「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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 ミツルギさんの取り巻き二人が、ミツルギ相手でもない、嫌いな相手(カズマさん)でもない、恋敵になりそうな人(フリーの若い女性)でもない相手と話す時、どういう風に話してるのかは完全に妄想するしかない気がします。原作で描写される気がしないでござる


2-2-2

 空の月が明るくて、人工の光が無くても道先がうっすらと見える夜。

 オーク調教性騎士団の部隊長は、無言の部下達を従えて、集落の入り口にてその月を見上げていた。性騎士の目が、まっすぐに月を見据える。

 

「性癖とはなんなのだろう」

 

 真剣な顔で、哲学的な命題に思考を巡らす性騎士。

 調教性騎士団の存在意義は、他のオークの手の中から逃げ出すような強い人間を脱走後に袋叩きにし、そうして力のある人間を無理矢理に力づくで屈服させるプレイを実行することだ。

 そのついでに、集落の外からやって来る敵を撃退することだ。

 

 彼らは誇り高き性騎士にして女騎士。

 オークに強姦されそうになった人間に「くっ、殺せ!」と言わせることこそが、彼女らの使命である。

 

「確かな価値を持ち、移ろいゆくものならば……

 性癖とは人と同じであり、世界と同じではないだろうか」

 

 彼女らオークは、争いを好まない平和的な種族である。

 望むのはセックス。それだけだ。他種族が彼女らの要求を飲んでくれるのであれば、彼女らは無駄な争いをしなくても済む。

 何という悲劇か。価値観の相違こそが、彼女らを苦しめているのだ。

 

 ……と、書けば聞こえはいいが、一種族総強姦魔な彼女らに同情の余地はない。

 

「性癖と性癖のぶつかり合いはなくならない。

 性癖否定も、異常性癖の押し付けもなくならない。

 ならばそれすなわち、世界から戦争が無くならないことと理由を同じくしている」

 

 彼女らはもはや生物災害と化した性犯罪。人を飲み込むセクハラの津波。痴女の台風だ。

 それに立ち向かうには、尋常な者では到底足りない。

 

「逆レイプと性癖調教をスタンダードにすれば、世界は平和になるというのに……」

 

 世界平和に想いを馳せるその顔面に、突如拳が突き刺さった。

 

「―――!?」

 

 吹き飛ばされる部隊長。

 部隊長は地面を転がり、気絶したのか立ち上がる気配も見せない。

 部隊長の取り巻きのオーク達が、部隊長を殴り倒した男の存在に気付き、最大限に警戒しながら扇状にその男を取り囲む。

 男は漆黒と真紅のローブに、首から筒状のペンダントを吊り下げた、筋肉の塊だった。

 

「何奴!」

 

「我が名はむきむき」

 

 赤い瞳が、月の下でほんのりと輝いていた。

 

「紅魔族随一の筋肉を持つ者」

 

 オークの集落を中心とした広い活動範囲は、紅魔の里近辺と重なっている。

 言うなればお隣さんの関係だ。

 大抵のものを恐れず、優秀な異種族の血を大量に取り込み異常な進化を遂げたオーク達にも、ふと手控えてしまうような手合いは存在する。

 

「紅魔族だっー!」

 

 それが、紅魔族だった。

 

 

 

 

 

 優秀な魔法使いを女オークが逆レイプして生まれた、逆レイプの魔法を開発することに特化した魔法使いの女オークにより、ミツルギは鎖で縛られた両手を天井から吊り下げられながら、発情魔法陣の上に立たされていた。

 

(悔しい……でも感じてしまう……!)

 

 発情魔法陣がミツルギを無理矢理に発情させ、七対の乳房と殺人級の醜さの豚顔、すえた臭いの体臭に豚のように肥え太った体躯という女オークとさえ、性交可能な状態に持っていく。

 

「ふふっ、全身の甘い痺れがいつまでも取れないでしょう?」

 

(魔剣さえあれば、こんな奴らに……!)

 

 気高き勇者は、今まさに陵辱の限りを尽くされようとしていた。

 

「ふふっ、軽くしただけでこんなになるなんて、随分淫乱みたいね」

 

(耐えなければ……今は耐えるしかない……!)

 

 ミツルギと一対一で対面していたオークの手が、ミツルギのズボンのベルトに伸びる。

 

「た、助けっ……!」

 

 絶体絶命、そんな時。

 

「やっと見つけた」

 

 ズシン、とオークの巨体が倒れる。

 ミツルギはその声を聞き、強がっていた表情を一気に崩して、顔を上げた。

 倒れたオークの向こうには、人間よりもむしろオークに近く見える巨人が立っていた。

 巨人の手刀が、ミツルギを縛る鎖を綺麗に切り離す。

 その足が、発情魔法陣を踏み壊す。

 

「さ、帰りましょう」

 

「む……むきむきさん! ありがとうございます!」

 

 その時のミツルギの歓喜は、筆舌に尽くしがたいものがあった。

 なのだが、助けに来たむきむきの表情はちょっと引きつっている。

 

(勇者様めちゃんこオーク臭い)

 

