ある日の夜
時刻は時計の針が真上で重なる夜中の12時。
飾り気の少ない部屋の中、薄暗い明かりの下、
その水晶玉の表面にはこの館──紅魔館の外の光景が映し出されていて、そこにはさまざまな武器と防具で武装した人間たちがたった一人の妖怪相手に攻めあぐねていた。
腰まで届く髪の赤と身に付けている衣服の緑──二色の流線を残しながら人と人の間にできた隙間を縫うようにして蛇行しながら高速で移動し、時折立ち止まったかと思えば、肘打ちと膝蹴り、はたまた拳と足の裏で生身の部分を、或いは鎧兜の上から打撃を浴びせて人間たちを次々と再起不能に陥らせ、その数を順当に減らしていく。
彼女は紅魔館の守り手である紅美鈴(ホン・メイリン)
妖怪では珍しく武術を嗜んでおり、襲撃者を排除するのに一役買っている。
今もまた一人、垂直に伸ばした彼女の足が男の顎を下から強打、体が空高く宙に舞い上がり、哀れな犠牲者を増やしていく。
彼女の頭上では丸い月がほんのりと紅く、妖しく、染まっていた。
外で美鈴が襲撃者たちを迎え討っていると時を同じくして……私の前方、私がいる部屋へと通じる扉を乱暴に蹴破って、武装した集団が侵入してきた。
紅魔館の外にいる連中は囮、本命はここにいる一団、目的は紅魔館の主である私。だがこれは想定内の出来事。
武器を手に玉座に座る私に襲い掛かる不届き者たち、しかし、彼らの背後から二本の黒く細長い鞭が伸びて、それを避けるために左右に分かれて飛び退き、彼らの襲撃は不発に終わる。
突然の攻撃に動きを止め、鞭が飛んできた方向──開いたままの扉に目を向ける侵入者たち。その視線の先にあるのは、開け放たれた扉を背にして立つ三人の男たち。…だがどれも人の姿をしているとは言い難い。
その中の一人、サングラスをかけた金髪のアフロをした男が動く。
毛魂 と書いて バーニング!!!!
鞭のように二本の鼻毛を伸ばすと、襲撃者たちを上に打ち上げて天井に叩きつける。ついでに両脇にいる仲間二人にも攻撃の手を加えた。
イヤ、なんで!?
「国へ帰るんだな。お前にも家族はいるだろう…」
両腕と片足を上げた奇妙なポーズでそう宣うと、彼の攻撃で打ち上げられた襲撃者たちと、隣にいたためにとばっちりを受けた二人が音を立てて落下した。
彼の名前は「ボボボーボ・ボーボボ」
自称「毛の化身」という訳の分からない存在。
数日前から他の二人と共に紅魔館に居座っているのだが…
「首領パッチ!? 天の助!? いったい誰がこんなことを!?」
床に横たわっている二人に駆けつけるボーボボ。
ちなみにオレンジ色のコンペイトウに細長い手足がついた生き物が「首領パッチ」で、体が水色のところてんでできているのが「天の助」。
二人はボーボボを指差して「お前…」と告げると力尽きたのか腕が力なく垂れ下がり、そのまま気を失った。
「ちくしょう! 毛狩り隊の奴らめぇぇ──っ!!」
天井に向かって大声で叫ぶボーボボ。
サングラスの隙間から涙がとどめることなく流れ続けている。
「毛狩り隊のことは知らないけど、倒したのは明らかに ボーボボ なんですけど!?」
私が間違いを指摘するも聞く耳を持たないのか、耳を塞いで明後日の方向に顔を向ける始末。
ボーボボとそんなやり取りをしている間に複数の足音と共に新たな部隊が部屋になだれ込んできた。
「ちぃっ、悲しんでいる暇もないってわけか!」
部屋の一角に土を盛っただけの墓を作ったボーボボがそんなことを言う。よく見たら足や腕の一部がはみ出ていて、「犯人はボーボボ…」という血文字で書かれたダイイング・メッセージが二つ残されていた。
「喰らうがいい! 鼻毛真拳究極超絶奥義ぃぃぃぃぃ~~~~~っ!!」
両足を踏ん張って気合いを入れるボーボボ。彼の全身が金色のオーラで覆われ、力の余波が突風となって頬に当たる。
そんな様子のボーボボを技が繰り出す前に潰すつもりか、襲撃者たちが一斉に群がって飛び掛かった。
轢き逃げ -MISUZUのトラックバージョン-
しかし、技を妨害するよりも早く、突如出現した大きな10トントラックで撥ね飛ばされていく。
なんか、どえらい技が出た!!
