「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 少年漫画にありがちな修行回。今回は退屈な修行回です。序盤に修行回があるのは特撮の王道

「めぐみんの身長どのくらいだろう? 140~150cm?」
 と考えていたら、
「072.1+072.1=144.2。身長144.2cm設定にして『ダブルオナニー』とかいうあだ名を付けても二次創作なら許される……?」
 と思ったのですが、高貴な作品イメージと上品な作者イメージが損なわれる可能性があるため、本編に書くのはやめました。


1-2-1 むきむき、五歳にして修行回

 紅魔族は人類最強クラスの戦力であり、人類でも最大クラスにふざけた魔法使い集団である。

 魔王城に睨みを効かせながら、王都がいざという時の備えとしてそこにあり、日々襲ってきた魔王軍をボコボコにし、里に備え付けの望遠鏡にて魔王の娘の部屋の着替えを覗いている。

 皆が黒髪赤眼、規格外の魔法資質、変な精神性を持つ。

 それが紅魔族だ。

 

「めぐみん、そろそろ帰った方がいいんじゃ……」

 

「今日は両親ともに帰ってくるの遅いんです。もっと暇を潰さないと」

 

 体育座りをする男、むきむき。

 身長205cmッ! 体重230kgッ! 五歳ッ! 成長期ッ!

 対するめぐみんの身長体重はお察しである。

 村の外れの"邪神の封印地"とも言われる観光名所もどきにあった、パズルのようなものでめぐみんは遊び、むきむきは退屈そうにそれを見守っていた。

 

 ここは『邪神の墓』と呼ばれる場所だ。

 子供が近付くことは許されない、本物の邪神が封印された地である。

 かつて「『邪神が封印された地の一族』ってかっこよくね?」と言い出した標準的な紅魔族の手によって、よその土地に封印された邪神を勝手に無断でここに移動させ、再封印したという逸話がある。頭おかしい。

 じゃあなんで子供の二人がここに居るかと言えば、暇潰しだ。……暇潰しである。

 

 パズルがあった! これで遊ぼう! むきむき運んで下さい! と言ったのがめぐみん。

 わかったよ、と『精神的に弱っていたところでめぐみんにいい言葉をかけられクラっとやられてしまった哀れな主人公』であるところの、むきむきがそれに忠実に従う。

 ストッパーが居ない。これでは止まるはずがない。

 そしてめぐみんが暇潰しに弄っていたパズルは、お約束だが邪神の封印を維持するためのものだったわけで。

 

「あっ、なんか飛んで来て口に入っ……」

 

「あ、なんか出て来ますね」

 

「!?」

 

 パチンとパズルの何かが噛み合った時に、何かが飛んで来てむきむきの口に入り、直後に封印解除の閃光がむきむきを驚かせ、石っぽい何かを飲み込ませてしまった。

 

「うわっなんか飲んじゃっぬわぐっ!?」

 

「むきむきー!?」

 

 泣きっ面に蜂。封印解除で出て来た邪神っぽい獣がむきむきに体当りし、むきむきは変なものを飲み込まされた挙句、腹に体当たりを食らって吹き飛ばされてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 十五分後。

 

「『エクスプロージョン』」

 

 獣の連撃で沈められたむきむきの横で、獣と一緒にどこからともなく現れた美女が、めぐみんを庇いながら獣に魔法を放っていた。

 むきむきがやられる直前に、獣を遠くに投げ飛ばしていたのが功を奏していた。

 でなければ、この場の全員がその魔法に巻き込まれていただろう。

 

「凄い……!」

 

 そう言えるほどに。

 めぐみんが感嘆の声を思わず漏らしてしまうほどに。

 凶暴な獣が一撃で沈んでしまうほどに。

 その魔法は、壮絶だった。

 めぐみんという一人の少女の魂に、一つの魔法の存在が刻まれた瞬間であった。

 

「大丈夫、お嬢さん?」

 

「あ、はい。でも、むきむきが負けるなんて……!

 むきむきは破壊力AスピードA射程距離C持続力A精密動作性A成長性A!

 脳の針を正確に抜き、弾丸を掴むほど精密な動きと分析をするというのに……!」

 

「あのねお嬢さん、お友達に勝手にそれっぽい設定を付けるのはどうかと思うの」

 

「2/3くらいは真実なんですけどね」

 

 美女は倒れているむきむきと、魔法の直撃で虫の息になっている獣を交互に見る。

 

「と、いうか十分でしょう……?

