「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 原作から引用すると、レヴィ王子は自分達の失態だと感じたら素直に頭を下げるタイプで、アイリスはそんな王子を見て「王族が簡単に頭を下げてはいけません」とたしなめるタイプですよね。二人は割と違うタイプの王族です


2-7-2

 エルロードは、カジノの国とも呼ばれる国だ。

 地球で言えばラスベガスが近いだろうか?

 『娯楽』に特化した国で、他国からも連休の旅行で来る一般市民、クエストで得た金で一発当てることを夢見る冒険者、お遊びで来る貴族などが連日見られる特異な国だ。

 

 賭博という経費を0と計算することもできる商売の利益。及びそこにかけられる税金から、エルロード王家は莫大な金を得ていると噂されている。

 外国からの旅行者のお陰で、外貨獲得にも困らない。

 ベルゼルグが剣で殴る国なら、エルロードは札束で殴る国というわけだ。

 

 ある地球からの転生者はこの国を、「国のメイン産業がソシャゲで、自国他国問わず毟り取ってるようなもんか」と評したという。

 

「ストップストップめぐみん!」

 

「エクスプローもがもがっ」

 

「いきなり王城に爆裂魔法撃とうとするとかどうかしちゃったの!?」

 

 そして今、エルロード王城は爆死の危機に晒されていた。

 ベルゼルグの王城よりも立派なエルロードの王城は、むきむきが彼女の口を塞がなければ間違いなく瓦礫の山となっていただろう。

 

「な。ななな何をしているんですか!? 国際問題になりますよ!?」

 

「なりませんよ、レイン」

 

「え?」

 

「国際問題にできるような王族は、今全員王城ごと消し飛ばすからです」

 

「国際問題に留まらずそれ以上のコトを起こすつもりですか!?」

 

 いつからか自然とレインのことを呼び捨てにするようになっていためぐみん。気を許していると言うべきか、ちょっと舐めてると言うべきか。

 どちらにせよ、レインではめぐみんの抑止力にならないことには変わりない。

 

「初対面で私の仲間を蛮族呼ばわりするやつの家とか、無くなればいいんですよ」

 

「王子! 謝って下さい!」

「この紅魔族は格別に頭がおかしい!」

「自分が破滅しようが気に入らないものは構わずぶっ壊すタイプです!」

 

「こ、この事態は俺のせいか!? 悪かった、俺が悪かったから、その魔法を止めてくれ!」

 

 むきむきとゆんゆんに抑えつけられ、王子の謝罪を受け、めぐみんはしぶしぶと爆裂魔法の使用を取りやめる。

 

「すみません、王子様。

 うちのめぐみんは仲間思いで情に厚いんですが、ちょっと怒りっぽくて……」

 

「いや、命の恩人に蛮族などと言うものではなかったな。非礼を詫びよう」

 

「大丈夫です。僕は外見でとやかく言われるのは慣れてますから」

 

 ちょっと悲しそうな顔をしてしまいそうになって、その顔を隠すために誤魔化しの微笑みを浮かべるむきむき。

 その辺りの感情の動きを微妙な表情の動きから察したのか、レヴィ王子は自分の失言を恥じ、少し申し訳なさそうに目を逸らした。

 だが、すぐに尊大な雰囲気と表情を取り戻す。

 

「喜べ。父上の所までこの俺が手ずから案内してやろう。

 俺が居れば門で止められることもない。会見は速やかに済むはずだ」

 

「ありがとうございます!」

 

「お、おう」

 

 むきむきの声にレヴィが気圧されたのは、単純にむきむきの声が大きかったからか、あるいは予想以上に率直な返答が返って来たからか。

 王子は彼らを王城まで案内しようとするが、そこでマンティコアに破壊されたレヴィの馬車を抱え上げるむきむきを見て、ぎょっとする。

 

「おい待て! 馬車なんてここに置いていっていいんだぞ!」

 

「え、でも、街道にゴミを放置したままで行くのは……

 ちゃんと捨てるべき場所に捨てた方がいいですよ、王子様」

 

「お前にとってこれは菓子の包み紙か何かか!?

