「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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ふと、昔書いた漢拳理論は今のむきむきにこそ必要なんじゃないかと思って再掲


2-6-1 ベルゼルグ・スタート

 冒険者カードで身分証明を行い、門をくぐり、彼らはベルゼルグ王都の中へと歩を進めた。

 ベルゼルグ王族を描いた絵画には、傷だらけの鎧を纏う無傷の金髪の美男子、というものがいくつかある。

 この王国の首都は、まさしくそれだった。

 

 街を囲む壁の外側は傷だらけで荒れ放題。

 だが、壁の内側はこの国のどの街よりも発展している。

 壁の内側にも僅かながら戦闘の痕跡が見えるものの、全体から見ればほんの一部だ。

 壁の内側を見れば、壁の外側に刻まれた傷跡が、壁の内側を守りきった勲章のようにも見えてくるから不思議なものだ。

 

 王都は多くの人で賑わい、山ほどの人が行き交っていても何ら問題が無いくらいに、広く余裕をもった街作りがされていた。

 

「意外と活気があるんですね」

 

「あ、それ私も思った」

 

「僕でもそんなに目立たないくらい、戦士風の人が多いね。

 その人相手の商売をやってる人も、そこかしこに見えるよ」

 

 この街に住まう人だけでなく、街の外から来た冒険者や商人の姿も多く見える。

 なお、むきむきの"そんなに目立たない"は錯覚だ。巨体の冒険者でもせいぜい身長2m前後なので、この少年は普通に目立っている。

 

「ですがこれは、王都の賑わい方じゃありませんよ。

 前線の街部の賑わい方です。

 王国の首都であるならば、戦う者を中心とした賑わい方はしないはずです」

 

 街を行き交う人を見て、めぐみんはそう言った。

 街を歩く冒険者や傭兵、軍人。

 その者達をターゲットにした武器屋防具屋道具屋etc。

 戦う者と、その者達を客層に想定した店が相当に目につく町並み。

 めぐみんにそう言われてから街を見直すと、確かに"王国の首都として見れば違和感がある"町並みだった。

 

「ちょっと、調べてみようか?」

 

 興味を持って、彼らは軽い調査に動くのだった。

 

 

 

 

 

 少しばかりの時間が経って、昼になる。

 彼らは購入した昼御飯を公園で摂りながら、色んな人から聞いた話の内容を話し合っていた。

 

「最前線の砦は落ちてないらしいわ。

 でも、そこの戦況もよくないんだって。

 だからその防衛ラインを抜けて、王都にまで沢山敵が来てるんだとか」

 

 王都と魔王城の間にあるという、最前線の砦。

 そこは『敵の大きな戦力を食い止める』という機能は果たしているものの、『敵を一人たりとも後ろに通さない』という機能は果たせていないようだ。

 王都の周辺を見ればよく分かる。

 

「僕が調べたところ、魔王軍は何度もここに攻め込んでる。

 そしてその度に撃退されてる。

 魔王軍の方が強いなら、王都はとっくに攻め滅ぼされてるはずじゃないかな」

 

「なるほど」

 

 むきむきは紙を取り出し、そこにペンを走らせる。

 

「つまり、こうなる」

 

紅魔族の里の戦力>王都の主戦力>魔王軍派遣部隊

 

(むきむきって無駄に字が綺麗なんですよね……)

 

「ただし、魔王軍の方が明確に弱いならこうはならない。

 王国軍か紅魔族にとっくに滅ぼされてるはず。

 でも、戦況はずっと魔王軍有利で推移してる。

 つまり魔王軍の本当に強い奴らは時々しか動いてなくて……こうなる」

 

魔王軍の主力軍>紅魔の里の戦力>王都の主戦力>魔王軍派遣部隊

 

「推測なんだけど、どうかな」

 

「うん、筋は通ってる。多分実際にそうなんじゃない?」

 

 人は魔王軍に勝てない、というわけでもなく。

 魔王軍が今すぐ小細工なしに突っ込んで100%勝てる、というほどの戦力差でもなく。

 互いが戦略戦術戦闘で全力を尽くせばじわじわ人類が追い詰められていく、くらいの塩梅。

 三国志で言えば魔王軍が魏、人類が蜀といったところか。

 