 縋り付くようにして何度もお礼を言ってくるミツルギの全身が、女オークの臭い唾液にまみれていたからだ。

 かといって、見るからに精神的に弱りきっているミツルギを突き放すわけにもいかない。

 この少年は、そういう選択を取れない性格をしている。

 ミツルギが落ち着くまで、むきむきは抱擁して背中を軽くぽんぽんと叩いてやっていた。

 前に、友達にそうしてもらったように。

 

(あの時、ゆんゆんもこうして落ち着かせてくれたっけ……)

 

 あんな目にあったのだ、ミツルギのこの行動も無理もないだろう。

 ヒロインのレイプ直前に間に合い助けるのが王道的主人公のテンプレだが、男のレイプ直前に間に合い助ける主人公は王道的なのだろうか。神のみぞ知る。

 

 二人は家の外に出て、そこで待ち構えていた集落中のオークの群れに囲まれる。 

 

「ここは逃さないわよ!」

 

「ひっ」

 

 素晴らしい体格のむきむきを、そして唾液まみれで半裸のミツルギを、囲んだオーク達がいやらしい目つきで舐め回すように見る。

 ミツルギは思わず悲鳴を上げたが、なけなしのプライドと勇気で歯を食いしばった。 

 

「悪いけど、アルカンレティアに辿り着くまで、この人と僕らは仲間なんだ」

 

 そんなミツルギを庇うように立ち、むきむきは構える。

 

「押し通らせてもらう」

 

「ああっ、あの構え、あの足運びは……!」

 

「知っているのスワティナーゼ!」

 

「ええ、あれは遥か遠くの国の剣豪ミヤモ・ト・ムサシの足運び!

 ミヤモの著作・五輪書に曰く、

 『足の運び様の事、爪先を少し浮けて、踵を強く踏べし。

  足使いは、事によりて、大小遅速は有とも、常に歩むが如し』

 とあるわ!

 人間の武術は通常、踵を浮かせ足の親指の付け根の拇指球に重心を置く!

 けれどもあの足運びは、時に大胆ながらも基本は地に足付けたすり足の足運び!

 ミヤモは左右の足運びを陰陽に例えた! あの足運びこそまさにそれ!

 やだわあの子、それを知って身に付けているなんて、一体何者なの……!?」

 

「お前が何者だよ」

 

 ピロートークで男から故郷の話を聞くのはいい女の特権。

 よその世界から藪から棒にやって来る転生者でも、このオークの前では藪の中で弄ばれる肉棒と化してしまう。

 スワティナーゼというオークには少しばかり、ここではない遠い国の知識があった。

 

「構うな! ハッタリだ! 二人まとめて押し倒して勃起させてやれ!」

 

 女オーク達が一斉に飛びかかる。

 狙いは二人の少年の手足。手足を抑えて動きを封じ、このまま野外調教プレイに持ち込むつもりなのだろう。

 狼のように素早く走るオーク、兎のように跳ぶオーク、悪魔のような翼で飛ぶオーク、その他多くのオークがむきむきへと迫る。

 

「はっ!」

 

 少年はその全てを殴り飛ばし、蹴り飛ばし、投げ飛ばした。

 

「なんてパワー……セックスに持ち込めない!」

「私達の得意な距離なら、セックスの距離ならなんとかできるのに!」

「皆、諦めないで! セックスの可能性を信じるのよ!」

 

 女オーク達はそのパワーを見て怯むどころかヒートアップし、命知らずな突撃を繰り返す。

 全ては性欲のため。

 命をかけるだけの価値を、彼女らはむきむきとミツルギに見ていた。

 無謀な突撃を敢行させるだけのレイプアドバンテージが、そこにはあった。

 

「その豊満な体を存分にもてあそんであげひでぶっ」

 

「スワティナーゼー!

 くっ、たまらないわ! 高戦闘力持ちを屈服させるという性癖だけじゃなく!

 『よくもうちの仲間をこんだけやってくれたな』

 『へへっ、手間かけさせやがって』

 『おい、こっちから好きにやらせてくれ。殴られたお返しをしてやる』

 シチュが好きな性癖を満たすお膳立てまでしてくるなんて! なんて戦士なの!」

 

 なんという卵子脳か。脳に卵子が詰まっているとしか思えない。

 下半身でしかものを考えられないオークの群れは、倒しても倒してもキリがなかった。

 数が減る様子も、諦める様子も、微塵も見られない。

 しかも視線が気持ち悪いくらいに性欲濡れで、むきむきはその視線に時折ゾワッとさせられる。

 今は優勢でも、何か一つ何かがあればいつでもひっくり返る程度の優勢だった。ましてやオークの怖さは高いステータスだけでなく、どんな種族のどんなスキルが出てくるか分からない、ビックリ箱のような点にあるのだ。

 むきむきは戦いの最中、視線を走らせ周囲を見回し、この戦いを終わらせられる者を見定める。

 

(あれが親玉か)

 

 そうして見つける。

 オーク達のリーダー格を。

 頭を潰せば薄い本特有の連携の取れた性犯罪者集団も、一気に烏合の衆と化す。

 むきむきは最速で踏み込み、そのリーダー格に最速で拳を突き出した。

 

「そう簡単にやられるものですか!」

 

 種族の長らしき美(の)少(ない)女オークが、何かを構える。

 "構わない。殴る。壊す。そして倒す。"

 そういう思考で、むきむきは全力の拳でそのまま殴り抜いた。

 

 盾代わりに使われた、魔剣グラムを。

 