 疲れるだろう、置いてっていいんだ! 後で部下に回収させる!」

 

 普通の範疇の胆力しかないレインは、もうぶっ倒れそうな気分であった。

 

 

 

 

 

 その後、滞り無く謁見・親書受け渡しが行われたのが奇跡であったと、後日レインは語る。

 

「よかった……何事も無く終わった……ミラクル……」

 

「そんな大げさな」

 

「誰のせいだと思ってるんですか! ねえ王城に爆裂魔法を撃とうとした人!」

 

 親書の受け渡しにより、両国の結びつきを対外的にもアピールすることに成功。

 更にはむきむきという護衛を見せつけることで、ベルゼルグ王が想定した効果も得られていた。

 

「ガン見されてましたね、僕……」

 

「初見だとその迫力に呑まれるのもあって、3mくらいの筋肉巨人に見えますからね」

 

 ベルゼルグは近年魔王軍に押し込まれており、そのせいで少々『強大な国としてのイメージ』が損なわれつつあった。

 誰も気付いてはいないが、その裏には魔王軍工作員の工作の影響もある。

 弱い国に迷いなく莫大な金を投じて支援できる国などない。

 魔王軍に押し負けないだけの支援を他の国から貰い続けるためにも、"ベルゼルグは強い"というイメージだけは、なんとしても維持する必要があった。

 

 そういう意味では、今回の親書受け渡しは成功だったと言えよう。

 『なんだあのバケモノ!?』と思ってくれればそれでいい。

 "強いベルゼルグ"のイメージが王族やその周囲に印象付けられれば、エルロードからベルゼルグへの支援金は増えることはあっても減ることはない。

 

「現エルロード王は当然ながら親ベルゼルグです。

 知で金を操るエルロードでは、武のベルゼルグは蛮族と揶揄されることもありますが……

 ベルゼルグの代名詞『戦闘力』は、この国でもちゃんと敬意を払われるものなのですよ」

 

「ふむふむ、なるほど」

 

「だからでしょうね。むきむきさんがガン見されていたのは」

 

 あれが畏怖というやつなのだろうか、とめぐみんは思う。

 ある程度鍛えていた者や、ベルゼルグ王族ほどではないが優秀な血統を持つ王族は、多少なりともむきむきに敬意を向けていた。

 だがそれ以外は、よく分からない強者に対する畏怖を向ける者も多く、戦いの心得が全く無い者の中には数人、戦闘を生業とする者への蔑みを持つ者も居た。

 この国の性質が、多少見える一幕だった。

 自前の軍事力を大して持たない賭博の国、エルロード。

 そこには強者への多大な敬意と、そこそこに多い畏怖と、ほんの少しの"戦いを野蛮に思う気持ち"が見て取れた。

 

 戦争となれば、他の国に金を渡して代わりに戦ってもらう。

 徹底抗戦して無駄に被害を出すくらいなら、降伏や和平を目指す。

 国そのものがそういう方向性を持ち、そういう政策を選ばせる下地があった。

 

「あー、でも、疲れたー。最近、偉い人に緊張しながら会うこと多すぎよ……」

 

「お疲れ、ゆんゆん」

 

 テーブルに突っ伏すゆんゆんをねぎらい、その背中を少年の大きな手がぽんぽんと叩く。

 テーブルと胴体に挟まれた胸が潰れるように動き、それを見ためぐみんは密かな殺意を覚えた。

 

「本当にお疲れ様でした。

 今日はここで帰りの食糧を買い込み、泊まり、明日の朝に出発します。

 それまでは……そうですね、自由時間にしましょうか」

 

 レインがそう言い、悪戯っぽく笑った。

 その言葉の意味を察せない彼らではない。

 

「エルロードと言えば……」

 

「カジノ!」

 

 エルロードのカジノ。それは、紅魔の里にも噂が届いていた娯楽の頂点。

 疲れが見えていたむきむき達の様子が、一気に元気なものへと変わる。

 やんややんやと盛り上がる紅魔の子供達。

 三者三様に盛り上がりの程度に差はあれど、カジノをやってみたいという気持ちに変わりはないようだ。

 

「お金は使いすぎないようにしてくださいね。

 それと、明日にはここを出る予定ですから、今日一日を目一杯楽しむように」

 

