「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 このすばで割と人気の高いキャラは貧乳の法則。めぐみん、エリス様、アイリスで人気投票も三トップです。
 カズマさんも一人選べと言われたら、三人の人格や容姿をじっくりと頭の中で吟味した果てに、おっぱいが大きい美人の女性を選ぶと思います。
 そのくらいには人気キャラです。


2-3-3

 大物賞金首とは、仕留められないから大物賞金首なのだ。

 基本的に低リスクで倒せる敵の討伐報酬が低く、命の危険が絡む高リスクな敵の方が討伐報酬が高くなければ、報酬や賞金といったシステムは回らない。

 

「紅魔族の頭脳でズバッとやっつけちゃって下さい。さあ、遠慮なく!」

 

「よくそこまでふざけた無茶振りができますね!」

 

 めぐみんがキレる。こんなこと言われたら誰だってキレるというものだ。

 クーロンズヒュドラは、ゼスタによるネトゲ粘着のような時間稼ぎが終わった後、湖の汚染を開始した。その内大地からの魔力吸い上げも行われるだろう。

 魔力はどの程度まで回復しようとしているのか。今の住処である湖を離れて人里に来る可能性はあるのか。その辺りでさえ推測の目処が立たないのだ。

 なのに倒さなければならないという。

 倒す策を考えてくれと言う。

 そらもう怒って当然である。

 

「爆裂魔法でも当たりが良くなければ良くて五、六本の首を持っていくのが限界です。

 ゆんゆんの上級魔法で削った方がまだ効率がいい。

 そんなゆんゆんの魔法でだって、相当な日数をかけなければ殺し切るのは無理ですよ」

 

「確かに。アレが内包している魔力は、相当なもののようでしたからな」

 

 ゼスタがあごひげをいじりながら、困ったように苦笑している。

 

「むきむきのパワーをぶつけてもそうです。

 むきむきの筋力はとんでもないですが、それでも上級魔法や爆裂魔法と比べれば……

 火力が、無いです。破壊規模が小さいんです。首か心臓を一つ潰すのが限界なんです」

 

「だね。ちょっと、僕も相性が悪い」

 

「やはり結論は、"倒す前に魔力と体力が尽きるから無理"です。

 アクシズ教団が面倒な指定を受けないためには、すぐ片付けなければいけません。

 ですがおそらくこのメンバーでは一ヶ月はかかるでしょう。無理ですよ、無理」

 

「そうですか……」

「どうすりゃいいんだか」

「アクア様、どうかお導きを……

 この窮地の打開策と、明日揉むエリス教徒の乳を貧乳にするか巨乳にするかお導きを……」

 

 学年トップの頭脳を持つ上、こだわりのある部分を除けば、ゆんゆんよりも遥かに柔軟で実戦向きの思考力を持っているのがめぐみんだ。

 普段は戦闘=爆裂という困ったちゃんな思考だが、それが通じない状況になれば、優秀な頭脳は普通の方面で回り始める。

 ゆんゆんとむきむきも考えてはいるが、こういう状況であるのなら、めぐみんが思いつけない以上他の二人も思いつけないだろう。

 自然と、周囲の期待はめぐみんに集まっていた。

 

 こういう、その場のテンションでまとめて脇に置いておけない、一発勝負でガンガン心にのしかかってくる周囲の期待という重圧が、めぐみんはどうにも苦手だ。

 自分の失敗が他人の破滅に繋がると思うと、もっと苦手に感じられてしまう。

 めぐみんは爆裂魔法で他人にかける迷惑をコラテラル・ダメージとして割り切れるだけで、自分の失態で他人が破滅することを割り切れるほど無情でもない。

 

「皆さん、何かスキルはないんですか?

 敵からの魔力の吸収と放出が可能なスキルとか……」

 

「そんなのがあったら、吸った魔力をめぐみんに放出して爆裂魔法連発させてるでしょ」

 

「そりゃそうなんですが、希望を探してみたいじゃないですか」

 

 当然ながら、この状況を一発で打開できそうなスキルを持つ者の手は上がらない。

 そんな者が居るわけもない。

 万の策を考えたわけでもないが、既に万策尽きた感覚はある。

 

 半ば諦めているめぐみんだが、その横顔を、むきむきがじっと見つめていた。

 

(そういう目で見るのは止めてほしい)

 

 相手の強さを信じる目だ。

 相手の可能性を信じる目だ。

 何が何でも信じ抜く目だ。

 少年は、少女がこの状況を爆裂させ吹っ飛ばすような何かを思いつくことを、心の底から信じている。

 

 そんな目で見られても何も思いつきませんよ、と心の中で独り言ちて、めぐみんは彼と目を合わせようともしない。

 その目で見られると、やる気が出てしまう。

 出来るわけがないのに、挑む気が湧いてきてしまう。

 時々自分がその目で彼を見ている自覚があるだけに、めぐみんはその目をやめろと言い出せなかった。

 

 帽子を目深に被り直すめぐみんをよそに、むきむきは隣のゼスタにふと思い出したことを問う。

 

「そういえばゼスタさんは、どうやって生き残ったんですか?」

 

「ゴッドブローとゴッドレクイエムで噛みつきを弾いていただけですよ。

 自分に強化魔法をかけてひたすら耐久戦です。

 モンスター寄せの魔法(フォルスファイア)で動きの誘導、隠れて結界を使って木陰に潜んで休息……

 後はそうですな。セイクリッド・クリエイト・ウォーターを顔にぶっかけたくらいでしょうか。

 とにかくスキルを回しておちょくっていた記憶があります」

 

「『おちょくる』と表現してるのが実にゼスタさんだなあって思います」

 

 その会話に、めぐみんは何か引っかかるものを感じた。

 

「……ん? スキル?」

 

 頭の中で、何か着想を得られた感覚。

 学校で習った知識。一年里に留まり蓄えた知識。

 里の大人から得た知識。里の外で得た知識。

 この世界の基本法則と、モンスターの習性。

 セナから得たクーロンズヒュドラに関する記録の内容。

 紅魔族三人の持つ能力。

 そして、アクシズ教団という能力はあるアンポンタン軍団。

 

 めぐみんの頭の中で、勝利に至る光の道が一本だけ繋がった。

 

「試してみる……価値は、ある?」

 

「何か思い付いた? めぐみん」

 

