「我が名はむきむき。紅魔族随一の筋肉を持つ者!」   作:ルシエド

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【第一章のあらすじ】
 とあるのどかな田舎町に住む少年むきむきは、魔女の血を受け継ぐ12歳の男の子。『魔女として生きることを決意した少女は、13歳の満月の夜に魔女のいない町を見つけて定住し、魔女の修行を積むべし』という古くからのしきたりに従って旅立ち、海の向こうの町コリコに辿り着いた。


二章 はじめまして、お姫様、王子様
2-1-1 旅立ちの日に


 むきむき、めぐみん、ゆんゆんの三人が旅立つ日がやって来た。

 テレポートで里の外の街まで送ってもらうか、それとも歩いて街まで向かうか。彼らには二つの選択肢があり、前者が推奨されていた。

 ところが、彼らは後者を選択。

 何故か?

 片道30万エリスという、貧乏めぐみんには払えない額の金が必要だったからである。

 

 30万エリスといえば、週刊少年ジャンプ1176冊分だ。

 横に重ねると空気の厚み込みで35.28mになるという脅威のサイズ。

 イメージしてみれば、これがどれだけの大金か分かるというものだ。

 とはいえ、旅立ちは旅立ち。

 子供達三人は、それぞれが思い思いにこれからのことに思いを馳せ、どこかそわそわした様子で里の外を眺めている。

 今は朝だが、昼前には皆に見送られ、里を出ることになるだろう。

 

 三人は里を囲む柵に寄りかかり、三人並んで里の外の風景を眺めていた。

 

「めぐみん、その黒猫は何?」

 

「ちょむすけです。使い魔です」

 

「使い魔かあ。魔法使いっぽくていいね」

 

「今日は私達三人の旅立ちではなく、三人と一匹の旅立ちとなるというわけですよ」

 

 めぐみんがさらりとゆんゆんを置いていこうとしたり。

 一緒に付いて行きたい、けれど里の外に別々の道を行くライバルとして出て行きたい気持ちもある、というややこしい精神状態のゆんゆんが話をこじらせたり。

 いや戦力的に三人で固まって行こうよ、とむきむきが呆れて説得したり。

 

 色々あったが、とりあえず三人一緒に旅に出るということで話は付いた。

 紅魔の里から少し離れれば、そこはゆんゆんやむきむきでもあっさり殺されるかもしれない強力なモンスター、悪辣なモンスターのオンパレードだ。

 めぐみんも、この二人が居なければ歩いて突破など考えまい。

 

 紅魔の里から一番近い街まで歩いて二日。

 そのまま街で止まらずまっすぐ進めば、幾つかの村を越えた先に魔王城があるというのだから、この里の周辺がどれだけ危険なのか分かるというものだ。

 RPG的に言えば、魔王城の前の最後の街から行ける隠し要素の里のようなものなのだから。

 

「そういえばむきむき、よかったんですか?

 家の物を半分ほど売り払ったと聞きましたが」

 

「え、なにそれ聞いてない! というかなんでめぐみんは知ってるの!?」

 

「うちの父が魔導冷蔵庫をタダで譲って貰ったからですよ。

 そりゃもう喜んで、娘の私に自慢してましたから。年甲斐もなく」

 

 むきむきの家には、両親の遺品が多く残されている。

 その多くはむきむきが使わないものであり、魔力が低いむきむきにはそもそも使えないというものも多かった。

 むきむきはそれらを捨てることも譲ることも売ることもしていなかったが、旅立ちの前に何を思ったのか、そのほとんどを処分したのだ。

 

「ああいうのに拘りがあったから、あの家で一人で暮らすことを選んでたんじゃないんですか?」

 

「うん」

 

 家とセットで残されていた微かな両親の記憶に縋り付くように、むきむきは今までずっと、今の家に拘っていた。

 "新しい家族"というものを、それそのものを拒む勢いで、彼はあの家に執着していた。

 なのに、その家にあった物の多くを売り払ったというのに、少年の表情は穏やかなままだ。

 

「あれは多分。僕の未練だったんだ。

 『僕にも愛してくれた家族が居たんだぞ』

 っていう、自分を支えるための、意味のない未練」

 

「……」

 

「あれは家族の形見だけど、そこに家族の想い出は無い。

 捨てられなかったのは、家族の想い出が詰まってるからじゃなくて。

 多分……僕を愛してくれた人がこの世界に居たっていう、証明だったからなんだ」

 

 何かを手放すという行為を、人はたびたび過去との決別として使う。

 少年の中で、何か一つの気持ちが終わりを告げたのだろう。

 心の整理がついた、と表現するのが妥当だろうか。

 

 数日前のイスカリアとの戦いが、いい意味での彼の転換点になってくれていたようだ。

 

「なんだか、最近むきむきは落ち着きが出て来ましたね」

 

「そうかな?」

 

「そうですよ」

 

 頬杖をついて、面白そうにめぐみんが笑う。

 

「大人っぽくなったってわけじゃなさそうだけどね。

 うじうじしてたのが、ちょっと上向きで前向きになった感じかな」

 

「そうかな?」

 

「そうよ」

 

 ゆんゆんが腕を組み、半目でそんなことを言っている。

 

「僕はもう一回テントとか旅の荷物の確認してくるよ。

 何か追加で持っていきたいものある? 買ってくるけど」

 

「では何か甘い物をお願いします」

 

「……旅に必要なもの? まあいっか」

 

「むきむき! これは友情をダシにしたパシリよ! 騙されないで!」

 

