「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 このすばのヴァンパイアって不遇ですよね。
 リッチーと同格の種族とされながら、短編に一回だけ出たカミラさんはアクア様にいじめられ、大陸で最も深い世界最大のダンジョンの主にして千年を生きた真祖のヴァンパイアさんはウィズとバニルに雑魚の若造扱いされ、書籍だと魔王軍幹部のオカマに吸収された人は描写さえされない。
 宝を溜め込むため宝狙いの冒険者やウィズやバニルに色々されたり、チート種族なのに他のチート個体に蹂躙されてるイメージがあります。
 いや本当に、世界最大のダンジョンの主で千年を生きた真祖のヴァンパイアって、他の世界観ならラスボス張れるレベルだと思うんですけどね……


2-7-3

 エルロードの黄金竜。

 この国で最も強大で、最も多くの被害をもたらした恐るべき魔竜だ。

 地元民には魔王軍より恐れられていると言えば、その恐ろしさが伝わるだろうか。

 

 ベルゼルグと友好関係にありベルゼルグに派兵を頼めるエルロードでさえ、現在まで討伐が為されていない規格外。

 ドラゴンらしく光り物を好み、コインを始めとする貴金属の流通を国の血液とするエルロードにとってはまさに天敵。

 国の資金源である金鉱山を占領して竜の巣と化すことで、国の被害は更に加速した。

 

 悪食の竜が食らった黄金は胃の中で魔力と混じり合い、一種の魔導金属となり、魔法にも物理にも耐性のある鱗と皮膚を形成する。

 マナタイト然り、こうした魔力と親和する鉱石類は武器や杖の素材として非常に優秀だが、モンスターが纏えば一転して厄介な魔物の鎧に変じてしまう。

 そのためこの竜、非常に打たれ強かった。

 

「黄金竜の打たれ強さは理解しました。

 しからば私の爆裂魔法(最強の矛)に耐えられる盾か、試してあげましょう」

 

 硬く巨大なモンスター。これでめぐみんがやる気を出さないわけがない。

 竜の住処である金鉱山に向かう途中、レヴィ王子から黄金竜の説明を受け、めぐみんは気後れするどころかそのやる気を倍加させていた。

 

「こいつはいつもこうなのか? ゆんゆんとやら」

 

「私が知る限り、めぐみんは大体こんなんです、王子様」

 

 むきむき救出パーティの内訳はめぐみん、ゆんゆん、レイン、レヴィ、レヴィの付き添いの騎士一人。

 エルロードではむきむきがまだ生きていると思っている方が少数派で、そもそもエルロードにあのドラゴンを打倒できるだけの戦力はない。

 全軍集めてもゆんゆん以下、というのが現実だ。

 

「よかったんでしょうか。王子をこんな所に連れて来てしまって」

 

 国際問題の可能性にビクビクしながらそう言うレインに、カジノでもめぐみんと話していた騎士が困った表情を浮かべる。

 

「いざとなれば私がテレポートで王子を抱えて王都に戻ります。

 むきむき殿が緊急性のある傷を負っていた場合は、彼も抱えて戻りましょう」

 

「お願いします」

 

 王子のこういうワガママは、もしかしたら初めてではないのかもしれない。

 黄金竜に関する詳しい知識を持ってはいるものの、ここに居ること自体がリスクになっている王子様を見て、めぐみんは溜め息を吐いた。

 

「なんで付いて来たんですか?

 王族が自分の命を危険に晒すのは、あまりいいことだとは思いませんが」

 

「やかましい」

 

 レヴィもまた、ゆんゆんやめぐみんと同様に、むきむきがあの竜にさらわれてしまったことに何か思うところがあるようだ。

 王子を動かすのは罪悪感か、責任感か、親近感か。

 なんにせよ、彼は危険を承知で彼を助けるべくめぐみん達を案内している。

 

 なのだが、めぐみんとレヴィは会話の節々で仲の悪さを露呈していた。

 というより、レヴィが腫れ物(ばくだん)を触るような扱いをめぐみんにするのをやめ、かなり素直にめぐみんに接するようになっている。

 今はいくら口論が加熱しようとも、めぐみんがあの竜以外に爆裂魔法を撃つことはないと、そう確信できているからだろうか。

 

「いいか、俺はお前が爆裂魔法で城を吹き飛ばそうとしたことは忘れていない。

 むきむきは蛮族ではない、それは分かった。

 非礼は詫び、前言は撤回した。だがお前に対しては撤回していない。お前は間違いなく蛮族だ」

 

「はい? よく聞こえませんでした、もう一度お願いします」

 

「聞こえてるだろう、爆裂蛮族!」

 

 めぐみんは短気な一面があるために、レヴィは時折他人の癪に障ってしまうために、微妙に仲が悪かった。 

 

「ほほう、アイリスやむきむきと歳変わらなそうな子供が言ってくれますね」

 

「いや、外見ならお前の方が俺より歳下に見えるが」

 

「残念ながら、私はあなたより三つほど歳上ですよ。ちゃんと敬って下さい」

 

(めぐみんさん、何故そこでさらっと年齢をサバ読みするんですか)

(レインさん、しっ。めぐみんは負けず嫌いなんです)

 

 学生がインターネット上で舐められないために成人を名乗るような見栄っ張りムーブ。

 

「歳上? はっ、その外見でか?

 これでは成長も望めないな! 一生ちんちくりんだ!」

 

「ま、まだ成長しますし! 大きくなりますし!」

 

「お前のそれは既に限界集落だ。これ以上は増えない、諦めろ。王族の勘だ」

 

 限界集落の胸。

 言葉のボディブローが腹に決まり、めぐみんの薄い胸から希望が損なわれる。

 されどめぐみんは膝をつかず、逆に痛烈なカウンターパンチを放った。

 

「……そういえばエルロード王、前髪の生え際が怪しかったですね」

 

「―――」

 

「聞いたことがあります。

 親から子へ受け継がれる才能の中に、ハゲの才能もあると。

 血で才覚を継承する王族もまた、優れた才能と共にハゲになる才能を……」

 

「言うな」

 

「あなたもいつか前髪が後退し……」

 

「言うなッ!」

 

 紅魔族伝統の言葉のレバーブロー。

 危うくレヴィは膝を折りそうになるが、王族の誇りが彼を踏み留まらせ、膝をつくという屈辱を味わわせなかった。

 

「俺は運命を変え、未来を変えてみせる!

 エルロード王族男性はたびたびハゲるだなどという運命には負けん!

 どんなに分の悪い賭けになろうが、俺はこの賭けにだけは絶対負けられんのだ!」

 

「私だって、母から受け継いだ貧乳の家系の運命には負けません!

 父の母は普通に大きかったと聞きます! まだここから、ここからですから!