「あ」

 

 女神が与える神器はそうそう壊れない。だが、不変でもない。

 正当な持ち主の手の中にあれば不壊であることもあるが、今の魔剣はミツルギの手を離れていた。

 彼の手を離れた魔剣は、「これで大人の玩具を作りましょう」というオーク・スワティナーゼの提案により、ありとあらゆる溶解・融解・破壊・分解の手段を試されてしまった。

 この世界のオークは、優秀な種族の血を取り込み続けた化物の混血。

 薬品やスキル込みでの破壊行為のほどは、推して知るべし。

 そう、魔剣グラムは、既にオークにレイプされズタボロだったのだ。

 

 それで脆くなった分も、ミツルギの手の中で時間が経過すれば、さっさと直っていただろう。

 だがよりにもよって、このタイミングで剣に最大の負荷がかかってしまった。

 

 いい感じに精神的な高揚が進んだ、むきむきの腕力。

 魔剣を持っていたオークの、リーダー格の名に恥じない腕力。

 両方を受けた神の魔剣は。

 

 壁に投げつけたガラスのコップのように、粉々にぶっ壊れてしまった。

 

「ぐ……グラムぅー!? 折れたァー!?」

 

「ご、ごめんなさい!」

 

 魔剣が折れるほどの一撃の衝撃が、リーダー格のオークを仕留める。

 オーク達は一気に浮足立つが、代償はあまりにも大きかった。

 失われてしまったこの魔剣は、可能性の話ではあるが、神さえ殺す可能性を持っていた。

 最高の使い手によって振るわれる魔剣は、野球界におけるマー君に相当する。

 魔ー君はむきむきの手によって砕かれてしまった。

 魔ー君の凄さをなんとなく察していたむきむきの罪悪感は凄まじいことになっている。

 当然、魔ー君との付き合いが長かったミツルギのショックは、むきむきの比ではないだろう。

 

 むきむきが罪悪感でまた弱体化したのを見て、そこで騒ぎに乗じて侵入していたゆんゆんが、空高くに雷の上級魔法を奔らせた。

 

「そこまでよ!」

 

 雷に気付き、自然と上を向かされるオーク達。

 まさにその瞬間、空にて爆裂魔法が爆裂した。

 ゆんゆんがオークの視線を集め、めぐみんの爆裂魔法でインパクトを叩き込み、一気に話の主導権を握り込む。

 紅魔の里の才女達は、旅立ち初日からオーク相手に如才なく立ち回っていた。

 

「何!?」

「今の爆発は一体!?」

「オナ禁の果てに溜まりすぎた誰かの性欲が爆発したの!?」

 

「聞きなさい、オーク達!

 今の魔法をもう一発、今度は集落の中心に撃ち込む用意がこちらにはあるわ!」

 

「なんですって!」

 

「こっちには複数人の紅魔族が居る!

 死にたくなければ、私達を黙って見逃しなさい!」

 

 めぐみんの爆裂魔法は、見せ札として使っても最強だ。

 一回見せて「これをこれから撃ち込むぞ」と言うだけで、多少の要求は飲ませることができる。

 オーク達は爆裂魔法が一日一回しか撃てないことを知らない。

 今、紅魔族が何人敵に回っているのかも分からない。

 主導権はゆんゆん達にある。

 

 が、あるオークがふと、『紅魔族というのも嘘で全部ハッタリなんじゃないか』と思い、その疑問を口にした。

 

「紅魔族?」

「あの髪と目……」

「いや、紅魔族なら、あの恥ずかしい名乗りをするはずだ」

「それもそうね」

「あの名乗りをしなかったら、紅魔族の偽物と考えていいだろう」

 

「……我が名はゆんゆん、アークウィザードにして上級魔法を操る者……やがて長となる者!」

 

「紅魔族だわ! 間違いないわ!」

「アレを敵に回すのは危険よ。ここは一旦逃げるしかないわ」

「くうっ、私だってアナル専門の肛魔族を名乗ってるのに……!」

 

「くぅぅっ……!」

 

 名乗らなければ他のハッタリにまで連鎖的に疑問を持たれてしまうという状況だった。

 紅魔族であることを証明すれば、ハッタリを通せる状況だった。

 とはいえ、この名乗りは普通の感性の彼女のハートにぐさりと来る。

 ゆんゆんの羞恥心までもが、オークの辱めを受けていた。

 

「もうしない……この名乗り、一生しない……!」

 

「よしよし、ゆんゆんは頑張ったよ」

 

 むきむきと、(ツルギ)を失ったミキョウヤ君もここでゆんゆんと合流。

 両手で顔を覆っているゆんゆんをむきむきが慰め始めるが、慰めが完了する前に、オーク達が疾風のような逃亡を始めていた。

 

「うわあ……家も家具も食糧も置いて、男だけ抱えて逃げ出してる……」

 

 全てを捨て、何か一つを持って逃げられるとしたら、人は何を持って逃げるだろうか。

 財布か。スマホか。想い出の写真か。黒歴史ノートか。

 オークの場合は、お気に入りのいい男(肉バイブ)であった。

 

「……と、とりあえず」

 

「むきむきさん、僕はもう大丈夫です。一人で歩けます」

 

 ズタボロメンタルでも強がって立ち上がるミツルギを離し、むきむきは魔力切れで倒れためぐみんを優しく抱え上げる。

 

