「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」 作:ルシエド
ゆんゆんは親から貰った新しい銀の短い杖を持ち。
めぐみんはあるえから貰った眼帯を
ミツルギはこの辺りに存在するモンスターの分布を得意げに周囲に話し。
むきむきは石を投げてとりあえず寄ってくる雑魚モンスターの頭を片っ端から潰し。
四人はアルカンレティアへと進む。
楽しそうな旅路の光景……この光景から一時間の後。
四人は、ドラゴンゾンビに襲撃されていた。
「なぁんでぇ!?」
ゆんゆんを抱えてむきむきが跳び、ドラゴンゾンビが振り下ろした前足が、一秒前までゆんゆんが立っていた地面を深く陥没させた。
「気を付けて! ドラゴンゾンビは防御特化のクルセイダーでもあっという間に沈む強敵だ!」
ミツルギが皆に警告し、ドラゴンの背後に回り込もうとするも、その巨大な尾が一振りされて地面を叩けば、ただそれだけで背後に回るのを断念せざるを得なくなる。
民家よりも大きな体躯。
ただでさえ大きな体躯は、翼を広げると倍になったようにさえ見える。
凄まじい重量は歩く度に地面を僅かに沈め、アンデッド化したことで桁違いに増したパワーは、以前戦った20m級のドラゴンが所詮急造の改造品でしかなかったことを知らしめる。
むきむきはゆんゆんを後方に置き、前に出てドラゴンの続く前足の一撃を受け止めるが、ホースト以上の腕力と、痺れるような痛みが走った自分の腕に驚愕する。
「重っ……!?」
踏ん張っていたため、吹き飛ばされてはいない。
それでも、むきむきが驚くだけの筋力はあった。
「どうやらここは、真打ち登場の風向きのようですね……! わが爆裂まほ――」
「引っ込んでてめぐみん!」
「大人しくしててめぐみん!」
「――!?」
力任せに攻撃を弾くむきむきが押し切られそうになると、ミツルギが前に出る。
剣の腹で攻撃を流しつつ、体を大きく捻って防御しているミツルギがやられそうになれば、むきむきが前に出る。
二人の前衛が相手の攻撃を半々に受け持つことで、なんとか彼らは無傷で乗り切っていた。
とはいえ、小さなミスがちょくちょく出るのが戦闘というもの。
ミツルギが竜の頭突きを受け流しきれず、剣の腹で真正面から受け、吹っ飛ばされる。
吹っ飛ばされたミツルギは、むきむきに空中でキャッチされた。
「勇者様!」
「大丈夫です! グラムで受ければ大抵の攻撃は通りません!」
ミツルギのレベルはそこまで高くはない。レベルの高さ相応に、所有スキルも多くなくスキルレベルも高くはない。
それでも強いのは、彼が持っている『剣』が凄まじく強力であったからだ。
(この剣が本当に強い。魔剣の勇者様も、ちゃんと剣を使いこなしてる)
むきむきが尾を掴み、伸び切った尾をミツルギの一閃が切断する。
この異常筋肉でも引き千切るのには時間がかかりそうなドラゴンゾンビの太く硬い尾も、この魔剣にかかれば瞬く間に一刀両断だ。
その切れ味は上級魔法以上であるように見える。
ミツルギが振るう度、魔剣がその意志に呼応して力を与えているかのように、魔剣を振るう彼の膂力や剣閃の際の移動速度は凄まじいものがある。
剣を収めている時のミツルギが見せていた身体能力と、魔剣を抜いた後のミツルギの身体能力には、誰の目にも分かるくらいの差があった。
「『ライト・オブ・セイバー』!」
前衛が動きを止め、ようやく急所を晒したドラゴンゾンビの首に、ゆんゆんが光刃の上級魔法を叩き込む。
が。
「な、なんで首が半分切れてるのに死なないの!?」
「アンデッドだからじゃないかな!」
生前から魔法に一定以上の耐性を持っていたのか、光の刃は腐りかけの首の半ばまでしか食い込まず、ドラゴンゾンビは首を半分斬られても平然と動き続けていた。
魔法に斬られた首から、腐った体液がどばっと滴り落ちる。
女性陣はそこにちょっと吐き気を覚えたが、男性陣はそこを仕留めるチャンスと見た。
「せやっ!」
二人が同時に跳び、ミツルギが先んじて魔法で切れた傷口に魔剣を強く叩きつける。
ドラゴンは身をよじって刃筋が立たないよう動いたが、刀身は深く首に食い込み。
「むきむきさん! 蹴りは剣に!」
「了解!」
剣の鍔を蹴り込んだむきむきの筋力により、ようやくドラゴンの首は刎ね飛ばされた。
「……ふぅ。強かった」
「お疲れ様です」
ドラゴンゾンビはその名の通りアンデッド化したドラゴンである。