「所詮思いつきですけどね」

 

 めぐみんの献策は皆に驚きをもたらしたが、その考えは理に適っており、驚かれるだけで抵抗なく受け入れられる。

 翌日の朝に、最後のクーロンズヒュドラ討伐戦を始めることだけを決めて、その夜の作戦会議は終了した。

 

 

 

 

 

 むきむきの服の一部は、ヒュドラの体内に潜る時に牙に引っ掛けてしまうなどして、所々が破けていた。

 血の汚れ自体は、水に漬けておいてまとめてピュリフィケーションをかければいい。

 アクシズ教徒はこういう時にも有能だった。

 

「このくらいなら、簡単に直すことくらい難しくもないですよ」

 

 切れてしまった部分は、めぐみんが丁寧に縫って直していた。

 めぐみんの家は貧乏である。年中金欠だ。そのため、ボロくなった服も捨てられない。

 めぐみんも幼少期から、自分の服に空いた穴をぶきっちょに縫って塞いでいたものだ。

 そのためか、多少なら裁縫の心得があった。

 アクシズ教徒から体を隠す大きな布を貸してもらったむきむきの前で、少女は慣れた手つきの裁縫を続ける。

 

「ありがと、めぐみん」

 

「まさかタダで直してもらえるだなんて思ってませんよね?」

 

「……次の街で美味しそうなご飯屋さんがあったら、奢るよ」

 

「よろしい。いやあ、楽しみですね! 次の街は観光の街ドリスですし!」

 

 喋りながらも、その手は止まらない。

 裁縫のスキル持ちには及ばないが、それでもかなり器用な手つきだ。

 魔道具職人の娘という肩書きは伊達ではない。

 ……尤も、手先が器用なだけで、めぐみんは魔道具を作る時にすら爆裂させてしまうのだが。

 

 むきむきは彼女の手の中で動く針と糸を見て、思ったことをそのまま口に出していた。

 

「めぐみんはいいお嫁さんになりそうだよね」

 

「誰のです?」

 

「え?」

 

「誰のお嫁さんかと聞いてるんですが」

 

「特定の相手が居るの?」

 

「居ませんよそんなの。想像したこともないです。

 ただなんというか、お嫁さんになれただけで嬉しい人なんて本当に居るんですかね?」

 

「ええ? どうなんだろう……?」

 

「『誰の』が、一番重要だと思うんですが」

 

 ませていると言うべきか。大人っぽいと言うべきか。クールな一面があると言うべきか。

 むきむきと比べれば、めぐみんの方がまだまっとうな恋愛観を持っている。

 とはいえ、この二人は両方共恋愛経験など無いのだが。

 

「恋愛とか、僕もよく分からないなあ」

 

「年齢一桁で分かる子供も居ると聞きます。

 いつまで経っても分からない大人も居ると聞きます。

 そんなもんなんじゃないでしょうか。恋は衝動とも聞きますし」

 

「ああ、めぐみんにとっての爆裂魔法みたいな……」

 

「あなたもゆんゆんも、私をなんだと思ってるんですか。

 確かに私は爆裂魔法しか愛せませんが、その気になれば素敵な恋人の一人や二人……」

 

「いや、別にそこは心配してないよ」

 

 ゆんゆんであれば今でも「めぐみんが色恋沙汰とかないわー」と言うだろうが、この少年の認識は、ゆんゆんのそれとは少しだけ違っていた。

 

「めぐみんはいいお母さんになるんじゃないかな」

 

 目を閉じて、めぐみんの母のことを思い浮かべて、少年は確信を滲ませてそんなことを言う。

 歳下の少年からそんな変なことを言われて、めぐみんは露骨に溜め息を吐いた。

 

「ならあなたは、きっとダメなお父さんになることでしょう」

 

「え、なんで?」

 

「あなたは、根本的にダメな人間だからですよ、

 子育てで絶対に躓いて、子供に唾吐かれるのが目に見えます」

 

「嫌なことを断言された!」

 

「ま、そんなくだらない話は置いておいて。縫い終わりましたよ」

 

「お、ありがとう」

 

 アクシズ教徒から借りた大布のしたでもぞもぞと動き、むきむきはめぐみんが縫ってくれた服を身に付ける。

 服がこれ一着しかないということはないが、明日もヒュドラと戦うのであれば、ボロボロになる服は一着だけでいい。

 

「今大事なことは、そんなことではありません。

 奴が……クーロンズヒュドラが、正しく生きたドラゴンだということですよ」

 

「?」

 

「既に殺された後のドラゴンゾンビとは話が違います。

 奴を殺せば、私達は明日から堂々と『ドラゴンキラー』を名乗れるのです!」

 

「!」

 

「分かるでしょう! この称号のかっこよさが!」

 

 むきむきの感性は、めぐみんとゆんゆんのちょうど中間だ。

 ゆんゆんのような里の外の感性基準の人間ではない。

 彼もまた、紅魔族である。

 

「よし勝とう、明日のドラゴンキラーめぐみん」

 

「ええ勝ちましょう、未来のドラゴンキラーむきむき」

 

 ドラゴンキラーの称号に魅せられた、中学二年生の年齢間近な少年少女二人組は、脇に置いていた紅魔族ローブを身に纏い、鳴り始めた腹を癒やすべく晩餐の戦場へと赴いた。

 

 

 

 

 

 アクシズ教徒は、真面目な雰囲気を母親の腹の中に置いてきたかのような者達である、

 

「第一回! 『アクシズ紅魔チキチキ一発芸交流大会』ー!」

 

「「「 イェーイ! 」」」

 

 明日に一大決戦を挑もうというその前日の夜に、彼らはなんと一発芸大会を開催していた。

 

「はよ寝ろ!」

「考えることを紅魔族に丸投げして準備してたのがこれですか!」

 

 むきむきとめぐみんの叫びが響く。

 

「まあまあ。これは明日に備えて我らアク紅同盟の英気を養うという意味があって……」

 

「嘘です! 絶対嘘です! 何も考えてませんよねあなた達!?」

 

「ゆんゆんさん、私はもう寝ます。明日の朝起こして下さい」

「あ、セナさん逃げ……もう居ない!?」

 

 器用に立ち回って姿を消したセナとは違い、むきむき達はどうやら逃してはもらえない様子。

 

