掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~   作:カットトマト缶

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 ダリアの胸中に巣食うのは、もはや恐怖だけだった。細い箒はしがみつくには心許ないし、上へ横へと揺れる箒から落ちないようにするだけで精いっぱいだった。――どうして私がこんな目に!――ダリアはもう泣いてしまいそうだった。レギュラスが助けてくれようとしているのが声で分かったが、ダリアは恐怖で目を開けることもできなかった。

 箒が再び上空へと急上昇した。レギュラスがそれを追う。すごいスピードで二人は上へ上へと昇っていった。地上にいる生徒たちは、もう先ほどまで悪口の言い合いをしていたのが嘘だったかのように、一様にダリアを見ていた。

 そして誰もが息をするのを忘れた。ダリアの箒が上昇をやめて、急降下しはじめたのだ。頭から垂直に地に近づいてゆく! レギュラスは急なことで方向転換が一拍遅れ、二人の距離がさらに開いてしまった。

 そして、直後、あまりに衝撃的な展開を見て全員が絶叫した。

 

「きゃあああ!」

「ダリア!」

「リドル!」

 

 誰もが大声で悲鳴を上げた。箒が急に横に動いたせいで、とうとうダリアが箒から投げ出されたのだ! あんな高さから落下したら助からない。教授が最悪の事態を防ぐために、ダリアに向かって杖を構えた。

 

 その時だった。今まで一言も言葉を発しなかったアメリアが、箒に跨って猛スピードでダリアの方へ飛翔した。予想外のことだったので、教授もアメリアに目を奪われて呪文を唱えることを一瞬忘れた。皆の頭に浮かんだ言葉は――速い!――まさにそれだった。誰もが息を飲んで、祈るような気持ちでダリアとアメリアを見守った。

 

 

 

 

 

「ダリア!」

 

 

 

 

 

 いつもいつも頭を支配していた声が、自分の名前を呼んだ。

 

 ダリアは落下する中、いつだって涼しい顔して自分を無視していた女が、必死になってこちらへ手を精いっぱいに伸ばしている姿を見た。その一瞬が、まるでスローモーションのようにゆっくりと、はっきりと見えた。緑の芝生の上を滑るように飛ぶアメリアが、近づいてくる。

 ダリアは手を伸ばして叫んだ。

 

「ポッター!」

「っ……ダリア!」

 

 強い衝撃に、ダリアは一瞬呼吸ができなくなった。けれど目の前のハシバミ色が自分を捉えているのだと知って、ダリアはそれ以上の衝撃を受けた。胸が、ギュッと苦しくなった。

 

 ドサッという音とともに、二人は地を転がった。そんな二人に、生徒と教授が急いで駆け寄る。

 二人は無事だった。涙を浮かべるダリアを、アメリアが抱きしめている。ダリアは恐怖からか何も言葉を発さず、ただただ青空を見ていた。その呼吸は荒い。アメリアはうつ伏せだったので表情は見えなかった。

 皆が心配そうに二人の名前を呼んだ。大丈夫? 怪我はない? そう尋ねてくれるスリザリン生の言葉は、しかしダリアには届いていなかった。ダリアは自分を抱きしめる女の温もりだけを、ただ感じていた。

 胸が苦しかった。初めての体験だった。空から落ちたのも、自分を嫌っているはずの女に息も苦しいくらい抱きしめられるのも、他人が自分をその瞳に映したことを嬉しく思ったのも、何もかもが初めてで未知なることだった。

 そんなふうに放心していたダリアの耳に、か細い声が届いた。

 

「よかった」

 

 皆が一瞬で静かになった。体を起こしたアメリアは、眉を寄せてダリアを見つめた。アメリアに優しく上体を起こされたダリアも、黙ってアメリアの次の言葉を待った。

 美しい瞳が、まっすぐ自分を捉えている。

 ダリアの心臓はうるさいくらい鳴り響いていた。

 

「よかった、君が無事で……本当に良かった……」

 

 アメリアは泣きそうな表情でダリアの頬を撫ぜ、そしてまた抱きしめた。

 よかった、と、うわごとのように繰り返して自分を抱きしめるアメリアに、ダリアは顔を真っ赤にした。――胸が、苦しい。

 どうしてこんなにも、この人の腕に安心するのだろう? どうしてそんなにも、この人は私の無事を喜んでいるのだろう? これでは、まるで――彼女が私のことを大切に思っているようではないか!