しかもトラックを運転しているのは外にいる筈の美鈴で、ボーボボは助手席で静かに座っているだけで何もしていない。…どころかスマホをいじっている。
「次々と襲撃者たちを倒していく美鈴…」
襲撃者たちが撥ね飛ばされている様子を見ていると、いつの間にか復活した天の助が隣に立っていて、誰に聞かすわけでもなく静かに語り始める。
「──しかし、疲れからか、不幸にも黒塗りの高級車に追突してしまう…」
淡々と述べていく天の助の言う通りに横から急に飛び出してきた黒塗りの高級車の側面と激突。運転席にいる美鈴の目が大きく見開かれる。
トラックもそうだけど、何処から車が出てきたのよ!?
彼女の見ている前で高級車は部品を撒き散らしながら横回転を繰り返し、数回ほど転がったところで漸く止まった。
ガラスは全て割れ、車体はイビツにへこみ、もはや高級車は廃車と見紛うほどに大破していた。
「…はぁ、はぁ。よぉ、ねぇちゃん? よくも俺の車を傷つけてくれたなァ~?」
そんな廃車一歩手前の高級車から首領パッチが出てきた。
ただし、顔面にはフロントガラスの破片が突き刺さり、腕と足があらぬ方向に折れ曲がっている。
いやいや、車よりも先に自分の体でしょ!?
首領パッチの惨状を見て、美鈴が忙しなくトラックのドアを開けて外へ飛び出す。
「すいません! お嬢様 はどうなってもいいので、私 だけは見逃してください!」
コイツ、当主の私を売ろうとしておる!?
「くっくっく…。主従愛に満ちた泣ける話をしてくれるじゃねぇか…」
どこが!?
「だがこの俺様は人の嫌がることをするのが大好きでなァ~?」
下品な表情で迫る首領パッチに「そんなぁ…」とガックリと肩を落とす美鈴。
やがてオットセイの着ぐるみを着させられて首領パッチと一緒に「オウッ、オウッ!」と鳴き真似を披露する。
何これ!?
「うっ…ううう、汚された私…」
着ぐるみを脱いだ後、正座を崩した横座りでめそめそと目に片手を当てて泣き始める。
何を!? っていうか今の何!?
「それじゃあ、美鈴も気持ちよく反省したことだし、晩御飯にしたいと思いまーす」
エプロンを身に付けたボーボボが手に持ったお玉で鍋の底をガンガン鳴らす。
細長いテーブルの上には彼が用意したであろう豪勢な料理が並べられていた。
どこをどう見たら反省しているように見えるの!?
そんで何でこのタイミングで晩御飯なの!? っていうか、いつ用意したの!?
「…というわけで君たちとはここでお別れでーす」
倒れた襲撃者たちをニコニコ笑顔で「出荷よ~♪」とトラックの荷台に乗せていくボーボボたち三人。やがて全ての襲撃者たちを乗せるとトラックに乗り込んで急発進、壁を破壊して外へと飛び出す。
なんでわざわざ家の壁を破壊していくのよ!?
「まぁまぁ落ち着いてくださいお嬢様。壁は私が直しますから、その間に食事を頂いてください」
美鈴が怒る私を宥めかせつつ、壁に空いた穴をレンガで埋めいく。
こうして紅魔館の騒がしい一日が終わり、そしてまた騒がしい一日が始まる。
肉体的にも精神的にも疲れる連中だが…
いつしか、それを悪くないな…と思うようになってしまった自分がいる。
ここは紅魔館。
私こと──レミリア・スカーレットが当主を務める、人為らざる者が集う悪魔の館。一部、変なのがいるが…
(´・ω・)にゃもし。
久しぶりの投稿よ。
こっちは気が向いたら続くかも…?