「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

15 / 63
 主人公の名前が○○○キ・カズマだったので、むきむきとカズマさんが居ればムキムキカズマになって仮面ライダー剣とかできますよきっと。カテゴリーA(qua)もありますから
 ヒロインははじめぐみん
 はじめぐみんのヒロインはダクネちゃん


2-3-2

 アクシズ教徒が世の中の役に立つ頻度は、ガリガリ君を買って当たりが出る確率以下である。

 だが、役に立たないわけでもない。

 典型的なアクシズ教徒のスタンスはゼスタを見ればお察しだが、それとは別に本当に数少ないまっとうな精神性を持つ信徒が、世の中の役に立っていたりもするからだ。

 そういった信者が社会の役に立つ行為の代名詞が、『水質改善の魔法(ピュリフィケーション)』である。

 

 女神アクアは一説によれば、触れただけであらゆる汚水を綺麗な真水に変える力を持つという。

 神学的に考えれば、これは水の女神としてのアクアの性質がそのまま現れたものであり、『人の住めない場所を人の住める場所にする』『汚水を消す現象は人を守るという神の庇護、真水を生むという現象は人に恵みを与えるという神の慈悲を表す』という風に解釈が可能だ。

 とはいえ、女神アクアがこの世界に降り立ったことはない。よって確かめるすべもない。

 これは学説ではなくただの伝承であり、本来ならば与太話の類である。

 

 それでもこれが『一説』として扱われているのは、アクシズ教徒――正確には神の力を借りるアクシズ教のプリースト――が、この力の一端を魔法という形で行使できるからだ。

 

「汚染された湖の浄化クエスト、か」

 

 ゼスタが持って来たクエストの内容は、モンスターが住み着いてしまうほどに汚染された、とある湖の浄化クエストだった。

 このクエストもクリスが持って来たクエスト同様、難易度は高くないようだ。

 クリスもゼスタもそうだったが、クエストに誘う目的の中に"利益のため利用してやろう"という意思がほとんど見られない。見られるのはせいぜい"仲良くしよう"という意思くらいのものだ。

 神や宗教に関わる人間の傾向なのだろうか?

 彼らはむきむき達と親交を深めることくらいしか目的がないようにさえ見える。

 

 ゼスタの対面に座り、むきむきはとりあえず抱いた疑問を口にした。

 

「でもこんなの、アクシズ教の人達だけで問題なく片付けられるんじゃないですか?」

 

「今回の浄化作業中に、おそらくブルータルアリゲーターというモンスターが現れます」

 

「ブルータルアリゲーター?」

 

「ワニのモンスターですよ、むきむき」

 

「ありがと、めぐみん。で、それがどうかしたんですか?」

 

「紅魔族の皆様には、それらの介入を殺さずに阻止して欲しいのですよ」

 

「殺さず……?」

 

 奇妙な話だ。冒険者に、それもクエストで、モンスターを殺すなとは。

 

「ちょっと見てみましょうか、今回のクエストに参加するアクシズ教徒達を」

 

 ゼスタに連れられ、チーム紅魔族は町の入口近くに移動する。

 そこには既に、アルカンレティア屈指の信仰心を持つアクシズ教徒達が集まっていた。

 メイスやら杖やら、剣やら槍やら、様々な武器を持つ様々な職業の者たちがひしめいている。

 一番多いのはアークプリーストであったが、それ以外の職業も多かった。

 

「この辺のモンスターなら、アクシズ教徒は難なく殲滅できますな」

 

「怖っ! 僕ら要らないんじゃないですか!?」

 

「問題は討伐対象がブルータルアリゲーターだということです。

 こいつは倒すのは難しくないんですが、倒すと強烈な毒素を撒き散らします。

 なので、迂闊に倒すと水質は悪化してしまいます。

 体内に毒を持つことで捕食を免れているタイプのモンスターというわけですな」

 

「……それで、倒さずどけてほしい、と」

 

 陣形としてはブルータルアリゲーターを筋肉でどかすか魔法で足止めする紅魔族チームと、アークプリースト達の盾となる防衛ラインチームと、湖を浄化するアークプリーストチームに分かれることになるだろう。

 ブルータルアリゲーターは清浄化した水を嫌う。

 浄化が完了すれば、いずれはどこかへ行くはずだ。

 この作戦に参加する者で、役に立てない者など、めぐみんくらいのものだろう。

 

「ちっ、また爆裂魔法が使えないシチュエーションですか」

 

「どうどう」

 

「あー、世界を滅ぼす破壊神とか突如復活しませんかねー。

 全力で爆裂魔法ぶっ放してもいい頑丈な感じの的とか出てきませんかねー」

 

「こんな理由で破壊神の復活を切望する人とか他に居なそうだぁ……」

「居なそうじゃなくて居ないのよ、居たら怖いわよ……」

 

 ラストエリクサーならぬラストクラッシャーであるめぐみん。彼女の活躍の場が無いことこそが平和の証明である。

 このクエストも彼女が爆裂魔法を撃たないまま終わることを、ゆんゆんは切に願っていた。

 

「あれ?」

 

 アクシズ教徒が集合してワイワイやっているその光景の中に一人、アクシズ教徒の輪の中に入っていない人物が居る。

 その人物は、アクシズ教徒特有の雰囲気が全く感じられない女性だった。

 むきむきがその人物に気付くと、その人物がむきむきに歩み寄って語りかけてくる。

 

「初めまして。自分は王国検察官のセナと申します。

 紅魔族の方と見受けしますが……デカ……こ、こほん。

 今回このアクシズ教徒達がこのクエストを受けた経緯については、ご存知ですか?」

 

「経緯?」

 

「……どうやら、何も知らないようですね」

 

