「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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カズマさんをいくら弄っても、特典ゲームのロックマン風カズマさんの方が強いんじゃないか? と思えてしまう問題


3-1-2

 カズマが飲み切ったコップが、テーブルに置かれる。

 コップの周りの結露が、ギルドのテーブルに伝って落ちた。

 

「幸運で成功率が決まるスキル?」

 

「カズマくんの幸運はとても高いでしょ?

 だからそれを活かすスキルも有りだと思うんだ。盗賊スキルとか、アーチャースキルとか」

 

「ステータスでスキルを決める、そういうのもあるのか」

 

 むきむきは自分の持っている知識をカズマに伝える。

 カズマはそれを学ぶ。

 アクアは話を聞くのに飽きて寝ている。

 ここ数日定番となった、アクセル冒険者ギルドの日常風景だった。

 

「でもなあ、正直最近の俺の幸運は怪しいぞ?

 まさか仲間に引き入れたのがこんな駄女神だとは思わなかった」

 

「アクアさんのこと、嫌い?」

 

「……お前の聞き方は、なんか微妙にやらしいな。

 嫌いではねえよ、嫌いでは。ただ鬱陶しいし面倒臭いだけだ」

 

「今の毎日は楽しい?」

 

「……それなりには。さっさと脱却したい生活だけどな」

 

 文句を言いながら、問題児との日々を過ごすことを選ぶ。

 文句を言いながら、ちょっと危ない冒険者家業を楽しむ。

 カズマはそういう人間だ。

 彼が仲間に文句を言うのは仲間が嫌いだからではなく、むしろその逆。

 この世界や冒険者生活に文句は言うが、それらを嫌悪しているわけでもなく、それもまた逆。

 佐藤和真は素直ではない。

 その言葉を全て額面通りに受け取っては、彼の性格は理解できないだろう。

 

「あ、そっか、カズマ君は幸運を消費して幸福を掴める人なんだね」

 

「物は言いようだな、おい」

 

「幸運な人生と幸福な人生は違うよ。

 不運でも幸せな人生はあるもの。

 でもさ、幸運より幸福の方が、なんか強い気がしない?」

 

「強い弱いで計るもんなのか? それ」

 

 カズマは呆れた顔で頬杖をついている。

 むきむきが見るに、カズマはやることなすこと上手く行く幸運な人間というより、どう転んでも幸福を掴んでいける、そういう人間に見えた。

 そんなカズマが気に入ったのか、むきむきも楽しそうに笑っている。

 そして、カズマの言葉に少し遅れて反応し、アクアが体を起こした。

 

「……はっ、カズマが私のことバカにしてたと天啓が……」

 

「気のせいだぞ、アクア」

 

「なんだ、起きて損しちゃった」

 

 むにゃむにゃとアクアが目をこすり、背伸びをして、その途中に何かをはっと思い出す。

 

「そういえばむきむきは、なんでこの街に居るの?

 見たところ、魔王軍の幹部級とも戦える強さがあると思うんですけど」

 

「え、そうなのか? 強いとは思ったけどそんなにか?」

 

 大悪魔とドンパチした経験もあるアクアは、クエストで見たむきむきの実力にちょっとした疑問を持っていたようだ。

 その眼が、今またむきむきのことをじっと見る。

 こういう時、アクアの(まなこ)は全く曇りがない。

 人の深い所まで見通すような、人を水に見立ててその水底を見つめるような、不思議な色合いを宿している。

 

「僕と僕の仲間は、『光』を探しているんです」

 

 隠すことでもないので、むきむきは王都での一連の出来事を話した。

 人類劣勢の戦況を説明するところでカズマが露骨に嫌な顔をしたが、話は続けられる。

 むきむきは自分が『光』を探している理由を語った。

 

「なるほど、それは私ね。間違いないわ」

 

「え?」

 

「時期的に私がここに来た時期と一致するもの。

 魔王軍は私が降臨したことに気付いて、ブザマに逃げ出したんだわ!」

 

「お前が光? ……ないわー」

 

「なによカズマその反応は! 私は女神よ!

 その力はそのままの存在で下界に顕現できないくらいに強いんだからね!」

 

「おいむきむき、こいつは世界の希望ってイメージに沿うやつだったか?」

 

「え? ええと……」

 

「わああああああっー! むきむきまで口ごもったああああああっー!」

 

「ま、待ってください! 泣かないで!」

 

 なんとかなだめて、話を続ける。

 

「でもアクアさんは時々、人間離れしたことをしますよね。

 明らかにカードに記載された魔力量以上の力を使っていたり……」

 

「私の魔力は自前の物と、教徒の信仰心から得られるものの二種類があるの。

 私の愛するあの子達が私を信仰する限り、私の魔力は事実上尽きないのよ!」

 

「ゴキブリをいくら殺しても尽きないし絶滅しないのと同じか」

 

「待って! その言い方は絶対に的確じゃないわ!」

 

(海の水をいくら掬っても尽きないとか、そういうのかな)

 

 不滅のアクシズ教徒の最強の信仰から供給される無尽の魔力。

 カズマとむきむきの例え話は、どちらも間違ってはいない。

 

「むきむき、お前こんなのが女神だって信じられるのか?」

 

「うーん……でも僕も、本物の女神様を見たことはないし……

 ベルゼルグの貴族さんにもキラキラしたイメージあったけど、実際会ってみると……」

 

「お前は王都で何を見てきたんだ……? あ、言わなくていいから」

 

「王女様はキラキラしてたよ、とっても」

 

「ブラックリスト方式じゃなくてホワイトリスト方式かよ」

 

 この世界は、ご立派な肩書きを性格や性癖で台無しにする者が多すぎる。

 

「あと、アクシズ教徒がああだから、女神アクアにもそういうイメージがあったしね」

 

「ちょっとむきむき! それはどういう意味かしら!?」

 

「どんだけヤバいんだよアクシズ教徒」

 

 YU-DE理論の補完理論の一つ、"他アニメに常時喧嘩を売る面倒臭い特定アニメのファンを見てそのアニメのことを知った気になる現象"理論。

 面倒臭いファンの活動は、そのファンが好きなものの評価を下げることもあるのだ。

 

「それに、アクアさんは嘘付いてるようにも見えなかったから」

 

「!」

 

「アクアさんは本気でそう言ってる。なら、信じないのはかわいそうだなって」

 

「お前、新興宗教のカモみたいなこと言うのな……」

 

「違うわカズマ! むきむきは素直でいい子だからよ!