「急いでアルカンレティアに向かおう。

 あのオーク達が、何か心変わりをして戻って来ない内に」

 

 今は夜。

 だが、この流れでぐーすか寝ることを選べるほど、彼らは呑気な性格をしていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それからまた、十数時間後。

 彼らは野営地で荷物と馬を回収し、ほぼノンストップで目的地へ走る。

 地球で言うところの12時過ぎくらいの時間帯に、彼らはとうとう最初の街、生まれて初めて見た里の外の街に。水の都アルカンレティアに、到着していた。

 

「……ふぅ。やっと着いた」

 

 本来ならば、里からアルカンレティアまでは二日かかる。

 が、初日に途中からめぐみんやゆんゆんがむきむきの肩に乗ったことで、むきむきとミツルギの歩行ペースで進むことができたこと。

 オークの襲撃後、二人の少女を肩に乗せたむきむきとミツルギが夜通し歩き続けたこと。

 モンスター避けの魔道具を無理矢理な応用で使いながらも、オークのおぞましさから逃げるように、むきむきとミツルギが相当なハイペースで夜道を進んだこと。

 

 それらがいい意味で噛み合って、彼らを一日と少しという短い時間で、アルカンレティアにまで到達させていた。

 

「ここが、アルカンレティア……」

 

「凄い! 見てむきむき、観光名所になるくらい綺麗な水路ってあれのことだよね?

 めぐみんめぐみん、あれはきっと、本に書いてあった海の魚も生きられる塩の湖……」

 

「田舎者丸出しなゆんゆんとは他人のふりをしましょうね、むきむき」

 

「!?」

「めぐみん、もう少しお手柔らかにしてあげようよ」

 

 水の都の名に恥じず、アルカンレティアは造りからして水を魅せる形になっており、行き交う水はただそれだけで美しく、女神アクアをイメージする色合いや意匠が所々に見えた。

 

「……アクア様」

 

 それが、ミツルギにかの女神のことを思い出させて。

 

「グラム……」

 

 連鎖的に魔剣のことを思い出させて、彼の顔を俯かせる。

 

「ご、ごめんなさい……勇者様の大切な魔剣を……」

 

「いえ、謝る必要はありません。

 むきむきさんにはむしろお礼を言わないと。

 あそこで助けてもらえなかったら、僕はきっと、自前の魔剣まで……」

 

(普段言わなそうな下ネタをさらっと言う辺り、追い詰められてる感が……)

 

 ミツルギにとってかの魔剣は、女神から託された力であり願いである。

 女神が何を考えて渡したかは別として、ミツルギはあの剣で世界を救うと心に決めていた。

 ミツルギの中にあるグラムへの拘りは、あの剣が強力であること以上に、あの剣を女神アクアから貰ったという事実に起因する。

 彼はグラムを握って空を見上げ、アクアのことを想うことも多かった。

 

 そんな剣が、今ではうっかり踏まれた袋の中のポテトチップスみたいになってしまっている。

 むきむきがどさくさに紛れて破片を小さなものまで拾い、革袋に詰めてはいたものの、もはやただの鉄屑でしかない。

 むきむきが持っている故グラムが詰まった袋を見るたび、ミツルギの口からは切なげな声が漏れるのである。

 

「「キョウヤ!」」

 

 四人がアルカンレティアの門をくぐると、その向こうでミツルギを待っていた様子の二人の少女が、声をかけて来た。

 ミツルギを見た瞬間にその表情は明るくなり、少しでも早く彼と話そうと足は早足で、見るからに雰囲気が嬉しさに満ちている。

 

 少女の片方は、神槍李書文の六合大槍半ばほどの長さの槍(約160cm)を持っている。

 もう片方は、腰から短刀を吊り下げた盗賊風の出で立ちだ。

 おそらく、それぞれランサーと盗賊の冒険者なのだろう。

 

「勇者様のお仲間の方ですか?」

 

「ええ、そうよ……で、デカい!

 アルカンレティアの女神アクア像よりデカい! キョウヤ、この人は?」

 

 ランサーの少女が驚き、ミツルギにむきむき達のことを問いかけるも、ミツルギは顔を明後日の方向に逸らしたまま何も答えない。

 周囲が怪訝な視線を向け始めると、ミツルギは震えた声で話し始めた。

 

「だ、誰のことかな? 僕の名前は成歩堂龍一。御剣響夜なんて人は知らないよ」

 

「何言ってるのキョウヤ!?」

「あなたはミツルギキョウヤ! 世界を救う魔剣の勇者よ!」

 

「やめてくれ!

 僕の心に揺さぶりをかけないでくれ! 現実を突き付けないでくれ!

