「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

26 / 63
 十巻エルロード描写のミソは、カズマさんの一人称なのでレヴィ王子の事実が微妙に隠されてることだと思うのです。
 「レヴィ王子も頑張ってるな」「いや、宰相の功績らしいぞ」「なんだそうだったのか」という市民の会話が事実なのかそうでないのか明かされず、王子が頑張っていたとしても民は宰相の手柄として見るんじゃないか、みたいな国の雰囲気といいますか。
 自国でも他国でもレヴィ王子の評価はクッソ低いようです、はい。


2-7-4

 思考実験に似た形で、仮定を置いて人を見てみよう。

 めぐみんの本質は爆裂で、王子の本質はギャンブルだ、と仮定を置くとする。

 

 めぐみんは精神的にも能力的にも攻撃に寄っている。人間関係も恋愛関係も、彼女は自分から能動的に働きかけ、ガンガンと変えていくタイプだ。

 短気な一面があり、精神的に爆発しやすく、後先考えずに何かに攻撃を仕掛けることも多い。

 

 レヴィ王子は賭けが好きだ。賭ける人間が好きだ。

 彼は賭け事で肝要なことは、賭けてはいけない額を賭けないことと、何に・誰に賭けるかということだと知っている。

 例えば国がベルゼルグに支援金を出さないと決めれば、それに頑と従いつつも、ベルゼルグに賭けるべきかどうかを自分の目で決める柔軟さも持っている。

 ゆえにか彼は安全な道だけを行く人間より、何かに懸けて何かを賭けて大きな結果を掴み取る、そんな人間の方が好きだった。

 

 王子はむきむきを気に入っていたが、彼と似通う性質を持つアイリスを気に入る可能性も高い。

 ……の、だが。

 アイリスと一度も話したことがなく、風聞でしかベルゼルグの王族のことを知らないレヴィ王子は、アイリスに結構な偏見を持っていた。

 

「見ろ、むきむき。今日のエルロードは一際盛り上がってるぞ」

 

「僕からすれば今日『も』だよ。毎日盛り上がり過ぎで、違いが分からないんだ」

 

 国営カジノの屋上――自殺防止のため関係者しか入れない場所――にて、ジュース片手にレヴィとむきむきが並んで手すりに寄りかかっている。

 めぐみんとゆんゆんがカジノで勝負を始めてしまったので、手空きになったむきむきと王子は夜風を浴びにきたのだ。

 

「僕が竜にさらわれる前の話の続き、する?」

 

「律儀なやつだな、本当に」

 

 そこから、竜に中断させられていた話が再開される。

 むきむきは、王子様が自分に何かを聞きたがっていたことをちゃんと覚えていた。

 

「お前なら誤魔化さない。嘘を付かない。

 男の視点からしか見えないものを言ってくれる。

 そう信じて聞くぞ。俺の許嫁、アイリスとやらはどんなやつだ?」

 

 レヴィはただ、自分が生涯を共にするかもしれない人物のことを、自分の生涯の伴侶になるかもしれない少女のことを、知りたがっていた。

 そうでなければ、消えてくれない小さな不安があった。

 

「笑顔が可愛い子だよ。多分、戦うことより、花を摘んでる方が似合いそうな女の子」

 

 むきむきは女の子としてのアイリスのことを語る。

 女の子が好きなものがだいたい好きで、可愛らしく、この上なく王女らしい外見をしていることなど、彼女の長所をつらつらと並べていく。

 アイリスのゴリラ列伝の部分でレヴィの顔は引きつっていたが、それ以上に女の子らしい部分や王族らしい部分をむきむきが強調したために、レヴィの中のアイリス像は大分女の子らしいものになっていた。

 

 アイリスのゴリラ列伝を強調すれば、アイリスのイメージはいくらでもボブ・サップやアンディ・フグ、あるいは稀勢の里に寄せることが出来る。

 だがむきむきの語り口により、アイリスは吉田沙保里的イメージではなく真っ当な美少女イメージを獲得していた。

 むきむきの気遣いが、アイリスの尊厳を守ったのだ。

 吉田沙保里スルートは回避された。

 

「いい意味で予想外だな。てっきりゴリラのような女だと思っていた。

 ベルゼルグ王族の話は、化物の見本市のようなものだとしか伝え聞いていなかったからな……」

 

「そうなの?」

 

「風の噂に聞く『可憐』『清楚』だなんてものが信じられるか。

 『可愛い』だなんて幼児並みの褒め言葉に至っては、お前が初めて言ったくらいだぞ」

 

「よ、幼児並み……あれ、というか、可愛いのがそんなに重要?」

 

「そりゃそうだろう?

 女は可愛いか美人かどちらかがいいに決まってる。

 愛嬌がある分、可愛い方がいいな。

 ああ、バカは例外だ。話の通じないバカと話しているとイライラする」

 

「あー、うん、その気持ちは分からないでもないけれど」

 

「ほう?