 カズマは捻くれてるから、むきむきの気持ちが分からないだけよ!」

 

「よーしアクア。じゃあその辺の人にアクシズ教の評価を聞いてみようか」

 

「待ちなさいカズマ。

 市井ではエリス教がアクシズ教の評判を落とそうと暗躍してるの。

 きっとここでアクシズ教の評判を聞いても、捏造された評価が……」

 

「むきむき、教えてくれ。お前の中のアクシズ教徒の評価はどんな感じだ?」

 

「地震雷火事を引き起こしながらセクハラしようと寄って来るエロオヤジ、かな」

 

「むきむき!?」

 

 地震雷火事親父コンプリート。

 

「私が女神って信じてくれたから、私の味方だと思ったのに……!」

 

「アクア様の味方でもありますよ?」

 

「……本当? 私が女神だって信じてるのも本当?」

 

「本当です。

 僕、魔王軍に属してる女神らしき方も知ってますからね。

 女神様が邪神になって魔王軍に与するこのご時世、何があっても不思議じゃ―――」

 

「エリス!? エリスが闇落ちしたの!? あの子が!?」

 

「えっ」

 

「あの悪魔嫌いの子がそうなるなんて相当だわ!

 あの子いい子だけどつまんないこと気にする上悩みを抱えがちなのよ!」

 

「ちょっ、待っ」

 

「エリスが闇落ちするなんてよっぽどのことよ!

 急いで私自ら赴いて目を覚まさせてあげないと……」

 

「落ち着け! むきむきが何か言おうとしてるだろ! 最後まで話聞け!」

 

 熱くなったアクアの頭を冷やさせて、むきむきがウォルバクの名を出しても、アクアは首を傾げるだけだった。

 

「ウォルバク? 聞いたことが無い名前ね。マイナー神?

 この世界に正式な女神は私とエリスしかいないはずなんですけど?」

 

「そうなのか。意外と少ないんだな」

 

「そりゃ日本人から見れば少なく感じるでしょうね。

 私てっきり、エリスが貧乳を気に病みすぎて世界の破壊を決意したのかもって……」

 

「エリス教徒にぶん殴られますよ、アクア様……」

 

 天元突破級に失礼なことを言うアクア。

 そんなアクアにいつの間にか様付けしているむきむきを、カズマは善意から諌めた。

 

「アクアに様とかいらないぞ、むきむき。こいつなんてアホアで十分だ」

 

「あーらクズマさん、ちょっと私に対する敬意が足りなすぎるんじゃない?」

 

「えと、一応女神様だということを信じていますので、様付けで」

 

「ほら見なさい! そして見習いなさい!

 むきむきのように私に敬意を払って、今までの不敬を謝りなさい!

 謝って! 私をアホアって言ったこと謝って!」

 

「ごめんなさい、バカア様」

 

「棒読みの罵倒!?」

 

 息合ってるなあ、とカズマとアクアのギャーギャー騒ぎを見守りながら、お茶を飲むむきむき。

 梅昆布茶が最近の彼のお気に入りだ。

 一杯茶を飲み切ったところで、話しかけるタイミングを窺っていたらしいギルド職員が話しかけてくる。

 

「むきむきさん、ちょっと」

 

「すみません、ちょっと行ってきますね」

 

 むきむきが一言置いていっても、カズマ達はそれに気付いてもいない。

 言い合いに熱中しているようだ。

 むきむきは一旦席を離れて、ギルドの個室で報告を受ける。

 

「これが文章に起こした魔王軍の動向です。今現在は―――」

 

 王家が手を回して、ギルドが入手した魔王軍の動向の情報は、常にむきむき達にも届けられることになっていた。

 むきむきは報告を聞き、報告内容が書かれた書類を受け取って、お礼を言ってからカズマ達の下に戻ろうとする。

 

 席を外していたのは、そんなに長い時間ではなかったはずなのに。

 

「ぱんつ返してぇ!」

 

「えーどうしようっかなー」

 

 むきむきが居た席の前では、涙目のクリスが声を張り上げていて。

 その対面では、カズマがパンツを舐め回すように凝視していて。

 そんな二人を、アクアがとても冷めた目で見ていた。

 

「……席離れたの15分くらいだったのに!」

 

 カズマ達のことを興味深そうに見ている冒険者達の間を抜けて、むきむきは席に戻る。

 そして一歩引いているアクアに事情を聞いた。

 アクア曰く、先輩冒険者としてクリスがカズマにいくつかスキルを教えてやろうとしたらしい。

 だがクリスがそこでゲームを提案し、紆余曲折を経て、カズマが教わったスキル『スティール』にてクリスのパンツを剥ぎ取ったとのこと。

 

「え、じゃああれクリス先輩のぱんつなんですか?」

 

「う……そ、そう、だよ。あれは私の……その、下着です」

 

「……」

 

「え? なんで今私をまじまじと見てから目を逸らしたの?

 なんで顔真っ赤なの? 今何を想像したの? ね、ねえ?」

 

「な、なんでもないです」

 

「嘘! 今のは絶対なんでもない感じじゃない!

