「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」 作:ルシエド
ダクネス「めぐみん、私は去年何位だった?」
めぐみん「一位です」
ダクネス「今年は何位だ?」
めぐみん「(アニメ効果もあるし多分)一位です」
ダクネス「よしんば、私が六位だったとしたら?」
めぐみん「世界……一位です」
ダクネス「よし!」
めぐみんとゆんゆんの学校通いが始まった。
魔法が使えないむきむきは通えないため、必然的に三人が交流を深める時間も減っていく。
むきむきが労働に励む時間は、以前のものに戻ったようだ。
この学校は、魔法使いを育てる学校だ。
魔法を習得した時点で卒業となるため、全員が上級魔法職のアークウィザードになることができる紅魔族は、ここでまず上級魔法を覚えてから卒業していく。
下級生であれば知識を詰め込み、上級生になれば成績優秀者から順に魔法を習得する助けとなるスキルアップポーションを用い、立派な魔法使いとして育成されていく。
上級生であれば紅魔族の大人が周辺の森の強いモンスターを一掃した後、残った弱いモンスターを教師が手足を氷漬けにして生徒にトドメを刺させる、という形で経験値を稼がせる。酷い。
これが紅魔族である。
この学校通いに加え、めぐみん宅にはもう一つ変化があった。
めぐみんの両親であるひょいざぶろーとゆいゆいの間に、もう少しで第二子が誕生するらしい。
つまり、めぐみんはお姉ちゃんになるというわけだ。
弟か妹が出来ると聞いてからのめぐみんの張り切りようはめざましく、かつ微笑ましく、姉としての振る舞いを本で勉強し始めるほどであった。
ゆんゆん曰く、"姉になると分かってから急速に面倒見の良さが芽生えた"とのこと。
一方その頃、むきむきは。
「学校、頑張ってね」
寂しいな、とも本音を言うこともなく。
僕も一緒に学校行きたかったな、と言うこともなく。
どこか寂しそうな顔で、むきむきはいつでも二人を応援していた。
ゆんゆんもめぐみんも、それぞれ違う方面で鈍い少女である。だが、ゆんゆんは生まれ持ったぼっち属性から、目ざとく何かを感じ取っていた。
(魔法を使う才能が無いことを悩んでるのかな?)
当たらずとも遠からず。
"その問題を解決すれば大体どうにかなる"という意味では大正解。
そんなわけで、ゆんゆんのややズレた奮闘が始まった。
「と、いうわけで。原因を考えてみればいいと思うのよ」
「はぁ。つまりは、ゆんゆんの思いつきというわけですか」
「ゆんゆん……そこまで考えてくれてるなんて……! ありがとう!」
「と、とと、友達だもの!」
「どもらず『友達』と言うこともできないのですかあなたは? まあ学校でも友達居な……」
「めぐみん、それ以上口を開くようならその口を縫い合わせるわよ」
ゆんゆんが話し合いの場所として用意したのは学校の図書室。
目的として用意したのは、『むきむきの抱えている問題の解消』。
資料として用意したのは、この図書室の本である。
紅魔族の歴史上、むきむきのような存在が生まれた前例はない。
ならば、そこには理由があるはずだとゆんゆんは考えた。
突然変異にしても、むきむきはあまりにもかけ離れすぎている。
黒髪の民族に突如金髪が生まれることはない、ということだ。
「更に今回は、数年前に里の大人がむきむきについて話し合った内容。
その内容のメモ。その内容に対する考察。
そういうのを里の大人から聞いてきたの!
