「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 アクシズ教徒はアクア様をひと目見ただけで本人だと理解できるキチガイ集団で居て欲しい。そんな思いからWEB版基準でアルカンレティアに統合されなかった観光地温泉街ドリスです


2-5-1 ドリス・イントルード

 成人をひと呑みにできる巨大なカエル。

 正式名称、ジャイアントトード。

 金属を嫌うという明確な弱点を持ち、人一人を殺すのに時間がかかる上、人一人を飲み込んでいる時は隙だらけになるという、パーティの人数さえ揃っていれば倒すのが容易なモンスター。

 別名、初心者冒険者のカモ。

 

 その腹を、むきむきの拳が強烈に叩いた。

 

「あれ?」

 

 だが、死なない。

 諸々の事情で少し手を抜いて殴ったとはいえ、自分の拳をものともしないカエルの打撃耐性に、少年は思わず目を細めた。

 カエルの腹に拳を埋めた筋肉の巨体を、大きめの個体のカエルがパクリと咥え、飲み込んだ。

 

「ちょっ!?」

 

 その個体を魔法で狙っていたゆんゆんが、思わず手を止めてしまう。

 だが、ほどなくカエルの腹と口がもごもごと動いて、カエルの中から気絶した子供を抱えたむきむきが飛び出してきた。

 

「はい、まず一人」

 

(ヒュドラの一件で変なこと学習してる……)

 

 ジャイアントトードの繁殖期は春と秋。

 この時期、このカエルは家畜や"近隣の村の子供"を食べるなどの被害をもたらす。

 そうして得た栄養の分だけ、卵を産むのだ。

 この近辺には通常発生しないカエルが、集団で街近くに現れ十数人の子供を捕食する現場を見てしまっては、紅魔族達も見過ごすことはできなかった。

 

「あと何人!」

 

「あと三人です!」

 

「分かりました!」

 

 打撃が効きにくく、腹の中の子供を巻き込む可能性があるため上級魔法も爆裂魔法も使いづらく、別の攻撃手段を使わないといけない。

 そんな面倒な状況から、彼らはなんとか子供達を全員助け出す。

 

「これで全員ですか?」

 

「ありがとうございます、ありがとうございます!

 通りすがりの冒険者さん達が居なかったら、どうなっていたことか……!」

 

「こめっこが里の外に一人で勝手に出た時のことを思い出しましたよ。本当ひやっとしました」

 

 流石に小さな子供達がカエルに食われるのを見逃すのは寝覚めが悪い。

 約一名粘液まみれになりながらも、結局彼らは子供を全員助けるまで奮闘してしまっていた。

 

「ええと、このカエルは……」

 

「アクセルの近辺にしか生息していないと聞くジャイアントトードですね。

 しかしなんでまた、このモンスターがこんなところに現れたんでしょうか」

 

「あくまで噂なんですけど、先週ここをアクシズ教徒の宣教師が通りまして」

 

「あ、はい、オチは分かりました」

 

 聞くところによると、違法販売業者が商売敵を潰すため、モンスターの幼体や卵を商売敵の所に送りつけようとしたらしい。

 一つ間違えれば街中で大惨事になりかねないその企みを、偶然耳にしたアクシズ教徒が正義感から粉砕し、卵と幼体が詰まった馬車を崖下に捨てて去っていったのだとか。

 そこまでならまだいい話だったのだが、崖下に捨てられた馬車の中で、カエルの卵だけが孵化。川の流れに乗って成長しながら移行していき、ドリス近辺で成体となったらしい。

 

 よかれと思って善行をしてもどこかしらでオチがついてしまうのが、実にアクシズ教徒だ。

 一番悪いのは間違いなくその違法販売業者だが、むきむき達は"またアクシズ教徒か"と思わずにはいられない。

 

「それにしても、随分と汚れていますね……」

 

 紅魔族三人は、服も体も随分汚れている。

 三人が不潔だからというわけではなく、三人が長旅をしてきたからでもなく、単純に前回の魔王軍ダンジョン攻略で各々が汚れてしまったからだ。

 

「あはは、かっこつかなくてごめんなさい」

 