「エントリーナンバー一番! 一発芸やります! 『花鳥風月』!」

 

「おおおおおお!」

「出た、あいつの十八番!」

「ヒールとピュリフィケーションと宴会芸スキルしかできないもんなお前!」

 

 やんややんやと盛り上がりながら、アクシズ教徒達が次々と一発芸を披露していく。明日の大勝負に向けての緊張感がまるでない。

 

 ちなみに多々ある例外を除けば、レベルが1上がる時に手に入るスキルポイントは1ポイント。

 有用な片手剣スキルであれば、習得に必要なスキルポイントは1ポイント。上級魔法なら30ポイント。爆裂魔法なら50ポイントという膨大なポイントが必要となる。

 宴会芸スキルは冒険者が覚えると一つだけで5ポイント持って行かれたりもする。あまりにも無駄過ぎるポイントの浪費であった。

 

「逃してもらえなさそうですね……ちょっと二人共待ってて下さい」

 

 めぐみんが離脱し、むきむきとゆんゆんが面白い一発芸に笑ったり、身内ネタで爆笑を取っているアクシズ教徒に作り笑いと合いの手を入れたりと苦心する時間が始まる。

 めぐみんはそこまで時間を置かず、パンや食材を手に戻って来た。

 

「むきむき、火を」

 

「はいさ」

 

 筋肉式指パッチンが火を灯し、めぐみんがその火種を育て、火でパンと肉を炙り始めた。

 

「あ、その肉、ヒュドラの心臓?」

 

「そうです。毒は無いそうですが、あったらあったで解毒してもらいましょう」

 

 この世界では、毒があるが美味いという生き物を食べ、治癒スキルや状態異常耐性でそれを乗り越えるという美食スタイルも、そう珍しいものではない。

 フグの踊り食いも、旨味成分が毒であるキノコの生食も余裕だ。

 めぐみんはクーロンズヒュドラのハツという、捕獲レベルが高そうで誰も食べたことがなさそうな肉を薄く細く切り分けていく。

 食べやすくしたその肉をソースの器の中に通し、デミグラスソースとガーリックソースの中間に近いソースをたっぷりと付け、レタスと一緒にパンに挟む。

 炙られたパンも、熱々なのがひと目見るだけで分かるほどだった。

 

「どうぞ」

 

「いただきます」

 

 むきむきがそれを口に運べば、ジューシーで濃厚な味わいの肉、それ単体でも美味いパン、アクセントを付けるシャキシャキしたレタス、それらを上等に仕立てるソースのハーモニーが、彼の舌を唸らせた。

 

「すっごく美味しい!」

 

「ま、こんなもんですよ」

 

「嫁力勝負とかしたらめぐみんはゆんゆんに生涯無敗で行けそうな気がする」

 

「!?」

 

 突然の流れ弾がゆんゆんを襲う。

 女子力、嫁力、そういう分野でまでこの頭爆裂女に負けてしまうことは、ゆんゆんの中のプライドが決して許せぬことであった。

 

「そ、そんなわけないわよ!

 貧乏癖が抜けなくて、適当な時は物凄く適当なめぐみんに、負けるわけないじゃない!」

 

「はっ」

 

「鼻で笑った!? な、なによ、こんなもので!」

 

 ゆんゆんが自分の分のパンを奪い取るように受け取り、肉と野菜とパンの連携攻撃へと挑む。

 そして、あっという間に完敗した。

 料理漫画特有の"美味い料理には勝てなかったよ……"エフェクトがゆんゆんを包み込む。

 

「……美味しい……パンとお肉の炙り具合が絶妙で……」

 

「これも勝負にしておきますか? ゆんゆんの負けということで」

 

「……わ、私の心が、既に負けを認めてる……! で、でも! すぐに勝てるようになるから!」

 

 しかもこの料理、『魂の記憶』が詰まったヒュドラの心臓の一部を使っていたからか、食べるだけで多少の経験値が得られる代物であった。

 

 ゆんゆんは レベルが あがった!

 

「あ、レベル上がった。今ので!?」

 

「ほう。戦いを控えた前夜にこれとは、流れが来てる感じがしますね」

 

 ゆんゆんのステータスとスキルポイントが上昇する。

 一発芸でやんややんやと盛り上がっていたアクシズ教徒も、そのレベルアップを自分のことのように喜んでくれていた。

 

「おめでとう!」

「おめでとう!」

「おめでとう!」

 

「あはは、ありがとうございます」

 

「流れ来てるよ来てる来てる!」

「さあゆんゆんさん! 皆の注目を集めたこの流れで、一発芸を!」

「紅魔族の最高の一発芸を見せてくれ!」

 

「え?」

 

 落とすために上げるような前振りの流れ。

 

「ゆーんゆん!」

「ゆーんゆんっ!」

「ゆーんゆん! ゆーんゆん!」

 

「え、ちょっと待って、私一発芸なんて……!」

 

「ゆんゆんの! ちょっといいとこ見てみたい!」

 

「煽らないでめぐみん!」

 

「ゆんゆん、できないならできないでいいと思うんだけど……」

 

「……! いいわ、むきむきにそこまで言われちゃ黙って下がれない!

 "どうせできないだろ"みたいな認識は、次期族長の沽券に関わるわ!

 見てなさい! この流れに負けないような一発芸を何かすればいいんでしょ!」

 

(あ、ヤバい僕やらかした。ヤケクソにさせてしまった)

 

 無茶振りをされて期待されると腰が引ける。

 でも「どうせできないんだろ」と思われるとイラッと来て、「できらあ!」と言ってしまうのが若い人間の青さであり、特権である。

 ゆんゆんは半ばヤケクソ状態だった。

 

「はい注目!」

 

 君は知るだろう。

 笑われるのではなく、笑わせることができるのなら、いくら感性が違おうとも、友達なんていくらでも作れるのだということを。

 

「はい右手の親指を左手で掴みました!