 王国検察官は何かしらの容疑をかけられた対象、それも国家レベルでの対応が必要となると想定された対象を調べ、その罪状を調べ上げる役職だ。

 それが今、ここに居る。

 アクシズ教徒の中に混じっている。

 嫌な予感しかしなかった。

 

「ここに、一人のアクシズ教徒が居ます」

 

「あたしのせいじゃないもん……」

 

 嫌な予感が倍加した。

 

「以前、ある貴族が金を出して大規模な食糧支援が行われました。

 それ自体は、民に嫌われていた悪徳貴族のご機嫌取りでしたが……

 食糧支援そのものは喜ばしいことです。

 貴族が金を出し、下請けがそれを請け負う話になりました。

 それがどこでまかり間違ってしまったのか、アクシズ教が受けてしまったのです」

 

 嫌な予感が二乗化した。

 めぐみんはもう話のオチを読みきったのか、やる気なさそうにあくびをしている。

 

「このアクシズ教徒はそれでやらかしました。金額請求が後だったのをいいことに……

 ただでさえ大規模な食料支援だったというのに、その事業の食料の桁を二つ間違えたのです」

 

「桁二つ!?」

 

「貴族の方は善良で懐が深い自分をアピールするという目的があったため泣き寝入り。

 まあ、それで責めたり賠償を求めたら元の木阿弥ですからね。

 食糧支援も当然ながら需要と消費量を完全に超過。カレーという名のゴミが大量に出ました」

 

「あたし悪くないもん……うっかりしちゃっただけで、よかれと思って……」

 

「大量のカレーは大量の廃棄リソースを必要とします。

 普通のゴミ処理施設でどうにかなるものでもありません。

 ベルゼルグ王国は、このアクシズ教徒にカレーゴミの廃棄を求めました」

 

「かねんゴミもかれーゴミも似てるじゃん、楽じゃん、って思ったんだもん……」

 

「人里離れた場所、生態系に影響を与えない所で穴を掘って捨てろと命じました。

 できなければ、他の安全な手段で廃棄せよと我々は命じたのです。

 ですが……この者はよりにもよって、その大量のカレーを、湖に捨てたのです!」

 

「よかれとおもって、よかれとおもって……」

 

「もうお分かりでしょう! 水質汚染の原因は! この阿呆なアクシズ教徒が原因なのです!」

 

「わあああああああああああっ!」

 

 泣き出すアクシズ教徒に対する、セナの視線は冷たい。

 めぐみんはやる気なさげな顔で視線すら向けず、ゆんゆんは呆れた顔で額に手を当てていて、むきむきは"女の子が泣く"というワンモーションだけでちょっとだけ同情してしまっていた。

 

「何よ何よ何よ! あたしばっかりいつもいじめて!

 あたしのカレーをウンコみたいとか、ウンコをカレーみたいとか!

 そういう風に言われるのが嫌だったから!

 あたしは何でも許してくれるアクア様を信仰するようになったのよ! アクシズ教万歳!」

 

「!?」

 

「ふざけないでよ自分に都合のいい時だけカレーをウンコ扱いしないとか!

 ウンコを水に流して何が悪いのよ! 皆流してるじゃないの!

 湖が汚れたなんてもののついでじゃない! あたしの失敗も水に流しなさいよ!

 うわあああああああああああああああああああああああああああああああああんっ!!」

 

「ぎゃ、逆ギレが始まった!」

 

「反省の色が見られない!」

 

 アクシズ教徒は有能だ。

 普通、国が気付く前に湖を汚染しきるほどのカレーゴミを運搬し、湖に廃棄しきるなど不可能の荒業だ。凡人には真似出来ないだろう。

 アクシズ教徒は積極的だ。

 アクティブで、常に前を向いて爆走している。

 だが、どんなに大きな数字でも-1をかければ-の数字になるように、アクシズ教徒はどんなに有能だとしても、『アクシズ教徒だから』という理屈で最後に-の数字になる。

 

 大泣きしているこの元凶の女性こそ、アクシズ教徒の鑑と言えるだろう。

 

「いいのです、アクア様は全てをお許しになるでしょう」

 

「ぜ、ゼスタ様……!」

 

「アクア様はおっしゃられました。

 『アクシズ教徒は皆やればできる子』

 『やってできなかったなら、それは世間の方が悪い』

 悪いのは世間です。頑張った貴女が認められないなど、あってはならないのですよ」

 

「ゼスタ様ぁー!」

 

 それを慰めるゼスタは、まさしくアクシズ教団司祭の鑑。

 こうしてずぶずぶと深みに招いて、ディープなアクシズ教徒を誕生させるのだ。

 完成したアクシズ教徒はあらゆる悩みが吹っ飛び、人生が楽しくてしょうがなくなったりするので、一概に悪と言い切れないのがタチが悪い。

 

「と、いうわけです、むきむき殿!

 親睦を深めながらこのクエスト、絶対に成功させましょう!」

 

「この流れでその言葉が出て来るのは逆に凄いですね!?」

 

 元凶はアクシズ教徒だというのに、ゼスタの言葉には申し訳無さなどが全く見られない。

 事ここに至っても、むきむき達と仲良くなろうとすることが第一目標であるようにさえ見える。

 

「あ。それじゃセナさんがここに居るのは、湖の浄化が完遂されるのを見張るため?」

 

「それもありますが、厳密には違います。

 今現在、アクシズ教徒は特別指定注意団体に指定されようとしています。

 ……要約すれば、検挙されていないだけのマフィアと同じ扱いになるということです」

 

「え」

 

「このクエストに失敗したなら、その時点で申請が通るでしょう」

 