「ちっ、ゆんゆんは自分がやられる分には鈍いくせに、こういう時だけ聡いんですから……」

 

 いいよ三人分買ってくるから、とむきむきはどこぞへと去って行く。

 

「なんだか、旅立ちの前が一番ドキドキするよね」

 

「ま、ゆんゆんはそうでしょうね。私ほどの者になれば……」

 

「私の今の台詞、むきむきから聞いた昨日のめぐみんの台詞なんだけど」

 

「あんのお喋り筋肉……!」

 

 してやったりといった顔のゆんゆんに、思わぬ伏兵に刺されためぐみん。今度からむきむきは余計な発言にも気を配る必要がありそうだ。

 

「まずは里から水の都アルカンレティアへ。

 そこから観光の街ドリスへ。

 最終的にベルゼルグ王都を通り、始まりの街アクセルに向かいます」

 

「最短ルートじゃないけどね。

 むきむきが一度王都を見てみたいって言うものだから」

 

「まあいいじゃないですか。

 一度見てみたかったというのは、私もあなたも同じでしょう」

 

「うーん、それを言われると辛い」

 

 ベルゼルグ王都。

 紅魔の里が存在するこの国の中心にして、この国で最も発展した大都市であり、この国でも指折りの『激戦区』である。

 ここが落ちれば、人類は事実上の敗北を喫する。

 観光的な意味でも、危機感的な意味でも、厨二病的な意味でも、一度は行っておきたい場所であった。

 

 これから先のことを楽しげに話すめぐみんとゆんゆん。

 こうして並んでいると二人がまるで姉妹のようだ。

 問題なのは、この二人が互いに対して「この子は私が居ないとダメなんだから」と思っていて、自分の方が姉ポジションだと思っていることなのだが。

 

 そうこうしてると、馬に乗った少年が一人やって来る。

 どうやら里の外からのお客様のようだ。

 この里まで運んでくれる命知らずな馬車など普通はいないので、この里に来る人間は大体強力な冒険者を含んだ徒党を組んでいる。

 それなのにここまで一人で来れたということは、その少年が普通でない実力者であるということを示していた。

 

「すみません。こちらに賞金首のデュラハンが来てると思うんですが……」

 

「もう倒しましたよ」

 

「えっ」

 

「我が右腕、筋雷魔法(サンダーミラクル)のむきむきが倒しました」

 

「さ、筋雷魔法(サンダーミラクル)……!?」

 

(めぐみんがまーたその場の思いつきで二つ名付けてる)

 

 使い込まれているが、あまり傷が付いていない鎧。

 背負われた大きな剣から感じられる、励起状態にないような奇妙な魔力。

 それらを見て、めぐみんはピンと来る。

 イスカリアは『魔剣の勇者に追われている』と、そういう話で通って来ていたことを、思い出したからだ。

 

「それで、あなたは?」

 

「ああ、ごめんよ。名乗り遅れたけど、僕はミツルギ。

 御剣(ミツルギ)響夜(キョウヤ)だ。ここまでずっと、イスカリアを追っていた者だよ」

 

 ―――随分と遅れて、魔剣の勇者はやって来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 御剣響夜は転生者である。

 若くして物語のありがちな導入のような死に方をして、女神アクアを名乗るミステリアスな美女にこの世界に送り込まれてきた。

 

 女神の話の要点は、まず四つ。

・ある世界が魔王軍の手によって滅びかけていること

・魔王軍に殺された魂が、その世界に生まれ変わることを拒絶していること

・そのため、このままだとその世界に新しい命が生まれなくなること

・他の世界から命を運び入れるか、魔王軍を倒さなければ世界が滅びること

 最初に語られたのは、その世界の現状だった。

 

 次いで、ミツルギの権利と現状の説明の要点もまとめると四つ。

・ミツルギには全てを忘れ転生する権利、天国に行く権利、その世界に行く権利がある

・その世界に行くのなら、体も心もそのままで転生させてあげる

・更には強力な武器や能力など、特典を一つ神が与える

・ミツルギは生き残る力を得て、その世界の人類は即戦力を得る。Win-Win

 それを聞き、ミツルギは二つ返事で了承した。

 これにも理由が三つあった。

 

 一つは女神の美しさに――ミツルギ自身が自覚もなく――彼が一目惚れしてしまったこと。

 一つは、ミツルギが生来過剰なくらいに自分に自信を持っていて、特に何かに影響されたわけでもなく、勇者らしい思考・言動・行動を好んで取っていたこと。

 そして最後に、彼がシンプルに卑怯なやつや悪党が嫌いだったからだ。

 

 かくして、彼は使い手の技量次第で神をも殺せる自己強化の魔剣『グラム』を女神より与えられ、この世界に転生した。

 

「願わくば、あなたが魔王を倒す勇者となることを、祈っています」

 

 最後の最後、そう言って祈ってくれた女神アクアの美しい姿が、ミツルギの瞼の裏に焼き付いて離れない。

 

 少年は、女神アクアの神としての美しい一面を心に焼き付けた。

 もしもこの先、彼が女神アクアの駄目な所をいくつ知ったとしても、彼が女神アクアに幻滅することはないだろう。

 あばたもえくぼ。

 美しい一面を知ってしまったことで、ダメな一面を知ったところで、「そういうところもある」程度で流されてしまうようになってしまったからだ。

 

 転生し、女神の「魔王を倒して欲しい」という願いを胸に抱き、仲間も出来て、はじまりの街の冒険者の中でもエースと呼ばれるようになった頃。

 ミツルギは仲間も連れずに紅魔の里にやって来ていた。

 

「えーと、マツルギさんでしたっけ?」

 

「ミツルギだよ、ミツルギ」

 

 ゆんゆんに名前を間違えられ、ミツルギは苦笑する。

 名前を一文字間違えるというのは、とても大変なことだ。失礼だったり、大惨事になってしまったりする。

 例えば、悪魔というワードを一文字間違えてしまったとする。

 

 上級アクメホースト!

