「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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二章は2-7やって2-8で終わりです


2-7-1 エルロード・ビフォア・アポカリプス

 レインとクレアは、アイリスの護衛であり、側仕えであり、教育係だ。

 王族の教育係は、世界が違おうとも古今東西その王族にとって『親』に匹敵する存在である。競争率の高さは言うまでもなく、選ばれた者が平凡でないことも同様である。

 また、強大な戦闘力と権力を持ち合わせるのがベルゼルグ王族であるため、その教育係には偏りの無い思想と、広く公平な視点を王族に与える人並み外れた知識量が求められた。

 クソ強いレズのアーマーレスナイト、略してクレアの教育担当は武力。

 ゆえに、知識量を必要とされたのはレインの方だった。

 

「私から何かを学びたい、ですか?」

 

「はい。その……馬車の中だと、僕ら暇ですし」

 

 今、馬車の中には紅魔族三人とレインのみ。

 レインは御者席で馬車の手綱を握り、むきむきはその横で彫刻刀と適当な木のブロックを持って、御者席で器用に木彫りの人形をいくつも彫っている。

 一方馬車の中では、ゆんゆんが彼の掘った人形を膝の上で弄びながらお菓子を口にしていて、めぐみんがそのお菓子をこっそり掠め取りつつ、馬車の外の景色を楽しんでいる。

 そんな中、少年はレインに教えを請うていた。

 アイリスからレインの博識さを聞いていたからだ。

 

「ふむ……そうですね」

 

 レインは手綱に手を添えつつも、腕を組んで考え込み始めた。

 この世界の馬の知性は、地球よりも多少賢い程度だ。

 調教師の訓練と日々の経験で、街道を『自分が走るべき場所』と認識し、『そこを外れればモンスターに襲われる』と認識している程度の知性は備えている。

 馬の様子さえ見ていれば、そうそう事故はない。

 

「あ、それなら、以前アイリス様にした授業に少し補足を付けてお話しましょうか」

 

「お願いします!」

 

 向上心のある子供が嫌いな教育職の人間は、そう居ない。

 レインは穏やかな微笑みを浮かべる。

 社交界に着ていっても問題のない黒いドレスを纏っているのに、微笑む彼女に受ける印象は『優しそうだけど地味』の一言であり、なんとなくしょうもない感じがしてしまう。

 いい先生にはなれても、絢爛な女性にはなれない。レインはそういう女性であった。

 レインは懐から500エリス硬貨を取り出し、むきむきが製作途中の木彫りの熊を指差した。

 

「むきむきさん、その木彫りの熊が出来上がったら、私に買わせていただけませんか?」

 

「え、ただであげますよ?」

 

「いえ、買わせてください。これも授業の内ですので」

 

「分かりました。ちょっと待ってください」

 

 むきむきがささっと熊を完成させ、レインの手元の500エリス硬貨と交換する。

 

「最初、私の手元に500エリス硬貨がありました。

 この馬車の富の総量は500エリスだった、と言い換えることもできます」

 

「そうですね」

 

「ですが私がその木彫りの熊を500エリスで買いました。

 この木彫りの熊には500エリスの資産価値が付きました

 馬車の中に500エリスのものが新しく生まれた、とも言えますね。

 この熊とその硬貨で、この馬車の中にある富は、合計1000エリスになったことになります」

 

「はい、分かります」

 

 熊が作られた分、500エリスの富が増加した。

 

「ゆんゆんさん、そこのお菓子を一つ、この木彫りの熊と交換していただけませんか?」

 

「はい、どうぞ」

 

 レインはまだ話の前置きをしている段階であったが、聡明なゆんゆんはもう話の全容を察しているようだ。

 ゆんゆんがお菓子をレインに渡し、レインがゆんゆんに木彫りの熊を代わりに渡す。

 

「500エリスの木彫りの熊と交換しました。

 これで、このお菓子には500エリスの価値が付いたことになります。

 馬車の中にある価値が、合計で1500エリスになりましたね」

 

「……なるほど」

 

「文明の基本はこういうことなんです。本当は、時間経過で価値がなくなったりもするのですが」

 

 『交換』があり、『交換のために生み出されるもの』があり、『交換のために価値を付与されるもの』がある。

 人と金と物が流れて、『流通』ができる。

 流通が、世界を作る。

 