 むきむきが咄嗟に周囲のアクシズ教徒を見回すが、確かによく見ると笑顔が引き攣っている者が数人見える。

 その者達は、ここで失敗すればアクシズ教がヤバいということを分かっているのだろう。

 だが、それだけだ。その数人だけだ。

 それ以外のアクシズ教徒は、自分達の未来がかかっているというのにふんわりしている。

 「水の浄化するだけじゃん、楽勝!」とか思っているのだろう。

 緊迫感がまるでない。実にアクシズ教徒らしかった。

 

 指定暴力団のようなポジションに叩き込まれれば、アクシズ教団もこの先かなり面倒臭いことになるだろう。国からの見張りも増え、やらかそうとすれば国が止めに入ってくるのだから。

 アクシズ教徒は国を敵に回しても平然と生き残るだろう。

 けれども、新しくアクシズ教徒に入る人間は著しく減ってしまうはずだ。

 女神アクアを崇め、アクシズ教を広め、面白そうな人材を片っ端から入信させていくことを良しとするアクシズ教徒からすれば、それは最悪である。

 

 学習能力は無いが、とりあえず目の前のことには自分なりにぶつかっていくのがアクシズ教徒。

 このクエストの結末は、誰にも予想できないものになっていた。

 

「と、いうわけです、むきむき殿!

 親睦を深めながらこのクエスト、絶対に成功させましょう!」

 

「この流れでまだその台詞が言えるんですか!?」

 

 筋金入りだ。

 どんな状況でも自分らしさを失わないこの度胸。

 女神アクアの教えを体現するスタンス。

 教団の存続に全力を尽くしつつも、誰かと仲良くすることを重視する行動原理。

 楽しければいいや、な精神性。

 ゼスタは筋金入りのアクシズ教徒であった。

 

 

 

 

 

 とりあえずこれでアクシズ教徒を振り切って次の街に行けるかもしれない、と思いつつ、ゆんゆんは馬車から外の景色を眺めていた。

 出自が分からず「どっか別の世界の技術なんじゃね?」と言われる技術によって、この世界の馬車の揺れは少ない。

 とはいえ、馬の動きが速いために馬車の揺れは地球のそれとさして変わらない。

 

 めぐみんは黒猫の使い魔(ちょむすけ)を優しく撫でていて、むきむきはアクシズ教団の人間に絡まれていた。今は、セシリーと名乗った女性と話している様子。

 そしてゆんゆんは、ゼスタに絡まれていた。

 

「ほう、紅魔族の皆さんは意味のない詠唱もすると」

 

「そうなんですよ。私それが恥ずかしくて恥ずかしくて……」

 

 ゆんゆんの感性は、里の外の人間のそれに近い。

 里の中ではまともに受け入れられることもなく、常に浮いていたゆんゆんの性格も、里の外では普通の範囲内だ。

 そのせいか、ゆんゆんは里の人間よりもゼスタの方が話しやすい様子だ。

 無論、ゼスタがふざけていない時だけ、と前提が付くが。

 

「紅魔族風の厨二詠唱なら私もできますぞ、ゆんゆん殿。

 滲み出す白濁の性欲!

 不遜なる性器の器!

 起き上がり・硬化し・痺れ・感じ・眠りを妨げる淫行する鉄の王女!

 絶えず自慰するエロの人形!

 結合せよ 反抗せよ 痴に満ち 己の無力を知れ! 破道の九十! 黒乳首ッ!」

 

「ゼスタさん、いい反応するからってゆんゆんにセクハラするようなら、指折りますよ」

 

「おおっと、土下座しますので私の指を掴むその手を離してくださいますかな痛い痛いッ!」

 

 エロネタでセクハラをかましてくるゼスタの指をむきむきが掴み、インターセプト。

 

「ありがと」

 

「どういたしまして。ゆんゆん、気弱そうに見られて目を付けられてるんじゃ……」

 

「うっ」

 

 アクシズ教はおっぱい好きも、ロリ好きも居る。

 そのためか条例でアクシズ教徒が子供に近付くことを禁止している街も多い。

 めぐみんも、ゆんゆんも、むきむきも、等しくアクシズ教徒の性対象だ。

 真面目で気弱そうにも見えるゆんゆんは、ちょっと危うい。

 むきむきはゆんゆんと席を替わってやり、ゼスタの指の骨をいつでも折れるよう握り続ける。

 ゆんゆんにセクハラした時点で折る気は満々だったが、彼は生来の優しい気質でそれを抑え込んでいた。

 

 しかし、ゆんゆんの受難は続く。

 席を替わってもらった先では、王国検察官のセナと例の元凶のアクシズ教徒が騒いでいたのだ。

 

「ですから、いい加減己のしでかしたことの重さを認識して欲しいと……」

 

「反省してるもん! ねえそこの女の子!

 あたしは反省してるし、言われてるほど悪くないよね!?」

 

「え、私!? わ、私こうまぞく。こうまぞくむずかしいことよくわからない」

 

「変な声出して誤魔化そうとしてもそうはいかないわよ! あたしの味方になって!」

 

 ゆんゆんはめぐみんに目で助けを求めるが、めぐみんは窓の外に見えるイノシシのモンスターの交尾をつまんなそうに見ていた。反応なし、助けなし。ゆんゆんに逃げ場なし。

 

「湖にカレーを捨てようという発想がおかしいと、自分は言っているんです!」

 

「何よ! アクア様だったら

 『魚にいい餌を与えましたね。

  人に食べられるだけの魚に餌をやるその心優しさ、素晴らしい!』

 と言ってくれるわよ! ねえ、ゆんゆんちゃんもそう思うでしょ!」

 

「思いませんよ! そんなこと言う女神がいるわけないでしょ!