「そんな、謝らないで下さい。

 粘液まみれになってまで子供を助けてくださって、ありがとうございます。

 ここの温泉には温泉に入っている間に服を綺麗にするサービスもあります。

 後でオススメの温泉と、評価が高い温泉のパンフレットをお渡ししますね」

 

 子供達を助けてくれた少年少女に、その大人は一度深々と頭を下げる。

 そして、その街へと、彼らを招いた。

 

「ようこそドリスへ。私達はあなた達を歓迎しますよ」

 

 ここは観光温泉地ドリス。

 この世界ではそこまで多くない、観光資源を売りとする街であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず真っ先に風呂に入る。三人の意見は寸分違わず一致していた。

 

「むきむき、むっつりだからといって私達の入浴シーンとか妄想しちゃいけませんよ」

 

「しないから! もうそのネタ止めて本当に!」

 

「このネタ振ると新鮮な反応が帰ってきて面白いので、つい」

 

 表通りには活気のある人通りと、観光客向けの多様な売店。

 そこかしこに温泉があり、宿に付いている温泉、レジャー施設に付いている温泉、食事処に付いている温泉など、それぞれが個性的な姿を見せていた。

 

「今日はここで一泊ということでいいですよね?」

 

「うん」

「賛成」

 

 めぐみんの提案で、彼らはカエルの件でいい宿を教えてくれた人の勧めに従い、評価の高い旅館に部屋を取ることを決めた。

 部屋を取るや否や、彼らは大衆浴場へ移動。

 

「チッ」

 

「え、なんでめぐみんは風呂の前で舌打ちを……」

 

(ここで『胸が無いからよ』とか言ったら、私の胸絶対跡が付くまで握り締められる……)

 

 男女に別れ、服を魔導洗浄機――30分ほどで自動で服を綺麗にして排出する――に放り込み、いざ風呂へ。

 むきむきは湯に浸かる前に体を洗って綺麗にし、先客が何人か浸かっている露天風呂の端に、静かに腰を降ろした。

 

「ふぃー……」

 

 温泉、それも遠くからの観光客が来るほどのものを、むきむきは初めて体験していた。

 ほにゃっ、と少年の表情がゆるむ。

 里では得られなかった不思議な感覚が、その露天風呂にはあった。

 

(気持ちいい……)

 

 一般客がその体格と筋肉に驚き、チラチラと自分の方を見ていることにも気付かないくらい、少年は温泉の良さを堪能していた。

 目を閉じ、その感覚に身を委ねる。

 このまま寝てしまいそうな心地よさに、消える水音、小鳥のさえずり、露天に流れる爽やかな風の音、そして――

 

「これみよがしに胸を揺らして! 嫌味ですかこのこのこの!」

 

 ――寝そうになっていた少年の意識を現実に引き戻す、現実の声。

 

「やめて叩かないで! めぐみんの胸が無いのはめぐみんのせいじゃない!」

 

「なにおぅ!」

 

「たとえ全ての女性が貧乳になっても、何も変わらないわよ!

 めぐみんは男以下の貧乳なんだから! ずっと相対貧乳で絶対貧乳よ!」

 

「言わせておけばこの駄肉!」

 

 風呂を出たら他人のふりしようかな、と、少年は一瞬だけ思ってしまった。

 

「全く、時折こうしたマナーを知らない客が居るから困る。

 声からして子供のようだが、親は一体何をやっているのか……」

 

 めぐみん達の騒ぎを耳にして、その時一人の老人がぼそっと呟いた。

 誰かに向けて言ったわけではないだろう。老人に時折見られる、自己完結の呟きだ。

 だが、むきむきはそれに実直に反応してしまった。

 

「ごめんなさい、僕から謝らせて下さい。あれ、僕の友人なんです」

 

「お前の? それはすまないことをした。

 ワシも無粋極まりないな。お前の前でお前の友人を悪く言ったこと、許して欲しい」

 

「い、いえ、悪いのは僕達ですし……」

 

「お前がそれとなく今の女性陣に何かを言ってくれるならそれでいい。

 反省し改善するのであれば、若者の失敗など、いつか財産に変わるものでしかないのだ」

 