これで私達の考えが変な方向に行くことはないと思うわ。凄いでしょ?」
「ほう、ゆんゆんにしては手際が良いですね。
いや良すぎる。ゆんゆんが里の大人に一人で聞けるわけがないですし」
「族長さん経由じゃないかな、めぐみん」
「……ああ、なるほど。
ゆんゆんが一人で考えていたのを族長が発見。
族長が気を利かせて当時の話の内容を収集。
ゆんゆんに渡した、という流れですね。
基本話しかけられるのを待っているだけなのがゆんゆんですし」
「わあああああああ!!」
ゆんゆんがめぐみんに掴みかかろうとし、めぐみんがむきむきの影に隠れ、結果的にむきむきがめぐみんを守る壁となる。
「ぐっ……お、抑えて私……! 話を、先に、進めましょ」
大人達曰く、むきむきは生まれた直後から急速に大きくなっていったらしい。
太く長く成長して伸びていく骨格。毎日鍛えているわけでもないのに付いていく太く密度の高い筋肉。それらを万全に動かす神経系統、内臓器官、高性能な血液と細胞、強靭強力な肺と心臓。
そんな彼は、早くから里の話し合いの対象になっていたようだ。
当時の話し合いの記録によれば、原因と考えられたのは
・紅魔族の魔力吸収体質
・0に近い魔法適性
の二つであるらしい。
紅魔族は改造人間の末裔だ。そのため、性能を引き上げるためとんでもない体の仕組みを持っている。
その一つに、"寝ている時に急速に魔力を吸収する"というものがあった。
紅魔族は膨大な魔力を持つ。
魔力を使い果たしても、一度寝れば魔力はほぼ全回復する。
彼らは寝ている間に、周囲から急速に魔力を吸収するようになっているのだ。
……それこそ、魔力の自然放出が下手な子供だと、吸収し過ぎで「ボンッ」と自爆してしまうことがあるくらいに。
昔この世界を旅していた転生者の一人はそれを聞き、紅魔族に「お前ら中国製品だったの?」とか言ったとかなんとか。
このため、紅魔族は子供の内は『紅魔族ローブ』というものを身に付けて寝なければならない。
でなければ翌朝には北斗の拳の秘孔を突かれたモヒカンのようになってしまう。
大人達は、ここにむきむきの特異な体の原因を見た。
―――つまり、むきむきは魔力容量が非常に低いんじゃないか?
魔法の才能がないということは、魔力が少ないということ。
魔力が少ないということは、体内に留めておける魔力の量が少ないということ。
体内の魔力容量が少ないということは、すぐ「ボンッ」となるということだ。
幼い頃の紅魔族ローブを付けていない時、多少ウトウトした時でさえ、彼の体は自爆の危険に晒されていたのかもしれない。
そこで大人達は仮説を立てた。
―――むきむきの体格と筋肉は、その状況に適応したものなんじゃないか?
―――つまり、あの筋肉は魔力タンクで放熱板なんだ。
―――体内の魔力が許容量を超えると、超過分を筋肉が溜め込む。
―――筋肉が体内の魔力を吸い上げて、体外に放散する。
―――そうすればボンッとなることもない。
―――あの肉体は、命の危機に対して肉体が起こした、防衛的急成長なんじゃないか?
紅魔族の改造された体が、命の危機に対応して進化したのではないか、と。
―――まあ所詮仮説だ。証拠はないし、むきむきの体を調べた結果立てた推測でしかないな。
そうは言うものの、妄想好きで厨二設定好きな紅魔族のダメ大人達は、この厨二感あふれる設定が事実であると確信していた。その方がかっこいいからだ。
「―――っていう話になったらしいの」
「いかにも紅魔族らしい、頭のいいバカ感がありますね」
「めぐみん、バカとは言っちゃいけないと僕思うんだ」
地味にこの中で一番里の大人に敬意を払っているむきむきが、めぐみんを珍しくたしなめる。
「ですが分かりましたよ。真実とやらがね」
「え? めぐみん、仮説じゃなくて事実が分かったの?」
ふふふ、とめぐみんが不敵に笑う。
「いずれ最強の魔王として君臨するやもしれぬ私の部下となるべく生まれてきた。
あるいは、我が前世である破壊神の最強の部下が転生したものか。
くくくっ、血が滾りますね……既に私は最強の右腕を得ていたというわけですか……」
紅魔族節全開のめぐみん。
友人に平然と厨二設定を盛っていくめぐみんを、ゆんゆんは冷めた目で見ていた。
「めぐみんの前世がアリで、むきむきはそれを踏み潰しちゃったのかもね。
だから今生ではこんな罰ゲーム食らってるのかも。
だからめぐみんは同年代よりちっちゃくて、むきむきはめぐみんより大き―――」
「なんてことを言うんですか!? はっ倒しますよ!」
めぐみん母の「うちは代々色々小さい家系だから諦めなさい」という言葉がめぐみんの脳裏に蘇る。苦痛と絶望の言葉であり、親からの揺るぎない保証である。
小さいねー、なんて言われたならば戦争だ。
「その手の爪全部剥がすっ!」
「待ってめぐみん普通に怖い!」
あわやバトル開始か、と想われたその時。
止めようとしたむきむきに先んじて、めぐみんとゆんゆんの間に割って入る人影があった。
「どうどう、なぐみん、ゆんゆんをなぐなぐするのはやめたまえ」
「誰がなぐみんですか! って、あれ?」
「あるえ? あ、そっか。あるえは本の虫だったっけ」
割って入った少女に、めぐみんとゆんゆんは見覚えがあるようだ。
なのだが、むきむきには見覚えがない。
少女は二人が落ち着いたのを確認してから、ポーズを取ってむきむきに語りかけた。
「私はあるえ。紅魔族指折りの小説好きにして、いずれは上級魔法を操る者」
「これはご丁寧に。我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者です」
「君が噂に聞く彼か。……え、本当に私の一つ歳下?」
身長211cmッ! 体重250kgッ! 六歳ッ! 成長期ッ!