「交換をすればするほどに、価値と富は増えていくのです。

 増えた富は物を溢れさせ、村を街に、街を都市に、都市を国にします」

 

 お金を持った人が、金を払って建築家に家を作ってもらう。

 建築家は金で野菜を買い、農家はそこで売るためにどしどし野菜を作る。

 農家は野菜を売った金で肉を買い、畜産家は肉を売るため家畜をどんどん増やす。

 人が増え、物が増え、価値が増え、その最終型として国が完成する。

 ベルゼルグもそうだった。

 

「善意もそうです。自分から渡し、返してもらうことで増えるのです」

 

「人間の関係にも適用できると?」

 

「はい。善意は人を繋げます。

 そうすることで、小さな寄り合いは集団となります。

 集団が膨らめば、それは組織となります。

 組織が膨らむことで、それは国となるのです。

 古今東西、善き繋がりの先にこそ、国の成り立ちはあるのです」

 

 ものの流通。心の流通。その先にこそ、国の成立はある。

 『交換と流通による拡大と成立』。

 レインが修めている学問は、それを文明の基本と定義するもののようだ。

 

「無論、怨恨も増えるものです。そこも忘れてはなりません。

 善意と繋がりの拡大の先が国家なら、怨恨の先は戦争と言えるでしょう」

 

「戦争……魔王軍ですか?」

 

「はい。今となっては、憎しみで継続されている戦争ではありませんけどね。

 ある意味で伝統、習慣となり……自然災害への抵抗のようになっています。

 『憎いから行われる戦争』ではありません。

 既に『生き残るために抗わなければならない戦争』となっています」

 

「そう、ですね」

 

「ただ魔王軍は相当こっちを恨んでいるかもしれませんが。

 邪神の性癖は神クラスの変態、邪神は整形ブサイク、豊胸手術済みetc……

 魔王は世界一のアブノーマル趣味、魔王はホモ、魔王は粗チンetc……

 アクシズ教徒が四六時中そういう根拠もない悪評を、ガンガン流してますので」

 

「アクシズ教徒本当にどうにかした方がいいんじゃないですか」

 

 人間と魔王軍の関係もまた、0から始まったはずだ。

 どこかでその間の悪意が1に、1が100に、100はいつしか無尽蔵のものとなった。

 そして、今ではただの生存競争。

 草食動物を食い殺そうとする肉食動物と、肉食動物を反撃で蹴り殺そうとする草食動物の戦いにどこか近いかもしれない。

 魔王軍に家族を殺された人間や、人間に身内を殺された魔王軍、アクシズ教徒に散々に名誉に泥をかけられた者達も多いだろうが、この戦争は怨恨よりも生存競争の側面の方が強いだろう。

 

「これがアイリス様に、私が普段教えていることですね」

 

「勉強になりました! ありがとうございます!」

 

「いえいえ、こんな拙い授業で喜んでもらえて恐縮ですよ」

 

 むきむきはまた一つ賢くなった。

 

「要は為政者の心得です。

 感情に流されず、いい流れは残して悪い流れは止める。

 嫌なことをされてもぐっとこらえて、嫌な報復の連鎖の流れを残さない。

 いい流れは止めないよう、流通は常に流し続ける。

 ……あ、そうですね、ではこれから行くエルロードの話でもしましょうか」

 

「今の話で得た知識を使って、ですか?」

 

「はい、そうです。

 今度は適度に質問を挟んでいきます。

 今の話をちゃんと聞いていれば答えられるはずですから、頑張ってくださいね?」

 

「はい!」

 

 話をしている内に授業内容の応用、エルロードの説明、口頭での簡易テストで知識の定着率を確認、などなど教師らしいことを自然に始めるレイン。

 職業病、というやつだろうか。

 

「ベルゼルグは金の工面が苦手で、武力が強い。

 エルロードは資金繰りが上手くて、軍事力が貧弱。

 二つの国は切っても切れない関係にあります。

 エルロードは架空の金と実の金を操り、0から莫大な富を産む賭博国家です」

 

「そんなことができるんですか?」

 