ブレスは吐かなくなるが、アンデッド化の影響でその筋力は生前の力を超えることもある。
その腕力たるや、高価な金属鎧を着た前衛職がビスケットのように潰されるほどだ。
大抵の前衛はクシャッとされ、その後に後衛もクシャッとされるのが一番多いパターンであり、この前衛二枚看板だからこそ凌げた敵であったと言えよう。
自然界の頂点、ドラゴンの名は伊達ではない。
(ゆんゆん、前衛としては結構優秀でしたね。アフィルギとかいう人)
(やっぱり不安だけど居てもらった方がいいよ、めぐみん。腕は確かみたいだし)
(……今のにもう一回出て来られると、私達のどっちかは死にそうですしね)
実力は確かだ。
確かなのだが。
むきむきと並んでいると際立つ凄まじい自信が、なんとなく少女二人を不安にさせる。
他世界からこの世界に来る転生者が得る能力には、実は傾向がある。
自分が嫌いな人間は『自分を変える』特典を。
自分に足りない部分を自覚している人間は『自分に追加する能力』を。
自分に自信がある人間は自分に何も付け足さず、『自分が使いこなすための武器』を。
今の自分を見下し、創作のキャラを見上げる者は『創作のそれっぽい容姿や武器』を。
人によっては『努力した分だけ強くなれる能力』など、努力する他人に憧れながらも努力できない自分を嫌い、楽しく努力できる動機になってくれる能力を求めた者も居た。
あくまで傾向である。人間が多様性に富む精神を持っていることを考えれば、○○だから●●といった明確なパターン化はかなり難しく、例外が山ほど積み重なるものだ。
ミツルギは、自分に自信があった。
今の自分に満足していて、今の自分に嫌いな部分がなく、今の自分を信じていた。
"そんな自分に使われる武器"としてグラムを選び、自分に継ぎ足せる強力な能力に目もくれなかったのは、そういうところに要因があるのだろう。
自分に自信が無いむきむきと話している様子を見ると、なおさらそれは際立って見える。
「むきむき、腕の傷を見せてください」
「あ、めぐみん。これくらい平気……」
「駄目よ! ドラゴンゾンビは腐ってるから、その体は病原体だらけなのよ!
怪我じゃなくて病気で死んじゃったら、アークプリーストでも蘇生できないんだからね!」
「ゆんゆん! 耳元で叫ばれると耳が痛い!」
「いいからさっさと傷を見せてください。ほら、族長から貰ったスクロールを試してみましょう」
めぐみんがむきむきの腕を強引に取ると、腕には引っ掻いたような傷が付いていた。
この世界には回復魔法、治癒魔法、蘇生魔法など小分けにされた癒やしの魔法が存在する。
めぐみんが手にした巻物は治癒魔法のスクロール。強い毒は治せないが、引っ掻き傷とそこから入った病毒くらいなら問題なく消せるだろう。
「族長もいいものをくれたものです。むきむきは感謝しないといけませんね」
「……うん。族長さんは、結構昔から気遣ってくれてたからね」
これは族長がむきむきにくれた、旅立ちの餞別の一つである。
面倒臭い子供だった彼を、族長は時々気にかけてくれていた。
娘と引き合わせたのもその一環だろう。
「このスクロール、もう使えないけど取っておいていいかな?」
「いいんじゃないですか? 荷物にもならないでしょうし」
治癒魔法の解毒効果の後、回復効果が引っかき傷を塞いでいく。
「よしっ」
「いてっ」
傷が治ったのを見るやいなや傷があった場所を軽く叩き、ちょっと安心した様子の表情を見せる辺りが、とてもめぐみんらしかった。
「むきむきさん、このドラゴンはギルドに連絡して回収して貰いましょう。
運搬料はかかるでしょうが、素材の分のお金が差し引きで手元に入ってくるはずです」
「えっ、大丈夫かな……」
「腐った肉を放置しておくと、他のアンデッドモンスターが集まって来たりするんですよ。
街道のど真ん中でそれはマズいでしょう? それに骨や爪などはそのまま残ってますしね」
冒険者を管理する冒険者ギルド。モンスターの死体を片付けるのも、彼らの仕事だ。
彼らが仕事をできなければ、この道はドラゴンの死体とそれに集まるアンデッドの集団で、長期間使用不能になってしまうかもしれない。
世の中を回しているのはこういった、誰の目にも留まらない縁の下の力持ち達なのだ。
ミツルギは魔剣を使って、ドラゴンの前足から爪を一本だけ切り取る。
「ほほう、ドラゴンの爪ですか」