 レインもすっかり引率の先生気分のようだ。

 国使としての役目を終え、後は問題を起こさず帰るだけ。肩の荷が降りたのかもしれない。

 その時、彼らの部屋の扉をノックする音がした。

 

「はい、どうぞ」

 

 レインが微笑んだまま、来客に入室の許可を与え、来客を見た瞬間にその微笑みを凍結させる。

 

「よう」

 

「!」

 

 凍結された微笑みは、扉の向こうから現れた『王子様』によって、驚愕の色に染められる。

 

「れ、レヴィ王子!?」

 

「どうだ、エルロードで二番目に偉い男の案内は要るか?」

 

 誰も予想していなかった形でのエルロード観光が、幕を上げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エルロード国営カジノ。

 その利益はエルロード最大の歳入となり、エルロードある限りその存在を保証されたカジノであると謳われる。

 その収入は大抵の国の国家予算を凌駕し、その施設面積はほとんどの国の王城面積を凌駕するという。

 

 そんなカジノの一角で、むきむきとレヴィ王子は並んでカードのテーブルを眺めていた。

 

「ああ、それはやめておけ。ルールが多い上に頭を使う。初心者には向かないぞ」

 

「そうなんですか?」

 

「よく理解してないギャンブルに手を出すのは破滅の前兆だ。

 上手い賭博師は利率110%を目安に、勝てる勝負だけするものだぞ」

 

 そんな二人を、レヴィの護衛で付いて来た騎士とめぐみんが見守っていた。

 

「仲良いですね、あの二人、めぐみん殿もそう思われませんか?」

 

「王子様の方は、どことなく打算で近付いてる気がしますけどね」

 

「? それはどういう……」

 

「悪意があったら流石に止めてますよ。何考えてるんだか」

 

 レインとゆんゆんは普通の感性同士で気が合うのか、二人で一緒にカジノを回っている。

 ……が。ゆんゆんはむきむきと一緒に遊びたいが、一緒に遊ぼうと言い出せず、彼らの近くをうろうろしている。

 レインはレインでむきむきが王子様に失礼しないか心配なのか、彼らの近くをうろうろしている。

 結果、二人セットでむきむき達に付かず離れずうろうろしているという、見ていて笑える珍妙なコンビが完成していた。

 

「まあ、一番"何考えてるんだか"って言いたいのはあのゆんゆん達なんですが」

 

「あ、あはは……」

 

 護衛の騎士は苦笑いする。

 めぐみんと騎士は、視線をむきむきと王子に戻した。

 

「むきむき。お前の性情は、蛮族と言うには子供っぽ過ぎるな」

 

「うっ……た、確かに、僕は子供っぽすぎるって時々言われますけど」

 

「いや、馬鹿にしているわけじゃない。

 ……単に、風評や外見で判断していた自分を戒めているだけだ」

 

「?」

 

 レヴィ王子は一つ一つゲームの種類を説明し、むきむきの前で一勝負し、勝ち方を一つ一つ教えていく。

 さらりとやっているが、よく見るとおかしい。

 そのおかしさに、むきむきはまだ気付いていない。

 気付いていることといえば、レヴィ王子が彼に何かを教える姿が、どことなく楽しそうなことくらいだ。

 

「やはり、王子とむきむき殿は気が合うのでは?」

 

「楽しそうなのは否定しませんよ。

 むきむきの何が王子の興味を引いたのかまでは分かりませんが」

 

「それは、過剰なくらいに『いかにもベルゼルグ』な方がいらっしゃったからでしょうね」

 

「ベルゼルグはどういうイメージを持たれてるんですか」

 

「それは……その……

 頻繁に最前線に出て剣からビームを撃つベルゼルグ王族のイメージと言いますか……」

 

(魔法使いの里の出身としてはちょっと複雑なこの気持ち)

 

 ベルゼルグ王族は世界中に武の伝説を残している。

 おかげで各国からのベルゼルグ王族のイメージは、地球人から見たサイヤ人のようなものになっていた。

 この騎士も、そのイメージを持つ一人であるようだ。

 

「この国は今、宰相殿で保っていますからね。

 レヴィ王子が自分から街に出ようとするなど、よっぽどのことですよ」

 

「? あの、宰相さんが有能なのと、街に出ることに関係があるんですか?」

 

