ToLOVEる~氷炎の騎士~   作:カイナ

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第十六話 危険な奇剣

昔ながらの武家屋敷。そんなイメージを発する日本家屋の中にある剣道場で、黒髪ポニーテールの美少女が額に汗を流し、真剣な表情で竹刀を振るっていた。

 

「ふぅ……」

 

少し休憩する事にし、すぐ近くに置いていたタオルを拾い上げるとその陶器のように白い肌に浮かぶ玉のような汗を拭っていく。

 

「凜~!! たたた大変よ~!!」

 

「ん、どうした。綾?」

 

そんな時道場に慌てた様子で飛び込んできたメガネの少女――綾の呼び声に、美少女――凜はそう聞き返した。

 

 

 

「暗闇の宇宙船内からは血の滴る音がポツリ……ポツリ……そう……魔剣に魅入られたその男は船にいた盗賊の仲間を全て斬り殺してしまったのです……」

 

結城家、出かける様子の美柑は部屋から出た時、そんな語り口調の声を聞き、声の聞こえてきた部屋へと向かう。

 

「男は剣についた血をペロリと舐めるとかけつけた警官達に向けてこう言い放ちました」

 

部屋にいるのはリトとララ、炎佐にナナとモモ、セリーヌ、そしてザスティン。ザスティンの語りにナナは怯えた様子で震えながら炎佐の後ろに隠れていた。

 

「血だッ! もっと血をよこせッ!! このカスがぁーッ!!!」

 

ザスティンの大きな声での言葉にナナがぴぃっと小さな悲鳴を上げ、その横のララとセリーヌは何が楽しいのか無邪気に笑っていた。

 

「……なんの話?」

 

「あ、美柑! ザスティンがね、“呪いの剣”のお話をしてくれてるの」

 

美柑の呆れた様子での問いかけにララがそう答えると、美柑は首を傾げながら「呪いの剣?」と聞き返す。

 

「手にした者を恐ろしい殺人鬼に変えてしまうという魔剣の話です」

 

美柑の言葉にザスティンが「銀河大戦の渦中において数多の戦場で血を吸い続けた呪われし剣“ブラディクス”。手にした者は心が悪意に染まり、血を求める殺人鬼に豹変してしまうと言われている」と概要を話す。

 

「わ~コテコテ。それ実話?」

 

「いや~。私も大戦時には剣士として多くの星で戦いましたが未だ本物を見た事はありません。まぁ都市伝説みたいなものでしょう」

 

怪談話によくありそうなネタに美柑が苦笑するとザスティンも苦笑いをしながら都市伝説のようなものだと思うと答える。しかしその後彼は「今度これを題材にした読み切りを描いて持ち込もうと思ってまして!」と真面目に話しており、美柑は「この人剣士か漫画家かどっちなんだろ」と心中で呆れていた。

 

「ハ、ハハッ……呪いなんて幼稚だよなー」

 

「あら、ずっとエンザさんの後ろで震えてたのは誰かしら?」

 

話が終わって軽口を叩くナナと彼女をからかうモモ。ナナが「震えてなんかいないぞっ!」と叫ぶとララがにこやかに笑いながら「ケンカはダメだよ~」と仲裁し、炎佐も苦笑しながら見守る。そのいつもの光景に美柑がくすっと笑うと、突然彼女の携帯電話に着信が入った。

 

(!……凜さん?)

 

電話の相手――九条凜の名前に美柑は驚いたように心中で呟き、電話に出るのであった。

 

 

 

「ホーッホッホッホ!! ようこそいらっしゃいましたわ!! 結城みか――」

 

天上院宅。玄関からすぐの広々としたホールで高笑いをしながら沙姫が出迎えるが、その来客を見て怪訝な様子を見せる。というのも、彼女は結城美柑、と言おうとしていたのだが彼女の前に執事服姿で立っているのはその兄――結城リトとその友達の氷崎炎佐なのだから。彼らも「「えと……」」と困惑していた。

 

「――って! なんで結城リトに氷崎炎佐なのよ!? 私は“しっかり者の妹を呼んで”と言ったはずよ、凜!!」

 

「申し訳ありません、沙姫様」

 

沙姫からのクレームを聞き、凜は一言謝罪をしてから、美柑は用事があって来られないらしく代わりに家にいたリトと炎佐がよこされたのだ。と説明を行う。

 

「私も気はのりませんが、今の状況では……」

 

「……仕方ないですわね。こうなったのも私の責任ですし……」

 

凜のこちらも困っているような言葉に沙姫も仕方がないと納得は出来なさそうながら飲み込む姿勢を見せる。

 

「事の次第は美柑から聞いているな?」

 

「あ、はい……」

 

