「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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むきむき(カード構成バスター三枚)
アイリス(カード構成バスター三枚)


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 一説には、室町時代の日本は修羅の国であったという。

 平民が武士に恥をかかせた場合、その平民をその場で切らなかったために、武士の名誉を損なったとしてその武士は処罰。

 平民を切っても力ある者が力なき者を切ったとして処罰されるパターンもあったという。

 そのくせ平民が武士を煽って切られるというパターンが絶えないという修羅の時代だったとか。

 

 要約すれば、『立場のあるものは舐められてはいけない』『舐められるくらいなら殺した方がいい』ということが、往々にしてあるということだ。

 この世界において、貴族に剣を向けた者はそれだけで死罪を言い渡される。

 平民に気安く接する貴族が居ないわけではないが、特権階級とそうでない者達の間には壁があるということだ。

 

 むきむきはおどおどと、ゆんゆんはびくびくと、めぐみんは堂々と、王城を歩いて行く。

 紅魔族は特権階級ではない方で、この王城は特権階級の象徴のような場所だ。

 むきむき達の反応が正常で、むしろめぐみんの威風堂々っぷりがおかしいのである。

 

「めぐみん、よく緊張しないね。すごいや」

 

「今は緊張より、楽しみな気持ちの方が強いですから」

 

「楽しみ? ……あ」

 

 おどおどとしていたむきむきは、その一言だけで何かに気付いた。

 

「ゆんゆん、めぐみん何か持ってる!」

 

「何か? 何かって何を……あ。めぐみん! そのローブの中ちょっと見せなさい!」

 

「なっ、やめっ……やめろォー!」

 

 ゆんゆんがめぐみんのローブを剥ぎ取り、その下に隠されていた物騒な物を取り上げる。

 

「は、花火の玉……言いなさいめぐみん! これをどうしようとしてたの!」

 

「挨拶代わりですよ」

 

「ド派手ッ!」

 

 どうやら開幕一発で記録にも記憶にも残る自己紹介をやらかそうとしたらしい。

 危なく三人まとめて記録にも記憶にも残る犯罪者になるところだった。

 三人を先導するレインが指を絡ませ、苦笑する。

 指にいくつも嵌められた指輪が、小さくカチャリと音を鳴らしていた。

 

「どうやら話に聞いた通りのパーティのようですね。

 頭のおかしい紅魔族と、体がおかしい紅魔族と、地味な紅魔族の三人組……」

 

「頭のおかしい紅魔族!?」

「体がおかしい紅魔族!?」

「地味な紅魔族!?」

 

 王城勤めの人間が少し噂を集めただけでそういう評価が出るということは、この評価が彼らの評価のスタンダードになりつつあるということだろう。

 

「誰がそんな呼び名を広めているんですか! 名誉毀損で訴えますよ!」

 

(失われる名誉なんてあるんだろうか……)

 

 めぐみんがやらかしそうになったことで、むきむきは不安になってレインに問う。

 

「行きずりの冒険者がいきなり王様に会ってもいいものなんでしょうか。ほら、暗殺とか……」

 

「身分証明は既に終わっていますよ?」

 

「へ?」

 

「あなた達は昨日、爆裂魔法で問題を起こして警察のお世話になりましたよね」

 

 ゆんゆんがめぐみんをジト目で見る。

 めぐみんは顔を逸らして口笛を吹いた。

 

「その時、そのブレスレットを調査官に見られたはずです。

 そしてそのブレスレットを入手した由来の話をした。

 ギルド長がその調書を取る場面を見ていたんですよ」

 

「あ。あの少年が言っていた親の友人で王都のギルドで働いている人って、もしかして」

 

「はい、王都のギルド長その人です。

 その少年の亡くなられた父親は、元王都のギルド長。

 私には面識がありませんが……

 氷の魔女ウィズ等の有名な冒険者を何人も世に送り出した、敏腕ギルド長だったそうです」

 

 元ギルド長の息子を偶然助けたおかげで、元ギルド長に世話になっていた現ギルド長に身分を保証して貰えた。

 その結果、めぐみんはテロリスト扱いされず釈放され、こういう流れでもギルド長の後見が活きてくる。

 

(まさか、その人が王都のギルド長さんだったとは……)

 

 『情けは人のためならず』とは言うが、自分の行動が回り回ってどこに繋がるかは、本当に分からないものだ。

 

「この扉の奥に、王様と王女様がいらっしゃいます」

 

 謁見の間の前の扉に、やがて四人は到達する。

 

「どうか失礼のないように。

 ……といっても、王宮の礼儀作法を知らないのでは難しいですよね。

 多少の失敗は私がフォローします。どうか、気を楽に」

 

 貴族らしからぬ一般人の心情への理解。どうやらこのレインという女性、考え方や常識の基準が一般の人寄りらしい。

 もしかしたら、貴族の生まれではないのかもしれない。

 そう考えると、この女性が迎えに来た理由にむきむきも合点がいった。

 

「では、行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 多くの人に囲まれた謁見となると、少年は考えていた。

 だがその予想に反し、謁見の間には数人しか居なかった。

 王族と顔を合わせる経験なんてない自分達に対する気遣いだろうか、とむきむきは考える。

 

 王族がそんなに不用心でいいんだろうか、と一瞬考えるも、むきむきはそれが自分の思い違いであるとすぐに気付かされる。

 耳をすませば、常人よりも優れた彼の聴覚が、謁見の間の隣の部屋でかちゃかちゃと音を鳴らす金属鎧の音を聞きつける。

 そこに兵が控えているという証明だ。無警戒というわけではないらしい。

 そして、それ以上に、王族の脇に控える白いスーツの美女の姿が、"王族の警護とはどういうものなのか"をむきむきに知らしめていた。

 

(佇まいに隙がない)

 

 先程のレインという女性と、この白スーツの女性。二人が揃っていれば、それだけで王族の護衛には十分なのではないかと思えるほどだ。

 そう思うえるほどに、その女性には佇まいから感じられる強さがあった。

 冒険者を緊張させないという王族側の気遣いはあるが、それで警護がおろそかになるなどという手抜かりは、どうやらないらしい。

 

