「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 紅魔の里を出るシーンで、里を出る瞬間をキンクリしてそこに仕込みを入れておく系ギミック。里長からいつスクロール貰ったんだっけ、みたいな話です


2-8-3

 ミツルギが最前線に行っておらず、王都周辺に留まっていたのは、むきむきにクレメアとフィオが明かした情報を思い出せば分かる。

 彼は魔王軍の謀略の被害にあった冒険者の説得に動いていたのだ。

 王都の危機に奇跡的に居合わせた彼は、王都でアイリス並みの連続戦闘を敢行。

 連れの二人が疲労とダメージで脱落する中、彼は一人でも戦い続けた。

 

 アイリスが休憩できるだけの余裕が出来たのは、彼の奮闘の影響も大きい。

 ミツルギは戦いの前半で王都外部での遊撃、後半では一般人が集まる避難所の護衛を努めた。

 当然ながらアイリス並みの長時間連続戦闘に、転生者も仕留める魔王軍の苛烈な攻撃が合わされば、グラムがあってもただではすまない。

 軽くではあるが、実は幹部とも交戦してしまっている。

 

 今のミツルギは、疲労困憊で満身創痍だ。

 

 アイリスは前日の戦いで、消耗した状態で魔王の娘に強化された魔王軍幹部との多対一を強いられ、既に完膚なきまでに敗北している。

 その状態で夜通し激戦を繰り広げたせいで、今は平常時の強さが見る影もない。

 クレアの見立ては正しい。今のアイリスに期待するのは酷だ。

 

 アイリスもまた、疲労困憊で満身創痍。

 

 むきむきも黄金竜戦、翌日にイエロー初戦、その翌日にイエロー二戦目、イエロー二戦目終了直後に馬車で丸一日疾走、その後王都で連戦というブラックスケジュールの影響が出始めている。

 ベルディアに打ちのめされ、彼もまた疲労困憊で満身創痍だ。

 

 彼らはここにダクネスを加え、ベルディア含む山のような魔王軍を打倒する必要があった。

 

 空は陽光一つ見えない曇り空。

 魔法で引き寄せられた暗雲立ち込める、魔王軍が有利な世界。

 昼夜問わず、アンデッドは太陽を恐れず跋扈する。

 太陽さえも、人の味方になってはくれなかった。

 

 

 

 

 

 前門のベルディア、後門のアンデッド。

 しからばベルディアを足止めし、その間にアンデッドを全滅させて、四人全員でベルディアに挑むのが最良の策だ。

 四人全員、その認識で一致していた。

 

 アンデッドを受け持ちつつ合流してきたダクネスの援護、兼アンデッドの殲滅にむきむきが動く。アイリスとミツルギがベルディアに挑む布陣で行くようだ。

 

「魔剣の勇者ミツルギ、前に聞いた武勇伝の通りの活躍を期待します」

 

「お任せ下さい、王女様。友情、努力、後は勝利だけですからね」

 

「……?」

 

 何言ってんだこいつ、的な感情がアイリスの中に湧き上がるが、戦いで気持ちが高ぶって変なことを言ってしまったのだろう、と彼女は判断した。

 聖剣を握り、魔剣を握り、少女と少年はベルディアへと飛びかかる。

 

「エクスプロード!」

 

 アイリスはなけなしの魔力を絞り出し、聖剣より光を放つ。

 光はベルディアの構えた剣に直撃するも、魔王の加護を受けたベルディアを押し切るには至らない。

 

「ぬるい!」

 

 ベルディアの鎧は光によってところどころが焦がされていたが、ダメージは無さそうだ。

 アイリスの攻撃を受けた剣に、ミツルギが更なる斬撃を重ねる。

 ベルディアは剣技でそれを器用に受け流したが、『魔剣一万キログラム』の一撃はあまりに重く、危うく剣も腕も持って行かれそうになってしまう。

 

「む」

 

 ミツルギはこの超重量魔剣を、手足のように扱えるようになっていた。

 恐るべき筋力。恐るべき練習量。

 この二週間にどれほどの修練を積んだのだろうか。

 

 普通に受ければ剣も胴体もまとめて両断される、と判断したベルディアは、受け方を変える。

 ベルディアは足元に隙を作り、ベルディアの防御の隙間を狙いたいミツルギはそこに攻撃を誘導されてしまい、跳躍したベルディアに容易く斬撃をかわされてしまった。

 

「パワーだけでどうにかなると思うな!」

 

「ぐあっ!」

 

 ベルディアは跳躍したまま、ミツルギと同時に接近してきたアイリスの剣を大剣で受けつつ、空中で回し蹴りしてミツルギの顔面を蹴り飛ばす。

 ミツルギは吹っ飛び、ベルディア直属アンデッド軍団と戦うむきむきの横まで転がってきた。

 

「ダクネスさん、あっち援護お願いします!」

 

「分かったって何をお前うああああっ!?」

 

 むきむきは横に居たダクネスを、アイリスの横まで投げ飛ばす。

 危なっかしく着地したダクネスは、ダスティネスの裔として、そこで王族(アイリス)の盾となるべく剣を構えた。

 

「くっ、このぞんざいな扱い、何かに目覚めそうだ……!」

 

「ララティーナ、防御を!」

 

「アイリス様! 人前でララティーナはおやめ下さい!」

 

 組み合わせを変え、戦闘は続く。

 

「師父! あなたと別れてからの約二週間、その成果を見て下さい!」

 

 立ち上がったミツルギは、不死殺し(ターンアンデッド)が効かない不死(アンデッド)に向け剣を構える。

 

「ルーン・オブ・セイバー!」

 

 そして、強引極まりない破壊力の投射によって、その大半を一撃で吹っ飛ばしていた。

 10tの剣を軽々と振るって放つ斬撃、そこに魔力が付与されたソードマスターの一撃。

 攻撃力に関しては、間違いなく桁違いのパワーアップを遂げていた。

 

「凄いよ勇者様!」

 

「いえ、筋力もレベルもまだまだです!」

 