 もうかつての自分も、間違えられる名前も捨てるんだ! 僕は成歩堂なんだよ!」

 

「ちょっと! あんた達キョウヤに何したの!? 事と次第によっちゃ許さないわよ!?」

 

「……ええとですね、実は……」

 

 今のミツルギは、かなりいっぱいいっぱいだった。

 

 

 

 

 

 とりあえずゆっくり話せる場所に行こう、ということで近場の喫茶店へ。

 むきむきが全ての話を終え。

 冒険者カードや砕けたグラムを証拠として提示した頃。

 二人の少女は、死にそうな雰囲気でテーブルに突っ伏していた。

 

「おお、もう……」

「キョウヤは私達に合わせる顔がないとか、そういう……」

 

 ランサーの少女はクレメア、盗賊の少女はフィオと名乗った。

 クレメアは美人だが、キツそうな印象を少しだけ受ける美人であり、戦士風の服装と大きな槍が男に舐められたくないという意志を滲ませている。

 フィオは対照的に可愛い系の少女であり、フィオと比べれば気弱な印象を受ける少女だった。

 

 むきむきは二人に、深々と頭を下げる。

 

「ごめんなさい。僕が、あそこで軽率な行動を取らなければ……」

 

「……キョウヤは何か言ってた?」

 

「恨み言の一つも言われてません。それどころか、ありがとうって……」

 

「そ。それなら、私達が何か言える筋合いでもないか」

 

 悪意があったわけでもなく、申し訳なさそうに頭を下げてくる少年を、ましてやミツルギの恩人でもある男を、ミツルギの意志を無視して罵るなど、二人にできようはずもなかった。

 魔剣が砕けたことに行き場のない憤りは感じていたが、個人的な怨みや嫌悪感を抱いていない相手に、それをぶつけようとするわけもない。

 

「そんな目をしなくても大丈夫よ。私達はキョウヤを見捨てたりしない。

 第一、魔剣を持ってる人だから付いて来たわけじゃないからね。

 私達はキョウヤって個人を好ましく思ったから、ここまで付いて来たんだし」

 

「明日からは代わりの魔剣探しかあ。

 グラムの代わりになるものなんて見つかるわけないけど……

 キョウヤならきっと大丈夫! 代わりの剣でも、世界を救ってくれるはず!」

 

 冒険者らしい、男勝りな一面が見えるからっとした二人の性情を見て、むきむきは恐る恐る不安を口にする。

 

「僕が悪意をもって剣を壊したとか、そういうことは考えないんですか?」

 

「思わない。そりゃ、分かるわよ」

 

 クレメアが、むきむきが拾い集めた革袋の中のグラムの破片をつまむ。

 それは破片の中でも一番小さな、髪の毛サイズの破片であった。

 

「こんな小さな破片まで頑張って拾ってくれたんでしょ?

 だから、あなたの人となりもちょっとは分かる。

 キョウヤだって無敗じゃないし、失敗もあって、守れなかったこともあった。

 でも結果的に人を救ってるから、それでいいんじゃないかと私は思ったりしちゃうわけよ」

 

 魔剣を守れなかったことを怒るのではなく、ミツルギを助けてもらったことに感謝する。

 

「ありがと、筋肉の人。ええと……」

 

「むきむきです」

 

「な、なんて名が体を表してる名前……とにかく、ありがと。キョウヤを助けてくれて」

 

「私からも言わせて。

 ありがとう、私のキョウヤを助けてくれて。

 生きてさえいれば、どうにかなることもあるもんね」

 

「あはは、フィオったらおかしなこと言うわね。キョウヤは私のよ?」

 

「やだもう、むきむきさんの前で冗談きついわよ、クレメアったらー」

 

「先週体重が増えてたでしょ? ほらほら、虚言は痩せてからにしてよね?」

 

「私クレメアみたいにまな板じゃないからー。ちゃんとお肉が付いてるっていう証拠なのよ?」

 

「あらあら」

 

「うふふ」

 

 始まる恋の鞘当て。御剣なだけに鞘当てだ。

 むきむきは察しているようで察していない。こういう、女子二人でオラつきながら一人の男性を取り合うというシチェーションを、彼は生涯一度も見たことがなかったからだ。

 なのに不思議と、少年はこの二人の少女に小さな好感を持っていた。

 

 よく分からないが、なんとなくなのだが。

 この二人の少女の、同じ分野で競い、同じ勝利条件を持ち、互いを認め合いながら一つしかない勝利を取り合う姿が、なんとなくめぐみんとゆんゆんのそれと重なった。

 "自分がこいつをバカにするのはいいが他のやつがこいつをバカにするのは許さない"、みたいな思考が垣間見えるのが、尚更にその認識を加速させる。

 

 一方その頃。めぐみんとゆんゆんは。

 

「随分男の趣味が悪いようですね、あの二人」

 

「めぐみん、あの二人に聞こえる距離でそれ言おうとしたらはたくわよ」

 

 隣の席で喫茶店の甘い物を思うまま食らい、オークとの戦闘含む徹夜での夜間強行軍の疲れと飢えを、存分に吹き飛ばしていた。

 

「あ、これ美味しいですね。へいむきむき、あーん」

 

「へいへい、あーん」

 

 めぐみんがいちごサイズの饅頭のような菓子を掴んで、口を開いたむきむきの口に投げて全力シュート。超、エキサイティン! むきむきは器用に歯でそれをキャッチして、「おいしい」と「ありがとう」をめぐみんに返した。

 

「行儀が悪い!」

 

 当然ながらゆんゆんが二人に対して怒り、クレメアとフィオがくすくすと笑い出す。

 ちなみにミツルギはその頃、喫茶店前の公園でリストラされたオッサンと並んでベンチに座り、空を見上げていた。

 

「私達は明日、この街を出るわ。キョウヤも連れて」

 

「え、そうなんですか?」

 