 魂からして、この筋肉君相当幼い子でしょうし。

 『これ』にキン肉ドライバー決めた時点で、私はこの子が勝つんじゃないかと思ったわよ」

 

 キン肉ドライバー? と首を傾げるめぐみんに、女性は女神のような微笑みを見せる。

 女神は世界の外も見通せると神話に語られることもあるが、この女性には女神と同じ視点があったとしてもおかしくないと思わせる、そんな美貌があった。

 赤い髪は神聖さを感じさせ、目はネコ科の動物を思わせる。ただなんとなく、纏う雰囲気から、"これで角が生えていれば邪神にも見える"といった印象を受ける。

 

「……信じられないけど、お嬢さんが封印を解いてくれたみたいね。

 なら、お礼をしないと。何か叶えて欲しいお願いはあるかしら?」

 

「あ、それなら……」

 

 世界征服、とめぐみんは願った。美女は顔を引きつらせて謝り断った。

 巨乳にして欲しい、とめぐみんは願った。美女は困った顔をして謝り断った。

 魔王になりたい、とめぐみんは願った。美女は頭を抱えて謝り断った。

 おなかが減ったのでおやつ下さい、とめぐみんは願った。

 もっと大きな願いにした方がいいわよ、と美女はちょっと空を見上げていた。

 

 美女はめぐみんに相応のものを与えたいようだ。

 が、運命を変えるような、極端に凄いことができるわけでもないらしい。

 

「お嬢さん、予想以上に大物な感じがするわね……」

 

「んーと、んーと、じゃあ、さっき使っていた魔法のことを教えてください」

 

「『爆裂魔法』のことかしら?」

 

 爆裂魔法、とめぐみんは口の中でその魔法の名前を繰り返し呼ぶ。

 彼女が使った魔法の名は、爆裂魔法。

 限りなく不滅に近い大悪魔も、地上に堕ちた神も、実体の無い霊体も、魔法であり自然である精霊にさえ、等しくダメージを与え消し去る極大魔法だ。

 その馬鹿げた消費魔力から知る者も多くはなく、知る者でさえ『ネタ魔法』としか呼ばない、最悪に燃費が悪い人類最強の攻撃手段であり、人類では使うことさえ難しい魔法である。

 

 神の類や最上位アンデッドのリッチーでさえ、二発撃つことはできないという時点で規格外が過ぎる。

 だがめぐみんは、既にこの魔法に魅了されていた。

 

「習得はオススメしないけどね。スキルポイントが溜まれば、すぐにでも習得できるわ」

 

 この世界の魔法は、教える者が教わる者に魔法を教え、教わった者がレベルアップやアイテムで獲得するスキルポイントを消費し、初めて習得できる。

 爆裂魔法ほどのものともなれば、普通は年単位の努力が必要だ。

 だが、めぐみんは喜んでその道を進もうとしていた。

 

「また、会えますか?」

 

 めぐみんが美女に問う。

 美女は微笑み、何も応えず、邪神らしき獣を撫でて消し去っていく。

 めぐみんの言葉に何も応えぬまま、美女はどこかへと歩き去っていった。

 

「爆裂……爆裂魔法……!」

 

 めぐみんは感極まった様子で、先程見た爆裂魔法の光景と、それを放った女性の姿を瞼の裏で繰り返す。

 一方その頃、幸運値が低いむきむきは当たりどころが悪かったらしく死にかけていた。

 

「今の人、胸も爆裂だった……!

 今の人みたいな大魔導師になれれば、貧乳の家系の私だって、きっと……!」

 

「あっ、死ぬ……なんか僕ここで死にそう……」

 

「運命を覆せるかもしれない!」

 

「……しぬ……しんじゃう……」

 

 めぐみんがほどほどなタイミングで目を覚ましたので、一命は取り留めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 邪神に負けたむきむきは、とても悔しい気持ちで、とても情けない気持ちであった。

 女の子一人くらいなら守れる、と無自覚に思っていた自分の思い上がりを恥じたのだ。

 

「弱い自分が不甲斐ない。だから鍛えようと思う」

 

 彼も既に五歳。

 大英雄野原しんのすけと同い年である。

 ならばもう、世界を救ってもおかしくない年齢であると言えるだろう。

 "子供だから"というフレーズに、彼は甘えてなんていられないようだ。

 