 見通すアクメバニル!

 アクメ使い志望こめっこ!

 つじつま合わせのアクメで破滅するかもしれない貴族!

 アクメ嫌いの女神エリス!

 

 と酷いワードが並ぶことになるだろう。最後のエリス様だけは――エリス様がエロ苦手そうな清純派イメージを持たれているため――それっぽさがあるが、それは御剣響夜(ミツルギキョウヤ)魔剣響夜(マツルギキョウヤ)と言い間違えてもあんまり違和感がないようなものだ。それっぽいだけで真実だとは限らない。

 

「イスカリアが倒された以上、この里に留まる理由もないのでは?」

 

「いや、他にも理由はあるんだよ。

 一つはここに封じられているという女神の確認。

 一つは王都で聞いたこの里の凄腕占い師の占い。

 それと最後が、僕と一緒に魔王を倒してくれる仲間集めだ」

 

 ミツルギの仲間は今は二人。

 共に女性で――ミツルギは気付いていないが――共にミツルギに惚れている。

 職業はそれぞれランサーと盗賊。

 ダンジョンアタックであれば強いが、後衛から単体への大ダメージや雑魚の一掃ができるウィザード、傷を癒せるプリースト等が居ないことが不安要素と言えば不安要素なパーティだ。

 

 彼がここに来たのは、その全てが優秀なアークウィザードということで有名な、紅魔族を仲間に加えるためでもあった。

 

「君達のような美しい女性が仲間になってくれれば、僕も嬉しい。

 どうだろう? 君達も僕のパーティに入ってみたいか?

 一緒に世界を救って欲しいんだ。自慢じゃないけど、僕も少しは名の売れた冒険者だからね」

 

「うわっ」

「うわっ」

 

「?」

 

 女慣れしている男の口説き文句というのは、なんとなく伊達男のような印象や、下心が見えない紳士的な印象など、それっぽい印象を受けるものである。

 その女の貞操観念を計る話し方であったり。後腐れなく遊べる女かどうかを探るものであったり。男慣れしてない生娘を引っ掛けるためのものであったり。女慣れしている男かどうかは、勘のいい女性であれば話している内になんとなく察したりもする。

 

 ミツルギの話し方は、明らかに女慣れした者や遊び慣れたもののそれではない。

 天然だ。天然でこういう話し方をしている。天然で褒め言葉が口説き文句になっている。

 初対面で相手の名前も知らない内から天然で口説き文句を言っている上、"相手がこの誘いを断ると微塵も思っていない"、溢れる自信。

 口説き文句ではあるが、相手のことをしっかり見た上で口にされる"その相手にしか使えない口説き文句"でもない、定型文のような口説き文句。

 そのため、絶妙な痛々しさがあった。

 

「遠慮しておきます」

「す、すみません、私もいいです。もう私達には仲間も居ますので……」

 

「そうかい?

 でもそのパーティに嫌気が差したらいつでも言ってくれ。

 僕はいつでも君達の仲間入りを、喜んで受け入れるよ」

 

 まあいつか仲間になってくれるだろう、と、疑いもしていない少年の笑み。

 二人に断られても、少年は全くこたえていなかった。

 

 ミツルギの人間性の半分くらいは、この表向き謙虚なように見えて根本的に絶対的な自信を持っている、という点で出来ている。

 ある意味むきむきの対極だ。

 その道を進めばいい、という絶対の正道があると信じている。

 自分がそこを歩いていけると信じている。

 皆に好かれる勇者らしい振る舞いがあると信じている。

 自分が他人を好いて信じているのと同じように、周囲から好かれ信じられると信じている。

 正しい努力をし、正しく積み重ね、正々堂々と戦えば、負けることはないと信じている。

 正義が勝つと信じている。

 悪者や卑怯者は最後に負けると信じている。

 自分が選ばれし者であると信じている。

 世界を救うのは自分だと信じている。

 

 ある意味彼は、むきむきに足りないものを何もかも過剰なくらいに持ち合わせている少年だった。

 

(こういう人物はあんまり好きじゃないんですよね。というかイラッとします)

 

 めぐみんがさっさとこの場から消えたいなあと思っていると、ミツルギの到着を聞きつけた紅魔族が集まり始める。

 王都で勇者認定され、『魔剣の勇者』という称号を頂いたミツルギは、その肩書きだけで一瞬にして紅魔族の人気者になっていた。

 

「あなたが勇者様?」

「すっごーい、魔剣グラムとかもうその時点でポイント高いわ!」

「ふふっ、禁断の我が力を勇者の力とする時が来たのやもしれぬ……!」

 

「ははは、気持ちは嬉しいよ。

 でもそんなに沢山は仲間に加えてあげられないからね。

 例えばだけど、"里一番の魔法使い"、みたいな人は居ないのかな?」

 

 ミツルギの言動の細かな痛々しさがダメな者も居たが、そもそも紅魔族は痛々しくてなんぼ。中二病で痛々しくてこその紅魔族。

 基本的に適当で、里の外の人間は皆変人だと思っているのが紅魔族だ。

 ミツルギの個性は、さほど問題もなく受け入れられていた。

 

 里の皆に囲まれる中、ミツルギは仲間集めという目的を果たそうとするが、数が多すぎて困っている様子。

 「仲間になってもらう」という意識を持っているくせに、「仲間になってほしい」ではなく「仲間に入れてあげる」といったニュアンスの言動をしてしまうところからも、この少年が時折言動で他人をイラッとさせていることがよく分かる。

 

「そうだ、イスカリアを倒した人に会わせてくれないか?