 以前のミツルギと今のミツルギを見比べれば、体が一回り大きくなったように見えるはずだ。

 そのくらいには、筋肉が付いている。

 残りのアンデッドも十体を切った。

 このまま押し切れるかと思われたが、事態は予断を許さない。

 

 アイリス達の方では、ベルディアが頑丈過ぎるダクネスの足に足を引っ掛け転ばしていた。

 ベルディアは各個撃破の利をよく理解しており、近場の建物の屋上に跳ぶ。

 ダクネスではそれについて行けないが、アイリスはついて行けてしまう。

 

「むきむき、アイリス様が!」

 

 建物の屋上で一騎打ちなど、あまりよろしくない賭けだ。

 むきむきはミツルギに残り数体のアンデッドを任せ、屋上に跳び一人戦うアイリスの横に並び立つ。

 

「来ないでくださいと、言ったのに」

 

「ごめんね、アイリス」

 

「絶交です、絶交! 許しません!」

 

「ええっ!?」

 

「許されたいって、またちゃんと友達に戻りたいって、そう思うのなら……

 この戦いの後に、王族の恩赦で許してあげます。ちゃんと生き残ってください!」

 

「うん、頑張ろう!」

 

 数歩では埋められない距離から、ベルディアは二人を指差した。

 

「二人まとめて、一週間後に死ねい!」

 

 瞬間、アイリスはむきむきを、むきむきはアイリスを蹴る。

 二人の蹴りと蹴りがぶつかり、二人は互いに反動で左右に吹っ飛んだ。

 死の宣告は空振り、二人は回り込むようにして左右からベルディアを挟撃。

 挟み撃ちで隙を生み出そうという作戦であった。

 

「俺の強みが剣と死の宣告だけだと勘違いした人間は、いつも同じ戦術を選ぶ!」

 

 対し、ベルディアは己が頭を頭上に投げる。

 

(!? 自分の頭を頭上に投げた!?)

 

 空に投げられた頭が、地上をじっと見ていた。

 構わず左右から挟撃し、角度をズラし、前後からの同時攻撃を仕掛けるむきむきとアイリス。

 だが、ベルディアは死角など無いと言わんばかりに剣を振るう。

 ベルディアは二人相手に競り勝ち、アイリスの頬、むきむきの太腿に同時に切り傷が刻まれた。

 

(奇襲完全無効に、360°視点……!)

 

 頭を上に投げることで、俯瞰の視点を作ると同時に、飛行技能を持たない人間から急所である頭を遠ざける奇妙な技。

 視点から得られる情報が爆発的に増えるため、敵全員の動きを見切る目と先読みできる戦闘経験があれば、不意打ちなどの不確定要素を片っ端から除去できる。

 戦い慣れしていればいるほどに、強さが増す技能であった。

 

 ゲームシステム的に言えば、主観視点(FPSSTG)俯瞰視点(SLG)に変えてしまうもの。一人だけ別のゲームシステムで対戦しているようなもの。

 反則(チート)の域に迫る工夫(テクニック)だ。

 

「師父!」

「アイリス様!」

 

 少し遅れて、ミツルギ達も合流する。アンデッドもようやく殲滅できたようだ。

 

「次は四人か? いいぞ、来い!」

 

 ベルディアは再度頭を頭上に投げる。

 

「そう何度も!」

 

「そう何度も、なんだ?」

 

「!?」

 

 頭を上に投げたなら、投げられた無防備な頭を狙えばいい。

 そう考えて跳び上がったミツルギであったが、跳び上がった自分の足首を跳び上がったベルディアに掴まれ、一瞬前まで立っていた場所に思い切り叩きつけられてしまった。

 

「ぐっ、あっ……!」

 

「俺の投げ上げられた頭は、迂闊な行動を誘発する囮としても機能する」

 

 意識が明滅するミツルギにベルディアの剣が振り上げられ、その剣がカバーに入って来たアイリスの剣を受け止める。

 アイリスの腕力もまた凄まじく、ベルディアの手が多少痺れる。

 が、こうして競るならまだベルディアに軍配が上がってしまう。

 ベルディアは思いっ切り大剣を振って、体重の軽いアイリスを投げ飛ばすように遠くに飛ばした。

 

「アイリス!」

「はい!」

 

 筋肉式高速移動。むきむきはアイリスが飛ばされた先に回り込み、アイリスに向けてハイキックを放つ。

 アイリスは空中で猫のように姿勢を整え、むきむきのハイキックに着地し、ハイキックを足場にして跳ぶ。

 筋肉物理学に基づき、"むきむきのハイキック威力+アイリスの跳躍力=アイリスがぶっ飛んでいくスピード"の計算式が成立し、アイリスは目にも留まらぬ速度で敵に向かって射出された。

 

 射出されたアイリスの高速剣閃にもベルディアは対応するが、初めて見る奇妙なコンビネーションに虚を突かれ、脛の部分に小さな切り傷を付けられてしまう。

 

「これは……!?」

 

「私のことも忘れるな!」

 

 痛みに悶えているミツルギの横を駆け抜け、ダクネスが体ごとぶつかるようにして攻撃を仕掛けてくる。

 その攻撃自体はみそっかすのようなものだったが、ダクネスがベルディアの攻撃を請け負えば、それがむきむきとアイリスが攻撃を仕掛けられる間隙となるのだ。

 

(またこの二人か!)

 

 むきむきが前、アイリスが後ろ、ベルディアから見るとアイリスの姿が完全に見えなくなるという奇妙なフォーメーション。

 アイリスはどこから来るのか。右か、左か、それとも上か。

 そこだけに気を付け、ベルディアはむきむきの拳を大剣で弾くが、なんとアイリスは『下』から来た。

 むきむきの股の下をくぐってきたのだ。

 

「!?」

 

 むきむきとアイリスの身長差は凄まじく、仲間の股下を通って攻撃するという奇策でさえ容易に可能であった。

 少年の股下を抜けてきたアイリスの切り上げが、ベルディアの鎧の胸にそこそこの深さの斬撃痕を刻んで残す。

 

 むきむきとアイリスの連携は、どこか奇妙だ。

 それも当然。

 この二人は共に戦う訓練も練習もしたことがないが、一緒に遊んだ回数だけは多い。

 ゆえに、二人の連携は戦士の連携ではなく、二人の子供が息を合わせて遊ぶ動きに近い。

 自然と奇を衒い虚を突く形となるのだ。

 

「う、お、おっ!」

 

 盾のダクネス、連携の二人がベルディアの足を止め、そこで復帰したミツルギが咆哮と共に切りかかった。

 魔剣一万キログラムがベルディアの構えた大剣に直撃し、受け流すことさえ許さずぶっ飛ばす。

 ベルディアの剣に、ヒビが入る音がした。

 

(どういう剣にどういう筋力だ!)

