ダンジョンで出会ってしまったのは間違っていただろうか? 作:ハヤさん。
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第9話
[影鴉虚無/疾風虚無]
「...うん。これにするよ」
「あ、決まりました? へぇー、良いですね、それ」
「ふふっ、そうだろう?」
セツナさんは、黒いマフラーを手にとっていた。細かい紋様が放射状に広がっているデザインが真ん中あたりにあり、きめ細やかな糸で編まれている。肌触りも良さそうだし、丈夫そうだ。
「じゃ、それにしますか。すみませーん、あのこれなんですけど...」
俺は財布を取り出しながら店員さんに声を掛ける。
ここは、第18階層[迷宮の楽園/アンダーリゾート]と呼ばれる安全領域。その中に存在する、冒険者の街[リヴィア]だ。
そこにある商店街で、俺とセツナさんは、買い物をしていた。俺は消耗品の補充と、ツキ様へのお土産(店員さんとセツナさんに何故か笑われた)。セツナさんは、装飾品の購入だ。
「よし。買い物はこれくらいで良いですかね?」
「あぁ。すまないね、色々と払わせてしまって。私も手持ちがあれば良かったのだが...」
「いえいえ! 気にしなくていいですよ。日頃の感謝の気持ちですから。それに、女性に払わせるわけにはいきませんよ」
女がいるときは、男が払うもんだ、ってばっちゃが言ってた。...ばっちゃって誰? とにかく、女性に払わせるわけにはいかない、というのが俺の信条だ。
「...君は、優しいな。...それが私だけに向かないのが残念だ...」
「はい? 何か言いました?」
まわりが五月蝿すぎてなかなか聞こえない。五月蝿いなぁ···まぁ、これが冒険者というものだと思うが。[豊饒の女主人]はいつもこんな感じだ。頭がくらくらしてくる。
「いいや。何でも無いよ。さぁ行こうか」
そう言って、セツナさんは、人混みを掻き分け進んで行ってしまった。や、やば! はぐれちゃう!! 俺は急いで彼女の下へ走った。
セツナさんを見つけた時、彼女の後ろ姿は、とても頼り無く、寂しそうに見えた。
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「さて、ルミナ君。...私の昔話をしようか」
「昔話、ですか?」
俺達は、商店街を出て、ロキファミリア、ヘファイストスファミリア兼合同ファミリアのキャンプ地に戻ってきていた。そろそろお昼時らしい。皆は昼食の準備をし始めていた。
「あぁ。テントの中に入ろうか」
そう言って、セツナさんは、俺が寝ていたテントの中に入っていく。俺もそれに続きそこに入っていく。俺達は、向かい合う形で座った。
「よし。私の前のファミリアの事だが...名を[スクルドファミリア]と言うんだ」
「...スクルド、ファミリア...」
聞いた事の無い名前だ。
「私はそこに13、4の時入ってね。最初は右も左も分からなかった。だけどね、私には救い主...まぁ、恩人だね。その人の名は[クロエ·サンバスタ]。当時、女剣士としては、アイズ·ヴァレンシュタインに迫る強さをもっていた」
「そんなに...」
「素晴らしい人だった。まだ幼い私に、剣を教えてくれた。ダンジョンを教えてくれた。そして、仲間の大切さを教えてくれた。誰よりも仲間を大切にする人でね。自分が進んでモンスターの攻撃を受けるような勇気と優しさを持つ人だった」
セツナさんは、遠い眼をする。まるで、遠き日の記憶を思い出すために、そこに行っているかのように。心此処に在らず。のような状態だった。
「私もだんだんと戦えるようになって、パーティーに加えてもらった。そして、様々なモンスターを狩り、どんどん上の階層に進んで行った。最高到達階層は、26、7層ぐらいだったかな?」
「そんなに行ったんですか...?」
「まぁ、大人数でだけどね。私だってレベル3だったし。...そんなこんなで私は充実した生活を送っていたのさ。だけどね...」
セツナさんは、詰まったようか顔をする。思い出したくないことなのだろうか...?
「せ、セツナさん。言いたくなければ、言わなくても...」
「いや。君には、言っておかなくてはね。...ある日、私は掲示板に貼られた一つのクエストを行っていた。一人でもできるし、通っていた店の関係者らしかったから、私はその依頼を一人で受けたんだ。他のメンバーの攻略の枷にならないようにね。」
セツナさん...やっぱり好い人だな。こんなにも優しい。
「だけど、いくら待っても、依頼主が来る事は無かった」
「...え? それって...?」
依頼主が、来ない?