「一回アクセルに戻ろうかと思うの。

 あそこのギルドに寄る用があるし、新しい剣の情報も集めないといけないしね」

 

 ミツルギもいつかは復活するだろう。だが、アクアに貰った魔剣を失ったという事実は、数日くらいは落ち込み続けてしまうほどのダメージを与えていた。

 その復帰を早めるため、とりあえず当座で使う剣と、グラムの代わりになる剣を一刻も早く用意する腹積もりのようだ。

 

「明日の朝、最後にもう一回だけお礼を言ってから街を出るわ。それじゃあね」

 

「また明日!」

 

 二人の少女はそう言って、成歩堂と名乗るのを止めたミツルギと、さっさと宿に帰って行った。

 

「……はっ、そうだ、喫茶店のお菓子早食い勝負なら、私でもめぐみんに勝てるかも……?」

 

「早食い勝負とか、ゆんゆんは本当に行儀の悪いことを言うんですね」

 

「!?」

 

「二人共、支払いしといたからさっさと行こう?」

 

(さらりと二人の分も奢って喧嘩を仲裁。

 この喫茶店を初めて三十年だが、初めて見る仲裁だ。

 ベテラン店長にしてアクシズ教徒である私の勘が言っている。

 この少年をアクシズ教に勧誘できれば、アクア様はさぞお喜びになられると……!)

 

 

 

 

 

 アクシズ教徒による勧誘を何とか振り切り、紅魔族チルドレンは何とか宿に到着した。

 めぐみんとゆんゆんは、軽く汗だけ流してベッドに飛び込む。

 旅立ち初日にもう歩けない状態になっていた上、その後一睡もせずオークとの大勝負を行い、翌日の昼まで周囲を警戒しながら危険地帯を突破してきたのだ。無理もない。

 大した疲れも見えないむきむきが変なのだ。

 

 時刻は夕方。

 むきむきはグースカ寝ている二人の少女を宿に置いていき、イスカリアの打倒で手に入れた賞金を資材屋で全て費やして、得た素材を手に街一番の鍛冶屋に向かう。

 

(僕にできる償いなんてこれくらいしかない)

 

 鍋奉行の討伐で得た金の一部を使って、鍛冶屋に頼み込み、手を貸してもらう。

 そこからの作業は、困難を極めた。

 習得欄に鍛冶スキルが現れなかったむきむきは、鍛冶屋のスキル補助を受けつつも、その筋力と体で覚えた技で鎚を振る。

 

(今、できることを。僕にできることをしよう)

 

 叩いて叩いて叩いて叩いて、購入した資材とグラムの破片を混ぜ合わせていく。

 

(取り返しのつかないことをした。

 元には戻せないことをしてしまった。

 でも、だからって、何もしないわけにはいかない。

 少しだけでも、少しづつでも、壊したものの分を埋めないと―――)

 

 そうして、不器用な生き方と凄まじく器用な腕の相乗効果により、彼の手で魔剣グラムは生まれ変わった。

 

 

 

 

 

 翌日の朝、むきむきにもう一度助けてもらった礼を言おうとしていたミツルギが見たのは、生まれ変わった真紅の魔剣の姿であった。

 

「ぐ……グラム!?」

 

 ミツルギも、その取り巻き二人も、地味目の服装で来ていたゆんゆんも、寝癖が派手に残っていためぐみんも、皆一様に驚いていた。

 

「僕なりに直してみたんだ。勇者様、多分以前の能力もそのまま残ってるよ」

 

「おお、おお……! ありがとうございます、むきむきさん!

 何度感謝の言葉を伝えればいいのか分かりません! 本当にありがとうございます!」

 

 ミツルギは嬉々としてグラムを受け取った。

 むきむきが片手で持っていたグラムを受け取ると同時、魔剣の力がミツルギの腕力を強化する。

 が。

 その強化した腕力でも、一瞬取り落としそうになってしまうくらいに、その魔剣は重かった。

 

「って重っ!?」

 

「あ、あはは……

 どうしても、破片だけでは以前の出力が出せないみたいで。

 資材屋さんで力のある鉱物を馬車数台分買って、そのサイズに圧縮しました。

 それらの鉱石で魔剣のパワーを補ってるので、その、鉱石の分だけ重く……」

 

「どんだけ筋力込めたんですか!?」

 

 それは、戦車を叩いて圧縮し、剣のサイズにまで凝縮したようなもの。

 ボース=アインシュタイン凝縮のような何か。

 この世界に存在する異世界法則・スキルの補助と、むきむきの異常な筋力が産んだ、マケン(ツコ)デラックス級の重量剣であった。

 

「そうか、それで……

 あ、むきむきさん、これむきむきさんの冒険者カードですよね?

 鍛冶屋の人が誰のものかも分からない冒険者カードが落ちていたと、ギルドに届けてました」

 

「あ、ありがとう。あはは、なんだか締まらないなぁ」

 

 むきむきはミツルギからカードを受け取り、くるりと回したそれをポケットにしまう。

 

「この魔剣に名付けるならば、そう―――魔剣『一万キログラム』」

 

「一万キログラム……!」

 

 凄まじい切れ味を持ち、重量が十トンもある魔剣。

 名前もちょっとだけ長くなり、強化形態感も備えた。

 これを使いこなすことができれば、万物を力任せに叩き切る最強の魔剣となるだろう。

 使いこなせれば、の話だが。

 

「昨日フィオと一緒に話してた時も思ったけど……うん、これは脳筋だ」

「脳筋だよね、筋肉の人。いい人なんだけど」

 

「うちのむきむきは脳筋ですけどそれはそれで美点なんですよ」

 

「めぐみん、前から思ってたけど私と比べてむきむきに甘くない……?」

 

「私とあなたはライバルじゃなかったんですか?