 むきむきが持っていたペンを奪い取り、めぐみんはそこに勝手に一文を書き加える。

 

「めぐみん?」

 

私達>魔王軍の主力軍>紅魔の里の戦力>王都の主戦力>魔王軍派遣部隊

 

「なにやってんの!」

 

 いきなり強さヒエラルキーの頂点に自分達の名前を書き加えためぐみんの脳天に、ゆんゆんのチョップが突き刺さった。

 

「我が爆裂魔法は紅魔にて最強……ゆえにこの図式が完成するのです」

 

「めぐみんの馬鹿度だけは最強よ! それは保証してあげる!」

 

「めぐみんのそういうガンガン上を目指すとこ、僕結構好きだよ」

 

 時と状況さえ選べれば、一軍をも爆裂魔法で一掃できるめぐみんが言うと、将来的には大言壮語でなくなる気がするのが恐ろしい。

 

「ギルドも行ってみようか。王都のギルドは、この国で一番大きいギルドなんだって」

 

 王国の中心、首都のギルドに集まる依頼ともなれば、亜神や魔龍の討伐依頼さえも入ってくるという。

 依頼の報酬金額もとんでもなく、数億程度の個人資産を持つ者なら両手の指で数え切れないほどにいるそうだ。

 言い換えれば、魔王軍に対抗する強力な冒険者の寄り合いであるとも言える。

 

 むきむき達はそこに向かい、ちょうどそのタイミングでギルドから出て来た二人の女性とばったり会った。

 

「あ」

 

「あ」

 

 その二人は、アルカンレティアで出会った、ミツルギの取り巻きの少女達だった。

 

「こんにちわ、クレメア先輩、フィオ先輩」

 

「こんにちわ!」

「数日ぶりね。あれ、前は先輩って呼ばれてたっけ?」

 

 フィオがにこやかに笑って、クレメアがちょっと首を傾げる。

 一行はギルドに入り、適当なテーブルを選んでそこに座った。

 

「勇者様はどちらに? 一緒じゃないんですか?」

 

 むきむきのその質問は当然のものだ。

 この二人の少女は、誰の目にも明らかなくらいにミツルギにお熱であった。ここにミツルギが居ないことが、ちょっと気になってしまうくらいに。

 

「……少しこじらせちゃった冒険者の説得に行ってるわ。

 なんでも、キョウヤと同じ出身地の冒険者の人なんだとか」

 

「こじらせ?」

 

「説明すると長くなるし、嫌になっちゃう話よ」

 

 クレメアは心底嫌そうな顔で、経緯を話し始めた。

 

 始まりは、ある有力なミツルギと同郷の冒険者が国に疑惑を持ったことから始まったらしい。

 この冒険者をAとする。

 

 Aは王国の真実を知る者から情報を得て、独自の調査で証拠を確保し、真実に至った。

 魔王が、実は王国の人体実験で生まれたこと。

 魔王はベルゼルグに復讐したいだけなのだということ。

 真の悪はこの王国であるということ。

 魔王は復讐を果たせばそれ以上進軍することもなく、人類が滅びることもないのだということ。

 女神もグルなのだということ。

 それらの真実を知り、その真実を裏付ける証言と証拠を得て、Aは冒険者として魔王軍と戦うことを辞めた。

 

 ……と、いうのが、『Aしか信じていない真実』とその経緯の全てである。

 

 ミツルギが調べると、Aを唆した証人とやらはいつの間にか消えていて、真実を裏付ける証拠とやらは出処も信憑性も微妙なものばかりだった。

 そのくせ、証言内容と証拠が示す真実は初めから疑ってかからないと騙されそうになるくらいにそれっぽい。

 これを誰かの陰謀であると考え、ミツルギはAの説得に動いたというわけだ。

 

 "国の悪事が全ての元凶なのだ"という、分かりやすくて古今東西好かれる、大きな組織や政府を悪者にする陰謀論。

 "もう君は魔王軍と戦わなくていい"という結論を、命がけの戦いをする冒険者に与える悪辣さ。

 "命をかける必要はない、傍観しているだけでいい"という甘い誘惑。

 "悪者にも事情があったのだ"という日本人が好みやすい『裏設定』。

 

 これが誰かの陰謀であるのなら、その黒幕は相当に人間のことを分かっているに違いない。

 

「陰謀論好きな人って居るわよね」

 

「いるいる!」

 

「どこにでもそういう人は居るもんです」

 

(それで片付けていいんだろうか?)