 このまま左手を動かして……はい、右手の親指が消えましたー!」

 

 沈黙。

 

「……」

 

 ダダ滑り。

 

「……」

 

 無反応。

 

「……」

 

 "お前それ指を掴んだふりして、こっそり親指たたんだだけだよな?"と指摘しないであげるだけの優しさが、アクシズ教徒にもあった。

 

「解散」

「明日に備えて寝るかー」

「皆さんお疲れ様っしたー」

 

「……え」

 

 皆が就寝の準備に入る。

 自分の芸に誰もが触れず、誰もが反応せず、ごく自然に一発芸大会がお開きになっていくその光景が、その優しさが、ゆんゆんの胸を抉った。

 呆然とする少女の肩を、ゼスタが軽く叩く。

 

「未熟さは罪ではありませんよ」

 

 去り際の優しい言葉が、めぐみんより大きいゆんゆんの胸を更に抉る。

 

「ドンマイです」

 

 珍しく、めぐみんが優しい声色でゆんゆんを慰める。

 トドメの一言が、少女の胸を深く深く抉っていった。

 めぐみんの胸を0とするならば、今のゆんゆんの胸は抉られすぎてマイナスの域に達している。

 

(死にたい……死ねば……死のう……)

 

 ゆんゆんは闇のビッチ(ダークサイド)と対になる光のボッチ(ライトサイド)の存在。愛用魔法も光のライトセーバーで、ムーネ・デカイウォーカーだ。

 彼女は今、一発芸が滑ったせいでダーチ・ネーナー卿に近づき、ダークサイドに落ちようとしていた。

 

 自殺してやろっかなー、と乾いた笑いを浮かべるゆんゆんの手を、そこで少年が手に取った。

 むきむきはゆんゆんの手に触り、興味深そうにくまなく調べる。

 

「え、な、何?」

 

「あ、なくなった指が戻ってる」

 

「「 は? 」」

 

 ゆんゆんとめぐみんの声がハモる。

 

「もしかして手品? どうやったの?」

 

「……」

「……」

 

 一人だけ、先程の一発芸に対し、ゆんゆんの胸を抉る反応をしなかった者が居たヨーダ。

 不意にちらっと騙されやすそうな一面を見せた少年に、ゆんゆんは"死んでられない"と責任感に似た決意を固め、死に至る羞恥心をどこかへと蹴り飛ばすのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、朝。

 クーロンズヒュドラは湖を瘴気で汚染し、住処でしっかりと休むことで、体力と魔力を回復させていた。

 その湖周りの陸地の一角で、人間達が陣形を組んでいる。

 

「浄化開始!」

 

 フォーメーションはアタッカー兼ブロッカーむきむき。

 そのアシストのアクシズ教徒達。

 その後方にチャンスセッターのゆんゆん、フィニッシャーのめぐみんが控える。

 

 戦闘に使えるスキルを持たないプリースト達が湖の水を全力で浄化し、浄化が終わるやいなや湖から全力で離れていく。

 浄化した水が水流に乗り、湖底のヒュドラの肌に振れた時、ヒュドラは昨日の不届き者達が再び来ていることに気付いた。

 湖の水が盛り上がる。

 ヒュドラが来る。

 戦いが始まる。

 セシリーという女性がむきむきに各種支援魔法をかけ、準備も万端。

 この場に揃った者達は皆、めぐみんが昨日語っていた内容を思い出していた。

 

 

 

 

 

 昨晩のこと。

 めぐみんは、モンスターが身体的特徴・種族特性・固有能力として持つものが、スキル扱いとなっている点に目をつけた。

 

「種族固有スキルってあるじゃないですか。

 不死王の手とか、死の宣告とか。

 あれは各モンスターの生態で身体的特徴でもありますが……

 同時に、冒険者(にんげん)が覚えることができるスキルの一つでもあります」

 

「そうだね。僕は見たことないけど、理論上は人でも使えるはずだ」

 

「クーロンズヒュドラは魔力を使って体を再生しています。

 そして魔力を使い切っても消滅することはない。ですね、セナさん」

 

「はい、王国軍の過去の交戦記録にそうあります」

 

「つまりあれは、体が魔力で出来ているから再生に魔力を消費しているのではなく。

 確かな実体を、魔力を消費することで再生させているということで間違い無いはずです」

 

「勿体振るわね、めぐみん。つまりどういうこと?」

 

「魔力を消費して実体を修復する。

 それは人間が回復系スキルを使うプロセスと同じ。

 あの能力は『スキル』に区分されるんじゃないかってことですよ」

 

「!」

 

 この世界に存在する能力はそのほとんどが『スキル』に区分される。

 魔法使いが一から術式を組んで魔法を作っても、それもスキルに区分されるのだ。

 リッチーの手、デュラハンの指先など、体の一部に生まれつき備わった機能でさえ、この世界においてはスキルとして定義されている。

 

 スキルの本質は、能力や技能のシステマチックな継承と、システマチックな管理だ。

 ドラゴンは魔力の塊と言われるほどに多くの魔力を持つ生物だが、魔力で体を構築している生命体とは違い、確かな実体を持っている。

 クーロンズヒュドラの再生が"魔力を消費して体を自動で再生するスキル"である可能性は、非常に高かった。

 

「でも、それがスキルだったからといって何か変わるわけじゃ……」

 

「スペルブレイクです」

 

「―――!」

 

 その一言に、ゆんゆんが何かを思い出し、アクシズ教徒は予想外の発想に驚き、むきむきは首を傾げた。

 

「スペルブレイク?」

 

「正確にはブレイクスペルというスキル。

 あるいはセイクリッド・ブレイクスペルというスキルです。

 使い手の技量次第で、全てのスキルと魔法の効果を打ち消すことができます」

 

「!」

 

「これだけアークプリーストが居るなら、使える人も居るでしょう?」

 

 めぐみんの"ヒュドラの再生はスキルであり対処が可能"という言葉に驚きつつも、アクシズ教徒達の中から何人かの手が上がる。

 

「『再生』のスキルが一時だけでも無効化されれば、討伐のハードルはぐっと低くなります」

 

 めぐみんが手に持つ大きな杖が、こつんと硬い地面を叩く。

 無限に再生する、無敗の歴史を持つ、無敵の竜。

 その最たる強みに、ようやく付け入る隙があるという可能性が発見された。

 

「残るは火力。一時だけ再生を封じたその短い時間に、決め切る火力です」

 

 後は、首を全て失っても死なないヒュドラを、爆裂魔法でも首全てを吹き飛ばすことが困難なヒュドラを、殺し切る攻撃手段のみ。

 

「それも私に考えがあります。

 皆さんは明日、足止めとスペルブレイクを頼みます。

 さすれば、我々紅魔族が最高に華麗に決めてみせましょう!」

 