「えええ……むきむき、これ以上鍛えるつもりなの……?」

 

 相談相手のゆんゆんは、盛大にドン引いていた。

 ゆんゆんも既に六歳。日本であれば小学一年生程度の少女であったが、紅魔族の特性でその知性は年齢不相応に育っている。

 "何故鍛えようと思ったのか"を聞いても部分的にしか話さないむきむきの様子から、なにやらやましいことがあったのだということも察している。

 

 だがそんなことよりも、目下の問題は、この筋肉オバケが更に自分を鍛えようとしていることにあった。

 

「身長も筋肉もこれ以上大きくなったら、本当にモンスターになっちゃうよ?」

 

「望むところだよ」

 

「望まないでお願いだから! 私の人間の友達またゼロになっちゃうから!」

 

 今のゆんゆんの友達はむきむきと観葉植物のミドリちゃん(ゆんゆん命名)しか居ない。

 むきむきがモンスター枠になってしまえば、ゆんゆんの友達はモンスターと植物だけになってしまう。字面が大惨事だ。

 なんとしてでも止めなければ、とゆんゆんは強固に意志を固める。

 

「あ、えっとさ、それでね、その……

 僕はそういうの詳しくないから、ほら、うん。

 ……ゆんゆんしか頼れる友達が居ないから、手伝って―――」

 

「任せて!」

 

 強固に固めた意志は、一瞬で吹っ飛んだ。

 

 

 

 

 

 ゆんゆんほどチョロいロリもそう居まい。

 チョロリゆんゆんは、それっぽい本をかき集めて、にわか知識でプロ気取りのドヤ顔を浮かべ、むきむきトレーニング作戦を決行するのであった。

 

「ゆんゆん、これは?」

 

「MAKIWARAって言うんだって。これをパンチして、拳を鍛えるんだとか!」

 

 ゆんゆんは2mほどの太さの木に、せっせせっせと布を巻いて、それっぽいトレーニング器具を作っていた。

 これは地球という世界において、琉球空手が形を変えて現在の空手になっていく中洗練されていった鍛練の道具が、この世界に変な形で伝えられたものである。

 木はしなる。そのため、厚みを調整した木の杭を殴ると、弾力のある人の体を効率よく破壊する拳を身に付けられるのだ。

 これに滑り止めの布や縄などを巻き、殴りやすいようにして初めてこれは完成する。

 

 そのため、ゆんゆんが作ったこれは再現性で言えばクソ以下である。

 彼女なりに頑張ったとはいえ、頑丈すぎるのだ。これではまるでしならない。

 えいやえいやとゆんゆんが殴ってみているが、太さ2mの木は全く揺らがず、拳を痛めたゆんゆんが泣き始めてしまったのがその証拠だ。

 

「いたい……いたいよぅ……むきむき、これ失敗かも……」

 

「と、とりあえず使うだけ使ってみるから……」

 

 涙目のゆんゆんを慰め、彼女への義理から拳を構えるむきむき。

 

「じゃあ軽く、っと」

 

 そしてかるーく拳を当てて、むきむきの拳は直径2mの木をへし折った。

 

「えっ」

 

 殴られた木が吹っ飛んでいき、遠くで里を偵察していた魔王軍の斥候が一人、人知れずプチッと潰れる。

 ゆんゆんの口はポカンと開いたまま塞がらない。まるで(こい)のようだ。

 鯉する乙女は強いと言うが、明らかに鯉する乙女より眼の前のキン肉マンの方が強い。

 今殴られたのが木ではなくモンスターであったなら、即座に挽き肉(ミート)くんになっていただろう。

 

「ご、ごめんねゆんゆん! こ、この程度で壊れちゃうなんて、思ってなかったから……」

 

 しかもこれで全力ではないと彼は言う。

 これでもまだ鍛えないとダメだと、彼は言う。

 ゆんゆんは、梅干しを食った時のような顔をしていた。

 

 

 

 

 

 その日から、厳しい特訓が始まった。

 

「行くよー!」

 

 ある日は、崖の上から大岩をいくつも転がした。

 むきむきが積み上げたそれをゆんゆんが軽く押して転がし、崖下に居るむきむきが拳の連打を放って、その全てを粉砕する。

 

「ゆんゆん、もう一回!」

 

「これ岩を回避する特訓じゃなかったっけ!?」

 