 レインが彼らを連れて来たことを、王に報告する。

 王がそれをねぎらい、白スーツの女性が長ったらしい口上を述べ始める。

 あんまりにも難しい言い回しを多用するものだから、むきむきは全部を正確に理解できない。

 "王様にこうして褒められることはめったに無いんだから喜べよ"だとか、"本来はこういうことないんだから思い上がるなよ"だとか、"騎士団を代表してその健闘に感謝します"だとか、そんなことを言われたことくらいしか、彼は聞き取れていない様子。

 

「街の防衛、大儀であった」

 

 王様にねぎらわれ、頭を下げる。

 礼儀作法なんてものは知らないむきむきだ。ビクビクしながらそれっぽい動きをするしかなく、失礼を大目に見てくれる王様や貴族の人には、感謝しかなかった。

 

(……絵本の中からそのまま出て来たみたいな、王様と王女様だ)

 

 王様も王女様も、とても『らしい』容姿をしていた。

 王らしく、威厳がある。

 王女らしく、可愛らしい。

 王族の周囲の人間が『王族らしさ』を意識して外見を整えていたとしても、素材がよくなければここまで理想的に仕上げることはできないだろう。

 

 王様はむきむきの肉体をじっと見る。

 筋肉は通常、単一の筋肉だけが縮みすぎると肉離れや脱臼などを引き起こしてしまうため、その筋肉の反対側の筋肉も鍛えなければならない。

 いわゆる"足のハムストリングス"だ。

 ごく一般的な人は、走るために使う筋肉とその反対側の筋肉の力の発揮量が2:1であると言われている。だがこのバランスのままでスポーツ選手の筋力を身に付けると、いとも容易く肉離れや股関節の脱臼が起こってしまうのだ。

 なので、一流のスポーツ選手はこの"反対側の筋肉"を鍛える。

 プロの大会を見れば、選手の足の裏側が異常に発達しているのが見て取れるだろう。

 すなわち。"理想的な肉体"というのは、見る人が見れば分かるのだ。

 王様はむきむきの全身の、無駄なく鍛え上げられた雄々しく美しい筋肉を見ていた。

 

 そして「ほぅ」と一言だけ呟き、目を細める。

 なんだそのほぅは、どういう意味があるんだ、どういう意図でのほぅなんだ、と脇から見ているめぐみんの方がハラハラしていた。

 

「むきむきよ、聞かせてくれ。なにをすれば、その歳でそこまで素晴らしい肉体を得られる?」

 

 王に聞かれ、一瞬ビクッとして、噛まないように必死に気を付けながら、ゆっくりとむきむきは話し出す。

 

「よく食べ、よく遊び、よく学べば体が大きくなると、里では教えられていました」

 

「ほう。もっともだな」

 

 ここでめぐみんが口を開けていたなら、『それは人が虎になる方法を聞くようなものです。虎は生まれた時から虎なんですよ』と王に言い放っていただろう。

 なろうと思っても、この巨体にはなれない。

 

「うむ、いい言葉だ。

 当たり前のことだが、いい教えだ。

 その巨体からそんな普通のことが聞けるとは思わなかった。のう、アイリス」

 

「はい、お父様」

 

 アイリス、と呼ばれた王女が返答を返す。

 鈴の鳴るような声で、決められた文面を読み上げるような台詞。

 その少女が何を考えているのか、まるで読み取れない。

 

「旅の目的を聞かせてもらおう」

 

 王は続けざまに問う。今度は三人それぞれに問う言葉だった。

 

「私は、里の長にふさわしい人間となるために」

「僕は、旅立った二人の友を守るために。それと、世界を見て回るために」

「私は最強の魔法使いとなり魔王を倒すために。……それと、人を探しています」

 

「人を?」

 

「名も知らぬ、とても美しい人でした。私の爆裂魔法は、その人から教わったものです」

 

 めぐみんの旅の目的を聞き、王がレインに視線をやる。

 

「レイン」

 

「爆裂魔法の使い手など、そうはいません。

 私の知る限りでは、冒険者を引退したある魔法使いだけです」

 

「その者とは」

 

「かつて冒険者の中でも最高の魔法使いの一人に数えられたアークウィザード。ウィズ」

 

「所在を確認しておくのだ。彼らと必ず引き合わせるように」

 

「承知いたしました」

 

「……! ありがとうございます!」

 

 思わぬ所から、望外の情報が得られた。

 色んなことが連鎖して、旅の中でした行動の結果が繋がって、いい結果が次々生まれる。

 これには流石のめぐみんも、思わず声が上ずってしまう。

 

「聞けば、お前達は娘と歳が近いと聞く。

 娘は冒険者のする話が好きでな?

 その歳で旅をしていること、まこと感心する。

 お前達の年頃だからこそ、感じられるものもあろう」

 

 王は、自然とカリスマを感じさせる穏やかな笑みを浮かべ、娘の頭に軽く手を置く。

 

「しばしこの王城に滞在し、この子の話し相手になってやってはくれないか?」

 

 めぐみんの探し人を探してくれるという餌を置かれた上、断れない王の願いを突き付けられては、彼らに選択肢などないに等しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王女アイリスは冒険者の話を聞くのが好きだ。

 だが、王族が下々の者と直接言葉を交わすことをよしとしない者も多い。

 王様と違い、彼女は側仕えの者を通して冒険者と話すのが常だ。

 だが、今日は違う。

 王様の気まぐれか、それとも王にも何か思う所があったのか。今日の王女様は、従者を間に挟まずに冒険者達と相対させられていた。

 

「……」

 

「……」

 

 チーム紅魔族は、王族にどう話しかけていいのか分からない。

 アイリスは、いつも受け身で冒険者と話しているため自分から話を切り出していけない。

 今この部屋には、紅魔族三人とアイリス、それとレインのみ。

 レインは両者の間に入ることも考えたが、"その前に"と、扉を開けて部屋の外に出る。

 そこには、鍵穴から必死に部屋の中を覗こうとするクレアの姿があった。

 

「いい加減どこかへ行ってください、クレア様」

 

「断る」

 

「クレア様……」

 

 貴族らしい凛とした姿。何の変哲もない白スーツでここまで高貴な存在感を発せられると、レインは黒いドレスを着ても地味な自分と見比べて、ちょっと情けない気持ちになってしまう。

 

「たとえお前でもアイリス様の警護を安心して任せられるものか!