「よし決めた。君の呼び名はジャイアンだ」
「今『ジャイアント』から凄い安直にあだ名を決めたね?」
「冗談だよ。むきむき君」
「真顔で冗談言うタイプの人には初めて会ったなぁ……」
オシャレ眼帯。同年代と比べても早く成長している体。中性的な喋り方。真顔でのジョーク。この少女も、大概キャラが濃い。
「あるえじゃないですか。むきむき、あるえは私達のクラスメイトですよ」
「クラスメイト……いつもめぐみんとゆんゆんがお世話になっております」
「お世話はしてないよ。からかうことはあるけど」
「え!?」
「今君にしているみたいなことさ。分かるだろう?」
「……はい、すごくよく分かりました」
むきむきの顔が少し赤くなり、あるえがくすくすと笑う。
冗談を平然と口にできるタイプのあるえは、むきむきの天敵になり得る少女のようだ。
「からかったお詫びに、一つ助言をしてみよう。か細い希望だけれども」
そうしてあるえは、唇の前に人差し指を立て、ゆんゆんやむきむきが気付いていなかった、めぐみんが気付いていたが口にしていなかった可能性を、口にした。
「今の話を聞いた分には、レベル上げでどうにかなる可能性はあるんじゃないかな。
レベルを上げれば知力と魔力が上がる。ウィザードにはなれるかもしれないよ?」
里の外の森。
里に近く、何かがあればすぐ里の大人が駆けつけて来れる距離にある森だ。
学校の子供が先生に引率されレベル上げをしていたり、残念な美女がかっこいい木刀でかっこいいポーズを取る練習をしていたり、ストーカーニートがその美女の後をつけていたりする光景が見られる場所でもある。
むきむき、めぐみん、ゆんゆん、そして付き添いで来てくれたゆんゆんの母の四人が、この森にやって来ていた。
めぐみんは、無知なむきむきに一つ一つ知識を教えている様子。
「全ての生き物には、『魂の記憶』があるとされています」
「魂の記憶……」
「これが俗に言う『経験値』であり、敵を倒すことで我々が取得するものです」
めぐみんとむきむきは並んで歩いている。
太い木の根が地面から飛び出ている所があり、むきむきはめぐみんに手を差し出し、めぐみんはその手を取って、跳ねるように木の根を飛び越えた。
「経験値は肉体にも残ります。
経験値が残りやすい動物の肉を食べれば、経験値を得ることができる。
生きのいい野菜の炒め物を食べれば、経験値を得ることができる。
最上級の生物であれば、その血はスキルアップポーションになる。
倒して、食らう。そうすることで我々はレベルを上げることができるわけです」
少し離れた場所でゆんゆんが転びそうになり、むきむきが手の平をブンと振るうと、発生した突風が倒れかけたゆんゆんの体を押し戻す。どうやら転倒は防がれたようだ。
めぐみんが親指を立て、むきむきもそれに合わせて親指を立て、何が起こったのか把握できず混乱しているゆんゆんもとりあえず親指を立てる。
「とりあえず物は試しです。
スキル取得にはカードが必要ですが、後回しにしましょう。
今日はとりあえず、慣らしのレベル上げ体験というやつです」
「レベルを上げたら本当にどうにかなるのかな?」
「あるえの言う通り、可能性はあるでしょうね。
レベルが上がると、知力や魔力も上がります。
沢山レベルを上げればもしかしたら、程度の話ですが」
むきむきとゆんゆんは素直に希望を信じているが、ややリアリストのきらいがあるめぐみんは、これが無駄な作業であると理解していた。
この世界において、"普通は見えないもの"を可視化する技術は非常に高い。
ギルドに行き、冒険者になろうとする人間が調査用の水晶に触れれば、一瞬でその人間の能力や資質が可視化されるだけでなく、前科等までもが読み取られるという。
この世界は魔法等のスキルを習得する方法がスキルポイント制であり、スキルを覚えるための職業選択はステータスの数値基準で決められるという、かなりシステマチックな世界だ。
が、資質が無い者はスキルの習得が困難・不可能であるようになっており、当然ながら"ステータスが足りないから"の一言でなりたいジョブを得られない者も居る。
で、あるからして。この世界において、事前の資質調査は非常に重要だ。
ましてやここは、魔法に関しては世界一と言っていい紅魔の里。
そこで『魔法の資質が一切無い』と断言されたのだ。