 めぐみんは、それにも何か考えがあるようだ。

 フィニッシャーは紅魔族。

 最後の一撃は、爆裂。

 自分の趣味嗜好を最後に混ぜてくるのが、本当にめぐみんらしかった。

 

 

 

 

 

 むきむきが、めぐみんの指示を何度も頭の中で繰り返す。

 眼前には、八ツ首の巨大な竜が迫ってきていた。

 この敵は、むきむきだとイマイチ相性が悪い。

 されど同時に、彼以上に足止めに向いている者も存在しなかった。

 

「そぅら!」

 

 首の一本が間近に迫り、むきむきが手の平に掴んだ砂を投げつける。

 爆発的な威力を得た砂は極短射程距離の散弾となり、ヒュドラの首を叩いて弾いた。

 砂粒は一つ一つが弾丸であり、ヒュドラの強固な鱗を貫くも、その傷さえあっという間に回復してしまう。

 

(僕一人だったら何ヶ月かけても削りきれない気がするこの回復力!)

 

 クーロンズヒュドラはむきむきを警戒しているようで、今度は首の内三つを投入して噛みつきを仕掛けて来た。

 右から来た首を右腕で、左から来た首を左手で、正面から来た首を右足で受け止めるむきむき。

 だがその代価として、むきむきはその場から一歩も動けなくなってしまった。

 

「危ない、むきむき君!」

 

「あ、ちょっと! 危ないから前出ないで下さい!」

 

 そこで、一人のアクシズ教徒が少年を助けるべく駆け出した。

 昨日の一発芸大会で大いに笑いを取っていた、回復と浄化と宴会芸しかできない青年だ。

 善意からアホな行動と馬鹿馬鹿しい結果を出すのがアクシズ教徒。

 むきむきは切羽詰まった声で止めるが、アクシズ教徒は止まらない。

 

「喰らえ、我が魂……花鳥風月!」

 

「!?」

 

 開いた扇子から、宴会芸スキルによって水が吹き出し、ヒュドラの三つの頭にかかる。

 放たれた清浄な水の流れは、ヒュドラが心底嫌うものであり、ヒュドラは思わず首を引っ込めてしまう。

 沸騰しているヤカンに触れた人が手を引っ込めるのにも似た、敵の生態と反射を利用した見事なアシストであった。

 

「え、宴会芸スキルに助けられるとは……ありがとうございます!」

 

「わたしもアーク宴会芸師の端くれですから!」

 

「すみません、アーク宴会芸師ってなんですか」

 

 そんな職業はない。

 とりあえずむきむきはその教徒を抱えて跳ぶように後退し、手近な太い木を引っこ抜いて、その両端を手刀で切り揃える。

 そうして、元は大木だった円柱状の武器を手に入れた。

 

「むきむきさんが丸太を持ったぞ!」

「凄ェ! なんで片手で振れるんだ!」

「ハァ ハァ 敵はあの巨体だ、丸太を武器にするのは理に適っている」

「うわなんだここは、ヒュドラの血で滑るぞ!」

 

 ヒュドラの八本の首と、一本の丸太が幾度となく衝突する。

 ある一撃は、ヒュドラの首の骨をへし折った。

 次の一撃は、その首が再生する前に、次の首を叩き潰した。

 だが三度目の一撃は噛みつきで止められ、大木の端を噛みちぎるようにこそぎ取られてしまう。

 

「そんな! 丸太がやられた!」

 

 むきむきはこそぎ取られた部分に手刀をぶつけ、形を整える。

 そうして巨大な木杭を作り、ヒュドラの首を地面に縫い付けるように貫いた。

 

「よいしょー!」

 

 ヒュドラの動きを、一時ではあるが封じるための杭。

 めぐみんの要望通り動きを止めたむきむきは、大なり小なり胴体にダメージを与えていく段階に入る。

 ヒュドラの胴体を殴っていくむきむきの動きを見て、ゼスタは面白そうに口角を上げた。

 

「ほう」

 

 ゼスタのゴッドブローは十年単位で使ってきた技。

 スキルの補正で体が効率良く動かされ、その動きで悪魔やモンスターを屠ってきた技だ。

 以前見た時にその動きを焼き付けていたのか、今のむきむきのパンチのモーションには、ゼスタの動きを真似ていると見られる部分がいくつかあった。

 対人が想定されていた幽霊の技が、また別の大人の技を学ぶことにより、この世界に最適化された形に進化し始めている。

 

「牛歩であっても前に進み続けるのが若者の特権ですな」

 

 "自分の若い頃を思い出しますぞ"と笑って、ゼスタは支援魔法を発射する。なお、彼は子供の頃から一貫して変態だった。

 

「『パワード』! 『スピードゲイン』! 『プロテクション』! 『ブレッシング』!」

 

 筋力増加、速度増加、防御力増加に幸運増加。

 支援魔法を盛りに盛られた少年は踏み込み、敵の腹に向けて手刀を振り上げた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』! あっやべっまた詠唱忘れた!」

 

 クーロンズヒュドラの腹が切り開かれ、内臓が見えるほどに深く斬撃痕が刻まれる。

 動きは止めた。

 ある程度の肉体的ダメージを蓄積させ、腹も切り開いた。

 二度目の強化魔法も受けた。

 

 作戦の通りに行くならば、ここで次の段階に入ることになる。

 

「ゆんゆん!」

 

 むきむきは声で、ゆんゆんに次手のバトンを投げた。

 

 

 

 

 

 声で渡されたバトンを受け取り、ゆんゆんは杖先をヒュドラに向ける。

 

「『カースド・ペトリファクション』―――ッッッ!!!」

 

 いつもより大きな声で。

 いつもより大きな気合いで。

 いつもより多い、今の自分の全魔力を込めた魔法を発動する。

 昨晩手に入ったスキルポイントまでもを注いで強化した、対象を石化させる魔法であった。

 

 先の戦いで、ゆんゆんの魔法で受けたダメージ、むきむきの攻撃で受けたダメージ、爆裂魔法で受けたダメージから、めぐみんはヒュドラの魔法抵抗力にあたりをつけていた。

 ヒュドラの抵抗力は、おそらく高くはない。

 ドレイン系のスキルやバインド系のスキルに抵抗することもできない代わりに、強靭な肉体と規格外の再生力を持つタイプ。

 魔法への防御手段が、物理防御力しかないタイプ。

 

 それを聞きゆんゆんが提案したのが、石化魔法の使用だった。

 

「これが、私の、今の全力っ……!」

 

 ヒュドラの全身が石化していく。

 石化は破壊ではない。破壊部分に作用する再生スキルも、これでは発動しないだろう。

 ゆんゆんの魔力は、中級魔法でも普通の人間の上級魔法に匹敵するほどの域にある。

 そんな彼女が全魔力を込めた石化は、小島サイズの大怪獣ですら、たった一撃で丸ごと石化させていた。

 

(ヒュドラの全身が脆い石に変わった!