 それが話のきっかけになって、少年と老人はぽつぽつと色んなことを話し初めた。

 

「ここには湯治か何かに?」

 

「ウォル……ワシの部下が、温泉が好きでな。

 話を聞いている内に、こちらまで温泉に入りたくなるくらいの温泉好きなのだ」

 

「ああ、本当にそれが好きなんだって人の話は凄いですよね」

 

「お前は……冒険者だな」

 

「え、分かるんですか?」

 

「ああ、分かるとも」

 

 風呂好きの部下に影響されたという老人に、めぐみんの爆裂好きがちょっと伝染り始めているむきむきは、ちょっと共感してしまう。

 露天風呂の客が入れ替わり、入ってきた父親と子供が手を組んでお湯を水鉄砲のように撃っているのを見て、むきむきは会話の途中にそれをこっそり真似してみた。

 上手くいかない。

 

「……」

 

 それを見て、老人はぷっと吹き出した。

 骨ばった指を少年の前でゆっくりと組み、老人は少年に手を水鉄砲にするやり方を教える。

 

「こうだ」

 

「こうですか?」

 

「そう、そうだな」

 

「あ、こんな感じでしょうか」

 

「うむ。お前は中々飲み込みが早いな」

 

「お爺さんの教え方が上手いからですよ」

 

 ぱぁっ、と少年の表情がとても明るいものになる。

 

「昔、娘に風呂でこうして教えた時のことを思い出した」

 

「お爺さんの娘さん……それなら、もう立派な大人になってるんでしょうね」

 

「立派だとも、自慢の娘だ。ワシの夢を、皆の夢を果たすため……

 ワシがかつてしていたことを継ぎ、ワシを超えた能力で、皆の先頭に立っている」

 

 娘のことを語る老人の表情には、娘への愛と、娘を誇らしく思う揺るぎない気持ちが見える。

 むきむきに親の記憶はほとんどない。

 だが、その表情には見覚えがある。

 ひょいざぶろーだ。

 めぐみんのことを誇らしそうに語る時のひょいざぶろーの表情と、全く同じだったのだ。

 少なくとも、ひょいざぶろーが娘に対し持っている愛と同じものを、この老人は持っている。

 

「お爺さんは普段何をしてる方なんですか?」

 

「普段か? 問題児達の手綱を握る仕事、だな。普段は自分の城におる」

 

「城! じゃあ、とってもえらい人なんですね」

 

「偉い……まあ、偉いか。気付いたらなっていたようなものだが」

 

「ここにはお忍びで来られたんですか?」

 

「勿論。部下の誰も、こんなことを許してはくれんよ」

 

 この老人は、魔法で少し姿を変えているのかもしれない。

 気軽に温泉に来ることもできない立場なのかもしれない、とむきむきは推測した。

 老人は仕事に疲れた様子で、疲れを言葉と共に吐き出していく。

 

「仕事より使命の方が気楽だ。

 魔王より勇者の方が気楽だ。

 集団をまとめるより集団を壊す方が気楽だ。

 問題児をまとめるより、問題児で居る方が気楽だ。

 ここ十数年はそう思うようになってきた。全く、ままならんよ」

 

「そういうものなんですか」

 

 十数年。

 この老人からすれば人生の一部なのだろうが、むきむきからすれば自分の人生よりも長い、途方もなく長い時間だ。

 思い出すようにして子供の気持ちを老人が理解することはできても、子供が老人の気持ちを理解することは難しい。

 

「お前はこの街に何人で来たのだ?」

 

「僕を入れて三人ですけど、それがどうかしましたか?」

 

「大したことではない。では、さらばだ。もう会うこともないだろう」

 

 最後の質問の意図を読めず、少年は風呂を出て行く老人を見送る。

 その意図を理解したのは、少年が風呂を出て服を着る直前。

 自分の服の上に無造作に置かれた、三本のフルーツ牛乳の瓶を見た時だった。

 

「気のいいお爺ちゃんだったな」

 