 奴はとてつもなく強かった。

 奴を倒したほどのアークウィザードなら、きっと魔王を倒す宿命を持っているはずだ」

 

 その一言で、ミツルギの周囲の空気が一気に変わった。

 なんだろう、とミツルギが首を傾げていると、そこで突如現れた大きな影が彼に重なる。

 噂をすれば影が差す、という言葉はこういう状況を指すのだろうか。

 

「僕をお探しですか? 勇者様」

 

 イスカリアを倒した紅魔族が現れ、ミツルギは声のした方に振り向いた。

 

「―――」

 

 その瞬間。

 ミツルギの脳裏に、かつて家族とTVで見ていた『SASUKE』の映像が蘇る。

 そう、その男は、そり立つ壁だった。

 あまりにも巨大で、人が挑んでも太刀打ちできない壁そのものだった。

 立ち塞がる壁だった。屹立する大樹だった。悠然と立つ巨人だった。

 

 2m半を遥かに超えるその長身。

 なのに『長い』ではなく『太い』と感じるその筋肉。

 見せ筋ではない、本物の格が違う筋肉。

 剣使いの上級職・ソードマスターであるミツルギも筋肉は多く付いているはずなのに、金属鎧でミツルギの体格はかなり大きく見えるようになっているはずなのに。

 ミツルギの筋力を1エミヤとするならば、その人物は1ヘラクレスをゆうに超えていた。

 

「な、あっ……」

 

 ミツルギの反応を見て、めぐみんはほくそ笑む。

 どうやらむきむきが仲間であることを明かし、ミツルギよりむきむきの方が仲間として望ましいという意志を見せ、ミツルギを悔しがらせてやる腹積もりのようだ。

 丁寧口調なだけで喧嘩っ早いめぐみんらしい。

 

 そのつもり、だったのだが。

 事態は、めぐみんが全く予想していなかった方向へと進み始めた。

 

 

 

 

 

 ミツルギは、主人公らしい少年である。

 "主人公らしさ"は、界隈によって異なるものだ。

 熱血主人公が主流の界隈も、ヤクザ主人公が主流の界隈も、ややひねくれた社会人が主流の界隈も、気取った青少年が主流の界隈もある。

 だが、ミツルギは自分を『世界を救う勇者に選ばれた者』と認識してはいるが、自分を『どこにもでも居る普通の高校生』としか認識しておらず、自分が『主人公らしい者』であるとは思っていなかった。

 

 彼は漫画が好きだった。

 漫画の主人公が好きで、主人公が世界や人を救うのが好きで、彼の言動や行動は漫画の中のヒーローを真似ているようなところがある。

 一例を挙げると、ミツルギは一時期「やれやれ」が口癖なイケメンだったりした。

 だから時折痛いのだが、それは脇に置いておこう。

 

 彼は特に、筋肉のある主人公が好きだった。

 金剛番長が好きで、キン肉マンが好きで、北斗の拳が好きだった。

 孫悟空が敵を殴り飛ばすシーンが好きで、ジョースターがDIOを倒すシーンに心躍らせ、幽遊白書で一番好きなボスは戸愚呂弟だった。

 

 彼はいわゆる、『男らしさ』にこそ憧れる少年だったのだ。

 それは、彼が中性的なイケメンであったことと無関係ではないだろう。

 生まれつき女のような顔をしていた彼だからこそ、なおさらに男らしさに憧れた。

 逆に可愛らしい女性を何人も侍らせるタイプの漫画は好きでなく、そのために『鈍感ハーレム主人公』という概念に疎く、自分がそうなっていることに気付かない。

 複数の女性に好意を寄せられていても、複数の女性と恋愛をすることに興味が無く、恋人が欲しいともさして思わないため、未だに恋人も居ない。

 ミツルギは、そういう男だった。

 

 子供の頃、ミツルギは紙の向こうで頑張っている主人公達を応援し、応援した主人公達は悪い奴らをその筋肉で圧倒し、最後には正々堂々と悪を打ち倒す姿を見せてくれていた。

 孫悟空は、筋肉で元気玉を押し切った。

 承太郎は、DIOを真正面から押し切った。

 キン肉マンは、絆と筋肉でマッスルドッキングを決めていた。

 ケンシロウは、ラオウとの至高の最終決戦に勝利していた。

 

 漫画の筋肉は、主人公の筋肉は、いつだってミツルギの期待を裏切らなかった。

 子供だった頃の自分の応援を、主人公達の筋肉は裏切らなかった。

 筋肉こそが、彼にとってのヒーローの証。

 

 その日、彼は運命(きんにく)と出会った。

 

 

 

 

 

 周りに群がっていた紅魔族を押しのけて、ミツルギはむきむきに駆け寄る。

 

「す、すみません! お名前を聞かせていただいてもよろしいでしょうか!?」

 

「むきむきです。ええと、魔剣の勇者様ですよね?」

 

「僕は御剣響夜です! ミツルギとお呼び下さい! 敬語も結構です!」

 

「へ? そ、それはちょっと」

 

「お願いします!」

 

「……え、えぇー……」

 

「どうか気安く!」

 

「……じゃ、じゃあ、妥協案で話し方だけを」

 

「それでいいです!」

 

 大剣を操るミツルギの大きく無骨な手が、むきむきの巨大な手を掴む。

 それを見ためぐみんとゆんゆんは、むきむき以上にぎょっとしていた。

 

「僕と一緒に来てください! あなたが必要だ! 他の誰でもない、あなたが!」

 

「えっ、えっ」

 

「一緒に世界を救いましょう!