 

 かなり重そうな案件を、軽い言葉とノリで流してしまえる女性陣のたくましさに、むきむきはちょっと憧れる。

 この女性陣は生半可な工作ではどうこうできないに違いない。ゆんゆん以外は。

 

「容疑者とかって絞れてるんですか? クレメア先輩」

 

「あくまで噂だけど、黒髪の女プリーストが怪しいって話は聞くわね」

 

「黒髪の女プリースト……」

 

 何が嘘で何が真実か、何がデマで何がそうでないのか。そこを判別できるこの世界の警察は、容疑者の容姿の絞り込みを開始できる段階に至っているようだ。

 

「美人のよそ者だからちらっと見ただけでも覚えてる人がいるんだって」

 

「まったく、これだから男ってのは」

 

「あ、あはは……」

 

 "これだから男の人はもう"といった台詞を口にしたりする、クレメアとフィオ。女性のそういう気持ちに共感して頷いてしまうめぐみんとゆんゆん。

 テーブルに広がる空気は女子会のそれで、むきむきが絶妙に居づらい空気が形成されていた。

 めぐみんはその流れで、フィオが背負った弓矢にも言及した。

 

「そういえばフィオはいつからアーチャーに?」

 

「今日なったばかりだよ。

 キョウヤはダンジョンにもう潜らなくなっちゃったし。

 魔王軍と戦うなら、こっちの職業の方が向いてるもの」

 

 『そうするべきだ』という合理的判断か。

 『そうしなければ彼の役に立てない』という私情か。

 『そうしないと自分か仲間が死んでしまうかもしれない』という焦燥か。

 あるいは、それら全てが理由か。

 器用度と幸運を使って補助を行う盗賊から、器用度と幸運で狙撃を行うアーチャーへ、フィオは職業を変えていたようだ。

 

 彼女らもまた生きている。この世界で戦っている。"ハーレム主人公のアクセサリー"として何も考えず生きている者など、居るわけがないのだ。

 

「あ、そうそう。キョウヤ、あの剣振れるようになったわよ」

 

「もうですか!?」

 

 職業が変わっていたり。

 力が増していたり。

 冒険者は数日会っていなかっただけで、人の強さがガラッと変わっていたりすることもあるのが面白い。

 

「『振れるだけだ』って本人は言ってたけどね。

 頑張って筋力とレベル上げてたキョウヤの姿、かっこよかったわ……」

 

 クレメアは何かを思い出し、虚空を見て頬を染め、うっとりとした表情を見せる。

 だがむきむき達の視線に気付き、誤魔化すように咳払いをして話を変えてきた。

 

「こほんっ、それは置いておいて。

 この街にはこの街の冒険者のルールがあるから、早めに理解しておいた方がいいかも」

 

「ルール?」

 

「はい、これ読んでおきなさい」

 

 クレメアは席を立ち、そこから数歩の位置の棚に置いてあった小さな冊子を手に取って、むきむきに手渡した。

 冊子の表紙には『初めての方に』と手書きの文字が記されている。

 

「なんとなくできない気がするけど、一回くらいは私達で組んでクエスト行けたらいいわね」

 

「また逢う日まで、お互い無事で居ましょう。じゃあね」

 

 どこかで同郷の者の説得に奮闘しているらしいミツルギを探しに、彼を追うように、クレメアとフィオは去って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから色々とあった後の夜。

 一日一爆裂の日課を果たそうと王都近くで爆裂魔法をぶっ放しためぐみんが、魔王軍かテロリストかと大騒ぎされ捕まった話は脇に置いておこう。

 めぐみんに前科を付けないために夜までむきむきとゆんゆんが駆け回ったという話も脇に置いておこう。

 夜に安宿で、くてっとベッドに倒れ込むむきむき。

 