「街では影で色々言われてるんですよ。

 この国は宰相で保ってるだの、バカ王子は何の役にも立たないだの……」

 

 エルロードの国政は、現宰相ラグクラフトがそのほとんどを取り仕切っているという。

 そのせいか、ベルゼルグと比べると王族への求心力が低かった。

 公務で民の前で立派な姿を見せる王はともかく、昔からヤンチャで色々とやらかしている王子の評価は低く、宰相の比較に出されて色々言われているらしい。

 バカ王子と民に言われることも少なくないそうだ。

 

 『この国には頭が一つある。頭の中身が宰相で、王族は乗ってるだけの王冠だ』と不敬罪ギリギリの台詞を言う者さえ最近は現れてきているという。

 そう言われている側の王族(レヴィ)は何を思っているのだろうか。

 民が敬意を払うのは宰相。

 国の脳も心臓も宰相。

 宰相が王族に敵対しているということもなく、レヴィ王子が努力しようとも、国一番に優秀な宰相以上に貢献できる可能性も低い。

 王城の人間も、何かあればまず王や王子ではなく宰相に報告し、宰相に相談しているほどだ。

 

 レヴィ王子が何かを頑張ってやり遂げても、それは王子を補佐した宰相の手柄と見られる。

 最悪、このままでは駄目な王子というレッテルを剥がすことができないまま、王子から王とならなければならないかもしれない。

 それだけならまだいい。

 最悪なのは、宰相とて永遠にここに居てくれるわけではないということだ。

 宰相が王城を去った後、国を今まで通り維持できるのか。

 宰相が居なくなった後、国民は今まで通り王族を支持してくれるのか。

 レヴィ王子に見える世界は、宰相という大きな存在のせいで、酷く(ひず)んで(ゆが)んで見える。

 

 何せこの国は、国民にはあまり知られていないことだが、宰相が来るまで財政破綻寸前の状態だったそうなのだ。

 宰相がそれを一人で立て直し、今なお国を一人で回しているという。

 実権という面で見れば、既にこの国の王は宰相ラグクラフトなのだ。

 レヴィは国の王の息子として生まれ、事実上の王として国を回す宰相を見て育ち、次の王となる責務を課せられ、街では国民にバカ王子と軽んじられている。

 街をそんなに歩きたがらないという騎士の言にも、納得がいくというものだろう。

 

 以上の事柄は、この騎士が想像したレヴィ王子の内心の想像にすぎない。

 だがそこまで的外れなものではないだろう。

 結局のところそれは、古今東西様々な国が抱えてきたどこにもある問題……『No.2の能力と求心力が高すぎる』という問題に、帰結するのだから。

 

「レヴィ王子もまだお若いですから。王のように割り切れないのでしょう。

 宰相殿が常に褒められ、自分がバカにされることに、何も感じないわけがありません」

 

「……」

 

「ですが、今日の王子は楽しそうです。やはり気が合うんですよ」

 

「そういうものですかね」

 

 レヴィとむきむきはほぼ同い年。

 めぐみんは気付かない。ゆんゆんは気付いている。

 レヴィとめぐみんには大なり小なりガキ大将気質な所があって、そこが舎弟気質なむきむきと相性がいいのだ、ということを。

 

「あ、また負けちゃった」

 

 レヴィに案内されつつも、むきむきはゲームに次々と負けていく。

 元より大して金を賭けてはいなかったものの、見ていてビックリしてしまうくらいの負けっぷりだ。人類最低クラスの幸運の低さが、ギャンブルにまで作用してしまっているらしい。

 レヴィはちょっと偉そうに――小馬鹿にしているようにも見える表情で――、笑う。

 

「しょうがないやつだな。強いのは腕っ節だけか? 賭け事はてんでダメじゃないか」

 

「もうちょっと、もうちょっと幸運のステータスがあれば……」

 

「少し待っていろ。なんなら後ろで見ていてもいい」

 

 むきむきを席からどけて、レヴィが代わりにゲームのテーブルにつく。

 対面の対戦者、及びゲームのジャッジを担当する者の体が、レヴィを見た瞬間に少し強張った。

 

「何を?」

 

「俺を誰だと思っている? カジノ大国の王子様だぞ」

 