 再生もまだ働いてない。ここで、爆裂魔法以上の威力を叩き込めれば……!)

 

 ここまでは、順調だった。

 

 だがヒュドラは石化しただけで、まだ死んではいなかった。

 長い時間をかけて大地から吸い上げた魔力を全身に巡らせ、ヒュドラは最大限に魔力を活性化。

 全身にかけられた魔法効果を、膨大な魔力の循環で無理矢理に無力化し、一度は石になった自分の体を戻そうとし始めていた。

 

「!」

 

 これはめぐみんが大部分を考案し、ゆんゆんやゼスタなどが補強した作戦において、全く予想されていなかった予想外の行動だった。

 このままでは、作戦が失敗する。

 そう考えたアクシズ教徒の行動は早かった。

 

「『セイクリッド・シェル』!」

 

 主に悪魔などを封印するために使われる、封印の術式。

 術者の信仰心や捧げてきた祈り、発動の触媒などが成功率に影響するこのスキルは、アクシズ教徒達の女神アクアへの愛を糧として発動する。

 クーロンズヒュドラが瘴気等で魔としての側面を増大させていたこともあり、封印術式が力任せに作用して、ヒュドラの魔力循環の邪魔をした。

 忘れてはならない。

 嫌がらせや他人の足を引っ張るという分野であれば、アクシズ教徒に対抗できるものなど、それこそ紅魔族くらいしか居ないのだ。

 

「今よ、むきむき!」

 

「了解!」

 

 石になったクーロンズヒュドラを、アクシズ教最高のアークプリーストによって筋力強化されたむきむきが、持ち上げる。

 そしてそのまま、上空へと放り投げた。

 これでヒュドラは遥か上空。爆裂魔法を撃ち込んでも、仲間を巻き込む可能性はない。

 

「めぐみん!」

「むきむき!」

 

 ヒュドラが空へと舞い上がる最中(さなか)に、めぐみんは杖を通して魔力を高めて、むきむきはヒュドラを追い越すスピードで空に跳び上がる。

 地面に立つめぐみんと、投げ上げられたヒュドラと、跳び上がったむきむきが、その瞬間に一直線に並んでいた。

 

「奉霊の時来たりて此へ集う」

「黒より黒く闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆(こんこう)を望みたもう!」

 

 人類最強の攻撃手段を、杖という名の発射台に(つが)えるめぐみん。

 むきむきは空中で回転しながら急上昇したことで、燃える魔球の原理にて全身発火。

 空気を蹴って空中で止まり、重力と空気を蹴る力で加速しながら、全身を燃やし落ちていく。

 下から上に向けられた少女の杖とは対称的に、少年は上から下へと跳んで行く。

 

「鴆の眷属、幾千が放つ漆黒の炎」

「覚醒の時来たれり、無謬(むびゅう)の境界に落ちし理! 無形(むぎょう)の歪みとなりて現出せよ!」

 

 少女は空に巨大な魔法陣を描くのではなく、大地に極大の魔法陣を刻み、大地から空へと走る爆裂魔法の道を作る。

 トドメに狙う場所は、石化の直前にむきむきが切り開いた腹の傷口。

 彼女の決め技は、爆裂魔法。

 対し、彼の決め技はファイアーボール。

 トドメのファイアーボール、それは……むきむき自身が、ファイアーボールとなることだった。

 

「ファイアーボールッ―――!!」

 

「『エクスプロージョン』ッ―――!!」

 

「司祭ゼスタの名において命じます! 皆さん、全力を!」

「「「 『ブレイクスペル』! 」」」

「「「 『セイクリッド・ブレイクスペル』! 」」」

 

 上から下へ、背中を蹴り込む少年の蹴り。

 下から上へ、腹の傷の奥に押し込むような魔法の爆炎。

 二つの力が作用して、ヒュドラは体内で叩き込まれた魔法が爆裂。

 下と上、外と内からの二重衝撃により、再生を封じられ、脆い石となっていたヒュドラは爆散。

 

 再生などできようはずもないほどに、完璧に粉砕されていった。

 

「やったぁー!」

 

 ゆんゆんが達成感のあまり飛び跳ね、ぶっ倒れためぐみんを褒めに行こうと走る。

 アクシズ教徒達も皆喜び、大きな声を上げていた。

 

「下と上からの同時攻撃。確実に倒すための合体攻撃ってわけだ」

「昔見た二つの事故を思い出したよ。

 自分から壁に激突した馬車と、正面衝突した二つの馬車。

 二つを見比べると、後者の馬車の方が派手に壊れてたんだ」

「あーあったなそんなの。痛ましい事件だったぜ」

 

 そんなことを言っているアクシズ教徒達に、セナは眼鏡をくいっと上げて、恐ろしく冷たい語調で突っ込みを入れた。

 

「その事件の捜査担当者の一人として言わせていただきますが。

 あの事故は両方共お前達アクシズ教団が捨てたバナナの皮が原因だ」

 

「……」

「……」

「……」

 

「黙り込むなぁ! あれで怪我人が出ていたら、そこの全員ブタ箱行きになっていたと思え!」

 

 逃げ出すアクシズ教徒達。

 

「あ、こら待て!」

 

 追うセナだが、追いつけるはずもない。

 

「今日くらいお説教は無しで頼みますよー!」

「討伐成功討伐成功! 今夜は飲むぞー!」

「んひぃ、私は宴会と飲み会のためだけに生きてるんだー!」

 

 今日もアクシズ教徒達は楽しそうに生きている。

 彼らは強い。戦闘力というものを抜きにしても強い。

 こんな残酷な世界で、死んでいったものが生まれ変わりを拒否するほどに酷い世界で、彼らは毎日笑っている。

 それこそが強さ。彼らが持つ、周りに迷惑をかけるくらいの図太い強さ。

 