 『女の子の好みの話なんて分かりません』

 とクソ真面目な返答が返ってくると思ったが、意外だな。

 いや、冒険者をやっているのであれば普通にする話ではあるか」

 

「あはは」

 

 王子様は目敏い。

 むきむきが、例えるならば"修学旅行で恋バナが始まるとはぐらかす生真面目タイプ"であることを見抜いた上で、この返答が他人の影響であると当たりをつけていた。

 エロ本を手にして迫る先輩・キースとダストの影響であるとは口が裂けても言えないところだ。

 

「考えてみれば、女がどうのという話を他人としたのは初めてだな」

 

「そうなの?」

 

「仮にも王族だぞ、俺は。下世話な話など誰が振ってくるか」

 

「え、待って、それだと僕が下世話な話振ってるみたいじゃないか」

 

「両手に花で旅をしているお前が何を今更」

 

「そ、そういうのじゃないから!」

 

「で、お前はどっち狙いなんだ?

 見たところちっこい方を好ましく思っているようだが……

 大きい方もそれなりに好ましく思っているだろう。

 恋愛感情があると言うには微妙で、だが無いと言い切るのも難しい。

 胸がある方にしとけと言いたいところだが、どうしたものか。

 ……いやまさか、お前平民のくせに一夫多妻の道を……?」

 

「ストップストップストップストップ!」

 

 それっぽく誇張して言葉の洪水をぶつけてくるレヴィ王子に、むきむきは顔を真っ赤にして抵抗する。

 が、王子がくっくっくと笑っているのを見て、からかわれているのだと気付いた。

 赤くなっていた顔が、更に赤くなる。

 

「お前は紅魔族のくせに普通だな。まだこの国の方が変に見える」

 

 ここは夜空の下、地の光の上。

 手すりに体を預け、屋上から空の光と街の光を眺めながら、王子はジュースに口をつけた。

 

「エルロードは賭博で大勝ちした金で成り立った。

 金がこの国の土台であり、この国は金で動いている。

 金鉱山はあっても質は良くなく、カジノコインの素材がせいぜい。

 農産畜産林業漁業、その他諸々にも売りがない。

 土地が豊かというわけでもなく、国固有のモンスターが居るわけでもない」

 

 王子はジュースを飲み干して、コップの中の氷を一つ一つ噛み砕き始める。

 

「この国の食料消費の大半はカジノ周辺の外食だ。

 外食産業がべらぼうな量の食を回している。

 知ってるか? この国の食料自給率、いつの間にか一割かそこらなんだぞ」

 

「しょくりょーじきゅーりつ?」

 

「よその国からご飯の材料を買ってご飯を作る。

 じゃあよその国が材料くれなくなったらご飯作れないな、ということだ」

 

「なるほど」

 

「よくもまあ、あの宰相はこの国を立て直せたものだ……」

 

 尊敬、劣等感、諦め、信頼、そして仲間意識。レヴィが宰相に向ける感情は複雑だ。

 だがその中で最も強いものを挙げるのであれば、この国を共に守るという仲間意識だろう。

 

「エルロード? 神にして主(El Lord)

 名付けた初代の王はどれだけ思い上がっていたというんだ。

 そこだけを見れば王権神授の国や、女神エリスを崇めるベルゼルグの方がよほどまともだ」

 

 この国は、お世辞にもまともな国とは言い難い。

 

「だが、それでも」

 

 けれども、レヴィ王子は。

 

「俺はこの国が、世界で一番の国だと信じている。この国が好きだ」

 

 まごうことなく、エルロードの王子様だった。

 

「楽しい国だよね」

 

「ああ。賭博の国、ギャンブル狂いしか居ない国、そう呼ばれていても、この国は俺の誇りだ」

 

 眠らない街は、夜にこそ美しい。

 ぽつりぽつりと光が消える民家があっても、カジノの光が消えることはない。

 夜に煌めく光の街を見ていると、むきむきにもちょっとだけ、この王子様の気持ちが理解できた。

 

「今日はいいものを見せてもらった。いい話も聞けた。……感謝する」

 

 竜退治も。許嫁の話も。

 レヴィの認識を変え、心に変化をもたらすには十分な出来事だった。

 

「俺も少しはまっとうに頑張ってみよう。

 今はまだ、誰もが認めるバカ王子でしかないからな」

 

「うん、頑張って!」

 

「ならまずは、景気づけにカジノで荒稼ぎと行こうじゃないか!」

 

 その夜は、一人が大勝ちして、一人が大負けしたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の朝。

 

「ああ、むきむきの髪がやたらビシっと決まっていたのはそういうことだったんですか」

 

「うん、ヴァンパイアさん達にやってもらった」

 

 前日の夜から、めぐみんも違和感を感じてはいたのだ。

 前日の夜にむきむきのセットされた髪を見て、翌日洗われたことでへたっとしたむきむきの髪も見て、見比べてようやく髪の異変に気付けたのである。

 

「しかしこうして見ると、むきむきも結構髪伸びてますね」

 

「そうだね。僕は髪短いから、耳にかかったら切るようにしてたけど」

 

「迂闊でした。里を出る前に切っておけば手間も無かったのに」

 

「そのくらいはいいんじゃないかな?