 自分の未来はこの手で、この意志で、自らの手で勝ち取って見せます!」

 

 やたらかっこいい言い回しだが、要は親がハゲだ親が貧乳だという子供達の不安でしかない。

 遺伝(しゅくてき)に人は勝てるのか。

 負ける人も結構多いので、実際割とどうしようもない。

 

 めぐみんとレヴィは磁石の同じ極のように、寄ってはそのたび反発し、近しくも親しくもならない。

 

 根がいい人で、熱いところもあって、歳下や同年代に時折面倒見の良さを見せる、そんな二人。

 追い詰めると見られる弱さがある、そんな二人。

 この会話も、二人がドラゴンとの戦いを前にして感じている緊張と興奮を誤魔化すためのものなのかもしれない。

 

 それは、針葉樹と広葉樹の相似点を探すようなものであったが、この二人には似通う点も確かにあった。

 騎士が言っていたレヴィがむきむきを気に入った理由は、ここにもあったのかもしれない。

 そういう観点で見れば、アイリスのことを気に入っているめぐみんと同様に、この王子にもアイリスを好きになる素養がある可能性もある。

 

(レヴィ王子とアイリス王女、か)

 

 ゆんゆんは鉱山の山道を軽々と踏破していくレヴィ王子の背中を見ながら、鉱山に出立する前にレインから聞いた話を思い出す。

 

(この王子様が、アイリスの『許嫁』……)

 

 アイリスとレヴィは、なんと許嫁の間柄であるという。

 エルロードとベルゼルグの繋がりを強めるためというのもあるが、目的はそれだけではない。

 

 ベルゼルグは王も、次期王である第一王子も、最前線で戦い続けている。

 王都にも魔王軍が攻めて来ていて、いつ陥落するかも分からない。

 ベルゼルグ王族は、()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 

 だがアイリスが隣国に嫁げば、王都が陥落してもベルゼルグ王族の血は残る。

 アイリスに何人か子供が生まれれば、その中の一人をベルゼルグ王とすることができる。

 ベルゼルグ再起の可能性が残るのだ。

 アイリスがエルロードの次期王妃として据えられている理由には、そういう政治的判断もあった。

 

 レインがおっかなびっくりで周囲を警戒しているのも分かる。

 この王子様はアイリスとセットで、エルロードとベルゼルグの未来を決める可能性がある身の上なのだ。

 そういった事情を全部把握した上で、危険も承知で、むきむきを助けに行こうとしているだけで。

 

「お前のような爆裂蛮族に頼るのも癪だが、頼むぞ」

 

「言われるまでもありません。私の仲間は私が助けます。

 そちらこそ、この鉱山のモンスター分布と竜の情報、頼みますよ」

 

 二人共、舎弟を助けに行くガキ大将のような気合いの入れ方をしている。

 

「陽が傾いてきたな……日没までおそらくあと三時間弱。急ぐか」

 

「陽が傾くと何か不都合があるんですか?」

 

(やつ)は夜までに諸作業を終える。獲物もそれまでに捕食できる状態にするだろう」

 

「……タイムリミット、ですね。急ぎましょう」

 

「あの筋肉が、今も持ち堪えていることを信じるしかないな……

 夜になったらあの竜は頑丈な巣に篭もる。

 そうなれば倒すのも手間だ。とにもかくにも急がないとな」

 

 根拠もなく、ただ生存を信じ、山を登る。

 めぐみんとレヴィは男らしく、ゆんゆんは心配そうにして、登っていく。

 

 凡百のモンスターであればこんなに心配はしていない。

 だが、相手は最強種の一角・ドラゴンだ。

 自然と少女の胸には焦燥と罪悪感が募り、それは不安となって少女の顔に出る。

 そんなゆんゆんに、レインが心配そうに声をかけた。

 

「大丈夫ですか?」

 

「大丈夫……じゃない、ですけど。

 この気持ちを抱えてるのは私だけじゃないって、分かってますから」

 

 だから頑張れます、とゆんゆんは強がる。

 その視線は、前を歩くめぐみんの背中に向けられていた。

 

「……めぐみんもきっと、そんなに冷静じゃないんです」

 

「?」

 

 いつもより大股で、いつもより余裕がなくて、いつもより急いている様子のめぐみんを見る。

 この場の誰が気付かなくても、ゆんゆんは気付いている。

 

「ちょっと周りを見る余裕が出来た今なら、分かります」

 

 自分の中にある気持ちは、めぐみんの中にもある気持ちなのだということを。

 

「めぐみんもきっと、自分が思ってる以上に、むきむきのことを大切に想ってたんですよ」

 

 ちょっと強がりを見せるめぐみんに勇気付けられて、ゆんゆんは山道を強く踏みしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少々遡る。

 

「これはヤバい! ま、街がどんどん遠くなって……!」

 

 竜の魔力捕縛は強烈で、むきむきは魔力の箱に閉じ込められたような状態になっていた。

 殴っても蹴っても、魔力の箱は壊れない。

 格闘の技は強く踏み込むスペースと、手足を加速させられるだけの空間が必要になるものだ。

 狭い密閉空間では、普段使っているような技はてんで役に立たない。

 

「……一か八か」

 

 そこでむきむきは、自分の記憶の中で最も小さなモーションで力を出していた男の拳……ゼスタのゴッドブローを真似して、叩きつけてみることにした。

 半分、ヤケクソだった。

 

「アクシズパーンチ!」

 

 砕ける魔力の箱。竜の口の中から、転がり落ちるように脱出するむきむき。

 

「嘘っ!?」

 

 実際これはただのパンチであり、特殊な効果など何もない。

 アクシズ教徒パワーの賜物でもアクアパワーの賜物でもない。

 状況に合わせた最適な動きに、『強い人の動きを真似した拳は強い』というプラシーボ効果もどきが乗っかっただけのパンチだ。

 ただのプラシーボ効果もどき。されど、竜にも通じるプラシーボ効果もどきであった。

 

「アクシズ教徒効果凄い。僕は素直にそう思った……ってうおわぁ!?」

 

 落ちたむきむきが地に触れる前に、ドラゴンがブレスを吹き出す。

 むきむきは空を蹴って横に跳び回避するが、超高威力のブレスは纏う衝撃波だけでむきむきを吹き飛ばし、地面に着弾すると大爆発を起こしてそれもまたむきむきの姿勢を崩す。

 着地前にもみくちゃにされたむきむきは、着地の姿勢も取れず地面に激突。

 200m弱の高さから落とされ、頭と背中を強く打ったものの、筋肉の鎧に守られなんとか怪我と死亡を免れていた。

 

「あだだ……に、逃げよう」

 

 普通の人間なら今の落下で間違いなく即死だ。つくづく、このドラゴンは容赦が無い。

 むきむきはこっそり近くの木々の間に隠れ、木々の合間に紛れることで、今なおむきむきを探すドラゴンの目をかい潜る。

 

「……」

 

 見知らぬ土地、見知らぬ光景。

 周囲は木々が陽を遮るため薄暗く、空にはむきむきを食おうとする恐ろしい竜の姿。

 隣には誰も居なくて、いつも居てくれた頼れる友達も誰も居なくて、ただでさえ心細いのに、竜が度々恐怖を煽る空恐ろしい咆哮を響かせている。

 

 じわり、とむきむきの目に涙が浮かんだ。

 

「……泣いちゃダメだ。泣いても、何も変わらない」

 

 目をしばたかせて、出そうになった涙を誤魔化す。

 泣きそう。でも、泣かない。不安でも怖くても、一人で頑張るのだ。

 

(そうじゃないと、いつまで経ってもあの二人にかっこいいとこなんて見せられない)

 

 右の拳を握って、少年はそれを見つめる。

 

―――心定まらぬ時は、右の拳を握れ。右の拳を見よ

―――そこに勇気を置いていく。拳を見るたび思い出せ

 

 幽霊の言葉を思い出し、勇気を貰う。

 少年はドラゴンから逃げるため、あるいはドラゴンを倒すため、まずはこの辺りの地形を把握しようと動き始めた。

 