 こんな世界で好き勝手生きているということが、他人の常識や世界の普通なんて知ったこっちゃないと蹴り飛ばしていることが、毎日笑えていることが、彼らが持つ本質的な強さを、目に見える形で表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 皆で揃ってアルカンレティアに帰還して、アクシズ教徒達が街一つを丸ごと巻き込むような規模の宴会の準備を始める。

 

「いや、そんなに貰えませんよゼスタさん!」

 

「このクエストの主役はあなた達でした。

 一人三億、三人合わせて九億エリス。どうぞ、持っていって下さい」

 

 祭りのような宴会準備が行われているその横で、ゼスタとむきむきは報酬の件で話し合う。

 

「ハッキリ言いますが、アクシズ教徒が大金を持っても無駄遣いするだけです」

 

「本当にハッキリ言いましたね!?」

 

「まだ尻を拭く紙の方が紙幣より有意義に使われることでしょう。

 彼らに渡す金は、多少の借金を返せる程度の額で十分です。

 この宴会の開催費用に使って、残りを参加者で山分け……それでも多いくらいでしょうな」

 

 所詮は泡銭(あぶくぜに)。理性的に金を使っていけない教徒も多いアクシズ教団では、文字通り銭が泡のように消えていってしまうと考えるべきだろう。

 

「最前線で戦っている冒険者は皆このくらい稼いでいると聞きます。

 持ち歩けないと思うのであれば、ギルドにでも預けてみては?

 最上位の魔剣や魔杖が欲しくなれば、億単位の金がかかるでしょう。

 今は使い道を思い付かなかったとしても、金はあって困るものでもありますまい」

 

「それはそうでしょうけど……」

 

「ですが無理にとは言いません。

 要らないのであれば、我らアクシズ教団の布教活動資金に……」

 

「喜んで頂きます」

 

 金銭欲ではなく、"アクシズ教徒にこんな膨大な活動資金を与えてはいけない"という思考から、むきむきは金を受け取ることを決めた。

 ゼスタはニコニコと微笑んでいて、どうにも手の平の上で転がされている印象が拭えない。

 

「あの、こんな大金貰っても僕らも使い途が無いですが……

 もしかして、僕らの助けになると思って善意でこれを……?」

 

「それもありますが、私の勘がそうするべきだと言っています。

 ここであなたを助けておけば、それがアクア様の助けになる気がしまして」

 

「は、はぁ」

 

 底が見えない。

 普段はただのセクハラ親父なのに、器の大きさが測れない。

 常に微笑みを崩さず、自分を隠しているわけでもないように見えるその在り方は、透き通っているのに底が見えない海のようだった。

 

「そういえばセシリーさんの姿が見えないですね。

 戦いの前に強化魔法をかけてもらったお礼を言いたかったんですが……」

 

 底が見えない、と思ったむきむきは、同じように底が見えないというか、素の自分を見せているように思えなかった一人の女性を思い出した。

 アクシズ教徒達が宴会の準備をしているのに、セシリーと呼ばれていたかの女性の姿は見えない。

 ゼスタはむきむきの言葉に一瞬疑問を持ったようだが、すぐにむきむきがそう言った理由を理解して、口を開いた。

 

 

 

「彼女はアクシズ教団の人間ではありませんよ?」

 

 

 

 その、異常と違和感を感じさせたかもしれない事実に。

 その言葉を発したゼスタも、聞いていたむきむきも、何の違和感も持っていなかった。

 

「そうなんですか?」

 

「ええ、彼女は我が教団の優秀なシスターと同名の方でしてな。

 他宗派の人間ながら、アクシズ教徒に敬意を持って我々に協力してくれていたのです。

 なんでも、アクシズ教に興味があり、その教えを学びたかったのだとか」

 

「他の宗教にも変な人は居るんですね……」

 

「どうやら学びたいことを学び終えたようで、既に街を出て行かれましたよ。

 ですがあの感じなら、アクシズ教徒に改宗してくださることでしょう!

 いやめでたい! おっぱいも大きかったですしな! はっはっは!」

 

「あはは……」

 

「他宗派の支援魔法は重複します。

 むきむきさんもとんでもない力が出ていたでしょう?

 支援魔法一つでは、流石にあれほどの力は出ません。

 アクア様とはまた別の神を崇め、その力を借りていたのでしょうな」

 

「成程……エリス様とか?」

 

「ご冗談を。我々がエリス教徒を一時でも仲間に迎え入れるはずないでしょう」

 

「あ、確かに」

 

「いくつかあるマイナー神でしょうな。このご時世に、珍しい」

 

 彼らが彼女に疑問を持つには、あまりにも情報が足りていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは、変装の解除という名の、変身だった。

 

 全身を隠すフード付きのローブを脱ぐ。

 髪の色と質を誤魔化すための金髪のカツラを脱ぎ捨てて、本当の髪を縛っていた紐をほどいて、纏めて上げていた肩まで伸びる黒い髪を開放する。

 口の中に入れていた入れ物の型を外して、それで頬を押し膨らませふっくらとした口周りを作るのをやめ、ほっそりとした顔つきに戻す。

 肩パッドとシークレットブーツを外し、少々背の高いややガッシリとした外見作りを止め、やや身長が低い華奢な自分を取り戻す。

 

 よく見ると分かる程度に、荒れた農家の娘のような手を偽装するスキンタイプのアームカバーを外し、白魚のような細く綺麗な手を露出する。

 目の色、声の質、纏う雰囲気を変える魔法も解除する。

 嫋やかに動いた指が目の下をこすれば、泣き黒子を隠していた塗料も剥がれる。

 田舎っぽく地味で色気の無い露出少なめな女性は消えて、代わりに妖艶で女性的で露出の多い女性が現れた。

 

 絶対に同一人物であると見抜けない、そんな変装。

 変装技術に長けた者でも、魔法のせいで見抜けない。

 魔法を解除できる者でも、魔法抜きの変装だけで十分なせいで見抜けない。

 魔法、スキル、そして単純かつアナログな変装技術。

 それらを複合的に組み合わせた彼女の変装は、事実上誰にも見抜けないものだった。

 

