掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~   作:カットトマト缶

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03-01 アメリア・ポッターとスリザリン生

 それからアメリアはあっという間にスリザリンの一年生女子の中心人物となった。ダリアの取り巻きは、ダリアとアメリアの取り巻きになった。もともと『リドル』の機嫌を損ねないように、かつ学園生活を楽しいものにするためにダリアと一緒に行動していた彼女たちは、ダリアの機嫌を損ねるよりは、今まで散々鬱陶しいと思っていたアメリアを交えて会話することの方がずっと気楽で楽しいことに気付いたのだ。

 それまで取り巻きに加わっていなかった女子も、アメリアに巻き込まれてダリアたちと一緒に会話に興じるようになった。四分の一だけマグルの血をひくダリアの前でマグル生まれを卑下することもできず、純血の者もそのことに関しては何も言わないで会話に加わった。それにマグル生まれでスリザリンに組分けされるだけのことはあって、彼女たちは口がうまかったのも理由の一つだった。

 

* * * * *

 

 この日レギュラスとその取り巻きたちは、授業の復習をするために中庭に来ていた。つい先日習った、物を浮かせる呪文だ。レギュラスはこの呪文を一度で成功させていたが、取り巻きたちには難しかったようでちっとも成功の兆しがない。レギュラスは呆れた気持ちをなんとか隠して、彼らに杖の動きを確認させていた。

 

「やあ、授業の復習かい? 勉強熱心だね」

「……」

 

 レギュラスは思わず杖を折りそうになった。そう声をかけてきたのはアメリア・ポッターだったからだ。アメリアは、今は一人のようで、呪文がうまくいかなくてイライラしている彼らスリザリン生たちに、鬱陶しいを通り越していっそ清々しいまでの笑顔を向けた。誰かが舌打ちをするのを聞いてアメリアはきょとんとしたが、アメリアの存在を無視して目の前の小石に呪文を唱える男子生徒に声をかけた。

 

「惜しいね、手の動きが少し大きすぎるんだ」

「……」

「発音は完璧だよ! もう少しこうやって……」

 

 あろうことか、なんとアメリアはその男子生徒に呪文のレクチャーを始めた。それを周りの者たちは、ぽかんとした顔で見る。突然指導を始められたその男子生徒はどうしていいかわからず、けれどとにかく上から目線で指導されたのが気に入らなかったのでアメリアを無視した。しかしアメリアは、と言うよりやはりアメリアは、めげずに話しかける。

 

「もう、違うったら、もう少しコンパクトに……」

「うるさいな! 放っておいてくれ!」

「えっ!? 目の前に困ってる人がいるのに放ってなんておけないよ!」

「うるさいこのお人好し!」

「? ありがとう!」

「褒めてない!」

「ほら、やってみて」

「あーもう!」

 

 その男子生徒はちっとも引く気のないアメリアに根負けして、言われた通りに杖を振った。すると今度は呪文が成功して小石がふわふわと浮いた。彼は成功してしまったことに僅かながら悔しさを覚えたが、それでもようやく呪文が成功してほっとしたようだった。

 

「すごいよ! まさか一度でできるなんて思わなかった!」

「馬鹿にしてるのか?」

「まさか! 言われたからってそれを直すことは難しいんだ。それができるっていうのは本当にすごいことなんだよ!」

 

 そう言って満面の笑みを向けてくるアメリアに、男子生徒はカッと赤くなってそっぽを向いた。一連のやり取りを見ていたレギュラスは、面白くなさそうな顔で二人を見ていた。もちろん、自分が教師のような完璧な指導をして全員に魔法を使えるようにしようなんて思ってはいなかったが、いとも簡単に彼に呪文を成功させたアメリアに自分が劣っているのではという気持ちになった。

 

「あなたたち、早く練習してください。時間はいつまでもあるわけじゃないんですよ」

 

 レギュラスのイライラは、八つ当たりというかたちで取り巻きたちにぶつけられた。彼らはそれ以上レギュラスの機嫌を損ねないように、なんとか自力で呪文を成功させようと躍起になった。

 今にも舌打ちをしそうなレギュラスに、果敢にもアメリアは近づいて声をかけた。それを横目に見ていた取り巻きたちは、心の中で「何を考えてるんだポッター!」と叫んだ。

 

「ブラックは優秀なんだね。そういえば、この呪文は一度で成功させてたかな」

「ええ。まあそれはあなたもでしょうけど」

「ふふっ……ここだけの話、私は浮遊呪文が苦手でね。これを習得するのにずいぶん時間がかかったんだ」

 

 アメリアはまるで旧知の仲だとでもいうかのように、レギュラスにこっそりと耳打ちした。レギュラスは馴れ馴れしいアメリアにイライラしたが、ここでアメリアを突き放して立ち去れ、なんて言うのはさすがにレギュラスでもできなかった。自分がアメリアとダリアの関係に嫉妬しているというのをアメリアに悟られるのが、心の底から嫌だった。

 