 顔赤いし、目を逸らしてるし! どんだけ純情なの!?」

 

「なんでもないです!」

 

「待ってやめて! 君にそういう目で見られるとちょっとアレだよ!」

 

「あ、アレってなんですか!?」

 

「アレはアレだよ!」

 

 ノーパンの年上女性が13歳の少年に性的羞恥心を感じさせる事案発生。

 

「カズマ、いい加減下着返して上げなさいよ」

 

「んー」

 

 パンツに引っ掛けられたカズマの指が、パンツをくるくる回す。

 カズマの指が、クリスのパンツでフラフープをしているかのようだ。

 

「なんか楽しいことになってきたな」

 

「カズマさんカズマさん、今のカズマさんはちょっと引く」

 

「これは正当な勝負の戦利品だぞ」

 

 その指は止まらずパンツフラフープを継続する。

 

「お願いだから、私のぱんつ返して!」

 

「いくら出せる?」

 

「え」

 

「クリスはこのパンツの代価にいくら出せるかと聞いているのだ」

 

「……この、魔法がかかったナイフ。

 リッチーとか、一部の魔法生物にも有効な武器だよ。

 普通に売買すれば、40万エリスはくだらない一品。これで……」

 

 テーブルの上に、ゴトリとナイフが置かれる。

 カズマは調子に乗った顔で、指にひっかけたパンツを逆回転させ始めた。

 

「そうか。クリスのパンツの値段は40万エリスなのか……」

 

「……っ」

 

「もしかしたら俺は、クリス以上にこのパンツに価値を見ているのかもしれないな……」

 

「……っっっ!!!」

 

 パンツフラフープが加速する。

 耐えきれず、クリスは全財産が入った財布を、ナイフの上に叩きつけるようにして置いた。

 

「これで、私の今持ってる全財産全部です……」

 

「しょうがねえなあ」

 

 一連の流れを見ていたギルドのギャラリーは、戦慄していた。

 

「鬼畜だ……」

「クズだ……」

「クズマ……」

「カスだ……」

「カスマ……」

 

 犯罪者ではないギリギリを攻めるこのスタイル。

 絶望はさせないが大泣きはさせるこのバランス感覚。

 パンツ一枚でここまで自分を出せる人間など、そうそう居まい。

 

 もう見てられない、とばかりにむきむきが割って入り、ナイフと財布を引っ掴んでクリスの手の上に置いた。

 その時ちょっとクリスのパンツに触ってしまって、少年の顔が少し赤くなる。

 

「もういいでしょカズマくん。お互い様でした、ってことで」

 

「おいむきむき、それは正当な勝負の報酬だぞ?」

 

「ぱんつを誘拐して得た身代金でしょ?」

 

「……わぁったよ」

 

 パンツの身代金が返還される。

 カズマ容疑者によるパンツ誘拐事件は、こうして被害者(ぱんつ)が帰るべき股間(いえ)に無事帰ることで、ひとまずの決着を見るのであった。

 クリスは目元の涙をぐしぐしと拭い、椅子を踏み出しにしてむきむきの耳元に口を寄せ、こそばゆく囁いて行く。

 

「ありがとね、後輩君」

 

 そして、カズマという肉食動物に再び毒牙にかけられる前に、草食動物クリスは逃走して行った。

 

「むきむき。このぱんつ一枚分はお前への貸しにしておくからな」

 

「……具体的に金額で言われるよりずっと重く感じるねそれ」

 

「そりゃそうだ。

 俺の国では、何でも願いを叶えられる権利でぱんつ一枚を願った男も居るんだぞ?

 つまりこの貸しは何でも願いを叶えて貰うくらいの重さなんだよ」

 

「!? 何でも願いを叶え……え、それでパンツ一枚!?」

 

 事実ではある。ギャルのパンティ・クレメンス。

 

「さて、スティールは取った。

 敵感知と潜伏……どっち取るか、どっちも取らないか、両方取るか……」

 

 爆殺スタイルは元手に金がかかるものの、経験値を稼ぐために使う時間と労力はぐっと少なくなる。

 低レベル帯であれば、レベリングは非常に容易だ。

 そのためか、カズマはスキルポイントにも結構余裕があった。

 

 クリスのパンツであれだけ騒ぎを起こしたにもかかわらず、カズマ達は平然と今日もクエストに向かうのであった。

 

 

 

 

 

 そのゴブリン達は、森の合間に巣を作っていた。

 人間であれば集落と呼ばれるものではあったが、ゴブリンの知識レベルでは巣としか呼べない出来のものにしかならない。

 ゴブリンはそこで、自由気ままに他のモンスターを殺し、街道を通りがかった人間を殺し、その死体をオブジェに加工して遊んでいた。

 

「?」

 

 ふと、ゴブリンの一体が何かに気付く。

 他のゴブリンがどうしたのかと聞いてみても、そのゴブリンでさえ何に気付いたのか分かっていないようだ。

 

「……?」

 

 何かが聞こえた気がしたし、何かが見えた気がした。

 ゴブリンは低級な知能で考えてはみるものの、その頭が答えを出す前に、彼らの足元に転がっていた何かが破裂する。

 破裂して、爆発。

 ゴブリンが全員死んだのを確認してから、物陰に隠れていたカズマは潜伏を解除した。

 

「潜伏爆殺」

 

 隠れるという行為をトリガーに発動し、視覚的に消失するのみならず、臭いや音等まで誤魔化す盗賊スキル『潜伏』。

 カズマはこれにカズマイトを組み合わせ、潜伏爆殺というスタイルを確立しつつあった。

 もはや正面から戦う気がまるでない。

 剣と魔法のファンタジーという異世界に持っていたイメージを自分から投げ捨てている。

 もしも人間が本気のカズマを敵に回せば、24時間いつでもどこでも自分の周りにカズマイトが現れるという恐怖に襲われることだろう。

 卑怯者という言葉さえ生温い。

 

 火種はむきむきが居れば困ることもない。

 道具作成のスキルもレベルが上ってきたため、最近は大きいカズマイトと小さいカズマイトを別々に作れるようにもなってきたようで、威力調整もできるようになっていた。

 カズマ自身は相変わらず弱いまま。

 なのに、えげつない。

 カズマは強さを完全に自分の外部に依存していた。

 