 

 またしても四人でベルディアに一斉攻撃を仕掛ける布陣。

 されど、数だけでベルディアは崩せない。

 

「お前は一週間後に死ぬだろう! 一週間後に死ね!」

 

 ベルディアは脅威にならないダクネスはほどほどに無視して、むきむきとアイリスに死の宣告を連射する。

 弾丸や魔法ならば叩き落とせるこの二人も、かわすしかないこの攻撃には手が出ない。

 

「もらった!」

 

 ミツルギは二人が死の宣告を引きつけている隙に接近、ベルディアを切り捨て―――ようとするが、突如現れた黒色の馬に体当りされ、跳ね飛ばされてしまった。

 

「馬……!?」

 

「デュラハンは『人馬一体』の魔性だ。知らなかったのか?」

 

 跳ね飛ばしたミツルギを仕留めるべく追撃に動くベルディア。

 ベルディアを攻撃で足止めしつつミツルギと合流するむきむきとアイリス。

 鈍足なので置いて行かれると合流にちょっと時間がかかるダクネス。

 

 今度は三対一の構図が出来上がった。

 

「それだけズタボロの体でここまで俺にくらい付けたこと、誇るがいい!」

 

 三人が三方向から踏み込んで、ベルディアがまたしても頭を投げての全方向迎撃を行う。

 むきむきの、ミツルギの、アイリスの体に、新たな斬撃の傷が刻まれる。

 

((( ここに! )))

 

 そんなピンチこそが、チャンスだった。

 三人は競って、競って、三人がかりでベルディアを追い詰め、ベルディアから余裕を奪い取る。

 そして、三人同時に全力の一撃をぶちかました。

 これにはたまらず、ベルディアも剣を盾にして防ぐしかなかったが、三人の筋力任せの一撃はヒビの入った剣をへし折り、粉砕することに成功するのであった。

 

「この筋力バカどもめぇッ……!」

 

「よし、これでベルディアの武器は奪えた!」

 

 勝った、とむきむきは思った。

 

 ベルディアの足元に転がる、無数のアンデッドの残骸を見るまでは。

 戦いの場所はいつの間にかに、先程ミツルギがベルディアの部下のアンデッド軍団を全滅させた、戦いの跡地に移動していた。

 

「……だが、保険をかけておいてよかった」

 

 ベルディアが部下の残骸の中から、迷いなく剣を拾い上げる。

 拾い上げられた剣は、ベルディアの両手剣スキルの対象となる上、先程までベルディアが使っていた魔剣と大差の無い魔剣だった。

 

「なっ……」

 

「街を攻めると、同じことを考えるやつは多いのでな。

 盗賊職の奴らはすぐに俺の剣をスティールしようとする。

 剣を取られたことはなかったが……部下の剣を使えばいい、という想定だけはしていた」

 

 ベルディアが人の街を攻める時などに連れて行く部下は、アンデッドナイト。

 騎士(ナイト)、即ち剣持ちのモンスターだ。

 ベルディアが部下をアンデッドの騎士だけで固めていたのには、理由があったのだ。

 まして今回は王都攻略戦。ベルディアも相当にガチガチに想定を固めた上で、ここに立っている。

 

「仕切り直しだな。お前達の奥の手はあといくつある?」

 

 少年少女の心が揺らぐ。

 体力、魔力、精神力、全てもう底を突きそうだ。

 失血もそろそろ危険域に入ろうとしている。

 これこそが、アンデッドと人間の差だ。

 

 アンデッドは失血死しない。疲労もしない。

 互角のまま戦い続ければ、アンデッドは人間に必ず勝つように出来ている。

 人を愛する神がアンデッドを嫌う理由は、こういうところにもあるのだ。

 

(幹部ベルディア。やっぱり、一筋縄じゃいかないか……)

 

 手詰まりが近い。どうしたものかとむきむきは頭を必死に回すが、そこで魔法で姿を消した女性が話しかけてくる。

 

「いいですか。私は小声で話しかけますが、あなたは返答をしないでください」

 

(! レインさん!?)

 

「準備に時間がかかりましたが……

 一度だけ、奴に致命的な隙を作ります。

 そこで、馬車の中であなたが言っていた、想い出の品を使って下さい」

 

(思い出の品……)

 

「いつもはバッグの中にしまっていて、今日はポケットの中にあるんですよね?」

 

 むきむきはポケットの上から、ポケットの中身を触る。

 

「こんな小細工が通じるのは一回だけです。

 チャンスは一回。そこで確実に決めて下さい。

 倒さないといけない幹部は、まだ沢山いるんですから」

 

 触るだけで、脳裏に蘇る思い出があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「旅の役に立てるといい」

 

 そう言って、里長たるゆんゆんの父は、むきむきにスクロールを手渡した。

 攻撃ではなく、命を繋げるためのスクロール。

 旅の途中、ドラゴンゾンビとの戦闘などで怪我をした時、このスクロールが役に立ってくれたものだ。

 

「ありがとね。弟を助けるために薬草取りに行ってくれて。

 本当は弟にもありがとうって言わせたかったんだけど……

 これは、私とどどんこからのせめてものお礼で、謝罪だよ」

 

「あー、その、ゆんゆんが旅の途中で死んだりとかしたら気分悪いからさ……

 あんた、男なんでしょ? ちゃんとしっかり守ってあげてよ、あの子のこと」

 

 ふにふらとどどんこから渡されたのは、アンデッドに対し特攻となる魔法の札。

 紅魔の里でも生産されるが、対悪魔の札ほど売れ筋ではない、そんな魔法の札だ。

 それでも値段は高く、子供の小遣いで買えるものではない。

 今日までバイトして、アンデッドに殺されかけたというむきむきやめぐみん、ひいてはゆんゆんのため、買っておいてくれていたのだろう。

 

 この二人、特に弟の命を助けられたふにふらの方は、むきむきに罪悪感と感謝の両方を向けている。彼女らもまた、数少ないむきむきを里の一員として認めている者達だった。

 

「しまった、お守りが被ってしまったか。このあるえさんとしたことが」

 

「被りなんて気にしなくても……」

 

「友情だろうが愛情だろうが、人は特別になりたいものだろう?

