを苦痛に感じるようになっていた。

 

『今のキャラを捨てて本当の自分に戻る……?

 あれ……?

 本当の自分って、どんな性格してたんでゲスっけ……?』

 

 もう戻れない、不可逆の変化。

 テレビで作ったキャラのせいで、私生活ですれ違った人でさえ、自分とすれ違うたびに笑ってくるという耐え難い毎日。

 トラックに轢き殺された時、スプリット太田がどこかホッとした心境になったことも、また事実だった。

 

「私は女神アクア。ようこそ、ここは死後の世界よ」

 

 なのに、イエローは次の人生を望んでしまう。

 彼には未練があった。地球でやり残したこと、という意味の未練ではない。

 "失敗の無い人生を送りたかった"という未練だ。

 この期に及んで、彼はまだ膨らんだ空っぽの自尊心に振り回されていた。

 

 彼は無敵の能力を望む。

 『誰も自分を傷付けられない力』を望む。

 深層心理で、誰にも傷付けられない人生を望む。

 女神は彼が望んだ力を与えた。全知ではないアクアには、彼の中身も過去も分からない。

 

「いいわ、この力をあなたに授けましょう。

 どうかこの力が、あなたの心も守ってくれますように」

 

 それでも、その言葉は、彼の本質の一端をかすめていて。

 後にイエローと呼ばれる彼は、アクアの最後の言葉をずっと胸に刻みつけていた。

 その後のことは、分かりやすいだろう。

 体に染み付いた生き方は、引き剥がせなかった。

 彼は自分を変えられなかった。

 『生きやすい方』を選んで、流されるように魔王軍へ。優勢な方の魔王軍へ。

 小市民なだけだった性格は、魔王軍に染まることで小悪党なものへと変わる。

 

 イエローを仲間に引き込んだ後、レッドが何もかもを見透かすような虹の瞳で、イエローの本質を見破り口にしたことがあった。

 

「お前は自分を自分でしか守らない。

 誰かが自分を守ってくれると思っていない。

 自分を守ってくれる誰かのことを信用しない。

 お前は自分が自分にしか守れないと思っている。

 自己完結しているがために、善意から他人をその能力で守ろうとも思わない」

 

 根幹の部分で、イエローは自己完結している。

 独りよがりな、周りを見ない魂の形。

 他人への理解・共感・協調を重んじないがために、他人を笑顔にすることができず、他人に笑われることしかできない男。

 自分しか守らない男。

 

 無敵の鎧を纏おうとも、心の弱さは守れなかった。

 

「お前は、守り合い助け合う者達に打ち破られるだろう」

 

 レッドは、イエローの『無敵』を、そう評価した、

 

 その『無敵』をくれた女神を探して、イエローは今この街に居る。

 

(以前顔合わせた面子とは顔を合わせないように、でゲス)

 

 イエローはフードを被り、顔を見えにくくする。

 顔を完全に隠すと逆に怪しまれるので、このくらいの塩梅がちょうどいいのだ。

 口調も意識して無理をすれば、王子の部下に紛れ込んでいた時のように、一時的に普通の喋り方にすることはできる。

 そうして彼は、冒険者ギルドでアクアの居場所を聞いて回った。

 

「ああ、アクアの居場所か。知っているぞ」

 

「本当かい? 会わせて欲しいな。自分は彼女に聞きたいことがあるんだ」

 

「案内は構わないが、ちょっと待ってくれ。

 ルナ殿。この紙をギルドの裏口に居るカズマに渡しておいてくれるか?」

 

「はい、ダクネスさん」

 

 奇しくも、そこで話しかけたのがダクネスだった。

 ダクネスは受付の女性に紙を渡し、イエローを先導して歩き始める。

 鎧の重さのせいかとてもゆっくりとした歩みだったが、イエローにも焦る理由はなかったため、そのゆっくりとした歩みに歩調を合わせていた。

 

「アクアは最近、やらかしが多くてな。とある場所で反省させられているんだ」

 

「やらかし……まあ、たまになら許せるんでしょうけどね」

 

「たまに、になれば奇跡だろう。

 アクアは何もやらかしてない時の方が珍しいぞ?

