掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~ 作:カットトマト缶
「ジェームズにも言ったけど、スリザリンはみんなが言うほど悪いところじゃないよ。みんなよくしてくれるんだ」
「でもアメリア、最初は嫌われていたじゃないか!」
「最初だけだ」
「でもアメリア、本当にどうして……」
「母さん、何度も言うけど、そういう寮差別は決して良くないよ。スリザリンにも良いところはたくさんあるし、グリフィンドールにも悪いところがないわけじゃない」
アメリアは内心疲れ切っていた。帰ってきた初日の夕食はまだ終わっていない。母が何度も組分けに関してアメリアに問いかけるからだ。母や兄が何度もスリザリンを非難するのを、アメリアは何度もとめた。グリフィンドールの血筋に逆らってまで入れられたスリザリンは、いわばアメリアの性格に最もふさわしい寮であるということだから、そう何度も否定されると内心つらいものがあった。
そんな三人のやりとりを止めたのはアメリアの父だ。
「もういいだろう、お前たち。入ってしまったものは仕方ない。それに、たとえスリザリンに入ろうと、この子は何も変わっていないじゃないか。それで十分だろう」
父の言葉が心の底から嬉しかった。父の希望とは全く異なる組分けだったにもかかわらず、父は自分の気持ちを汲んでくれている。それがアメリアには心底ありがたかった。
父の言葉に母も兄も何も言えなくなって、兄は「しょうがないなあ」なんて言ってアメリアの頭をポフポフと撫でた。
「僕はスリザリンに入ってしまったアメリアを責めたいわけじゃないんだ。ただ、同じ寮で一緒に生活できるものだと思ってたから、さみしかっただけさ。ごめんよ」
リドルばかりずるいよね、なんて言って唇を尖らせる兄は、確かに少しも怒ってはいなかった。兄の優しさに胸がいっぱいになって、アメリアは思わず笑みをこぼした。アメリアも、ジェームズと楽しいホグワーツ生活を送りたいと思っていたのは本当だ。アメリアがそれをジェームズに伝えると、ジェームズはぱあっと花が開くように笑顔になって、アメリアをぎゅっと抱きしめるのだった。
アメリアはダリアからクリスマスパーティに招待されていたことを、両親には明かさなかった。来年のクリスマスパーティにも行くつもりがなかったからだ。まだ若輩者の自分が、魔法省大臣と何のコネクションもないポッター家の娘が、リドル家主催のパーティに参加するなんてとてもではないができっこない。しかし来年はどうやって切り抜ければいいのか、ちっともいい考えが浮かばないのも事実で、アメリアは来年のクリスマスに大けがでもしちゃおうかな、なんて馬鹿馬鹿しいことを思った。
* * * * *
「アメリア、メリークリスマス!」
ジェームズがツリーの下にあるクリスマスプレゼントを開きながら、アメリアに笑顔を向けた。父と母は去年よりずっと増えたプレゼントに目を白黒させている。
「アメリアすごいよ、君宛のプレゼントがこんなにある! 妬けちゃうなあ」
「スリザリンの人たちってすごく律儀だから」
「でも普通カードで済ませるんじゃないかい?」
「うーん、私もそう思ったんだけど……カード送っただけの人からプレゼントが来てる……どうしよう」
「アメリア、後で一緒にクッキーを焼きましょう。それを送ればいいわ」
「ありがとう母さん」
娘宛にスリザリン生からたくさんのプレゼントが来ているのを見て、ようやく母も安心したようだった。プレゼントを開くのを母が嬉しそうに見ていて、アメリアはそんな母の様子にほっとした。
ダリアからは綺麗な髪留めのセットが送られてきていた。さすがはリドルだとしか言いようのない美しく品のある品々に、思わずアメリアも母と一緒になってはしゃいだ。そのうち一番気に入った赤い髪留めを付けて、アメリアは眩しいくらいの笑顔を家族に向けた。
アメリアはダリアにブレスレットを贈っていた。ダイアゴン横丁で買ったブレスレットに少々小細工したものだったが、こんな立派なプレゼントを貰ってしまって、あんな品で満足してもらえただろうかと今更ながらに思う。アメリアはダリアが機嫌を損ねていませんようにと小さく心の中で呟いた。