 だってさ、これから何十回も僕らは里の外で髪を切ることになるんだ。

 里の外で切る回数が一回くらい増えたって、きっと誤差の範囲だよ」

 

「……確かに。言われてみればそうですね」

 

 "髪を切る"という事柄が、里の外で長い時間を旅するのだということを、めぐみんに改めて認識させる。

 妹の髪を切ってやった過去の記憶が少女の脳裏に蘇る。

 もう里に懐かしさを感じている自分に苦笑して、めぐみんはひょこっと立ち上がった。

 

「そうだ、むきむきの髪を切ってあげますよ。外に行きましょう」

 

 めぐみんはハサミとシーツを持って、むきむきを連れ空き地に移動。

 椅子くらいの高さに調節された切り株に座らせて、器用に髪を切り始めた。

 

「器用だね」

 

「私は魔道具職人の娘ですよ? 人並みには器用です。

 まあ、魔道具作りをすると何故か作った魔道具が爆裂するんですが」

 

「それは絶対加減しないで魔力込めてるからだと思う」

 

 めぐみんにかかればありとあらゆる魔道具が中国製品と化す。

 

「むきむきは散髪の時、ちょっと怖いと思ったことってありますか?」

 

「怖い? なんで?」

 

「自分の背後取った人が首近くで刃物持ってるんですよ?

 だから私は、家族以外に髪を切られるのはあんまり好きじゃないんです」

 

「……うーん、これまで自分の髪は自分で切ってたし。

 めぐみんにそういう感情を持ったこともないから分からないや」

 

「私に気を許し過ぎじゃないかと、私の方が不安になってくるんですが」

 

 平和な日本と違い、散髪の時に刃物をちょっと意識してしまうのも、この世界らしさなのかもしれない。

 

「はい、終わり。流石男の子、手を入れるのも簡単な髪でした」

 

「ありがと」

 

 空き地に置いてあった大きな水瓶を覗き込み、少年は水面に映った自分の髪を確認する。

 ちょっとばかり、男前になっていた。

 めぐみんは切った髪の毛を払い、スカートの裾を直しながら切り株に座る。

 そして彼に背を向けて、ハサミとシーツを脇に置いた。

 

「では私の方もお願いします」

 

「え?」

 

「前髪が最近鬱陶しいんですよ、ほら」

 

 めぐみんは目に入りそうな前髪を鬱陶しそうに指で弄る。

 そういえば最近前髪を横に寄せる動作が多かったかもしれない、と少年は想起する。

 少年はハサミを手に取って、シーツで首から下を覆っためぐみんの背後で、躊躇いがちに逡巡する。

 

「どうしました? さあ、さっさとやって下さい。

 多少の不出来は大目に見てあげますから、丁寧に……」

 

「……家族以外に髪切られるのは不安で嫌じゃなかったの?」

 

 一瞬の間。

 

「……そうですね。いかにむきむきと言えど、ちょっとは不安ですよ」

 

「そうなんだ、残念」

 

「ふふふ、むきむきは私からむきむきへの好感度を高く見過ぎなんですよ」

 

 不安は感じているけど我慢する、といったニュアンスのめぐみんの言葉。

 少年は露骨にがっかりしていた。

 めぐみんが自分に気を許していることを期待していたのだろう。

 少女の背後に居る少年からは、今の彼女がどんな顔をしているかは見えない。

 

「めぐみんもうちょっと首左に傾けて」

 

「こうですか」

 

「そうそう」

 

 むきむきの器用度は高い。

 時間をかけ、ゆっくり丁寧に気を使って手を入れていけば、まず失敗することはない。

 切りすぎないよう毛先を整えていけば、めぐみんのお気に入りの髪型を作ることなど、造作も無いことだ。

 彼女のことを普段からちゃんと見ていたから、尚更に。

 

「上手く切れそうですか?」

 

「めぐみんのことはいつも見てたから。

 髪型はちゃんと覚えてるし、ちょっとづつ切っていけばいいかなって」

 

 その言葉に、めぐみんは返答を返さない。

 

「じゃ、前切るよ」

 

「ん」

 

 少年が少女の背後から正面に回り、めぐみんが目の中に切った髪が入らないよう、目を閉じる。

 自然と、前髪に触れる少年と、目を閉じた少女が向き合う形になる。

 目を閉じて自分に身を委ねているめぐみんを見ていると、なんだか変な気持ちになってきて、少年は(かぶり)を振ってその気持ちを振り払う。

 

 ここでめぐみんが薄目でも開けていたならば、さぞ面白いことになっていたに違いない。

 

「よし、終わったよ」

 

 散髪が終わるやいなや、めぐみんは足早に水瓶の中を覗き込む。

 水面を見ながら首の角度を何度も変えて、髪型をきっちり確認してから、満足そうに頷いていた。

 

「80点。精進して下さい」

 

「ううむ、厳しい」

 

「髪は女の命ですよ? 雑に扱う男が居れば、私は迷わず爆裂します」

 

「怖い!」

 

 女の命を預けるということは、重いことなのだ。

 

「あれ?」

 

 切った髪を集めて焼いて、さあ何しようと少年が首を回したら、視線が一人の少女を捉えた。

 

(……ゆんゆんが居る)

 

 空き地の前の道を何度も行ったり来たりしている少女が居た。

 おそらくは、ずっとそこを行ったり来たりしていたのだろう。

 声をかけるタイミングが掴めず、自分から話しかけに行く踏ん切りもつかず、声をかけてもらえるのをずっとそこで待っていたのだ。

 空き地の前の道を行ったり来たりしているのは、偶然そこを通りがかって声をかけられたという建前を作るためだろうか。

 

「あのさびしんぼは私達が声をかけるまであそこに居ますよ。どうします?」

 

「どうします、って」

 

「このまま無視を続けるか、無視したまま私達でどこかに行くかですよ」

 

「酷い!」

 

 そこまでいじめっ子にはなれないむきむきが、ゆんゆんに声をかけて仲間に入れる。

 なんやかんやで、ゆんゆんも髪を切ってもらう流れになった。

 何故か同性のめぐみんには頼まず、ゆんゆんもまたむきむきに髪を切ってもらったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄金竜の乱入で変なことになってしまったが、元よりこの国に何日も滞在する理由はない。

 むきむき達は今日中にもベルゼルグに向けて出立する予定だった。

 

「レインさん拾ってさっさと帰りましょう。

 アイリスも寂しさのあまり同性愛者になっているかもしれません」

 

「それ絶対寂しさが原因じゃないでしょ!?