 姫様を任せなければならないのなら、嫁入りさえ憤懣遣る方無いぞ私は!」

 

「落ち着いてください、クレア様!」

 

 この女性が人前では立派な貴族で、雰囲気だけが高貴で貴族らしく、素の自分を出すととんでもない問題人物だと知っているから、なおさらに。

 

「城の一部で噂が出てるんですよ。

 シンフォニア家のクレアはクソレズロリコンで脇が毛深く乳輪がデカいって」

 

「誰がそんな根も葉もない噂を!」

 

「私も信じてはいません。ですがここでアピールが必要なんです」

 

「アピール?」

 

「クレア様は四六時中アイリス様にひっついていると見られています。

 風呂の時間も寝る時も離れようとしないクソレズという評価が定着しかけています。

 ここで冒険者との語り合いを使い、アイリス様から距離を置いて

 『クレア様が気を使われている』

 『ここで距離を置けるのであれば、ただ単に親愛の情が深かっただけなのだな』

 という噂を流して、今の噂を払拭するんです。

 そうすれば、印象の逆転で最初に流れていた噂がデマだったという印象も付いて……」

 

「私は堂々と毎晩風呂でアイリス様の肢体を念入りに洗ってあげられるというわけだな!」

 

「……あの、先の話、根も葉もない噂なのでは……」

 

「根も葉もない噂だとも!」

 

 護衛兼教育係として付けられているレインと同様に、クレアもまた護衛兼教育係としてアイリスに付けられている、大貴族シンフォニア家の長女だ。

 シンフォニア家といえば、この国でも指折りの大貴族。

 王家の懐刀ダスティネス家など家格で並んでいる家を挙げることはできるが、この家より明確に家格が上の家を挙げることは極めて困難だろう。

 家格の高さは勿論のこと、王族の近衛兼教育係に付けられているということは、クレア自身も優秀であるということだ。

 王族からも信頼される血統、能力、人格を持つ女性。

 

 だが、その裏側はド変態だった。

 

「お願いしますから、大人しくしていてください」

 

「仕方ない。少しの間我慢をしよう」

 

 クソレズペドフィリア、略してクレアを何とか説得し、レインは深く溜め息を吐く。

 

(この巡り合わせがアイリス様にとって、よいものとなってくれればいいけれど)

 

 レインは護衛の一人であり、アイリスの教育係の一人であると同時に、アイリスの幸多き未来を願って見守る大人の一人。

 彼女の役目は、王女に知識を与え、心の中に新たな扉を開かせることだ。

 偏った性知識を与えかねない、新たな性の扉を開かせかねないクソレズとは似て非なる。

 いや、似てない。ただ非なるだけか。

 

(アイリス様は優しくていい子。でも、度が過ぎてる。

 辛さも悲しみも抱え込み過ぎて、それを表に出そうとしない……)

 

 レインはこれを気に、アイリスがもっと見聞と心を広げてくれれば、と思っていた。

 もっと未来に希望を持ってくれれば、と思っていた。

 たとえ、王族が一人で外を出歩くのが危険なくらいに、魔王軍が優勢だったとしても。

 たとえ、未来を自分で選べない王族という身の上だったとしても。

 レインは、アイリスの幸せだけを、切に願っていた。

 

「失礼します。ただいま戻り……」

 

 そして、彼女は部屋に戻り――

 

「はい、僕の親指が消えました」

 

「す、すごい! どうやったんですか!?」

 

「ずるいわよ酷いわよ何それありなの!?

 私はアクシズ教徒にダダ滑りだったのに、パクったむきむきが大受けって!」

 

 ――シリアスな思考をぶっ飛ばす、一発芸で盛り上がる子供達の姿を見た。

 

(馴染んでる!)

 

 何やってんだ紅魔族、よくやった紅魔族、その二つの気持ちが同時にレインの胸の奥に湧いてくる。

 

「また勝負でもしますか? 王女様と言えど、勝ちはありませんよ」

 

「次は負けません!」

 

 アイリスと対峙しためぐみんが、紙に『井』の字のような線を四本引いている。

 

「これは紅魔族の伝統的な遊び。

 互いに交互に○と×を書き、三つ並べたら勝利となります。

 はい、先行頂きました! 真ん中に○! さあ後攻は×をどうぞ!」

 

「×を三つ並べたら勝ちですね、分かり……ん?

 ず、ずるいです! これもうどうやっても勝てないじゃないですか!」

 

「はて、なんのことやら」

 

 めぐみんとアイリスの会話を見ると、レインにもなんとなくどうしてこうなったのかが読めた。

 不敬罪を少し恐れている様子も見受けられるが、めぐみんが一番アイリスに対し気安く接しているのだ。

 

 実年齢を相対的に見れば、めぐみんとゆんゆんが同い年。むきむきがその一つ下で、アイリスがむきむきの一つ下。

 外見年齢を相対的に見ると、めぐみんとアイリスが同い年、ゆんゆんがそこから少し歳上、むきむきはその更に歳上に見える。

 

 めぐみんとアイリスが気安そうなのは、絵面を見るととても自然な光景に見えた。

 

「ちょっと目を離した隙に、随分仲良くなりましたね」

 

 レインはひとまず、アイリスへの敬意と距離感が一番残っている様子のゆんゆんに話しかけてみた。

 

「めぐみん、王女様でも気後れしない子ですから、

 あ、でも、めぐみんにしては遠慮がある? ようにも見えます。

 むきむきはむきむきで、めぐみんの後に続いていく人ですし……」

 

「ああ、そうなんですか」

 