「はい。最初に賭博と胴元の関係から説明しましょう。

 カジノでは基本的に、賭け事が行われれば行われるほど胴元が儲かります。

 つまり金の流れが活発であればあるほど国が最終的に儲かる仕組みになっており――」

 

 むきむきとレインのそんな会話を、めぐみんはぼーっとしながら聞いていた。

 

「――カジノコインなどは特に『あの国の中でしか流通できない資産』です。

 その国でしか流通できない貨幣ということは、その国だけがその価値を保証し――」

 

(知らないことを知るのって、そんなに楽しいことですかね)

 

 少女はむきむきが授業を聞いている顔を見る。

 初めて見る景色を目にした時も、彼はこういう顔をしていた。

 知らないことを知り、自分の世界を広げ、"この世界が素晴らしい"という言葉を信じて、この世界のことを知っていく表情。

 悪くない顔だった。

 

(……いや、楽しいことなのかもしれませんね)

 

 めぐみんは馬車の中で横になり、柔らかい座席に体を横たえ昼寝を始める。

 

 気を張っていても仕方ない。この旅の先は、まだ長いのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走り鷹鳶(たかとび)、というモンスターが居る。

 名前はギャグで、人から見れば大変危険という、この世界の標準的なモンスターの一つだ。

 

 獲物を見つけると、高速で接近してきて跳躍体当たり。

 繁殖期にはメスの気を引くため、"チキンレース"と呼ばれる硬い物に全力で突っ込んで行き、ギリギリで飛び越えることで勇気を示す求愛行動をするという。

 勇気を雄としての優秀さの証明として示す行動。生物にはよくあることだ。

 とはいえ、繁殖期には間合いを測り間違えて衝突してきたり、それ以外の時には捕食攻撃行動としてぶつかってくるのは、ただの人間には恐ろしい脅威だろう。

 

 自動車並かそれ以上の速度で、数十数百kgという重量の、モンスター相応の頑丈さを持つものがぶつかってくるのだ。そりゃ怖い。

 普通は、今が繁殖期で岩などを優先して狙っているため、比較的安全なモンスターなのだが……

 

「なんか来たっー!?」

 

 彼らの馬車は、派手に狙われていた。

 

「走り鷹鳶は本能で硬い物を察知し、それを狙います! つまり……」

 

「むきむきの筋肉の硬さに反応してるんですね、分かります」

 

「分からないわよー!」

 

 走る馬車と、その後を猛追する走り鷹鳶。

 "この辺り数kmの範囲で最も硬い物"として、むきむきは鷹鳶に狙いを定められていた。

 

「筋肉って硬くなったり柔らかくなったりするけど、硬さ基準で判定されるんだね」

 

「そんなこと言ってる場合!?」

 

 まだ距離は遠いが、ほどなくして追いつかれるだろう。

 走り鷹鳶はポケモンで言うドードリオだ。飛べない代わりに走るのがすこぶる速い。

 このままでは車で言うところの"カマを掘られ"てしまう。ケツを掘られないためには、あの鷹鳶をどうにかしなければならない。

 

「むきむき、あれはあなたを飛び越えようとします。

 そのタイミングで片っ端から全部上に殴り飛ばせますか?」

 

「できるよ。その次は任せた」

 

「任されました。レインさん、馬車の減速と停止をお願いします」

 

「どうす……いえ、冒険者なりの考えがあるんですね。分かりました!」

 

「ゆんゆん! 私の体を支えてください!

 減速で相当揺れますよ! 詠唱も一応しておいてください!」

 

「うん!」

 

 むきむきが飛び降り、馬車は急激に減速した。

 走り鷹鳶はチキンレースの性質上、むきむきを飛び越えようとする。

 

「そぉい!」

 

 そこに、むきむきのアッパーが連続して繰り出された。

 その動きたるや、拳の残像によって腕が十数本にも見えるほど。

 その速さたるや、同年代と友達になろうとする時のゆんゆんの早口を圧倒的に凌駕するほど。

 凄まじい速度と威力で放たれた拳により、むきむきを飛び越えようとした走り鷹鳶が次々と空へ打ち上げられていく。

 

「めぐみんはいドーン!」

 

「『エクスプロージョン』ッ!」

 