 ある日は、紅魔族が保管していた魔道技術王国ノイズの遺産、G()-P()という四輪の機械兵器を使用した。

 これは紅魔族にしか使えず、紅魔族が大気中に散乱した魔力を燃料とし、乗員の紅魔族の意志を反映して走る乗用兵器。そのため里とその周囲でしか使えない産廃だ。

 馬車でいいじゃん、と里の中でも評価は低い。

 ゆんゆんはこれでむきむきを追い立て、むきむきの走力を強化するという危険なプランを実行していた。

 

「ゆんゆん! もっとスピードを上げて!」

 

 だが、時速60kmを超えてもむきむきに追いつけていなかった。

 

「こっちに乗ってる私の方が速すぎて怖くなってきたんですけど!」

 

 その翌日には、目隠しをしたむきむきにゆんゆんが石を投げるという特訓を開始した。

 怪我するかもしれないし危ないよね、と思いそろっとゆんゆんが投げた小石を、むきむきはさらっと回避する。

 肌で空気の動きを感じ、耳で小石の位置を感じ取り、かわしたのだろう。

 

「もっと当てる気で! ゆんゆん、優しすぎるよ!」

 

「かわせるだなんて普通思わないじゃない! 当たるって思うじゃない!」

 

 ゆんゆんが遠慮を無くすと流石に当たり始めたが、それでも1/3くらいはかわせるようになり、その翌日。

 体だけで鍛えてもダメだということで、ゆんゆんによるむきむきへの勉強指導も行われていた。

 

「むきむきって頭悪いの?」

 

「……頭、悪いです……」

 

 日本的に言えば、むきむきの偏差値は人類相対偏差値で55。紅魔族の人類相対偏差値はデフォルトで全員75である。

 彼が悪すぎるのではなく、周囲が良すぎるのだが、この里でしか生きたことがない子供にそれは分からない。

 ゆんゆん視点彼は頭の悪い友人で、むきむきはこういうところでも地味に疎外感を感じるのだ。

 

「あ、申し訳無さそうな顔しなくてもいいよ。ちゃんと付き合うから」

 

「ゆんゆん……」

 

 初めての友人だからとはいえ、よく付き合ってくれるものだ。

 彼女の面倒見がいいのもあるが、本質的に言えば彼女が交友関係に飢えているからである。

 魂レベルのぼっち。闇のビッチと対をなす光のぼっち。

 彼女のぼっち気質卒業はまだ遠い。

 

「でも、こんなに自分を鍛える必要あるの? 今のままで十分じゃない?」

 

 鉛筆を手の中で回しながら、ゆんゆんはむきむきに聞いてみた。

 

「話に聞く魔王軍幹部級と、もし戦う時が来たら……

 その時になってから泣き言を言っても、遅いと思うんだよ」

 

「……魔王軍の幹部」

 

「里にも来るしね、幹部」

 

 紅魔の里は、魔王軍が最重要攻略拠点に選んでいるほどの激戦区である。

 魔王軍の幹部でも攻略できない紅魔の里が凄いのか。紅魔族の反撃を食らっても倒されない魔王軍の幹部が凄いのか。一つだけ言えることは、この両者はどちらも規格外に強いということだ。

 "魔王軍の幹部は一人で街を一つ消すことができる"とある貴族が言ったらしいが、この評価に誇張は一切含まれていない。

 

 むきむきの筋力は確かに規格外だ。

 世界のバグと言っていいレベルにある。

 が、そんな彼でも、紅魔族というデタラメな一族の中においては、未だ埋もれる程度の戦力でしかないのだ。

 天候さえ玩具にする大人の紅魔族にはまだ及ばない。

 彼はもっと、成長する必要がある。

 今はまだ彼の『強くなろう』という気持ちは、念のため程度のものでしかなかったが。

 

「備えておけば後悔はしない……と、思う。そんな気がする」

 

「そこは言い切ろうよ、むきむき」

 

 呆れたように笑うゆんゆんに、頬を掻くむきむき。

 そこで、扉を豪快に開き、一人の少女が現れた。

 

「その意気やよし! 流石はむきむき、我が右腕に恥じない日々を送っているようですね」

 

「何者!?」

 

「ぬるい鍛練をしているようですね、族長の娘さん」

 

 むきむきの表情が、誰の目にも分かりやすく明るくなる。

 

「我が名はめぐみん!