 ライバルに甘やかされたいんですか、あなたは」

 

「……! いや、今でも甘いくらいよ!

 もっと厳しくたってかまわないわ! ライバルとして!」

 

 一般の人の範囲を出ない程度に漫画を嗜んでいたミツルギが、ここ数日を振り返る。

 この悲惨だった数日も、今振り返れば違って見えた。数日は仲間にしたいと思える強キャラとの出会いであり、悲惨な敗北イベントであり、修行パートに入るための前振りに見えた。

 ゲーム脳とはまた違う。"世界を救う者には歩むべき正道がある"といった薄ぼんやりとした認識が頭にこびり付いている、といった感じだ。

 

 ミツルギは既に、この新生魔剣を使いこなすための修行を始める気満々でいる。

 

「ありがとうございます。

 僕もこの剣を鉄砕牙だと思って修行して、いつか軽々と振れるようになってみせます!」

 

「てっさいが……?」

 

「……んん、お気になさらず」

 

 むきむきと話していると、ついつい子供の頃晩御飯の時に親がテレビで見せてくれていたもののことなど、昔のことを思い出してしまうミツルギであった。

 もう会えない親のことなども思い出してしまうが、それも飲み込んで、前の世界の生ではなく今の世界の生を見つめる。

 

 なのだがやっぱり、ミツルギはちょっとばかりズレている少年だった。

 

「むきむきさん。今日からあなたを、師父と呼ばせて下さい」

 

「……はい?」

 

「いえ、返事はいいです。師父と呼びます!」

 

「自己完結!?」

 

「いつか僕は、あなたのそれに及ばずとも、世界を救うに足る筋肉を身に付けてみせます!」

 

 ミツルギは"この世界を救うための手段"として、『人を助けて仲間を集める』『レベルを上げて強さを身に付ける』『魔王軍を倒す』のみならず、『筋肉を付けて強くなる』というものまで加えていた。

 

「筋肉が強いということを、あなたは思い出させてくれた……!」

 

 クレメアとフィオは、そんなミツルギの姿でさえも好意的に見ている。

 あばたもえくぼ。

 ……ミツルギとこの二人がパーティを組んでいるのはこういう、『一度好きになったものに盲目的になる』という個性を持ち合わせていたために、根本的な部分で気が合ったからなのかもしれない。

 

「最後に忠告です。

 僕は女神アクア様を尊敬していますが……

 アクア様を信仰するアクシズ教徒は、剥がしそこねたシールが壁に残すあれと同じです。

 どうか、お気を付けて。それでは……またいつか、どこかでお会いしましょう」

 

 最後の最後に、最近とある転生者に「神聖なゴキブリ軍団」とまで呼ばれたアクシズ教団についての忠告を置いていき、ミツルギとその仲間達は去っていった。

 ゆんゆんが、当たり障りのない感じに呟く。

 

「なんというか、あれな人だったね。

 悪い人じゃないけど、関わりを最小限にしたいというか……

 優しいところも、勇者らしいところもあるし、慕われてもいるけど……

 相手への尊敬すら、自分の中で自己完結してる感じがあるというか……」

 

「私はああいうヤツ好きじゃないです」

 

「辛辣っ!」

 

 親しければダメなやつでも見捨てないのがめぐみんだが、同時に人の好き嫌いがはっきりしているのもめぐみんである。

 ぺっ、と唾を吐き捨てるめぐみんと、あのミツルギが仲良くなる未来が来る可能性は、相当に低いようであった。

 

「むきむきもお疲れ様です。

 最高の結果かどうかは別として、あなたは最善を尽くしたと思いますよ」

 

「そうかな?」

 

「ええ、そうですとも」

 

「魔剣も一応復活したもんね。

 あれを振れてるのって、魔剣の補正もそうだけど、ステータスが相当高そう」

 

 ミツルギは相当に重そうにしていたが、あの魔剣一万キログラムを、ゆっくり振る程度であれば問題なく振れていた。

 持ち運びにもさして苦心した様子は見られなかった。

 ステータスの基礎筋力が、元々かなり高かったのだろう。

 

 そも、安全な街に引きこもろうと考える保守的な人種と違い、世界を救おうと積極的に動いている能動的な人物は、四六時中鍛練と戦闘の中に居るようなものだ。

 それで体が鍛えられないはずがない。

 ミツルギは見るからに生真面目そうな性格をしていたため、弛まず積み上げられた戦闘の結果、筋力値も相当に鍛えられていることだろう。

 

 それでも、あの魔剣を実践レベルで使えるようになるまでは相当かかるに違いない。

 

「お話は終わりましたかな? では、こちらの入信書にサインを」

 

「え? あ、はい」

 

「ストップですむきむき」

 

 そこでさらりと、ごく自然な流れで、さも当然のように、最初からそう予定されていたかのように差し出される入信書。

 あれ? と想いつつ反射的に流されそうになるむきむきの手を引き、めぐみんが止める。

 

「だ、誰!?」

 

 ゆんゆんが叫ぶと、そこには穏やかな笑みを浮かべたオッサンが居た。

 

「敬虔なるアクシズ教徒の一人。迷える子羊を導くものです」

 

「群れからはぐれた子羊を精肉所に導く、の間違いじゃないでしょうか」

 

 否。穏やかなのは笑みだけだ。

 アクシズ教徒はこんなんばっかである。

 おっさんはオタクが今季の嫁を見るような目つきで少女二人を見て、その流れでむきむきさえもその目つきで見ていた。

 

「私としては今すぐに入信していただけなくても、私のステディになっていただければ……」

 

「またホモですか!