「むきむきの皮膚にさえ傷付けてたね。あれ、これ結構凄い素材なんじゃ」
「僕のせか……んんっ、僕の出身地には色々な動物が居まして。
トカゲや恐竜っていうのの一部は、爪の中に骨があるんです。
イグアナとか、イグアノドンとか。これも同じでしょう。
骨の周りに爪を作って、武器として使える爪を作ってるんじゃないでしょうか」
「へー」
ミツルギがドラゴンの爪の中の骨をスポスポ出したり戻したりする。
ドラゴンの爪は外側も鋭い刃のようで、中に入っている骨もどこか短刀を思わせる形状をしている。爪と骨が、まるで鞘と剣のようだ。
「外国の王族はこういうのを加工して、観賞用の短刀にもしてると聞きます」
「「「 おぉ…… 」」」
これは、里の中で本を読み漁るだけでは付かない知識だ。
まがりなりにもミツルギは冒険者。この世界を旅し、この世界を見て回り、この世界にある楽しさや面白さを多く見てきた少年だ。
三人が知らない面白さをミツルギは知っていて、ミツルギが知らなくて他の人が知っているような面白さも、この世界には溢れている。
『里の外の世界を知る』という楽しみを、三人は存分に堪能しているようだ。
―――生きて、生きて、生きて……この広い世界を、見て回るがいい
―――貴様のような者でさえ、素晴らしい友と出会うことができる、この素晴らしい世界を、な
少年の口元に、自然に笑みが浮かぶ。
あの幽霊はむきむきをどう思っていたのだろうか。
里の外にも出たことがなく、里の中のコミュニティを絶対視する少年は。
世界の広さも、世界の楽しさも、世界の面白さも知らない少年は。
広い世界の厳しさも、広い世界の優しさも知らない少年は。
あの幽霊には、どう見えていたのだろうか。
それは、最期の言葉から想像するしかない。
「私達も学校で色んなモンスターのこと調べたつもりだったけど……」
「案外面白いものですね。キャベツの大陸渡りと海越えも早く見てみたいものです」
「……僕的には、この世界の異常性を一番表してるあれは、なんというか……」
「外の世界の本も読んでおきたいよね、めぐみん、むきむき。
強いモンスターの体の仕組みや弱点くらいは把握しておかないと」
「サキュバスのような男性特攻のモンスターが居たら、今の前衛は総崩れですしねえ」
モンスターの研究とは、自分より強い生物に勝つための技術の探求である。
『自分より強い者に勝つ技術』は、『相手の弱点を突く技術』であることも多い。
例えば、少林寺拳法の金的は科学的な進化と改良を果たした一撃であると言われている。
少林寺の金的は睾丸ではなく、睾丸の下から裏にかけての副睾丸という箇所を打つ。
ここは痛覚神経が集中しているため凄まじい激痛が走り、睾丸も潰さないため相手の生殖機能を潰すこともなく、相手はショックで呼吸困難に陥りながらゲロを撒き散らすことになる。
更にこのダメージは神経の構造上の問題で、脳に『内臓へのダメージ。身体機能を落とせ』という指示を出させるため、男性の体の動きを強制的に封じ込めることができる。
モンスターの弱点を調べるということは、大体こういうことだ。
モンスターの金玉がどこかを探してそこを蹴り上げる。流水が弱点であることを咄嗟に見抜いて水をぶつけるような判断能力こそが、冒険者に本質的に求められるものであると言えるだろう。
ジャイアントトード相手ならば金属での斬撃が有効。
アダマンマイマイや硬いゴーレムが相手ならば刃ではなく打撃武器が有効。
アンデッドならばプリーストの浄化が有効。
……といった風に、相手の弱点を突くこともまた、冒険者の基本なのだ。
「……うっ」
「? 勇者様、どうかした?」
なのだが、めぐみんの『男性特攻』という一言を聞いた途端、ミツルギが身震いしていた。
「い、いや、なんでも。ちょっと嫌なことを思い出しまして」
「そ、そうなんだ」
ここに来る途中に何かあったのだろうか。
あったとしても、里で敬語を強引に禁止されて微妙に話しづらそうにしているむきむきは、自然な流れでその話を聞き出せない。
ストレートに聞くと今は誤魔化されそうな雰囲気も、ミツルギは醸し出している。
旅路は続く。そうこうしている内に、めぐみんがバテ始めた。
「ちょ、ちょっと……待っ……き、キツいんですが……」
戦闘込みの旅路。コンクリートなどない、ある程度にしか整地されていない土の路面。村も里もない片道二日間の道程。モンスターが存在する危険地帯なため、気も張っていないといけない。