「うわっ」

 

 そして、見たくないものを見てしまう。

 尖った鉱石の先に、様々なモンスターや家畜などが突き刺されている、地獄のような光景を見つけてしまったのだ。

 地面には血が染み付き、嫌になるくらい生臭い。

 どうやらここが、竜の餌を保管する場所らしい。

 

 尖った鉱石は竜の魔力で強化されており、これに突き刺されたなら脱出は困難だろう。

 地球で言うところの『百舌(もず)早贄(はやにえ)』だ。

 あの魔力拘束から逃げられなかったなら、むきむきもここに並ぶ無数の死体の仲間入りをしていたことだろう。

 少年はゾッとし、足が竦むのを感じる。

 まだ、他人事にはできない。

 今からでも竜に捕まれば、こうなってしまう可能性が高いのだ。

 

「た、助けて……」

 

「!」

 

 怖くて震えそうになっていた少年の足。

 けれども、誰かの助けを求める声を聞いた時、その足は力強く動き出した。

 声を耳で辿るようにして、少年はそこに突き刺されていた女性を発見。

 そして、驚愕する。

 

「ヴァ、ヴァンパイア?」

 

「助けて……ほ、本当に死にそうなんです……」

 

 そこには、ドラゴンに餌として捕まって、串刺しにされ、日光に晒されることで消えかけているヴァンパイアが居た。

 

 

 

 

 

 なんのギャグだろう、とむきむきは思った。

 

「ありがとうございます。

 私、吸血鬼のカミラと申します。あなたは命の恩人です」

 

「いえ、とんでもない。

 我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者、世界を旅する者……」

 

「……あ、ああ、紅魔族の方ですね。なるほど」

 

「はい。何故ヴァンパイアが、最強種の一角があんなことに?」

 

 人類の敵対種の中でも、知性と力が共に最上級のものを挙げるならば、まず確実にアークデーモン・ヴァンパイア・リッチー・ドラゴンの四種が挙がる。

 吸血鬼とは、"そういうもの"なのだ。

 

「あのドラゴンが、私のダンジョンを宝目的で襲撃してきまして……」

 

「……あぁー」

 

 ドラゴンは光り物が好き。むきむきでもそれは知っている。

 

「ダンジョンは壊され、宝は全て奪われ、私は餌としてさらわれて……」

 

「おいたわしや、カミラさん……」

 

「いえ、こうして助かった幸運に感謝しませんと」

 

 悲惨過ぎる。

 普通のドラゴンなら返り討ちにできただろうに、自然界の食物連鎖における頂点たるドラゴン、そのドラゴンの中の最上級種となれば、ヴァンパイアでも歯が立たなかったのだろう。

 百舌の早贄状態になっていた吸血鬼の美女は、本当に悲惨なオブジェとなっていた。

 

 むきむきはカミラを発見してすぐに救出、近場の鉱石の山に拳の連打で穴を掘り、そこにカミラを押し込んでいた。

 これでなんとか、日光は防げる。

 カミラの体は相変わらず透けていたが、これ以上悪化するのはなんとか防げたようだ。

 

「先輩を呼んだのも、無駄になってしまいました」

 

「先輩?」

 

「私のヴァンパイアの先輩です。

 吸血鬼としてのいろはを叩き込んでくれた方ですね。

 先輩は凄いんですよ? この世界で最も恐ろしいダンジョンの主なんです!」

 

「おお、それは凄い!」

 

「私が命の危険を感じてSOSを出したので、そろそろ来てくれるかも……あっ」

 

 カミラは先輩ならそろそろ来てくれる、と思ったその時。今でも外を照りつける、自分を消しかけるほどの強い陽光のことを思い出した。

 やべっ、とカミラが思った時にはもう遅く。

 

「私を呼んだか?

 この、千年を生きる真祖、偉大なる不死者の王たる我を……あじゃじゃじゃ!?」

 

 格好良く登場した男の吸血鬼が、日光に焼かれてステーキになりかけていた。

 

 

 

 

 

 日光に焼かれ、ステーキになりながら消えていく吸血鬼をむきむきが救出。カミラの入っていた穴を拡張し、そこに男の吸血鬼も放り込んだ。

 

「カミラァ!」

 

「はいぃ先輩っ!」

 

「屋外で吸血鬼の助け呼ぶとかどういう了見だ!

 せめて夜に呼ぶか、屋内に呼ぶか、昼の屋外だと伝えておくか……何かあっただろ!」

 

「すみませんすみません慌ててたんです!」

 

「この、おでんで不人気の食材みたいなヴァンパイアが……!」

 

「うぅ、ごめんなさい」

 

 ドラゴンから逃げるか戦うかでビビっていたところで、吸血鬼を二人も助けてしまった。流石のむきむきも"何してるんだろう僕"と思わざるをえない。

 

「助かったぞ、人の子よ。

 常ならばお前達は我らの餌となる運命だが……

 今日のところは感謝し、見逃してやろう。その幸運を噛みしめるがいい」

 

「ありがとうございます、ヴァンパイアさん」

 

「どうしたんですか先輩? そんなかしこまった話し方しちゃって」

 

「おい馬鹿カミ――」

 

「……あ、そういえば先輩人前ではキャラ作ってるんでした! す、すみません忘れてました!」

 

「……」

「……」

 

 この空気をどうしてくれる、という視線が二つカミラに突き刺さる。

 

「……こほん。人の子よ、その献身に褒美を取らせよう」

 

(凄い。この人尊厳が地に落ちてもやけっぱちになってない)

 

「使用者の微量な魔力を吸って半永久的に稼働し、筋力を上昇させるベルトだ。

 筋力を参照する攻撃・スキルのダメージも15%ほどアップする代物であるぞ」

 

「あ、ありがとうございます」

 

 物で今の一幕のことを忘れろということなのだろうか。

 とりあえず強力な魔道具であることに変わりはないので、貰うだけ貰っておく。

 ベルトをどこからともなく取り出したマントが揺れていた。

 

 カミラは銀の髪のほっそりとした体付きのヴァンパイア。

 対し、先輩と呼ばれたヴァンパイアは服といいマントといい、髪といい顔といい、どこに出しても恥ずかしくない理想的なヴァンパイアの姿をしていた。

 

「ヴァンパイアさんは、いかにも吸血鬼って感じですね」

 

「いいシャンプーを使っているからな」

 

「シャンプー」

 

「服も自作だ。性能も高いが、格好良いだろう?」

 

「自作」

 

「ファッションセンスの無いヴァンパイアに生きる価値はない」

 

「ファッションセンス」

 

 ちょっと目眩がするむきむき。

 『気高く強く格好良い吸血鬼』のイメージを維持するため、日々吸血鬼が努力しているという舞台裏を、見たくもないのに見てしまった気分であった。

 気分はミッキーマウスの中身を見た小学生とそう変わるまい。

 

「そうだ先輩! あのドラゴンを倒してくださいよ!」

 

「カミラ、私は陣地作成型だ。

 自分のホームグラウンドでは強いがアウェイでは相応の力しかない。

 流石にあのレベルのドラゴンを殺し切るだけの火力は出せんよ」

 

「そ、そんなぁ」

 

「第一、今の私は誰かさんのせいで不意打ち日光を食らい、瀕死の状態なのだが」

 

「その点は本当に申し開きのしようもなくごめんなさいすみません!」

 