「...あぁ。私は、私達は騙されたんだ。何者なのかは、未だに分かってないけどね...嫌な予感がした私は、一人でダンジョンに向かった。そこには...仲間達の死体やら、装備やらが転がっていた」
「...っ!!!???」
俺は絶句した。言葉が出なかった。死体が転がっていた事じゃない。装備が転がっていた事じゃない。セツナさんが、こんな平然とした顔で、こんな悲しい出来事を淡々と語っている姿を見て、絶句した。
「...んで...」
「ん? どうした?」
「...なんで、そんな平気そうな顔しながら、そんな事言うんですか?」
「...どういう事だい?」
セツナさんは、分からない、という風に首を傾げる。何で、そんな...分からないなんて...!!!!!
「...そんな、寂しい事言わないで下さいよ...」
「...ルミナ君...?」
俺は、いつの間にかセツナさんの両手を、俺の両手で包み込んでいた。俺は多分、分かっていたんだ。セツナさんの、何処か冷めきった顔に。その言葉に。その冷たさを、暖めてあげたかったんだと思う。
「...俺は、俺が死んだ時、セツナさんに泣いて欲しいです。俺の事を話す時、悲しげな顔になってほしいです。俺が居なくなって、寂しいと思ってほしいんです...だから、"空っぽになんてなってほしくないんです"」
セツナさんは、とても優しい人だ。俺は、セツナさんの事を尊敬し、敬愛している。だから、そう思ってほしい。何も思わない、空っぽの心になんてなってほしくない。
彼女は、少し驚いた顔をし、直ぐに憂いを帯びた微笑を浮かべる。
「...君は、分かっていたんだね...[私は、空っぽなんだよ。]あの日、仲間を失った、あの瞬間から、私の心には、何もかも残っていないんだ。...君は、私の心を、埋めてくれるのかな...?」
「...いいえ」
「...そうか...君なら、埋めてくれると思ったんだけどなー...」
セツナさんは、初めて寂しげな微笑みを浮かべた。···違う。違いますよ、セツナさん。
「違いますよ」
「...え?」
俺は、この寂しい鴉の心を、幸せで溢れさせてやりたいんだ。空っぽの心に、溢れんばかりの、幸福を。
「...俺はあなたの心を、暖かさで、溢れさせてあげます。俺が、包み込んであげます。だから、そんな寂しい事言わないでくださいよ、俺ら、仲間じゃないですか。寂しい時は、泣き止むまで傍に居ます。寂しさが無くなるまで...」
俺は手を放し、初めて、自分から彼女を抱き締める。寂しさで震えていた華奢な肩は、驚いたかのようにびくっ、と震える。
「...俺が、こうやって抱き締めますから」
そうだ。放すわけにはいかない。彼女を抱き締めてあげて、彼女の寂しさが紛れるのなら、いくらでも何度でも抱き締めよう。
「.........あれ...? おかしいな...涙が止まらないよ...うっ...うぅ...」
「良いですよ。今は、このまま此処にいますから」
「うっ...ひぐっ...か、顔は見ないでくれよ? 多分、酷い顔してると思うからさ」
「はい。眼、瞑ってますよ」
「...そうか。なら、安心だな...ルミナ君、ありがとう...」
セツナさんは俺の腕の中で、静かに泣いていた。だけど、彼女の体温は、とても温かかった。
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走る。行く宛も無く走る。息を切らし、目の前に見えた池の前に手を着いて屈み込む。
...見てしまった。私は、決して見たくないものを、見てはいけないものを見てしまった。その光景が眼に焼き付いて離れない。その場から逃げようとしたのに、足が動かなかった。脳から伝達される命令と、それを受けとる器官がうまく接続されていないんじゃないか、というぐらい私の身体は、私の言うことを聞かなかった。
その光景とは、ルミナが、セツナを抱き締めている光景。その腕の中で静かに泣くセツナ。そして、温かな微笑を浮かべ、彼女を抱き締めるルミナ。その光景は、私の精神を大きく揺さぶるのに、充分過ぎた。
訳もなく、涙が溢れてくる。そしてそれは止まらない。なんで、どうして...私は...!!! 何か事情があるんじゃないか? 違うんじゃないのか? セツナさんがまた何か大胆な行動に出たんじゃないのか? だけど、そうだったとしても、ルミナさんは、セツナさんを受け入れていることになる。そんな...そんな...!!!!!!
