掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~   作:カットトマト缶

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05-01 アメリアと魔法薬学

「ダリアはそんなことしなくていいよ」

 

 そう言ってアメリアは私からナイフを取り上げた。アメリアはナイフを握ってカエルの腹に切っ先を向け、すっと滑らせる。その気持ちの悪い光景を見て私は口元を覆ったけれど、だからと言ってそんなことができるアメリアを嫌いになったりはしない。何故ならアメリアは私が虫や両生類のたぐいが嫌いなのを知っていて、私がそれに触れなくて済むようにと立ち回ってくれていると知っているから。

 

「じゃあこれは私が処理するわ」

「待って、それは爪の間に入ったらなかなか落ちないんだ。ダリアは道具の用意をしてくれるかい?」

「ええ……」

 

 アメリアはまた私から材料を遠ざけた。簡単そうだからと思って手を伸ばした赤い茎の植物。アメリアはあっという間にカエルを解体し終えて、ナイフをタオルで拭くとその茎の皮を剥ぎ始めた。私は言われた通りに鍋やさじの準備をすることにした。私の美しい爪が汚れるのは我慢ならないもの。けれど同時に、美しいアメリアの爪が汚れるのも気に入らなかった。しかしそれは杞憂だった。アメリアはその植物の扱いを心得ているのか、爪が赤く汚れることはなかった。

 

「アメリア、本当に上手ね」

「え? ふふっ、ありがとう」

 

 アメリアは柔らかく笑った。そんなアメリアの笑顔が、私はたまらなく好きだ。互いに無視をしあっていたあの頃の笑顔よりずっと、今のアメリアの笑顔は優しかった。きっと心を許してくれたのだろうと私は思っている。そんな、私のことを心から愛しているアメリアが、私は好き。

 

「私が混ぜるわ」

「いいよ。私がやる。ただ時計回りに100回混ぜるだけの単純な作業だ。ダリアがするほどのものじゃないよ」

 

 アメリアはやっぱり、私にさじを渡すことはなかった。それはもうわかりきっていたことだけれど、私は毎回毎回このやり取りを繰り返すために「私がやるわ」と口にしていた。そのたびにアメリアが私を特別扱いしてくれて、私はそれが嬉しくて、誇らしかった。

 ほとんどアメリアが調合して、薬は完成した。肌のシミをなくす薬らしいが、私の肌にはそんなもの一つもないので関係ない。アメリアがそれを提出して、私たちは授業を終えた。

 

 授業が終わると友人たちが私たちに声をかけた。一緒に移動している途中で、友人の一人のオナーがアメリアに言った。

 

「ねえアメリア、私今日の薬失敗してしまったの。原因がわからなくて」

「うーん、そうだな、今日の薬だと……薬が濁ってしまったとか?」

「ええ、そう、そうなのよ」

「じゃあカエルの血をあまりふき取らなかったんだね。あの量だとふき取らずに入れちゃうと失敗するんだ」

「ああそうだわ、私たち、あんまり気持ち悪くてほとんど触れなくて……」

 

 オナーの言うことは仕方のないことだと思った。私も触りたくなくてアメリアにしてもらったのだから。

 オナーはウルウルと目を潤ませて、アメリアに言った。

 

「アメリア、今度の調合は私としてくれないかしら?」

「駄目よ! アメリアは私と組むんだから」

「ダリアお願いよ。次の薬もカエルを扱うんですって……私気持ち悪くてまた失敗しちゃうわ」

 

 私は友人の言葉につい目を吊り上げてしまった。アメリアが調合をしてくれるのは私のためなのに。けれどカエルの気持ち悪さに涙目になる友人をかわいそうだとも思った。

 

「ねえアメリア、次の調合ではカエルの解体だけ手伝ってあげてくれないかしら?」

「え?」

 

 私のお願いにアメリアはきょとんとした顔をした。その反応も、無理ないかもしれない。他のペアの調合に手を出すなんて、教授に何を言われるか。それに、アメリアだってもしかしたらカエルがあまり好きではないかもしれないのだし。けれどアメリアは少し考えてからにこりと笑った。

 

「わかった。カエルの処理は私がするよ」

「本当!? ありがとうアメリア!」

「ふふっ……でもちゃんとやり方は見ておくんだよ」

 

 その言葉にオナーはわかったわとうなずいた。私は二人が見つめ合っているのが気に入らなくて、というよりは私のことを視界に入れていないのが気に入らなくて、アメリアに礼を言って視線を私に向けた。

 

「ありがとうアメリア」

「ダリアのお願いだからね、断れないよ」

 

 その言葉に、私は少し胸が高鳴った。私のことを特別に思ってくれていることが嬉しかった。

 

 * * * * *

 