 レヴィは不敵に笑って、偉そうな顔でチップを動かす。

 

「お前に賭け事ってものを見せてやる」

 

 そこからは、見ていて気持ちが良くなるような連戦連勝だった。

 むきむきの勝ちが無い負けっぷりも見事であったが、レヴィの負けが無い勝ちっぷりも見事という他ない。

 レヴィはむきむきが負けたゲームを逆順に、ビデオの逆回しのように逆走し、むきむきが賭けた額と同額のチップを賭け、その全てのゲームに勝利していた。

 

「おぉ……」

 

 むきむきが思わず、感動の声を小さく漏らす。

 先程、むきむきが賭け事で負ける前、レヴィ王子は丁寧に一つ一つゲームの種類を説明し、むきむきの前で一勝負し、勝ち方を一つ一つ教えていった。

 さらりとやっていたが、よく見ればおかしいことに気付く。

 勝ち方を教えるには、勝たなければならない。

 つまりレヴィは、むきむきの前で一度もギャンブルに負けていないのだ。

 幸運があり、知力があり、勝負度胸を持ちながらも引き際を心得ている。

 これまた、むきむきには無いものを備えている少年だった。

 

「ほれ」

 

「え?」

 

 そうして稼いだ金を、レヴィはむきむきの前に置いた。

 むきむきが今日このカジノで使った金額が、そっくりそのままそこにあった。

 王子の行動はほぼその場のノリだ。深い理由があってのものではなく、それゆえに彼の性格がよく出ている。

 

「もう一度楽しんで来い。今度は気楽にな?

 ここはカジノとギャンブルの国……ギャンブルは楽しんでやるものだ」

 

「……はい!」

 

 レヴィはゲームやカジノが好きだ。だからこの国も好きだ。

 そして……他の国から来た人間にも、できればこの国を好きになってもらいたいと思っている。

 それは、この筋肉少年も例外ではない。

 賭け事は楽しくなければ価値がない、というのが王子の信条だった。

 

「また全部すっちゃいました」

 

「早いな! お前の幸運、いくらなんでも低すぎないか? それとも低いのは知力か?」

 

「両方です……」

 

 またしても負けたらしいむきむき。

 またしても呆れた顔をするレヴィ。

 この二人が賭け事で勝負をすれば、千回やっても勝者と敗者が変わることはないだろう。

 二人はカジノの片隅のソファーに腰掛けた。

 人が壁となって、めぐみんやゆんゆんの姿も見えない。

 少女達からも、この少年達の姿は今は見えていないだろう。

 

 並んでソファに座り、無料で配られているジュースをちびちびと飲む。

 小さな声では会話もできない、カジノの音と人の叫びが混じる喧騒がどこか心地いい。

 端から端まで見渡せないほど広いカジノに満ちる、百や二百ではきかない無数の客を眺めていると、自分が急にちっぽけな存在になったかのような錯覚があった。

 

「あ、そういえば」

 

「ん?」

 

「何か僕に、聞きたいことがあったのでは?」

 

「……気付いていたのか」

 

 むきむきの言葉に、レヴィは少し驚く。

 その指摘で、王子は彼を多少見直したようだ。

 

「正直、見抜かれるとは思わなかった。少し驚いたぞ。

 俺は愚かにもまだ、お前の性質を外見で判断していたらしい」

 

 知力も察する能力も低いものだと、そう思っていたようだ。

 この筋肉が相当強烈な第一印象を残してしまっていたらしい。

 

「お前に聞きたいのは、俺の『許嫁』のこと。つまり―――」

 

 ベルゼルグで立場のあるレインにでもなく、めぐみん達のような女性にでもなく、自分の配下にでもなく、むきむきにしか聞けないこと。

 それを聞こうとしたレヴィだが、その言葉は大きな音に遮られた。

 何かが壊れる音。

 絹を裂くような悲鳴。

 つんざく轟音、空気が破裂する爆音が入り混じる。

 尋常でない事態の発生に、二人は揃って席を立った。

 

「なんだ!?」

 

「行ってみましょう!」

 

 とにもかくにも状況確認。

 そう考え、二人は運良く近くにあったスタッフ用出入り口から大通りに出る。

 そして、彼らは見た。

 地に、悲鳴を上げ逃げ惑う人々を。

 空に、陽光を反射し輝く『金の竜』の雄々しい姿を。

 