 自分のやらかしたことを崇める女神のせいにして恥ずかしくないんですか!?」

 

「わああああああああっ!」

 

 味方に引き込もうとしてくるアクシズ教徒を蹴散らして、ようやく馬車の中の安息を勝ち取ったゆんゆん。

 自分の居場所は、自分で勝ち取るべし。世の中はそういう風に出来ている。

 ちょっとづつ、ゆんゆんもたくましくなっているようであった。

 

「ロリ……」

「ロリっ子……」

「我が教団にもとうとうロリっ子が……?」

「愛でたい……」

 

「おう、私をロリっ子扱いするようならお前達は明日には死を見ることになるぞ」

 

「し、死!?」

 

「冗談ですよ、半分くらいは。なのでばくれつパンチで半殺しにしますね」

 

「気を付けろ! このロリっ子、この紅魔族の中で一番喧嘩っ早いぞ!」

 

「まーたロリっ子って言いましたね!」

 

「うわっ、いてっ!」

「しまった! ロリに興奮しすぎていじりの程度を見誤ったぞ!」

「むきむきさん呼べー! ロリ殺されるぞ!」

「ロリ殺される! ご褒美です!」

 

 ちなみにゆんゆんとは違い、アクシズ教徒はデフォルトでたくましかった。

 

 

 

 

 

 アクシズ教徒軍団と紅魔族チームという、この世界でもトップクラスに頭がおかしい集団を組み合わせたドリームチーム。

 頭のイカレ偏差値で言えば魔王軍すら上回る彼らは、かくして湖に到着した。

 

「ゼスタ様の加齢臭と湖のカレー臭のコントラストが凄まじい……」

 

「そこのアクシズ教徒、クエストの後で私の部屋に来るように」

 

 カレーと、カレーを栄養にして繁殖した微生物、それを餌にして爆発的に増えた水生生物とモンスター、この環境を好む凶暴なワニのモンスター・ブルータルアリゲーター。

 それらの生物の排泄物や分泌物、排出された毒素や魔素、腐敗を始めたカレー等の大量の有機物により、湖は相当に酷いことになっていた。

 人が湖に持つイメージより、沼に持つイメージの方が近いだろう。

 

「ゼスタ様、事を始める前に皆さんで冒険者カードを確認し、できることを確認しては?」

 

「おお、名案ですな、セシリーさん」

 

 セシリーと呼ばれた女性の提案を聞き、皆が戦闘前にカードのスキル欄と職業欄の内容を伝え合う。アクシズ教徒とは思えないくらいに多様で優秀な人物達が確認できた。

 ゆんゆんの時には特に大きな反応が出て、めぐみんは「どうせ出番はないので私はいいです」と人の輪から外れるも、むきむきと楽しそうに話している教徒達を見て、ふと思ったことをそのまま口にした。

 

「そういえば皆さん、むきむきの体格見ても驚かないんですね」

 

「ははは、先日異常個体のマンティコアってやつと戦ったんですよ」

「ゼスタ様がエリス教徒に『この名前からティアを抜けば完璧ですな』とかセクハラしだして」

「じゃあ実際に討伐して持ってきた方がいいんじゃね? みたいな話になって」

「いやああれはデカかった。むきむきさんよりデカかったな」

「あのマンティコアがゆんゆんさんの胸なら、むきむきさんのはめぐみんさんの胸だ」

「先に大きいもの見てると驚き薄れるよねえ」

「ですなあ」

「いまさら驚かないよ。外見抜きに接してみれば純朴なただの子供だし」

 

「皆さん、威力が高すぎて今回使えないと思われる私の極大威力魔法、食らいたいんですか?」

 

 アクシズ教徒の懐は広い。むきむきの巨体さえ受け入れられるほどに広い。そのせいで、めぐみんの癇に障る面倒臭い者も多々抱えている様子。

 対しむきむきは、普通に受け入れられていることに感激しているようだった。

 

「めぐみん、めぐみん。この人達、基本迷惑だけど実はいい人達かもしれない」

 

「あなたはその爆裂的なチョロさをどうにかできないんですか?」

 

 むきむきとゆんゆんはその性格上、何か歯車が一つ噛み合ってしまえば、アクシズ教徒に引き込まれてしまいそうで、めぐみんは密かに危機感を感じるのであった。

 

(実力だけあるお人好しが二人……なんというか、いかにも悪辣な手合いに負けそうな感じが)

 

 友人が悪の道に落ちるのも嫌だが、アクの道に堕ちるのはそれ以上に嫌なもんである。

 むきむきは生真面目にアクシズ教徒のために色々と考えているようで、今はセナとゼスタと一緒に湖全体を俯瞰していた。

 

「広い湖ですね。この規模の湖を浄化し切るのは流石に無茶じゃ……」

 

「検察官の端くれとして言わせていただきますが、おそらく余裕ですよ」

 

「え?」

 

 セナが嫌そうな顔でアクシズ教徒の力量を裏付けすると、ゼスタが人の良さそうな笑顔で微笑んだ。

 

「アクシズ教徒は質が売りです。信仰心でも、実力においてもです。

 一人一人が高魔力持ちな上、これだけの人数が揃っているのです。余裕ですよ。

 以前魔王軍が攻めて来た時も、アクア様の名の下に押し返してやりましたとも、はっはっは」

 

「流石紅魔の里に一番近い街の人……」

 

 そうこうしている内に準備完了。

 倒すと毒を撒き散らすカメムシみたいなワニを、むきむきが処理する段階に入る。

 ブルータルアリゲーターとアクシズ教徒のどっちの方がカメムシに近いんだろう? と意味もないことを考えてぐでっとしてるめぐみんに一言残して、むきむきは湖の周りのアクシズ教徒の群れの中に混ざっていった。

 

「筋肉は見るからに有るけど、スキル無しで大丈夫なのかい?」

 

「何度作ってもバグっちゃうんです、僕の冒険者カード。

 転職もスキル取得もできなくて……なので、基本はステータス任せの力勝負になります」

 