凜の確認にリトが頷き、確認を行う。「沙姫が昨夜使用人を労う為に手作り料理を振る舞ったら、今朝になって全員が腹痛になって動けなくなった」と。そのまさかとでも言いたげなリトの言葉に凜は真顔で「そうだ」と頷いた。

 

「急な事だし人手が足りない分を私と綾だけでまかなうのは難しいのでな。二人とも一日執事としてよろしく頼むぞ。バイト代は出すから」

 

「分かりました」

「だけど、俺達二人だけで大丈夫かな?」

 

凜からの言葉を受け、炎佐が頷くとリトが困った様子で不安気に呟く。

 

「ご心配なくリトさん!!」

 

するとそんな時、突然天上院家の玄関のドアがバンッと音を立てて開いた。

 

「私達もお手伝いしますわ!」

 

「モモ!? それに皆も……」

 

そう言って入ってきたのはモモを先頭にナナ、メア、ヤミ。全員がメイド服を着用しており、リトが驚いたように声を漏らす。

 

「なんでここに……」

 

「リトさんとエンザさんだけでは大変そうなので、皆連れてきちゃいました」

 

リトの呟きにモモがにこやかな笑顔でそう答え、続けてすすすっと沙姫の元に歩き寄ると「天上院さんにはお姉様がいつもお世話になっていますから、お力になれればいいと思いまして」と沙姫を丸め込みにかかる。沙姫も「まあ、ララの妹にしては気の利くコですのね!」とあっさり丸め込まれており、それを見たナナは「まーたモモのいい子ぶりっ子だよ」と呆れ口調で呟いた。

 

「わ~。せんぱいに兄上、その格好大人っぽくって素敵♪」

 

「なんでお前までいるのかまではめんどくさいから聞かない事にする……」

「ここのを貸してもらったんだけど……みんなのそのカッコは?」

 

メアが炎佐達の執事服姿を素敵だと評すると、炎佐はメアがいる事に対する疑問については面倒だから流すことに決め、リトが執事服の出所を説明すると共にメア達が着ているメイド服について尋ねた。と、ナナが呆れ顔で腕を組む。

 

 

「モモが用意したんだよ。天上院(ここ)のメイド服は正統派で色気がないからって!?」

 

そこまでナナが言った瞬間、モモが突然ナナの背後から彼女に抱き付き敏感な尻尾をしゅっしゅっと撫でてナナを感じさせ口止めを始める。

 

「あら何言ってるのナナったら。私はなるべく天上院さんのお手をわずらわせないようにと思っただけですよ?」

 

「ひゃ、シ、シッポは……らめええぇぇぇっ」

 

「うわっ!?」

 

敏感な尻尾を撫でられたナナは腰砕けになって近くにいたリトへと倒れ込み、いきなり倒れ込まれたリトも驚いて離れようとするのとしかしナナを抱きとめた方がいいのではないかという迷いが動きに表れて曖昧な動きになり、結果的にナナに巻き込まれる格好でバランスを崩して倒れ込む。

 

「っと!?」

 

自分も巻き込まれそうになった炎佐が咄嗟に飛び退いてかわそうとするが、その時リトが偶然出していた足に自分の足を引っかけてしまう。

 

「うわっ!?」

 

リトの足につまずいた炎佐もバランスを崩し、リトと炎佐、そしてナナの三人が倒れ、五人の「わっ」「きゃっ」という悲鳴が重なる。

 

「あっ……」

 

モモが冷や汗を流して沈黙する。リトが倒れていた先には沙姫がおり、リトに巻き込まれて倒れた沙姫は何がどうしてそうなったのか服が脱げブラジャーが乱れ、リトが彼女の豊満な胸をわしづかみにする結果になっていた。そして炎佐は飛び退こうとした勢いによってか彼らより少し離れた先にいたはずの凜を巻き込んで倒れ、彼女の豊満な胸に頭をダイブさせるような形で倒れ込んでいた。

 

「わ、私の身体はザスティン様のものですのに~!」

「きっ、君は何をらしくない事をしているんだ!?」

 

「「ご、ごめんなさーい!!」」

 

それぞれ羞恥と怒りによって顔が真っ赤になった沙姫の悲鳴と凜の怒声が重なり、リトと炎佐の必死の謝罪の声もまた重なるのであった。

 

 

 

「全く。君があんな悪ノリをするとは意外だったな」

 

「あれは事故ですってば……」

 

時間が過ぎ、凜が怒りと呆れがないまぜになったような表情でそう呟くと、その後ろをついて行く炎佐がそう答える。とりあえずリトはナナ、メア、ヤミと一緒に屋敷内の掃除という事になり(なお遠回しにリトに対する「沙姫に近づくな」という命令であることやナナ達が見張り役になっている事は言うまでもない)、炎佐は凜に仕事の指示を受ける事になっていた。なおモモは沙姫に紅茶を淹れて少し話をしている。