 魔力で日光に耐えながら長時間晒されていたカミラ。

 不意打ちで防御することもできず日光を食らってしまった先輩。

 二人は仲良く戦闘不能。

 仲間が出来たかと思ったむきむきであったが、役立たずが二人増えただけだった。

 

「お二人はここに隠れていて下さい。

 何とか僕が奴を倒して、お二人は夜になったら下山を……」

 

「いいから座れ。無策の突撃は愚策にも劣りかねんぞ」

 

 無茶しようとするむきむきを、先輩が止める。

 

「先輩、せめて支援魔法か何かをかけてあげましょう」

 

「私が今使える支援魔法など、歯が鋭く頑丈になる魔法くらいだ」

 

「なんでそんなピンポイントな魔法を!?」

 

「昔、貴族の女の首筋に噛み付いたことがある。結果、私の歯の方が折れた」

 

「!?」

 

「貴族の女の防御力を舐めるな。

 牙を強化しないと、ヴァンパイアの牙も通らんことがあるのだ。

 おのれダスティネス、100年前は辱められたが、貴様の子孫をいつか必ず……」

 

 男はなにやらメラメラと燃えていたが、そんな女性が存在するということが、少年には衝撃の事実だった。

 

「歯を強くする魔法……あ、そうだ。

 僕今歯が一本抜けそうなんですよ。

 下の歯なので、これが抜けたら屋根の上に投げようと思ってたんです。

 強くて立派な大人の歯が生えてくるようにーって」

 

「……え、乳歯? 待ってください、むきむきさん何歳なんですか?」

 

「12歳です」

 

「「!?」」

 

 下の歯が抜けたら屋根の上に投げるんだ、という話から年齢暴露の流れになり、吸血鬼二人が頭を抱える。

 

「なんということだ……後でちょっと血を分けてもらおうと思っていたのに。

 子供から血を吸わないのは私のポリシー。ここは絶対に曲げられん」

 

「そんなことを考えてたんですか、先輩……」

 

「黙れカミラ、ビビリ屋で人を殺したこともないチキン吸血鬼が」

 

「酷い!」

 

(この二人、本当にヴァンパイアなんだろうか……)

 

 もしかしてアクシズ教徒の方がよっぽど人に迷惑をかけて生きてるんじゃないだろうか、とむきむきは一瞬思うも、首を振ってその思考を頭の中から追い出した。

 

「とりあえずかけておいて損はないでしょう、先輩」

 

「あ、ちょっと待って下さい。抜いた歯にそれかけられますか?」

 

「できるがどうする気だ? まあいいか。『クリアクリーン』!」

 

 むきむきが抜いた歯に魔法がかけられる。

 

「もう他に何もないのか、カミラ」

 

「後はもう、私が使ってるヘアワックスと櫛くらいしか……」

 

「なんでだ! よりにもよって何故その二つが残った!」

 

「だ、だって! 女の子にとって身だしなみを整えるのは命よりも大切なことで!」

 

「ヴァンパイアが女の子を自称するな! 全員実質ババアだろうが!」

 

「な、なんてことをッ!」

 

「お二人とも落ち着いて下さい!

 僕の中のヴァンパイアのかっこいいイメージが加速度的に崩壊してます!」

 

 しょうがないので、ワックスと櫛でかっこよくむきむきの髪をセットすることになった。

 

「よし、完璧です! かっこいいですよ、むきむきさん!」

 

「ありがとうございます、カミラさん」

 

「大体ドラゴンスレイヤーってのはかっこいいものです。

 かっこいい髪型にしておけば、ドラゴンもきっと倒せるはず……」

 

(それは『ドラゴンを倒す姿はかっこいい』という逆説の話なのでは……)

 

 ほとんど役に立っていないヴァンパイアであったが、一つだけ面白い武器をくれた。

 

「いいか、私の魔法で強化されたその歯は何にも刺さる。

 硬いものにも柔らかいものにもだ。

 強く投げても弱く投げても必ず刺さる。

 だからこそ当てる場所は考えろ。所詮は歯だ。手足に当てても意味はない」

 

「ありがとうございました、先輩さん」

 

「全く、人を餌食とするダンジョンの主がこんなことをするハメになるとは……」

 

 そんなこんなで、むきむきは吸血鬼達と別れ山の木々の合間に潜む。

 ゆんゆんが"むきむきが既に逃げ出しているが下山は難しいという状況に陥っている"可能性に気付き、召喚魔法を試してくれる可能性にちょっと期待していたが、その可能性に気付けという方が酷だろう。

 

 むきむきは黄金竜に見つからないようこそこそ動き、山中を這うように進む。

 そして、黄金竜の様子を伺うため、黄金竜を発見し……黄金竜に攻撃を仕掛ける、レヴィ達の姿を発見した。

 

「わぁい、逃げる選択肢がなくなったよ」

 

 めぐみんとレヴィの喧嘩を売る姿は、とてもサマになっている。

 他人に喧嘩を売る人達に振り回されているレイン達を見て、むきむきは地を蹴り跳び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初撃はゆんゆんの石化魔法。

 石化の状態異常を引き起こせれば、いかな竜とて事実上の即死だ。

 と、思われたのだが、不意打ちの石化は竜に見事にレジストされてしまっていた。

 どうやらあの黄金の鱗と皮膚は、不意打ちにも状態異常にも強いらしい。

 

 竜は怒り狂い、めぐみん達に襲いかかっていく。

 

「『ライト・オブ・リフレクション』!」

 

 その姿が、竜の視界から消えた。

 レインが無詠唱で緻密に発動させた光の魔法が、光を屈折させて彼らの姿だけを視界から消してみせたのだ。

 

「器用なものだな、ベルゼルグのレイン。流石は王族の教育係か」

 

「もう八割くらいヤケクソでやってますっ……! 『ウインドカーテン』!」

 

 更に、風の中級魔法を放つレイン。

 風の中級魔法が竜の周囲をかき回し、姿を消しても消えない人の気配や足音などを誤魔化して、魔力をバラ撒くことで魔力反応も消してみせる。

 レインの両手にゴテゴテと付けられた指輪がマジックアイテムとしてなんらかの作用を起こし、複数の魔法を安定して発動させているようだ。

 

 レインはレヴィ、レヴィの警護の騎士、めぐみんを岩陰に隠して、姿と音と魔力の反応を誤魔化しながら、ゆんゆんと共に距離を詰める。

 移動した先は、人を見失い戸惑う黄金竜の顎の下。

 レインの手で安全にそこまで運ばれたゆんゆんが、風の音にまぎれて詠唱を行い、竜の首へと光刃を放った。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 ガガガ、ギャリッ、と嫌な音が鳴る。

 戦車をチェーンソーで切ろうとすればこういう音が鳴るのだろう。

 人間でいう喉仏の辺りに魔法は命中し、鱗を落として皮膚に傷を付けるも、首の切断には至らない。

 

「くっ」

 

 もう少しレベルがあって、もう少しスキルレベルがあったなら、一発で首を切り落とせたはずなのに。

 そう思い悔しがるゆんゆんだが、今の一撃をそんな風に見ていたのはゆんゆんだけだった。

 

 竜が吠え、暴れる。

 慌ててレインとゆんゆんは後退するが、竜は構わず見えない魔法使いを殺すべく、しっちゃかめっちゃかに暴れだす。

 翼が羽ばたけば、生み出された風の刃が周囲を切り裂く。

 地団駄が踏まれれば、広範囲の地面が揺れて踏み砕かれる。

 黄金竜は周囲の地面をブレスで薙ぎ払うことまでし始めた。

 

