掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~ 作:カットトマト缶
それは新学期が始まってしばらくした頃だった。この日はスリザリン生が一人休んでしまって、ペアのつくれない生徒ができてしまった。その生徒は特別調合が苦手というわけではなかったが、今回の薬は一人で調合するには難しい。そして幸か不幸か合同のグリフィンドール生は奇数だったため、スラグホーンはスリザリン生とグリフィンドール生のペアを一つ作るようにと指示した。スリザリンもグリフィンドールも、誰がその『あまり』になるかで軽い口論になった。スラグホーンも二つの寮の不仲は重々承知していたので、呆れながらも丸く収まるのを待っているようだった。
しかしその口論は意外なことにすぐに打ち切られた。
「私が組むよ」
アメリアがそう切り出したのだ。教室の中は一瞬静まり返ったが、すぐにダリアが反対した。
「駄目よ! アメリアは私と組むの!」
「ダリア、これじゃあいつまでたっても授業が始まらないよ。今日は別の人と、ね?」
そう言って微笑むアメリアにダリアは不満そうな顔をしたが、渋々ながらレギュラスとペアを組んだ。グリフィンドール生は相手がアメリアだとわかるとすぐに別の方向で口論になったが、すぐに誰がペアになるかを決めて調合に取り掛かった。
アメリアのペアの女生徒は綺麗な赤い髪をしていた。
「えっと、初めましてでいいのかな? アメリア・ポッターだ。よろしく」
「ペチュニア・エバンズよ。こうして話すのは初めてね。よろしく」
二人は互いの顔を知ってはいたが、ペチュニアの言う通り会話をするのは初めてだった。グリフィンドールの同級生とはなにかと仲良くしているので、グリフィンドールのこの同級生と何故関わりがなかったのか不思議に思いながら、それでもアメリアは人好きする笑みを浮かべた。
ペチュニアははきはきとしたしっかり者だった。意志の強そうな眼光、きっぱりとした口調。それらには聡明さが滲んでいて、アメリアはそんなペチュニアにダリアとは違った魅力を感じた。
「ペチュニア、ツリガネ草を入れてくれるかい? タイミングわかる?」
「大丈夫よ」
アメリアが角ナメクジを投入して鍋を右に五回、左に七回混ぜたところでペチュニアがツリガネ草のみじん切りを投入した。タイミングは完璧だ。アメリアは内心感心してしまった。
アメリアがペチュニアと仲良く調合するのをダリアは鬼のような形相で睨みつけていた。レギュラスはそんなダリアを冷や汗かいて横目にとらえながら鍋をかき混ぜた。近くの席のスリザリン生はダリアとアメリアをハラハラとした心持ちで見守り、グリフィンドール生はペチュニアに心の中で叫んでいた。「そんなに近づくな、リドルに睨み殺されるぞ!」と。
「ひっ!」
「ペチュニア? どうしたんだい?」
とうとうペチュニアがダリアの視線に気づいた。ペチュニアはダリアの鬼の形相に驚き思わず声を上げる。アメリアはペチュニアが自分の後ろ側を、顔を青くして見ているのに気付いて振り返った。アメリアが見たのは、ニッコリと綺麗な笑顔を向けるダリア。アメリアも一つ微笑みを返して調合に戻った。……すると途端にダリアはまた表情を険しくする。ペチュニアは負けじと睨み返してから、アメリアとの調合に集中した。ただ怖がるだけでは相手に負けたも同然。ペチュニアは強気で負けず嫌いだった。
当然のことではあったが、調合はダリア相手よりもずっとはかどった。ペチュニアは確かに材料を気味悪がるものの、ダリアと違って植物や動物の角などは自分から進んで処理したし、鍋に材料を投入するタイミングも完璧だった。
「今日はペアになってくれてありがとう。楽しかったよ」
調合が終わるとアメリアははつらつとした笑顔でペチュニアに言った。
「私も、あなたがペアで助かったわ。ありがとう」
「また組む機会があったらよろしく。それじゃあ」
「ええ、またねポッター」
アメリアはすました顔で踵を返すペチュニアを驚きの表情で見送った。いつまでもこちらに帰ってこないアメリアにしびれを切らせたダリアが腕を引っ張るまで、アメリアは動くことすらしなかった。
アメリアの頭の中にはいろいろな疑問が飛び交っていた。――ペチュニアは私を何と呼んだ? 『ポッター』? 私はペチュニアのことを名前で呼んだのに、なぜファミリーネームで? 私、何か嫌われるようなことしたかな――。
アメリアは頭を振った。そんなはずないと。アメリアは考え事はそれまでにして、自分の袖を引っ張って頬を膨らませているダリアに笑顔を向けた。
* * * * *
アメリアはさてどうしようと内心頭を悩ませていた。
「アメリアは私よりもあんな女の方が好きなんだわ! そうなんでしょう!」
「そんなことないよ、ダリアが一番さ」
「そうやっていつもいつも私を騙すんだわ!」