 温泉街の雰囲気が妙に似合う、粋な老人だった。

 むきむきは風呂の外でめぐみん達と合流し、一連の話を自分なりに伝えて、二人にフルーツ牛乳の瓶を渡した。

 喧嘩や勝負はいつものことだが、二人もちょっと反省した様子。

 

「つい熱くなりすぎましたね。私達も反省です」

 

「うう、恥ずかしい……もう一生やらないようにしないと……」

 

 反省して、糧にして、三人揃って瓶の牛乳一気飲み。

 

「「「 ぷはぁー! 」」」

 

 粋な老人が選んだ牛乳は、風呂上がりに最高の時間を提供してくれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その少年は、ドリス近辺でカエルに食われていて、紅魔族に助けられていた子供の一人だった。

 少年は親を事故でなくし、残った財産を悪者の詐欺で奪われた少年だった。

 

「返せよ!」

 

 少年は叫ぶが、悪党は笑う。

 

「お前はこの書類にサインしただろ?」

「もうお前の家も金も俺達のもんなんだよ」

「しょうがねえなあ、ほれこれやるよ。お前の家と財産と同じ価値があるもんだ」

「おいおい、それその辺で拾った木の枝だろ?」

「俺がそういう価値があるっつったらあるんだよ」

「良かったじゃないかガキンチョ。等価交換だぜ、がはは」

 

 何故警察に捕まっていないのか分からないくらいに、その悪党のやり口は杜撰で、暴力的で、犯罪であることを隠そうともしないやり口だった。

 

「絶対取り返してやる!」

 

 少年は悪党を追い、そしてカエルに食べられた。

 

「なしてっー!?」

 

 そうして、カエルに消化されそうになっていたところを、むきむきに助けられる。

 その出会いを、少年は運命であると思った。

 ドリス内を駆け回り、少年は喫茶店で紅魔族三人を発見する。

 紅魔族の子供達は、大きめのアイスを三人で三つ頼み、それぞれ互いに分け合うという中学生の放課後のようなことをしていた。

 

「お願いします! 力を貸してください!」

 

 少年は返答も聞かず、怒涛の勢いで自分の事情を語り始める。

 とにもかくにもお人好しな二人が居るこのパーティに対して、半ば強制的に同情心を抱かせるその一手は、図らずして最良の一手となっていた。

 

「ええっと、何故僕に?」

 

「その筋肉を見た時から思ったんだ! きっとなんとかしてくれるって!」

 

「初めて見た筋肉をよくそこまで信頼できますね」

「初対面の人を信じるのも不可解だけど、初対面の筋肉を信じるって何……?」

 

 アベル・ボナール曰く、『友情にも一目惚れはある』。

 ならば、筋肉に一目惚れがあったとしてもおかしくはない。

 その少年は、むきむきの筋肉をひと目見た時から、その筋肉に絶対の信頼を寄せていた。

 

「私でなくとも思い付いているとは思いますが、警察に届ければいいのでは?」

 

「ダメなんだ。あいつら、どっかの貴族と繋がってるらしくて……

 警察に届けても、何故かあいつらは捕まらないんだ。

 その貴族も黒い噂がいくつもあるのに不思議と捕まらないんだって。

 あいつらはその貴族の庇護を受けて、色んなところで人知れず悪事をしてるらしいんだ」

 

「なんとまあ、典型的な悪党ですね」

 

「俺も父さん達の遺産と家を騙し取られた。

 なんでも、金髪の特定の容姿の娘をさらって貴族に届けたりしてるとか。

 でも証拠がなくて、警察でも手が出てなくて……警察の人も言ってた。

 あいつら後ろ暗いことしかしてないから、冒険者でも雇って叩きのめした方が早いかもって」

 

「そのレベルですか。叩きのめされても警察に泣きつけないくらい手を汚しているとは」

 

 "黒い噂が絶えないのに何故か捕まらない貴族"というのも気になったが、一旦それは脇に置いておいて、とりあえずその貴族の手足として動く悪党どものことを考える紅魔族達。

 ゆんゆんは悪い人を放っておけなかった。

 むきむきは親をなくしてひとりぼっちなその少年のことが、他人事に思えなかった。

 めぐみんは「朝撃ってなければ爆裂魔法撃ち込んだのに」と考えていた。

 

「では、悪党退治と行きましょうか。むきむき、ゆんゆん」

 

「おお、珍しいねめぐみん。ドライなこと言われると思ったよ」

 

「今日の私は少々情けないところを見せてしまいましたからね。

 ここらで活躍するところを見せておかないと、リーダーとして示しがつきません」

 

「失敗した分いいことをしようっていう心がけは立派……ん?

