掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~   作:カットトマト缶

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08-01 夏季休暇

 そこは小さい綺麗な森に囲まれた一軒家だった。若々しい緑が、落ち着いた色合いの家の周りを覆っている。森の小道を少し行くと小さな小さな湖があって、その澄んだ水面には白い渡り鳥が羽を休めに降り立ち、水の底では時の流れが遅くなっているのではないかと思うほど緩やかに水草が揺れている。

 水面に広がる波紋が、渡り鳥を少し遠くへと追いやった。不規則に揺れる水面。突然水しぶきが上がり、渡り鳥たちはまたさらに遠くへと身を寄せた。しかしそれでも鳥たちが飛び立たないのは、その湖にいるものに敵意がないとわかっていたからだ。

 

「ジェームズ、見て、ヒノミズクサだ」

 

 ジェームズはもう一度水の中に潜って、妹が嬉しそうに指差す先を見た。そこにはヒノミズクサがゆらゆらと揺らめいている。ジェームズは顔を水から上げると、少し咳払いして芝居がかった教師の真似をした。

 

「ヒノミズクサの使用例がわかるものはおるかね? ……ではミス・ポッター」

「はい。月に関係する魔法生物を麻痺させる薬の原料になります。また、サソリガニのエサとなることもあります」

 

 アメリアもまた生徒の真似をして手を挙げた。ジェームズ先生があててくれたので、アメリアは少し得意げな表情で、簡潔ながら十分な解答をした。ジェームズ先生は満足そうに頷く。

 

「よろしい! グリフィンドールに10点!」

「私はスリザリンだよジェームズ」

「まあまあ、今くらいいいだろう?」

 

 ジェームズは仰向けになって水に体を浮かせた。ひんやりとした水が夏の暑さを忘れさせてくれる。アメリアもジェームズにならって力を抜き、空を見上げた。木々の隙間から見える青い空が最高に眩しい。

 二人は旅行に行くまでの一週間を実家で過ごしていた。ポッター家があるゴドリックの谷にはマグルも住んでいるが、この実家の裏にある森と湖にはマグル除けの魔法がかかっているので、マグルは立ち入れない。この湖に訪れるのは、森にすむ動物たちや羽を休めにきた鳥たち、そしてジェームズとアメリアたちのような自然を愛する魔法族だけだった。動物たちは二人からは逃げ出すこともなく、この綺麗な水と清らかな風を同じくして共有していた。

 

 アメリアは湖から出て草原の上に身体を横たえた。水で冷えた身体が木漏れ日で温められる。ジェームズも水から出てアメリアの横に座り込み、水浴びをする渡り鳥を目で追った。

 

 ふと隣に寝転がっているアメリアに目を向けて、ジェームズは少し悲しそうな顔をした。そっとアメリアのお腹に手を伸ばして指でなぞる。アメリアはびっくりして上半身を少し起こしたが、兄の触るところに何があるのかを思い出して、また身体を倒し、目を閉じた。アメリアは兄の手にそっと自分の手を重ねて、薄く口元に笑みを浮かべる。

 

「どうしたのジェームズ」

「……随分薄くなったなと思って」

 

 アメリアは「そうだね」と言って、自分もそこを一度だけなぞった。

 ジェームズがなぞったところには、よく見ると薄い傷跡があった。左腹部にある丸い傷は、かつては血を垂れ流すおぞましい傷としてそこにあった。薬で傷は完治し、幾年すぎて跡も随分と薄くなってはいたが、それでも完全に消えたわけではない。一見では気づかないほど治った傷だが、ジェームズはその跡が完全に消えるのを待っている。

 

「今となっては懐かしいよ。そんなこともあったなって」

「冗談だろう、アメリア。あんな恐ろしい体験をそんな言葉で片付けられるはずない」

「やだなあ、滅多にできない体験だったのに」

「アメリアの命に関わることだったんだよ?」

 

 傷を負ったのが兄の方だったら、きっと今のセリフは全てが逆だっただろう。アメリアはそう思うとなんだかおかしくなって、つい笑ってしまった。ジェームズは笑いごとじゃないよと怒るが、アメリアにとっては兄が罪悪感を抱いていることの方がずっと問題だ。