 しかもカズマが一緒に居ると最悪だ。

 アクアはカズマが居ると無自覚にやらかし頻度がかなり増すんだ」

 

「そうなんですか?」

 

「カズマがいつもなんとかしてしまうから、アクアも無自覚に安心してしまうんだ、まったく」

 

 世間話をしながら、ゆったりと彼らは目的地に向かう。

 階段を降り、アクセルの東端にある地下室へ繋がる扉の前に、彼らは辿り着いていた。

 

「ここだ、この先にアクアが居るぞ」

 

「ありがとうございます、ダクネスさん」

 

 変えた顔に、変えた口調で、心にもないような感謝をイエローは口にする。

 そうして、地下室に入って。

 

「……え?」

 

 その先に居たゆんゆんを見た。

 ゆんゆんに触れ、テレポートで一瞬にして消えたダクネスを見た。

 アクアなんて最初から居ない、誰も居ない地下室を見て、イエローは自分が罠にはめられたということに気がつく。

 

「しまっ―――」

 

 気付きは早かったが、既に手遅れ。

 一瞬にして、地下室には大量の『水』が現れていた。

 

「水……そう来たでゲスか!」

 

 『水が喉に流れ込んで窒息する』という殺害方法でさえ、彼の無敵は無力化する。

 だが、『水に押し出されて周囲の空気全てがなくなっている』という状況に対しては、この無敵能力も無意味だ。

 

 ペットボトルは口が狭いため、水を"流し込む"のに時間がかかる。

 この地下室も同じだ。外から水を流し込めば、水で満たすのに数十分はかかる。

 なのに、イエローが反射的に開始したテレポートの詠唱、それに使った数秒間で、地下室は早くも水で満たされようとしていた。

 

 この水は地下室に直接『生み出され』ている。

 それも、人間のスペックではありえないような規模と魔力でだ。

 

(間に合え、間に合え、間に合え……!)

 

「『テレポート』!」

 

 ギリギリのタイミングで、イエローは魔法発動を完了。

 念の為にと、アクセル入り口に設定していたテレポート座標に瞬時に移動した。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 あと少し判断が贈れていたら。ほんの少しでもテレポートの発動が贈れていたら、水に飲み込まれて、テレポートの詠唱さえできなかった。

 判断が僅かに遅れていれば、強制溺死だったという事実。

 

「うっわ、むきむきが言ってた通りじゃねえか。

 戦いの前に念のため街をテレポート先に設定してたのか」

 

「!?」

 

 振り返るイエロー。

 そこには見覚えのある紅魔族三人と女神の姿。

 そして地下室にまで案内していたダクネスの姿と、この罠を仕込んだであろう黒髪の少年が居た。

 

「お前でゲスな。この罠の絵を書いたのは。生憎、拙はお前の望み通りここで終わりは……」

 

「ん? いや別に死なせようとはしたけど、終わらせようとはしてないぞ」

 

「……へ?」

 

「うちのプリーストは蘇生もできるらしいからな。

 一回溺死させて縛り上げてから蘇生しようと思ってただけだ。

 情報絞り出せるだけ絞り出して、それから警察にでも突き出そうと思ってさ」

 

「そこの外道、なんで魔王軍じゃなくて人間側に居るんでゲスか?」

 

 敵を見つけて、情報を引き出そうと考えたとする。

 むきむきであれば、殺さないように加減しつつ関節技で動きを止めに行く。

 カズマであれば、地下室に誘導して水責めで溺死させ、縛り上げてから蘇生させる。

 こういうところに、性格は出るのだ。

 

「そこの金髪も、あれ全部演技だったでゲスな」

 

「騙し討ちは私もどうかと思ったがな……

 自慢ではないが、おそらくこの中で一番腹芸が上手いのは私だ。

 悪いが、あの時受付で伝言を残し、ゆっくり歩きながら準備の時間を稼がせてもらった」

 

 むきむきが事前に何か罠でも用意しておこうと提案し、カズマが面倒臭がりながらも形にしたのが、あの殺意満々の地下室だ。

 アクアの言う通り、この少年二人は何故か奇妙な相乗効果を起こしている。

 当然、この地下室のことは仲間の皆が知っていた。

 

「……でもダクネス、お前普段ほぼ取り繕ってないよな。自分の変態っぷり」

 

「カズマ、冒険者で居る時くらい、私は私で居たいのだ」

 

「お前、むきむきとかに悪影響与えたら爆殺するからな?」

 

「なんだと!? の……望むところだ!」

 

「望むなこのバカ! 逆効果かよ!」

 