 ちょ、ちょっと待ってめぐみん! さも当然のようにリーダー名乗らないで!」

 

 少年が手に持つ木の枝、『家と財産と等価交換だ』と言われた恨みを忘れないために持っていたその枝を、めぐみんがひょいとつまみ上げる。

 

「あ」

 

「風呂にももう入ってしまいましたし、汗をかくのはNG。

 汚れるのも勿論NG。今日は頭脳戦で合法的に仕留めてみましょうか」

 

「大丈夫、安心して。めぐみんは頭がいいんだ。ボードゲームじゃ負け無しなんだよ」

 

 むきむきはその生涯において、めぐみんがボードゲームで負けたところをただの一度も見たことがなかった。

 普段爆裂魔法をどう撃つかにしか使われていない頭脳が、爆裂魔法を既に撃ってしまった今、ようやくまともに使われようとしている。

 

「今日の私は暴力には訴えない知将。爆裂魔法も封印して事を成し遂げましょう」

 

「ちしょう? 知性少々しかありませんの略?」

 

「おっ、今日は煽りますねゆんゆん。表出ろ」

 

 少年は思う。

 

(頭いいように見えねえ。普通のバカに見える)

 

 そして十数分後、そう思った自分の目がどれだけ節穴であったかを、思い知ることになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 街中の隠されたアジトにて、悪党達は笑っていた。

 

「よーし好調だな! 笑いが止まらんぜ!」

「金もがっぽがっぽ稼げてますよリーダー!」

「アルダープのおっさんはどうやって警察誤魔化してるんだか。知りてえもんだぜ」

「やめとけやめとけ。好奇心は身を滅ぼすぞ」

「そうだそうだ。俺達は頼まれたことやってればいいんだ」

「頼まれてないこともやるけどな、ひひっ」

 

「この絵の女に似た容姿のやつを連れてけば大金も貰えてボロい商売だぜ」

「なんなんだろうなこの女?」

「人妻か何かだろ。手に入らない女ってやつだ」

「手に入らない女に似た女を玩具にしてんのかよ、糞野郎だな」

「俺らも同じくらいクソ野郎だろ」

「ちげえねえ、けけけ」

 

「だけど最近国の動きもきな臭くねえか」

「貴族様の保護も限界ってことだろうよ」

「しゃーねえ、ほどほどに稼いで国外に逃げるか」

「だなだな」

 

 この瞬間が、彼らの人生の最高潮。彼らの物語のクライマックスだった。

 後は、落ちていくだけ。

 

「はいむきむきドーン!」

「ドーン!」

「迷いなくドア蹴破ったー!」

 

「「 !? 」」

 

 そこで、アジトのドアが蹴破られる。

 ド派手な登場と共に現れた二人はローブを翻し、高らかに名乗った。

 

「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして、爆裂魔法を操る者……!」

 

「我が名はむきむき! 紅魔族随一の筋肉を持つ者、義によって助太刀する者……」

 

「……」

 

 ゆんゆんが羞恥心から名乗らなかったため、めぐみんはいつものように舌打ちした。

 

「バカな、なんでこのアジトの場所が!?」

 

「紅魔族は全知全能。その赤き眼は全てを見通し、その魔法は森羅万象を砕きます」

 

「全知全能……!?」

 

 厨二力全開の嘘。

 本当は、この街の治安を担う者達の一部にこっそり話を聞きに行ったら、彼らがこっそり教えてくれた、それだけの話であった。

 アジトの場所が分かっていても逮捕できていないとは、不思議な事もあるものだ。

 まるで"警察や国には捕まらない"という結果が確定していて、その辻褄を無理矢理合わせているかのよう。

 