 ダリアは自分を苦しいまでに抱きしめる女の肩を、押して離すことができなかった。

 

 その後二人は教授に連れられて医務室へと向かった。肩を抱き寄せるように支えてダリアをいたわるアメリアを、スリザリン生たちは呆然と見つめて見送るだけだった。今までの態度とは似ても似つかないアメリアの様子に、誰も何も言えなかったのだ。

 医務室に向かっている間、アメリアは何度も何度もダリアに、大丈夫? どこも痛くはない? 本当に? と尋ね続けた。切なそうに、眉を寄せて、心配の色をありありとにじませて。ダリアは尋ねられるたびに、大丈夫よ、痛くないわ、本当よ、と答えた。

 ダリアはそっと頬を押さえた。頬が熱い。アメリアはまるで恋人のように、恐怖で強張っていたダリアを抱きしめて、冷たくなった手を握り締めてくれた。アメリアが優しく触れてくるたびに、ダリアは胸を締め付けるような感覚がして息苦しさを覚えていた。

 

 医務室に着いて初めて、ダリアはアメリアがあばらの骨を折っていたことを知った。痛かったのは自分だったろうに、アメリアは薄く笑みすら浮かべて不味そうな気味の悪い薬を飲んだ。

 その後ダリアとアメリアは、大事をとってベッドで休むように言われた。心配性のマダムは二人に一泊するように言って、面会謝絶ですからと声をかけてカーテンを閉めた。

 カーテンで閉ざされた空間に、二人きり。アメリアが目を閉じてベッドに腰掛けたのを見て、ダリアは口を開いた。

 

「どういうつもりなの?」

 

 ダリアにはわからなかった。今までの冷たい無関心が嘘かのように、まるで自分を壊れ物のように扱ったアメリア。彼女の考えがちっとも読めず、思考がまとまらない。

 ダリアは自分で自分を抱きしめてアメリアの言葉を待った。まだ、アメリアに抱きしめられたときの感覚が残っている。自分よりも強い力、自分よりも熱い温もり……。ダリアはそれらを生々しく思い出してしまってまた赤面した。

 アメリアはようやく目を開いてポツリポツリと言葉をもらした。このとき、ハシバミはダリアを捉えてはいなかった。

 

「興味がないなんて、嘘だ。本当は誰よりもきっと、君のことが気になってた」

 

 アメリアは立ち上がった。ダリアがいる方とは反対側にある窓から外を見る。アメリアの長い、クセのある髪は、今日は飛行訓練のために高い位置で一つにくくられていて、どことなく凛々しく見えた。

 

「本当は声をかけたくて仕方なかったんだ。君は綺麗で、可愛らしくて……魅力的だったから。本当は、仲良くしたいって思ってた。でも君はみんなのお姫様で、私は、みんなに嫌われた異端児で……」

 

 アメリアの声は静かだった。淡々とした口調の端々に、悲しみの情が見え隠れしていた。

 

「君も、私のことを嫌っているみたいだったし、私は『ポッター』だからって……ずっと、我慢してたんだ。私が話しかけるなんて、おこがましいって」

 

 そこまで言って、アメリアはダリアを振り返った。外の緑がまぶしいのかアメリアがまぶしいのか、ダリアにはわからなかった。ハシバミ色がまっすぐ自分を捉える。

 息が苦しくなった。心臓がどくんどくんと鼓動して、また顔に熱が集まってくる。

 アメリアがゆっくりとダリアに歩み寄る。息は苦しさを増した。アメリアの動作はひとつひとつ、洗練されたかのように美しかった。

 ダリアは、まるで心の内を見透かすかのようなアメリアの瞳から目をそらせなかった。

 

「でも、君が落ちそうになったとき、体が勝手に動いてた。体は心なんかよりずっと素直だった。君を助けなきゃいけないって、きっとわかってたんだ。……君が無事で本当に良かった」

 

「あ……ええっと……」

 

 ダリアはたじたじだった。――あのアメリア・ポッターが、真剣なまなざしで私を見つめている――その表情に、目に、言葉に、ダリアは今まで経験したことのない胸の高鳴りを感じていた。

 アメリアがダリアの頬に手を添える。ダリアは心臓が口から飛び出すのではないかとすら思った。

 アメリアが真剣な顔で言う。囁くように。

 

「まるで、君に恋しているみたいだった。本当は、ずっと秘密にしようと思っていたんだけど」

 

 我慢、できそうにないよ。そう言って伸ばされた腕を、ダリアは受け入れた。

 

* * * * *

 

 翌日の朝食の時間、ほとんどのホグワーツ生の視線を彼女たちは独占していた。今まで一緒にいたことのなかったダリアとアメリアが、仲睦まじそうに一緒に食事していたからだ。取り巻きたちはいったいどういう反応をすればいいのかわからなかったが、ダリアが彼女たちに気付いて手招きした。

 

「おはよう」

「おはようございます……」

「お怪我はもうよろしいんですの?」

「もともと怪我をしたのはアメリアだけだったの。私は大事をとって一泊しただけで」

 