「なんでこんないきなり……!」

 

 狂乱か暴走にしか見えない大暴れ。

 今、黄金竜は、ゆんゆんの魔法の恐るべき威力に『殺される』と思ってしまったのだ。

 だからこうして、必死に暴れている。

 ゆんゆんの魔法はこのレベルの敵を一撃で殺すには威力が足りず、けれども死を意識させるほどには威力が高かった。

 

「これが竜の逆鱗とかいうあれですかね」

 

「随分余裕だな爆裂娘……うおっ!?」

 

 その内、竜の大暴れがレヴィやめぐみんが居る場所にまで飛んで来てしまう。

 岩が砕け、姿を消しているレインとゆんゆんではなく、レヴィ達が竜に見つかってしまう。

 発見の直後、間も置かず竜はブレスを吐いた。

 

 息を吸って、吐く。

 それだけで破壊光線を発射できる竜ならば、殺害に必要な所要時間など、それこそ一呼吸分あれば十分だ。

 

「王子!」

「王子!」

 

 王子の傍で騎士が、遠くでレインが、王子の身を案じて声を上げる。

 

 王子達を守る手は何かないかと、レインは考えに考えながらその光景を凝視して―――めぐみん達を抱えてブレスを回避する、筋肉の疾風(かぜ)を見た。

 

「あなたは本当に、私のピンチを見逃しませんね。むきむき」

 

 騎士を左腕に、レヴィを左手に、そして右腕にめぐみんを抱え、その巨体は軽々と跳躍回避を行う。

 抱える時にめぐみんと男性の肌が触れ合わないようにと、さりげなく気遣われて抱えられたのが、彼女にはなんだかこそばゆい。

 心配だった気持ちを、安堵の息と一緒に吐き出す。

 

 吐き出した息が、いつもより熱い気がした。

 

「無事だったようで何より。ま、私は心配なんてしていませんでしたが」

 

「ちょっとは心配してくれた方が僕は嬉しいかなって」

 

「むきむきの心配とかして噂されたら恥ずかしいですし……」

 

「心配したって噂さえ嫌なの!?」

 

 黄金竜はむきむきを凝視する。

 竜はこの筋肉を甘く見るだなどという愚行は侵さない。

 他の誰でもなく、竜はむきむきを狙って攻撃を開始した。

 

「むきむき! お前、無事だったのか!」

 

「はい、レヴィ王子!」

 

 竜が自分を狙っていると気付き、むきむきは抱えている人の安全のため、回避行動を取りつつ一人一人降ろし始めた。

 大きな岩の後ろを通る時、騎士をこっそり降ろす。

 姿を隠しているレイン達の位置を超感覚の五感で知覚し、そこにめぐみんをこっそり優しく落としていく。

 レヴィもどこかに隠そうとしたが、竜の猛攻の前にどうにも上手く行っていない。

 

 そうこうしている内に、レヴィはむきむきに謝罪を始めた。

 

「悪かった。街に被害を出さないようにしてくれなどと、無茶を言った。

 お前は奮闘してくれたが、俺の指示のせいで黄金竜にさらわれたようなものだ」

 

「王子、そんな」

 

「だが、よくやってくれた。街に怪我人は出ていない。お前のおかげだ、むきむき」

 

「! よかったです! これで後はこいつを倒すだけですね、王子様!」

 

 心底嬉しそうにしているむきむきを見て、レヴィもまた笑った。

 傲慢さが見えない、偉そうでもない、彼もまた心底楽しそうな笑みだった。

 

「人前でなければ呼び捨てで構わんぞ。

 敬語も要らん。ベルゼルグの方の王族にはそうしていたと聞いた」

 

「え、何故それを……あ、めぐみんかゆんゆんか」

 

「野蛮なベルゼルグ王族に人間的な活動で負けていられるか。

 俺も今日からお前の友人だ! 喜べ、王子直々の友人宣言だぞ!」

 

 レヴィ王子は、素直ではない男の子。

 言葉は額面通りに受け取らず、その向こうの本音を汲み取ってあげるのが大事なことだ。

 王子は自分用の小さな王冠を軽く握りしめ、巨人の胸を軽く叩く。

 

「俺がこの国で王冠を手にしている限り、エルロードはお前を友人として迎えよう」

 

「―――!」

 

「何、バカ王子のいつもの我儘だ。国民も気にしないだろうさ」

 

 自分の代わりに街を守ってくれた巨人に、竜に立ち向かったその背中に、レヴィ王子は何か思うところがあったようだ。

 それは憧憬か、尊敬か、信頼か。

 

「ありがとう、レヴィ」

 

「礼を言うのは俺の方だ。

 俺は……ベルゼルグの王族とは違い、民を自分で守れもしない王族だからな」

 

 "ベルゼルグの王族"と口にした時、一瞬だけ王子の顔が暗くなるが、すぐに元に戻る。

 

「いや、今言うべき言葉はそうではないな」

 

 そこには、会ったこともないアイリスと自分を比べる比較があった。

 男は女より強く、女を守るものだという認識があった。

 自分より強いという許嫁への捻れた感情があった。

 国を司る者として宰相に負け続け、守る力でも妻に負け続ける、そんな未来を予想している王子様の本音があった。

 王としても男としても何かに負けてしまうことに対する、子供らしい剥き出しの感情があった。

 

 その全てが、アイリスと出会い触れ合うだけで消えてしまう程度ものだったとしても。

 今はまだ、彼の中にくすぶる気持ちだった。

 

「行け、勝て、むきむき。お前より強い男を、俺は知らない」

 

 それら全ての感情を、自分より力が強く、自分より賭け事が弱い、"人にはそれぞれの強みがある"ことを思い出させてくれた巨人への敬意が押し流して、王子にその言葉を口にさせる。

 

「勝ちますとも!」

 

 短い言葉からその感情、気持ち、情念の全てを理解するには、むきむきの知力はあまりにも足りない。

 だが、王子が自分の勝利を心底願ってくれていることだけは理解できた。

 心と魔力と筋肉がひと繋がりであるその肉体は、その心の動きに連動し強くなっていく。

 

「そら!」

 

 むきむきがお年頃特有の抜けた乳歯を投げつける。

 ヴァンパイアパワーで強化されたそれは、黄金竜の左目へと突き刺さり、その目に細く深い穴を穿って失明させた。

 黄金に覆われていないその両目。

 黄金竜唯一の狙い目と言っていいそこに当て、むきむきはようやくダメージを与えることに成功した。ドラゴンは痛みに絶叫する。

 

(ヴァンパイアに歯を武器にしてもらうなんて、なんだか変な気分)

 

 ヴァンパイアの歯なんて人類の脅威の一角だろうに。

 

「むきむき!」

 

 竜が悶えているその隙に、人間サイドは全員合流。

 ゆんゆんはよっぽど罪悪感を感じていたのか、むきむきを見るなり体当たりするようにしてその体に怪我がないか確認し始めた。

 

「よかった、無事で……!」

 

「あ、待って待って、今戦ってるから……」

 

 ゆんゆんははっとして、周りを見て、恥ずかしそうに縮こまる。

 竜はこの距離が危険と感じたのか、空を飛んでブレスを吐くヒット・アンド・アウェイスタイルに移行しようとするが、そこでむきむきの無事な姿を見てほっとしたレインが指輪を空に向ける。

 

「ええ、無事で良かったです、本当に……『マジックキャンセラ』!」

 

 レインの魔法無効化魔法を受け、竜は何故か空中でバランスを崩し、勢い良く地に激突した。

 

「これは……!?」

 

「やはりそういうことですか」

 

「どういうことですかレインさん!」

 

「マンティコアを覚えていますか?