 贈り物をしてそれが特別でないだなんて、ショックで寝込んでしまうよ」

 

「あるえはいっつもあるえだね」

 

 彼女の同年代随一に大きい胸の胸ポケットには、むきむきから貰ったペンが差し込まれている。

 お気に入りのペンとして、今も使っているようだ。

 あるえが彼に旅立ちの餞別として贈ったのは、一つのものを指定してかける単体指定の呪いを、代わりに受けてくれるというお守りだった。

 

「しかもアンデッド対策という所まで同じ。被りすぎだよこれは」

 

「イスカリアのことで、僕結構心配かけちゃってたのかな。ごめんね」

 

 皆してアンデッドだの、呪いだの、よっぽどイスカリアの一件を気にしているようだ。

 分かりやすく彼の死を回避しようとしている。

 

「皆、君がどこかで野良デュラハンに殺されるんじゃないかと思っているのだよ」

 

「うぐっ、言い返せない」

 

 からかうようなあるえの口調。それが、少しトーンを落とす。

 

「……いや、うん、違うかな。

 この言い方は正確じゃない。

 私は君とそのデュラハンとの戦いの話を聞いて、怖くなったんだと思う。

 君がこの里に帰ってこないまま、どこかで呪いで死んでしまうんじゃないかと」

 

「あるえ……」

 

「いつも君をからかってる私が『死なないで』と縋り付いたら、君は信じるかな?」

 

「あるえはいい子だよ。生き死にをネタに嘘をつく子じゃない。疑うわけないじゃないか」

 

「……ふむ、君には私がそう見えてるのか。ま、しないんだけどね」

 

「あ、結局しないんだ……」

 

「私の抱擁が欲しければ、もうちょっとだけ好感度を稼がないと」

 

「ちょっとでいいんだ……」

 

 "いつの間にかまたからかわれてる"と、むきむきが呆れた顔をする。

 

 めぐみんは頭がおかしいとも言われるが、考えていることは分かりやすい。

 ゆんゆんも純朴で、考えていることは分かりやすい。

 なのだが、あるえの考えていることはよく分からない。少なくとも、むきむきには心の深い所を察することができない。

 

 あるえの言葉の裏にどういう感情があるのか、彼には察せない。

 飄々としている彼女は、彼に根っこの部分を見せない。

 少年が思っている以上にあるえが少年を好いている可能性も、好いていない可能性もあるが、それはあるえだけが知っていることだ。

 

「君が冒険の話をする。

 私がそれを参考に小説を書く。

 それはきっと……とても楽しいことだと、私は思うんだ」

 

「うん、楽しそうだ」

 

「だからちゃんと元気に生きて、無事に帰って来て、旅の話を聞かせて欲しい」

 

 今は、遠く離れていても。

 

「いってらっしゃい。私はいつまでも、君を待ってる」

 

 きっと、心は繋がっている。

 

 

 

 

 

 むきむきはこれらの使い捨て道具を普段バッグの中にしまっている。

 ドラゴンゾンビ戦でのめぐみんを見れば分かるように、これらの道具を使用しようと決めるのは、アクティブで豪快なめぐみんであることが多い。

 使ってこそのラストエリクサーとは言うが、そう言われても死ぬまで使えないのがラストエリクサーなのだ。

 むきむきはこういう使い捨ての思い出の品を、使いたがらないのである。

 

 それでも今回の戦いに際しポケットの中に入れてきたのは、魔王軍が一筋縄ではいかないことを、彼も分かっていたからなのだろう。

 ありとあらゆるものを積み上げ、組み上げ、ぶつける時が来たのだ。

 貰ったものでさえ、全てをぶつけなければ越えられない壁があるのだ。

 

 ぶっころりーに貰った靴は足に。

 ニート達に貰った紅魔族ローブは肩に。

 吸血鬼から貰ったベルトは腰に。

 こめっこから貰ったペンダントは首に。

 その中に収められた想いは胸に。

 幽霊から貰った勇気は右の拳に。

 

 それぞれ添えられて、今この時も彼を支えている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レインは分厚い雲に覆われた空を、魔王軍のアンデッド部隊を運用するために作られたステージを、強く見据える。

 "ウィザード"なら何もできないかもしれない。

 けれども、こんな状況を魔法のようにどうにかしてこそ、"魔法使い"だ。

 

「行きますよ……『コントロール・オブ・ウェザー』!」

 

 レインは昔、こう言われたことがある。

 「お前の魔法は名が体を表している」、と。

 その人は(レイン)の名と、彼女が発動した天候操作の魔法が、切っても切れないような関係に見えたという。

 レインの魔法は雲を散らして、アンデッドの弱点である太陽の光を王都に大量に降り注がせた。

 

 全魔力を投じた天候操作魔法。

 前も見えない(レイン)であっても、消し飛ばす自信が彼女にはあった。

 

「ぐ、あああっ!」

 

 天候操作で魔力攻撃と化した直射日光に、ベルディアが苦しむ。

 日光は、それ単体でもアンデッドを消し去ることがある神の恵みの象徴だ。

 王都に蔓延るアンデッド達が、陽の光によって弱り、消えていく。

 

「何をやっている、魔法部隊!

 戦いが終わるまで日光は通さないと、そういう作戦だったはずではないか!」

 

 これ以上のチャンスなど、あるものか。

 

「サポートお願いします!」

 

 むきむきが走り出す。

 右拳を握る。その上に札を貼る。幽霊から貰った勇気に、アンデッド殺しを纏わせる。

 ベルディアは苦しみながらも、頭を頭上に投げ、剣と指で少年を死に至らしめんとしていた。

 

(あと一回、私の中の全部を絞り出す気持ちで!)