 紅魔族随一の魔道具職人の一人娘にして、やがては紅魔族最強の魔道士となる者……!」

 

「あ、はじめまして、ゆんゆんです」

 

「ぺっ」

 

「唾吐かれた!?」

 

「噂に聞く通りの人物のようですね。

 風変わりな挨拶でしかできない、紅魔族随一の変わり者……」

 

「風変わり!? 紅魔族随一の変わり者!?」

 

 里の外の常識を持って生まれたゆんゆんは、同年代からの評価が一番酷かった。ある意味むきむきの同類である。

 

「あなただって家が随一の魔道具屋とか言ってるけど!

 魔道具作りのセンスが無いから全く売れず、年中貧乏だって聞いてるわよ!」

 

「い、言ってはならないことを!」

 

「里の外に売りに行ける魔道具屋で貧乏って、この里じゃ普通ありえないわよ!」

 

「もっとうちの両親に言ってやってくださいよ、それを!」

 

 だが、めぐみんがこの里のスタンダードというと、実はそうでもない。

 めぐみんの家はこの里でもぶっちぎりの貧乏家庭である。

 そこにクールでドライな一面もあり、ゆんゆんと違って孤独をあまり苦にしないめぐみんの気質が加わると、もう酷いことになる。

 めぐみんもまた、付き合いのある友人がほぼ居ない少女であった。

 

 なんてことはない。むきむき、めぐみん、ゆんゆん、この三人は里の子供のぼっち'sなのだ。

 むきむきは家族さえ居ないが、友人数だけを見れば三人とも大差がない。

 奇特な友人との出会いがなければ、未だに全員孤高のぼっちを極めていたかもしれない。

 

「ま、まあいいです。

 ここからは私に任せて貰いましょう。

 あなたの鍛練は出来損ないだ、犬も食べられませんよ」

 

「な、なにおぅ!」

 

「一週間後にまた来てください。最高のむきむきをお見せしましょう」

 

 ゆんゆんが提唱した、至高のトレーニングメニュー。それを凌駕する究極のトレーニングメニューを見せるべく、めぐみんはむきむきを連れて去っていった。

 そして、一週間後。

 

「さあ、見せてもらいましょうかめぐみん……あれだけ大口を叩いた結果を!」

 

 指定された場所にて、ゆんゆんはめぐみんを待っていた。

 朝に来いと言われたので、早朝から彼女はずっとここで待っている。

 

「……」

 

 日が昇り、朝になり。

 

「……」

 

 更に昇り、昼になり。

 

「……来ない」

 

 それでもめぐみんは来なかった。

 

「……えっ? え?」

 

 いつまで経っても、めぐみんは来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆんゆん、怒りのめぐみん宅突撃。

 やろうぶっ殺してやる、と言わんばかりの勢いであった。

 道中一回転んだが、怒りが痛みを凌駕していた。

 

「ちょっとどういうこと!?」

 

 そうして、怒りのままに突撃したゆんゆんは。

 

 あくびしながら家の魔道具店舗の店番をしている、めぐみんを発見した。

 

「……何やってるの?」

 

「……注文受け付けのための店番です。親に朝、押し付けられました」

 

「……ああ、そういう……」

 

「……朝むきむき拾って、そのまま行こうと思っていたんですが……」

 

 つまりゆんゆんの下に向かいたくても向かえなかったということなのだろう。

 よりにもよって今日。不運なことだ。

 

「"一週間後にまた来てください"とか格好付けてこれって、恥ずかしくないの?」

 

「あぐぁ!」

 

 ゆんゆんが発した過去のめぐみんの言葉が、そのままめぐみんに突き刺さる。

 

「でも、ごめんね。変に疑っちゃって。

 私てっきり、めぐみんが忘れてるか、私を騙したものだと……」

 

「まあそれも正解ですよ。昨日むきむきに言われなければ私もすっかり忘れてましたし」

 

「おい」

 

 どうやら、ゆんゆんが特に理由もなく放置される未来もあった様子。

 

「こんちわー。あれ、いつまでも来ないと思ったらこんな所に」

 

「むきむきじゃないですか。お疲れ様です」

 

 そうこうしてると、魔道具の材料になる鉱石やモンスター素材を抱えたむきむきがやって来て、店の中に運び入れていく。

 これが稀代の天災魔道具職人ひょいざぶろのーの手にかかれば、誰も買おうとしないのに値段だけ高いゴミと化すというのだから、不思議なものだ。

 

「むきむき、かくかくしかじかってわけなんです」

 