凜が入った部屋に続いて炎佐も入り、そこで炎佐は部屋のテーブルの上にやけに細長い頑丈そうな木の箱が置いてあるのに気づく。

 

「大きな荷物ですね?」

 

「さっき届いた沙姫様のお父様のコレクションだ。海外の美術商から入手した骨董品らしい」

 

「へー……運んどきましょうか?」

 

炎佐のふと出したような言葉に凜はそう返しながらテーブルを拭き始める。と掃除の邪魔になるかと思ったか骨董品を炎佐が運ぼうかと申し出た。

 

「いや、私が後で運んでおく。君が信頼できないわけではないが、もし壊しでもしたら大問題だからな」

 

「了解です」

 

炎佐の言葉に対し、凜は後で自分が運ぶと返し、炎佐も了解を返す。それから炎佐はふと凜に視線を向けた。

 

「……なんだ?」

 

「あ、いや。九条先輩のそういう格好が珍しいと思って……」

 

視線を感じたのか凜がテーブルを拭く手を止めて尋ね、それに炎佐は若干照れたように頬をかいてそう返す。凜の格好は先ほどのモモ達と同じメイド服になっていたのだ。

 

「あのモモというコに強引に着せられたからな」

 

そう言い、凜は嘆息すると「美柑の言う通り、よく分からないコだ」と呟く。

 

「私はこんなヒラヒラした服など似合うわけがないというのに……」

 

「そんな事ないと思いますよ?」

 

凜の言葉に炎佐がきょとんとしたような声で返す。

 

「九条先輩綺麗だし、よく似合ってますよ」

 

「な……」

 

その言葉に凜の顔が真っ赤に染まる。

 

「ヘ、ヘンな事を言うな!」

 

そう叫び、凜はぷいっと顔を背ける。

 

「こ、ここは私一人でいい。君は書斎の整理と掃除でもしていてくれ、場所はさっき教えただろう」

 

「あ、は、はい……」

 

凜からそう指示を受け、炎佐は頷くと掃除道具を手に部屋を出ていこうとする。

 

「ん?」

 

が、部屋を出ようとした瞬間足を止め、振り返った。

 

「どうした?」

 

「あ、いや……なんでもありません?」

 

やや照れたような様子で睨んでくる凜に、炎佐はそう言うと首を捻りながら部屋を出ていく。

 

(なんか、一瞬殺気を感じたような……気のせいかな?)

 

そんな思考を頭の片隅に置きながら、炎佐は凜から教えられた書斎へと向かって足を進める。

 

「エッンザさんっ♪」

 

「お前か、モモ」

 

するとその後ろからモモが追いつき声をかけてくる。

 

「凜さんのメイド服、よくお似合いでした? お似合いでしたよねーあんなに褒めてたんですし♪」

 

「聞いてたのかよ……」

 

むっふふーと笑いながら炎佐を見上げるような格好をするモモに、炎佐は仕事をサボって聞き耳立てていた事に呆れる。

 

「まあいい。ついでだ、書斎の整理手伝え」

 

「はーい♪」

 

炎佐がそう言うと、モモも断る理由がないのかどこか楽しそうな様子でそう返した。

 

 

 

 

 

「おかわりっ!!」

 

「はいはい」

 

そんな元気のいい声と共に空のお茶碗が差し出され、美柑は炊飯器からご飯をよそってその相手に渡す。

 

「はーっ。やっぱ原稿明けに食う美柑の飯はサイコーだな!」

 

「まったくもー。言っとくけどこーゆーのはもう当分カンベンしてよね。私は家とリトの世話だけで手一杯なんだから」

 

「わーってるって! できた娘でうれしいよオレァ♪」

 

呆れた様子でそう言う美柑に相手――結城才培が笑いながらそう答える。

 

「ところでなんだそのカッコ?」

 

そして才培がそう尋ねる。美柑の格好はモモ達と同じくメイド服になっており、美柑もスカートの裾を少し持ち上げながら「ああコレ?」と答える。

 

「モモさんにもらったの。気ノリしなかったんだけど、試しに着てみたら戦闘服ってカンジでさ~。家事がはかどりまくり♪」

 

そう言い、美柑はポーズを決める。

 

「それに、この格好を見てくれたらきっと炎佐さんも可愛いって言ってくれるかも……きゃ~!」

 

続けて炎佐に「可愛い」と言ってくれる妄想を働かせ、頬に両手を当てて照れた様子を見せる。

 

「形から入るってヤツだな、俺も分かるぜ!」

 

と、後半を全く聞いてない様子で才培がうんうんと頷く。

 