 僕は貴方に出会うために、今日この場所に運命に導かれてきたんだ!」

 

 異世界に来てから、不安に思ったことも、寂しく思ったこともある。

 「自分は魔王を倒すために選ばれたんだ」という絶対的な自信に日々消し飛ばされてはいるものの、「僕に魔王を倒せるんだろうか」と思うこともある。

 そんな日々の中、現れたヒーローのスカウトチャンス。

 それも自分が好ましく思うタイプの筋肉主人公属性の男。

 ミツルギも必死になるというものだ。

 

 それにしたって、行動が痛々しいというか、ズレているというか。

 紅魔族の妙齢で変な趣味を持っている女性陣がキャーキャー騒ぎ出す。

 先程は女性に対するミツルギの痛い一面が見られたが、今は男性に対するミツルギの痛い一面が見えているのかもしれない。

 

「ぼ、僕は、めぐみんとゆんゆんとパーティを組むので……」

 

 むきむきが、助けを求めるように二人の少女を見る。

 ミツルギはそれに目敏く反応した。

 

「なら、あの二人が僕のパーティに加入すれば一緒に来てくださるんですね!」

 

「え」

 

 ダッ、とミツルギは二人の少女の下に走る。

 なんというスピードか。敬愛する女神アクアが檻に閉じ込められて見世物みたいに運ばれてるシーンでも見ない限り、これ以上のスピードで誰かに駆け寄るミツルギの姿は見られないだろう。

 

「お二方! 是非僕のパーティに入って下さい! お願いします!」

 

「さっきの勧誘より数倍熱意をもって勧誘しに来てるのが超腹立つんですが」

「さっきは本当に仲間にしたがってたのかもしれないけど。

 今の私達、完全にむきむきを釣る餌目的で勧誘されてるよね……」

 

 モテる奴が「誘えば入ってくれるだろう?」みたいな顔で勧誘してくるのと、「君達じゃなくて君達を誘えば一緒に来てくれる子が目的なんだよ」といった顔で勧誘してくるのであれば、なんとなく後者の方がイラッとする。

 少なくとも、この二人はそうだった。

 

「お願いします! お願いします! お願いします!」

 

「ハッキリ言ってやりましょうか! 嫌ですよ! 帰れ!」

 

 三人の旅立ちの日に起きた大騒動。

 

 その日から、紅魔の里でのミツルギの通称は『熱烈ホモ野郎』になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミツルギはパーティ入りを受け入れてもらえなかったことにしょんぼりし、けれどもまだ諦めていないようで、むきむきに案内を頼んで紅魔の里を見て回っていた。

 訪れたのは女神の封印知、邪神の墓、そしてそけっとの家。

 

「勇者様、首尾は?」

 

「はい、いい話が聞けましたよ。流石噂の占い師です」

 

 そけっとの家から出て来たミツルギは、少々難しい顔をして、むきむきに占ってもらった内容を告げる。

 

「魔王城には結界があり、幹部全てを倒さないとそれは解けない。

 魔王を倒すためには、幹部全てを倒さなければいけないようですね」

 

「……魔王軍、幹部」

 

 魔王軍には、八人の幹部が存在する。

 幹部はそれぞれが街一つを滅ぼせる強さであると伝えられており、一説には魔王より強い魔王軍幹部さえ存在するという。

 ミツルギが得た情報は、どうやらとても重要なものであったようだ。

 

「女神の封印も数年前に吹き飛んでいた。

 邪神の封印も開封済み。

 この辺りのことはギルドにも伝えておきますね、むきむきさん」

 

「おねがいします、勇者様。僕らその辺はそんなに詳しくないからね」

 

 ミツルギの熱意に押されて敬語を剥ぎ取られてしまったむきむきだが、歳上に敬語抜きで話すというのは何とも話しづらいらしく、とても話しにくそうにしている。

 敬語を使っているミツルギの方が、何故か話しやすそうにしていた。

 

「亜神の討伐依頼なら王都のギルドで処理されます。

 報告だけしておけば大丈夫ですよ、むきむきさん。

 あそこには魔剣の勇者である僕の同類も沢山いますし」

 

「勇者様はたくさん居るの?」

 

「そうですね。最前線で生き残って居る者の中には、と付きますが」

 

 会話が弾みそうになって来たところで、むきむきとミツルギの間に二人の少女が割って入る。

 

「ゆんゆん、ディーフェンス!」

 

「でぃ、ディーフェンス!」

 

 紅魔族の間では、ミツルギはすっかり股間のソードマスター扱いだ。

 魔剣グラム略してマラを使って何する気だこの野郎、ソードマスターなら自分のソードでマスかくだけで満足してろよ、と荒ぶるぶっころりーも遠くから警戒し見守っている。

 噂を聞きつけたそけっとも「アレがミツルギホモヤね」とぶっころりーに合流し、直接的にむきむきを守るめぐみんゆんゆんにいつでも加勢できる構えであった。

 

「むきむきにあまり近付かないでいただけますか? このホモ野郎」

 

「ホモ!? 違う、僕はノーマルだ!」

 

「はっ」

 

「男が二人居ればそうだと見るのは、女性にそういう趣味があるからだと聞くぞ!」

 

「おい、私に変な属性付けるのは許さんぞ」

 

「君だってそんなに胸が無い子なんだ!