 子供達の間に広がる空気は、一見楽しそうだがよく見るとどこかぎこちない。

 それは当人達もよく分かっていることだろう。

 互いに歩み寄りながら、見えない正解を手探るように、子供達は言葉を選ぶ。話題を探す。話す内容を模索する。

 

「実は、私もお父様も、あなた達のことは聞いていたんです」

 

「聞いていた? 僕らのことを? 誰からですか?」

 

「魔剣の勇者様です」

 

「ぶっ」

 

 その内、話題が予想外の方向に跳び、めぐみんが飲んでいた飲み物をちょっと吹き出す。

 あんなのが王族にも認められている勇者なのかと、めぐみんは戦慄する。

 

「尊敬する師父であると、そうおっしゃっていました。

 それと、旅の間に一緒に戦った時のことをいくつか……」

 

「勇者様、元気でやってるみたいでよかったです」

 

「私から言わせてもらえば、あのホ……あの男の話は結構盛ってると思いますよ」

 

「そうでしょうか? でも、お強いことは間違いないんだと想います」

 

 図らずして、ミツルギフィルターが盛りに盛った話が、千の魔王軍討伐というインパクトで裏付けされてしまったようだ。

 あのイケメンは、一度好感を持った人間を過大評価した上、ダダ甘に甘やかして持ち上げる悪癖がある。

 

「ミツルギ殿は言いました。

 彼は既に最高の友を得ている、と。

 だからお話したいと思ってたんです。私には、最高の友達なんて居ないから」

 

 アイリスには『社交辞令のような友人』しか居ない。

 

「本当の友達の関係というものが、どういうものか見てみたくて。

 だから、今日は本当にいい日です。ずっと見たかったものが見れました」

 

 型破りなめぐみんでさえ、多少の気後れがあるのだ。

 平民ではアイリスに話しかけることもできず、貴族の子は身分の差を認識しているためアイリスに一線を引いて接している。

 アイリスの友人を名乗る者は居るだろう。

 けれど、それが友情であるとアイリスは断言することができない。

 その友情には、必ず臣下の礼が含まれていたからだ。

 

「冒険に出たいと思っても、一歩も出られない。

 街に一人で出てみたいと思っても、一歩も出られない。

 寂しいと思うこともあります。……でも、王族の勤めですから。

 普段皆よりも恵まれた生活をしているのですから、仕方ないことですよね」

 

 見たかったものを見て心が動いてしまったのか、王女の口からぽろっと本音がこぼれて落ちる。

 

 王族に無礼を働けば死罪になりかねないと知り、初っ端から気安くフレンドリーに接せる者など居ない。普通はそんな行動不可能だ。

 彼女を王女だと知った上で一気に心の距離を詰められるのなら、その人間は百年に一人レベルのバカか勇者かのどちらかだろう。

 現に、むきむきは何も言えないでいた。何もできないでいた。

 言いたい言葉があって、したい行動があった。

 けれど、口を噤んで体を抑えつけていた。

 

 魔王軍が王都にまで攻め込んでいる国の、気楽な外出さえ許されていないお姫様。

 『環境に寂しさを押し付けられる苦しさ』に共感し、放っておけないと思っているくせに、彼は何もせずにいた。

 

(……僕は)

 

 話の顛末次第では、無礼だと言われ仲間に迷惑がかかるかもしれない。

 そう思えば、体は動かなくなってしまう。

 何もできなくなってしまう。

 友達に迷惑をかけたくないという想いも、間違いなく本物だった。

 

 少年の視線がふらりと動き、その視線がゆんゆんの視線とぶつかる。

 何故かゆんゆんは、むきむきのことをじっと見ていた。

 

「大丈夫、私は何があっても味方だよ」

 

 彼の心中を察しているかのように、渡される後押しの言葉。

 少年の視線が横に動き、その視線がめぐみんの視線とぶつかる。

 

「好きにすればいいと思います。

 たまにはあなたが私達に迷惑をかけるのもいいんじゃないですか?」

 

 彼の心中を察しているかのように、渡される後押しの言葉。

 眼帯をさすって格好つけるめぐみんは、地獄の底まで付いて来てくれそうだと思えるほどに、頼りがいがあった。

 

―――迷ったら周りの人に相談すること。

―――でも、怖かったらとりあえずでいってみよう!

―――なんとなくだけど、君はそのくらいがいい気がするからね

 

 最後に、なんとなく、クリスがアルカンレティアで残していった言葉を思い出す。

 彼女の『いってみよう』には不思議な響きがあって、なんとなく勇気を貰えた気がする。

 勇気。

 そう、勇気だ。

 少年に必要だったのは、ここでぶつける勇気だけだった。

 

 臆病者で、受動的で、根本的にダメな子でも、『四人分の勇気』があれば、動き出せる。

 

「アイリス様」

 

「なんでしょうか?」

 

「ごめんなさい、失礼します!」

 

「きゃっ!?」

 

 むきむきはアイリスを肩に乗せ、窓から飛び出すという蛮行に出た。

 

「!? ま、待ちなさい!」

 

「まあまあ落ち着いてレインさん」

「こうなったらもうヤケクソで、行くとこまで行きましょうレインさん」

 

「ちょ、ちょっと!」

 

 めぐみんとゆんゆんがそれを止めようとしたレインにしがみつき、むきむきとアイリスは誰にも邪魔されずに城の外へ飛び出していく。

 子供特有の未来想定の甘さ。

 どうにかなるだろうという楽観視。

 誰かの苦しみを消してあげたいという純粋さ。

 少しでも笑顔にしてあげられたら、という純朴さ。

 良くも悪くも『子供』は大人がしないようなことをする。大人にはできないことができる。

 

「降ろしてください! きっとよくないことになります!