「俺もこの大漁ハチマキ巻くと気分が引き締まって仕事がはかどるからな~!」

 

「それと同じ扱いされるとちょっと……」

 

漫画家としての血と汗が比喩的な意味でも物理的な意味でもにじんで薄汚れた大漁ハチマキと自分のメイド服が同じ扱いされるのに美柑が呆れた様子を見せるのであった。

 

「ザスティン隊長」

 

「どうした?」

 

と、食事時に何かの連絡が来たらしくブワッツがザスティンに声をかけた。

 

「地球への危険物流入について報告が」

 

「!」

 

その言葉にのんびりと食事をとっていたザスティンの目が鋭く研ぎ澄まされた。

 

 

 

 

 

「はーっ。もう働き過ぎて疲れたー」

 

「でも九条せんぱいに指示されたコトは大体終わったよね」

 

天上院家の庭、ここの掃除をしていたリト、ナナ、メアは掃除が一段落し、休憩のため近くにあった石作りのベンチに座りながらナナが息を吐くとメアがそう答える。

 

「で、ヤミは?」

 

「休憩がてら書斎に行ってみるって」

 

「相変わらず本が好きだな~あいつ」

 

ナナがヤミがいない事に気づいて尋ねると、メアは「ヤミは書斎に行っている」と返答、リトが相変わらずヤミは本が好きだなと笑う。と、メアの耳に「メア」と自分を呼ぶ声が聞こえた。リトの声でもナナの声でもなく、メアはこの声が聞こえてきた方を見る。その先の木の影にはメイド服を纏ったネメシスが立っていた。

 

(マスター!?)

 

「油断するな。この屋敷……我らの他になかなかオモシロイものが紛れ込んでいるようだぞ」

 

メアが気づくとともにネメシスがそう話す。

 

「? 何見てんだ?」

 

「あ……あそこにマスターがね」

 

とナナがひょこっとメアの視界に入って尋ね、メアがナナの方を見ながらそう答えてさっきの木の影を指差す。と、それにリトも反応し木の方を見る。

 

「……ど、どこだ? 何もいないぞ?」

 

しかしリト、ナナ、メアが見た時には既に誰もおらず、きょろきょろとするリトにメアは「マスター恥ずかしがりだから」と笑うのであった。

 

 

 

「?」

 

一方凜。部屋の掃除が一通り終わったため、さっき炎佐に言われていた骨董品を運ぼうと、箱の中の荷物を確認するため箱を開ける。中にあるのは赤い刀身で刀身と柄が一体となったタイプの、刃部分の根元に僅かな出っ張りがまるで十手のように出ている片刃の剣だった。

 

「刀剣か……ひとまず二階の倉庫にでも保管しておくか」

 

呟き、凜は剣を掴む。

 

――血ダ、モット血ヲヨコセ

 

その瞬間、そんな声が頭の中に直接聞こえ、それが何なのかを理解する前に凜の意識は急速に失われていった。

 

 

 

「モモ、この本そっちに入れといてくれ」

 

「はーい」

 

一方書斎。炎佐は本棚にはたきをかけて埃を払いながら、本棚近くに落ちていた本を掴みあげ、さっと本棚を眺めるとシリーズ物だったのか似たような題名と同じ作者の本を見つけ、その近くに入れておこうとモモに本を渡し、モモは炎佐の指示されたところに本を入れる。

 

「ところでエンザさん的には凜さんってどうですか?」

 

「ん? ああ、地球人にしては結構やるな。見所はあると思うぞ」

 

「そういう意味じゃないんですけど……」

 

モモの唐突な問いかけに炎佐は素なのか戦士としての実力的な意味で答え、モモが呆れた顔を見せる。すると炎佐の携帯に突然着信が入り、炎佐ははたきを左手に持ち替えて右手で携帯電話を取り出し、電話に出る。

 

[もっ、もしもしエンザさんですかっ!?]

 

「ニャル子? なんだよそんなに慌てて。また依頼か?」

 

[あー、依頼つったら依頼なんですけどまだ確定事項ではなくってですねー……た、確かエンザさんって彩南町とかいう町に住んでましたよね!?]

 

「ああ」

 

電話の相手――ニャル子はやけに切羽詰まった様子でまくし立てており、炎佐は首を傾げながらニャル子の質問に答える。

 

[そ、その町の天上院グループってとこ知ってます!?]

 

「知ってるも何もそこの娘さんとは知り合いだし、丁度バイトでその家に来てるんだけど」

 

[マジですかっ!?]