(あと一回、そこに僕とグラムの全部を懸ける!)

 

「「 最後のトドメ、任せました! 」」

 

 爆裂魔法でめぐみんがぶっ倒れる時並みに、アイリスは限界を超えた魔力を絞り出す。

 

「ライトニングブレア!」

 

 放たれた飛ぶ光の斬撃が、指差そうとした左手を弾く。

 

「ルーン・オブ・セイバー!」

 

 放たれた魔力付与の斬撃が、ベルディアの剣を弾く。

 

 だが、ベルディアはその更に上を行った。

 

「バカが!」

 

「!」

 

 ミツルギが弾いた剣を、ベルディアは弾かれる直前に離していたのだ。

 剣はまた周囲の部下の亡骸から拾えばいい。それだけの話だ。

 フリーになった右手の指で、ベルディアはむきむきを指差している。

 

「一週間後に死ぬがいい、紅魔族!」

 

 一人に死の運命を与えれば、甘ちゃんなこの者達は絶対に全員動揺する。

 ベルディアは、そう確信していた。

 

「……何、だと!?」

 

 呪いを肩代わりするお守りを、むきむきが手にしているのを見るまでは。

 

「死なない!」

 

 むきむきはアンデッド殺しと化した右拳を振り上げた。

 ベルディアも近くの剣を拾い上げ、一手遅れて反撃に動く。

 

「一週間後にも、一年後にも、十年後にも、僕らは死なない!」

 

 交錯。

 衝突。

 先に動いて右の拳を振るったむきむきと、後出しで攻撃を追いつかせたベルディアの攻撃が、同時に当たる。

 むきむきの札付きの拳が、アイリスの付けたベルディアの胸の切り傷に当たり、鎧の胸部全体に大きなヒビが大きく走る。

 そして、ベルディアの剣は、むきむきの左の肘から先を切り飛ばしていた。

 

「むきむきさんっ!」

 

 アイリスの悲痛な声が響く。

 ベルディアに死ぬ気配はない。

 そして、むきむきにも止まる気配は無かった。

 

「我、久遠の絆断たんと欲すれば、言葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう」

 

 意味の無い詠唱。テンションが多少上がるだけの詠唱。

 無駄な詠唱が、彼のハートに気合いを入れる。

 厨二でかっこいい台詞を吐く時こそ、厨二でスタイリッシュな詠唱を紡ぐ時こそ、紅魔族の遺伝子はその心に力をくれるのだから。

 

「―――『ライト・オブ・セイバー』ッ!!」

 

 手刀がベルディアの胸に突き刺さり、背中まで貫通する光の一撃となった。

 

 あの日イスカリアと戦っていなければ、この決着はなかった。

 イスカリアとの戦いを生き残れたからこそ、この結果があった。

 ベルディアと初めて戦った者のほとんどが避けることができなかった『死の運命』を、少年達が覆す。

 

 死という海の上に貼られた綱、その上を、彼らは走り切ったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 むきむきは左手の切断面を抑え、青い顔で膝をついている。

 その正面、少し離れた場所で、ベルディアの体が消えていく。

 アイリス達はむきむきに駆け寄り、止血と手当を行いながら、むきむきを守るようにその周りに立っていた。

 

「神の力を借りるプリースト。

 神が力を与えて導く勇者。

 そのどちらでもなく……ただの手刀に、ここまでやられるとは」

 

 ベルディアの声には、ここで死んでもいいという響きがあった。

 

「今までにも、俺の死の宣告を身を挺して受けた者は居た。

 その者達に、俺は騎士の鑑だと賞賛を贈ったものだが……

 いかんな、こういう時、こういう者にどういう賞賛を贈ればいいのか分からん」

 

「ベルディア……」

 

 勝ったんだ、と、人間達が思ったその時。

 

「じゃあ贈らなくていいだろ、そんな賞賛」

 

 どこからともなく、男が現れた。

 

「おっと、まだ死ぬなよベルディア。間一髪だったな」

 

「……ハンス?」

 

「!」

 

 その名に、むきむき以外の全員が聞き覚えがあった。

 

「気を付けて! こいつは魔王軍幹部の―――」

 

「"こいつ"? 違うだろ、"こいつら"だろ?」

 

 ハンスが小馬鹿にした笑みを浮かべて、そこかしこから次々と人影が現れる。

 人間が助け合うように、魔王軍も助け合う。

 人間のピンチに人間の助けが間に合うのなら、魔王軍も同様だ。

 それは、きっと当然のこと。

 

「まさか、これ、全部……」

 

「魔王軍の、幹部……?」

 

「ご名答。ベルディア、もうウォルバクが治してるだろ。さっさと起きろ」

 

「全く、人使いが荒い男だ」

 

 勢揃いする魔王軍の幹部。

 それどころか、せっかく追い詰めたベルディアも復活させられてしまった。

 

 あと一手。あと一撃。あと一人。

 あの時、ベルディアを消せるだけのアークプリーストさえ居れば、とミツルギは思わずには居られない。

 焼け石に水程度の話でも、それでも一人は減らせていたはずなのに。

 

「アタシはシルビア。ふふっ、美しく強いその子を吸収できるチャンスがようやくきたのね」

 

 万物を吸収し、無限に進化するグロウキメラ。

 

「ハンスだ。まあ冥土の土産に覚えとけ」

 

 都市規模の猛毒汚染すら容易に行い、幹部でも特に高い賞金を懸けられているデッドリーポイズンスライム。

 

「邪神ウォルバクよ。()()()()()()、紅魔族の坊や」

 

 むきむきにも見覚えがある、あの日めぐみんに爆裂魔法を教えた女性である邪神。

 

「部下が世話になったな。あたしがセレスディナだ」

 

 顔を覆う仮面にフードにローブ、声を変える魔法までも使用し、自分の姿も性別も完璧に隠している魔王軍工作員。

 

「数合わせの幹部、バニルである」

 