 よかれと思ってやったことでも、これじゃあなたが……」

 

「そうしたら……うん、頑張って、三人でここから逃げようかな」

 

 王城から城壁へ。城壁から家屋の屋上へ。家屋の屋上から別の家屋の屋上へ。

 少女を肩に乗せたまま、巨人は街の上を跳んで行く。

 

「なんだあれは!」

「鳥か!? 魔王軍か!?」

「いや、筋肉だ!」

「皆空を見て! 筋肉(ラピュタ)は本当にあったんだ!」

 

 町の人が上を見上げて何かを言うことはあったが、むきむきの跳躍スピードのせいで誰もがすぐに見失ってしまう。

 

「王女様は僕に抱えられたまま。

 だからアイリス様は一歩も外に出てない、とかじゃダメでしょうか?」

 

「頓知じゃないですか!」

 

 街を見渡してちょっと楽しそうな表情を浮かべてしまうアイリスだが、すぐに表情を改め、厳しい声色を意識して作る。

 アイリスがそうしている時は、むきむきの雰囲気とアイリスが取り繕った厳しい雰囲気も相まって、クラスで喧嘩している小学生の男子と女子のような雰囲気があった。

 

「僕がめぐみんと初めて会った時の話、聞いてください」

 

 むきむきがこんな型破りなことを、一から考えたのだろうか。

 いや、違う。

 

「めぐみんが僕を助けてくれたあの日に。

 めぐみんを肩に乗せて走ったあの日に」

 

 これは、"想い出の再現"だ。

 

「きっとあの時、僕の世界は広がったんです」

 

 彼らは街を囲む壁にまで到達し、むきむきはめぐみんと初めて会った日のことを語りながら、城壁の上を走り始める。

 

「……」

 

 壁の外の大自然の景色、壁の内側の絢爛な街の景色を眺めながら、アイリスは彼の話に耳を傾けた。むきむとめぐみんが友達になった日のことに、思いを馳せていく。

 見たことのない景色も、初めて聞く話も。アイリスの心に、何かを染み渡らせていく。

 

「友達と一緒に走り回って、世界が広がった日……

 ああ、だからこうしているんですね。

 その時に感じた気持ちを、もう一度ここに持って来ようとしたのですか」

 

「うん」

 

 愚かと言うべきか、未熟と言うべきか。

 自分の世界が広がった日の出来事を、そっくりそのまま再現してどうなるというのか。

 不器用にも程がある。

 人生経験をちゃんと積んだ大人なら、もうちょっとマシなやり方を選んでいただろう。

 

 けれども、その拙いやり方を、アイリスは不快に思わなかった。

 不器用なりにアイリスのことを本気で想い、自分なりに何をどうしたらいいのかを必死に考え、全力でぶつかってきたこの少年の選択を、アイリスは悪く思ってはいなかった。

 

 友と出会い。

 友と一緒に駆け回り。

 旅に出て、見たこともない景色を見て……そんな日々を過ごせたなら、きっと幸せなんだろうと、アイリスは思う。

 

 彼の肩の上で彼と共に街や城壁を駆け回り、見たこともない城壁の上からの景色を眺めている今のアイリスは、その気持ちを少しばかり理解できるようになっていた。

 羨む目で、アイリスは彼を見る。

 

 城壁から一気に駆け戻り、むきむきとアイリスを見てぎょっとする王城の警備の脇を抜け、彼らは王城の最も高い場所――王城尖塔部分――のてっぺんにまで登る。

 

「わぁ……」

 

 今日彼の肩の上で見た風景は、そのどれもがアイリスの記憶に残るもの。

 だが、ここから見える風景は、そのどれにも勝るものだった。

 王都で一番高い場所。彼女が毎日過ごしている城の一部でありながら、一生来る機会がなかったであろう場所。

 そこから見渡す世界の風景は、とても美しかった。

 

「普通の友達は、要らない?」

 

「……え」

 

 先程、アイリスはミツルギの話をした。

 その中で、アイリスがむきむきに対して持っている印象も明かされた。

 『最高の友を持つ者』を見る目で、彼女は彼を見ている。

 アイリスは、自分はそれを得られないだろうと諦めている。

 そこに少年は待ったをかけた。

 最高でなければ、友に価値はないのか? と。

 

「最高の友達にはなれないかもしれないけど、きっと普通の友達にはなれると思う」

 

 アイリスの最高にはなれないかもしれない。特別にもなれないかもしれない。けれど、普通の友達にはなれる。少年はそう考えていた。

 

 普通でいい。

 普通でいいのだ。

 『特別』ではなく、『普通』こそが欲しかった。

 それは、この二人に共通する気持ち。

 

 普通の体に生まれたかった。

 普通に魔法を使いたかった。

 普通に里の一員として認められたかった。

 普通に皆と一緒に学校に行きたかった。

 普通の紅魔族になりたかった。

 

 けれど、少年はそうはなれなくて。

 いつかは、今の自分を好きにならないといけない。

 

 普通に街を歩きたかった。

 普通でもいいから冒険がしてみたかった。

 普通の友達が欲しかった。

 普通で平和な日常を王都で過ごしたかった。

 普通の女の子として恋をしてみたいと思ったこともあった。

 

 けれど、少女のそれは叶わぬ願いで。

 奇跡でも起こらなければ、いつかどこかで何かを諦めなければならない。

 

「普通の友達でも、僕みたいに変な体の奴は嫌なら、めぐみんとか……」

 

「いいえ。そんなことはありません」

 

 ゆんゆんが初めて友達となり、めぐみんが世界を広げたむきむきが、少女の本音を引き出した。

 運命のように、紅魔族の二人の少女の行動の結果が、回り回って少女に笑顔を浮かべさせる。

 善意とは、繋がるもの。

 

「ありがとうございます。私の……普通の友達に、なろうとしてくれて」

 

 少女の問題も、少年の問題も、何一つとして解決してはいないけれども。

 日々を今より楽しくすることは、きっと難しいことではない。

 

「アイリスと呼んでください。あ、でも、呼ぶ時と場所は考えて下さいね?」

 

 それを途中からこっそり影で見ていためぐみん達が、ほっと息を吐いた。

 レインと少女達は一区切りついたのを見て、ぞれぞれ反対の方向へと歩を進める。

 少女達は私達も仲間だもんげ! と混ざるために、彼らの下に。

 そしてレインは、今の流れを見て騒ぎ出したであろうクソレズシンフォニア、略してクレアの暴走を止めるべく走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 彼の行動は、結構な問題になった。