 

早口でまくし立ててくるニャル子に炎佐は怪訝な目を見せる。

 

[丁度よかった! 実はその家にですねっ――]

 

ニャル子が本題に入ろうとしたその時、書斎の本棚にピシッという音が立てて鋭利な斬れ跡が出来たかと思うとゴパッと破裂音が続く。そしてその向こうから虚ろな目をした凜が赤い剣を手に部屋へと入ってきた。

 

「血を……よこせ……」

 

小さな声で呟くと同時、凜は床を蹴ると地球人とは思えない素早さで炎佐の懐に入り、殺気に反応して後ろに飛び退いた炎佐の左手に握られたはたきの先端が剣によって斬り落とされる。しかし凜はさらに刃を返して振り下ろさんと構えており、それを見たエンザの両目の瞳が青色へと染まる。直後、ガギンッと音を立てて赤色の剣とはたきの先から伸びるように凍った氷の棒がぶつかり合った。

 

[エンザさん!? どうしたんですか!? エンザさんっ!?]

 

「モモ、電話代われっ!」

 

「は、はいっ!?」

 

電話の先からニャル子の声が聞こえるが相手をする余裕がなく、エンザはモモに携帯電話を投げつけモモもわたわたと携帯電話を受け取ると「もしもしっ!?」と電話先のニャル子に話しかける。

凜から放たれる剣閃はやはり地球人とは思えないほどに速くかつ重く、炎佐ははたきの両端から氷を伸ばして回転、遠心力を生かして威力の底上げを狙うと共に手数を増やして対抗していた。しかしギリギリの拮抗の末、バキリッという音が響く。

 

「しまった!?」

 

中心部分、丁度プラスチック製のはたきを凍らせて持ち手にしていた部分が剣の威力に耐えきれず折れてしまったのだ。咄嗟に氷部分を掴むがその一瞬が実戦では命取り、振り下ろされた剣の防御が一瞬間に合わない。が、エンザの前に何者かが飛び出すと共にキィンッという音が響く。

 

「ヤミさん!」

 

モモの声が響く。凜の攻撃を間一髪、右腕を剣に変身(トランス)させて受け止めたヤミはエンザを見て呆れ顔になる。

 

「あなたがそんな事をするとは思いませんでしたが……どんなえっちぃ事をして怒らせたんですか?」

 

「誤解だっての」

 

「……そのようですね」

 

ヤミの言葉にエンザが誤解だと返すとヤミは何かに気づいたように頷き、同時に力の拮抗が崩れて斬り合いが再び開始される。それをちらりと見たエンザは書斎にある大きな窓に走り寄ると鍵を開けるのも煩わしいか蹴り破った。

 

「ヤミちゃん! 室内だとこっちが不利だ! 外に出て仕切り直すぞ!」

 

「了解」

 

そう言ってエンザは近くに走り寄ったモモを担ぐと窓から飛び出し、直後ヤミも凜の剣閃をかわしながら窓から飛び出した。

 

 

 

「なんだか屋敷の方が騒がしいな?」

 

「あーそうだな。どしたんだろ?」

 

庭で雑談をしていたリトとナナは、突然屋敷の方が騒がしくなってきた事に気づき、不思議に思う。と、メアだけはその屋敷の中でも書斎のある場所だけを見つめていた。そして突然書斎部分の壁が煙を立てて崩れる。

 

「な、なんだ!?」

 

咄嗟に立ち上がり悲鳴を上げるリト。その直後煙の中からエンザとヤミ、そしてエンザに担がれたモモが飛び出してリト達の近くに着地する。

 

「炎佐、モモ、ヤミ!? 一体どうしたんだ!?」

 

リトが若干悲鳴のような焦った声をあげながらエンザ達に問う。がエンザ達はそれに答える余裕もなく、エンザはモモを下ろすとデダイヤルを取り出して鎧を装着、崩れた壁を睨みつける。そして崩れた壁の中、屋敷の中から凜が姿を現した。

 

「九条凛……センパイ!?」

 

「な、刃物って……え、炎佐お前何やったんだ!?」

 

「兄上をお前と一緒にすんじゃねえ!!」

 

ナナが驚きの声をあげ、リトが凜が刃物を持っている事に驚いてエンザに叫びかけると、ナナがリトに怒鳴ってヘッドロックをかけ、リトが「あいででで!」と悲鳴を上げる。

 

「!」

 

「気づきましたか、メア。この殺気……九条凛自身よりもむしろあの剣から、より強く放たれている」

 

メアが、凜の方から向けられる殺気が、むしろ凜ではなく彼女の持つ赤い剣から発されていることに気づく。

 

「は、はい! あの剣はただの剣じゃないみたいです!」

 

するとモモがそう叫びながら、未だ通話中の携帯電話をスピーカーホンに切り替える。

 

[もしもし! 惑星保護機構のニャル子です! 話はざっくりと聞かせてもらいました! 天上院グループに、宇宙テクノロジーで造られたいわくつきの剣が渡ったらしくって……多分、その剣がそのいわくつきの剣です!]