初めての旅路に体力は削がれ、凸凹した路面が予想以上に足を痛め、学校在籍時に体育の授業をほとんどサボっていためぐみんの華奢な体を襲う。
「乗る?」
「乗ります」
かくして、めぐみんはむきむきの肩の上に移動した。
「やはりここが私の王座ですね」
「僕の肩みたいなしょっぱい王座で満足しないでよ?」
「ほほう。言うようになったじゃないですか」
むきむきの肩幅は広い。肩パッドでも入れてるのかと思えるくらいに広い。片方にめぐみんが普通に座れるくらいに広い。
肩にめぐみんを乗せ、めぐみんの運搬車と化したむきむき。これこそまさに肩車。
これには流石にゆんゆんも呆れ顔。ミツルギも苦笑をせざるを得ない。
「めぐみん……情けなくないの……?」
「ま、まあ、レベルが上がるか慣れれば平気になるよ。皆そうだって聞くから」
めぐみんがこうなっているのは旅慣れしていないからだ。今のレベルなら、旅慣れして体力が上がってくればほどなく丸一日歩き続けられるようになるだろう。
本来ならば一度も旅をしたことがないような小中学生相当の少女が、むきむきやミツルギの歩幅に合わせて一日ぶっ通して歩き続けるなど、もっと早くに音を上げていなければおかしい。
里に居た頃に上げたレベルが、いいように作用していたのかもしれない。
それから二時間後。
「ぐ……は、はぁ、はぁ……」
「ゆんゆん、情けなくないんですか?」
「め、ぐ、み、んんんっ……!」
ゆんゆんも次第にバテ始めていた。
めぐみんと違いゆんゆんは体育の授業にもちゃんと出ていた上、めぐみんと違って体術の成績もよく、それなりに体格も体力もあった。
とはいえ、戦闘中は後ろでじっとしているだけのめぐみんと、動き回って魔法を撃ちまくるゆんゆんとでは消耗が違う。道中の戦闘回数はとっくの昔に二桁に突入していた。
山登りなどでは自然体で登れる人間の方が消耗は少ないというが、ゆんゆんは完全にこれの真逆であり、初めての旅立ち特有の緊張とウキウキでかなり無駄に体力を消耗してしまっていた。
要は張り切りすぎの弊害である。
「乗る?」
「……」
「めぐみんはからかうかもしれないけど、僕は変なことだとは思わないよ。
でも、強がって無理をして体を壊してしまうことは、絶対に変なことだと思う」
「……乗ります」
ゆんゆんも少年の肩に乗り、めぐみんがここぞとばかりにゆんゆんをいじり始める。
「おやぁ? 私を情けないとか言ってた人の姿が見えますね?」
「くっ……」
「吐いた唾は飲めないって言葉は知ってますか?
吐いたものを飲み込むなんて、反芻をする牛みたいですね。
あ、そういえばあなたは胸が無駄に成長してましたっけ。
その胸の無駄な成長は牛になるためだったんですか、ゆんゆん?」
「こ、ここぞとばかりに……!
ごめんなさいむきむき! 今からあなたの上で喧嘩するかもしれない!」
「やめてよ」
ちなみにこうしてほわっとした感じでゆんゆんがむきむきの肩に乗り続ける限り、ゆんゆんのぼっち気質を心配するむきむきの肩の荷は永遠に下りないのであった。
めぐみんもゆんゆんも、この少年の肩を持つ友であり肩を並べる仲間であるが、この少年の肩に乗っている内は大きな関係の変化などありえない。
自分の肩の上で喧嘩勝負を始めるめぐみんとゆんゆんのパンチを器用に弾いているむきむきを見て、ミツルギはぼそっと想い出を呟く。
「……『巨人の肩の上』」
「? それは?」
「あ、いえ、ここから遠い僕の出身地での授業で聞いた言葉を、思い出してしまいまして」
ミツルギの言葉にむきむきが耳を傾け、二人の少女も互いを警戒しつつ手を止め、同様に耳を傾ける。
「
ミツルギはこの世界の人間ではない。
そのためこの世界の人間には無い考え方がある。
この世界には無い知識がある。
「ええっと、なんだったかな……授業で一回聞いたきりだったからな……
人は、先人よりも後に続く者の方が多くのものが見えます。
先人が知恵や歴史を後の時代に残してくれているからです。
だから、後に続いた者達が"先人より自分の方が頭がいい"と言い出しました。
先人よりも難しい問題を解いているのだから、と。
そこである人が疑問を口にしたんです。『我々は本当に先人よりも賢いのか?』と」
とても難しい数学の方程式を導き出した人間は、0の概念が無かった時代に0の概念を生み出した人間より、賢いのだろうか?