 ……あ。あああ! そうよ、レインさんがこっちに来てるからクレアさんが野放しじゃない!」

 

「レヴィ王子がレズNTR食らうとか爆笑必至ですね」

 

「笑えない! 笑えないからね!」

 

 エルロードの街も見納めだ。「まあまあ」とめぐみんとゆんゆんの間を取り持ちながら、むきむきは街を見て回る。

 食料等を買い込んでいるであろうレインが見つかれば、そのまま帰国の流れになるだろう。

 

「めぐみんめぐみん、この髪飾りめぐみんに似合うと思うんだ」

 

「ほほう、お目が高い。むきむきはこういうののセンスありますよね」

 

「ちょっと待ってて、今買うから。ええと財布はどこに……」

 

「いいですよ、それなら自分で買います。

 そこまでされたらいくら図々しい私でも羞恥心が爆発―――」

 

 そして、最後の祭りが始まる。

 街の一角が爆発し、そこからもくもくと爆煙が立ち上っていた。

 

「め、めぐみんの羞恥心が爆発した!

 普段は隠してるだけで実は結構嬉し恥ずかしだったりしたの!?」

 

「違いますよ! 頭の中まで電波ゆんゆんなんですかあなたは!」

 

「二人共乗って!」

 

 二人を肩に乗せ、むきむきは跳躍。

 街路も人混みも混乱も無視して、建物の上を一直線に駆け現場に到着した。

 崩れた門。

 倒された門番の兵士。

 地に転がる、剣と弓矢の無残な残骸。

 チリチリと小さな火が燃えている門を背後に、"黄色の男"が立っていた。

 

「どーも、あいあむ魔王軍」

 

 一人だけ生き残っていた門兵が、鐘を鳴らして警告を叫ぶ。

 

「ま、魔王軍の襲来だー!」

 

 たった一人の襲撃者。

 それも人間に見える魔王軍の襲来だった。

 目を覆いたくなるファッションセンスのTシャツを着た男であった。

 

「真っ黄色のクソダサTシャツ、人間の外見……まさか、DT戦隊!」

 

「あんなクソダサTシャツは常人には着れるもんじゃないですよ! 間違いありません!」

 

 レッドは赤い服でもそれなりに見れた。

 だが、この男の服はめぐみんとゆんゆんが全力で酷評するレベルに酷い。

 『海人』とデカデカとプリントされたシャツ、短パン、サンダルという装備で新宿を練り歩くような人間でさえ、この男と比べればはるかにマシなレベルであった。

 

「その通り。拙はDTイエロー。君らの思う通りの人物でゲス」

 

「『でゲス』!?」

 

 しかも、ファッションセンス以外も酷い。

 

「現実で"でゲス"とか語尾付けてる人、初めて見ました」

 

「一昔前はともかく、今はもう絶滅してたんじゃ……!」

 

「どこの国の方言……?」

 

 バカ王子の国にゲス魔王軍転生者という糞セッション。

 クズ転生者の参戦によるハットトリックが待望される。

 

「エルロードは今日陥落するんででゲス、ゲースゲスゲスゲス!」

 

 どうしようもないレベルの三下臭。

 何故か負ける気がしなくて、魔王軍と戦おうとしているはずなのに、相対しているだけで戦意が張りを失っていく。

 ある意味、イスカリアの正反対の印象を受ける敵だった。

 

(試してみようか)

 

 むきむきはイエローが破壊した門の破片、その中でも野球ボール程度のサイズのものを拾い、投げつける。

 吸血鬼に貰ったベルトの補助もあり、前動作をほとんど行わなかったにもかかわらず、その弾速は1000km/hを超える。

 それが狙い通りイエローの鳩尾に命中。

 何の結果も、もたらさなかった。

 

「クズが効かねえんでゲスよカス! 『ファイアーボール』!」

 

「!?」

 

 反撃に飛んで来たファイアーボールを、むきむきは右腕で弾く。

 今の投石を体で受けて、ノーダメージ。信じられない防御だ。

 イスカリアの――デュラハンの――鎧でさえ、当てれば凹ませられたというのに。

 

 ゆんゆんは相手が人間だったため、初撃を捕縛の魔法にしようとしていたが、その防御を見て手加減抜きの攻撃魔法に切り替えた。

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 雷が落ち、イエローに命中。

 だが、ダメージはない。

 そのクソダサTシャツにさえ傷一つ付かず、焼け焦げ一つ付いていない。

 

「ゲースッスッス!」

 

「何、今の? 物理防御でも、魔法抵抗でもないものに弾かれたような……」

 