 

「ええ。あの紅い刀身……恐らく魔剣“ブラディクス”」

 

ニャル子が大慌ての様子でそう話し、彼女の予想をヤミが正しいものだと肯定する。

 

「ブラディクスって、確かさっきザスティンが話してた呪いの剣!?」

「本当の話だったのか!?」

 

その聞き覚えのある剣の名前にリトとナナが驚くと、ヤミはそれを肯定。しかし「私達が幼い頃刷り込まれた古今東西の武器・兵器の知識によればブラディクスは呪いの剣なんかではない」と一部を否定する。

 

「寄生型知的金属生命体。二千年くらい前にどっかの銀河で造られたっていう実験兵器――だっけ?」

 

[な、なんか聞き覚えのない声がありますけどこの際無視します! その通りです! 血をエネルギー源に、取り憑いた人間を死ぬまで戦わせる魔剣。それがブラディクスです! 銀河大戦の負の遺産、こっちとしてはなるべく回収が望ましいんですが……もう被害が出てるんなら仕方ありません! 破壊でもなんでも構いませんから事態の収束を惑星保護機構から緊急依頼します!]

 

ニャル子からすれば聞き覚えのないメアの声。しかし緊急事態故にツッコミはしない事にして話を進め、惑星保護機構職員として迅速な事態収束を依頼する。

 

「ちなみにニャル子、お前は来れないのか?」

 

[すいませーん! こっちも色々立て込んでて、だから近場に住んでた記憶のあるエンザさんにお願いの電話をしたんですよー!]

 

「了解、あとはこっちでどうにかする。報酬とかその辺はまた後でふっかけさせてもらうからな」

 

[もー止むを得ませんよ! じゃあお願いしますね!]

 

その言葉を最後にニャル子からの通話が切れ、エンザ達は凜を睨みつける。

 

「とりあえず、動きを封じる!」

 

エンザがブリザド星人の能力を解放、凜を凍らせて動きを封じようとするが、凜は素早くエンザの解放した冷気をかわすとブラディクスを振るい、その斬撃がいくつもの衝撃波となってエンザ達に襲い掛かる。

 

「(これは、地球人にはかわしきれない!…)…リトさん!!」

 

モモは縦横無尽に放たれる斬撃をかわしつつ、鋭く速い斬撃にリトではかわしきれないと直感、リトの方を向く。

 

(って紙一重で避けてるー!?)

 

しかしそのリトは無数の斬撃を間一髪避けており、ヤミが「長年私の攻撃をかわし続けただけありますね」とリトの回避技術を評価していた。

 

(やばっ、()りたくなってきちゃった……抑えなくちゃ……)

 

メアは斬撃がメイド服に掠るとスイッチが入りかけ、しかし戦ってはダメだと衝動を抑えようとする。

 

「おい、九条先輩を傷つけたらただじゃおかんぞ」

 

「は~い、分かってるってば兄上~♪」

 

彼女がスイッチが入りかけたのに気づいたのかエンザがギロリと睨みつけ、メアは彼からの殺気にぞくぞくっと身体を震わせて嬉しそうな声を出す。

 

「どどっ……どうすりゃいいんだよ!? 相手がセンパイじゃ反撃するワケにもいかねーしっ!!」

 

衝撃波と化した斬撃が天上院家庭の並木や石柱を両断しながらナナに襲い掛かり、ナナは逃げながらどうするんだと叫ぶ。しかしその時彼女の視界に二羽のスズメが下りてこようとしているのが見える。

 

(わわっ! バカくるな! 巻き込まれるぞっ!!)

 

それを見たナナが大慌てで二羽に来るなと警告、それが聞こえたのかスズメはチチッと鳴いて飛び去っていった。

 

(よし)

 

スズメが巻き込まれずに済み、ナナはほっと一安心する。しかしその一瞬の気の緩みの隙をついたかのようにブラディクスに取り憑かれた凜がナナの背後へと忍び寄った。

 

「!」

 

それにナナも気づくがもう遅く、凜はブラディクスの間合いに入っている。その突き出そうとしている切っ先はナナの心臓を的確に狙っていた。

 

「伏せろ、ナナ!」

 

そこにそんな声が響き、ナナは咄嗟に頭を抱えてしゃがみこみ、自分の頭のすぐ上をブラディクスが掠る。しかし凜はブラディクスを引き戻すとすぐさま振り上げ、無防備になって動けないナナの脳天をかち割ろうと振り下ろす。

 

「させん!」

 

しかしナナを挟んで反対側からエンザが青い刃の刀でブラディクスを防いで鍔迫り合いに持ち込み、同時に青い刃から冷気が放たれてブラディクスを少しずつ凍らせる。と、ブラディクスが凍らされていくのを見た瞬間凜がその刃からブラディクスを弾き、すぐさま距離を取ってブラディクスを振るい、衝撃波で氷を砕く。