「先人や先人が残したものを、その人は巨人に例えました。
そして自分達のことを、巨人の肩の上に乗る小人に例えました。
自分達が高みに居るのは、巨人の肩の上に居るからだと。
自分達が巨人より遠くが見えるのは、巨人のおかげなのだと。
巨人より多くのものが見えたとしても、我々が巨人より偉大であるということではないのだと」
ミツルギは、少女二人を肩に乗せる巨人を見て、忘れていた授業の一幕を思い出していた。
「巨人の肩に乗っていることを忘れてはならない……といった、感じの授業でした」
ミツルギの話に、三人は三者三様の表情で頷く。
「勇者様は、色んなことを知ってるんだね」
「自慢じゃないですが、記憶力には自信がありますよ。クラスの成績はいつも一番でした」
そこで余計な一言を言わなければかっこいい感じに終わったろうに。無自覚な自慢の一言で微妙に評価を下げてしまうところが、まさしく玉に瑕だった。
「巨人の肩の上に乗る、小人」
四人はそれぞれが、自分を肩の上に乗せてくれたここには居ないどこかの巨人に――心の中で見上げる誰かに――思いを馳せる。
ゆんゆんは、自分が持っている知識を無数に積み上げてくれた名も無き先人達に。
ミツルギは、自分に魔剣と使命と次の生を与えてくれた女神に。
めぐみんは、自分の命を助けてくれたあの日の爆裂魔法のお姉さんに。
むきむきは、勿論かの幽霊に。
それぞれが、巨人を見上げるように想いを馳せる。
彼らの中には、どこかの誰かに対する揺るぎない尊敬があった。
「先人達の残した知識のお陰で、私達は今日も生きていける。素晴らしいことじゃないですか」
旅立ちの一日目は、もう終わろうとしている。
沈みかけの夕陽が美しく、彼らを橙色の陽光で染めていた。
夕暮れの中、夕陽を見つめるゆんゆんが、めぐみんの言葉に応えた。
「うん」
初めての旅の、最初の一日目が終わる。
「さて、そろそろ野宿の準備をしましょう。進むには危険な時間帯になります」
ミツルギの提案で、初めての野営が始まった。
パチン、と魔道具が音を鳴らす。
「イスルギさん、それはなんの魔道具なんですか?」
「いやだから僕の名前はミツルギだ。これはある貴族に褒美に貰った魔道具でね」
テントを張っているむきむきとめぐみんを見ながら、ミツルギは手の中で転がしている魔道具をゆんゆんに見せる。
「ダンジョン攻略の必需品、魔物避けの結界魔道具の特製版だそうだ。
数も少なく、値段もべらぼうに高い。
その代わり、光や匂いといった魔物が人を感知する要素を完全に隠してくれるんだ」
「へぇ……」
ゆんゆんは手帳にちょこっとメモを取る。
後で買うつもりなのかもしれないが、ミツルギが貴族に貰ったと言っているように、実はこの魔道具も冒険者に買える値段ではなかったりする。
王族はホイポイカプセルのように屋敷を手の平サイズで持ち運べる魔道具なども使っていたりするが、これも当然冒険者が買えるようなものではない。
この世界にはそういう、有用だが高すぎるというものも多々あった。
「勇者様、夜の見張りは……」
「あ、むきむきさん、テント張りお疲れ様です。
見張りは一人二時間半見張り、七時間半睡眠でいいんじゃないでしょうか?