 先程のスキルと職業の開示の件でむきむきを心配する者も居たが、むきむきはちょっと自信なさげに大丈夫だと言って行く。

 

「大丈夫ですよ、多分おそらくきっと。大丈夫かもしれません、多分。最善を尽くします」

 

「徐々に不安になっていく感じに素の自分出していくのやめないか!」

 

 湖に足を踏み入れるむきむき。

 弱い生物は水の振動を感知して逃げ、ブルータルアリゲーターは水の振動から餌の接近に気付くやいなや、その全てがむきむきへと襲いかかる。

 結果は案の定。

 分かりきった結末が、彼らを迎え入れていた。

 

「そいっ、そいっ、そいっ」

 

「ブルータルアリゲーターが、ゴミ箱に投げ捨てられる紙くずみたいだぁ」

「表現が控え目っすね……」

「こら楽勝だわ。プリーストの皆、浄化開始! 他の人も油断せず護衛開始!」

 

 むきむきはワニの尻尾を掴んで、殺さないように遠くへポンポンと投げる。

 時々力を入れすぎて暴投して雲の上まで飛んで行ったりもしたが、ブルータルアリゲーターが見事な着水と耐久力を見せて生還、芸好きのアクシズ教徒の拍手を貰ったりもしていた。

 その間、プリースト達による水質浄化がポンポン放たれていく。

 何の役目も割り振られていないめぐみんと、プリースト達の護衛に再配置されたゆんゆんは、何をするでもなく浄化されていく湖の水を眺めていた。

 

「うわっ、凄い……『透明』って絵の具で、風景を塗り潰してるみたい……」

 

 アクシズ教徒がやらかした湖の汚染だが、これだけの量の水を浄化できるのもまた、アクシズ教徒だけだろう。

 お目付け役のセナも、露骨にホッとした表情を見せている。

 "とりあえず問題は解決され、現状維持"という結果が得られそうなので、役人の彼女からすれば望ましい流れになっているのだろう。

 

「勝ったな」

「やったぜ!」

「俺、このクエストが終わったらエリス教のシスターの胸揉むんだ」

「これだけの浄化を受ければ、この湖の水もひとたまりもあるまい」

 

「!?」

 

 重度のアクシズ教徒には、芸人魂が芽生えることがあるという。

 彼らは特に何も考えず、ごく自然に無意識に、よろしくないフラグを立て始めた。

 やがて、その言葉に呼応するかのように、湖の水が隆起し始める。

 清浄化された水が周囲に押し流され、ワニ達も水と一緒に陸に打ち上げられていく。

 

「立った……フラグが立った……!」

 

「違いますよ! 立ったのはフラグじゃなくて、湖底に居たとても大きな何かです!」

 

 湖底から何かが上がってくる。

 その際に陸に流れ出した水が、水流で人々の足を取り何人かを転ばせた。

 巻き上げられた水が空中で散乱し、周囲に大粒の雨を降らせる。

 湖の近くに居た多くの人間は、太陽さえも遮るその竜の凄まじい巨体を、呆然と見上げて見つめていた。

 

 むきむきも、本物のドラゴンのゾンビを見たことはある。

 改造品の巨大なドラゴンを見たこともある。

 だが、これはその比ではない。

 『小島』だ。

 小島がそのまま動き出したかのような、圧倒的で絶対的な巨大さがある。

 

 最悪なのは、その小島がモンスターであり、人に明確な敵意を持っているという点にあった。

 

「で……でけえッ!!」

「ドラゴン!?」

「違う、ヒュドラだ! というかこいつ、八つの首ってもしかして……!」

 

 それを見て、ゆんゆんの横に居たセナが顔を青くして叫んだ。

 

「クーロンズヒュドラ!?」

 

「知っているんですかセナさん!」

 

「冬将軍の首が二億エリス!

 魔王軍幹部の首が三億エリス!

 この賞金首の首にかけられた金は、十億エリスです! 現状討伐不可と言われる大物ですよ!」

 

「あ、死ぬやつですねこれ」

 

 竜は怒りのままに、衝動のままに、汚染して住み心地を良くした住処を浄化(あら)した不届き者達に、恐ろしい響きの咆哮を叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 九龍(クーロン)とは、この世界には無い地名のことだ。

 異世界からこの世界に持ち込まれた言葉である、と言われている。

 

 宋の幼皇帝が、ある地の八つの山を八つの頭を持つ龍に見立て、自分をそこに加えて九頭龍に見立てたという逸話が有る。

 ゆえに『九龍』。九龍(クーロン)久遠(クオン)()()に通じ、龍は風水的には幸に通ずる超自然的な生物だ。

 クーロンという言葉は永遠を意味し、同時に力と幸の象徴を名に組み込んでいる。

 もっとも、この世界にこの名前の由来などもう残されてはいないのだが。

 

 クーロンズヒュドラ。

 十年かけて大地に流れる魔力を吸い上げ、十年後に溜め込んだ魔力を使用しながら活動を始める、ヒュドラの最強種に数えられる一体である。

 ヒュドラは下級ドラゴンの一種であるが、この個体は並のドラゴンよりはよっぽど強い。

 肥沃な大地の湖の底にて、十年もかけて溜めた魔力で大暴れするからだ。

 

 かけられた賞金は十億エリス。

 日本円に換算すれば、そんじょそこらの宝くじが目じゃないくらいの金額だ。

 とはいえ、これはクーロンズヒュドラの強さだけにかけられたものではない。

 クーロンズヒュドラはある理由から倒すことができず、また、クーロンズヒュドラを倒すことで肥沃な土地が解放され、そこの土地の利権を持つ者がそこを開発できる、という裏事情が有るからだ。

 