 社交界で家の名に傷を付けないよう取り繕うことはできるのに、こうしてカズマとひそひそ話していると常に全力疾走。

 どうしようもない変態騎士だ。

 

「今日は私の魔法だけで決着付けて、皆の尊敬を集めようと思ってたのに……」

 

「! あの時の女神! さっきの水は、お前でゲスな!」

 

「ふふん、そうよ! この水の女神アクアの麗しき御業よ!」

 

「神パワーとか、本当にふざけんなでゲス、このチート野郎……!」

 

「いやお前が言うなよチート野郎」

 

 痛烈なブーメラン。

 無敵の能力を得たと思ったら役立たず能力だった、という憤りをぶつけるべく、イエローはアクアに向かって歩み寄っていく。

 アクアは特に何も考えずファイティングポーズを取った。

 カズマは自分より腕っ節が強いアクアの後ろに隠れた。

 そんな二人を庇うように、むきむきはイエローの前に立ち塞がった。

 

「これで戦うのは、三回目かな」

 

 その背中が、カズマにはとても頼もしく見える。

 

「今日は前のようにはいかんでゲス」

 

 イエローは身に付けていたコートを開いて中を見せる。

 その中にはずらりと魔道具・魔鉱石が装着されていて、イエローがどれだけ念入りにむきむき対策をしてきたかを、如実に語っていた。

 

「前はお前に心をポッキリへし折られたでゲス。

 包み隠さず言えば、今でもお前は怖いでゲスが……我に対策あり!」

 

 一戦目はイエローの圧勝。

 二戦目はイエローの能力を分析してむきむき達の勝利。

 そして今日は、イエローがむきむき達に対策を打ってきた三戦目。

 

「勝負!」

 

 イエローが勝負、と言った瞬間に、むきむきはイエローの腹を蹴飛ばしていた。

 

「わぁ、人ってあんなに飛ぶのね……」

 

「おいアクア! 道の真ん中でぼーっとしてんな!」

 

「あっ」

 

 だが、今日のイエローは一味違う。

 吹っ飛ばされてもノーダメージであることを活かし、自前の魔法・魔道具の攻撃・スクロールの展開を平行して行って、きっちり反撃を行ってきた。

 アクセルの街中で、イエローの攻撃がむきむきとカズマ達――正確にはとびきり不運なアクアに――向かう。

 

「やつめ、それなりの攻撃力はあるな。皆、私の後ろから出るなよ」

 

「ダクネス!」

 

 だが、その攻撃もダクネスがきっちりカット。

 イエローの攻撃力では、ドレインタッチ以外の手段でダクネスを倒すことは不可能だ。

 イエローを吹っ飛ばすむきむき、無傷のまま反撃を続けるイエローの戦いを見やりながら、カズマ達は話し合いを初めた。

 カズマはむきむきの攻撃を食らっても無傷なイエローを、信じられないものを見るような目で見ている。

 

「マジで無敵なのか。前はどうやって倒したんだ?」

 

「むきむきが空気の無い高さまで蹴り飛ばし続けて心を折ったんです」

 

「あいつ本当にデタラメだな!」

 

 むきむきは今日も上に蹴り飛ばそうとしているが、どうやら対抗策になる魔道具を用意されてしまったようで、イエローの体が一定以上の高さにまで上がっていなかった。

 

「爆裂魔法でどうにかならないのか?」

 

「爆裂魔法はあらゆる存在にダメージを与える究極魔法ですが……

 あれとは相性が悪いです。攻撃をそもそも成立させない能力ですから」

 

「上級魔法でもか?」

 

「私が全魔力で魔法を撃てば、街の半分くらいは輪切りにできると思います。

 でも多分、その規模でもめぐみんの爆裂魔法の方が破壊力は大きいので……」

 

「……あれ? これ本格的に手詰まりじゃね?」

 

 イエローの能力は、相手の職業さえ把握していればまず事故らない。

 把握していなくても、ほぼ事故らない。

 モンスター相手ならともかく、人間相手であればほぼ全ての者にメタが張れるものだ。

 

「人間相手に使えば反則。

 魔王軍相手に使えば産廃。

 おいアクア、なんであんなもんが特典に混ざってるんだよ」

 

「使いこなしてた勇者は本当に強かったのよ?