 どうなってんですか里の外の世界は!

 人間をホモにする魔王軍幹部でも現れたんですか!?」

 

「失敬な! 私はバイで、オークでもイケるクチなだけです!」

 

「余計に悪いですよ! 失敬も何もそれでよく他人から敬われると思いましたね!?」

 

「敬われてますとも! 何を隠そう、この私こそがアクシズ教の次期最高司祭!」

 

「え゛っ」

 

「ゼスタと申します! どうぞ末永くよろしくお願いしたい!」

 

「よろしくお願いされたくない……!」

 

 アクシズ教団次期最高司祭、アルカンレティア教団最高責任者、ゼスタ。

 おそらくは、役職名を名乗った時に「世も末だな」と思われた回数で言えば、この世界でもトップ争いができる男であった。

 

「お近づきの印に、我々でぱんつの交換などいかがですかな?」

 

「こ、この絵に描いたようなアクシズ教徒感……!」

 

 さらりと自分のパンツ一枚と未成年のパンツ三枚を交換するシャークトレードを仕掛けるゼスタ。

 そこから「正当な交換で得たこのぱんつを返してほしければ、分かりますね? はい、入信書です」という展開に持って行くつもりらしい。

 水の女神だけにシャークトレード。流石はアクシズ教徒だ。誰も水を与えていないのに24時間水を得た魚のようだと言われるだけはある。

 

(これが話に聞くアクシズ教徒……噂以上だ……!)

 

 ミツルギの見送りに街の外まで出て、そこでグダグダやっていたのが悪かったのだろうか。

 少年達は悪魔よりタチの悪い人間に捕まった後、悪魔にも見つかってしまった。

 

「っしゃ、見つけた見つけた。里から出て行った紅魔族」

 

 そこで森の木陰から現れた悪魔が声を上げるまで、その場の誰もが、その悪魔に近くまで接近されていたことに気が付いていなかった。

 

「! 悪魔!?」

 

 爬虫類のような顔に鳥のようなクチバシの悪魔。

 森の中を移動して街まで近付いてきた手腕といい、ここまで気配を気取らせなかったことといい、おそらくは潜伏系のスキルを持つ隠密行動系の悪魔だろう。

 常人よりも魔力に敏感なむきむき。そのむきむきの数倍魔力に敏感なめぐみんとゆんゆんは、この悪魔が上級悪魔であることを即座に見抜いていた。

 

(むきむき。こいつおそらく、上級悪魔クラスよ)

 

(上級悪魔。ホーストほどじゃないにしても、これは……)

 

 ゆんゆんとむきむきが目で会話し、並んで一歩前に出る。

 ここは少し街が近すぎる。爆裂魔法でも撃とうものなら、街は大騒ぎで警察沙汰になりかねない。

 めぐみんが我慢できなくなって爆裂魔法を撃ってしまう前に、むきむきとゆんゆんで勝負を決める必要があった。

 

「ククク……俺は上級悪魔モブザーコ。

 お前ら紅魔族だな?

 邪神の墓の封印が解けた日のことを聞きたいんだが――」

 

「セイクリッド・ハイネス・エクソシズム!」

 

「ギエピー!」

 

 あった、のだが。

 

 上級悪魔は、ゼスタの破魔の魔法――浄化の魔法の一種。悪魔に特に高い効果を持つ――によって、たった一発で影も形も残さず消し飛ばされていた。

 

「悪魔死すべし、慈悲はない。

 話を戻しますが、ぱんつの交換は私だけが利する行為ではないのです。実はですね……」

 

「じょ、上級悪魔が一撃で……」

 

「す、凄い……凄い強いし、凄い変態よこの人……!」

 

「女神アクアに理性があるとしたら、なんでこんな人物にこんな才能を授けたんでしょうか」

 

 ここは水の都アルカンレティア。

 世界で最もしぶとく、世界で最も厄介で、世界で一番敵に回したくないと言われる怪しい宗教団体・アクシズ教団の本拠地である。

 彼の名はゼスタ。

 そんなアクシズ教団のてっぺんに手をかけたこと自体が、その人格の説明になっているような男だった。

 

 

 




 上級悪魔の中でも多分かなり強い枠だと思われるアーネスとホースト。アーネストホーストッ!

 WEB版連載時の作者さんの言によると、ゼスタ様は元々並み居る敵を蹴散らす無双ギャグキャラだったらしいのですが、おっさんの無双だらだら書いてもどうなのよってことで端折られたのだそうです。
 準アイリス枠だと勝手に思ってます。

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