「なるほど。そういえばかくかくさんとしかじかさん、最近里に帰ってきてないね」

 

「本当にこの里の人名は、本当に、本当に……!」

 

 むきむきが出した人名にゆんゆんが苦しみ悶えている。

 親にゆんゆんと名付けられた過去からは、一生逃げられないのだ。ああ無情。

 

「つまりめぐみんが店番やってると、約束が果たせないと」

 

「ええと、そういうことになるのかな?」

 

「ですね。なので代わりの店番人柱を一人さらってきましょう」

 

「いやダメだよ、かわいそうだよ。

 朝外出したっていうめぐみんのお父さんが帰って来てくれれば、そこで説得して―――」

 

 噂をすれば影が立つ、とは言うが。

 

「ほう、威勢のいいことを言うもんじゃないか」

 

 こうまで堂々と"途中から話を盗み聞きしていたが、かっこよく登場するタイミングを待ってたんだぜ"ムーブをされると、ツッコむ気も失せるというものだ。

 偶然今来たと言い訳できない場所、人一人しか隠れられない隅っこの物陰から現れたひょいざぶろーを見て、子供達は盛大にもにょる。

 

「ひょいざぶろーさん……」

 

「我が名はひょいざぶろー。紅魔族随一の魔道具職人」

 

「……紅魔族随一に売れないの間違いじゃないの」

 

「ゆんゆん、小声でも隣に居る私には聞こえてますからね」

 

 名乗りを上げたひょいざぶろーに導かれ、子供達は店の裏手の空き地に向かう。

 

「話は聞かせて貰ったぜ。めぐみんを連れていきたいそうだな」

 

「はい、そうです。できれば店番の任を少しだけ解いて……」

 

「上等だ。娘が欲しいというのなら……この俺を倒していけ!」

 

「えっ」

 

 杖を構えるひょいざぶろー。

 戸惑うむきむき。

 なんだろうか、この、『この台詞を言いたかったから強引にこの展開にしました』感は。

 

「え、なんでしょうかこれ。まさか『娘さんを下さい』シチュのつもりなんですか?」

 

「絶対この台詞言いたかっただけで、この展開がやりたかっただけよこれー!?」

 

 超斜め上の予想外な展開で、ゆんゆんとめぐみんによる修行(遊び)によって鍛え上げられたむきむきが試される戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 紅魔族の魔法は極めて強い。

 紅魔族の中級魔法は里の外では上級魔法に見間違えられるほどの威力があり、上級魔法に至っては魔王軍の対魔法部隊でさえ一瞬で灰にする。

 そのため、ひょいざぶろーは手加減のつもりで中級魔法を撃った。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 だが、その余裕ぶった考えは一瞬にして打ち崩されることになる。

 

「『ファイアーボール』!」

 

 むきむきの握力によって大気成分が圧縮され、大気に含まれる酸素・炭素・窒素・水素が超反応を起こし、なんやかんやで生成された可燃物が、握力によって発生した爆縮熱で発火。

 むきむきの投げたそれは火球となり、ひょいざぶろーの火球と相殺された。

 

「なんと!?」

 

 『筋肉があれば大抵のことは出来る』という命題を証明した、最先端科学YU-DE理論に沿った非魔法的・科学的な攻撃である。

 魔法的アプローチがダメなら科学的アプローチを行う。

 知能が高い紅魔族らしい、合理的思考の攻撃だ。

 『十分に発達した科学技術は、魔法と見分けがつかない』という言葉を、彼はこれ以上ないほどに体現していた。

 

「『ライトニング』!」

 

 ひょいざぶろーが、射程に優れる優秀な雷の中級魔法を放ち。

 

「『ライトニング』!」

 

 ―――むきむきの筋肉から放たれた雷が、それを迎撃する。

 

 『筋電位』だ。

 人間の筋肉は、電気によって動いている。

 同時に、心電図という形で日々利用されているように、筋肉もまた動く際に電気を発する。

 電気ウナギの発電法と同じだ。むきむきは筋肉から電気を生み出しているのである。

 

 現在の地球において、電気とはすなわち文明の象徴。

 すなわち今のむきむきは、科学と文明をその身で体現していると言っても過言ではない。

 これにはテスラもエジソンもニッコリ。

 

「……正しい意味で改造人間みたいなやつめ」

 

 紅魔族はかつて魔道技術大国ノイズで作られた改造人間である!