 アクアはむきむきと一緒に、カズマの虐殺を遠目に見ている。

 

「ねえ、むきむき」

 

「なんですか、アクア様」

 

「カズマさんどんどん手が付けられなくなって来てる気がするんですけど」

 

「……僕もそんな気がしてきた」

 

「これは絶対むきむきと触れ合った化学反応よ。女神の私には分かるわ」

 

「ぼ、僕のせいですか?」

 

「時々いるのよね、互いに刺激を与え合っちゃう人達って……」

 

 女神視点、むきむきとカズマは互いに大きな影響を与え合う存在に見えるようだ。

 アクアの目は本質を見抜くこともあれば、とびっきりの節穴になることもあるため、完全に信用がおけないのが難点である。

 カズマは調子に乗って、ゴブリンの巣の中に金目の物がないか探し始めるが、そこでなんと巣の外に出ていたゴブリンが一匹、巣に戻って来てしまった。

 

「あ」

 

 転がる仲間の死体。

 巣を漁る人間。

 当然、それらを見たゴブリンは怒りのままにカズマに襲いかかる。

 今のカズマには欠点がある。

 それは、敵に攻撃する手段が爆弾しかないということだった。

 

「う、うわああああっ!」

 

 カズマは逃げる。

 ひたすら逃げる。

 一定の距離まで近付かれると、爆弾の爆発に自分が巻き込まれてしまうため、爆殺のカズマは役立たずのカズマになってしまう。

 カズマに出来ることは、仲間に助けを求めて逃げることだけだった。

 

「ヘルプ! ヘぇルプ! アクア、むきむき! 助けてくれ!」

 

「えー、公衆の面前で女性のパンツ弄ぶ人と仲間だって思われたら私恥ずかしいし……」

 

「こんにゃろう! むきむき、頼む!

 貸し! 貸しあったろ! あれをチャラにするから助けて下さいお願いします!」

 

「短い貸し借りだったね、うん。本当に」

 

 たん、とむきむきが踏み込む。

 踏み込みであり、跳躍であり、高速移動でもある一歩。

 むきむきとゴブリンの距離は一呼吸の間にゼロになり、むきむきのミドルキックが身長差でゴブリンの頭に綺麗に命中。

 ゴブリンの頭は胴から離れて吹っ飛んで行き、近くの大木に衝突して破裂した。

 

「……ひえっ」

 

 思わず、といった形でカズマの口から変な声が漏れる。

 

「アクア様、すみません。最近はアクア様が活躍できるクエストを見繕えなくて」

 

「いいのよ、いいのよ。こういうクエストの方が私は楽だもの。

 私の力を見せられないから、カズマがいつまで経っても私を舐めてることは問題だけどね」

 

 むきむきが街道の上に転がってしまったゴブリンの死体を脇にどけて、アクアが魔法でばしゃっと水を街道にかける。

 更に浄水の魔法を水にかけ、水を蒸発させてしまえば、街道にあった汚れは最初からなかったかのように消え失せていた。

 

「むきむきって様付けでもさん付けでも先輩付けでも友達の距離感よね。

 年が離れてるとそうでもないけど。きっと根が実直だからなんだと思うわ」

 

「そう、なんでしょうか?

 歳上の方には敬意を払ってるつもりなんですが……」

 

「敬意を払う友人関係だってあるでしょ?

 かくいう私もそういうのが好きよ!

 親しくして欲しいけど、女神としてちゃんと敬って欲しいの!」

 

 えへん、と偉そうに胸を張るアクア。絶妙にアホっぽい。

 

「悪い、助かったよむきむき。

 というかアクア、むきむきの交友関係にいつの間に詳しくなったんだ?」

 

「カズマが居ない時に何度か話したことがあるのよ。

 黒髪の子と、黒髪の子と、金髪の子と、金髪の子と……」

 

「黒髪と金髪しか居ねえのかよ」

 

 クリスからパンツを拉致し、その後クエストに行ったカズマは、この後ギルドに帰還して……そこで、アクアが言っていた人物達と邂逅するのであった。

 

 

 

 

 

 時間は少々遡る。

 クリスはパンツを盗られたことを、コンビを組んでいるダクネスに涙ながらに話していた。

 クリスからすれば、ただ単に愚痴りたかっただけなのかもしれない。

 しかし、これがダクネスの変なスイッチを入れてしまった。

 

「公衆の面前で、そんな辱めだと……!?」

 

「あれ? ダクネス?」

 

「それが事実なら、まさしく私が探し求めていた男……!

 いや、もしや、『光』とは、その正体とは、まさか……!」

 

「ダクネス? ダクネスやーい」

 

「私にとっての光とは、そこに……! 今行くぞ!」

 

「ちょ、ダクネス!?」

 

 頭のおかしいマゾのダクネス、略してアマゾネスが疾走する。

 その歩みに迷いはなく、「この事件のマゾは全て解けた」と宣言する探偵にも似ていた。

 顔の赤みは走っているためか、それとも別の要因か。

 期待に胸を高鳴らせ、ダクネスはギルドに突貫した。

 

 

 

 

 

 時は更にそこから遡る。

 

「むきむき、最近新人とクエストを達成してるらしいですね」

 

「うん。いい人達だよ」

 

「うう、むきむきは順調に友好関係広げてるのに私は……」

 

 ある日の晩御飯の時間に、紅魔族三人はなんでもない会話を楽しんでいた。

 

 三人は今、安宿に止まっている。

 先週までこの三人は、アクセルのとあるおばあさんの家に下宿させてもらっていた。

 家に泥棒や強盗が入った場合の撃退や、朝と夜におばあさんの話し相手になることなどが条件だったが、そのおかげで格安の宿を得ることができたのだ。

 そのおばあさんも、先週病死してしまった。

 この世界では病原体の一部までもが強力で、抵抗力の弱ったおばあさんではひとたまりもなかったのである。

 