* * * * *
アメリアは居心地悪そうに小さくうつむいていた。その耳は赤い。
「まあアメリア、とっても大きくなったわね。それにとてもかわいらしいわ」
「あ、ありがとうございます、伯母様」
「まあ、伯母様だなんて。もう立派なレディね」
アメリアは伯母の言葉に恥ずかしそうに笑った。恥じらって身を小さくしている様は確かに可愛らしい。アメリアはあっという間に彼女の知り合いたちに囲まれてしまった。
「それはそうと、本当にグリフィンドールではなかったの?」
「はい、そうなんです。けれどスリザリンもとても素敵な寮で……」
「スリザリンですって?」
「え? ええ」
「まあ、レイブンクローだろうと思っていたのに、よりにもよってスリザリンだなんて。あなた、校長に寮を変えるように言ってくださいません? アメリアがかわいそうだわ」
「伯母様、お気持ちはとてもうれしいです。けれどスリザリンでもうまくやっていますから」
アメリアは不服そうな伯母に眉を下げて言った。伯母はあくまで自分の味方をしてくれてはいるが、寮を変えるなんて彼女の夫がいくら理事だろうと難しい。それにスリザリンを素敵だと思う気持ちは本物だから、寮を変える必要性はアメリアには見つけられなかった。
クリスマスパーティはアメリアが思っていたよりも大規模なものだった。親族だけのささやかなパーティかと思っていたが、父や母の親族や友人、はてにはその親族や友人の友人まで招待されていたものだから、次から次へと人がやってくる。
アメリアは母の好みの可愛らしいドレスを着て、その人だかりの中に放り込まれていた。途方に暮れていたアメリアの耳に、ジェームズの大きな声が聞こえてきた。
「アメリア―! どこだーい?」
「ジェームズ、ここだよ」
「踊ろう!」
アメリアは心底助かったと思った。兄がにぎやかにアメリアの手を引いて会場の真ん中へと走る(一人の人間に「にぎやか」という表現はふさわしくないかもしれないが、もはや彼は一人でも「にぎやか」なのだ)。
二人が開けた場所の真ん中に行くと、曲が鳴りだした。ジェームズはにこにことした笑顔でアメリアをリードし、アメリアはそのリードに合わせてステップを踏む。リドルのパーティとは違う、アットホームなこの雰囲気がアメリアは大好きだった
二人がダンスを終えると、二人の知った人がひょっこりと顔を出した。
「やあ二人とも、こんばんは。お招きありがとう。メリークリスマス」
「あ、来てくれたんだね二人とも! メリークリスマス!」
「メ、メリークリスマス……ジェームズ、アメリア」
「メリークリスマス、ピーターさん、リーマスさん」
ジェームズが嬉しそうに二人に笑いかける。アメリアも驚いて二人に駆け寄った。どうやらジェームズが二人にも声をかけていたらしい。シリウスの姿がないので、彼は両親に連れられてリドル家のパーティに参加したのだろうとすぐに分かった。
「素敵なパーティだね、リドルにも負けないんじゃない?」
「まさか。あそこはすごいよ、ろくに歩くこともできやしない。床にダイヤモンドがちりばめられているからね」
「そんなまさか!」
ジェームズの言葉にアメリアは小さく噴き出した。どうでもいい嘘をつくところが兄らしい。
「父さんも父さんの兄さんも理事だからね。まあ娘のためにパーティを開くお金はあるみたい」
「言ってみたいよそんなこと」
「気を悪くしたかい? それなら謝るよ。だけどリーマス、そんな君のために父さんにお願いしたものがあるんだ」
「なんだい?」
「あれ、なんだと思う?」
ジェームズの小金持ち発言にリーマスはやれやれといった顔をしたが、特別気を悪くしたわけではなさそうだった。その顔はいつもの穏やかな顔だった。しかしジェームズはあるものをリーマスに見せたいらしく、リーマスの背後にあるテーブルの上のものを指さした。それを見てリーマスは瞳を輝かせ、ジェームズの肩を小さく揺さぶった。
「君……君、最高だよ……」
「そうだろう!? さあ行こう!」