「ドラゴン? ……この大きさ、これは……」

 

「……黄金のドラゴン」

 

「知ってるモンスターですか? 王子様」

 

「この国で最も強大で、この国に最も大きな被害をもたらしているモンスターだ……!」

 

 ドラゴンはカジノの横のコインタンクをムシャムシャと食べ、その中の輝くコインをたらふく腹に入れていく。

 巣に返ってから吐き出すのか、それともそのまま消化して自分の体の一部とするのか。専門家でもなければ、それは分からない。

 一つだけ分かることがある。

 それは、このドラゴンが狙うものが、この街には沢山あるということだ。

 

「いや、だがどういうことだ!?

 近年は王都周辺になど近寄りもしなかったというのに……!」

 

 竜が飛び上がり、ボディプレスで国営カジノを潰そうとする。

 その中のカジノコインと各国の貨幣が狙いなのだろうか?

 見過ごせば、死人が出る。

 そう考えたむきむきの行動は速かった。

 

「そらっ!」

 

 跳び上がり、全力の拳を竜の腹に叩きつける。筋肉任せの一撃は、食べた貴金属を変化させた竜の体表を強く打ち、不可思議な重低音を響かせる。

 丸太で金属の鐘を打った時の音を、数十倍重くしたような音。 

 

 その音が鳴り、破壊音が響かなかったということが、少年の拳によって竜が傷付かなかったことを示していた。

 

(……重さは金。硬さは、ヒュドラより数段上?)

 

 手応えが重い。そして硬い。

 鱗は強固で、皮膚は全力でも壊せるか分からず、その奥の筋肉と骨に至っては何も分からない。

 一度殴った手応えでむきむきが思ったことは、このドラゴンを倒せる攻撃手段は――むきむきの知る限り――ミツルギの何でも切り裂く魔剣グラムか、めぐみんの爆裂魔法しかないのではないか、ということだった。

 

 少なくとも、地に足付けた状態でなければ、むきむきの拳はこの竜を傷付けることさえ叶わない。

 

「気を付けろ! そいつは金鉱脈に住み着いた黄金竜だ!

 悪食で金を食らう上、食った金を素材に強固な皮膚と鱗を形成している!」

 

 レヴィの助言を受けつつ、振るわれた竜の爪を、竜の腹を蹴って下向きに跳躍、回避。

 着地したむきむきを見据えて竜は深く息を吸い、むきむきもまた手刀を構える。

 

「我、久遠の絆断たんと欲すれば、言葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう」

 

 竜の肺と腹が膨らみ、彼の筋肉もまた膨らむ。

 

 そして、竜の吐息(ブレス)と人の呼吸(ブレス)が、重なった。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 竜のブレスと光の手刀は衝突し、互いにその威力を相殺させる。

 

 ただ手刀を振るだけで、その手刀がプラズマを纏う怪物。

 ただ息を吹くだけで、その息が破壊光線となる怪物。

 常識外れの竜の力に、常識外れの筋肉パワー。

 まさしく怪獣大決戦だった。

 

「無茶を承知で頼む! 街に被害が行かないようにできるか!?」

 

「!」

 

 申し訳なさそうに、けれどもこの国の王族として必死に、レヴィはむきむきに向かって叫ぶ。

 

「……ここは他国から、安全に楽しく遊びたい客が集まる国だ。

 ここで街に、ひいては旅行者に被害が出れば、確実に客足は遠のく!

 エルロード、ベルゼルグ、対魔王軍戦線、全部まとめて影響が出かねん!」

 

「そ、そんな!」

 

 危険な観光地に気楽に遊びに行く者など居るものか。

 旅行者の被害者が0なら、『ドラゴンが襲って来ても被害者が出ないほど完璧な街の防備』だのなんだの言って、強引に誤魔化すことはできる。

 旅行者に怪我人の一人でも出れば、その時点で言い訳はできない。

 むきむきより広いレヴィの視点だからこそ気付いた、地味に迫り来る人類滅亡の危機であった。

 

「……分かった。やってみます!」

 