 三人はその家を出て、おばあさんを弔い、拠点を移動。

 いつまでも安宿に居てもなあ、ということで、新しい拠点を探しつつも、結局いい感じの拠点を見つけられずに居た。

 

「どんな冒険者なんですか? その二人は」

 

 めぐみんが興味本位で聞き、むきむきが素直に答える。

 

「一人はカズマっていう人で、新人なのに頼りになる人だよ。

 もう一人はアクアっていう人で、女神みたいに綺麗な美人さんなんだ」

 

 そして、空気の感触が僅かに変わった。

 

「へぇー……ふーん……」

 

「そうなんだ……女神みたいに綺麗な人、ね……」

 

 むきむきが寝た後に、めぐみんとゆんゆんは闇の中で作戦会議を開始する。

 

「聞きましたかゆんゆん。女神みたいに綺麗な美人、だそうですよ」

 

「むきむきがそんな褒め言葉使ったの初めてよね……

 私が覚えてる限りでは、そけっとさんにも言ったことないはずよ」

 

「ゆんゆんも言われたことがないような褒め言葉ですよね」

 

「めぐみんだって言われたことないでしょ!」

 

「これは由々しき事態ですよ。

 むきむきが誘惑されている、あるいは……

 むきむきが恋をしたとか、そういうこともあるかもです」

 

「普段なら"そんなわけないでしょ"って言ってるけど……

 ああ、むきむきがあんな褒め方してるの聞いたら、断言できないじゃない……!」

 

 はてさて、その感情の理由はいかなるものか。

 子を案じる母性か、弟を心配する姉性か、兄の妹離れを嫌がる妹性か。

 仲間がどこかへ行くのを嫌がる気持ちか、友人が離れていくのを恐れる気持ちか、幼馴染の独占欲か。

 あるいは、上記のどれでもない何かか。

 めぐみんとゆんゆん自身にも、よく分かっていないのかもしれない。

 

「くくく……うちのむきむきをたぶらかそうとしているなら、相応の目に合わせてやりますよ」

 

「めぐみん、陰湿な妨害が得意なあなたが、今日はとても頼もしく見えるわ……!」

 

 かくして翌日。

 紅魔族二人は、ギルドで彼らを待ち伏せることにした。

 

 

 

 

 

 そして、時系列は現在に戻る。

 

(さて、あれが例のカズマとアクアとやらですね)

 

 めぐみんはゆんゆんを引き連れ、こっそり柱の陰に忍び寄る。

 待ち伏せは成功し、めぐみんとゆんゆんはカズマ達に気付かれないように、こっそり会話を盗み聞きしようとする。

 

(さて、実際私は、悪い人に騙されていなければそれでいいのですが)

 

 密かに覗き込み、アクアの美人っぷりに驚く二人。

 アクアの大きな胸を見て、めぐみんの目に一瞬殺意が見えた。

 

(むきむきが本気で好きになったのであれば、それも祝福しましょう。

 そのくらい平気……じゃないかもしれませんが。

 今の時間が終わるのが嫌で、大暴れくらいはするかもしれませんが。

 それでも、むきむきの幸せを願う気持ちも、ちゃんとあるわけでして)

 

 めぐみんの決意と覚悟。

 むきむきが後腐れなく彼らと一緒にいられるように、むきむきを置いてゆんゆんと遠い場所まで行くことさえ考えていた。

 彼女もまた、彼の幸せを願っている。

 

(あの美人さんが、むきむきの善意を食い物にしている悪人でなければ、それで……)

 

 そんな風に、めぐみんはカズマとアクアという人物が善人であることを期待して。

 

「なあむきむき、そんなに金持ってるなら俺達に家買ってくれよ、頼むよ」

 

「むきむきー、私達におうち買ってー」

 

「いいよ、どんなおうちがいいの? この季節、馬小屋暮らしは辛いもんね」

 

「なぁにやってんですか!」

 

 ド派手に、その期待を粉砕された。モロに善意に寄生されていた。

 

「金貸してくれ、までなら大目にみましょう!

 壺買ってくれ、なら怒るだけで済ませましょう!

 それが家!? 家って言いましたか!? 聞いたことないですよこんなの!」

 

「ど、どこのどちら様?」

 

「むきむきの本当のパーティメンバーです!」

 

「なるほどな……だが、俺達を甘く見るなよ?

 俺は親に養われることのエキスパート。

 そしてこのアクアもまた、甘やかされて養われたいダメな奴だ」

 

「カズマと同類とか死んでも嫌だけど、楽な方がいいに決まってるわ!」

 

「めぐみん大変よ! この人達ダメ人間だわ!」

 

「分かってます! ぶっころりーを超える逸材です!」

 

 こんなことになろうとは、誰が予想できようか。

 

「このヒモ! クズ! 紐屑!」

 

「うるせえ! こちとら馬小屋で凍死するかしないかの瀬戸際なんだ!

 宿になんか泊まったら日々あくせく狩りしても金なんて残らないんだよ!

 なりふりかまってられるか! この際プライドなんて捨ててやる!」

 

「そーよそーよ!」

 

「こ、このヒモコンビ……! ヒモ力が相乗効果を起こしている……!?」

 

「いいか! 俺は金が無いやつにまでたかろうとは思わない!

 だが仮に金持ちに奢ってもらえるのなら、最大限に高いもんを飲み食いしてやる!

 金があるんならいいだろ別に! 小さい家買うくらい端金だろ!」

 

「そうよそうよ!

 大体ねえ、むきむきの善意になんであなたが口を出すのよ!

 私はお願いした! むきむきは了承してくれた! はいおしまい!