 イエローは高笑いし、自分に仕掛けられる紅魔族達の攻撃を意にも介さない。

 

「拙に対する一切の攻撃は無効になるでゲス。即ち無敵!」

 

「随分ハッタリ利かせるじゃないですか」

 

「ハッタリかどうかは自分の目で確かめるといいでゲス」

 

(それにしてもこの喋り方かなりうざったい)

 

 絶対無敵の存在など居るわけがない。

 そう思うめぐみんだが、どういう仕組みで防御しているかの見当がまるで付かなかった。

 

 イエローの進撃は止まらず、むきむき達が何を仕掛けようと遅延させることもできない。

 街の中心たる王城に向かうその暴君に、新たな乱入者が矢を射かけた。

 矢は一直線にイエローの股間に飛んで命中するが、またしてもノーダメージだった上に矢の方が折れてしまう。

 

「これが魔王軍か……全く効かないとは」

 

「レヴィ王子!」

 

 矢を撃ったのは、レヴィだった。

 彼は弓矢が無用の長物であると即座に理解する。倒された兵士から拝借した弓矢をその場に捨て、さっさとむきむき達と合流した。

 イエローは現在進行形で余裕綽々だが、王子の狙いのエグさに神妙な面持ちになっていた。

 気を取り直して、イエローは上司から命じられたターゲットの一人、エルロード王族に狙いを定める。

 

「王子? ふむふむ、ならそこの君を仕留めれば第三目標達成でゲスな」

 

「させない!」

 

 高速でイエローの背後に回り、躍動する筋肉がハイキックを放つ。

 蹴りは綺麗にうなじに命中したが、またもダメージは与えられていなかった。

 

「ゲースゲスゲスゲス! 効かないんでゲスよ!」

 

 うざったいノリで笑い、イエローは走る。狙われたのはレヴィ。

 この敵をどう処理すればいいのか、彼らはてんで見当がつかなかった。

 

「『インフェルノ』」

 

 そこで、どこからともなく放たれた炎の魔法がイエローを包み込む。

 

「『ライト・オブ・リフレクション』」

 

 そして、光の屈折がむきむき達を包み込む。

 十数秒後、炎の魔法から出て来たイエローは、その場に誰も居ないことに気が付いて、深く溜め息を吐いた。

 

「あれま。これだから魔法使いは面倒臭いでゲース」

 

 高温の炎は空気に層を作り、音を遮断してしまうことがある。

 火事の時、これで助けを求める人の声が遮断されてしまうこともあるそうだ。

 今の魔法使いが炎の魔法を選択したのは、火で視界を塞ぎ、空気の層で逃げる足音を遮断するためでもあったのだろう。

 イエローの言う通り、熟練の魔法使いとは面倒な手合いの代名詞でもあった。

 

「さーて破壊破壊。ゲ素晴らしい破壊活動でゲス」

 

 だが、王子がダメなら王を狙うだけのこと。

 

 イエローは王城に向けて歩を進め、群がってきた弱小のエルロード兵達に、乱雑な魔法を連射した。

 

 

 

 

 

 レインは地味だが、魔法使いの完成形の一つであった。

 敵を仕留めることもできる。仲間を補助することもできる。

 イエローから逃げられたのは、レインが炎と光の魔法の性質を熟知した上で、それを彼らの逃走補助のために最適に使ってみせたからだった。

 

「レインさん、ありがとうございます! すごかったです!」

 

「あはは、戦闘は本来クレア様の担当なんですけどね」

 

 ベタ褒めしてくるむきむきに、レインは照れて頬を掻いた。

 

「なんなんでしょうかね、あれ」

 

「なんなんだろう。僕にはまるで見当がつかないや」

 

「無敵。奴は自分のことをそう言っていましたが、はたして……」

 

 敵の攻撃をものともしないその姿。敵を意に介さずとも問題のない絶対性。そして、自分を無敵と称するその自信。

 それらのワードから、王族の教育係を任されるほど知に長けたレインが、一つ手がかりになりそうなもののことを思い出した。

 

「まるで、文献で見た聖鎧の勇者ですね」

 

「聖鎧の勇者?」

 

「聖鎧アイギスと聖盾イージスを操ったという勇者です。

 盾と鎧で全ての敵と攻撃を押し潰した無敵の勇者であったと聞きます。

 アイギスは全スキル無効、全魔法無効、最高の防御力と術者自動治癒を備えた鎧であったとか」

 

「え、なんですかそれ怖い」

 

「とはいえ、魔王を倒した勇者は王家に取り込まれます。

 王家にはアイギスもイージスも保管されていません。

 学者の研究では、結局この勇者は魔王を打倒できずに死んだと推察されていまして……」

 

「現存していたら私の爆裂魔法の的にしたかったところです」

 

「めぐみん、やめなよ」

 

 "聖鎧の勇者と同系統の能力"。

 違いがあるとすれば、その勇者の防御は『道具』によるものであり、イエローの防御はおそらく『能力』によるものだということだろうか。

 

「それっぽさはあったな」

 

 王子が吐き捨てるように言う。

 確かにあのイエローを見れば、最高の防御力・スキル無効・魔法無効を備えた聖鎧が連想されるのは自然な流れだろう。

 ゆんゆんとレインの魔法攻撃、むきむきと王子の物理攻撃、どちらも効いている様子は無かったのだから。

 