 もう寝る時間だが、むきむきは昼間にクレメアから貰ったギルドの冊子を流し読みしていた。

 

「警報が鳴ったら、レベル帯で行動を決める。

 高レベル冒険者は街を守る壁の防衛。

 レベルが高くない者は街中に侵入した魔王軍の撃退。

 低レベルは無理に戦闘に参加せず、ギルドでギルド員の指示に従う」

 

 ぺらり、ぺらりとページをめくる。

 

「冒険者の参戦は強制ではない志願制。

 上記の内容にも例外もあるので、警報時は放送の内容に従う……決まり事が多いなぁ」

 

 今日一日で精神的に疲れてしまったためか、むきむきは難しい本を読んでいた影響で、そのまま寝てしまう。

 

「くかー……」

 

 微睡みの中に落ちていく。

 

『むきむき、むきむきよ』

 

 そしてむきむきは、平野耕太の漫画のようなデザインの泉と泉の女神の前に居た。

 

『あなたが池に落としたのはこの綺麗なめぐみんですか?』

 

「いえもっときたないのです」

 

『正直なあなたには綺麗なめぐみんを差し上げましょう』

 

「我が名はめぐみん。皆に褒められた才能を上級魔法につぎ込みし者!

 さあ、世界を救いに行きましょう!

 誰のためでもなく、今も苦しんでいる多くの罪なき人のために!」

 

「やだなにこのコレジャナイ感」

 

 夢の中のむきむきは、綺麗なめぐみんを泉に投げ捨て、泉から普通のめぐみんを引っ張り上げる。

 

「めぐみんはいつものの方が個性があっていいんだよ、女神様」

 

『あなた達には新番組・水戸紅門の追加メインメンバーをやってもらいます。

 紅門様のお供のすけすけさん、かくかくさんに続く新メンバーとなるのです』

 

「……あ、これ夢だ。しかも起きたら忘れてるやつ」

 

『そう、あなたは筋肉を信仰するプリーストとなるのです』

 

「夢の中って思考が連想ゲームみたいになる上……

 数秒前に何考えてたか覚えてられないから、しっちゃかめっちゃかになるんだよね……」

 

『あなたが信じる私でもなく。私が信じるあなたでもなく。とりあえず筋肉を信じるのです……』

 

「自分ほど信用できないものもそうそうないと思うんですが」

 

『人は太古より「自分を信じる」という命題に挑んできた生物だ。

 他の生物にそんなジレンマは存在しない。

 自らへの不信を解消し、自信を獲得するという過程は、人間にこそあるものだ。

 そしてその時代から、人と共に在って来た原初の『武器』がある。

 人が最初に手に入れ、文明の進歩と共に軽んじてきた武器がある。

 その手に纏わせた人類最初の凶器は、いつの時代も、どんな場所も、どんな人間にもあった。

 

 それが『拳』。

 

 其は万民に与えられた原初の武器にして、どんな人間にも振るうことが許される原始の武器。

 人は猿から遠ざかる度に、拳の重要性を忘れていった。

 最初に獲物を仕留めるのに使った武器は、犬を猟犬として躾けるために使った武器は、男同士で惚れた女を取り合った時に使った武器は、それだったというのに。

 

 神話においても、怪物や神を拳で殴り殺したという逸話は本当に多い。

 何故ならば、武器を用いず強敵を打ち倒すという逸話は、それだけで豪傑の証明なのだ。

 聖剣で魔王を倒した輝かしい剣の英雄の話より、素手でヒグマを殴り殺した力強い英雄の逸話の方が、きっと大抵の人にはピンとくるだろう。

 神話においては剣に選ばれる英雄も多いが、武器に拳を選ぶ英雄も多い。

 聖拳なんてものはない。ないが、拳は人を選ぶ武器ではなく、人に選ばれる武器である。

 

 拳こそが、誰の手にも備わっている原初の武器なのだ。

 

 太古の昔、男達は自分の内なる神を信仰していた。

 『強さ』という、最もシンプルで真理に近き神である。

 彼らは己の強さという神を信じていた。

 文明というものが生まれる前、あらゆる野獣をその信仰で打ち破ってきた狂信者であった。

 彼らにとって、拳は祈り。

 手を合わせるのではなく、拳を握り振るうことこそが彼らの礼拝。

 