 クーロンズヒュドラが居る内にそこの土地を買う。

 高額の賞金を動かしてクーロンズヒュドラを討伐する。

 そして討伐後に、賞金のために動かした金以上の利潤を回収する。

 要は、経済的な面でも討伐を望まれ高額賞金をかけられたモンスターであるというわけだ。

 

 逆に言えば、それだけ多方面から討伐を望まれているというのに、今日この日まで討伐されていない筋金入りの大物モンスターである、ということでもある。

 

 魔王軍幹部のような、『人類の明確な敵対者だから賞金がかけられた』枠の存在ではない。

 冬将軍のような、『特定の行動を取ると殺しに来る強者だから賞金がかけられた』枠の存在でもない。

 『活火山みたいな自然災害枠だけど、無理だと思うけど、倒せたなら賞金あげるよ』枠。

 そういう存在であった。

 

「ありえません!」

 

 セナの悲痛な声が響き、クエスト参加者達が一斉に後退を始めた。

 

「いやおかしい! 絶対におかしいですよ!

 クーロンズヒュドラはアクセルの街から半日ほど南下した山に居るはずです!

 そこで十年かけて魔力を集めて、その魔力で大暴れするモンスターです!

 本来ならば上級職の騎士団含む国軍の大軍で対応すべき超弩級大型ドラゴンなんです!」

 

「けれど実際にここに居るんだから仕方ないでしょう!」

 

「自然にここに移動したりするわけがありません!

 九年前も同じ位置で眠りについたと記録されています!

 誰かが作為的にここまで運んで来たとしか思えませんよ!」

 

「じゃあ魔王軍か誰かが何か企んでここに運んだってことでしょう!

 今気にすることではないはずです! 今はこれをどうにかしないと、大惨事ですよ!」

 

 めぐみんは気持ちと表情を一瞬で切り替え、むきむきとゆんゆんの位置を確認しつつ、爆裂魔法の射線が通る場所にまで疾走を始める。

 同時、めぐみん同様に反応が早かったゆんゆんは、得意魔法の詠唱を終えていた。

 

「『ライト・オブ・セイバー』ッ!」

 

 手刀が振られ、一撃必殺級の魔力が込められた光刃が飛ぶ。

 それは"大怪獣以外の言葉で表現できない"その巨体の首の一本に直撃し、それを切り飛ばしてみせた。全ての首を切り飛ばすつもりで放った一撃。なのに、胴体から切り離せたのは一本のみ。

 それどころか、切り離された首は一瞬にして生え変わっていた。

 

「……嘘ぉ」

 

 首とは、大抵の生物の弱点である。

 そこを潰されればほとんどの生物は死ぬ。

 なのに、クーロンズヒュドラは死ぬ気配も見せてはいなかった。

 

「だったら! 『フリーズガスト』! 『インフェルノ』! 『エナジー・イグニッション』!」

 

 詠唱に手をかけない、魔法の数で仕掛ける猛攻。

 ゆんゆんの魔法三連発は首の一本を凍らせ、首の一本を炭になるまで焼き、首の一本を内部からの発火によって焼き焦がした。

 が。

 凍った首は魔力を巡らせ解凍完了。炭になった首の内側からは新しい首が炭まみれになりながらも這い出てきて、内部を焼かれた首は軽い再生だけでそれを乗り越えていた。

 

「……駄目よこれ! 駄目なやつ! 皆、逃げてっー!」

 

 使用魔法の選択と、注ぐ魔力の量を間違えれば、首一つ潰すこともできない。

 最適な魔法運用でようやく首一本落とすことが可能で、首一本落とすくらいでは痛手にもなっていない。最悪だ。

 これでは、ゆんゆんが必死に削ってもゆんゆんの魔力の方が先に尽きるだろう。

 小島サイズの体に年単位で溜め込まれた魔力は、信じられないくらいに膨大だった。

 

 ゆんゆんの反撃の結果と張り上げた声が、湖から離れていくアクシズ教徒達の足を速める。

 

「ふはははははははっ!

 とうとう私の出番が来たようですね! 颯爽登場、真打登場!

 我が前に壁はなく、我が前に敵はなし!

 大言壮語のようなこの名乗りを、現実のものとするのが我が究極の破壊魔法!」

 

 そんな中で、ヒュドラから逃げる者達の中で、一人だけ逆の方向を向いている少女が居た。

 

「黒より黒く闇より暗き漆黒に、我が深紅の混淆(こんこう)を望みたもう!」

 

 少女の中には、ちょっとビビっている気持ちもあった。

 だがそれ以上に、"これを爆裂魔法で仕留められたら最高にかっこいい"という気持ちが大きく、そちらの気持ちが勝ってしまった。

 掲げられた杖を通して、人類最高峰の魔力が形を結んでいく。

 

「覚醒の時来たれり、無謬(むびゅう)の境界に落ちし理! 無形(むぎょう)の歪みとなりて現出せよ!」

 

 かくして、凄まじい威力の爆裂が放たれた。

 

「―――『エクスプロージョン』ッ!!」

 

 爆焔が、クーロンズヒュドラを飲み込んでいく。

 それはあたかも、ヒュドラより巨大な炎の竜がヒュドラを食らうかのような光景だった。

 

 島を例えに使われるほどに巨大な竜の八本の首が、全て爆焔に飲み込まれる。

 ヒュドラの登場時に周囲の地面に撒き散らされた湖の水が一瞬で蒸発し、大地に染み込んだ水が水蒸気へと変わった。

 位置が悪かったアクシズ教徒の鼓膜が破れ、即座にヒールで回復させられている。

 直撃しなかったワニ達は爆焔で吹き飛ばされて湖から遠ざけられ、細い木は折れ、さほど巨大ではない岩も地面から引っこ抜かれて転がっていく。

 