 とはいえ、今問題なのはそこではない。

 むきむきは問答無用で、手にした大きな壺をぶん回し、その中の油をぶちまけて、その部屋全体とそこに居た悪党全てに油をぶっかけた。

 

「うわっ、なんだこれ、油!?」

 

「どうもこんにちわ。私達はここに公正で公平な商談に来ました。さあ、前に出て」

 

 油まみれで騒ぎ始める悪党をよそに、めぐみんは少年の背を押し前に一歩進ませる。

 悪党達の中には。その少年のことを――自分達がハメた子供のことを――覚えている者も、何人か居るようだ。

 

「お前、前にカモにしたガキ! ……って、お前、その手に持ってるのは……!」

 

 その少年の手の中には、あの日悪党が笑いながら押し付けた木の枝があった。

 その木の枝の先端には、むきむきが指パッチンで付けた火が灯されていた。

 もしも。

 この木の枝が、この部屋の油の上に落ちたなら。

 

「さあ商談です。この木の枝をいくらで買いますか?」

 

「これのどこが暴力に訴えない知将なのよめぐみん!」

 

「何をおっしゃる。誰も傷付かない平和的解決じゃないですか」

 

 めぐみんはしれっと言って、ふっと笑って、商品として提示した木の枝をすっと指差す。

 

「お、俺達を殺す気か!?」

 

「はい? 何を勘違いしてるんですか?

 殺すだなんて、そんな物騒な言葉は使わないでください、私怖いです……」

 

「ど、どの口で……!」

 

「言ったじゃないですか、私達は商談に来ただけだと。

 私達はこの木の枝を売りに来たんですよ。あなた達の希望小売価格で」

 

「き、希望小売価格!?」

 

「聞きましたよ。この木の枝、この子の家含む全財産と同じ価値があるらしいじゃないですか」

 

 悪党達の何人かが、過去にその子にそう言った一人の悪党に視線を集める。

 どうやら子供にそう言い笑いものにした覚えはあるようだ。

 

「ああ、なんということでしょうか。

 買ってもらえないなら仕方ありません。

 この子が売れなかった枝をどこに捨てようが、私は知ったこっちゃないです」

 

「……」

 

「待て! 買う! 買ってやるから!」

 

 手元の燃える枝と、油まみれの部屋と悪党を交互に見る少年を目にして、悪党のリーダー格が慌てて金庫を開く。

 金庫から少年の家の権利書と、少年の全財産に値する額の金と、少し上乗せした金を取り出し、男はそれをテーブルの上に置いた。

 

 少年はほっとした顔でそれを受け取ろうとするが、その動きをめぐみんは手で制した。

 

「『買ってやる』? まだ何か勘違いしてるんですか?

 『是非買わせてください、お願いします』でしょう? 燃える枝が床に落ちますよ?」

 

「ぐ、ぐぐぐ……!」

 

「ほら、頭を下げて。この子に媚を売ってください。

 私にそれを売ってください、と。さあ、さあ!」

 

「わ、私に、それを売ってください……

 是非買わせてください、お願いしますっ!」

 

 少年はちょっと引いていたが、めぐみんはここで上下関係をハッキリさせておくべきだと考えていた。

 悪党の心中にフラストレーションが溜まっているのを見抜き、めぐみんは金と権利書を確保して、言葉でぶっとい釘を刺す。

 

「ああ、そうだ。もう悪事はやめましょうね。

 この子にも金輪際関わらないように。

 でないと私達、またどこからともなく現れるかもしれません」

 

 何もかも見抜いているかのような言い草。

 眼の赤色がその色合いを変化させ、見据えられた悪党に対し、めぐみんが作るどこか常人離れした雰囲気を刻み込んでいく。

 悪魔のような赤い眼だと、一人の悪党が思った。

 

「ここに鉄の剣があります。むきむき」

 

「ん」

 

 めぐみんの指示で、むきむきが部屋に置いてあった剣を拾う。

 むきむきは手から血も流さず平然と刃を手の平で潰し、刀身を折り、刃渡りも鍔も柄も鞘も一緒くたに丸めていく。

 金属の剣を折り紙のようにくしゃっと丸めて、少年は悪党達の前に転がした。

 