 やつは自分の羽でも飛べますが、その補助に魔法を使っているんです。

 この黄金竜の飛翔、いくらなんでも凄まじすぎると思っていたのです。

 飛行に魔法を使っている生物は、その魔法を消すことで、上手く飛べなくなる……」

 

「無効化したのは、黄金竜が空を飛ぶために使っていた魔法か!」

 

 王都でも地味なことで有名だった女、レイン。

 極めて優秀なはずなのに、地味な活躍が光っていた。

 地味の宿命からは逃れられないのかもしれない。

 

「飛行は潰しました。後は……」

 

「待って、黄金竜が何かしてる!」

 

 事実上の翼をもがれ、走って獲物を仕留めるしかなくなった竜が、首をもたげる。

 閉じられた口から、光と化した吐息が僅かに漏れた。

 膨大な魔力が溜め込まれ、高められ、竜の肺を通って口の中で圧縮される。

 今までにないほど長い溜めと、これまでにないほど大きな魔力が、竜の吐息を変性させる。

 

「黄金竜の最大威力のブレスか、これは……!」

 

 大勝負、即ちここが戦いの分水嶺。ならば、ここは彼女の出番以外にありえない。

 竜が自身の大半の魔力を込めているのに対抗するかのように、大きな杖をくるりと回しためぐみんが、皆の前に立った。

 めぐみんもまた、体内に秘める莫大な魔力を練り上げ始める。

 

「レヴィ王子」

 

「ん? なんだ?」

 

「あなたの心情はある程度察しています。

 ならば、見るといいでしょう。

 悩みなど吹き飛ばす、あらゆる悩みが小さく見えるほどの、偉大なる『最強』を」

 

 杖が前に向けられる。

 ゆんゆんとむきむきは、何一つ疑っていない顔で、めぐみんのその背中を見つめている。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして! 爆裂魔法を操る者!」

 

 めぐみんも、ゆんゆんも、むきむきも。

 

 『それ』が最強の魔法であることを、疑うこともなく信じていた。

 

「空蝉に忍び寄る叛逆の摩天楼!

 我が前に訪れた静寂なる神雷!

 時は来た! 今、眠りから目覚め、我が狂気を以て現界せよ! 穿てッ!」

 

 黄金竜のブレスが放たれ、迫り来る黄金の吐息に、めぐみんの魔法が後出しで放たれる。

 

「―――『エクスプロージョン』ッ!!!」

 

 一瞬の拮抗さえもなく。

 

 爆裂魔法は竜のブレスを蒸発させ、その向こうのドラゴンへと届いていた。

 

 普段、上から下へと打ち下ろされる形で放たれる爆裂魔法は、この度術者から一直線に目標へと飛ぶ爆焔となった。

 世界を焼き潰し、塗り潰す紅き爆焔。

 レヴィはその輝きに目を奪われる。

 王城を吹き飛ばすという話が法螺ではなかったと、彼は今まさに実感していた。

 この威力があれば、容易に城など吹き飛ばせる。

 魔法に耐性がある最前線の砦でも、この爆裂魔法を数撃てば崩壊しないわけがないと、そう思わせられるほどの威力があった。

 

「なんだ、これは……御伽噺に出て来る、天地創世を見た気分だぞ……?」

 

 爆裂魔法は効果範囲の大気さえも焼滅させる。

 発動時に発生した爆風、発動後に効果範囲に生まれた真空へとは流れ込む周囲の空気が、レヴィが立っていられないくらいの風の動きを生んでいた。

 だが、めぐみんはばたりと倒れる前に、目にしてしまう。

 

「しくじりましたね」

 

 その爆裂魔法でも、仕留めきれなかった黄金竜を。

 

「ブレスで威力を軽減された上、爆裂の軌道を逸らされてしまうとは……」

 

 黄金竜の全魔力の七割を込めたブレスは、爆裂魔法に当たって蒸発させられたものの、その効果範囲を少しだけズラすことに成功していた。

 爆裂魔法は、巻き込まれないために発動時は距離を取っておく必要がある。

 距離が離れていたために、少しのズレが大きなズレとなってしまったようだ。

 

 だが、それで凌ぎきれる爆裂魔法ではない。

 効果範囲は随分ズラしたはずなのに、黄金竜の皮膚は所々が爆焔に引き裂かれていた。

 左前足は完全に吹き飛び、左側の翼も消し飛んでいる。

 竜の体内は爆裂の衝撃波でシェイクされ、鱗も皮膚も全身の二割ほどが剥げていて、純粋魔力爆発は魔力ダメージとなって黄金竜から生命力を根こそぎ削り取っていた。

 

 クロスカウンターに近い形で防御行動を取らせなかったとはいえ、恐るべし爆裂魔法。

 己の信じる最強魔法で倒せなかったことにめぐみんはたいそう悔しがっていたが、レヴィから見れば、あの竜よりこの少女の方がよっぽど恐ろしく見えた。

 

「めぐみんが倒せなかった竜を私が倒す。今日の勝負は、これで私の勝ちってことでいいよね?」

 

 そこでゆんゆんがそんなことを言うものだから、倒れそうになったところをむきむきに優しくキャッチされためぐみんがギャーギャー騒ぎ出す。

 

「わ、私が弱らせたモンスターを横取りして勝利宣言とか!

 あなたに羞恥心はないんですか! この外道! 悪魔! 寝取り女!」

 

「じょ、冗談だから! そんなに本気にしないでよ! って寝取り女!?」

 

 寝取り女とか、一生に二度は使わなそうなワードが飛び出してくる。

 ゆんゆんはめぐみんに背を向け、竜を見た。

 

(とはいえ、どう攻めよう)

 

 爆裂魔法を食らってなお、竜は桁違いの生命力と大きな魔力を滾らせている。残りの全魔力を込めたライト・オブ・セイバーを首に当てても、切れるかどうかは微妙なところだ。

 思考を回すゆんゆんに、むきむきは一言だけ告げる。

 

「リーン先輩が言ってたこと覚えてる、ゆんゆん?」

 

「……あ」

 

 それが、ゆんゆんに先輩冒険者からの教えを思い出させていた。

 

「後衛が仕留めるのにこだわりすぎる必要はない。

 前衛が仕留めるのにこだわりすぎる必要はない。

 私達は、チームだから……自分が決めることにこだわらなくていい」

 

「うん」

 

 むきむきがゆんゆんを右腕に乗せ、ゆんゆんはむきむきに掴まりながらその右腕に乗る。

 

「私がむきむきを守るから、むきむきは私を守ってね」

 

「うん、任せて」

 

 ゆんゆんは杖を構え、むきむきは拳を構える。

 

 そして、打倒の疾走が始まった。

 

「行くよ!」

 

 接近してくる二人に対し、竜が抜き撃ちのようにブレスを放つ。

 

「『ライトニング・ストライク』!」

 