「その勇者は魔王軍には勝てなかった。

 つまり、魔王軍は負けない程度には抵抗する手を持っていた。

 なら、僕らも何らかの形では対抗できる可能性があるんじゃないでしょうか」

 

「仮定に仮定を重ねた希望的観測ですが、あるいは」

 

 無敵の能力にも穴はあるかもしれない。

 無敵でも倒したい敵を倒せず力尽きることはあるかもしれない。

 無敵の相手をやり込める方法もあるのかもしれない。

 魔王軍にできたなら、人間にだってできるはず。

 むきむきは『敵が無敵』と聞いてちょっとへたれていた心に、暖簾を腕で押すように気合いを入れる。

 そして、皆に背を向け歩き出した。

 

「どこに行く気だ?」

 

「敵はまだ未知数だよ、レヴィ。探りを入れないと」

 

「待て、相手は魔王軍だぞ!」

 

「レヴィは前に出ないで。今の話で思ったけど、

 『魔法無効でスキル無効でも物理無効ではない』

 ってことはあるんだ。まずは色々殴って試してみる」

 

「ええいこのバカが! 迂闊に行くな迂闊に!」

 

 むきむきは何かを言おうとして、声が震えそうになっていた自分に気付く。

 一度、深く深呼吸。

 声が震えそうになっていた喉が元に戻ったのを確認し、膝を折って王子に視線の高さを合わせ、少年は力強く言い切った。

 

「レヴィの好きな国の、レヴィが守りたいと思ってる人達。ちゃんと守るから」

 

「―――!」

 

 言い切って、彼は走り出す。

 バカな話だ。泣き虫で臆病者の彼を、今日ここで戦いに送り出したのは、昨晩レヴィが口にした彼の本音だったのだ。

 ただそれだけのことで、泣き虫は『無敵の敵』などというものに戦いを挑むことを決めた。

 

「待って私も行く!」

 

「ええい、ここが街中でなければ爆裂魔法で吹っ飛ばすんですが……!」

 

 その後をゆんゆんとめぐみんが追って、レインもまたどこかに走り出す。

 王子は一人佇み、片手で顔を覆った。

 

「クソッ、余計なことは言うもんじゃないな、本当に……!」

 

 街と人々を守るため、竜と戦うむきむきに無茶振りをした時には、何も感じなかった。

 けれども今日は、それらを守るためにむきむきを魔王軍にけしかけようとは考えもしない。

 それどころか、止めようとすらしていた。

 

 それはレヴィの心の変化の結果であると同時に、少年同士の関係が変化した証明だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼らの会話を、イエローは遠く離れた場所で聞いていた。

 

「……ゲース。よしよし、釣れた釣れた」

 

 倒した兵士の体の上に腰掛けて、イエローは聞き耳を立てている。

 『盗聴』のスキルの効能だ。

 盗聴はON/OFFを切り替え聴力に大きな補正をかけるスキルであり、スキルレベルが低くても結界の向こうの音を拾うことさえ可能なスキル。

 イエローはこれで、エルロードの動き、むきむき達の動き、その両方を把握していた。

 必要な時以外は切られているため、このスキルを逆利用して爆音で耳を潰すのも難しい。

 

「あとは、どう戦いの結果を持っていくかでゲスな」

 

 イエローはあっという間にエルロードの兵士達を全滅させていた。

 エルロードの戦力がカスみたいなものだったというのもあるが、こんなんにも短時間で片付いたのは、やはりイエローが強いからだろう。

 イエローにはまだ傷一つ付いていない。

 

「ゲースゲスゲスゲス! 上手く行ってるでゲス!」

 

 アホみたいに笑って、バカみたいに慢心したイエローは、物陰に潜んでいた子供に気付かなかった。

 

「エルロードから出て行けー!」

 

「あでーっ!」

 

 物陰から飛び出して来た子供が投げた尖った石が、イエローの目に突き刺さる。

 偶然にも、ピンポイントで黒眼の部分に当たっていた。これは痛い。

 

「おっまえどういう教育されてるでゲス! 拙がレベル高くなければ失明してたでゲスよ!」

 

「ぴゃああああっ!」

 

 子供はイエローに怒鳴られ、変な声を上げながら逃げていく。

 なんとわんぱくな子供か。

 この世界はあんな小さな子供でさえたくましい。

 というか、たくましくなければ自然と死に絶えるようになっているのかもしれない。

 適者生存というやつだ。

 

 年々元気が減って頭でっかちになっていく日本のガキンチョにも見習って欲しい、とイエローは思わずにはいられない。

 

「くぅ、さっさと王城落として次行くでゲス」

 

 今の光景を誰も見てないことを確認して、イエローは更に先に進んだ。

 兵士が全滅した今、王城はほぼ丸裸と言っていいだろう。

 

「うん?」

 

 その油断を、その慢心を、むきむきは突いた。

 真正面から衝いてみせた。

 

 むきむきは王城方向からイエローに向かって全速力で走り、攻撃。

 したことはそれだけだったが、速度だけが段違いだった。

 例えるなら、学校のグラウンドの端から端まで、一呼吸で移動できるほどのスピードだ。

 

 イエローがむきむきを視認した次の瞬間には、むきむきはイエローの前にいて、そのスピードを乗せたパンチをイエローの顔面に叩き込む。

 