 自分の職業をアークウィザードにして、無効対象をアークウィザードに設定。

 至近距離で上級魔法を連発して、自爆戦法取りながら自分だけ無傷とか。

 無効対象をアーチャーに設定して、仲間のアーチャー数人に矢の雨を降らせる。

 それで矢の雨の中、自分だけ矢を無視しながら敵に近接戦を挑む、とかね」

 

 忘れっぽいアクアが覚えているのだから、その勇者はそれなりに近年の勇者なのだろう。

 

「あのイエローって人がその辺の応用思い付かなかったから、弱く見えてただけよ」

 

「特典貰えるのにそれだけで俺TUEEEできないとか異世界詐欺だろこの駄女神!」

 

「知らないわよ! なんで私が悪いことになってるのよー!」

 

 結局、強い能力を持とうが弱い人間は弱い人間のままで、勝てる人間は特典なんて無くても勝っていくということなのだろう。

 

「カズマ、どうする?」

 

「どうする、って……なんで俺に言うんだよ、ダクネス」

 

「むきむきは賭けに出ず現状維持に努めている。

 それはおそらく、お前が打開策を打ってくれると信じているからだ」

 

 ダクネスは、どこの家の者かは決して語らないが、高貴な家の出である。

 彼女は変態だが、その下地には凛とした貴族の心があった。

 彼女が真面目な声で何かを言うと、そこには耳を傾けたくなる響きが宿る。

 

 カズマがむきむきの戦いを見守り、むきむきがカズマの方を見て、二人の目が合う。

 どうにかしなければ、という想いが浮かんで来て、カズマは頭をガシガシと掻いた。

 

(つっても、何がある?)

 

 むきむきに教わった様々な知識。

 今日まで自分で得てきた知識。

 今の自分達にできること。

 イエローの能力。

 色々と考え、頭を回して、カズマは一つ策を思いついた。

 

 今日の天気は、以前むきむきが爆裂愛してると言わされていた日と似た天気。

 空には雲、風は強く、アクセルから離れると大雨や大雪が降っている。

 

「……そうだ、初心者殺し。あいつの真似をすりゃいいんだ」

 

 無敵を、最強で倒す。

 

「ゆんゆん! 手を貸してくれ!」

 

「は、はい! 分かりました!」

 

「アクアめぐみんダクネスは留守番! 特にアクア、お前は余計なことするなよ!」

 

「ちょっと! なんで私だけ名指しなの!?」

 

 カズマは空中でイエローを撫でるように張り飛ばしているむきむきに向け、声を張り上げる。

 

「むきむき! 俺達を肩に乗せてくれ!」

 

「分かった!」

 

 むきむきは瞬時にカズマの下に馳せ参じ、カズマがその右肩に乗る。

 ゆんゆんも同様にむきむきの左肩に乗りながら、二人の少年が組むコンビに、不思議な頼りがいを感じていた。

 

(なんだろう。とっても頼もしい)

 

 むきむきは二人を乗せたまま、イエローに一度肉薄して蹴り飛ばす。

 

「カズマくん、僕はどうすればいい?」

 

「あいつを雪山まで運んでくれ。ゆんゆん、テレポート妨害頼む!」

 

「了解! 『マジックキャンセラ』!」

 

 むきむきは再度接近してイエローに蹴撃。

 イエローは反撃してきたが、それらはカズマの爆撃が大雑把に吹き飛ばしていた。

 

「おらイエロー! サッカーしようぜ! お前ボールな!」

 

「ゲスっ!?」

 

 イエローの迎撃をカズマが、テレポートをゆんゆんが妨害し、むきむきの連続蹴撃でイエローはサッカーボールのように雪山まで蹴り運ばれる。

 

「むぐっ!?」

 

 雪に顔面から突っ込んだイエローが、慌てて立ち上がる。

 イエローは雪が降り積もる雪山、そこに吹き荒ぶ猛吹雪の中に居た。

 数m先が見えないほどの猛吹雪。

 必然的に、むきむき達がどこに居るかも分からない。

 盗聴スキルなどを使ってみるものの、イエローのスキルレベルでは、吹雪の音が煩すぎて何も聞こえなかった。

 

「くっ、どこに……」

 

 イエローは口の中に詰まっている雪を吐き出して、はっとする。

 

(そうか、雪崩で拙を窒息死させる気でゲスな)

 