 そしてやる気が無さそうな、考えていることが全く読めない、目を離すと王都から人間を逃がす裏切り行為とかしていそうな、そんな曲者悪魔。

 

「そして俺が、デュラハンのベルディア。同じく魔王軍の幹部だ」

 

 ベルディアがその辺から剣を拾い、地に突き立てる。

 魔王城に辿り着くために倒すべき八人の幹部、その内六人がそこに居た。

 

「魔王様のご令嬢は?」

 

「すぐに来るってよ。外部をきっちり制圧して、一人も逃さないようにしとけってさ」

 

「相も変わらず隙の無いお方だ」

 

「お前はそれまで休んどけ。こいつらは俺の毒で殺しといてやるよ」

 

 ハンスが弱り切ったむきむき達に歩み寄る。

 ベルディアと同格の幹部であれば、死にかけの彼らなど赤子の手を捻るより簡単に殺すことができるだろう。

 ハンスは一歩踏み出し、何かを感知してピクリと動き、踏み出した足を戻す。

 するとそこに、魔法の斬撃が飛んで来た。

 幹部達がそちらを見れば、息を切らして駆けて来るゆんゆんの姿があった。

 

「それ以上むきむきに近付いたら、次は当てます!」

 

「ゆんゆん!」

 

 駆けつけた彼女の魔法は、幹部でも食らいたくないと思えるほどのものだった。

 ハンスは口笛を吹き、小指を立てる。

 

「なんだ少年、この女、お前のコレか?」

 

「ち、ちちち違います!」

 

「なんでそっちが答えるんだよ」

 

 友人以上には見えたんだがなあ、と慌てて否定するゆんゆんを見つつ、ハンスは顎を撫でさすっている。

 どうやらこのハンスという男、幹部のくせに性格が軽いというか、下世話な話に躊躇いがないようだ。案外、他の幹部も戦いの時には真面目なだけで、プライベートではだらしない者も居るのかもしれない。

 

(両陣営の主戦力が、一カ所に集まってるのか……)

 

 むきむきは痛む腕を抑え、呼吸を整え思案する。

 この状況は絶望的だ。だが、同時に倒さなければならない敵が一カ所に集まっている分、戦況が分かりやすくなったとも言える。

 

 めぐみんが居てくれれば、とも彼は思うが、彼女は既に今日の分の爆裂を撃ってしまっている。

 ゆんゆんが普段から欠陥魔法と言っている理由がよく分かる。

 この継戦能力の無さは、致命的だ。

 

「ごめんなさい、むきむきさん」

 

 アイリスはむきむきの腕の切断面の止血確認を終えると、彼に頭を下げた。

 

「あなた達に逃げて、と言ったくせに、何を言ってるかって思われるかもしれませんが……」

 

 寂しそうに笑って、申し訳なさそうに頭を下げて、悔しそうに拳を握る王女様。

 

「私、ピンチに友達が助けに来てくれる光景に、憧れてたんです」

 

 物語のような展開に嬉しさを覚える気持ちと、その果てにハッピーエンドを迎えられなかったことを悲しく思う気持ち、その両方があって。

 

「だから……ここで死んでも、悔いはありません。

 友達が、王都にまで来てくれた。それが、嬉しかった。

 あなた達の行動は、優しさは、無駄じゃなかったんです」

 

 アイリスらしい励ましだ。悲しい笑みの励ましだ。

 なけなしの肯定。むきむき達がここに来たことを後悔しないようにと、後悔を抱えたまま死なないようにと、アイリスが気を遣っているのが分かる。

 逃げられない死を前にして、他人の心を救おうとする。凡人にできることではない。

 アイリスは、正しく王族だった。

 

(ああ、なんでだろう)

 

―――冒険者は笑うんだ

 

(なんでこんな時に、僕は、テイラー先輩の言葉を思い出してるんだろう)

 

――――

 

「覚えてるか? 冒険者は笑うんだ」

 

「特に意図して笑う必要はない。いい仲間が居れば、自然と笑ってるもんだからな、冒険者は」

 

「いい仲間が居れば、戦いは悔いなく終わる。それが満足感だ。

 いい仲間が居れば、大体勝った気で終わる。それが達成感だ。

 後悔して勝つことも、満足して負けて死ぬこともない……と、俺の先輩は言ってた」

 

「ま、俺は信じてないけどな。けど、

 『こいつと一緒に負けるなら悔いはない』

 『こいつと一緒に戦えばきっと勝てる』

 と思える仲間を見つけるってのは、一番大事なことだと思う」

 

――――

 

 あの日、先輩冒険者のテイラーから聞かされた冒険者の心得の一つを思い出す。

 むきむきは、何故自分が今のアイリスの言葉でテイラーのことを思い出したのか理解し、アイリスの悲しい言葉を補足した。

 

「そうじゃないよ、アイリス。それだけじゃ半分なんだ」

 

「半分?」

 

「いい仲間が居れば、戦いは悔いなく終わる。それで満足感が得られる。

 いい仲間が居れば、大体勝った気で終わる。それで達成感が得られる。

 こいつと一緒に負けるなら悔いはない、こいつと一緒に戦えばきっと勝てる……

 冒険者はそう思える仲間を探して、見つけて、ずっと一緒に旅をしていくんだ」

 

「仲間……」

 

「今は僕達が、アイリスの仲間だよ」

 

 アイリスを励ますためだけに、こんなことを言っているのではない。

 彼は自分自身にも言い聞かせている。

 駄目な自分を、ヘタレそうな自分を、他人に貰った自分の言葉で勇気付けようとしている。

 

「行こう。勝とう。

 満足して死ぬだけじゃなくて、ちゃんと勝とう。

 君のその気持ちを、完全なものにするために」

 

「まだ、諦めないのですか」

 

「どうせ負けたら死んじゃうんだから、勝つか負けるかまで一生懸命やってみない?」

 

「……一生懸命。はい、そうですね、一生懸命!」

 

 アイリスが気合いを入れる。

 

「勇者様、行けますか?」

 

「もちろんですよ、師父」

 

 ミツルギも気合いを入れる。

 