「本心だよ! ダリアこそ、どうして信じてくれないんだい?」
「だったらどうしてあんなに近づく必要があるの!?」
「同じ鍋を使っているのにあれ以上どうやって離れろって言うんだ……」
ダリアがペチュニアに嫉妬して機嫌を直してくれないのだ。アメリアは顔を赤くして怒っているダリアに何度も説明するし何度も謝っているのだが、ダリアは癇癪を起してちっとも聞く耳を持ってくれない。アメリアにお菓子を投げつける始末だ。アメリアはほとほと困ってしまって、きょろきょろと談話室内を見回した。
「ブラック!」
「!?」
アメリアはぱあっと顔を明るくしてそう叫んだ。自室から談話室へとやってきたばかりのレギュラスは、今まで冷たい態度をとっていた(これはお互いにしていたことであり、されていたことだ)相手が突然友好的に声をかけてきたので驚いて目を丸くした。レギュラスは階段の前で硬直した。
「ダリアが機嫌を直してくれないんだ。助けてくれよ」
「な……え……? なぜ僕に……」
「え? ブラックはダリアの幼馴染だろう?」
「いや、そういうことではなくて……」
レギュラスはしどろもどろだ。周りの友人たちには、レギュラスがそんな態度をとる理由が分からなかった。何故ならレギュラスはアメリアの言う通りダリアの幼馴染だったからだ。もちろんレギュラスが戸惑っている理由はそこではない。あのアメリアが自然に、友人のように声をかけてきたからだ。しかしここで思い出さなければならないのは、レギュラスはダリアのいる前では決してアメリアを拒絶できないということだ。アメリアはダリアの同性の友人……つまり二人は四六時中一緒にいるわけで、レギュラスにはアメリアを拒絶できる瞬間などカケラもない。それは今に限ったことではなくて、ダリアがアメリアの友人になってからずっとだ。要するに周りの人間にとってみれば、レギュラスとアメリアは間にダリアを挟んで常に行動を共にしている『友人』なのである。
「レギュラスに言ったって駄目なんだからね!? 私はアメリアに怒ってるんだもの!」
「ダリア、いい加減機嫌直してよ」
「もうグリフィンドールとは仲良くしないって言うならいいわよ」
「それはちょっと……」
「アメリアなんて大嫌い! ばか!」
「ああ、もう……ブラック! 何とかしてくれ!」
レギュラスは訳が分からないという顔をしながら、とりあえずダリアの隣に腰を下ろした。ダリアはレギュラスからフンと顔を背けたが、そうすると反対側にいるアメリアと目が合ってしまう。ダリアははっとしてまたアメリアから顔を背けるが、そうするとレギュラと目が合ってしまう。ダリアはどうしようと思って、結局正面を向いて体を小さくした。
「ダリア」
「あっ……」
「ごめんね。だけど私の一番はいつだってダリアだよ。それは本当さ」
「……今回は許してあげるわ! 今回だけよ!」
「ふふっ……ありがとう」
ダリアはアメリアに抱きついて、アメリアはダリアを抱きしめる。レギュラスは目の前で起こった茶番に内心大きなため息をついた。しかしレギュラスが立ち去ろうと思って腰をわずかに上げたところで、レギュラスは動きを止めた。アメリアと目が合ったからだ。しかもアメリアは口を動かして、声を出さないでレギュラスに「ありがとう」と告げた。レギュラスはそのアメリアの言葉や表情があまりに自然で友好的だったので、いったいどういうことだろうと戸惑った。しかし、なぜかそれを不愉快だとは思わなかった。不愉快に思わなかったことを不愉快に思いながら、レギュラスは上げた腰をまた下ろして、アメリアの淹れた紅茶に口をつけた。
きっとそれは彼女にとっての最大限の妥協だったのだろう。いったいどういう心境の変化があったのかは知らないが、ダリアと友人と言うには安っぽく感じるほど親密な関係になった今、アメリアも自分を避け続けることはできないと悟ったに違いない。レギュラスはアメリアの友好的な態度をそう解釈した。
ペチュニア・エバンズとのことでダリアが嫉妬したあの日から、アメリアはレギュラスに比較的友好的な態度をとるようになった。それはもちろん友人というには少し壁を感じる関係ではあったが、少なくともレギュラスの存在を蔑ろにする態度はとらなくなった。レギュラスは気味が悪いとは思ったものの、かねてより不満に思っていたその態度が多少なりとも改まったことに悪い気はしていなかった。
しかしだからと言って勘違いしてもらっては困るのは、二人の関係は傍から見れば何の変化もないほど些細な進展を見せただけで、二人は互いに嫌い合っているということだ。少なくともレギュラスはアメリアのことを嫌っているし、アメリアも同じなのだろうとレギュラスは信じていた。
この世界ではペチュニアはマグルではなく魔女なのであった!
この物語のキーパーソンの一人です。
レギュラスくんもダリアさんもアメリアに振り回されっぱなしです。