 そして空中でひとまとめにされたそれを、めぐみんがド派手に吹っ飛ばした。

 空に太陽がもう一つ生まれたのかと錯覚してしまうほどの爆焔に、これを初めて目にするレインは目を奪われる。

 

「そ、空が吹き飛んだ……」

 

 それが、ある日のこと。

 そしてその翌日。

 

「なんか来たっー!?」

 

 翌日には、リザードランナーの襲来があった。

 これまた繁殖期に面倒になるモンスターであり、メスへの求愛行動として"他種族の速いモンスターを追い越しその数を競う"という行動を行う。

 峠の走り屋(死語)のようなモンスターだ。

 しかもその過程で蹴りを叩き込んでいくため、馬車であれば壊れ、冒険者であれば骨が折れ、一般人であれば死亡という事例が多発する。

 これまた放置しておけないモンスターであった。

 

「むきむき、ダッシュ!」

 

「オッケー!」

 

 またしてもむきむきが馬車から飛び降り、走行を開始。

 するとリザードランナー達が一斉に、馬車から少年へと視線を移した。

 "馬車より速いものを見つけた"、ということだ。

 

 むきむきはそのまま馬車より速く走り、馬車から離れないようにぐるんぐるんと何度か円を描く走行路を選択し、リザードランナーに追い抜かれないようひとまとめにしていく。

 適度な速度で走り続けるむきむきはリザードランナー達にとって、友達になってくれそうな人を見つけたゆんゆん、カブトムシにとってのハチミツ濡れバナナに等しい。

 ムキになったゆんゆん、むきむきされたバナナに群がるカブトムシのような状態になってしまっては、リザードランナーに周りを見る余裕などあるはずもない。

 

「『サモン』!」

 

 自分達がひとまとめにされたこと。

 また馬車の後ろに来るよう誘導されたこと。

 目の前の筋肉巨体が一瞬で消えたこと。

 その意味をリザードランナー達が知ったのは、馬車の後端で手刀を横一文字に振った少女の、光の魔法を目にした瞬間だった。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

 走るリザードランナーが並んでいる風景。

 レインの目には、その『風景』が両断されたように見えた。

 無数のリザードランナー、傍にあった木々や草、その全てが光の刃にて両断され、そこからズレ落ちるようにして上半分が落下していく。

 光であるがために、切断は一瞬。

 術者の腕次第で万物を切り裂くことが可能、という謳い文句は伊達ではない。

 

「……これはまた、とんでもない」

 

 めぐみんの魔法だけでなく、ゆんゆんのその魔法にも、レインは感嘆を覚えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日の夜、キャンプを張って皆で夕飯を口に運び始めた頃のこと。

 レインはめぐみんとゆんゆんがこの歳でここまでの魔法を使えることに、素直な賞賛を送っていた。

 

「紅魔族が何故強いのか、理解できた気がします」

 

 レインは多芸な魔法使いだった。

 上級、中級、初級の全ての魔法を使えるために、旅に必要な水出し火出しなんでもござれ。

 高レベルな上スキルアップポーションも沢山飲んでいるタイプだと推測される。

 彼女の能力は低くはなく、だからこそその肯定は、めぐみん達には素直に嬉しいものだった。

 

「最初に大火力の魔法を習得させる。

 普通低レベルでは扱えませんが、紅魔族は生まれつき魔力がとても多いんですよね?

 なら、そこも問題にならない。

 最初から覚えていた魔法で沢山の敵を一気に薙ぎ払えば、一気にレベルも上がる……」

 

「その通りですよ、レイン。

 基本的には、剣よりも魔法の方が敵を倒し易い。

 紅魔族のレベルがサクサク上がるのはその延長みたいなものです。

 そういう裏事情があるから、里の大人は子供を一人で外に送り出したりできるのです」

 

「私だったらめぐみんさんを一人で里の外には出しませんけどね」

 

「うぐ」

 

「戦闘一回でのレベル上げ効率は認めますけど、それ以外はちょっと……」

 

 レインはめぐみんとゆんゆんの魔法を褒めた。

 紅魔族の効率の良さに関しても感嘆した。

 が、爆裂魔法厨に関しては擁護しない。できない。

 魔法使いとして、そこだけは手放しで褒めてあげられないらしい。

 