 イエローは口元に手を当て、口の中に雪が詰まらないようにしつつ、詠唱できるだけの空間を口周りに確保する。

 職業持ちが引き起こした雪崩であるなら、それのダメージも無効にできる自信がイエローにはあった。

 人為的に引き起こされた雪崩が来ても、これで窒息前にテレポートが可能になる。

 

 これで気を付けるべきは雪山のモンスターだけだ。

 周囲にモンスターが現れないか、常に警戒を怠らないようにする。

 かなり強いモンスターが現れたとしても、彼はすぐさま魔法で応戦できる心構えで居た。

 

「最近は本当に寒い季節になったよな、スプリット太田」

 

「そこでゲスな!」

 

 カズマの声が聞こえて、そちらにファイアーボールを撃つ。

 だが、カズマはむきむきに抱えられたまま吹雪の中を駆け回っているようで、ファイアーボールが当たった気配はなかった。

 

「初心者殺し。

 あれ、本当にえげつないやつだよな。

 他のモンスターを利用するとか。

 雑魚モンスターがトリガーで、強いモンスターが仕留めるとか。

 だから俺も、初心者殺しのやり方をちょっと真似させてもらったわ」

 

「そっちかでゲス!」

 

 カズマが喋って、イエローがそこにファイアーボールを撃って、当たらず終わって、その繰り返し。

 

「確実に利用できるモンスターが。

 確実に一発で決めてくれるモンスターが。

 お前を仕留め損なうことがないモンスターがいい。

 そう考えてたら、この季節一番うってつけのやつが居た」

 

 イエローは背後で誰かが雪を踏みしめる音を聞き、今度こそ仕留めてやると振り返り――

 

 

 

 

「冬将軍の、到来だ」

 

 

 

 ――氷雪色の、武者を見た。

 

 しゃりん、と、氷の上で刃を滑らせたような音がした。

 イエローがその姿を見た瞬間に、既に斬撃は完了している。

 

「あ」

 

 バタリ、とイエローが倒れる。

 誰の目にも明らかな致命の一撃。

 冬将軍の一撃は、何の抵抗もなくイエローの命を両断していた。

 

 冬将軍は、雪精を害した者を殺す大精霊。

 カズマが今日この雪山を選んだのは、吹雪いている今の雪山であれば、イエローの目にも雪精が見えないだろうと予測したからだ。

 そして、それは見事に大当たり。

 吹雪で雪精が見えないまま、ファイアーボールで雪精を殺しに殺したイエローは、容赦なく冬将軍に切り捨てられていた。

 

 冬将軍に、職業などない。

 

「流石カズマくん、他力本願の切れ味が他の追随を許してないよ」

 

「それ、褒めてるのか?」

 

「もちろん!」

 

 他力本願こそカズマの真骨頂。

 むきむき達は去っていく冬将軍に頭を下げ、礼節をもって将軍を見送る。

 イエローを倒したのはいいが、筋肉の鎧を身に付けているむきむきはともかくとして、カズマとゆんゆんにはこの気温はたいそう厳しい。

 

「む、むきむき、寒いわ! 寒いの!」

 

「だから服の露出は少なくして、長いスカートはきなさいっていつも言ってるのに……」

 

「え、何? むきむきはゆんゆんのお母さんでもやってんの?」

 

 むきむきの言葉を無視して、ゆんゆんは彼の背後から彼のズボンのポケットに手を突っ込む。

 焼け石に水をかけるような暖の取り方であった。

 

「しかし、戦う将軍とか色々思い出しちまうな……」

 

「どういうこと? カズマくん」

 

「暴れん坊将軍って言ってさ、俺の国には悪者を倒す将軍様が居るんだよ」

 

 納得した様子で、むきむきがぽんと手を叩く。

 

「あ、そっか。カズマくん言ってたもんね」

 

「ん? 何をだ?」

 

「魔王軍を倒すのは、正義の味方にでも任せておけばいいって」

 

「あー、そういやそんなこと言ってたな」

 

 そういう意味で言ったんじゃないんだけどなー、とカズマは笑う。

 なるほど、そう見てみると確かに今日の戦いは、危険を避けたカズマが正義の暴れん坊将軍に丸投げしたようにも見える。

 ちなみにこの世界には、暴れん坊将軍好きの転生者が執筆した人気小説・暴れん坊ロードが存在したりしている。

 