 クソレズウーマンさん、略してクズマさんことクレアが猛烈に処罰を要求したが、彼女の行動が「いやそこまで責めなくても……」という空気を逆に作り出してしまい、意図せずして最高のアシストが成功する。

 なお、クレアは後日これを『むきむき無罪獲得のための演技』と誤解され、アイリスにたいそう喜ばれたという。

 

 ここに王やアイリス、レインなどの擁護も加わって、後日渡される予定だった褒賞金がなくなる、ということで話がついた。

 レイン曰く、『信じられないくらい甘い沙汰』『二度目はない』とのこと。

 理詰めで説教するタイプのレインの説教は一切の反論を許さないもので、むきむきはちょっと涙目になっていた。

 それからまた、少しの時間が流れる。

 

「……」

 

 紅魔族達は、めぐみんの探し人がどこに居るかという調査結果を聞くために、まだ王城に滞在していた。

 今、彼らは王城内部の蔵書室に居る。

 三人はそれぞれ別の本を読み、別々の知識を吸収しているようだ。

 

(ベルゼルグ王族は婚姻で勇者の血を取り込んできた一族。

 魔王討伐という過程で選別される勇者。

 伴侶選定という過程で選別される貴族。

 その両方の血のみを取り込むため、総じて凄まじく強い。

 英才教育、洗練された訓練、経験値とスキルポイントを得られる食事。

 多様で効率的な教育に、高い才能、最上位の血統が加わる。

 ベルゼルグ王族は人類の最強種の一角と言えよう。

 国外ではドラゴリラ、ゴリラゴンと呼ばれることもある(要出典)、なるほど……)

 

 むきむきは王族に関する本を読んでいる様子。

 

「むきむき、ゆんゆん、ちょっとこっちに来て下さい」

 

「? わかった」

「どうしたのよめぐみん。それ、ずいぶん古い本ね」

 

 めぐみんが二人に開いてみせたのは、とても古そうな本だった。

 本の素材が悪かったなら、この時代には形も残っていなかったと推測できるレベルの古本。

 

「見て欲しいのはここです」

 

「どれどれ……」

 

「国一番のアークウィザード、キール……()()()()()()の肖像」

 

「! これ、ブルーだ!」

 

 めぐみんが開いた本のページに描かれた。一人の男の顔の肖像。

 その顔が、先日戦ったDTブルーの顔と全く同じだったために、むきむきとゆんゆんは思わず息を呑む。

 

「あの人、本当に不老だったのね……」

 

「キール、っていうのは?」

 

「その昔、貴族の令嬢をさらって国を敵に回したという魔法使いですよ。

 国最高のアークウィザードの名は伊達ではなく、国の追撃を振り切って逃亡。

 その凄まじい魔力と魔術の腕をもってダンジョンを作り上げ、そこに篭ったと言われています」

 

 恋した貴族の令嬢を求め、最後にはさらって行った悪い魔法使い。

 それが、アークウィザード・キールの一般評だ。

 キールの物語は"恋をしてしまった悪人の悲恋"と見る人も居れば、"邪道に堕ちた魔法使い"として反面教師にする人も居る。

 その一番弟子ともなれば、令嬢誘拐に手を貸した可能性も高い。

 

「人類の敵対者になったのはこの時なんじゃないでしょうか?」

 

「この悪い魔法使いキールの仲間だったってこと?」

 

「じゃあやっぱり悪い人なのよね……」

 

「キールの味方だったなら、そうなんでしょうね」

 

 キールのダンジョンは、始まりの街アクセルから半日ほどの距離にある。

 半ばダンジョン初心者の練習場と化しているそこに、今でも人に見つかっていない物があるとは考えにくい。

 そう認識した上で、少年は一度そのダンジョンに向かってみたいと思っていた。

 

「失礼します。アイリス様がいらっしゃいましたよ」

 

 蔵書室の扉がノックされ、レインに先導されたアイリスがやって来る。

 

「ご一緒してもよろしいですか?」

 

「ええ、いいですよ。アイリスも私達の魔王軍撃滅会議に混ぜてあげましょう」

 

「魔王軍撃滅会議!?」

「待って私聞いてない!」

 

 年相応の少女らしい交流、という観点から見れば、アイリスと一番仲がいいのは間違いなくめぐみんだった。

 めぐみんは元よりアイリスと距離が近く、ゆんゆんが未だに身分の差を微妙に引きずっていることもあって、めぐみんは今現在アイリスの一番親しい女友達となっていた。

 ならば、むきむきはどういうポジションに居るのだろうか?

 

 めぐみんとアイリスの会話が一段落つき、アイリスとむきむきの目が合った。

 アイリスはとことこと彼に歩み寄り、彼が使っていたテーブルの反対側で立ち止まり、花のような笑顔を見せた。

 

「お兄様から昔聞いたことがあります。

 腕相撲、というもので友と友情を深めたことがあると」

 

「したいの?」

 

「はい!」

 

 すっ、と少年がテーブルに腕を出す。

 すっ、と少女もテーブルに腕を出す。

 紅魔族の特徴である黒い髪と、王族の特徴である金の髪が揺れる。

 はたから見れば、筋肉ムキムキマッチョマンの巨人が身長差1m以上ある小さな少女を、腕相撲でいじめているかのような光景。

 だが、違う。

 これは、例えるならば、ゴジラとキングギドラの衝突だ。

 

「待っ―――」

 

 レインの止める声も虚しく、二人は腕相撲を始めてしまった。

 

「―――!」

 

 両者の腕に力が入る。

 瞬間、両者の手と手の間で空気が弾けた。

 二人の力は完全に拮抗し、あまりのパワーにテーブルが軋んだ。

 

「ッ!」

 

 アイリスがちょっと力を出し、押し込まれる。

 むきむきもちょっと力を出し、逆に押し込む。

 それをアイリスが押し返して……というループ。

 高速で押し合い押し返し合う攻防により、彼らの周囲には自然と風の流れが生まれ、レインのスカートがめくれ上がる。

 