 だったら分かるだろう!?

 『ああなりたい』『もっと大きくなりたい』って感情が!」

 

「おっ、さては私に喧嘩を売ったな? エクスプロー……」

 

「めぐみんストップストップ!」

 

 危うく熱烈ホモ野郎を爆裂ホモ野郎にしそうになっためぐみんをむきむきが止め、その手にでかい麩菓子のようなもの(名称不明)を持たせる。

 それでむきむきの意図を察せないめぐみんではない。

 "喧嘩はしないでほしい"という意志を見せたむきむきの前でまでやり合う気がないめぐみんは、むしゃむしゃ麩菓子を食べ始めた。

 

「……まあ今は、むきむきに免じて見逃してあげましょう」

 

「大きいの買ってきたね、むきむき……食べきれるかなあ」

 

「大丈夫、案外お腹は膨れないから。よいしょ」

 

 ミツルギが初対面の人ゆえにグイグイ行けないものの、内心ハラハラはしていたゆんゆんのハートも、むきむきが買ってきた麩菓子によって多少落ち着く。

 むきむきはよいしょ、とめぐみんを肩に担ぎ上げた。

 めぐみんはミツルギを見下(みお)ろし見下(みくだ)すポジションをゲットしたことでやや満足感を得て、むきむきはミツルギに殴りかかりそうだった危険人物をミツルギから離せる。

 合理的な行動だった。

 なのだが、ミツルギはこの光景にまた何か懐かしいものを感じたようだ。

 

「……ピカチュウを肩に乗せるサトシか何かか」

 

「サトシ?」

 

「いえ、何でもないです。失礼しました」

 

 実際はむきむきの方しか電気を使えない上、関係の主導権はめぐみんにあるので、これはサトシを肩に乗せている巨大ピカチュウという構図なのだが、それはそれとして。

 

「あ、そうだ。僕のPTに入っていただけないというのは分かりました。

 ですがここからアルカンレティアまで同行するのはどうでしょうか?

 この辺りは危険地帯です。僕の強さがむきむきさんの役に立つと思いますよ」

 

「いいの? それなら、お願いするよ。勇者様が味方だなんて心強い」

 

「「ちょっ」」

 

「ええ、お任せを! 僕の強さを見てくださればきっと仲間入りも考えてもらえると思います!」

 

 ミツルギの自信は根拠の無い自信ではない。根拠があるのに、なんとなく信用できない感じがする、なんとなく裏切られそうな感じがする自信だ。

 自分の強さをアピールする機会を得て、ミツルギの眼は輝いている。

 ケンシロウを味方に引き入れる機を得たハリキリボーイのような目をしていた。

 二人の少女は、うへえといった感じの目をしていたが。

 

「やめましょう、むきむき。あなたのためです」

 

「どういうこと? 安全を求めるならこの提案、受けても得しか無いと思うんだけど……」

 

「はい? むきむきの危険度は増すじゃないですか」

 

「え、前衛が増えた方が僕は安全にならない?」

 

「むきむきがバックアタック食らったらどうするんですか」

 

「? 背中を預けられる剣士さんが増えれば、不意打ちも減らない?」

 

「……」

 

 まさかこいつ、『ホモ』をそもそも知らんのか、といった感じの表情をめぐみんが浮かべる。

 とりあえず後で教えてやらなければ、とめぐみんは強く決意した。

 別にホモるギキョウヤさんはホモでもなんでもなく、恋愛対象は女性だけであるのだが、紅魔族視点これは確定事項のようだ。

 全ては誤解を招く行動が悪い。

 

「……ゆんゆん、アルカンレティアまでは二日です。夜は気を抜かないで下さいね」

 

「うん! うん!」

 

 いつか、誰かがミツルギのホモ疑惑を払拭するだろう。だがそれは今日ではないし、彼女らにでもない。MTG感。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 旅立ちの時だ。

 里に居る紅魔族の多くが、三人の子供の旅立ちを見送るために里の入り口に集まっている。

 数百人もぞろぞろと集まっているわけではないが、それでも何人居るのかひと目では分からないくらいに多くの人が居た。

 

「外での活躍に期待しておるぞ」

「この里はあんまり外の情報入って来ないけど、ここまで武勇伝を轟かせてね!」

「頑張れよ、天才!」

 

 めぐみんは一番多くの人に見送られていた。

 彼女は天才で学年主席、学年最速の卒業など、当然のように多くの人達に期待されている。

 貧乏な彼女に施された奨学金などは、彼女に対する周囲の期待の表れであったと言っていいだろう。……その上で、爆裂(ネタ)魔法を覚えたのが彼女なのだが。

 誰もが、めぐみんが偉大な大魔法使いになることを疑っていない。

 というか、めぐみん自身が疑っていない。

 彼女の見送りが一番多くなるのも当然だった。

 

「ゆんゆん、行かなくてもいいんだぞ? こう、ずっとうちに居てもだな」

「ああ、ゆんゆん、ハンカチは持った? お金は? 杖は? やっぱり行くのやめない?」

「族長、族長夫人、娘さんが顔を真っ赤にして俯いてます」

 