 むきむきが私を甘やかしてくれるって言ったんだから、邪魔しないでよ!」

 

「こ、ここぞとばかりに……!」

 

 知力であればめぐみん達の方が遥かに高い。

 当然口喧嘩でもめぐみん達の方が遥かに強い。

 はずなのだが、今のカズマとアクアは無敵。勢いだけで押し切れる。

 たかり相手を見つけたダメ人間は強いのだ。

 

「ふっ……聞きしに勝るクズの塊だな」

 

「あ、あなたは……ダクネス!」

 

 そこにダクネスまでもが加わって、話は完全に収拾がつかなくなった。

 

「なにが爆殺のカズマですか! 私の爆裂と被ってるんですよ!」

 

「知るかロリ! 俺のこれはオリジナルだ、お前なんか関係あるか!」

 

「ろ、ロリ!? 言ってはならないことを……!」

 

 カズマとめぐみん。

 

「私のくもりなきまなこによれば、あなた最近友達が減ってるわね。

 ちょっと話しただけで友達認定するアクシズ教徒。

 そのアクシズ教徒が、しばらく会ってないもんだからあなたのことを忘れて……」

 

「あああああっ!」

 

 アクアとゆんゆん。

 

「く、クリスがそんなことをされただと……!?

 なんということだ、ここに私が居れば、身代わりになったというのに……!」

 

「流石ダクネスさん、騎士の鑑!」

 

 ダクネスとむきむき。

 

「お、なんだなんだ? またあいつらか」

「いいぞー、やれやれー!」

「問題児が結集とか、これもうどっか爆発するんじゃね?」

 

 周囲に興味本位の冒険者まで集まってきて。収拾がつく気配が完全に消滅した。

 

「ああ、あの人達が揃うとこうなるんじゃないかって気はしてたのに……」

 

 ギルド受付のルナが頭を抱える。

 その泣きっ面を刺す蜂までもがやって来た。

 

「ルナさん、警報鳴らして下さい! 魔王軍の襲来です!」

 

「もう嫌ぁっ!!」

 

 怒涛の連撃の締めとばかりに、魔王軍はやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冒険者達が、一人で襲来したその魔王軍を取り囲む。

 襲来した魔王軍は、緑のラインが目立つ服と、緑の帽子、緑のマフラーを身に付けていた。

 こうした単色が目立つ服を着る人間は、この世界だとそれなりに限られている。

 むきむきはその名を、自然と口にしていた。

 

「DT戦隊……緑?」

 

「ああ、オイラはDTグリーン。

 あんたらが会ってない最後のDT戦隊かな? よろしくー」

 

 へらへらとした男だった。

 緊張感がないというか、掴みどころがないというか。

 だが、魔王軍であることには変わりない。

 女神から何かの力を授かり、それを魔王の力で強化しているということにも変わりはない。

 

「おいダクネス、あいつなんだ?」

 

「いきなり呼び捨てか、カズマ。ちょっとゾクゾクするな……

 あれは魔王軍に協力している人間の一人だ。DT戦隊を名乗っている」

 

「何だそのクソダサネーミング……ん? 戦隊?」

 

「ここではない遠い場所から、女神に選ばれてやって来たとか。

 彼らは世界を救うべく、女神に特典という力を貰っている。

 それが本当かは分からないが、彼らは実際に強力な能力を持っているのだ」

 

 ダクネスの話をそこまで聞いたところで、背を向けてここを離れようとしたアクアの襟首を、カズマがガシッと掴む。

 

「おいアクア、どういうことだ?

 お前人選とかしっかりやってなかったのか?」

 

「バカねえカズマ。よく考えてみなさい?

 人選しっかりやってるなら、あんたみたいなひきこもりのダメ人間を選ぶわけないじゃない!」

 

「よく考えるべきなのは俺じゃなくてお前だぁ!」

 

「仕方ないじゃない! 仕方ないじゃない!

 善人選んで送っても、こっちの世界でグレて悪人になることあるんだから!」

 

 アクアも涙目になってカズマから離れようとしていたあたり、罪悪感と申し訳無さは感じているようだ。

 全知全能でもない身で人間を救おうとする神、人の世界を人の手で救わせようとする神の限界。その一つがこれなのだろう。

 

「それで、この街に何の用?」

 

「お前らも知っての通り、魔王軍はあの日からずっと光の正体を探してる」

 

「ああ、それは知ってるよ」

 

「オイラ達戦隊五人も、手の空いてる幹部さん達もだ。

 でも見つからない。そこでオイラは考えた。

 お前らが同じように、あの光の正体を探ってることを思い出したんだ」

 

「……それで?」

 

「お前らを絞り上げて、持ってる情報を引き出そうと思ってなあ」

 

 殺戮ではなく、情報収集が目的の襲撃。

 

「おいアクア。あいつあんなこと言って一人で来てるぞ。バカなんじゃねえの?」

 

「バカはカズマの方よ。特典のこと忘れてない?

 特典のチートがあれば、初心者の街に居る冒険者くらいなら楽勝よ。

 カズマが授かった私というチートを見れば、その凄さが分かるでしょ?」

 

「特典がアクアみたいに役に立たないものだとしたら、何故奴はあんなに自信満々なんだ?」

 

「ちょっとカズマ!?」

 

 カズマの疑問には、すぐに答えが出る。

 

「ここは既にアクセルの街中。

 デカい魔法は使えない、事実上のオイラのフィールド。

 警戒すべきはむきむき、お前ただ一人。……初撃で死ぬなよぅ?」

 

 パァン、と伸びのある音が鳴った。

 音は一つであると錯覚するものだったが、耳をすませば連続する音がひとつながりになっていただけだと、そう理解できる音。

 音が大気に溶けた頃、グリーンを囲んでいた冒険者の内十数人が、糸の切れた人形のように倒れ伏していた。

 むきむき含む何人かの冒険者は、腹か頭を抱えて痛みに声を漏らしている。

 

「な」

 

 カズマが何かを言う間もない。

 グリーンのよく分からない攻撃がまた発動し、十数人の冒険者達がバタバタと倒れ、一撃目で倒れなかった者達も倒れてしまった。

 前衛達の中で倒れていないのは、むきむきのみ。

 カズマ達もあわや倒されるかと思いきや、彼らの前に金髪の騎士が進み出て、彼らが受けるべき攻撃を一身に受け止めてくれていた。

 