「きゃっ!?」

 

「アイリス、本気出してないよね?」

 

「そちらこそ。紳士ですよね、むきむきさん」

 

 互いが互いに対し『自分の全力を出してしまえば友達の腕を折ってしまうんじゃないか』という心配を持ったまま、探るようにして徐々に込める力を増やし、互いに全力を出していく。

 そのたび、レインのスカートがめくれ上がる。

 

「な、なんの嫌がらせですか!」

 

「アイリスはまだ全力を出していない。

 むきむきも女の子相手に全力は出しきれず、感情も昂ぶっていない。

 なのに、なのに、この圧倒的筋力が生み出す破壊の嵐―――!」

 

「解説はいいんですよめぐみんさん!」

 

 筋肉少女帯、ではなく、筋肉対少女。

 外見からは想像もつかないアイリスの筋力は、むきむきといい勝負ができる領域にあった。

 王族が皆高レベルで、むきむきがまだ低レベルを抜けたばかりであることを加味しても、ゴリが過ぎる。

 アイアムゴリラプリンセス、略してアイリスとでも言うつもりなのか。

 加熱する勝負は、ついに危険な領域へと突入する……

 

「アイリス、これ友情深まってるの!?」

 

「ふ、深まってる気がします! たぶん!」

 

「そ、そう言われると、僕もそんな気がしてきた!」

 

「めぐみん、今こそツッコミが必要よ」

「ゆんゆんが行けばいいじゃないですか。胸とツッコミがあなたの売りでしょう」

「そんなの売りにしたことないわよ!」

 

 常識的に考えれば、腕相撲はむきむきのように腕が長い方が不利。

 常識的に考えれば、腕の太さに十倍近い差があるためアイリスに勝ち目はない。

 だがこの腕相撲は既に常識の範囲内に無い。

 ゆえに、決着も常識の外側にあった。

 

 盛大な破壊音と友に、頑丈に作られていたテーブルが粉砕される。

 二人の腕相撲の舞台として使われるのに、このテーブルでは耐えられなかったのだ。

 全力を出す前にテーブルが破壊されてしまい、二人は拍子抜けした顔をしていたが、やがて笑い合う。

 

「ふふっ、やっぱりその筋肉は凄いですね」

 

「アイリスだって、そんな細い腕ですごいよ」

 

「外でやって下さい外で!」

 

 そして、レインに城の中庭に叩き出された。

 

 

 

 

 

 50mの距離に線を引いての、かけっこ勝負。

 

「よーい、ドン!」

 

 この二人にかかれば、二秒前後で駆け抜けられる距離だ。

 

「よし、僕の勝ち!」

 

「も、もう一回! 次は全力で行きます!」

 

 50mも2秒前後。

 にもかかわらず、二人がちょっとムキになってくると、タイムは更に縮んで行く。

 

 この二人は本気の本気で走れば、リザードランナーの巡航速度を上回る速度で走り回れる。

 この世界の乗馬の速度が時速60km。馬車の速度が時速20~30km。

 リザードランナーの速度をそのまま活かせる、王族専用の竜車が丸一日継続させる巡航速度がその3~4倍の速度で、おおまかに時速100km。

 駆け出しが処理するモンスターでさえこのレベルなのだから、魔王軍幹部のようなガチ枠、むきむきやアイリスといったバグ枠がそれより速いのは、さほどおかしいことでもない。

 走行速度がそれなら、戦闘速度は更に速いことだろう。

 

「スキルを使っていないとはいえ、私がかけっこで勝てないなんて……何か秘訣が?」

 

「秘訣? 秘訣……うーん……さっき僕はストレッチしてたよね」

 

「してましたね」

 

「ここに、ほら、ええと、ストレッチパワーが溜まったんだよ」

 

「ストレッチパワー!?」

 

 アイリスが驚き、むきむきが冗談だと言って、笑い合う。

 そしてまた何かを始める。二人の様子は、ドッチボールやサッカーで遊ぶことを覚えたばかりの小学生のようだった。

 体を動かして楽しく競い合えることを、心底喜んでいる。

 

「子供ですねぇ、本当に」

 

 そんな二人を、中庭の草の上に座っているめぐみんが、呆れた顔で見守っていた。

 膝の上には使い魔のちょむすけ。肩にはウトウトとしているゆんゆんが寄りかかっている。

 むきむき達がずっとあの様子で競っているものだから、見守っている内に眠たくなってしまったらしい。

 めぐみんも今はゆんゆんを寄りかからせてはいるが、彼女が起きそうな素振りを見せたなら、その瞬間に彼女を蹴っ飛ばすだろう。

 

 「何事!?」と言うゆんゆんを前にして、「私はあなたの枕じゃないですよ? そういうのやめてください」と言うのだろう。

 そして「ちょっとくらいは寄りかからせてくれたっていいじゃない!」と言うゆんゆんを、鼻で笑うのだ。

 めぐみんは、そういう少女だった。

 

「砲丸投げ! 勝負だよ、アイリス!」

 

「ああ! 中庭の向こうの壁に埋まってしまいました!」

 

 むきむきに"今までにない形での理解者"が現れたことを嬉しく思う、そんな少女だった。

 

「めぐみんさん」

 

「レインさんですか。このねぼすけを起こさないようにお願いします」

 

「ふふ……プリンどうです?」

 

「いただきます。でも突然プリンを差し出されるとかちょっと困惑します」

 

「騎士団の方で買いすぎて、処理に困ってるそうで……うちにまだいっぱいあるんです」

 

「ああ、そういう」

 

 突然現れて屋外でプリンを渡してきたかと思えば、無難なところに着地する。

 なんか普通だなこの人、とめぐみんはたいそう失礼なことを考えていた。

 レインはむきむきとアイリスが遊んでいる光景を見て、眩しい物を見たかのように目を細める。

 

「あれを見ていて、クレア様の子供の頃の話を思い出しました」

 

「クレア様……というと、時々二階から物凄い顔でこちらを睨んでいるあの貴族ですか」

 