「でも、噂通りです。紅魔族の方達は皆優秀な魔法使いでした」

 

「えへへ」

 

 レインはゆんゆんを見て、彼女を褒め称える。

 ゆんゆんが照れて頬を掻くが、レインはめぐみんとむきむきから意図して視線を外していた。

 目を逸らしたくなるような例外が二人、そこに居たからだ。

 

 お前らのような紅魔族が居るか、と言われてもしょうがない二人。

 むきむきは割り切っているが、めぐみんはちょいと釈然としていない様子。

 少年が自分の分の干し肉を一切れ少女に渡し、少女はそれで機嫌をちょっとだけ直した。

 

「で、レイン。私達がこのクエストを依頼されたのは、紅魔族の評価があったからですか?」

 

「え? めぐみん、どういうこと?」

 

「私達は強さだけを基準にレインの護衛に選ばれたのか、ということですよ。

 王都には強さと実績を備えた高レベル冒険者なんて、それこそ山のように居るでしょう」

 

「あ」

 

 むきむきはその問いに戸惑うが、ゆんゆんとレインは動じていなかった。

 ゆんゆんは夜にでもめぐみんとしっかり話していたのかもしれない。

 レインはただ単純に、この問いを想定していたのだろう。

 

「別に邪推だったらいいんです。

 ただ、私達がこの依頼(クエスト)に選ばれた理由があったら知りたいだけなので。

 王女様と親しくしすぎたから距離を離す、程度のものでもこの依頼の理由としては十分ですし」

 

 レインはめぐみんを見て、ゆんゆんを見て、高知力の冒険者は流石に誤魔化せないなぁ、と苦笑した。

 

「ベルゼルグは今回、直接的行為の無い国力誇示をこっそり行いたいようです」

 

「ほう?」

 

「露骨に力を見せつけることは、国交上したくない。

 けれどもベルゼルグの力、特に冒険者達の力を見せつけたい。

 だからむきむきさんをエルロードに見せつけて、ベルゼルグ強い! と思わせたいそうです」

 

「あの王様、口に出してないだけでどんだけこの筋肉気に入ったんですか」

 

 強い冒険者を向かわせて大暴れさせ、強さを見せつけるのではいけない。

 あくまでレインの護衛としてむきむきをチラ見せし、「何だあの筋肉!?」「やべえよ……ベルゼルグやべえよ……」「あんな冒険者が居るのか」と反応させるのが目的。

 地球で言えば、超巨大な戦艦を親書の運搬に使わせ、あまりにも強大な戦艦を見せつけることでその後の外交を有利に運ぶという策略が近いだろうか?

 

「申し訳ありません、むきむきさん。今まで黙っていて」

 

「頭を上げてください、レインさん。アイリスから聞きました。

 ベルゼルグとエルロードは対等の、友のような関係だって。

 その仲立ちができるなら、その役に立てるなら、僕も嬉しいんです。本当です」

 

「……ありがとうございます」

 

 レインは心底申し訳なさそうに頭を下げる。

 けれども、アイリスのことを知った後となっては、"アイリス達のために頑張ろう"という気持ちが彼の中に芽生えていないわけがなかった。

 

「エルロードからの資金援助はベルゼルグの生命線です。

 どうかその筋肉で沢山の支援金を勝ち取って欲しいと、王は期待しておりました」

 

「任せ……あ、ちょっと待って下さい。

 めぐみんめぐみん、強そうに筋肉を見せる方法ってどうやればいいんだろう?」

 

「知らんがな」

 

 ボディビルで世界を救ってくれ、みたいな無茶振りを、彼はされていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 めぐみんとむきむきの幸運値はすこぶる低い。

 むきむきの幸運値は下方向にカンストしていて、めぐみんの幸運もいくらレベルを上げてもほとんど伸びない。

 そのためなのかは分からないが、彼らはしょっちゅう騒動に巻き込まれている。

 

「もう本当に、なんでこんなにトラブルに巻き込まれるのよ!」

 

「いいからゆんゆんは魔法の拘束を緩めないでください!」

 

 10分ほど前のことだ。

 倒れた馬車を発見し、その中に首を突っ込んでいるマンティコアを見つけた瞬間、むきむきは馬車から飛び出していた。

 エルロード王都まであと1kmというところでこのトラブル、何か呪われてるんじゃないかとめぐみんは思わざるを得ない。

 

