掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~   作:カットトマト缶

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02-01 飛行訓練

 

 ダリアの機嫌は最高に良いように見えた。皆が皆、ダリアのためにアメリアに冷たくするし、以前にも増して優しく接してくれるからだ。その様はさながらお姫様と侍女、執事のようだった。皆が望んだ通りダリアは美しく誇らしげな表情を浮かべているので、皆は一様に安心することができた。……アメリアのせいで機嫌が悪かったときは、どんなとばっちりを受けるのだろうと気が気でなかったのだ。

 

「ダリア、最近機嫌がいいのね」

「ナルシッサ先輩も喜んでいらっしゃったわ」

 

 取り巻きがダリアに言った。ダリアも彼女たちに、最高の気分だと言わんばかりの表情を返した。現にダリアはアメリアの冷遇を誰よりも喜んでいた。――私にだけ冷たいポッター、私にだけ興味がないポッター、私だけを無視したいポッター。ポッターは今、私のせいでつらい立場にある――。そんな思いが彼女の自尊心を満たしていた。

 

 しかしダリアは、胸の中に言葉にできないモヤモヤが居座っていることに気付いていた。誰にでも優しく、めげずに他人に話しかけて、たとえ鬱陶しがられたとしても笑っていた以前のアメリアは、スリザリン生しかいないときは笑顔を浮かべなくなった。誰にも話しかけないし、誰にも笑顔を返さない。無表情で本を読み漁るアメリアを、ダリアはモヤモヤを抱えて見つめていた。

 

 ――あの日の夜見た美しいハシバミ色は、決して、私を映さない――

 

 ダリアは何故か無性に泣きたくなった。悲しいのだろうか。それさえダリアにはわからなかった。ぐちゃぐちゃな気持ちを笑顔でかくして、ダリアは気丈に振舞った。

 そんなダリアの心の内を、レギュラスだけは見抜いていた。幼馴染として長い時を過ごしてきたのだ。レギュラスには、ダリアのその笑顔が心からのものではないことなどわかっていた。しかしどうすればダリアが心からの笑顔を見せてくれるのかまではわからなかった。

 レギュラスはいちいちダリアの心の乱すアメリアに、憎しみにひどく近い感情を抱いていた。

 

* * * * * * * * * *

 

 アメリアに悩まされるダリアを心から笑顔にしてくれる出来事が起こった。飛行訓練が実施されると張り紙が出されたのだ。まだ箒に乗ったことのなかったダリアは、待ち遠しそうにキラキラとした笑顔を浮かべる。そんなダリアを、レギュラスや取り巻きたちは穏やかな気持ちで見ていた。

 ダリアがようやくアメリアに振り回されなくなったことをレギュラスは嬉しく思った。

 

 そしてとうとう飛行訓練の授業の日がやってきた。訓練は天候の都合でグリフィンドールと合同となってしまったが、ダリアはそんなことどうでもいいと思えるくらい、この授業を心待ちにしていた。父親も母親もダリアが箒に乗ることを許さなかったが、ようやく乗ることができる。母親は箒に乗るのが得意ではなかったそうだが、父親に似て、他の授業のように飛行術も得意なはずだという妙な自信がダリアにはあった。

 授業の時間になるとダリアは速く速くと皆をせかした。そんな無邪気な様を見て、レギュラスはついつい笑ってしまった。

 

「ダリア、嬉しそうですね」

「当然よ! 早く飛んでみたいわ」

 

 レギュラスの言葉にダリアは嘘偽りなく答えた。

 

 いよいよ教授がやってきて、皆に箒の横に立つように指示した。続けて上がれと言うように指示したので、ダリアはすぐに手をかかげて上がれと言った。箒は一度で手中に納まった。

 レギュラスも一度で成功したようで、取り巻きたちが二人に称賛の声をあげた。スリザリン生は同じく一度で成功したアメリアには目もくれなかったが、グリフィンドール生は逆にアメリアに驚きの声を上げている。グリフィンドール生が手を叩いてアメリアを褒めるのを、ダリアは苦々しく見ていた。そしてそんなダリアを、レギュラスは面白くないという表情で見ていた。――またダリアがポッターなんかを気にしている。あんな人無視していればいいのに――。