「知ってますか師父? 冒険者は笑うんだそうですよ。

 ここに来てすぐの頃の僕に、ギルドの登録の仕方を教えてくれた人から教わったんです」

 

「……うん、知ってる。僕も先輩冒険者から聞いたことがあるよ」

 

 奇縁というものはあるらしい。人間、どこでどう繋がってるか分からないものだ。

 

「レインさん、ダクネスさん」

 

「手は尽くします。でも、期待しないで下さい」

「追い込まれた窮地ほど心は奮い立つ。防御は任せろ」

 

 地味に"やるべきことをやる"ことだけを心に決めているものの、実は内心ちょっとこの状況にヘタれていたレイン。

 あまり動揺もなく、勇壮に振る舞う理由を探していたダクネス。

 二人もまた、心の状態のスイッチを入れ替えたようだ。

 

「むきむき、その、その手……」

 

「その話は後でゆっくりしよう、ね?」

 

「でも」

 

「僕の左手より頼りになるゆんゆんに、僕の左手の代わりを頼んでいいかな?

 頼りすぎるのはどうかと思うけど、ゆんゆんはもっと頼っていいって言ってくれたからさ」

 

 ゆんゆんははっとして、自分が言ったことを思い出して、奮起する。

 

「わ、分かったわ! 明日からはずっと私がご飯を食べさせてあげる!」

 

「いやそういう意味で言ったわけでは」

 

 むきむきが一人一人励ますことで、一人一人が戦意を取り戻していく。

 諦めない限り、生存の可能性は0にはならない。

 ただ、極端に低いままなだけだ。

 

「話は終わりか」

 

 ベルディアが一人、剣を携え彼らと向き合う。

 

「幹部全員でかかる気はない。

 それは流石に、畜生にも劣る行いだ。

 せめて先程まで戦っていた俺が、この剣一つで介錯しよう」

 

「ありがとう騎士様。でも、遠慮しておくよ」

 

 これで終わりか、と思っていたかもしれない。けれど励まされた今、誰もそうは思っていない。

 もう駄目か、と思っていたかもしれない。けれど励まされた今、誰もそうは思っていない。

 死ぬ、と思っていたかもしれない。けれど励まされた今、誰もそうは思っていない。

 今は誰も、その心に弱音など浮かべていない。

 それはアンデッドが忘れた、"命ある限り前に進み続ける"という生者が魂に持つ心意気。

 

「ベルディア! 僕らは最後の最後まで、投げ出したりなんかしない!」

 

「その心意気や良し! 来い、本当の意味での勇者達よ!」

 

 何もかもが終わるか、そう思われたその一瞬に、奇跡は起こる。

 

 

 

 

 

 世界を揺らがすような魔力、"世界そのものより格上なのではないか"と思わされるほどの絶大な魔力が、『世界に降臨』した。

 

 

 

 

 

 魔力に鈍感な者は気付かない。

 魔力に敏感な紅魔族は驚愕する。

 悪魔、邪神、アンデッドも戦慄する。

 特に悪魔とアンデッドは、そこに『己の天敵のようなものの気配』を感じたようで、身震いしてしまった者も少なくなかった。

 

「―――あ」

 

 もしも、世界に感覚があったなら。この瞬間に悲鳴を上げたことだろう。

 何かが壊れた。何かが入って来た。何かが変わった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()何かが、世界の中に無理矢理ねじ込まれてきたのだ。

 この世界にあった運命や未来が、一瞬で全て根こそぎねじ曲がっていく。

 

 シェイクスピア風に言うのであれば、『世界の関節は外れてしまった』。

 残酷なものが山ほど積み上げられたこの世界に、何もかもを覆して、何もかもがひっくり返される切り札(ジョーカー)が二枚投入される。

 新品で購入したトランプ然り、ジョーカーとは二枚でワンセットであるものだ。

 

「なんだ、これは……!? 魔力……いや、違う、神気……!?」

 

「は? なんだ、どうした?」

 

 幹部にはそれを感じられた者も居て、感じられない者も居て。

 彼らの注目と意識は既に、ボロボロのむきむき達には向けられていない。

 

「世界にそのままの格で降臨できないほどの存在。

 それが世界に無理矢理に顕れて、世界の枠に収まるよう、強制的に力が流出した……?」

 

「どういうことだ、ウォルバク」

 

「分からないわ。でも……真実がなんだったとしても、きっとありえないことよ」

 

 一番深刻な顔をしているのは、邪神ウォルバク。めぐみんに爆裂魔法を見せ、むきむきとめぐみんの命を救ったあの女性だった。

 幹部の戸惑いが消えない内に、彼らの下に魔王城からの伝令がやって来る。

 

「緊急の通達です! 幹部は全軍を率いて大至急帰還せよ、とのことです!」

 

「何!?」

 

 魔王軍が目に見えた勝利を手放すくらいには、異常な事態が起こっているようだ。

 

「バカな、あと少しでベルゼルグを完全に落とせるのだぞ!

 優勢とはいえ、我々はまだ完全には勝ちきってはいない!

 ここで退けばすぐに立て直される! 誰だ、そんな頓珍漢な命令を出したのは!」

 

「占い師の預言者様です。魔王様との連名でこの命を出しておられます」

 

「……何?」

 

 幹部はほぼ全員がその命令に反発しかけていたが、命令を出した者が誰かを聞くと、その瞬間に無条件でその反発をどこかへ投げ捨てていた。

 

「預言者様からの伝言があります。

 『アクセルの地に大きな光が落ちた』

 『今までは占いでも魔王軍の勝利だけが見えていた』

 『だが、今は見えない』

 との、ことです。そ、それと……その……」

 

「なんだ、はっきりと言え」

 

「……にわかには、信じられないことですが……

 ……『魔王様が倒される未来の可能性が僅かに見えた』、と……」

 

「―――!」

 

 幹部にも、そしてそれを聞いていたむきむき達の間にも、衝撃が走る。

 今この世界に一体何が起こっているのか? おそらく、今この世界でそれを知っている者は、たった二人しか居ない。

 

「伝令です!」

 

「今度は何だ!」

 

「最前線の砦に居たはずの戦力が、王都包囲部隊を外側から攻撃しております!」

 

「何だと!? バカな、散り散りになったはずでは……」

 

「し、信じられないことですが!