一時間後に見張りを始めれば、全員が睡眠を取り終えたところでちょうど夜明けになります」
「なるほど」
いかにも旅慣れしている、といった感じだ。
むきむきも感心した様子を隠していない。
めぐみんとゆんゆんは"ミツルギだけが起きていてむきむきも自分達も寝ている"という状況に、いささか少年の貞操的な危険性を感じたが、今日一日でミツルギに対する評価は大分変わっており、「流石にそれはしないだろう」と思えるようになっていた。
数日あれば、彼のホモ疑惑も晴れ始めるかもしれない。
「我焦がれ、誘うは焦熱への儀式、其に捧げるは炎帝の抱擁……『ファイアーボール』!」
「その詠唱に何の意味が……」
「紅魔族は伝統的に、意味の無いかっこいい詠唱をしないといけないんだ」
「むきむきさんはこう言ってるけど、そこのところどうなんだい?」
「誇らしき伝統です」
「悪しき伝統です……」
「あるんだ……」
反応は二人の少女で両極端だったが、あることにはあると聞いて戦慄するミツルギ。
魔剣と鎧を外して脇に置き、ミツルギは冒険慣れした手つきで料理を開始する。
とりあえず、むきむきが付けた火の上に鍋を置き、畑で取れる高級サンマの肉粉を入れた袋をダシに使い、異世界人がこの世界に持ち込んだ調味料・醤油で味付けし、雑多な食材と米を一気にぶち込んだ。
「バカでも出来る簡単料理。雑炊です」
「案外ベタな晩御飯なんですね」
「……以前、雪山で鍋奉行という敵と出会ってね。
その日は仲間と食べていた鍋の締めに、うどんを入れたんだけど……」
「あ、これ知ってる。どう足掻いてもダメなやつだ」
"ミツルギが鍋で雑炊しか作らなくなった理由"を察し、むきむき達三人の目が遠くを見つめていた。
腹が膨れたら、見張りの予行演習だ。
そこでゆんゆんが焚き火のやり方を知らないというアクシデントもあったが、知らないことは教え合うのが旅の仲間というやつである。
「いやだからゆんゆん、細い木を上手く使って火を維持するんだってば」
「こう……こうかな? あれ? むきむきのと何か違うような」
「それだと空気が入らないから、熱は閉じ込めるように、空気は入れるように……」
「わ、器用……こうかな?」
「そうそう、そんな感じ。これならもう大丈夫かな」
「よし! ……あ、そうだ、めぐみん!
どっちが先に火種を焚き火にまで育てられるか、勝負よ!」
休日に妹を連れて山に登り、土を掘り、一から火を起こして「カブトムシの幼虫よりクワガタムシの幼虫の方が美味いですね」と焼いた幼虫を食っていた経験もあるめぐみんに、何故ゆんゆんは勝てると思ったのだろうか。
めぐみんの圧勝で白星黒星がまた一つづつ増え、むきむきはその辺でいい感じに燃えてくれそうな木の枝を集める。
その途中、ふと視線を向けた時、挙動不審に周囲をキョロキョロと見回していたミツルギと目が合った。
「勇者様?」
「あ、いや、なんでもないですよ。実は前にここを通った時、嫌なものと戦いまして……」
「嫌なもの?」
「……男の天敵。オークです」
オーク、と聞いてめぐみんとゆんゆんの表情がちょっと苦々しいものになる。
「ああ、あれと遭遇したんですか。もしかして勝ってしまったり?」
「……」
「うわぁ。勝っちゃったんですね」
「え? どういうこと?」
「むきむき、現代においてオークは男性が絶滅してるの。
今のオークは全てが女性。生まれてくる子も生き残るのはほぼ女性。
性欲が強い女性のせいで、たまに生まれた男の子はすぐ性的に弄り殺される。
だからオークの女性は他の種族の男性をさらって、無理矢理に子供を作らせるのよ」
「……うわぁ」
無知なむきむきに、二人の少女がずいっと迫って懇切丁寧に説明していく。
「しかも他種族の優秀なオスを狙うため、生まれてくる子供は優秀。
そのサイクルを繰り返してきたため、今のオークは凄まじい混血です。
優秀な血脈を混ぜ合わせた
ステータスが高い上、どんな種族固有スキルを使ってくるかも分からない。
遠距離から上級魔法で薙ぎ倒せる紅魔族でもなければ、敵に回せない手合いです」
「うわぁ、うわぁ……」
「こんなオークですから、うっかり一体でも倒せば終わりなんですよ。
優秀なオスとしてオークに狙いを定められてしまいます。
この人が恐れてるのはそれでしょうね。
うっかりオークを倒し、強さを認められてしまって、ずっと狙われていたんでしょう」
ミツルギは馬に乗って里にやって来た。
その馬は、今は旅の荷物を運ぶために使われている。
来た時は馬の速度のおかげで逃げられたが、今襲われたら逃げ切れないと、ミツルギは認識しているのだろう。
「ま、まあ、今は大丈夫じゃないかな?