 男と男が拳を交差する時、それすなわち宗教戦争。

 自らの神が絶対のものであると、相手の神を否定せんと拳をぶつけ合う。

 時には理解と妥協が生まれることもあろう。

 河原で殴り合い、並んで倒れた男達の間に、相手の神を認め許容する心が生まれる。

 そんな相互理解もザラだった。

 

 拳は祈り。強さは神。

 彼らは己の強さという神を絶対的に信じ、その一生を神に捧げる殉教者達。

 敬虔な信徒が人生と財産の全てを寄付するように、己の全てを強さに捧げる。

 それは太古から、今の時代にまで続く男というバカな生き物が抱えるサガだ。

 

 格闘技で食っていこうとする者に、多くの者が言う。

 将来が安定しないぞと、金も入らないぞと、怪我をしたら終わりだぞと。

 故障を抱えて引退した後に就職口がないぞと、知った口で言う。

 何を言うのか。

 確かに安定性のある人生ではなくなるだろう。その者達も純粋に心配して言っているのだろう。 だが、根本的に間違っている。

 

 彼らは好き好んでその道を選んだのだ。

 己の信じる神が最強で、唯一絶対無二であると証明するために、その祈りを振るうのだ。

 彼らは人を傷付けるために格闘技を志したのではない。

 ただ純粋に、己の内にある神を信じているからだ。

 ファンは、観客は、時にその『強さ』という神に魅せられて信徒となっていく。

 

 同じなのだ。

 弱い人間が追い詰められた時、力が欲しいと叫ぶのも、神に助けを求めるのも同じ。

 力、神、信。これらの根底にあるものは同じ。

 ゆえにこそ、信じることは強さに変わる』

 

「長い! 今息継ぎせず何分喋ってた!?」

 

『答えはあなたの心の中に』

 

 メメタァ。

 

 

 

 

 

 むきむきはつんざくような警報の音に飛び起きた。

 

「はっ、警報!」

 

 王都襲撃を知らせる警報。

 むきむきは例の冊子を持って、めぐみん達の部屋に行く。

 

『魔王軍襲撃警報、魔王軍襲撃警報! 騎士団は直ぐに出撃を!

 冒険者の皆様は、街の治安の維持の為、街の中へのモンスター侵入を警戒してください!

 高レベルの冒険者の皆様は、外壁にて防衛にご協力をお願いします!』

 

「二人共、起きてる!?」

 

 返事はない。思い切って部屋に入ってみると、一つのベッドで一つの盤面を挟み、熟睡している二人が目に入った。

 

「……また勝負してたんだ」

 

 どうやらボードゲームで夜通し対決し、途中で疲れ果てて熟睡してしまったらしい。

 こうして並んで寝ていると、本当に姉妹のようだ。

 本気でぶつかり合い、競い合い、高め合っている二人を見ると、少年はちょっとこの二人が羨ましくなってしまう。

 

 熟睡しているためにこの警報でもまだ起きていないが、二人が起きそうになっていたため、むきむきは二人の頭に防音のための布団を投げ落とす。

 

「ゆっくり寝てて」

 

 少々、彼らしくない選択だった。

 仲間を起こさず、仲間の睡眠時間を守ろうとしている。

 だがその選択も、今の彼の眠そうな顔を見れば多少は理解できる。

 殺意が感じられそうなほどに、眠そうだった。

 

「僕も寝たいから」

 

 変な起き方をしてしまったせいで、今のむきむきはちょっとばかり不機嫌なようだ。

 

 

 

 

 

 もう少しで朝だという時間帯に、襲来した魔王軍。夜警の気が緩む時間を狙ったのだろう。

 

「くそ、こんな時に……!」

「強いやつが皆前線に行って、交代の人員が来る前日だもんなあ」

「まったり言っとる場合か!」

「敵は雑魚だが、とにかく数が多いぞ!」

 