「ダクネス!」

 

「無事か? カズマ、アクア、一旦下がるぞ。これは……危険だ」

 

 ダクネスの真面目な声に、カズマとアクアはダクネスに守られながら後ろに下がる。

 

「おい」

 

 そして、カズマはその声を聞く。

 その声がむきむきの声であると、カズマは一瞬分からなかった。

 猛獣の唸り声にも似た、自然と人が命の危険を感じる声色。

 腹を抑えて膝をつくめぐみん、頭を抑えて座り込むゆんゆん、そして二人を攻撃したグリーンを見て、むきむきの目に強烈な戦意が宿されている。

 

 冒険者稼業なんてものをやっているのだから、めぐみんやゆんゆんが痛い目を見たことも、たくさんあった。

 むきむきの前で二人が敵の攻撃を受けたことも、何度もあった。

 これが初めてというわけではない。

 

 それでも、むきむきは怒る。彼の性根が、そういうものであるからだ。

 

「ギアが入ったかな? さあさオイラと走ろうぜ!」

 

「くたばれ! 挑発にしては趣味が悪いぞ、魔王軍!」

 

「情報を引き出すのならさ!

 お前の前で彼女らをいたぶるのが一番だ!

 どの道オイラがやることなのさ! 理解したかい!?」

 

 ふっ、と二人が消えて、どこかで打撃音がする。

 むきむきは力のある一撃を捨て、フットワークに全力を注いだスタイルにシフトしている。

 グリーンは特にそういう工夫をしなくても、余裕でむきむきより速い。

 カズマは二人の戦いを遠目に見ていたが、あんまりにも動きが速すぎて、目で追うことさえ困難だった。

 

「クソ、ドラゴンボールみたいな動きしやがって……」

 

 カズマは冒険者カードを取り出し、取得を保留にしておいた千里眼スキルを取得する。

 視力がブーストされるこのスキルならあるいは、と思っての行動であったが、それでも目で追うのがやっとであった。

 

「アクア! なんだあれ!」

 

「グリーンが腰に下げてる時計が見える?

 あれは魔剣グラムとかとセットの『ステータス上昇神器』ね。

 グラムは筋力、あの時計は素早さ……といった感じに、ステータスを強化するの。

 あの時計は使用中に凄まじい加速をノーリスクで得られるわ。

 でも魔王が強化して、発動可能時間も加速量も伸びているみたい」

 

「なんだそれチートだろ!

 おいアクア! 今すぐお前をクーリングオフしてあれが欲しいんだが!」

 

「何よ何よ何よ! いっつも私を役立たず扱いして!

 あんな時計より私の方がずっと有能なのよ! わかってよー!」

 

 ミツルギがグラムの筋力上昇の力を得て、筋力特化の人間となったように。

 ダクネスがその趣味嗜好から、防御力特化の人間となったように。

 カズマのように、生まれつき幸運特化の人間であるように。

 グリーンもまた、素早さ一点突破型の戦闘スタイル。

 

 力任せにぶち壊すミツルギ、絶対に倒れないダクネス、最終的に勝っているカズマに比肩する、超高速スピードタイプであった。

 

「あれはスピードが凄いけど、それだけよ?

 百発や二百発殴ったところで、むきむきは倒せないと思うけど」

 

「……むきむきの攻撃が当たらないんなら、何百発でも殴れるだろうけどな」

 

 そういや地球の創作だとステータス特化の場合、スピード特化が一番人気だったなあ、とカズマは思い出す。

 そして、こんだけ強いならスピード特化の人気も当然か、と舌打ちした。

 カズマイトを投げてみるが、全然当たらない。

 

「俺の唯一の武器が、早くも雑魚専技と化してる!?」

 

「バッカねーカズマ。

 普通のスキルなら攻撃力も攻撃速度もレベルと一緒に上がるけど!

 爆弾の威力と攻撃速度なんて、良くも悪くも一定に決まってるじゃない!」

 

「お前はどっちの味方だ駄女神ぃっ!」

 

 デカい敵、頑丈な敵ならば爆弾の大型化でどうとでもなるだろうが、速い敵が相手だと今のカズマイトの仕様ではどうにもならない。

 グリーンもむきむきも速さがおかしい。

 両者共に手で投げる爆弾など当たりそうにもない速度だ。

 カズマはこの状況をなんとかするべく、むきむきに叫ぶようにして指示を出した。

 

「むきむき、なんとかそいつの動きを止めてくれ! そしたら俺がなんとかする!」

 

「! 分かった!」

 

 続いて、アクアにも指示。

 

「おいアクア! 仕事しろ!」

 

「何よカズマ。宴会芸を披露してあいつの目を引けってこと? 全く、期待してくれるわね」

 

「違うわ! お前支援魔法使えたろ! むきむきを強化するんだよ!」

 

「……はっ、そうだわ! 私支援魔法が使えるんだった!」

 

 アクアの支援魔法がむきむきの身体能力を強化する。

 パワー、スピード、テクニックに関わるステータスがぐんと伸びた。

 むきむき当人が驚くほどのステータスの上がり幅。数秒前までグリーンのスピードに食らいつくのが精一杯だったむきむきが、完全に互角、いやそれ以上の戦いを展開し始める。

 

「支援魔法、一つでっ……!?」

 

 スピードはまだグリーンの方が速いが、技と力に差がありすぎる。

 グリーンは肩を抑えられ、地面に縫い止めるように抑え付けられた。

 カズマは言った。『俺がなんとかする』と。

 

「カズマくん、今!」

 

「ちょっと動き止めたところで、オイラを倒す手立てなんて―――」

 

「『スティール』!」

 

 その言葉を、彼は現実にする。

 

 グリーンが腰から吊り下げていた時計の神器が、カズマの手の中に落ちた。

 

「あ、盗れた。意外に強いなこのスキル」

 

「は?」

 

 "神器持ちの転生者の戦闘能力は神器に依存する。あるいは神器を核としている"。

 人間勢力・魔王軍問わず転生者が持つその弱点に、突き刺さる天敵のような技がある。

 それが、()()()()()()から放たれる武器奪取(スティール)であった。

 

「しまっ……!」

 

「取り押さえろおおおおおおおおっ!!」

 

 グリーンはむきむきから離れて逃げ出そうとするが、そこに冒険者が次々飛びかかって伸し掛かり、山のようになってグリーンを抑え付ける。

 誰も彼もが、先程グリーンにボコボコにされて倒された冒険者達だった。

 

「んなっ……バカな!