 

「わわわっ!」

 

慌ててナナが四つん這いになってその場から逃げ出した瞬間エンザは地面を蹴って一気に加速、凜へ突進すると彼女と剣劇を開始。ギンッガギンッという音が高速で響き始めた。凜は容赦なくエンザの命を狙い、対してエンザは凜の手からブラディクスを弾き飛ばそうと狙う。だがブラディクスはまるで凜の手に貼りついているかのように強く握られていた。

 

「血を……よこせ……」

 

「そうはいかないね!」

 

凜がエンザの首を刎ねんばかりの横薙ぎを見舞うとエンザはそれをバックステップでかわし、左手に握る青い刃の刀をブラディクスを打ち上げるように跳ね上げる。跳ね上げられたブラディクスはしかし凜の手から離れることはなく、むしろその勢いを利用したかのように刃を返すとエンザを真っ二つにせんと振り下ろした。

 

「おっと!」

 

だがエンザは刀を横にすると切っ先を右手で支え、振り下ろされたブラディクスを受け止めると同時に左手を下げ右手を持ち上げてブラディクスの軌道を左に逸らさせ、さらに前方に踏み込みながら右手を伸ばす。狙うは凜の右手首、ここを取ってしまえばブラディクスを押さえたも同然。さらに足払いをかけるなりして凜の体勢を崩させれば確保は完了する。あとはブラディクスを凍らせればとりあえず戦闘不能にはさせられるはずだ。

 

「がぁっ!!」

 

「なっ!?」

 

だが凜はまるで獣のように吼えると前方に跳び、エンザから逃れる。凄まじい瞬発力に不意を突かれたとはいえエンザもついていけなかった。

 

「これだけ攻撃しても弾き飛ばせないか……鍔迫り合いに持ち込んで凍らせることも出来ないし、掴んでの確保も難しい」

 

「ええ。こうなれば……彼女を剣の支配から取り戻す方法は一つ」

 

エンザの分析に、彼の隣に立ったヤミも同意を示す。エンザが左手に握っていた剣を右手に持ち替え、目を閉じる。ヤミの両腕が光に包まれる。

 

「「破壊するしかない」」

 

エンザの両瞳が赤色に染まり、刀の刃も一瞬消えた後赤色の刃として具現。ヤミの両腕が巨大な金属製のナックルへと変身(トランス)した。

 

「それはやめた方がいいよ。お姉ちゃん、兄上」

 

しかし彼らの考えを、後衛でモモやナナ、リトの護衛に回る形になっているメアが否定する。

 

「どういう事!? メアさん」

 

「あの剣が九条せんぱいを操ってるのは、多分私のやり方に近いモノだと思うの」

 

地球人が自分達を相手にあそこまで戦える兵器を壊すのが惜しいとでも思っているのか、とメアを睨むモモに対し、メアは静かにそう考察を立てる。己の能力――精神侵入(サイコダイブ)の応用技である肉体支配(ボディジャック)。髪の毛一本からでも相手と物理的・精神的に融合し、身体の支配権を強制的に奪うその能力。ブラディクスも恐らく似たような方法で凜の身体を乗っ取っている、とメアは推測していた。

 

「だとしたら――剣を破壊すれば、剣と同調(シンクロ)している九条せんぱいの精神(ココロ)も一緒に壊すことになる」

 

「ど、どうなるんだ!?」

 

メアの冷静な推測を聞き、ナナが焦った声でそう問いかける。それに対しメアは静かに首を横に振った。

 

「壊れた精神(ココロ)はもう治らない。九条せんぱいは一生意識が戻らないまま――」

 

そこから先を言わないのは彼女が気遣いを覚えたからだろうか。しかしその先を予測するのは容易、リト達の間に静寂が走る。「どうしたら」と困惑の声を何者かが上げた。

 

「……メア。一つ聞きたい」

 

そこにエンザがメアに問いかけた。その真剣な目にメアがドキッとする。

 

「ど、どうしたの兄上? もしかして……ペロペロしてくれるとか?」

 

「違う」

 

メアのボケに対しエンザはツッコミを入れる暇も惜しいのかスルーする。

 

「お前なら、ブラディクスに……正確に言うならブラディクスに支配されている九条先輩の精神(ココロ)に侵入できるのか?」

 

「うん。九条せんぱいの精神(ココロ)に侵入するだけならいつもの事だもん」

 

エンザの確認にメアはこくり、と頷く。

 

「なら、お前の能力で俺と九条先輩の精神(ココロ)を繋げてくれ! ブラディクスの物理的な破壊が無理なら、精神(ココロ)から引き離すしかない!」

 