ジェームズはアメリアとピーターにも声をかけてそのテーブルの方へと向かった。テーブルの上にあったのは、次から次へと溶けたチョコレートが溢れてくるチョコレートファウンテンだ。リーマスはキラキラとした目で、近くにあったフルーツをフォークで刺してチョコレートにつけた。チョコレートに夢中になっている先輩にアメリアは思わずくすくすと笑ってしまって、それを聞いたリーマスは我に返って顔を赤くした。
「み、みっともなかったかな?」
「いいえ? 可愛らしいなって思っただけです」
「ああ、もう……君の前で……」
リーマスがあんまり恥ずかしそうだったので、アメリアもバナナをナイフで刺してチョコレートにつけて一口食べた。そしてリーマスに「とてもおいしいですね」と笑いかける。リーマスもようやく安心したようで、また嬉しそうにチョコレートを楽しんだ。
「君たちスイーツばかりに夢中になってどうするんだい? メインディッシュは七面鳥だよ?」
「ぼ、僕それ食べたい」
「オーケー。ピーター、この二人はとりあえず放っておいて肉をとってこよう」
シリウスも来れたらよかったのにね、なんて言いながら、ジェームズはピーターを連れて他のテーブルに向かった。
アメリアはジェームズが行ってしまったのを見て少し心細い気持ちになったが、隣にいるのが頼りになる先輩だったのでその不安もすぐになくなった。アメリアは何か言葉を繋いだほうがいいかと思って、リーマスに軽い気持ちで尋ねた。
「リーマスさんってチョコレートが大好きなんですね」
「ああ、そうなんだよ……あまり僕の家は裕福じゃなくてね、チョコレートは僕にとっては思い出のあるご馳走なんだ。いつだって僕の心を優しく溶かしてくれる、魔法のお菓子なんだよ」
少し翳りのある表情をしたリーマスに、アメリアは心の中で驚いた。その薄幸な表情が、どことなく心を揺さぶる。けれどアメリアはそんな感情は表には出さないで、そうなんですか、と相槌を打つにとどめた。
「ふふっ……じゃあリーマスさんの誕生日にはチョコレートをあげますね」
「すごくうれしいよ、アメリア」
「誕生日はいつですか?」
「3月10日だよ。アメリアは?」
「私は――――」
ジェームズとピーターが帰ってくるまで、二人は他愛のない話をつづけた。
* * * * *
「アメリア! 久しぶりね。元気だったかしら? ああやっぱりその髪留めが一番似合うわ」
「素敵なプレゼントをありがとう。大切にするよ」
「私も、このブレスレット大切にするわ。ねえ似合うかしら?」
「ああ。とってもきれいだ」
ダリアは心底嬉しそうに笑った。ダリアの左手首につけられている赤色のブレスレットは、アメリアがクリスマスに贈った品だ。アメリアがいろいろな魔法をかけてちょっとしたお守りのような魔法具になったブレスレットは、ダリアの手首で煌めいて存在を主張していた。アメリアはそのブレスレットの働きを教えてはいなかったので、ダリアはそれが魔法具だとは知らないようだった。
「ダリア、行きましょう」
「ええ、そうね」
レギュラスはダリアを催促した。その顔はいつもの無表情だったが、髪をポニーテールにしたアメリアを見て渋い表情に変わった。その髪留めを奪い取ってやりたい気持になったが、当然そんなことできるはずもなく、苛立ちはため息にして外へ逃がすしかなかった。
やはりアメリアからはプレゼントはおろか、カードも送られてきてはいなかった。兄にはあったのに、である。とはいっても、レギュラスもカードすら送っていなかったので人のことを言えた義理ではなかったが。
大広間に行くとレギュラスの機嫌は最高に悪くなった。そしてダリアの機嫌も。他寮生がアメリアを見つけるなり、プレゼントをありがとう、クッキー美味しかったわ、と声をかけたのだ。自分にはなかったプレゼントを他人がもらっているのが気に入らないレギュラスも、クッキーなんて作ってもらったことのないダリアも、ひどく機嫌悪くスリザリンの席に着いた。そしてあろうことかアメリアはグリフィンドールの席へと連れていかれてしまって、ダリアは泣きそうな顔で「グリフィンドールなんて」と毒づいた。
食事が終わるまでレギュラスはダリアと二人で話ができたが、その後はダリアの機嫌を直そうとアメリアがダリアにつきっきりで、それ以上会話はできなかった。
* * * * *
「……おい、待て、なんの話だ?」