 めぐみんとゆんゆんが来てくれればなんとかなるはず、と自分に言い聞かせて走り出す。

 地面を蹴り跳び、家屋を蹴り跳び、空を蹴り跳んで、竜の背の側に回って詠唱を行った。

 

「―――だろう! 『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 むきむきの無意味な詠唱に、竜が空中で身をよじって振り返ろうとする。

 されど詠唱終了後、むきむきは再度空を蹴った。竜が振り返ったその時に、少年はもうそこには居ない。

 少年を完全に見失った竜の背後で、少年は手刀を振り上げた。

 

 めぐみんとの約束で今も続けている無駄詠唱を活用した、位置を誤認させるトリック攻撃。

 

(もらった!)

 

 黄金竜の尻尾を、少年の手刀が切断する。

 切断してしまう。

 尻尾を胴から切り離した後に、むきむきは自分の失態に気付いた。

 

(!? トカゲの尻尾の―――)

 

 尻尾はむきむきに切られたのではない。ドラゴンが自分から切ったのだ。

 だからこそ、ここまで強固な竜の尻尾が、あんなにも容易く体から離れたのだ。

 ドラゴンを『大きなトカゲ』と言う者もいるが、この瞬間は語弊無くそうであった。

 切り離された尻尾は生命力に溢れ、それ単体で一体の生き物であるかのように動き、むきむきに絡みついて動きを止める。

 

 この世界の生物は皆、強者も弱者も総じてたくましく、異常に生命力が強いのだ。

 

「ぐっ……!」

 

 尻尾の拘束は振りほどいたが、続く竜の噛みつきをかわすこと叶わず。

 むきむきの両足が下顎を、両腕が上顎を抑えるも、そこから全く動けなくなってしまう。

 いつの間にか切り離された尻尾も綺麗に胴体にくっついていて、無限再生のクーロンズヒュドラとはまた違う竜種の恐ろしさを、むきむきは思い知らされていた。

 

「むきむき! くっ、俺が余計なことを頼んだからか……!」

 

 地上でレヴィが悔いている声が聞こえるが、むきむきに王子の自責を否定し励ましている余裕はない。

 ヒュドラは蛇だった。

 獲物を丸呑みする習性を持つために、内部から攻撃する余地があった。

 だが、この竜は違う。

 この竜はむきむきをしっかり噛み砕いてから飲み込もうとしている。

 内部から攻撃する余地はない。

 

「げ」

 

 その上このドラゴン、むきむきを噛みつきで拘束したまま、先程のブレスを放とうとしていた。

 彼の筋力と拮抗する顎の力が凄いのか、金を砂糖菓子のように噛み砕く竜の顎といい勝負をする筋力が凄いのか、竜の顎とむきむきの今の筋力はほぼ拮抗している。

 ちょっとどうしようもない。

 

 このままでは素敵なステーキになってしまう。子供の肉のステーキという旨い料理の王道を進んでしまう。紅魔族ではなく子旨族になってしまう。

 あわや絶体絶命か、と思われたその時、地上から待ちに待った援護が飛んできた。

 

「『インフェルノ』!」

 

 弾丸並みの速度で飛来する巨大な業火。

 それを、竜は筋肉を咥えたまま高速で飛翔し回避した。

 

「ゆんゆん!」

 

「待ってて! 今助けるから!」

 

 とはいったものの、今の不意打ち気味の魔法をかわされたことにゆんゆんは焦る。

 むきむきごとバッサリ切ってしまわないよう、彼女はライト・オブ・セイバーを使わなかったのだが、今の飛翔速度を見るにこの距離だとライト・オブ・セイバー以外は当たりそうにない。

 エルロード最強のモンスターというのは伊達ではないようだ。

 

 おそらくこの黄金竜を倒す最適解は、規格外火力での先制攻撃。

 つまり"何もさせないこと"なのだ。飛ばせてもいけないし、攻撃させてもいけない。

 何かさせると、何かさせるたび面倒になる。そういう手合いだ。ゆんゆんはどの魔法で攻めるべきか、どうむきむきを助けるべきか、数秒迷ってしまう。

 その数秒でめぐみんとレインが駆けつけ、レヴィも合流し、竜は口に咥えたむきむきを魔力のキューブで囲んで固めていた。

 