「...嫌、嫌...嫌...嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌...!!!!!!!!!!」
そんな事、赦したくない。私は、彼らを祝福すべきなのだろうけど、そんなのは、私の中にいる[何か]がそれを赦そうとはしない。そして、私はその[何か]に従おうとしている。だってそうだろう。私の中にいる[何か]だって、私なのだから。
いや、[何か]なんてもう分かっているはずなのだ。この気持ちを客観的に表せば簡単なのだ。
即ち[嫉妬]、[羨望]、[憎悪]、[独占欲]。私の中に渦巻くのは、この感情だ。
私は、ルミナさんに抱き締められているセツナさんに[嫉妬]している。
私は、ルミナさんに抱き締められているセツナさんに[羨望]を持っている。
私は、ルミナさんに抱き締められているセツナさんに[憎悪]を抱いている。
私は、ルミナさんを[独占]したいと思っている。私だけに話掛けてほしい。私だけ、私の手を握ってほしい。私にだけ、あの笑顔を向けてほしい。私だけを、抱き締めてほしい。
そんなのが叶わないのは分かっている。だけど、そう願ってしまうのは仕方の無い事なのだろう。だって、それが[恋]なのだろう。[愛]なのだろう。私は、この感情を嫌悪しない。初めての恋なのだ。そして、これからの人生、これ以上の恋は無いと思っている。ならば、全て受け入れよう。そして、この恋を叶えてみせる。そうすれば...
「...ルミナさんは、私の[モノ]です...」
だから、受け入れる。だって、私のモノにしたいと思っているのだから。これは、私の中の[何か]じゃなくて、[私]の気持ちだ。
「はぁ...これから大変ですね...」
これからは、覚悟してくださいね? ルミナさん?
ペロリ、といつものリューからは想像できない艶美な笑みを浮かべ唇を舐める姿が、水面に写し出された。
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「ぷはー!! ごちそうさまでした!!!」
「うむ...美味であった」
俺達は、テントから出て、既に用意されてあった昼食を頂き、ご馳走になっていた。メニューは、鶏肉たっぷりのホワイトシチュー、香ばしい匂いのする焼きたてパン。あぁ、とても美味しい。鶏肉はパサつきが全く無く、さっぱりしていて、シチューは少量のスパイスがまろやかな味の中に、いい味を出していた。パンは、今まで食べた事が無いふっくらした食感と、香ばしい匂いをそのまま閉じ込めたその味。そして、そのパンをシチューに着けて食べると、これまた美味しい。
「すみません、何かご馳走になってしまって...」
「ん? いいや。これももてなしさ。遠慮せずに食べてもらって構わないよ」
そう言ってくれたのは、綺麗な翡翠の髪を持つ、[ロキファミリア]屈指の魔導師。副団長の[リヴェリア·リヨルブ·アールブ]さん。何処と無く、雰囲気がセツナさんと似ている人だ。
「では、ご馳走様でした...。あれ? そう言えば、ベルは?」
「あぁ、クラネル君かい? 彼なら、アイズとヘスティア殿と街に出掛けて行ったが?」
まじか...二人だと...? くそ、許せん...。
「イラつくから、三人の描写は書かない!!」
「...ルミナ君...さすがに、今のは私も見逃すわけにはいかない」
...すみませんでした。
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そんな楽しげなファミリアの様子を、高台から見つめる影1つ。
大きめのテディベアを片手に抱き、黒いリボン二つで、長い髪を纏めている。黒いゴスロリファッションを身に纏い、黒い、レースの着いた日傘を片手に持っている。
名を、[ムー·ノワルドール]。彼女もまた、[力持つ者]。右手の中指に光る黒い宝石の嵌まった指輪が光り輝き、彼女の後ろの茂みから、コボルトが二体出てくる。
その二体は、両方とも漆黒の毛皮に覆われていた。そして、彼女の前で膝をつき、項垂れた。まるで、忠誠を誓う騎士のように。
「...よしよし。いい子だね...」
彼女は優しげな表情で、二体の頭を撫でる。コボルトは心底嬉しそうに尻尾を振る。
「よし、じゃあ行くよ...[ノワール]、頑張ろうね」
彼女の抱くテディベアの瞳が、紅く光ったように見えた。
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「ねーねーベル君!! これどうだい!? ほらほら~!!」
「は、はい!? あ、良い匂いですね!!」
「ふふん♪ だろだろ~?」
「ベル。こっちも見て」
「ひゃ、ひゃい!? わぷっ...!?!?」
「どう?」
「ど、どうっ、て.............................」
「な・に・を・やってるんだ君はあああああああああ!!!!」
何やってんだあの人達は。