 

 アメリアはふと目を開いてジェームズに目を向ける。アメリアがジェームズの肩を押すと、ジェームズはその誘導に従って背中をアメリアの方に向けた。そして、先ほどジェームズがアメリアの傷をなぞったように、今度はアメリアがジェームズの背中にある痕に指を滑らせた。ジェームズはパチパチと目を瞬かせて尋ねる。

 

「まだ残ってる?」

「うん。うっすらとね」

 

 ジェームズの右肩甲骨あたりにあったのは、今は薄くなった火傷の痕だった。アメリアは先ほどのジェームズと同じように、その後を痛々しそうに見る。ジェームズは背後を振り返ってアメリアの悲しそうな顔を見ると、そんな顔をさせたくないと思って、アメリアの手を引いて引き寄せ、その華奢な身体を抱きしめた。水で冷えた身体が互いの体温で温まっていくことに、二人はこれ以上ないほどの喜びと安心を覚えた。――二人は生きている。

 

「これからも、僕たち、ずっと一緒だよね?」

「……もちろん」

 

 ジェームズがぎゅっとアメリアを抱きしめる。アメリアもジェームズの背中に腕を回して、抱きしめ返した。左の手のひらがジェームズの火傷に触れるのが、つらい。

 

 アメリアはもうこの話は終わりにしようと言って起き上がり、素足で家の方に続く小道へと走り出した。

 

「アメリア待ってよ!」

「ジェームズ、早く!」

 

 ジェームズは置いていかれそうになって慌ててアメリアを追いかけた。

 

 * * * * *

 

 窓に何かが当たる音が聞こえて、ダリアはようやくかとそちらへ足を向けた。そこにいたのは最近見慣れてきた、ポッター家のフクロウだ。少し黒味のかかった茶色の毛並みで、ダリアが手を出すと人懐こく身をすり寄せてきた。ダリアは動物があまり好きではなかったが、自分とアメリアを毎日繋いでくれるポッター家のペットに悪い気はしない。今日もそのフクロウはダリアに頭を撫でてもらうと、誇らしげに足を差し出した。そこにくくられた手紙をダリアは受け取って、ソファに座って読み始めた。

 

 

――――――――――――――――――――

親愛なるダリアへ

 

 こんばんはダリア。私のせいで勉強に身が入らないなんて聞いたら、すごく心配になってしまうよ。だけどそれを嬉しいと思ってしまう私は、ひどい友人なのかもしれないね。

 今日は家の近くにある湖で水遊びをしたんだ。とても綺麗なところでね。マグルに汚されることなく、昔の姿のままを保った自然が残ってる。そこでジェームズと泳いだり日向ぼっこをしたりしたよ。水がとても綺麗で、冷たくて気持ちがいいんだ。

 生まれ育ったこの家にいると、自然ってやっぱり素晴らしいなと思うよ。マグルも住むこの谷にだってこんな場所が残っているんだから、きっと世界中にマグルから切り離された自然がある。その自然を見つけたい。そうしたら、いつかきっと一緒にそこを巡ろう。

 

アメリアより愛を込めて

――――――――――――――――――――

 

 

 ダリアは手紙を読んで顔をほころばせた。会えないのは寂しいが、手紙を読んで、これを書いているアメリアの姿を思い浮かべるのも新鮮だ。それに手紙には今まで知らなかったアメリアの新しい一面を伺い見ることができた。

 ダリアは手紙を何度か読み返して、羽ペンを手に取った。手紙への返事を二十分ほどで書き終え、それをフクロウに結びつけた。

 

「さあ、お願いね」

 

 ダリアは高級フクロウフーズを食べさせてやって、窓から送り出した。ポッター家のフクロウは元気に夜空に舞い上がり、あっという間に遠くまで行ってしまった。

 

 




アメリアがどんなカッコしてるのか想像するとタギルよな?

残念、マグルの水着みたいにはしたないカッコじゃありませぇん!
でもジェームズは「他の男には見せられないよ!」って思ってると思う。

 

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