「『サモン』!」

 

 むきむきがキューブで固められたとほぼ同時、"召喚の魔法を使えば助けられる"と気付いたゆんゆんが召喚魔法を使っていたが、タッチの差で間に合わない。

 今のゆんゆんのスキルレベルでは、召喚の魔法は成立しなかった。

 

「なんで!?」

 

「魔法で捕まっているからです! まずはあれをどうにかしないと……あっ」

 

 むきむきはゆんゆんの手元に戻されず、竜に咥えられたまま連れ去られてしまう。

 竜が帰る先は、地平の彼方の金鉱山。

 この国でも指折りの金鉱山であると同時に、竜の住処として最も恐れられる一つの山だ。

 親友が連れ去られ、ゆんゆんは手を伸ばすも、はるか彼方に去りゆく竜の背中には届かない。

 

「ああ……」

 

 むきむきの窮地に焦り、魔法の順序を間違えたことが裏目に出た。

 召喚を先に行ってから攻撃の魔法を撃っていれば、何も問題は無かったのだ。

 攻撃の後に"召喚すればいい"と気付いて、そこで召喚を使用したのでは遅かったのだ。

 だから、一手遅れてしまった。

 

 ゆんゆんも召喚魔法を習得してからまだ一ヶ月も経っていない。

 習得して一年以上が経った他の魔法と違い、召喚の魔法は咄嗟の判断に必ず組み込める域には到達していなかったのだ。

 しょうがないことだと分かっていても、ゆんゆんは罪悪感を感じずにはいられない。

 生真面目な彼女は、これをしょうがないの一言で片付けたくはなかった。

 

「分からんな」

 

「レヴィ王子?」

 

「ドラゴンには光り物を集める習性がある。

 現に相当な量のカジノコインが食われてしまったようだ。

 だがあいつのどこが光り物だ? 持って帰る理由が分からん」

 

 レヴィ王子の疑問に、顔色を悪くしたレインが恐る恐る推測を述べる。

 

「……捕食行動。つまり、『美味そうな肉』だと判断されたのでは?」

 

「! 巣に溜める、保存食か」

 

「「 ―――! 」」

 

 めぐみんとゆんゆんが一気に冷静さを欠く。

 ゆんゆんが己の額に拳をぶつけ、自分以上に冷静さを欠き後悔しているゆんゆんを見て、めぐみんは少しだけ冷静さを取り戻す。

 自分以上に慌てている者を見れば、相対的に自分の気持ちは落ち着いてくるものだ。

 二人のむきむきを心配する気持ちにそれほどの差はなかったが、今日はゆんゆんが落ち込んで、それをめぐみんを支える番。

 

「私のせいだ……私が、判断を間違えたから……!」

 

「仕方ないことですよ」

 

「でも、めぐみん、私は」

 

「ゆんゆんが自分で思っている以上に、ゆんゆんはむきむきを大事に想っていた。

 だから予想以上に動揺してしまい、失敗してしまった。それだけのことでしょう」

 

「―――」

 

「それだけのことです。

 どこに恥じる必要があるんですか?

 それとも私に罵倒されたくてそう言ってるんですか?

 いつから誘い受けするドMっ娘にジョブチェンジしたんですか」

 

「し、してないわよ! もう!」

 

 めぐみんにからかわれ、ちょっとは負けん気が出てきたようだ。

 落ち込んでいる時間はない。まだ日は高く、この時間は仲間を助けるために使わなければ。

 レヴィ王子はふと、ぼそっと呟く。

 

「なあ、御伽噺の話じゃないか、と言われたらそれまでなんだが……」

 

 彼の中には、なんとなくコレジャナイ感があった。

 

 紅魔族少女のどっちかがさらわれてむきむきが助けに行く流れの方がそれっぽいんじゃないか、という気持ちがあった。

 

「ドラゴンにさらわれるのは、ヒロインの役目じゃないのか」

 

「……なん、だと……?」

 

 かくして。

 

 『ヒロインを悪い竜から助けるクエスト』が、始まった。ドラゴンクエスト!

 

 

 




 ほとんどの敵をワンパンするアイリスにパワーチャージしないと使えない大技を使わせたのは、黄金竜さんの強さの証明になるのかそうでないのか

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