「はっ!」

 

 だが、ダメージはない。

 破壊の拳は、イエローの顔面に1mmたりとも食い込んではいなかった。

 

「無駄無駄無駄ゲス! 『ライトニング』!」

 

 至近距離からの電撃がむきむきに直撃し、筋肉に電気と痺れが走る。

 むきむきも負けじと、筋電位の電撃を放った。

 

「天の風琴が奏で流れ落ちる、その旋律、凄惨にして蒼古なる雷―――『ライトニング』!」

 

 紅魔族特有の無駄詠唱で気合を入れ、放ったマッスルライトニング。

 だがこれも、イエローの謎の防御の前に弾かれてしまう。

 

「その辺の兵士がなーにも試さなかったと思ってるんでゲスか?」

 

 むきむきがここに来るまでの間に、エルロードの兵士達も頑張っていた。

 だが射掛けた矢は、目に当たろうと耳たぶに当たろうと一方的に弾かれて、時に折られ、時に砕けていた。

 炎の玉も、風の刃も、石の塊も、魔法で飛ばされた何もかもが効かなかった。

 その果てに、兵士達は全滅したのだ。

 

「やってみないと分からない!」

 

 顔面に拳を叩き込み、鳩尾に膝蹴りを叩き込む。

 それでもイエローにダメージはない。

 肘をこめかみに打ち、ローキックを太腿に打つ。

 それでもイエローには効かない。

 指を眼球に突き刺して、全力で股間を蹴り上げる。

 なのに、痛みの一つも与えられない。

 

「気付いてるでゲスか?」

 

 イエローは自分の胸に叩き込まれた少年の拳に手を添えて、嘲笑した。

 

「パンチが弱くなってきたでゲス。お前、ビビってるでゲスな」

 

「……っ!」

 

 まるで分からない。

 ゲーム的な表現をするならば、普通にプレイしている限り目にすることはない仕様外(チート)のような力。

 人の改造品(チート)。ルールを逸脱した反則(チート)

 力を構築している法則性が常識を逸脱しすぎていて、能力にまるであたりが付けられない。

 

 理解不能は恐れに変わる。

 むきむき達が以前ドリスで悪党に使った手と同じだ。

 よく分からないから怖い。よく分からないからこそ恐ろしい。

 よく分からないものには、どう対抗すればいいのかさえ分からない。

 

 気後れすればするほど、恐れれば恐れるほど、むきむきのスペックは低下していく。

 

「怖かろう……悔しかろう……!

 たとえ筋肉の鎧を纏おうと、心の弱さは守れないのでゲース!」

 

 ケラケラ笑って、イエローはむきむきの顔面にまた魔法をぶち当てる。

 拭いきれない三下臭に小物臭。

 その上に備わる、他に類を見ないほどに強力な能力、人を傷付けることを躊躇わないゲスさ。

 強い弱いとは無関係に、関わり合いになりたくない人種だった。

 

「ゆんゆん!」

 

「わかってる! 狙い所は絞って……『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 ここに来てようやく、めぐみんとゆんゆんが追いついた。

 既に発射準備を負えられていた光刃が放たれ、正確無比に首筋へと命中する。

 だが、それも当然通らない。

 むきむきがその隙に兵士が落とした大剣を拾い、脳天に力任せに叩きつけるも、大剣の方がへし折れてしまった。

 当然、イエローには傷一つ付かない。

 

「何こいつ……本当になんなの!?」

 

 かつて聖鎧の勇者と戦った魔王軍の絶望的な気持ちを、彼らは追体験している。

 特に、むきむきの精神的な動揺は際立って大きかった。

 

(殴っても、倒せない)

 

 殴っても壊せない敵。

 殴っても倒せない敵。

 それは少年の中にある、幽霊の残した言葉を揺らがせるものだった。

 

――――

 

『しからば、某が言葉を与えてしんぜよう。

 殴れるのなら、壊せるはずだ。

 壊れぬものなどない。触れられるのなら尚更よ』

『しからば後は、貴様の心の問題だ。壊せるのなら、倒せるはずだ』

『神を殴れるこの世界なら、神とて殴れば殺せるだろう』

『拳を握れ。目の前に敵が居るのなら、余計なことは殴り殺してから考えろ』

 

――――

 

 師の言葉、師の教えが、この心弱い少年を支える太い芯の一つ。

 殴っても壊せない、倒せない、そういう存在との対決は"残された言葉"を揺らがしてしまう。

 ひいては、イエローを実像以上に大きく恐ろしいものに見せてしまう。

 心底尊敬した人間が常識のように語っていた言葉を凌駕する者が現れると、人はその者を過大に評価してしまうものなのだ。

 偉大な科学者が残した世界の定理(あたりまえ)が間違っていると証明した、後の時代の科学者が、周囲の科学者からそう見られるのと同じように。

 

(倒せ、ない)

 

 大物極まりない能力と小物極まりない性格を内に秘めた男が、鼻で笑う。

 

「身も蓋もない人間が求めるものなんて大概一つ。

 『無敵』、でゲス。

 誰だって自分の身の安全が第一。

 一方的な蹂躙も、自分がする分にはみんな大好きでゲース。

 ま、他人が無敵の力で一方的に蹂躙してるのを見るのは楽しくないんでゲスが」

 

 この男の最悪な所は、片方がもう片方を一方的に傷付ける蹂躙が醜いものだと知りつつも、自分がやっている分には楽しいからいいやと割り切っていることだった。

 

「なら、試してみましょうか? むきむき、走り鷹鳶の時のあれを!」

 

 めぐみんが吠える。

 むきむきの弱りきっていた心は、ただそれだけで熱と力を取り戻した。

 少年は少女の言葉に反射行動に近い形で答え、黄金竜の時にゆんゆんを投げた時と同じ感触で、その時の数倍の力を込め、イエローを上方向に投げ飛ばした。

 

「ゲスっ!?」

 

(……え? ()()()()()?)