「めぐみんの言いつけを破った時。これがお前達の未来の姿だ」

 

「ヒエッ」

 

 むきむきの筋力でもよかった。ゆんゆんの魔法でもよかった。

 めぐみんからすれば、別にどちらでもよかったのだ。

 上下関係をハッキリさせ、フラストレーションを溜めさせ、圧倒的な暴力を見せることで肝を冷やし、感情の反転で心を折る……その流れが作れれば、それでよかったのだから。

 

 悪党から見れば、彼らは規格外の能力を持つことで有名な紅魔族。

 突如どこからか現れて、何故かアジトの位置を知っていた不気味な者達だ。

 "理解できないもの"からの脅し。

 "よく分からない"がゆえの恐怖。

 

 ホラーゲームと同じだ。

 敵を倒せるホラーゲームは、自然と恐怖が消えていく。

 正体が分からない、よく分からないものから抵抗することもできず逃げ回るゲームは、とても恐ろしい。

 幽霊は枯れ尾花であるとされた瞬間、その恐れが消し去られる。

 

 この先どうなるかは分からない。

 だが、足を洗う者がゼロということはないだろう。

 しばらくは悪行を行おうとする度に、彼らはむきむきの巨体に感じた恐ろしさと、筋肉への恐怖を思い出すだろうから。

 

「一件落着、ですね」

 

「ありがとう、小さい方のねえちゃん!」

 

「おっと、小さい方とはどういう意味で?」

 

 得意げに胸を張るめぐみんに、思わぬ所から言葉の右ストレート。

 やり口こそ無茶苦茶だったが、結果だけ見ればいい感じに終わったので、ゆんゆんは少々複雑そうにめぐみんを労う。

 

「言いたいことは山ほどあるけど……めぐみん、お疲れ様」

 

「昔読んだ遠い国のお話、『マッチ売りの少女』を参考にしました」

 

「マッチ売りの少女に謝って! 参考にしたとか言ったことを謝って!」

 

 放火上等爆裂マッチ売りの少女と、マッチョ売りの少年。

 

 その原作レイプ具合たるや、マッチ売りの少女がマッチを投げつけてくるレベルであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日。

 助けた少年に見送られ、朝一番でむきむき達はドリスを出立しようとしていた。

 目指すは王都。この区間であれば、ドリスから王都までは普通に馬車がある。

 

「あいつらは、楽しそうにやってたけど……

 なんかあれだね。人を屈服させるのって、気分悪くなるだけだ」

 

「そういうのを好むのは性格悪い人だけですよ。

 でも気に入らない悪党をけちょんけちょんにするのは、悪くないでしょう」

 

「あ、うん。それは俺もちょっと思ったけど」

 

 少年は先日まで、"あの悪党達をぶっ殺してやる"くらいの気持ちで居た。

 ただ、めぐみんにいいようにされ、むきむきのパワーに怯えている悪党達の姿を見て、何か思うところがあったらしい。憑き物が落ちたような顔をしていた。

 まだ礼が言い足りないのか、それともまだ話していたいのか、少年は露骨に寂しそうな表情を浮かべている。

 

「もう行っちゃうの?」

 

「ここは僕らの旅の目的地じゃない。まだ僕らも、旅の途中だから」

 

 一期一会。もう会うこともないだろうと、互いが互いに対し思っていた。

 

「あ、そうだ」

 

 少年は助けてくれたお礼にと、ポケットから取り出した赤色のブレスレットをむきむきの手に握らせる。

 

「父さんの昔の友達が、王都のギルドでお仕事してるんだって。

 困った時にはこれを持っていけば、きっとちょっとくらいはよくしてくれると思う!」

 

「いいの? なら、君が持っていた方がいいんじゃ……」

 

「王都なんて危ない所、きっと一生行かないよ」

 

 少年は苦笑して、力強く自分の胸を叩く。

 

「でも俺も頑張って筋肉付けるから! あんちゃん、俺が大人になったら腕相撲しような!」

 

「……うん、しよう。きっとしよう。約束だ」

 

「ねえちゃん達もありがとう! かっこよかったよ!」

 

「いえいえ」

「あはは、私なんて本当に何もしてないわよ」

 

「じゃあ、さよなら! お元気で!