 このままでは街が制圧されることはなくとも、街に被害が出てしまう。

 王族が出れば一発だろうが、それは最終手段だろう。

 敵は知性の無いモンスターばかり。指揮官に一人だけ中級悪魔が居る程度だ。

 最前線が今凄まじい激戦状態であり、そこに多数の人員を投入しようとしている今でなければ、王都の常備戦力だけで圧倒的できる程度の敵だった。

 だが、とにかく数が多い。

 数は暴力だ。囲まれればレベル差も覆されかねない。

 

 冒険者達は街を囲む壁の外側で、千を超えるモンスターの大群を必死に減らしていた。

 

「くっ、皆気張れ!」

 

 そんな中、ある者が上を見上げた。

 つられて、その横に居た者も上を見上げる。

 それを見て、また別の者が上を見上げた。

 

「ん? なんだあれ」

 

 街中を助走で走り、家屋を踏み台にして跳び、街を囲む壁を蹴って最後の跳躍。そうして街の内から外へと文字通りに『飛んで来た』筋肉が、戦場に砂煙を巻き上げながら着地した。

 誰もが見たことがない巨体。

 誰もが見たことがない筋肉。

 それが、千のモンスターの密集地の前に立つ。

 

 

 

○○○○○

○○○○○

○○○○○   ●<二人が疲れて寝てるんですけど

○○○○○

○○○○○

 

 

○○○○○

○○○○○

○○○○○●三

○○○○○

○○○○○

 

○○○○

○○○

○○●三

○○○

○○○○

 

○○○○

●三

○○

 

 

 

 冒険者達は、後に語る。「あれはハンバーグ製造機だった」と。

 王都警備兵は後に語る。「いやあれはデミグラスソース生産機だった」と。

 そして一瞬で瓦解したモンスター部隊を見て、その部隊の指揮官は呟いた。

 「あ、これ死んだわ」と。

 魔王軍襲撃は夜明け前の最も暗い時間であり、魔王軍の全てが打倒されたその頃には、地平線から朝日が昇り始めていた。

 

「めぐみんなら魔法一発だったのに、随分時間かかっちゃったな。

 あー、やっぱり魔法がちゃんと使えるゆんゆんとか……めぐみんは、すごいや」

 

 五十人で千を超える魔王軍の対魔法部隊をあっという間に消し飛ばす紅魔族の出身だからか、少年の感性は妙なところでぶっ飛んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。

 

「おはよー」

 

「古文書に記されし太古の魔道大国ノイズの挨拶、『おっはー』を解禁する時が来ましたね」

 

「好きに解禁すればいいじゃない……あ、おはよ、むきむき」

 

 朝起きて、何事も無かったかのように二人と朝の挨拶を交わすむきむき。

 何事もなかったかのように今日も二人と過ごそうとするが、そうは問屋が卸さない。

 宿から出た途端、三人は王国の騎士団に取り囲まれてしまった。

 

「な、何事!?」

 

 騎士団が道を開け、そこから黒いドレスの女性が現れる。

 女性は両手の指に巧みな加工が為された魔道具の指輪を付けている。めぐみんとゆんゆんがひと目見るだけで、その魔道具が優秀なものなのだと分かるほどの品だった。

 この女性は、どうやら魔法使いであるらしい。

 

「初めまして。私は王国の使いでレインと申します。

 むきむき様とそのお仲間の皆様、同行をお願いできますか」

 

 さあっと顔を青くして、ゆんゆんがむきむきを庇いながら叫ぶ。

 

「待って! めぐみんならともかく、むきむきが連れて行かれるような悪いことするわけない!」

 

「ん? 私ならともかく?」

 

「安心してください。悪いことをしたから呼ばれたわけではありませんよ」

 

「あ、そうなんだ。よかった……」

 

 レインと名乗った女性は、とても申し訳なさそうに彼らを王城へと誘う。

 

「王様と王女様が、ひと目あなたの……その、筋肉を見たいそうです」

 

「珍獣扱い!?」

 

「こ、功績を認めるというのもありますから!」

 

 『珍しいゴリラが見たい』くらいのノリで発せられた王族命令で、彼らは王様のお城に呼び寄せられるのであった。

 

 

 




体が大きなゴリラ、お姫様という名の体が小さなゴリラに出会う

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