アイズさんは、何故かベルを胸に埋めてるし。ベルは顔真っ赤にして鼻血だして気絶してるし。ヘスティア様はアイズに噛みつかんばかりの勢いで飛びかかってるし...あれが剣姫なのか...。何か意外。
俺は、ベル達の元へ歩いていく。
「あの...そこら辺にしてもらえませんか? ベル首絞まってるし...」
「? あ、本当だ、ごめん」
「っはぁっ!! ごほっ、ごほっ...」
「大丈夫かいベル君!?」
落ち着きないなこの人達は...。
「全く...アイズ、良い加減にしろ」
「...うん。ごめん」
そこへ来たのは、綺麗な緑髪を流す、ハイエルフの魔道士。オラリオ最強の魔法使い[リヴェリア・リヨス・アールヴ]。...すげぇ...。
「すまないな、ルミナ君。うちの者が騒いでしまって」
「い、いえ! 大丈夫です。楽しいですし」
「そうか。なら良かった」
リューさんやセツナさんとは違った、綺麗な笑顔。優しく包み込まれるような、優しい笑顔だ。思わず、見惚れてしまう。
「どうしたんだ?」
「あぁ、いや。何でも無いです」
見惚れてしまうとろくな事が起きない。俺は慌てて目を逸らし、テントへと足を運んだ。
「どうした、ルミナ君? さっきから悩んでいるみたいだが?」
「あ、セツナさん。...あの、リューさんは...?」
駄目だ。これはまだ誰かに話せない。俺は話を逸らすため、他の話題を出す。...チョイスミスった。
「ふふっ...やっぱり気になるんだね」
「いや...さっきから姿を見ないので。昼食も食べてない事になります」
街から帰ってきた時もいなかった。いや、姿を見なかっただけかもしれないけど、皆が集まって昼食を摂っているここに来てないということは、何処かに行っているということだ。
「ふむ...そう言えばそうだね...何処か行ってるのかねー?」
「...俺、探しに行ってきます」
俺は、駆け出す。行くあては全く無いけど、探さずにはいられない。
「リューさん...何処へ...?」
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私は、さっきの池から、キャンプ地に戻ろうと歩を進めていた。涙はもう出ない。恨みも、今は無い。セツナさんだって、ルミナさんが好きなのだ。それを憎悪してはいけない。
「...少し、恥ずかしいな...」
自分の感情でいっぱいだったのが、恥ずかしい。セツナさんは、こんな事思わないだろう。そう思うと、嫉妬でいっぱいの自分が恥ずかしくなってきた。
「リューさーーーーーん? どこですかーーーーーーーー?」
今のは...ルミナさんの声? 私の名を呼んでいる? 何かあったのだろうか...?
「...ルミナさん」
「うわっ!? あっ、リューさん!! 良かったー...」
私は、少し驚かせてあげようと、背後に回ってから声を掛ける。案の定、予定通りのリアクションをしてくれた。驚いている彼の顔は、とても可愛い。それだけで、私の心は幸せでいっぱいになる。思わず、笑みが零れる。
「すみません、驚かせてしまって」
「いやー、リューさん気配隠すの上手いですね...」
「まぁ、隠密は特技だったので」
他愛の無い話をするだけで、私の心は舞い上がる。今だけは、ルミナさんの眼が、心が私だけに向いていると思うと、どうしようもない幸せに包まれる。嬉しくて、嬉しくて堪らない。
「あっ、そうだ。お昼ご飯、もうできてますよ?」
「そうでしたか。では、行きましょうか」
「はい!!」
あぁ、これだ。私が求めているのはこれなのだ。私は、これを手に入れたい。この幸せを、ルミナさんの心を、手に入れたい。
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「ふむ...何か腹立つな...」
私は、ルミナ君がリューを探しに行ったため、一人取り残されていた。彼が、他の女の元に行く、と思うと腹立つ。やはり、私は彼を好きになってしまったのだな。
「そう言えば、クラネル殿の姿が見えんな...」
さっきまで、あんなに馬鹿騒ぎしていたのに。また街にでも行ったのか...?
「何!? それは本当かい!?」
リリが、皆に叫んでいる。何かあったのだろうか?
「何かあったのか?」
「セツナさん!! 大変なんです!! ベル様が!!」
「どうした? 少し落ち着け」
「落ち着いてなんていられません!!! ベル様が、浚われたって!!!」
運命の歯車は、噛み合わせを失い、一つ一つ、落ちていく。それを広いあげる者は、誰もいない。
第9話
[影鴉虚無/疾風虚無]
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次回予告
平穏に過ごすはずだった日に、ベルが連れ去られる。そして、次はヘスティア。しかし、それは、這い寄る黒き影の陰謀であった
姿を現す、二人目の異端児[ムー・ノワルドール]。「ねぇ、お兄ちゃん、お姉ちゃん。ムーと遊ぼ?」
次回、ダンジョンで出会ってしまったのは間違っていただろうか? 第10話[運命狂乱/漆黒人形]
つぎはオリジナルストーリーです。なのでゴライアスはちょっと...。