 ……っと、そうじゃない。

 んんっ、みなさまのたびのゆくすえに、エリス様のご加護を!」

 

 少年の拙い見送りの言葉に、紅魔族の子供達の頬が緩む。

 

「あの子の両親は、敬虔なエリス教徒だったみたいですね」

 

「だね」

 

 何故エリス教徒はああで、アクシズ教徒はああなんだろう、とゆんゆんは思う。

 そして、あの少年を食べていたカエルがアクシズ教徒の行動の結果放流されたものであることを思い出し、アクシズ教徒の常識が通用しない度合いを再認識し、戦慄していた。

 アクシズ教徒、悪魔以上にエリス教徒の天敵になっている疑惑発生。

 

 

 

 

 

 むきむき達が去ってから、一時間ほど後のこと。

 

「よう、探したぞー。詐欺にあったって聞いたからおいら助けに来たんだけど」

 

「あ、グリーンのあんちゃん。こっちは片付いたよ」

 

「えーまじかー」

 

 少年は、ドリスの街で知り合いに出会っていた。

 その男は、この少年の住まいの近所に昔越してきた男だった。

 どこからともなく現れて、過去を語らずそこに住み着き、いつからか居なくなっていた男。

 それでも時々帰って来て自分の面倒を見てくれるので、少年にとっては好ましい近所のあんちゃんだった。

 

「お前おいら達が暮らしてる城に越してこないか? 親も居ないんだろ?」

 

「んー、いいや。グリーンのあんちゃん、よく知らないけどよその国に行ったんだろ?」

 

「まーね」

 

「んで、この国がヤバいから引っ越し勧めてるんでしょ?

 でも今日会った人達見てると、まだまだこの国は大丈夫な気がするんだ」

 

「数人で変わる未来じゃないんだけどなあ。ま、いっか。気が変わったら言ってくれな」

 

 その男は、数人くらいであれば、自分の裁量で生かしてやれるだろうと考えていた。

 

「早ければ来月には、王都も落ちるから」

 

 その数人以外は、どうでもいいと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドリスを発ってから、数時間後。

 王都が見える位置で馬車を降りたむきむきは、その光景に目を奪われていた。

 

「ここが……ベルゼルグ王都」

 

 輝ける城。

 白亜の城壁。

 光に満ちた町並み。

 傷だらけの城壁門。

 大量に流れた血が染み付いた地面。

 大規模魔法によって抉られた王都周辺の土地。

 

 そこには、栄光と滅びの全てがあった。

 

「ん? 冒険者さんか」

 

「あなたは……商人さんですか?」

 

「まあな。あんたらもさっさとここは立ち去った方がいいぜ」

 

 むきむき達が王都に向かうのとすれ違うように、王都から出てきた馬車に乗る商人が話しかけてきて、軽い口調とは正反対に本気で他人の身を案じる言葉を投げかけてくる。

 

「ある奴は来週には王都が落ちるって言ってるぜ。

 別のやつは半年くらいなら保つだろうって言ってる。

 旅の人間なら気楽なもんだろ? 夜逃げの準備はしといた方がいいぜ、へっへっへ」

 

「忠告ありがとうございます」

 

「……マジな話さ。俺は一足先に外国に行くぜ、あばよ。若い冒険者さん達」

 

 商人が馬車を駆り、商売道具を詰めた荷台と共に駆け去っていく。

 外国で新しい商売を始めるつもりなのだろう。

 商人は利と害に敏感なもの。誰よりも早くに逃げ出すものだ。

 その姿が、今の王都の状況を如実に示していた。

 

「ここが、王都」

 

 むきむきは、再度王都を見上げる。

 

「魔王軍も狙う、激戦区……」

 

 王都の中心、王族が住まうその城は未だ綺麗で、とても力強くそこに立っていた。

 

 

 




 戦況はWEB版よりところどころ悪いくらい、書籍版より大分悪いくらいです

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