 王族や勇者達が、それぞれバラバラになった兵士達を守っていたようです!

 ベルゼルグ王、ジャティス王子、勇者達等ほとんどが健在!

 一人一人が数十人から千人弱の兵士を守って王都まで連れて来た模様!

 なので、散り散りにはしたものの、その後の追撃で与えた被害はほとんど……!」

 

「!? これだからデタラメな個の戦力の集団は……!」

 

「奴らは叫んでこちらに襲いかかって来ています! 『ベルゼルグなめんな!』、と!」

 

 王と王子が健在、という部分でアイリスが花のような笑みを浮かべる。

 ベルゼルグなめんな、という部分で、ダクネスが凛とした笑みを浮かべる。

 この世界の人間は、どいつもこいつも結構しぶとい。

 そのしぶとさが、諦めずに食らいつき続ける姿勢が、誰も想像していなかった未来に繋がりつつあった。

 

(……魔王様に、()()占い師の判断だ。

 預言者の言葉は、大体の場合において正しい。

 されど、こいつらは行き掛けの駄賃で倒せる人間ではない……

 今ここで仕留められなければ、確実に未来に魔王軍を脅かす。だが……)

 

 ベルディアは迷う。

 魔王の命に、占い師たる預言者の命。

 王都はもう落ちる寸前。

 けれども、王都を囲む軍の後背を王族や勇者達が突いているというこの状況。

 絶妙な"上手く賢くやろうとしたのに上手く行かない"感。

 それもこれもあの神気の持ち主が、突如世界に現れたのが原因だ。

 

 魔王城に居れば、あるいはここから遠い土地に居れば、アクセルの街に出現した神気の気配などほとんどの幹部が感じていなかっただろう。

 されど、ここは魔王城よりも遥かにアクセルに近いベルゼルグ王都。

 幹部全員が、その神気の出現と、その神気に恐れ慄く仲間達の姿を認識していた。

 

「撤退すんぞ。あたしらは魔王様の手足。そこだけは揺らがないはずだ」

 

 セレスディナが、そう言って。

 魔王軍幹部達は、撤退していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この後には生還を喜ぶむきむき達の姿、じゃれ合うむきむき・アイリス・ゆんゆん等の姿、特に意味もなく胴上げされるレインの姿などが見られたが、それは脇に置いておこう。

 そんなものよりも、見るべきものがある。

 見るべきものとは、撤退していく魔王軍と、それを街の外壁の上から見つめる一人の少女の勇姿のことだ。

 

 ある者は爆裂魔法の存在を知らなかった。

 ある者は爆裂魔法の存在を聞いていたが、失念していた。

 ある者は爆裂魔法やめぐみんのことを把握していたが、一日一発という縛りを知っていたがために、今日はもう安全だと思い込んでいた。

 

 そんな魔王軍を、街を囲む壁の上から、めぐみんが見下ろしている。

 

「いやあ、国の負担で爆裂魔法を撃てるなんて最高ですね」

 

 めぐみんはクレアから許可を貰い、王城に溜め込まれていたマナタイト鉱石を片っ端からかっぱらっていった。

 マナタイト鉱石は、そこから魔力を引き出し術者の魔力消費を肩代わりすることができる。

 今の彼女の足元には、無数の使用済みマナタイト鉱石が投げ捨てられていた。

 

「むきむき。あなたがこの世界を素晴らしいと言うのなら、私はそこに爆焔を放りましょう」

 

 城が現在備蓄していたマナタイト全てを費やしても、たった一発しか放てない爆裂。

 

「その敵を、討つために。この素晴らしい世界に爆焔を」

 

 今のめぐみんの体内には、平常時の彼女の魔力上限を超えた魔力が渦巻いている。

 膨大な魔力のオーバーロードを、体内と杖の中で循環させて、展開した魔法陣の中に流し込む。

 普段の爆裂魔法よりも大きな魔力を、普段よりも大きな威力で、普段よりも精密な制御で。

 究極の威力を、極限まで絞り込む。

 

 めぐみんの視線が一瞬、狙いを定めた魔王軍ではなく、腕を切り落とされたむきむきの方に向けられた。その腕の血濡れた切断面に向けられた。

 視線が再び、魔王軍に向けられる。

 詠唱を終えためぐみんの声が、ほんの数秒、異様にトーンが落ちた声になった。

 

「ぶっ殺す」

 

 彼女がキレやすいことを。キレると怖いことを。

 

「―――『エクスプロージョン』ッッッ!!!!!」

 

 魔王軍の誰もが、知らなかった。

 

 

 

 

 

「ハンス様が吹っ飛んだ! 幹部のハンス様が吹っ飛んだぞー!」

「衛生兵、衛生兵ー! ウォルバク様重傷!」

「おいセレスディナ様どうなった!? あの人下級悪魔より脆いんだぞ!」

「シルビア様! シルビア様ぁ!!」

「撤退! 撤退急げー!」

「飛び散ったハンス様の破片には近寄るなよッー!」

 

 

 

 

 

 不意打ち爆裂は、魔王も倒せるかもしれないくらいの禁じ手である。

 神でも殺せる。成長すれば殺せない悪魔も居なくなる。

 連発すれば壊せないものなどなく、ゆえに人類最強の攻撃手段という呼称が相応しい。

 

「やっぱめぐみんは最高だよ……」

 

「師父、目を覚まして下さい。あれはキチガイの類です」

 

 これもまた、『爆発オチ』と言っていいものか。

 魔王軍幹部が固まっている所に、めぐみんの過去最大の爆裂魔法が叩き込まれた光景が、この戦争のフィナーレを飾った。

 どっちが勝ったんだか分かりゃしない。

 

 めぐみんは安定して頭のおかしい紅魔族であったが、彼女が爆裂魔法をぶっ放したその後には、謎の爽快感が皆の心に残されるのであった。

 

 

 




 次の話で二章終了。一章は爆焔一巻で、二章は爆焔二巻でしたよという話でした

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