 彼らを改造したノイズは、世界制覇を企む魔王と戦う国である!

 紅魔族は人間の自由と平和のため、魔王軍と戦うのだ!

 ……みたいなノリが、かつて魔道技術大国ノイズにはあった。

 ただ、こんなのが生まれてくるだなんて、設計者は考えもしていなかっただろう。

 

「見てると知能指数が下がりそうになるんですよね、むきむきの技は……」

 

「だよね……」

 

 筋肉の電気を発生させながら突撃してくるむきむきに、ひょいざぶろーは中級の風魔法である風の刃を放つ。

 

「『ブレード・オブ・ウィンド』!」

 

 対しむきむきは足を止め、魔法名を叫びながら手刀を振るい、風の刃だか真空の刃だかよく分からないものを飛ばし、それを相殺した。

 

「『ブレード・オブ・ウィンド』!」

 

 夏場に何も道具を持っていない人間が見せる風物詩が二つある。

 古事記によればその二つは、『シャツをつまんでパタパタやるやつ』と『手をうちわ代わりにして扇ぐやつ』の二つであるという。

 だが手をうちわにしたところで、大した風は来ない。

 ゆえに人は、下敷きで扇いだり、より効率よく風を送れる何かを机の中に探し求めてきた。

 

 むきむきの今の一撃は、そういった『人の研鑽と試行錯誤』の先にある。

 言うなれば、人の技術進化を象徴する一撃であった。

 今の彼ならば、手刀から放つ風でスカートをめくることも、スカートだけを切断してずり下ろすことも、あの子のスカートの中でポケモンを捕まえることも可能。

 それだけのパワーと精密性を、彼は身に付けていた。

 

 防戦に回りがちになってきたむきむきだが、そこでめぐみんのアドバイスが飛ぶ。

 

「むきむき! 私との特訓を思い出して下さい!」

 

「! わかった!」

 

 どうやら、とうとうめぐみんとの特訓の成果を見せる時が来たようだ。

 

「汝、その諷意なる封印の中で安息を得るだろう、永遠に儚く!」

 

 斜め上の形で。

 

「何故詠唱!?」

 

「決まってるでしょう、ゆんゆん。その方が……かっこいいからです!」

 

 ここで先に仕掛けたのはむきむきのはずなのに、無駄で意味の無い詠唱をした分、むきむきの方が少し遅れてしまう。

 

「『ファイアーボール』!」

 

「『ウインドカーテン』!」

 

 夏場に扇ぐ時のように、指を揃えた平手を振るって、むきむきは風の壁を形成。ひょいざぶろーの火球を防いだ。

 

「『ライトニング』!」

 

「天の風琴が奏で落ちる、その旋律、凄惨にして蒼古なる雷! 『ライトニング』!」

 

 今度の技の始動は同時。当然、詠唱の分むきむきが遅れる。

 むきむきは気持ち悪いくらいに舌を速く回して、遅れた分を取り戻す。

 オタクが普段話せないようなことを一般人に話すチャンスを得た時の早口喋り、その数倍の気持ち悪さと速度を実現した詠唱であった。

 顔の前、ギリギリの場所でむきむきの雷がひょいざぶろーの雷を受け止める。

 

「ふっ……これが私の指導を受けたむきむきです。

 詠唱することであの魔法もどきをなんとなく魔法っぽくしたのですよ!」

 

「ねえ、これ詠唱に時間かかってる分弱体化してない?」

 

「いえ、気持ち強くなってますよ。多分」

 

「その『気持ち』って『ちょっと』って意味じゃなくて『精神的には』って意味でしょ!?」

 

 めぐみんの特訓とは、むきむきが使える魔法もどきのオリジナル詠唱を考えさせ、技の前にそれを詠唱させるというものであった。

 めぐみんもむきむきの詠唱センスに最初は期待していなかったが、今では惚れ惚れと詠唱に聞き入っている。

 

「そう……むきむきには、創作詠唱のセンスという才能があったのです!」

 

「それ開花させる必要あったの?」

 

「何を言いますか! 詠唱は大事ですよ大事!」

 

「大根の葉っぱみたいなもんじゃないの!」

 

「おい、大根の葉っぱを要らないものだと思う理由を聞こうじゃないか」

 