 一部のやつはオイラが内蔵破裂になるくらいの強さで殴ったはずだ!

 この数の人間を、あの傷の深さで、こんなに早く回復できるわけがない!

 いやそもそも、あの傷であの人数なら駆け出しプリーストじゃ魔力が―――」

 

 目を離したちょっとの間にこの人数をこの早さで完璧に治すなど、まさに神業。

 その神業を鼻歌交じりにやる女が、ここには居た。

 

「『ヒール』! ……え、そこの人なんか言った?」

 

 アクシズ教徒の信仰心をパワーに変えるアクアに、魔力切れの可能性はない。

 グリーンが一時はほぼ全員倒していたはずの冒険者達が、今では一人残らずピンピンしている。

 女神アクアの無限回復。味方にいれば、これほど心強いものもなかった。

 

「……お前は、あの時、オイラをこの世界に送り出した……!?」

 

 その女を目にした瞬間に、グリーンは目を見開く。

 この世界の人間であれば、アクアを見ても何も思わないだろう。

 アクアが女神を名乗っても、信じないだろう。

 女神としてのアクアを知る者でさえ、女神アクアがこの世界に降臨するだなんていうイレギュラーを想定できないがために、これが女神アクアであると信じられない可能性が高い。

 

 だが、他の誰でもない、転生者であるならば。

 転生の際、女神アクアを見た彼らならば。

 余計な前知識を持たない彼らならば。

 アクアを見るだけで、それが本物の女神アクアであると理解できてしまう。

 

「めぐみん、ゆんゆん、大丈夫!?」

 

「大丈夫ですから、そんなに心配しないで下さい」

 

「今はむきむきの方が怪我が多いわ。アクアさーん、むきむきにもお願いします!」

 

 アクアがむきむきの回復にも動いたのを横目で見つつ、カズマは冒険者カードを操作。

 前々から取得しようと思っていたスキルを、サクサクと習得していった。

 

「弓スキルと狙撃スキル取得、と。悪い、ちょっとその長弓貸してくれ」

 

「ん? ほれ」

 

 カズマは近くに居た冒険者から大きな弓を借りる。

 グリーンから奪った時計を手の中で転がしてみるが、ほとんど重さも感じられない。

 その感触に、カズマは神器というものをなんとなくに理解する。

 重さが無いためか、まるで時間そのものを手に乗せているかのような錯覚があった。

 

「狙撃」

 

 カズマは街の入り口にまで移動し、時計を矢の先に括り付け、発射。

 冒険者のステータスとスキルを前提とした剛弓は括り付けられた時計ごと、矢を遥か彼方まですっ飛ばす。

 

「超、エキサイティン……なーんてな」

 

 そして時計と矢は、アクセルからそこそこ離れた場所の『肥溜め』に落ちた。

 

「あ……あああああああああああっ!?」

 

 グリーンが馬鹿力を発揮して、魔力も筋力も総動員して、冒険者の下から必死に這い出す。

 そして、泣きそうな顔で全力疾走。向かう先は当然、時計が沈んでいった肥溜めだ。

 

「何してくれてんだてめええええええええええええっ!!!」

 

 グリーンは肥溜めに辿り着き、肥溜めをバシャバシャとかき回しながら時計を探している。

 糞尿まみれで泣きながら時計を探すその姿を、哀れと言わずなんと言うのか。

 ようやく矢を見つけたと思ったら、時計は既に矢から外れていて、また時計を探し直し。

 そんな悲しい繰り返しに没頭するグリーンに、グリーンにボコボコにされた冒険者達でさえ、同情の目線を向けざるを得なかった。

 

「おーいめぐみんだっけ? 確か凄い攻撃魔法が使えるんだよな。

 わざわざアクセルから遠く離れた場所まで誘導してやったんだから、一発で決めてくれよ?」

 

「……げ、外道……」

 

 もはや冒険者達は、魔王軍より恐ろしいものを見る目でカズマを見ている。

 

「正直これで仕留めるのは申し訳ないと思いますが……恨まないで下さいよ!」

 

 放たれる爆裂魔法(エクスプロージョン)

 

 クソマさんは特別な技能を何一つとして使わないまま、クソ野郎と言われても仕方ない戦術で、戦いをクソゲーにする能力持ちのグリーンを、皆と共に完封してみせるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グリーンは死んだのか。

 否、死んではいない。

 確殺のあの状況から、グリーンを助けた者が居た。

 

「助けられちゃったなあ、ピンク」

 

「なになに。恋人を助けるのに理由は要らないのさ」

 

「……ありがとう」

 

 アクセルの街で直接的に動く者。

 闇に隠れ、その者を人知れずサポートする者。

 今回のお仕事は、この二人がセットで当たっていたのだ。

 グリーンが捕まりそうになっても、殺されそうになっても、罠にはめられそうになっても、最終的にはピンクが動くことになっていた様子。

 

「それにしても、何があったんだい?

 ボクは君がこんなに早くにやられるとは思っていなかったのだが」

 

「……最悪、かもしれない」

 

「詳しく」

 

「女神アクアだ。女神アクアが居た。オイラがあれを見間違えるわけがない」

 

「……ほほう」

 

「至急連絡を。セレスディナ様に、知らせないと」

 

 緩やかに、戦いの流れが動き出していた。

 

 

 




 女神アクア様の顔を知っている敵が居る問題

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