 取り巻きたちはダリアの言葉を聞いて、互いに顔を見合わせて信じられないという顔をした。ダリアはそんな彼女たちには気づかないで、食事を終えて口元をナプキンで拭った。アメリアはそれを目敏く見つけて、紅茶を淹れたカップをそっと差し出した。ダリアは嬉しそうに礼を言った。

 

「ありがとうアメリア」

「どういたしまして」

 

 恭しく差し出された紅茶を受け取って、ダリアはにこりと微笑んだ。

 

 ダリアのアメリアに対する態度も、アメリアのダリアに対する態度も一変していた。ダリアは今まで誰にも見せたことの無いような可愛らしい笑顔をアメリアに向けるし、アメリアは持ち前の明るい弾けるような笑顔をダリアに向けた。そして時折ダリアは顔を赤らめ、アメリアは静かで優しい笑顔をダリアに向けた。

 当然スリザリン生は、そんな二人の仲を面白くないと感じた。スリザリンのお姫様が、グリフィンドールの申し子に盗られたかのように感じた。いや、実際にスリザリン生はアメリアにダリアを取られたのだ。二人はその後も一緒に行動するようになったし、取り巻きがいてもアメリアがダリアの隣にいて、当然のようにスリザリンの中心にいたから。

 レギュラスは以前のようにダリアと一緒にいることができなくなってイライラした。そして何より、ダリアのアメリアを見る目、アメリアのダリアを見る目が気に入らなかった。二人の視線が熱っぽく絡み合う様に、レギュラスは吐き気がした。

 

「ダリア、いったいどういうつもりなんですか?」

 

 アメリアがジェームズに呼び止められて談話室にいないときを見計らって、レギュラスがダリアに尋ねた。それは全スリザリン生の疑問と言っても間違いではない。一年だけでなく上級生もダリアの答えを待った。

 

「彼女、私のことが大好きなんですって」

 

 ダリアは顔を少し赤らめて言った。そんなダリアの、少し恥ずかしそうな、けれど満更でもないという表情を初めて見たレギュラスは、胸が焼けるような気持ちの悪い感覚を覚えた。

 

「本当は私と仲良くしたかったけど、彼女は『ポッター』だからって遠慮してたんですって。私、誤解してたわ。アメリアってとっても素敵なのに『ポッター』だからって気に食わない人って決めつけてたんだもの。みんなも話してみればわかるわ。話もとても面白いのよ。きっとすぐ好きになるわ。でも、もちろん彼女の一番は私だけれど」

 

 ダリアはそう続けた。その、まるで自慢しているような口ぶり。レギュラスも周りの者も、自分の目と耳が信じられなかった。この変わりようは何だ。あんなに悪態をついていたのに。

 レギュラスが反論しようとしたところで談話室の扉が開いた。アメリアが帰ってきたのだ。ダリアはすぐにアメリアを手招きして、隣に座るように促した。アメリアは嬉しそうに一つ微笑んで、軽やかな足取りで近づくとダリアがあけてくれたスペースに腰を下ろした。

 

「何の話だったの?」

「ダリアと仲良くなったのかって聞かれたんだ。だから『そうだよ』って答えてきた」

「ねえ、もうグリフィンドールと関わるのはやめにしなさいよ。ね?」

「ええ? いくらダリアのお願いでも、それはきいてあげられないな」

「どうして」

「だって他の寮の子にもスリザリンの良いところ知ってもらわなきゃ」

 

 ね? そう言って笑うアメリアにダリアは面白くなさそうな顔をした。しかしアメリアが怒らないで、と言ってダリアの手を握ると、ダリアは恥ずかしそうにそっぽを向いてそれ以上は追及しなかった。そんな二人のやり取りを見て、レギュラスはアメリアへの怒りが腹の中で暴れるのを感じた。――どうして……どうしてそんな態度をとる? 触るな、汚らわしい手で、ダリアに! ダリアも、どうしてその手を振り払ってくれないんだ――しかし、レギュラスの心の内をダリアは知る由もない。

 レギュラスはそれ以上二人を見ていたくなくて、自分の取り巻きを連れて談話室を去った。ダリアはアメリアと仲良くするつもりがないというあからさまなレギュラスの態度に口を膨らませた。

 ダリアがレギュラスに怒っているのを見て、アメリアが「そういえば」と話題を切り替えた。取り巻きたちはダリアがいる手前、下手な行動をとれない。だからせめて無言を貫いていようと思ったが、アメリアがあまりに面白おかしい話をするものだから思わず口元が緩んでしまい、それを見たアメリアに会話に巻き込まれて、結局ダリアの取り巻きたちは会話に加わってしまったのだった。

 

 




アメリアは可愛い系の女の子なんですが、話し方や雰囲気がイケメンです。

 

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