「レギュラスさん、その、もう一度やって見せてほしいんですけど」

「……ウィンガーディアム・レヴィオーサ」

 

 取り巻きの一人がレギュラスにお願いしたので、レギュラスは杖を振って小石を浮かせた。アメリアに至近距離で見られているということが、何故かレギュラスをひどく緊張させた。小石は何の不安定さも見せないで浮き上がる。それを見てその取り巻きと、アメリアが手をぱちぱちと鳴らした。

 

「さすがだね、安定してる」

「これくらい簡単です」

「あー……まあ、君ほどの魔法使いならね」

 

 取り巻きが頬をひきつらせているのを見て、アメリアが苦笑いで言った。声をかけた彼はもう一度呪文を唱えて杖を振るが、やはり小石は浮き上がらない。

 

「なんでできないんですか?」

「ブラック、そんな言い方ないだろう」

「……」

 

 あなたには関係ない、とレギュラスは言いたかったが、確かに八つ当たりしたのも事実だったので何も言えなかった。

 

「そんな気落ちしないで。『v』の発音はもう少し柔らかく。それと、手はもっと自然に」

 

 そう言ってアメリアはまたレクチャーを始めた。レギュラスはそんなアメリアを睨みつけていたが、アメリアの指導が分かりやすいことは認めざるを得なかった。レギュラスが感覚的にしていたことも、アメリアは言葉にして指摘してから実際にして見せて、それでも出来なかったら相手の手を取って一緒に杖を振った。そんな馴れ馴れしい指導の仕方にレギュラスはやはり苛立ちと驚きを隠せなかったが、指導してもらっている本人はレギュラスが怒っていることの方に気を取られて、アメリアと密着していることにまで意識が回らないらしい。結局彼はレギュラスではなくアメリアの指導のおかげで呪文を成功させた。

 レギュラスはあからさまに大きなため息をついて、うんざりとした口調で言った。

 

「……もう今日はここまでにしておきましょう」

「レ、レギュラスさん、その……」

「あとは各自で何とかしてください。言っておきますけど、次の授業の時にできなくて減点なんてされないでくださいよ」

 

 レギュラスはそう言って談話室へと向かった。アメリアが自分を呼び止めているのが分かったが、レギュラスは振り返らなかった。今目を合わせたら要らないことまで言ってしまいそうだったから。

 

 * * * * *

 

「……ポッター」

「ん?」

 

 夜、アメリアがダリアとその取り巻きたちと会話していると、後ろから声をかけられた。男の子の声だ。アメリアが不思議に思って振り返ると、そこにいたのはレギュラスの取り巻きたちだった。アメリアは疑問に思いながらも、優しく微笑んで尋ねた。

 

「やあ。どうしたんだい?」

「……浮遊呪文を教えてくれ」

「ああ……」

 

 アメリアは彼らも大変だなと思った。レギュラスの機嫌を損ねないように呪文をマスターしなければならないのに、頼れる相手がもうアメリアしかいないのだから。アメリアは彼らの複雑な心の内を察して快諾した。しかしダリアは彼らがレギュラスではなくアメリアを頼ったのを、これ以上喜ばしいことはないと言う顔で喜んだ。

 

「まあ。あなたたちもようやくアメリアの素晴らしさに気付いたのね!」

「ダ、ダリア……そこまで言われると恥ずかしいよ」

 

 アメリアは顔を赤くして困ったような、照れくさそうな顔で曖昧に笑った。

 一度教授に講義してもらっているのに呪文を成功させられないなら、あとは個人指導しか方法がない。アメリアは一人ひとりに呪文を一度唱えさせて、目についたところを指摘して改めさせた。時間がかかりそうな生徒は後回しにして、とりあえず全員に一度やらせる。アメリアの浮遊呪文レッスンにはレギュラスの取り巻きたちだけでなく、ダリアの取り巻きたちも参加した。談話室の一角でアメリアを中心としたミニ授業が行われる。

 

「違う違う、回すのが逆だ。左利きの人はこう」

 

 アメリアは手を取って一緒に杖を振った。アメリアは男子相手でもスキンシップをとることに抵抗がないようだ。男子生徒は若干恥ずかしそうにしていたが、聞かぬは一生の恥、ここは大人しくしていなければならない。

 アメリアの指導のおかげもあって、レギュラスの取り巻きたちはとりあえず全員が呪文を成功させた。彼らはこれでレギュラスの機嫌を(これ以上は)損ねずに済む、とほっとした顔をした。

 

「ポッター、その、助かったよ」

「どういたしまして! でも嬉しいよ、頼ってもらえて」

 

 アメリアはそう言ってニコニコと笑った。その毒気のない、純粋に喜びだけが見える笑顔に、彼らもまた僅かながら笑顔を返した。

 

 * * * * *

 