シリウス・ブラックは理解不能だという顔をして問いかけた。声が若干震えている。そんなシリウスの声、言葉を聞いて、ジェームズ・ポッターはすっとぼけた声を出した。
「え? だから、僕の家で開いたパーティのことだよ」
「チョコレートファウンテンが最高だったよ」
「七面鳥もおいしかったよ!」
ピーターが目をキラキラさせて言う。それにリーマスも同意して、またパーティの料理の名前を次々あげていった。しかしシリウスはそんな料理になんかは興味がない。彼が興味があったのは、というよりも彼がそんなにも動揺しているのは、そのパーティがポッター家主催で友人たちがこぞって参加していたということだった。
「おい! なんで俺は誘われなかったんだよ!」
「え? ジェームズ誘わなかったの?」
「うん!」
「ど、どうして……」
「だってシリウス誘ったら絶対に来るでしょ? リドル家のパーティなんて放ってさ」
ジェームズは笑顔だ。シリウスはそんなジェームズを信じられないという目で見た。
「当たり前だろ! あんな堅苦しいゴマすり大会になんか誰が好き好んで!」
「それじゃあ僕たちが困るんだよね。君の父親と僕の父さんは、おんなじホグワーツの理事長だ。もし報復でもされたらたまったもんじゃないからね」
ジェームズの言葉に、シリウスは口をパクパクさせた。シリウスの心はズタズタだ。唯一無二の親友だと思っていた男が、自分よりも立場を大切にすると豪語したのだから。シリウスはもはや涙目になって勢いよく立ち上がった。
「お前はそんなやつだったのか! 俺は……俺は!」
「まあそれは建前で」
「へ?」
シリウスはきょとんとして、眼鏡をクイッとあげるジェームズを見た。ジェームズはこれ以上ないだろうというほど誇らしげな顔で言い放った。
「君をアメリアに会わせたくなかっただけだ!」
「……。なんでだよ」
シリウスの言葉に、ジェームズは愚問だねと言いたげな顔をした。
「アメリアが君に惚れたらどうするんだい!?」
「ど、どういう理屈だ! だいたい何が問題なんだよ!」
「アメリアはお嫁には出さないんだからな!」
「はああ!? お前はそんな理由で俺をパーティに呼ばなかったのか!」
「そんな理由!? アメリアがいつまでもアメリア・ポッターでいるためには必要なことなんだよ!?」
「それで俺だけアメリアのドレス姿を見れなかったってのか!?」
「そしてアメリアは君のドレスローブ姿を見なくて済んだ!」
「馬鹿野郎!」
シリウスはその場にうなだれた。そんな悲壮にくれるシリウスを見て、ジェームズは「ぺっ」と唾を吐くふりをしてから腕を組んだ。
「僕以上にハンサムな男はみんないなくなっちゃえばいいんだ!」
シリウスはジェームズのとんでもない本音に頭が痛くなった。――そうだ、こいつはこういうやつだった。エヴァンズのことで分かりきっていたじゃないか――シリウスは恋愛面に関してはスリザリン顔負けの狡猾さと残酷さを発揮する親友に、肺の中の空気をすべて吐き出したのではないかというほどの大きなため息をついた。
「ジェームズはシリウスのこと、自分以上のハンサムだと思ってるんだね」
「客観的意見だよ。まあ僕はシリウスとはタイプの違うハンサムだしね、アメリアがシリウスの顔が好みかどうかは知らないけれど、疑わしきは罰せよ、これに尽きるね」
「お前は悪魔だ……」
「シリウス、げ、元気出して……」
「ピーター……アメリアのドレス姿は綺麗だったか?」
「え? うん。すっごく可愛かったよ」
「くそったれ!」
ピーターは心配したのにシリウスに思い切り頭を殴られて涙目になった。しかしアメリアに少なからず気があるらしいシリウスがパーティに参加できなかったことを考えたら、アメリアのドレス姿を見たりおいしい料理を食べたりできた自分には当然の仕打ちかとも思った。
パーティでアメリアと踊ったことは一生秘密にしておこうと思った。もちろん、そう思ったのはリーマスもであった。
きれいなトムと俺様なトムの両方います。
シリウスはこういう役回り。でも決めるときは決めるからジェームズは警戒してる。
アメリアの前でわざわざ「シリウスも来れたらよかったのにね」とか言ったのも、アメリアがジェームズのいじわるに怒らないようにとか、シリウスの好感度を落とすためにとか、そんな感じ。