 クリスマスを終えて、季節は真冬へと差し掛かった。私は冷え切ってしまった手を温めるようにして息を吹きかける。その息が白くなるのを見て、どうしてホグワーツは適温にする魔法がかけられていないのだろうと、少しだけイライラした気持ちになった。

 人のまばらな廊下。私は一人で校舎の中を動き回っていた。どうしてかというと、アメリアが談話室にいなかったから。友人の話によると、アメリアはちょっと用事があると言って一人で談話室を出ていったらしい。私はそれを聞いて居ても立ってもいられなくなった。きっとアメリアは他の寮の友人に会いに行ったのだ。どうしてスリザリンなのに他の寮の人と仲良くするのだろう。私はアメリアのことに関して、それだけがどうしても気に食わなかった。アメリアは私のことだけを考えていてくれればいいのにといつも思う。だからこうして、私は一人で寮を出てアメリアを探し回っていた。

 

 どれほどの時間そうしていたのかはわからない。私は寒さでどうしようもなくなってしまった。こんなことならもっと着込んでくればよかった。けれどそれは後の祭り。ああ、せめて体を温める魔法を知っていたらよかったのに。アメリアなら知っているのだろうけど、そのアメリアがいないのではやっぱり意味がない。

 私はとうとうその場にしゃがみこんでしまった。周りには人っ子ひとりいない。きっと夕食でも食べに行ってしまったんだわ。ここは大広間とは距離があるから、この時間だと人がいない。私はどうしようと思って泣きそうになった。じわじわと涙がにじんでくる。

 そのとき、誰かが走ってくる音が聞こえた。

 

「ダリア!」

 

 それはアメリアだった。アメリアは息を切らせて、私を見つけると駆け寄ってきた。そして私の前で屈んで、膝に手をついて呼吸を整える。私は心配になって、立ち上がってアメリアの背中をさすった。

 

「アメリア……」

「何考えてるんだ! 一人で出歩いて!」

「な、なによ、そんな言い方!」

 

 私はアメリアの言葉にカッとなった。アメリアを探してこんなところまで来たのに! 私は怒りがふつふつと湧いてくるのを感じた。

 けれど言葉を発することはできなかった。

 

「心配させないで……」

 

 アメリアが、私を抱きしめたから。アメリアは私にそう言って、強く私を抱きしめた。息が乱れている。校舎の中を走り回ったのだろうか。私は何も言えなくて、おずおずとアメリアの背中に腕を回した。

 

「こんなに冷えて……ごめんね、寒かったろう」

「……寒かったわ。とても。それに……」

「……それに?」

 

 私はこれを言うのは少し恥ずかしかったけれど、それを言った後のアメリアの笑顔が見たくてやっぱり口にした。

 

「それに、さみしかったわ」

 

 アメリアはそれを聞いて、やっぱり思った通り笑ってくれた。アメリアはもう一度私を抱きしめて、私の肩に顔をうずめた。

 

「それ、私がいなくてってことかい?」

「そうよ」

「すごく、その、嬉しいよ」

 

 アメリアは顔を赤くして言った。私もつられて顔が赤くなる。なんだかだんだん体が温まってきて、それがアメリアがいるからだと思うとなんだか気恥ずかしかった。

 アメリアは私の冷たくなった手を握り締めた。アメリアの手はすごく温かい。きっと走ったからだろう。

 

「夕食食べに行こうか」

 

 その言葉に私はなんだか、少し、残念な気持ちになった。もう少しこうしていたいだなんて、思ってしまった。

 

「ダリア?」

「なんでもないわ。行きましょう」

 

 私はそんな気持ちに気付かれたくなくて、アメリアの手を引いて一歩踏み出した。けれどアメリアは動かない。私が不思議に思って振り返ったとき、アメリアはじっとつながれた手を見ていた。

 

「……ダリア、やっぱりもう少しこうしていようか」

 

 私は思わず目を丸くしてしまった。やっぱり、アメリアに隠し事なんてできないらしい。私は小さく頷いた。するとアメリアは心の底から嬉しそうに笑って、また私を抱きしめた。アメリアの温かな体が、私をまた温めてくれた。

 

 アメリアと一緒にいると、今まで誰にも感じたことのない気持ちがこみ上げてくる。この恋にも似た感情は、私の心を甘く痺れさせた。

 私のことが大好きで、けれど自分とは釣り合わないからと言って私を一時は拒絶したアメリア。そんなアメリアはあの日私を助けてくれた。空から落ちるときの恐怖を今でも覚えている。そして、そんなときに私の名前を叫んで助けてくれたアメリアの表情。思い出すたびに、心臓が激しく鼓動する。

 私はこの腕の優しさを知ってしまった。そして、彼女の、私への溢れんばかりの愛を。

 

 私のことを特別扱いしてくれる、誰からも愛される彼女は、私だけの王子様なのだ。

 

 


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