 そこからグン、と人が減ったのがゆんゆんの見送りである。

 ゆんゆんの両親と親戚、それと族長家に繋がりの深い大人達ばかりだ。

 同級生や学校の子供もそのほとんどがめぐみんの方を見送っている。

 ゆんゆんのところに真っ先に見送りに来た子供は、たったの二人。

 

「ま、元気でやれば?」

「お土産話、期待してるねー」

 

 ふにふらとどどんこだけだった。

 むきむきが見ていないところで、微々たる変化か小さな変革があったのだろうか。

 めぐみんよりも先にゆんゆんの方を見送りに来てくれるクラスメイトが居た、というだけで、ゆんゆんは嬉しさを顔いっぱいに浮かべていた。

 

「……」

 

 めぐみんには沢山の見送りが居て。

 ゆんゆんには少しの見送りが居て。

 むきむきには一人の見送りも居なかった。

 

「むきむきさん、元気出しましょう」

 

「いや、いいんだよ。これでも前よりはマシになったし……」

 

「これで……!?」

 

「なんだかんだ一緒に戦うと、紅魔族の皆は態度を軟化させてくれる気がする。多分」

 

「軟化してこれなんですか……」

 

 日本の学校的に例えるならば、むきむきはかつて"クラスで変なやつとしてハブられている少年"だったが、今では"『クラスで五人まで好きな奴を選んで投票しよう』という投票があったならそれで最下位になる少年"くらいに周囲の評価が改善されている。

 基本的に彼は異物なのだ。

 これでも改善された方なので、何か大きなきっかけがあれば里に受け入れられるかもしれない、というくらいにはなっていた。

 

「勇者様は知らないだろうけど、僕を好きな人って、あまり居ないから」

 

「……それは」

 

 だが、むきむきは知らなかった。

 全体がそうであるということと、個人がそうであることは別問題であるということを。

 

「おっと、世間知らずな子供が何か言ってるな?」

 

 クズが何人か居たところで、人類全てがクズであると証明されるわけではないように。

 人類が魔王軍に負けそうな中でも、バカやって幸せそうに生きられる人が居るように。

 集団の空気に真っ向から逆らう者は居る。

 

 その青年は、その場の空気の全部を蹴飛ばしながらやって来た。

 

「……ぶっころりーさん?」

 

「悪いな。靴屋のせがれのくせして、こんなギリギリまで時間かかっちゃってさ。

 でもまあ勘弁してくれ。俺なりに精一杯、生まれて初めて他人のために作ったんだから」

 

 そう言って、ぶっころりーは少年の前に靴を置いた。

 良い造りの革の靴だった。ぶっころりーの家でも見たことがないようなデザインの靴。今日に備えてニートのぶっころりーが汗を流し、労力と時間を費やして、懸命に作った靴だった。

 幼少期から靴作りに慣れ親しんでいた彼が、親父に頭を下げて指導して貰い、自分のセンスを元に少年のために作り上げた一品だった。

 

「『靴』……」

 

「我が名はぶっころりー。アークウィザードにして上級魔法を操る者……

 紅魔族随一の靴屋のせがれ、やがては靴屋を継ぎし者……

 会心の出来だけど、親父ほどの出来じゃないのは大目に見てくれると俺の心が助かるよ」

 

 "よい靴は生きている"という格言が、地球にはある。

 出来のいい靴は、動物に触っているような履き心地がある。

 動物の体の一部を使っているため、丁寧に仕上げれば革はちゃんと汗を吸い、革を通して靴の外に水気を発散させるため、蒸れることもない。

 この靴には、ぶっころりーの技と気遣いがありったけ込められていた。

 

「靴は体の一部。そして、同時に消耗品だ。

 その靴がすり減る頃には、里に帰って来るといい。

 俺は待ってる。君を待ってる。帰って来たら、また採寸して新しい靴を作ってあげよう」

 

「―――!」

 

 靴屋にしかできない贈り物。

 靴屋にしか言えない台詞。

 「ここが君の故郷だ」「君を待っている」というかっこいい台詞。

 むきむきは、ちょっと泣きそうだった。

 

 彼の出現を皮切りに、遅刻していた者達が続々と現れ始めた。

 

「あ、ごめんね。ちょっと遅れちゃったみたい」

 

「そけっとさん?」

 

「戻って来たら、旅のお話を聞かせてね。

 楽しかった話も、悲しかった話も、素敵な話も、残酷な話も。

 きっと、全部あなたのためになる想い出になっているはずだから。はい、どうぞ」

 

「これは……『日記』?」

 

「日々あったことを書き記しなさい。いいことも、悪いことも。

 そうすればあなたは、少しだけ自分の行動を客観的に見られるようになる。

 この日記が、あなたの想い出と心を詰め込んだあなたの宝物になってくれる。

 全部のページを埋めた時、この日記はきっと、あなたの宝箱になっているはずよ」

 

「……っ、あ、ありがとうございます!」

 

 ちょっと高そうな日記帳。茶のカバーに落ち着いた金の装飾が美しく、これを選んだそけっとのセンスと厨二病具合――かっこいいものを見つける嗅覚――がよく分かる感じであった。

 

「ふ……我ら対魔王軍遊撃部隊(レッドアイ・デッドスレイヤー)!」

「帰って来いよむきむき!」

「私達はいずれ正式に所属してくれるであろう君の帰りを待っているわ!」

「さあ、受け取るがいい! 我らの汗と涙と金と小遣いの結晶!