 マンティコアは人の頭、獅子の体、蠍の尾に蝙蝠の羽を持つモンスター。

 空は飛ぶ、知能は高い、大抵の魔法は効かない、人語は喋るわ尾に準即死級の猛毒はあるわで、戦闘には滅多に用いないが魔法まで使う。

 駆け出しは絶対に相手にしてはいけないモンスターだ。

 

「レインさん、馬車の中の人をさっさと助けてください!」

 

「今やってます!」

 

 むきむきでも一人では危なかったモンスター。

 だが突撃していったむきむきに振るわれた尾を、ゆんゆんの召喚魔法が強制的に回避させ、ゆんゆんは全力のライト・オブ・セイバーにてマンティコアの尾を切断。

 再度突撃したむきむきが羽をもぎ取り、戦いは地上戦へ移り、現在に至る。

 そこでマンティコアが『人の頭を持っている』という特徴が不幸中の幸いとなった。

 

「十界の呼号、貴使の招来。善導の聖別がもたらせしは、魂滅なる安息と知るがいい」

 

 ゆんゆんがストーンバインドでマンティコアの足を地面に縫い付け、むきむきがその背に乗って首に手を回し、詠唱しながら高い魔法抵抗力を持つマンティコアの首を極めたのである。

 

「『スリープ』」

 

「それは魔法のスリープじゃなくてチョークスリーパーじゃないですかこの大たわけッ!」

 

 叫ぶレイン。ツッコミに走る彼女は今、地味ではなく輝いている。

 めぐみんの母、ゆいゆいも得意とした魔法・スリープ。

 それを彼なりに再現した、永遠の眠りを誘う睡眠魔法であった。

 

「……よし、やりました。息もしてませんし、首も折れてます」

 

「スリープはそういう魔法じゃないし、チョークスリーパーはそういう技じゃない……!」

 

 マンティコアってこういう倒し方するモンスターじゃない、とレインは思うが、実際に倒せているのだからしょうがない。

 気を取り直して、馬車の中から出て来た騎士らしき人達と、それに囲まれた小さな王冠を小脇に抱える少年を見やる。

 

「助かったぞ、礼を言う」

 

「……あ、ああっ! あなたは! エルロードの王子様」

 

「ああ、そうだが……ん? ああ、そうか。今日だったな、ベルゼルグの使者が来るのは」

 

 それがこの国の王子様だったものだから。

 

 普通人なレインの心臓はびっくりすぎて、もうとんでもない状態になっていた。

 

「それにしても」

 

 王子と呼ばれた少年は、ドレスを着た女性でもなく、紅魔族の少女二人でもなく、マンティコアの死体を片手で引きずる巨人を凝視する。

 

「……何食ったらこうなれるんだ?」

 

 王子は興味津々だった。

 自分の胴体より太そうなむきむきの太ももをペチペチ叩き、見上げないと顔が見えない巨体の上に乗っかる顔を見上げて、よく分からない生き物を見る目でむきむきを見る。

 彼は賭博王国エルロードの王子にて王位継承者。

 レインが教えていた授業の延長にある、『金』と『金の流通』さえあれば国は作れるという理屈をその身で証明した、賭博で当てた金で建国したという伝説の初代エルロード王、その子孫である。

 

「俺の名はレヴィ。王子レヴィだ。なんというか……凄いな、これ。絵に描いたような蛮族だ」

 

「ば、蛮族!?」

 

「ベルゼルグは蛮族の国とも揶揄されるが、まさかこんな絵に描いたような蛮族が来るとは」

 

 男ってなんでこんな筋肉好きなんだろう、とめぐみんは思い。

 

 それはそれとして仲間を蛮族呼ばわりした王子の家は爆裂しておこう、と心に決めた。

 

 

 




 根はいい子で、表面上悪ぶる必要があって、けれども全体的に見れば悪ガキ気味なことに変わりはなく、エルロードの王族としての見識は備わっている。
 そんなレヴィ王子が結構好きです。十巻はアイリスが好きになる巻ですが、ルシエドは彼みたいなタイプが結構好きなのです。

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