 そのブレスを、ゆんゆんの雷が叩き落とした。

 むきむきは回避行動に一切の時間を取られることなく、全速力で一気に距離を詰めていく。

 そして、ある距離でゆんゆんを頭上に投げ飛ばした。

 

「気を付けて、ゆんゆん!」

 

「任せて!」

 

 ドラゴンは頭上を取ろうとするゆんゆんを、残った翼で起こした風で落とそうとする。

 しかし、そこで一本だけ残った前足にむきむきがローキックを叩き込んできた。

 竜の巨体相手にも成立する筋力任せの足払い。一本だけ残った前足を払われ、竜は体勢を崩してしまう。ゆんゆんへの迎撃は失敗に終わった。

 

「ローキックは基本! って、教わったんだ!」

 

 ゆんゆんは竜の頭上から、めぐみんの爆裂魔法で鱗と皮膚が吹き飛んだ部分、すなわち魔法抵抗力が高い部分が剥げた部分に狙いを定め、狙い撃った。

 

「『カースド・ライトニング』!」

 

 魔力で動くこたつがあり、魔力で動く冷蔵庫があり、魔力で動く拡声器があり……そのため、電気で動く電気製品が無い、この世界だから奇抜な発想がなければ至らない選択肢。

 ごく一部の書籍にしか乗っていない、希少な知識に由来する攻め手。

 『金に対する電撃攻撃』だった。

 

「よし!」

 

 ドラゴンが咆哮する。雷は体を一直線に流れ、ドラゴンの心臓にも多少の影響を与えたようだ。

 むきむきがかなり高くに放り投げていたため、ゆんゆんにはもう一度魔法を撃つ余裕がある。

 雷で痺れたドラゴンの首へと、ゆんゆんは最後の魔法を解き放った。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

 自分のライト・オブ・セイバーだけでは、この首は切れない。

 そんなことは彼女も分かっている。

 だから、彼のライト・オブ・セイバーと、同時に合わせた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 少年の手刀が、光の刃と同時に振るわれる。

 刃と刃が、ニ方向から竜の首を挟み込んだ。

 二人が狙うはめぐみんの爆裂が鱗と皮膚を引き剥がした部分のみ。

 "何故ハサミが物を切りやすいのか"という原理を証明するかのような一撃は、少年少女が今残っている余力を全部込めたのもあって、竜の首をあっという間に大切断。

 竜の首が落ちる横で、むきむきは落ちて来たゆんゆんを柔らかくキャッチする。

 

 ヒュドラの時、ゆんゆんの魔法から繋いでめぐみんとむきむきで決めたのとは対照的に、めぐみんの魔法から繋いでゆんゆんとむきむきで決める形となった。

 

「くくっ、こんなに興奮したのは、人生初めてかもしれないな……!」

 

 その光景が、またレヴィの心を震わせる。

 

「は、ははっ……! ドラゴン殺し、まるで伝説の英雄様じゃないか……!」

 

 今この瞬間だけは、国のことも、許嫁のことも、宰相のことも、自分のことも何もかもどうでもよくなって、ただ目の前の光景に感動していられた。

 とても熱く、とても誇らしい、捻くれた心に染み渡る気持ちが、少年の胸の中にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レヴィお付きの騎士は、結局あまり役に立たなかった。

 ドラゴンを見てビビっていた騎士の姿に、"まあこれが普通の反応か"と皆の生暖かい視線と寛容が突き刺さる。

 王子様は、あんまり役に立たなかった部下にも寛容だった。

 

「まあ仕方ない。俺が無理矢理連れてきてしまったようなものだ」

 

「申し訳ありませんでした、王子!」

 

「が、来月は減給な」

 

「本当すみません……」

 

 解雇されないのが既に奇跡であった。

 

「あれ、むきむきさんはどちらに?」

 

 レインが空に合図の魔法を打ち上げ、エルロード王城に情報を伝える最中、少年の不在に気付く。

 

「ちょっとその辺見回ってくると言ってましたよ、レインさん。

 周囲にモンスターが居ないかだけチェックしてくる、って言ってました」

 

「そうなんですか、ゆんゆんさん」

 

「どうせドラゴンから逃げる最中に猫でも拾ったんですよ。

 あの目は見たことがあります。以前猫を拾って来た時の目です。

 うちの妹に拾った猫を食われそうになり、こっそり猫を逃した時の目でした」

 

「めぐみんさんは彼のことをよく知ってるんですね」

 

 レインはあえて妹のくだりをスルーする。ツッコミの放棄であった。

 

 

 

 

 

 めぐみんの推測は半分当たりで半分ハズレだ。

 むきむきの心の状態への推測はピタリと的中していたが、今回彼が抱えていたのは猫ではなくヴァンパイアである。

 

「これで夕陽も差し込まないと思います。夜になったら出て下さい」

 

「ありがとうございます、ありがとうございます……!」

 

 二人を隠していた穴の隙間をみっちり塞ぎ、陽光が傾いて横から差し始める時間帯への対策もバッチリ行う。

 カミラがペコペコ頭を下げて感謝していたが、先輩と呼ばれた千年を生きる真祖のヴァンパイアは呆れ顔だ。

 

「我らヴァンパイアにここまでしていいのか?」

 

「ここまで、とは?」

 

「奇縁で話す機会を得たとはいえ、ヴァンパイアは人の敵対種だ。

 我らもその例外ではない。生かしていくべきではないと思うが?

 私は人も殺しているし、カミラも不殺だが人の血を吸うことは多いぞ」

 

「あ」

 

「……深く考えてなかったのか、人の子よ……」

 

 もうじき夜になる。

 むきむきが帰り際にしたこの手助けは吸血鬼達への助けとなったが、この時間から夜まで持ち堪えるだけなら吸血鬼達の力のみでも十分なのだ。

 まして、ヴァンパイアは人の敵。

 この手助けは、完全に余計な行動である。

 

 むきむき一人で仕留めきれるかは別として、世のため人のためを考えるなら、ヴァンパイアはここで殺しておくべきなのだから。

 

「……た、戦います?」

 

「……いや、いい。なんというかダメだな、お前は」

 

 なのだが、むきむきは多少情が湧いてしまったようだ。

 この二人が誰かの血を吸っているところに出くわしでもすれば、その時点から本気で戦えるのだろうが、現時点ではまるで戦いに踏み切れていない。

 

 正義感から割り切って、吸血鬼を倒すこともできず。

 博愛主義を極めて、吸血鬼さえも倒さないと決めることもできず。

 倒す倒さないを決める言葉が疑問形になってしまう辺りが、とてもむきむきらしかった。

 その微妙な決断力の無さが、吸血鬼を更に呆れさせる。

 

「『シュミテクト』」

 

 ヴァンパイアの男は、むきむきの歯にまた別の魔法をかけた。

 

「今のは?」

 

「今度の魔法の効果は高くない。何にも刺さる、ということはないだろう。

 その代わり長続きする、そういう魔法だ。

 もう虫歯になることはないだろう。子供はよく虫歯になるからな。餞別だ」

 

 下の歯が抜けたから屋根の上に投げるだの、歯が虫歯になる子供だの。今日は千年近く前に聞いた覚えがある懐かしい言葉を思い出す日だな、とヴァンパイアは懐かしい気持ちに浸っている。

 対しむきむきは、妙に友好的なヴァンパイアを不思議なものを見る目で見ていた。

 