オークに気付かれない内にこの辺りを越えてしまえば、あんぜ―――」
その瞬間のむきむきの言葉は。
地球では、『フラグ』と呼ばれるものだった。
人を隠すモンスター避けの結界の外から、先が輪になったロープが投げ込まれる。
そのロープが、ミツルギが食事に際して外していた魔剣を絡め取り、結界の外までポーンと引っ張り出してしまった。
「あ」
「あ」
「あ」
「え?」
咄嗟に、ミツルギは叫ぶ。
「むきむきさん、隠れるんだっ!」
「え?」
「四の五の言ってられません、早く!」
その意を介しためぐみんとゆんゆんが、むきむきの手を引いてテントの中にこっそり隠れる。
テントの外に焚き火があったお陰で、光の向きの関係上、テントの中の人影はテントの外から見えなくなっていた。
聞き慣れない、野太い女性の声が夜の世界に響く。
「ふふっ、言ったでしょう?
次に会った時は、必ずあなたとボッキーゲームをしてみせるって」
「お前は……僕が里に向かう途中で、襲いかかってきたオーク!」
「ふふっ、そうよぉ。ほら、今日はこんなに仲間を連れてきたの。合コンしましょ?」
「するつもりなのは強姦だろう!」
「何言ってるの? 射精したら和姦よ。はっきりわかんだね」
現れたのは、オークであった。
それも、凄まじい数の武装したオーク。
その狙いがミツルギであることは明らかで、魔剣を奪われた無手のソードマスターである今のミツルギに、抵抗する手段はない。
「何故だ……結界は、全ての感知要因を誤魔化すはず……」
「決まってるでしょ。魔道具でも隠し切れない……いい男の童貞の匂いよ」
「童貞臭さといい男の気配を感じられずして何が女か。何がオークか!」
「『大切なものは目に見えない』って言うでしょう?」
「おいやめろ。僕だけじゃなく、僕の想い出までレイプしようとするな!」
この世界のオークは、体も、心も、尊厳も、想い出もレイプする。
肉食系女子というレベルでさえない。
腰振りだけを求められる腰の王子様と化したミツルギが、オークにさらわれていく。
「じゃあ行きましょう、私達の集落へ。
股間の魔剣のカリをオスだけでトロ顔になるようにしてあげるわ」
「やめろォ!」
"あなたの心を盗んでいった"の対義語は、"お前を体目的で頂いていく"である。
オーク達が去って、あまりの衝撃に意識を飛ばしていたむきむきは、ハッとなってテントの外に飛び出した。
「……ゆ、勇者様!」
「いけませんよむきむき。
彼はあなたを守るために身を挺して犠牲になったのです。
その犠牲と想いを無駄にしてはいけません。
さあ、先に進みましょう。
主を失った彼の鎧は、そこそこの値段で売り飛ばせるはずです」
「めぐみーんっ!」
"ミツルギを助けよう"という気持ちは、めぐみんの中には毛の先ほども存在していなかった。
「大丈夫ですよ。ホモ専がオーク専になるだけです」
「ええ!?」
「私が言うのもなんだけどそれ絶対大丈夫じゃないよね!」
むきむきとゆんゆんは、どうやら救出賛成派のようだ。
めぐみんはハァと溜め息を吐いて、むきむきの目をじっと見る。
「というか、むきむきを助けに行かせたくないんですよ。
万が一があったらどうするんですか? あなたも男ですよね?