 ゆんゆんの修行で地力を付け、自己流で魔法もどきを生み出し、めぐみんとの特訓がそれに詠唱を付けた。

 明らかにめぐみんだけ余計なことをしているが、気にしてはならない。

 ひょいざぶろーもどうやら、中級魔法では無意味と判断したようだ。

 

「加減はするが、本気でかわせよ……『ライト・オブ・セイバー』!」

 

「汝、久遠の絆断たんと欲すれば、言の葉は降魔の剣と化し汝を討つだろう!」

 

 男が放つは、最優の上級魔法の一つに挙げられる、光の斬撃を飛ばす魔法。

 迎え撃つむきむきは、右手の手刀を左脇に構える。

 そして、左下から右上に切り上げるように、手刀を振るった。

 

 手刀の周囲の大気がプラズマ化し、少年の手刀が光り輝く。

 

「『ライト・オブ・セイバー』!」

 

 プラズマを纏ったむきむきの手刀が、ひょいざぶろーの光の斬撃を両断する。

 両断された光は、手刀の光に負けて霧散したようだ。

 筋肉があればなんでも許されると思うなよ、みたいな顔をするゆんゆんであった。

 

「……相殺とまでは行かないが、上級魔法も凌いだか」

 

「これが特訓の成果です。

 魔法使いと認められないのは分かってます。

 本当の意味で皆に仲間と認められないのは分かっています。

 それでも僕は、皆と同じになりたかった。……魔法の、才能がなくても」

 

 やってることは豪快だが、動機は驚くほどに繊細だ。

 "皆と同じになりたい"という願い。"皆と違う自分が嫌だ"という切望。"皆と同じことができれば"という祈り。

 それが、彼の筋肉を魔法の模倣に走らせた。

 

「ふっ、魔法が使えない身で必死に習得した技……

 言うなれば『マッスルマジック』。才無き男の意地、見せてもらったぞ」

 

(勝手に名前付けてる……しかも紅魔族特有の謎ネーミング……)

(勝手に名前付けてる……でも流石お父さん、格好いいネーミングだ)

 

「あ、すみません、名前とかは別に要らないです」

 

「!?」

「!?」

(よかった、やっぱりむきむきはまだ割と普通の人だった……!)

 

 ゆんゆんが生まれや教育に一切感化されない、非紅魔族的なイレギュラーの中のイレギュラー的な感性を持っているように。

 むきむきもまた、里の外の者が持つ感性を持っていたようだ。

 彼の場合は、めぐみんとゆんゆんの中間くらいの感性を持っている程度の話だが。

 

「畜生! 同じ才能無い同士だと思ったのに!

 "魔道具作りの才能ないですね"と言われる俺の気持ちを分かってくれると思ったのに!

 もう知らん! 娘もやらんからな! 帰れ!」

 

「か、完全に本題を見失ってる……!

 いや技の名前が要らないだけですよ。

 そういう風に共感してくださるのは……その……嬉しいです」

 

「!」

 

 ひょいざぶろーに魔道具店を経営する才能は無い。アクセルの街のウィズという女性並みに無い。むきむきの魔法の才能並みに無い。

 そのせいか、こっそり共感を持っていたようだ。

 むきむきが照れくさそうな顔で頬を掻くと、ひょいざぶろーは何やら上機嫌に少年の肩を叩き、何やら話しかけながら、店の中に引き込んでいく。

 

「どうしようめぐみん、むきむきがひょいざぶろーさんに捕まっちゃったけど」

 

「今の内に逃げましょう。そして羽を伸ばしましょう。

 午前中ずっと店番やってて疲れましたし。代わりの店番も見つかりましたし」

 

「!?」

 

 どこぞへと遊びに行こうとするめぐみん。その髪と服を、ゆんゆんが引っ掴む。

 

「最低! 最低! めぐみんを店番から助けようとしたむきむきを生贄にするなんて!」

 

「髪っ! 髪引っ張らないで下さい! ほんの冗談ですよ!

 ちょっと息抜きしたらお土産買って戻りますから! ゆんゆんのお小遣いで!」

 

「そっか、それならよか……え、待って! 最後になんて言ったの!?」

 

 ちなみに、里の中で派手に魔法をぶっ放して、周りに気付かれないわけがないわけで。

 

 四人全員、この後滅茶苦茶族長に叱られた。

 

 

 




 彼女の名はめぐみん。昔は魔王を倒して新たな魔王になる気満々だった少女。原作現在では柿の皮を捨てず再利用する方法を熱く語っている少女―――

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