 なけなしの皆のマネーパワーの結集体、君専用の紅魔族ローブだ!」

 

「ありがとうございます! ……ど、どうですか? 似合いますか?」

 

「「「「 似合う似合う! 」」」」

 

 時々むきむきの手を借りてモンスター狩りに行ってたりしていた自警団(ニート)の皆も、皆で金を出し合ってむきむき用の紅魔族ローブを買って渡してくれた。

 むきむきの体格からして、オーダーメイド以外にありえないだろう。安くはなかったはずだ。

 それが分かっているようで、少年は嬉しそうにローブを付けてマントのように翻す。

 

「お、盛り上がってるな」

 

「ひょいざぶろーさん」

 

「ごめんなさいね。まずはめぐみんの所に行きたかったから」

 

「ゆいゆいさん」

 

「これどーぞ! わたしの手作りだよ!」

 

「こめっこちゃんも……」

 

 そうこうしている内に、めぐみんとゆんゆんの見送りに来た人も動き始めた。

 めぐみんの見送りに行っていた人がゆんゆんの方に行ったり、ゆんゆんの方に居た人がめぐみんに声をかけに行ったり。

 めぐみんの家族が、めぐみんの後にむきむきの見送りにも来てくれたり。

 

 こめっこから受け取った小さな筒状のペンダントのネックレスを受け取り、礼を言い、むきむきはひょいざぶろーとゆいゆいから小さな鍵を手渡される。

 

「これは?」

 

「我が家の鍵よ」

 

「―――」

 

「お前が新しい家族を拒んでいるのは知っている。

 他人の家庭に家族として迎え入れられたくないということも分かっている。

 だが、ワシらはお前のことをずっと待っている。

 我が家はお前が帰る家だ。帰って来ていい家だ。お前の居場所だ。

 家族でなくてもいい。

 辛くなったら旅の途中でも帰って来ていいぞ。いつでも、暖かく迎えてやろう」

 

「……っ、ありがとうっ、ございますっ……!」

 

 渡された鍵そのものは軽い。

 けれども渡されたものは本当に重く、本当に大きく、本当に暖かいものだった。

 こめっこが渡したものを見て、むきむきの周りに居た人達がわいわい騒ぎ始める。

 

「お、これあれか。例のお守りか。中身はまだ空っぽ?」

「よーし皆髪の毛入れろー。俺達の魔力がある髪の毛は魔術的な加護が出るからな」

「気休め程度だけどね。よーし、十本くらい入れちゃえ」

「入れろ入れろ。多い方がいいに決まってる」

「籠るがいい我が魔力……震えよ……この魔道具に我が力の加護を!」

 

 紅魔族には伝統的に、旅立つ者にお守りを持たせるという慣習がある。

 お守りの中には強い魔力を持つ紅魔族の髪の毛を入れ、旅立つ者にそれを渡すことで、その髪の毛に宿る魔力が魔術的に不幸を弾くというものだ。

 とはいえ、効果は気休め程度。

 "旅立つ者の無事を祈る"という意味合いの方が強い。

 

 むしろむきむきからすれば、色んな人が我先にと髪の毛をお守りに入れてくれているこの光景に感じる嬉しさの方が、よっぽど心に力をくれていることだろう。

 

「や」

 

「あ」

 

「我が名はあるえ。ただ単純に寝坊して、今来た者……」

 

「あるえ……!」

 

 そこで寝坊して来たねぼすけが現れ――大した理由も無いきまぐれだろうが――めぐみんやゆんゆんより先に自分に声をかけてくれたことで、むきむきは言葉にできないくらいに喜んだ。

 

「さ、行こうむきむき。

 ゆんゆんの方では族長が君を待っている。

 ふにふらやどどんこも言いたいことがあるそうだ。

 君の所にまっすぐに来なかったとしても、君を見送りたいと思っている人は居るからね」

 

「……うん!」

 

「さてさて、めぐみんに渡す眼帯はどこへやったのやら」

 

 暖かい旅立ちだった。

 少年の旅立ちは『全員』に見送ってもらえたものではなかったが、『皆』に見送ってもらえたものにはなった。

 残酷なようで、なんだかんだ優しいところもあるこの世界に。

 そして、この世界を見守る女神に。

 ミツルギは、なんとなく感謝する。

 

「むきむきさん泣いてるなあ。

 ……女神アクア様、今日も皆は幸せそうです。

 いつも僕らを見守ってくださり、ありがとうございます」

 

 彼はプリーストではなかったが。この世界の全ての人々が、その中の一人であるむきむきが、女神様にちゃんと愛されていることだけは知っていた。

 

 

 




 ミツルギは敬語の割合を増やすと痛めの言動させても多少謙虚に見えるなあ、と思いました。

 WEBルギは"ある占い師"から魔王城に入るには幹部を全部倒さないといけないと聞いているという描写があるのですが、書籍版にその描写は無し。
 書籍ルギは原作開始一年前に紅魔の里に訪問、おそらくここでそけっとの占い結果を得たのだと思われますが、WEB版では紅魔の里行き描写なし。
 両方見てるとなんとなく想像できる感じですよね。
 書籍ルギはあの二人の少女の仲間を連れて紅魔の里で仲間集めをしたようですが、紅魔族の反応が悪くなかったにもかかわらず仲間を得られなかったようなので、爆焔と同じように仲間二人の少女が妨害したんじゃないかなー思います。
 恋敵(ライバル)増やしてたまるかー、みたいなノリで。この作品では仲間が誘えなかった理由はホモ疑惑です。

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