むきむきが魔法を使える可能性は、彼が望む形でこの里に迎え入れられる可能性は、極めて0に近いと言っていい。
(無駄だと思っているというのに……何故私は、こんな無駄なことに付き合ってるんだか)
無駄だと思っているくせに、言わない。
時間の無駄だと知っているくせに、うきうきして動き回っているむきむきとゆんゆんを時折からかうだけで、二人から期待と希望を奪うことはしない。
何故言わないのか、めぐみんは自分でもよく分かっていなかった。
(私らしくもない)
言うべきことはズバズバ言うのが自分だろうに、と思うも、目を赤く輝かせているむきむきを見ていると、どうにも現実で希望を打ち砕く気が失せてしまう。
ふと視線を横に泳がせると、そこには「全部分かってますよ」という感じの顔で、めぐみんを微笑ましそうに見守っているゆんゆん母が居た。
めぐみんは恥ずかしそうに、親から貰った大きめの魔女帽子を深く被って目元を隠す。
「めぐみん、足元よく見ないと転ぶよ?」
「転びませんよ。ゆんゆんじゃあるまいし」
「!?」
それから数分後。
ゆんゆん母に引率された子供三人は、森の中で二匹の熊を発見した。
「あら、一撃熊……まだ残ってたのね。この前森の一撃熊は絶滅させたと思ったのに」
「ゆんゆん、ゆんゆん、あなたのお母さんが物騒なこと言ってますよ」
「聞こえない聞こえない」
「一撃熊……? 僕はあんまりモンスターのこと知らないんだよね」
一撃熊。
紅魔の里の外ではその攻撃力の高さから一撃熊の名に納得され、討伐報酬300万エリス(日本円にして300万円)というかなり高い賞金がかけられている強敵だ。
紅魔の里の一部では、大人が魔法を撃つと必ず一撃で死ぬために一撃熊の名に納得され、子供にとっては危険だが強い紅魔族にとってはそうではない経験値カモとして知られている。
「子供にはまだ危険だから、あなた達は……」
「むきむき、GO!」
「行ってきます!」
「ちょっ!?」
ゆんゆん母が子供達を下がらせようとしたその時には既に、めぐみんがむきむきを突撃させていた。そして、1ハクオロ(ハクオロさんが女性といいムードになってから1ラウンド終了するくらい)の時間が過ぎる。具体的にはクリック五回分くらい。
「はい、仕留めてきました!」
「瞬殺ぅ……!」
出会い頭のワンパンで熊の頭部が粉砕され、吹っ飛んで行った頭蓋骨が木に刺さる。
残った熊はむきむきのローキックで両足が根本から千切れ飛び、手刀二連で両腕が肩口から切り飛ばされていた。
むきむきはトドメは刺さず、なおも暴れる一撃熊の腹部を何度も踏んで大人しくさせ、両手足喪失と内臓破裂で動かなくなった熊のうなじを掴んで友達の前にまで持っていく。
「え、なんで持って返って来たんですか?」
「ゆんゆんとめぐみんにも経験値あげないと、って思って。
……ほら、その、皆でおそろいのレベルがいいなーって思ったんだけど、駄目かな?」
むきむきは照れた様子で微笑んで、そんなことを言う。
女性陣三人はドン引きであった。それが善意であると分かっていても、ドン引きであった。
日本で例えるならば、"友人がネットでエロ小説を書いているのを知らず、喘ぎ声パートを書いている友人を偶然見てしまった時"くらいにドン引きしていた。
「さ、トドメを!」
「……」
むきむきは基本的に心優しい。
が、そこまで頭がよろしくない。俗に言うところの『脳筋』のフシがある。
その上天然だ。脳筋で天然という合わせ技とはこれまた酷い。
子供は基本的に大人の行動を見て学び、大人の真似をするものだ。
むきむきも例外ではない。紅魔族の大人が魔法でモンスターの手足を凍らせ、弱い仲間にトドメを刺させる光景を何度も見てきた。その結果が、これである。
脳筋、天然、暴力、環境。
結果生まれたのは、手足をもいだモンスターを笑顔で、花束のように女の子に渡す男の子。
こわい。
「正直、ちょっと引きます。気持ちは嬉しいですが」
「ごめんねむきむき。これはめぐみんが正しいよ」
「ええ!?」
二人に控え目にたしなめられるむきむき。むきむきはゆんゆん母に目で助けを求めるが、ゆんゆん母はむきむきが真似をした大人の一人であるのに、しれっと言う。
「今日からばきばき君に改名する?」
むきむきは泣いた。
盛大に泣いた。
心から泣いた。
ゆんゆん母も後に二人の執拗な口撃に泣かされました。
なぐみんちゃんとばきばき君。これは血の雨が降りますね……