 アメリアはダリアにちらりとも視線をよこさなかった。

 

 教授が箒に跨るように指示し、1・2・3の掛け声で皆が地から足を離した。浮けない者もいたが、ダリアとレギュラスは難なく空中に浮くことができた。

 しかし、ダリアにとって順調だったのはそこまでだった。地から五メートルくらい浮いたところで、ダリアは箒を強く握りしめる。ダリアは初めてにしては上手であると言えたが、思っていたほど上手に箒を操ることはできなかった。箒が暴れないように抑えておくことで精いっぱいだったのだ。思うように動いてくれない箒に、ダリアは苛立ちを禁じ得なかった。ダリアが落ちないように見ていることができるくらいにはレギュラスは箒を操っているのに、ダリアは不安定な箒から落ちないように力を込めるばかり。ダリアはあんなに箒に乗るのが楽しみだったはずなのに、ひどく惨めで悔しくて、怒りが込み上げてきた。

 そのときグリフィンドールの方から歓声が上がった。

 

「アメリア上手なのね! さすがだわ!」

「なあアメリア、俺にも教えてくれよ!」

「お兄さんも上手らしいし、アメリアも乗れないわけがないわよね」

 

 ダリアの顔が怒りで赤くなった。頭が沸騰するのではないかと思うほどの怒りだった。グリフィンドール生はダリアたちの方を見ていやらしく笑っているし、アメリアはアメリアで、ダリアの方をちらりとも見ないでグリフィンドール生に笑顔を振りまいている。ダリアはプライドがズタズタにされたように感じた。

 スリザリン生がダリアを庇ってアメリアに悪口を言うと、グリフィンドール生もアメリアを庇ってダリアの悪口を言った。その悪口にまたスリザリン生が怒る。グリフィンドール生がまたダリアの悪口を言おうとしたとき、そんな彼らを止めたのは意外なことにアメリアであった。

 

「なんてことを言うんだみんな! 人を馬鹿にするようなこと言うなんて、決して良くないよ」

「君が馬鹿にされてるのによくそんなこと言えるね! 君って本当出来すぎだよ」

 

 自分の悪口を言った生徒を庇うアメリアはスリザリン生からしてみれば偽善者のようだったし、グリフィンドール生からしてみれば善人の鏡のようだった。

 ダリアがみっともなく箒を握り締めている目の前で、アメリアは綺麗に箒を操りダリアを背に庇っている。それがダリアにはどうしようもなく悔しかった。

 アメリアは後ろを振り返ってダリアを見た。ダリアとアメリアの視線が絡み合う。――あの夜以来のハシバミ色だった。

 ダリアはアメリアがこちらに手を差し出して「リドルにだって苦手なことの一つや二つあるさ。教えてあげる、一緒に練習しよう。それと、あのときはごめんね」と、そんなことを言ってくれるのだと思った。そしてダリアは、もしアメリアがそう言ったら許してやろうとすら思った。そんなことを思ってしまうほど、アメリアの心の内を見透かすような美しい瞳にダリアは魅せられていた。

 しかしアメリアはダリアの思いに反して、表情を変えることもなく再びグリフィンドール生の方へと向き直った。……信じられなかった。ダリアは頭が真っ白になって、目の前が赤く染まったように感じた。言いようのない怒りがダリアの思考をすべて奪った。

 

 ――――――そのときだった!

 

「!? きゃあああ!」

「ダリア!?」

 

 ダリアが箒をコントロールできなくなったのだ! ダリアの箒は一度大きく沈んで、上空へと一気に上った。レギュラスはすぐにダリアに手を伸ばしたが、不規則なダリアの箒の動きについていけない。

 スリザリン生もグリフィンドール生も、この時ばかりは皆が皆、顔を青くして口々にダリアの名前を叫んだ。教授が浮遊呪文を唱えたが、箒はそれを避けるようにジグザグに揺れる。追いかけるレギュラスをからかっているかのように、箒は上へ下へ、横へと不規則に揺れ動いた。

 

 


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