私は一人の友人として、あなたの貞操を守る義務があると思うのですが」
「めぐみん……」
「むきむき、想像してみてください。
私がその辺のオスの人型モンスターに、こう、エロ的にあれされる光景を」
「う゛っ」
「嫌な気持ちになったでしょう? 私の気持ちも、多少は理解できると思うのです」
ちょっと卑怯な言い回しだが、めぐみんにもその自覚はある。
オークの里など、むきむきを行かせたくない場所トップ10に入るであろう危険地帯だ。
むきむきがしょんぼりして、ゆんゆんがふと先の流れの中であったことの中から、一つ小さなことに気付く。
「私はちょっと変な人だと思ってたけど……
でも、やっぱり勇者なんだね。
咄嗟に出た言葉が『助けて』じゃなくて『隠れろ』だったもの」
沈黙が広がる。
ゆんゆんの言葉が、むきむきとめぐみんに何かを考えさせる。
そうして数秒後。めぐみんに止められた上で、むきむきは決断した。
「ん。それじゃ、助けに行こうか」
「……これじゃ止まらないだろうなあ、とは思ってましたよ」
はぁ、と溜め息を吐くめぐみん。
彼女が溜め息を吐く時は、彼女が好き勝手して周りにフォローされている時ではなく、彼女が周りの好き勝手をフォローする時だ。
面倒を見られる問題児としての一面も、面倒を見る姉のような一面も、どちらもめぐみんである。どちらにせよ、心配症であるということは変わらない。
「ちょっとくらい危なくても、助けに行くべきだと思うんだ」
むきむきの言葉に、ゆんゆんが強く頷く。
普通の感覚があり、人情家で、オークも物ともしない力があるがゆえに、ゆんゆんがこの救出について行かないはずがない。
「人生なんてどうやっても後悔するらしいから。
助けて後悔するか、助けないで後悔するかのどっちかだよ。
それなら、助けてありがとうって言われる後悔の方がきっといい」
後悔を前提とした後悔を引きずらない生き方を、それを教えてくれた師の想い出を胸に、むきむきはミツルギ救出に向け動き出した。
オークの集落。
そこは天国であり地獄だった。
ユートピアでありディストピアだった。
捕らえられた異種族の男達は薬・性技・スキルによる干渉などありとあらゆる手段で生殖行為を行わされ、やがてそれに快楽以外の何も感じなくなり、正気を失ったまま死に至る。
冒険者ギルド曰く、「男性はオークに捕まるくらいならその前に死を選ぶべき」とのこと。
その言葉に恥じない地獄と天国が、ここにはあった。
頑丈なオークの男の子が搾り取られ過ぎで殺されるのだ。
当然ながら、まっとうな人間が耐えられるような環境ではない。
「ふふ。あなたには真の愛に目覚める権利を贈ってあげるわ」
ミツルギは天井から吊り下がる鎖によって、両手を頭上で縛られていた。
足をしっかり伸ばしてギリギリ踵が床に着く、そういう高さ。
普通に立っている分には問題ないが、逃げるために動こうとすればかなり邪魔になる。
ミツルギは既に気が狂いそうな気分であった。
集落では絶え間なく男の嬌声が聞こえている。何か悲しくて男のアヘ声を聞かされなければならないのか。それが自分の未来の姿かもしれないと分かっているからこそ、ミツルギはその実かなりビビっている。
「ふざけるなよオークども。
僕が汚らわしいお前らなどに屈するものか!
体は好きにできても、心までは自由にできると思わないことだ!」
「威勢がいいわね。ふふっ、その威勢がいつまで続くかしら」
果たして耐えることができるのだろうか。
オークは気に入ったオスを見つけると、まず百匹子供を作ろうとするという。
複数の女性に好かれたならば、その時点でチェックメイトと言っていい。
「見て彼の体つき。たまらないわぁ、まるで歩くセックスよ」
「まるで美少年動物園から飛び出して来たかのよう。存在レベルのポルノよ」
「最近はおち○ぽを舐めたくなるような男が居ないと言っていたトミノさんも満足間違いなしね」
チェックメイト。
ミツルギは、事ここに至っても揺らぐことなくハーレム主人公属性であった。
オークの一匹がミツルギに歩み寄り、その耳を舐めた。
オークのおぞましく太い舌が、粘度の高い唾液を纏い、ぬるぬると耳の穴の奥に侵入し始める。
「うわあああああああああっ!」
「あら、ウブねえ」
それだけで、ミツルギの心が折れかけた音がした。
オークの大きくゴツゴツした手が、さわさわとミツルギの尻をいやらしく撫でる。
「ひっ」
「やだ、そんないい反応されたら、お姉さん凄く興奮しちゃうわあ」
「くっ、殺せっ! ひと思いに殺せぇっ!」
「殺すわけないでしょう? ……ふふ、人間の女じゃ満足できないようにして、あ、げ、る」
「オークなんかに絶対負けない! 助けが来るまで……耐えきってみせる!」
むきむき達が、里の外の新しい世界を知って瞳を輝かせていた日の夜のこと。
(ヘェルプ! 誰かヘルプミー! なんでもしますからッ!)
御剣響夜は、オークの手により新しい世界の扉を開かされそうになっていた。
めぐみんは「自分の活躍チャンス!」と思える程度のピンチだと不敵に笑うが、突発的な事態等で追い詰められすぎると超テンパる
むきむきは結構頻繁におろおろするが、追い詰めすぎると何も考えず全力で目の前のことにぶつかり始めるので時々怖い
ゆんゆんは全体的にフラットで、「こういう事態にはちょっとだけ強い」「こういう事態にはちょっとだけ弱い」で半々
ミツルギは上記の誰よりも不意打ちに弱い
ピンチに強いカズマさーん!