「む、無茶ですよ! そんな事をして、もしエンザさんまでブラディクスに支配されちゃったらもう手のつけられようが……」

 

その言葉にモモが一番に反対意見を出す。

 

「いや、ブラディクスが接触した相手を支配するとすれば、基本的に剣の柄を握る一人だけが支配されるはずだ。ブラディクスが相手を斬って得た血をエネルギー源とするならそれが一番効率がいい。つまり俺が支配されれば九条先輩は助かる。それに俺が暴走したとしてもヤミちゃんとメアの二人がかりならまだなんとかなるはずだ」

 

しかしエンザはただただ冷静に、凜を助ける手段を考えていた。

 

「もし俺がブラディクスに支配されて暴走したなら――」

 

ただし、

 

「――俺の精神(ココロ)ごと、ブラディクスを破壊しろ」

 

最悪の場合は自分が死ぬことが前提に入っているのだが。

 

「ま、待ってくれ! それなら俺も――」

「リトは足手まといだ、ナナとモモも同じく。そもそも護衛の俺が護衛対象のお前らを危険に晒すとか傭兵の名折れだ」

 

エンザが命を張ると聞いたリトがそれなら自分も行こうと言おうとするが、エンザがそれをすぐに拒否する。なお後半に関してはナナとモモから「「何を今更」」と冷めた目でのツッコミが入っていた。まあ、リトや美柑や春菜のような地球人を守るためならむしろ二人の優先度が低くなっていた前例がある以上、この言葉通りなら彼の傭兵としての名は既にぼっきぼきに折れている。

 

「ヤミちゃんが支配されたらそれこそ俺達じゃどうしようもないし、正直言って俺はまだメアを信用しきっていない。ブラディクスを持ち逃げされでもしたら困るからな」

 

ついでにこの中で一番強い、むしろ宇宙最強の賞金稼ぎであるヤミが行って万一支配されて暴走したら自分達は間違いなく殺される。精神侵入が使えるメアに単独で行かせた場合、ブラディクスを持ち逃げされてネメシスの手に渡りでもしたら今後何が起きるか分からないため却下。消去法でエンザ(自分)が行く事になる。と彼はリト達を守るために屁理屈をこねていた。

 

「で、でも!」

「話し合っている暇はなさそうです」

 

しかし諦めずにリトが説得を続けようとするが、それをヤミが打ち切る。襲い掛かってきた凜の攻撃をヤミは巨大なナックルとなった両腕で防いでいた。縦横無尽に襲い掛かる不可視の斬撃を全て防ぎ、その身及び後ろの全員が傷一つ受けないのは流石宇宙最強の賞金稼ぎと言えるだろう。

 

「ああ……メア、頼むぞ。この一瞬だけ、俺はお前に全てを預ける」

 

「りょーかい、兄上♪ 後でたっぷりぺろぺろしてね?」

 

「……甘いものを好きなだけ奢ってやる」

 

エンザの言葉にメアが冗談めかした敬礼をしながら見返りを求めると、エンザはぺろぺろだけは嫌なのか別の見返りを提案。メアは「ちぇっ」と残念そうに呟いたが直後背中に天使のような真っ白な羽を変身(トランス)によって出して飛翔。エンザも壁になっているヤミの後ろから飛び出して凜の右手に握られるブラディクスに刃をぶつけると、ブラディクスや凜の身体を破壊しない程度に手加減した爆発を発生、ブラディクスを握る右腕ごと後ろに弾き飛ばす。

 

「今だ、メア!!」

 

「行くよ!」

 

爆発に弾かれた凜の動きが鈍った瞬間を逃さずにエンザが合図、それと共に上空のメアがおさげを伸ばし、その先端をそれぞれ凜とエンザの額へと突き刺すように接続させた。

 

精神侵入(サイコダイブ)!!」

 

メアの掛け声とカッという真っ白な光と共に、エンザの意識は急速に遠のいていった。




今回はついにブラディクス編です。次回はブラディクスとの戦闘を完全オリジナルでお送りする予定です。なお、内容は今から考えます。(行き当たりばったり)
一応ラストだけは考えてるんですけどね。そこに持っていく過程とか、どうやって凜を炎佐に落とすかとか。その辺は全く考えられてないですはい。(汗)

で、なんかToLOVEるダークネス連載終了という噂を聞いて情報を収集してみましたが……ダークネスが一区切りになってまた新しいタイトルで連載開始となる説が流れてますね。それこそ無印→ダークネスの時みたく。
ま、その辺は自分単行本派ですので。単行本発売を楽しみにするとします。
では今回はこの辺で。ご意見ご指摘ご感想はお気軽にどうぞ。それでは。

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