「はい。貴族というのは、生まれつきの強者であることが多いです。

 クレア様も、幼少期から鍛練に励んでいたのもあって、腕力もとてもお強かったそうで」

 

「ほう」

 

「……普通の子供と遊んでいて、ただのじゃれ合いのつもりが、怪我をさせてしまったそうです」

 

「……」

 

「貴族には貴族の、王族には王族の悩みがあるんでしょうね」

 

「かもしれませんね。私には無縁な話ですが」

 

 特別だからこそ、普通に憧れる気持ちを持ったむきむきとアイリス。

 里一番の天才という特別から、普通になど憧れることもないまま、誰も選ばないような爆裂魔法という更なる特別を求めためぐみん。

 めぐみんには二人の憧れや悩みは、本当の意味では理解できないに違いない。

 そして同時に、『だからこそ』、むきむきやアイリスはめぐみんに対し好感を持つのだ。

 

「そういえばめぐみん様。国からのクエストを受ける気はありますか?」

 

「国からのクエスト?」

 

「はい。まだめぐみん様の探し人を見つけるには時間がかかりそうです。

 クエストの内容はエルロードに親書を渡しに行く私の護衛。

 エルロードまでは片道十日と長くはありますが、行って返ってくるだけです」

 

「ただの旅行ですね」

 

「い、一応国使ですよ!? なんでそんなに物怖じしないんですか!?」

 

 アイリス相手にも率先して気軽に絡んで行くめぐみん、恐るべし。

 

「王様の発令したクエストを達成した、というのは大きいですよ。

 何をするにしても、今後の活動は楽になると思います。どうでしょうか?」

 

「そうですね。むきむきと相談して決めることにします」

 

「あの、ゆんゆんさんにも相談してあげてくださいね」

 

 鉄球でキャッチボールを始めた二人を意識的に視界に入れないようにして、レインはめぐみんがクエストを受けることに乗り気な様子を確認し、ほっと息を吐く。

 

(これで、少しは国の諜報部が情報を固める時間が取れる。

 でも、確証が取れてもめぐみんさんに伝えるべきなのか……だって……)

 

 レインは優秀だ。優秀だが、感性は普通の人だ。そんな彼女は、どうすればいいのか分からない問題に、普通の反応――問題の先送り――しかできない。

 

(……めぐみんさんの探し人の特徴。

 それと合致する爆裂魔法の使い手が、魔王軍に居るだなんて……)

 

 何を決断すればいいのか分からないのが現状なだけに、なおさらに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 王国から依頼されたクエストを、彼らは冒険者らしく受諾した。

 クエストの内容は、隣国エルロードに親書を届けに行くレインの護衛。

 片道十日の道のりとなるが、元より彼らの旅は急ぐものではない。目的地さえない、探し人と魔王討伐というゴールだけがある旅だ。

 特に断る理由もない。

 だが、アイリスはとても寂しそうな顔をしていた。

 

「……」

 

 彼らを王城の人間が送り出しに来てくれた時も、その真ん中に佇みながら、アイリスは寂しそうに視線を下に向けていた。

 彼らはまだ、旅の途中。

 王城には一度立ち寄ったに過ぎない。

 ここは彼らの居場所ではなく、ただひとときの腰掛けなのだ。

 

「アイリス様、別れの言葉を」

 

「……」

 

「アイリス様?」

 

 クレアが声をかけても、アイリスは別れの言葉を告げようとしない。

 ここで別れの言葉を言ってしまえば、もう会えないような気がしていた。

 それは寂しさが生んだ錯覚。けれども、アイリスにとっては確信に近い思い込みだった。

 彼らが今日ここを旅立ってしまえば、後はクエストの帰りに一度立ち寄る以外に、王城に留まる理由はなくなってしまう。

 それが、とても寂しかった。

 

「アイリス様……」

 

 レインはその心中を察したのか、彼女まで悲しそうな顔をしてしまっている。

 

「アイリス、様……いや、もういっか。アイリス」

 

「むきむきさん」

 

 王女を呼び捨てにしたむきむきに、クレアを始めとした王城の者達が殺気立つ。

 少年はそれを無視して、格好付けた。

 格好付けて、その場で名乗った。

 

「我が名はむきむき、紅魔族随一の筋肉の持ち主にして、再会を誓う者!」

 

 その名乗りが、めぐみんにとても素敵な笑みを浮かべさせる。彼女の胸を熱くさせる。

 

「我が名はめぐみん、紅魔族随一の魔法の使い手にして、再会を誓う者!」

 

 その名乗りが誰のためのものか、何のためのものか、分からないゆんゆんではない。

 顔を赤くして、彼女も頑張って友の後に続いていく。

 

「わ、我が名はゆんゆん、紅魔族五指に入る魔法の使い手にして、再会を誓う者!」

 

 それは、『紅魔族にしかできない』、アイリスへ残す贈り物だった。

 

「……!」

 

 アイリスもまた、不慣れな様子で格好付ける。

 

「我が名はアイリス! ベルゼルグ随一の王女にして、再会を誓う者っ!」

 

 今まで出したことがないくらい大きな声で、今までしたことがないような笑顔で、彼らに別れの言葉を告げる王女様。

 

「アイリス様!? 貴様らぁ! アイリス様に何を教えたこの狼藉者共がっ!」

 

「逃げろー!」

 

「待ってください私関係ない!」

 

 逃げ出す紅魔族達と、巻き込まれた形で逃げ出す涙目のレイン。

 笑顔のアイリスと、紅魔族達を追うクレア達。

 逃亡者達は馬車に乗り込み、一目散にエルロードに向かって逃げていく。

 

 彼らは王城の皆に追われ、笑いながら王都を後にした。

 

 

 




けものフレンズ(小さなゴリラと大きなゴリラ)

 むきむきとアイリスの年齢のせいで、絡みが一緒にコロコロ読んでる小学生のノリになってしまうこの感じ!
 前に考察で出した原作WEBで出た数字から出したリザードランナーの推定速度、ようやく本編で使えました。

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