 クーロンズヒュドラの首全てを吹き飛ばし、胴体を丸焦げにして、めぐみんは全魔力を使い果たしてぶっ倒れた。

 

「す……凄ええええええ!!」

「こりゃ当初の予定クエストでは使い所ないわけだ……」

「あ、あんだけ頑丈で再生もしてたクーロンズヒュドラが、一撃で……」

 

「ふ、ふふふ……見ましたか……我が爆裂魔法の威力を……私、最強ぅ……!」

 

 今日の爆裂魔法は、格別に出来がいいものであった。

 威力、範囲、当て所、全て最高。これ以上の爆裂魔法を、めぐみんは過去に撃ったことがない。

 その直撃は、クーロンズヒュドラの首の全てを綺麗に吹き飛ばし――

 

「あ、再生した」

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」

 

「逃げろぉー!!」

 

 ――ただそれだけの結果に終わった。

 

 首の全てが再生する。

 流石に全部の首を一気に再生させるのには時間がかかるのか、今度ばかりはやや時間をかけていたが、それでもほんの短い時間だ。

 爆裂魔法でさえ、最高の当たり所に当てても首の全てを吹き飛ばすのが限度。

 万物を壊す純粋魔力爆発でも、ヒュドラの魔力を大きく削るのが限界。

 そして、クーロンズヒュドラは首を全て失った程度では死なない。

 爆裂魔法が一日一発しか撃てないことを考えれば、この時点でクーロンズヒュドラを仕留められる可能性は、そのほとんどが絶たれたと言っていいだろう。

 

 皆がまた逃げるが、そこで一人のアクシズ教徒がヒュドラの足元の人影に気付く。

 

「お、おい、あれを見ろ!」

 

 そこには、紅魔族ローブやペンダントなど、身に付けていた大事な物を全て脱ぎ捨て、ヒュドラを体一つで押し留めているむきむきが居た。

 

「むきむきさんがクーロンズヒュドラの足を掴んで押さえつけてくれてる!」

「そうか、だからヒュドラは湖から出て来てから一歩も前に出てなかったのか!」

「なんてパワーだ! 見ろ、クーロンズヒュドラの体から煙が吹き出してる!

 あれは魔力だ! 漏れた魔力が煙みたいになってるんだ! スモーク、スモーキング!

 むきむき君のあのパワーは、噂に聞く遠国のスモウキング・ヨコヅナに匹敵している!」

 

 ヒュドラを押し留めて皆が逃げる時間を稼ぐ。

 ヒュドラの動きを止めてゆんゆんの魔法が当たるようにする。

 ヒュドラを押し付けめぐみんの爆裂が当たるようにし、爆裂の瞬間には湖に潜って回避、爆裂直後にはまた足止めを再開する。

 この戦闘において、このタイミングまでむきむきが果たしていた役目は、まさしく縁の下の力持ちであった。

 

 だが、それもここまで。

 皆が距離を十分取ったのを確認し、むきむきはヒュドラを抑えるのをやめる。

 そうして後方に下がり、助走をつけて飛び上がり、頭の一つに急降下飛び蹴りを繰り出した。

 

「バカな! あの魔法が通じなかった怪物に一人で挑むってのか!? 無茶だ!」

「いや待て! むきむき君なら! あの筋肉ならやってくれるはずだ!」

「ああそうだ、魔法が駄目なら筋肉だ! 道理には適ってる! 行けー!」

 

 そして、そのまま空中でぱくりと食われる。

 

「「「 食われたー!? 」」」

 

 蛇の習性をそのまま持っているのか、ヒュドラはむきむきを丸呑みにしたようだ。

 それを見て、ゆんゆんは首を切って助けるべきか一瞬迷い、めぐみんが真っ青な顔で狼狽える。

 

「む、むきむきぃー! ど、どうしましょうゆんゆん! むきむきが、むきむきが!」

 

「うろたえないで! もう、なんでめぐみんはこう想定外に追い詰められると弱いの?!」

 

 やべえどうしよう、と皆の心が一つになった、その十秒後。

 何故か突如苦しみだしたヒュドラの腹を手刀でかっさばき、そこから血まみれのむきむきが這い出てくるのであった。

 サウザーの如き手刀による腹の切開は、まさしく帝王切開と呼ぶべきものだった。

 

「ぷはぁっー! 息できなくて死ぬかと思った!」

 

「むしろ何故死なないのか小一時間問い詰めたい!」

 

 めぐみんがちょっとほっとして、血濡れで左手に何か大きな肉塊を持っているむきむきに、ゼスタが引き攣った笑顔で話しかける。

 

「ご無事で何より……ところでむきむき殿、手に握ってるそれはなんですかな?」

 

「クーロンズヒュドラの心臓です。

 口から入って、胃に入る前に食道を手刀で切り開いて体内に侵入。

 鼓動を頼りに心臓を見つけて、真っ二つにしてから心臓中心部分を引きちぎってきました」

 

「なんて怖い殺し方してるんですか!?」

 

「でも駄目ですね。首が駄目なら心臓、と考えたんですが……」

 

 ヒュドラは心臓を破壊されても、平然とそれを再生して動き出している。

 これではダメだ。心臓を潰しても首を潰しても魔力で再生してしまうなら、現状これだけの戦力が揃っていても打つ手がない。

 再生も許さず殺し切るだけの一撃か、爆裂魔法を何発も撃ち込むような波状攻撃が必要となるだろう。仮に爆裂魔法を二発同時に当てても、それで仕留められるか微妙なラインだ。

 

「『ストーンバインド』ッッッ!!!」

 