 レギュラスはイライラとチキンを切り刻んだ。隣ではダリアがアメリアと楽しそうに会話している。

 レギュラスは以前ダリアがアメリアを嫌っていた以上に、アメリアのことを嫌っていた。アメリアがダリアと仲良くなるまでは、ダリアの魔法薬学のペアはいつも自分だったし、食事の席でダリアの好きな料理を皿に盛りつけてやるのも自分だった。それが今はどうだ。ダリアはもっぱらアメリアとペアと組むようになったし、ダリアの好きなものをとってやるのもアメリアになった(アメリアが何故ダリアの好きなものを完璧に把握しているのかは、さすがにレギュラスにもわからなかった)。

 

「ふふっ、ダリア、口元にソースがついてるよ」

「え?」

「ほら」

「ん……」

 

 そう言ってアメリアはダリアの口元を拭ってやった。ダリアが恥ずかしそうに頬を染める。レギュラスはダリアが恥ずかしがった理由が、人前ではしたないことをしてしまったからではなくて、アメリアにすぐ近くで微笑まれたからだということに気付いていた。

 レギュラスはアメリアに恥をかかせてやれないかと思って、机の下でこっそり杖を振ってアメリアの目の前のゴブレットを倒した。

 

「わっ!」

「まあ! アメリア大丈夫?」

「袖を引っかけてしまったみたいだ」

 

 中に入っていたカボチャジュースが零れてアメリアの服を汚す。アメリアの発言はテーブルマナーがなっていないということを意味していたが、ダリアは気にした様子もなく自分のレースのあしらわれたハンカチを取り出した。レギュラスもそれにはぎょっとした。まさかそんな汚いものを拭くのに自分のハンカチを使おうとするなんて、レギュラスは思ってもみなかったのだ。レギュラスはとっさにダリアの手を掴んで止めた。

 

「ダリア、ハンカチが汚れますよ」

「でもアメリアが……」

「そうだよダリア、こんなことにダリアのハンカチを使うなんて」

 

 アメリアもそれで服を拭こうとするダリアを止めて、杖を振ってあっという間にジュースを片付けてしまった。レギュラスはもう清めの呪文を使いこなすアメリアに目を剥いていたが、ダリアはすごいと言って手を叩いた。

 

「アメリアって本当に何でもできるのね」

「何でもだなんて。そんなことないよ」

「そう? でも私、アメリアが何かできなくて困ってるところ見たことないわ」

「まあそのうちね」

 

 レギュラスはそう言って笑うアメリアに苛立ちを覚えた。何でもできる天才児。レギュラスにとってアメリアはまさにそれだ。天は二物を与えずと言うが、全くの嘘だとレギュラスは思った。

 

 * * * * *

 

「先に休むよ。おやすみダリア」

「そんな、待って、私も寝るわ。おやすみなさいレギュラス」

「おやすみなさい」

 

 レギュラスが最も気に入らないのはアメリアのこういうところだった。そう、いつもいつもアメリアはレギュラスの邪魔をするのだ。アメリアにはそのつもりがなくても、結果的にダリアはアメリアを優先してしまう。レギュラスはダリアとの時間を邪魔されて、心の底からアメリアを疎ましく思った。

 そして、さらに付け加えるなら、アメリアの自分に対する態度も気に入らなかった。ときどき、まるでレギュラスがこの場にいないかのように振舞うのだ。それはあからさまにというわけではなくて、ふとしたときに感じる拒絶だった。たとえばこういう、挨拶。レギュラスは一度だって、アメリアにおはようもおやすみも言われたことがなかった。ダリアの時のように、自分のことを嫌っているからわざと避けて関わらないようにしているのかもしれないと思うと、どうにも気に入らなかった。

 

 しかしレギュラスの思いに反して、アメリアは着実にスリザリンに溶け込んでいった。ダリアを通してダリアの取り巻きと、呪文の練習を通してレギュラスの取り巻きと、授業の課題を通してそのほかの生徒と、アメリアは交流を深めていった。ダリアがいる手前ポッターを表立って拒絶できない、とレギュラスが我慢しているのを、レギュラスの取り巻きたちは勘違いしたのか何なのかはわからないが、アメリアと仲良くしても問題ないと判断したようだ。いつしか彼らはアメリアに気軽に話しかけてはアドバイスをもらい、レギュラスが他の者の宿題を見てやっているときには「レギュラスさんは今忙しくて」と言ってアメリアに課題のチェックをしてもらうようになっていた。

 こんなにも上手にスリザリンに取り入るなんて、とレギュラスは恐ろしさにも似た感情をアメリアに抱いた。しかしあの能天気そうな顔で笑うアメリアが、そんな『取り入る』だなんて狡猾なことを考えているとはレギュラスにさえ思えなかった。きっと自然にこうなってしまったのだ。あの裏表のない性格だからこそ、ポッターであるというハンディキャップを負っているにもかかわらずスリザリン生にも受け入れられたのだろう。そう思うとレギュラスは悔しくて仕方がなかったが、次第にそれは諦めにも近い気持ちに変わっていった。

 

 




嫌いな人に無視されるのも、それはそれでカチンとくるレギュラスくん。

 

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