 おそらくは、人間の文明圏で破壊工作などを行っても、変装解除後の『黒髪の女』としてしか目撃情報が残らないほどに。

 

「クーロンズヒュドラ討伐ご苦労さん。褒めてやるよ、紅魔族とアクシズ教団」

 

 セシリーと名乗っていた女性は、森の中でドッペルゲンガーという、魔王軍に所属するモンスターに跪かれていた。

 

「お疲れ様でした。セレスディナ様」

 

 セレスディナの名前のスペルをいくつか抜いて、アクシズ教団に親近感を抱かれるように組み上げ、セシリーという偽名を名乗っていたこの女性は。

 魔王軍の幹部であり、同時に()()()()()でもあった。

 

「しかし、もう少し本名から遠ざけた偽名を使ってもいいのでは?」

 

「いいんだよ、これはあたしの趣味だ。

 第一『セレスディナが使う偽名』としてなら、『セナ』の方が近いだろ」

 

「……ああ、確かに。あの検察官の参加も予想済みでしたか」

 

「AがBを疑うかどうかをCの立場から見る。

 これ以上に人が疑念を抱く瞬間を見逃さない構図もない。

 あいつらが影で動く存在に感づいたとしても、その瞬間あたしも感づいてたさ」

 

 セレスディナがやったことはシンプルだ。

 アクシズ教団に入り、色んな人物を影で動かし、クーロンズヒュドラを移動させ、アクシズ教徒のカレーの書類に0を二つ書き加え、そのまま教徒を唆して今回のクエストを誘発し、その過程で警戒対象の紅魔族とアクシズ教徒の冒険者カードを確認する。

 工作員として幹部入りした彼女には、造作もないことだった。

 

「ほらよ、アルカンレティアのアクシズ教徒の職業とステータスとスキルの一覧だ」

 

「はい、確かに」

 

「んでこっちは例の紅魔族の方の職業とステータスとスキルの一覧」

 

「こちらも確かに」

 

「性格分析は後日改めて提出する。

 性格分析があれば、この先レベルアップでどんなスキルを取るかも見当は付くだろ」

 

「筋肉と爆裂は、まあ分かるとして。

 残りの一人は次に何のスキルを取ると予想しますか?」

 

「後で書類出すからそれまで待ってろっての」

 

 この世界において、大半の人間はステータス以上のことも、所有スキル以上のことも、職業の枠を飛び出したこともできない。

 この世界は、基本的にシステマチックであるからだ。

 剣技は剣スキルのスキルレベルという形で表され。

 爆裂魔法はスキルレベルで消費魔力と威力が決定され。

 詠唱や補助スキル等で多少は変動するものの、爆裂魔法でさえシステム的な処理が行われる。

 

 そのため、冒険者は自分のカードの中身を共闘する仲間くらいにしか見せたがらない。

 冒険者カードを見られれば、"自分にできること"が全て露呈してしまうからだ。

 

「そうだ、レッドとピンクに『よくやってくれた』と伝言頼むな。

 クーロンズヒュドラの運搬なんて面倒なこと、よくやってくれた」

 

「自分からすれば、それができるという時点で驚きですよ」

 

「あの二人の能力からすれば難しいことでもない。

 だから探してるんだけどな、モンスター使役の神器……

 レッドの能力と対になる、同系統の能力を持てる道具だっつー話だから」

 

「もう少しベルゼルグ貴族に探りを入れてみましょうか?

 あちらの貴族の誰かが持っていることは、まず間違いないと思いますが」

 

「やめろやめろ、今危ない橋を渡るんじゃねえ。

 お前らドッペルゲンガーはもう三人しか居ねえんだ。

 その貴重な能力と命を、危ない橋渡って浪費しようとするな」

 

 ドッペルゲンガーは、人間の姿をそっくりそのまま模倣できるモンスターだ。

 女神でさえ、ひと目見ただけでは人と区別がつけられない。

 記憶や精神までそのままコピーできないのは難点だが、人間社会に潜り込ませるスパイとしては優秀であり、人間からすれば悪夢のような存在である。

 

「先日も一つ、前線の勇者パーティを崩壊させました。

 人間は絆を謳いながら、外見でしか仲間を見分けられない愚かな生き物です。

 バレるはずがありません。自分は上手くやってみせますよ、セレスディナ様」

 

「そうやってエリスに目をつけられて何人潰された?

 十年前は二桁は居たよな、魔王軍のドッペルゲンガー。今何人生き残ってる?」

 

「……」

 

「調子に乗るな。あの女神は、能力以上に頭が回るぞ」

 

 人間の魔王軍幹部だけが持つことができる、唯一無二の強み。

 

 それは、戦力差があろうとも人間を舐めないこと、そして人間を理解できるということだ。

 

「いいか、これは情報戦だ。

 お前らが果たすべき最も重要な指示は、あたしの手足で在り続けること。

 余計なことはするな。仕掛けるべき時は全員で連携しろ。手堅く行けば勝てる戦争なんだ」

 

「……はい。無礼をお許し下さい、セレスディナ様」

 

「分かってくれりゃいいんだ。お前らの能力の高さは、あたしがちゃんと知ってる」

 

 魔王軍幹部、セレスディナ。

 得意分野は策略と謀略。

 人間をよく理解した作戦立案と、情報操作による籠絡と調略。すなわち『戦わずして殺す』ことを得意とする、魔王軍のブレインの一人。

 

「お前らは数が少ないんだ。ドッペルゲンガーの損耗は無視できない。

 自分の身の安全を第一に考えろ。

 人類側の戦力を削ることより、潜伏を続けることに集中しておけ。どうせもう長くない」

 

「長くないとは、やはり?」

 

「ベルゼルグのことだよ。次の大侵攻で王都は落ちる」

 

 ここ数年、魔王軍と人類の戦いは、少しづつ魔王軍有利な形に傾いている。

 

「それまでは小規模に気を引く侵攻だけになる。ゆっくり休んでおけ」

 

 王族も、転生者も、女神も、それら全ての存在と強さを認識した上で。

 

 セレスディナは、魔王軍の勝利を時間の問題でしかないと認識していた。

 

 

 




 闇のビッチ(ダークサイド)(処女)のセレスディナ。セナ=セレスディナ仮説をずっと妄想してたりするのですが、とりあえずこの作品においてはセナ≠セレスディナ設定で話を回していきます

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