 ゆんゆんが今ある魔力の全部を使って、なんとかヒュドラの首の一本を地面に固定する、小山に近い岩石の枷を構築する。

 だが、これも時間稼ぎにしかならないだろう。

 最悪、ヒュドラは自分の首をトカゲの尻尾のように自切できるのだから。

 

 焦るセナが眼鏡を指で押し上げ、冷静さに欠けた表情でむきむき達に訴えかける。

 

「ここは逃げて国軍に援護を要請しましょう! 騎士団も動いてくれる……は……ず……」

 

「? なんか歯切れの悪い言い方ですね」

 

「……今、王国軍は、魔王軍との戦いで、そのほとんどが動いています……」

 

「うわぁ」

 

「と、いうか。そもそもこのクエストの発端が発端です。

 おそらく、この湖の汚染はカレーとクーロンズヒュドラの合わせ技でしょう。

 カレーの汚染をヒュドラが加速させたのだと思います。

 ヒュドラに限らず、水棲系モンスターは清浄な水を嫌います。

 おそらく目覚めた原因はアクシズ教徒の浄化魔法によるものということになるわけで……」

 

「あっ」

 

「アクシズ教徒はまたやらかしたということになり、特別指定注意団体に……」

 

「このメンツでヒュドラ倒さないと大変ってことじゃないですか!」

 

 客観的に見れば、カレーの不法投棄で湖を汚染し、ヒュドラによる汚染倍加を誘発し、浄化作業の過程でヒュドラを目覚めさせ、このタイミングで大暴れさせた問題児達。

 これはもう、国としても何らかの対応をしなければならないレベルだ。

 たとえ当人達に悪気がなかったとしても、それで無罪を主張するのは「拳銃撃ったけど人殺すつもりはなかったんだ! たまたま人が通りがかっただけで!」と言うようなもの。

 絶対に無罪は無理だ。

 アクシズ教は悪死's教に転生することになるだろう。

 女神アクアが邪神扱いされる未来が確定しつつあった。

 

 その未来を回避するには、自分のケツを自分で拭く以外にない。

 目覚めたヒュドラが被害を出す前に倒し、"アクシズ教徒がクーロンズヒュドラを倒した"という名声と威圧で、『アクシズ教徒はそっとしておくべき』と国に認識させるしかない。

 功績で免罪を勝ち取り、威圧で平和を勝ち取るのだ。

 

「まあ王国の検察官として言わせていただければ、アレを倒すのは無理ですよ」

 

「でっすよねぇー!」

 

 とはいえ、それも無理なわけで。

 けれども、諦めるわけにもいかない。

 ほどなくアクシズ教団の頂点に立つ者として、一人の男は、決して心も膝も折らなかった。

 男は、自分の首をちぎって自由になったヒュドラの八対の瞳をじっと見つめて動かない。

 

 クーロンズヒュドラが周囲の岩や大木を八本の首で引っこ抜き、前衛職でも持ち上げるのに苦労しそうな巨大なものを、巨大な首で次々と放り投げてくる。

 

「ゴッドブロー」

 

 その中で人に当たりそうなものだけを、ゼスタが静かに、拳にて叩き落としていた。

 

「むきむき殿。アクシズ教団の未来を頼みました」

 

「ゼスタさん……?」

 

「このヒュドラを倒せたならば。あなたは教団の恩人となるでしょう。

 私達を見捨ててヒュドラを放置していったら、教徒に生涯付き纏われるでしょう」

 

「頼みごとに見せかけた脅し!?」

 

「では頼みました! ここは私に任せてお逃げ下さい! うおおおおおおお!!」

 

 アークプリーストは、前衛もこなせる万能職。

 その拳には聖なる力が宿り、振るう杖には退魔の力が宿るという。

 ゼスタは左で拳を握り、右に頑強な杖を握って、たった一人で足止めに走った。

 

「な、なんて定番にかっこいい言葉を……むきむき、逃げますよ!」

 

「でも、めぐみん!」

 

「ここで残っても意味ないでしょ!?

 私達も魔力が無い! プリーストの人達も水の浄化で魔力が無い!

 悔しいし、後で絶対に後悔することだけど……それでも! ここで終わらせちゃ駄目!」

 

「ゆんゆんの言う通りです!

 ここで私達が欠ければ、明日に誰がヒュドラを倒すんですか!?」

 

「……っ」

 

「選択肢は二つ! 恥を選んでゼスタさんの願いを叶えるか、そうしないかだけです!」

 

 逃げなければならないなんてことは、分かっていた。

 逃げたくない気持ちがあった。

 結局のところ心の中には迷いがあって、ゼスタのためにゼスタの援護に行くか、ゼスタのためにここから逃げるかしか、選択肢は無くて。

 

 迷った果てにむきむきは、最後の最後に『自分よりもこの二人の判断の方がきっと正しい』『自分の判断よりこの二人の判断の方が正しくあってほしい』という気持ちから、逃げを選択する。

 

「……ごめんなさい」

 

 その選択の仕方は有り体に言って最低だった。

 だが、ゼスタの気持ちを尊重しようとする気持ちも、ゼスタに謝る気持ちも、どちらも本物で。

 明日にゼスタの死を知れば、きっと彼の心の中には消えない後悔が刻まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 が。

 アクシズ教徒は、世界の条理をぶっ飛ばし、ウザさで残酷を塗り潰す者。

 

「恥ずかしながら、今戻りました」

 

「戻って来たァー!? ゼスタさん、生きてたんですか!?」

 

「いやはや、女神アクア様のご加護です。日頃の行いがよかったからでしょうね」

 

「日頃の……行い……?」

 

「ところで今日の晩御飯のメニューを聞きたいのですが」

 

 その日の晩御飯が始まる前の時間帯に、ゼスタは割と余裕な感じで帰って来た。

 

 

 




 「綺麗に死んでおけばよかったのに……」と、セナは呟いた。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。