 ふと、少年は昔本で読んだ内容の一節を思い出す。

 ダンジョンを作る者の中には、『最後に人に打倒されるため』に生きている者も居るのだ、という話を。

 このヴァンパイアもダンジョンの主であるのなら、ただ人間を殺すだけのモンスターとは、違う目的や思考回路を持っていたとしてもおかしくはない。

 

「自慢ではないが、私はこの国で最も険しいダンジョンの主でもある。

 お前がいつか私の下まで辿り着くことを、楽しみに待っていよう。

 私とお前が本気で戦うのであればその時だ。ふははは、その時は全力で来るがいい!」

 

「はい!」

 

 カミラの言う通りこのヴァンパイアのキャラがキャラ付けによるものであるのなら、この深層のダンジョンの主ムーブは結構楽しんでやっているのかもしれない。

 

「再会するまでは死なないようにな。……ああ、そうだ」

 

 その時、ヴァンパイアの脳裏にある事柄が思い出されて。

 

「魔王軍幹部の、シルビアという者には気を付けろ」

 

 彼は個人的に、魔王軍幹部の中で最も恐れる者の話をし始めた。

 

「シルビア? ああ、里に来て何度も撃退されていた……」

 

「そんなことができるのは上級魔法を数十人でぶっ放す紅魔族だけだ、全く」

 

 人類圏最強クラスの集団が一極集中し、常にホームで戦う紅魔の里は、やはり飛び抜けている。

 大切なのは、そこで"紅魔族にあっさり負ける者は弱い"という錯覚を持たないようにすることだ。

 

「私とそこの吸血鬼、カミラには共通の知人が居た。

 そのヴァンパイアを吸収した者が、魔王軍幹部シルビアだ。

 美しく、強い。

 それだけを理由に、奴はヴァンパイアを『最後の繋ぎ』として使うためだけに吸収した」

 

 モンスターの頂点の一つであるヴァンパイアでさえ、シルビアは吸収したという。

 吸収という近接即死技を持ち、極めて高い魔法抵抗を持つシルビアを倒せる者は限られる。

 だからこそ、ヴァンパイアはむきむきにこの忠告をしたのだろう。

 

 この少年は見るからに強力な魔法使いではなく、敵に触れることで攻撃するタイプだったから。

 

「あれは生物吸収で無限に進化し、無限に強化される。際限がない。

 本人が強さより美しさにこだわっているのが唯一の幸いだな。だから、気を付けろ」

 

「……」

 

「人の異端である紅魔族も。

 モンスターの最上級種の一角たるヴァンパイアも。

 あの幹部を前にすれば、自らを高める材料の一つでしかなくなる。

 美しい女性が身内に居るのであれば、尚更に気を付けろ」

 

 心当たりがあるため、むきむきもこの忠告は聞き流せない。

 即死攻撃に伴う吸収と進化。

 それで身内があっさりやられるのを見てしまったなら、このヴァンパイアの警戒心も当然のものと言えるだろう。

 

 あるいは、反則を貰ってこの世界にやって来る転生者でさえ『経験値を溜めレベルを上げる』という成長手段に縛られているこの世界で、それに全く縛られず『他者を吸収する』という成長手段を持つシルビアは、長命種にはとても異常なものに見えるのかもしれない。

 他者の血しか取り込めない吸血鬼には、尚更にそう見えるだろう。

 

「シルビアは盗賊職だ。

 奴はバインドで敵を捕獲し、そのまま密着、あっという間に吸収する。

 いいか? 奴に取り込む気が無いなどという例外に期待はするな。

 シルビアとの戦闘に限り、バインドは当たれば即死の即死スキルであると思え」

 

「エグすぎません?」

 

「奴のワイヤーはヴァンパイアでも千切れなかった。

 目の前で同胞を吸収された私が、そこは保証しよう」

 

「仮に千切れても千切ってる間に吸収されそうで嫌ですね……」

 

 その情報が将来活きるか活きないかは別として、少年はシルビアの初見殺し技の情報を得た。

 貴重な情報だ。いずれ魔王を倒しに行く予定が彼にある以上、値千金の情報と言える。

 

「我がダンジョンの最奥で待つ。万全の状態で来るがいい、人の子よ」

 

「ああ、私もドラゴンに潰されたダンジョンの代わり作らないと……」

 

「カミラァ! 最後くらい吸血鬼らしく決めて別れろォ!」

 

「はいぃすみませんっ!」

 

 夕方の終わり際、時間帯が夜に差し掛かった頃。

 時間帯の変化が夜の種族に力を与えるのか、あるいは空に出た月の魔力がヴァンパイアに力を与えたのか、それは分からない。

 ともかく、多少なりと魔力を取り戻したヴァンパイア達は、影に落ちるようにして――テレポートに似て非なる魔法で――どこぞへと去って行った。

 

 高位の魔法使いは自分独自の魔法を持っているという。おそらく、あのヴァンパイアもその類の技能を持っているのだろう。

 カミラの位置座標を参考にここまで跳んできた魔法に、歯の魔法に、去って行った時の魔法。

 長生きした魔法の使い手は皆ああなのかもしれない、と少年はふいに思った。

 

「大魔法使いキールの一番弟子ブルー。なら、あの人も……」

 

 考えることが多すぎて、誰かに丸投げしたくなってしまう。

 とにかく今は帰ろう、と少年は歩を進めた。

 ドラゴンの肉でバーベキューしましょう、と言っていためぐみんの言葉が、少年の心をちょっとウキウキさせていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルロードは、眠らない街だ。

 カジノは24時間営業。魔力による灯りは電力による灯りと比べても様々な面で優れている。

 昼に寝て夜にカジノに挑む者も少なくはない。

 夜に寝るのは、それこそこの国に自宅を持つ現地民が主だ。

 

 しかも、今日は『黄金竜討伐』という最高のイベント付きだった。

 街は夜通し熱気に包まれ、それは朝になっても衰えることはなく、次の夜になっても確実に続いていることだろう。

 宰相ラグクラフトは、その熱狂を窓越しに耳にしていた。

 国の繁栄、民の熱は、それだけで心地よく感じてしまう。

 同時に、楽しいことしかやりたがらないエルロードの国民性に辟易してしまう。

 彼は根っからの、政治のために命を削る苦労人政治家気質であった。

 

 手の中のワインを呷っていると、宰相の部屋のドアがひとりでに開く。

 

「何者だ」

 

 開かれたドアの向こうには、二つの人影があった。

 

「宰相ラグクラフト。

 いや、あえてこう呼ぼう。

 魔王軍工作員、ドッペルゲンガーのラグクラフトよ」

 

 宰相ラグクラフトは、この国の心臓であり、脳である。

 

「お前は引き続き、この国の要で居続けろ。

 必要な時、必要な量の手引きをするのだ。それだけでいい」

 

 魔王軍の使者は、一人の青年をラグクラフトに紹介し、魔王軍としての働きを期待する。

 

「明日は『彼』のサポートを行い。この国を陥落させよ。話はそれからだ」

 

 宰相ラグクラフトは、固く閉じられたその口を開いた。

 

「……あ、そういえば私魔王軍だった。すっかり忘れてた」

 

「絶滅危惧種級のバカかお前は!」

 

 なお、この絶滅危惧種に保護する価値はない。

 

 

 




 『(じぶん)より強い女と結婚したくない』という発言は、十巻でアイリスと出会う前のレヴィ王子の偽らざる本音でもあったんじゃないかなーと思います。十巻後には消えてなくなるものですが

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