「さっさと死体持って帰って、アクアに蘇生させるぞ。

 魔王軍の情報引き出せれば、王都の冒険者に高く売れそうだからな」

 

「あ、カズマくんが魔王軍の情報引き出そうとしてたのってそういう……」

 

「危ないことは他の奴らに任せとけばいいんだよ」

 

 本当に勇者気質から程遠い男だ。

 だからこそ、むきむきと相性が良いのだろう。

 

「あれ?」

 

 死体を持っていこうとして、むきむきは気付く。

 

「血痕があるのに、死体がない……?」

 

 いつの間にか、イエローの死体が消えていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を覚まして、イエローは自分がまだあの世に行っていないことに驚いた。

 

「生きてる……?」

 

「いや、死んでるよ。イエロー」

 

「ピンク!?」

 

 体を起こせば、そこにはDT戦隊の紅一点。

 イエローが口元に触れてみれば、そこには薬品を流し込まれた痕跡があった。

 

「この体……まさかアンデッド化を!? 拙の死体で試したでゲスか!?

 いや、そもそもいつの間に薬品による意志を残したアンデッド化の技術の確立を!?」

 

「ボクの現在の目標は王都をラクーンシティに変えることだって、いつも言ってるじゃないか」

 

「冗談だと思ってたでゲス。冗談だと信じていたかったでゲス」

 

 この女は、躊躇なく仲間の死体を実験材料にしたらしい。

 

「これでボクの仮説も一つ証明された。

 転生者が能力特典を得た場合、死とアンデッド化でそれは神の下に還る。

 能力を維持したまま、神の理に反する存在になることはできない」

 

「!? ほ、本当でゲス……能力が、消えてる? だから拙が死ぬのを見過ごしたでゲスか」

 

「まさか、ボクらは仲間だよ?」

 

 いや、それどころか、仲間が死ぬのを黙って見過ごした可能性さえあった。

 イエローがさして幻滅した様子を見せないのは、この女がそういう人間だと前々から認識していたからだろうか。

 

「気分はどうかな?

 魔王軍から、死んでもいい当て馬の『人間』として選出された気分は。

 その果てに死んだ気分は。

 命を奪われ、アンデッドになった気分は。

 心の拠り所でもあった、無敵になれる能力を失った気分は」

 

 ピンクは煽っていない。愉悦を感じてもいない。

 研究者が顕微鏡で微生物の動きを観察する時のような目で、イエローを見ていた。

 イエローは、"何故グリーンはこんなやつの恋人をやっていられるのだろう"と思う。

 

「なんかすっきりとした気持ちでゲス」

 

「ほう?」

 

「死ぬのが怖かった。でも生きていたくなかった。拙は面倒臭いやつだったんでゲスな」

 

「ありきたりだね」

 

「死ぬのが怖いというより、傷付くのが嫌で。

 生きていくのが嫌というより、上手く行かない人生が嫌で。

 なんでか、この冷たい肌の感触が"終わったんだ"って感じがして、むしろ安心するでゲス」

 

 生が苦しみである者が居るのなら、歩く死体になることが救いになることもある。

 

「不思議なことでゲスが、満足に近いものを感じてるでゲス」

 

「そこで満足しないで欲しいな。ボクらにはまだ、やることがある」

 

「わぁってるでゲスよ。ただ……」

 

 ましてや今のイエローの中には、不可解な色の感情があった。

 

「あいつらの方が、拙よりよっぽど無敵に見えたでゲス。

 守り合ってて、助け合ってて、自分の安全を他人に任せてて……」

 

「嫉妬?」

 

「いや、憧憬でゲスな」

 

 手加減する気はない。馴れ合うつもりもない。出会えば本気で殺しにいくだろう。それでも。

 

「ああはなれないと納得して、あれに倒されるなら悪くないと思っただけでゲス」

 

 "あれに倒されて終わるのであれば悪くない"と、そう思う心もあった。

 

「魔王様みたいなことを言うようになったじゃないか、イエロー」

 

 ピンクはイエローを従えて、魔王城へと帰還する。

 

「今のアクセルには、未来に魔王様を倒す可能性が居る。

 魔王城の護りでもある幹部様達には、特に慎重に行動してもらおう」

 

 魔王軍工作員たるセレスディナの部下達は、己が果たすべき職務を一つ一つこなしていた。

 

 

 




何が本当の意味での『無敵』なんでしょうねえ

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