 

 投げた後に、むきむきは()()()()()()()()()()驚いたが、そこに驚いている暇もない。

 ようやくこの街を巻き込まないで済む位置、街の遥か上方にまで移動させられたイエローに向けて掲げられた杖を、めぐみんは特大の砲台へと変える。

 

「さあ、勝負です……『エクスプロージョン』ッ!」

 

 むきむきは無垢に勝利を確信していた。

 

 

 

 

 

 ゆんゆんとめぐみんは、レインから聞いていた話から、その先にある最悪を想定していた。

 

「あー、死ぬかと思ったでゲス」

 

 爆裂魔法が命中し、エルロードの空に爆焔が広がる。

 直撃した爆焔はイエローを飲み込み、地に落とす。

 だが、着地に魔法を使ったイエローは、爆裂魔法を食らってなお無傷だった。

 

「……無、傷」

 

「いや本当に、死ぬかと思ったでゲス。

 女神パワーと魔王パワーのどっちかがなかったら死んでたんじゃないかと……だふぅ」

 

 それが、少年の心に刺されたトドメとなった。

 幽霊の教えが彼にとっての『強さ』の基準であるのと同じく、いやそれ以上に、めぐみんとその爆裂も彼にとっては『強さ』の基準であり象徴だ。

 幽霊の教えを、そして今めぐみんの爆裂までもを打ち破ったイエローに、むきむきは過剰なまでの恐れを抱いていた。

 

「だけど、まだ!」

 

「二度目は勘弁でゲス!」

 

 ホーストでさえああなっていたのに、多くの強敵を吹き飛ばしてきたのに、と心の中に湧き上がる弱音を、思考停止で抑え込む。

 半ば折れた心でむきむきはイエローに掴みかかって、また投げ飛ばそうとした。

 だが、イエローがそれに抵抗し揉み合いになると、その瞬間バチッと何かの力場が作用して、今度は投げ飛ばすことができなかった。

 

(今度は、投げられない!?)

 

 何故。

 その答えに至る前に、むきむきの手首を掴んだイエローのスキルが炸裂する。

 

「ドレインターッチ!」

 

「あばっ、あばばばばば!?」

 

 不死者の象徴、ドレインタッチ。

 手で触れることで、対象の生命力と魔力を強奪する恐ろしいスキルだ。

 むきむきには大きな魔力も魔法抵抗力もない。このスキルに抗う手段はなく、どんどん魔力と生命力を吸われていってしまう。

 このスキルの恐ろしい所は、相手がいくら頑丈でも触れるだけで生命力を枯渇させられる点にあった。

 

「自分の安全が絶対的に保証された上で一方的に攻撃!

 これが楽しいんでゲース! カードゲームで言う先行ワンキルあるいはロック!」

 

「くっ、このっ……!」

 

 むきむきは暴れるが、手足を振り回しても『無敵』の壁を抜けない。抵抗にならない。

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 ゆんゆんが黒色の雷をイエローが高笑いしている口の中に叩き込んだが、体内を狙ったそれもまるで効果がない。

 

「だから効かないんでゲスよ」

 

 もう立っていることもできなくて、むきむきは膝をついてしまう。

 自分の手首を掴んでいるイエローの指を掴んで引き剥がそうとしても、不思議な力に弾かれて指を掴むことさえできなかった。

 

(指を、引き剥がせもしない……!?)

 

 視線が定まらなくなり、呼吸は浅くなって、動きが緩慢になる。

 誰がどう見ても、今のむきむきは瀕死だった。

 

「あ、ぐっ……」

 

「むきむき!」

 

 打つ手がない。打てる手がない。

 

「竜をけしかけて戦力分析とかするまでもなかったでゲス。期待ハズレ期待ハズレ」

 

「! 全部、お前が……!」

 

「そうゲス。ゲースゲスゲスゲス、こちとらベルゼルグより先にエルロード落としたいので……」

 

 イエローは小物で、下衆(ゲス)で、けれども間違いなく反則(チート)の存在で。

 分かりやすく"魔王軍の色に染まってしまった"人間だった。

 

「干物になって地味に死ねよやー! ゲース!」

 

 少年に残された最後の命が吸い上げられようとし、それを二人の少女が止めようとして、そして―――

 

 

 

 




 イエローの強さコンセプトは『敵に回った、盾と鎧が揃ったアイギスっぽい敵』。
 それっぽいだけで防御の仕組みは全然違いますけどね。
 原作で盾とセットのアイギスが鎧だけであんなにチートなので、転生特典って全体的にやべーなってなるのですが、じゃあそれ持ってる転生者達が勝てない魔王軍ってうーん……

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。