掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~   作:カットトマト缶

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07-04

 その日の夜だけは、皆――試験の成績に不安を抱く者もそうでない者も――そのすべてを忘れていた。彼ら彼女らの頭の中にあるのは、栄誉ある杯がいったいどの寮にもたらされるのかということだけだった。天井にぶら下げられた、各寮のシンボルが彩る旗。校長であるダンブルドアが優勝寮を発表すると同時に、旗のすべてがその寮のものに変わる。いったい今年は何色になるのか? それだけが皆の意識を持っていった。グリフィンドールは自分たちの寮の赤い旗が大広間を飾り付けることを望んでいたし、ハッフルパフとレイブンクローは自分たちの寮でなくてもいい、何とか深緑へと変わることだけはあってほしくないと願っていた。そして当然、スリザリン一同は会場が蛇のシンボルマークで埋め尽くされることを熱望していた。

 落ち着きのない大広間。たくさんの生徒が口を開いて優勝寮を予想している。その騒がしさの中、通る音が鳴り響いた。ゴブレットを銀のスプーンで叩く音。その高い音は不思議なことにすべての生徒の口を閉じさせた。

 

「ようやく一年が過ぎた。一年生諸君には新しいことばかりで目まぐるしい年であっただろう。上級生にとっても、また新たな発見があったことと思う」

 

 ダンブルドアが言った。誰一人として口を開かない。スリザリンの中には早く結果を発表しろと急いている者もいただろうが、それでも誰一人として余計なことを言う者はいなかった。

 

「皆待ちかねただろう。それでは、寮対抗の結果を発表しよう」

 

 ダンブルドアはそう言って、手元の紙を開いた。

 

「四位、レイブンクロー、344点」

 

 その結果にはさすがに多くの生徒が口を開いた。レイブンクローの机から大きなため息が数多く聞こえる。ダンブルドアも静かにしろと急かすことはしないで、温かな目で彼らを見た。

 ダンブルドアは頃合いを見て咳払いをし、次の発表をした。

 

「三位、ハッフルパフ、362点」

 

 ハッフルパフは納得のいく結果だったのだろう、ため息は聞こえなかった。ハッフルパフは拍手をして自身らの健闘を称え、他寮からの拍手を素直に受け止めた。

 

「続いて、二位は……」

 

 そのダンブルドアの言葉に、大広間の両端の長机に座る生徒たちが背筋を伸ばした。震えるような緊迫感の中、ダンブルドアは一息ついてから準優勝の寮名を発表した。

 

「一位と12点差で、スリザリン! 387点!」

 

 その結果発表に大広間には大声が響き渡った。スリザリンからの悲鳴と怒号、その他の3寮からの歓声。口笛が鳴り響き、どこかからガラスか皿の割れるような音すらした。

 

「優勝はグリフィンドール、399点! グリフィンドールの諸君、おめでとう!」

 

 ダンブルドアが杖を振ると、大広間の天井に垂れ下がっていた四色の旗は赤一色に変わった。グリフィンドールには椅子の上に立ってゴブレットを掲げる者すらいる。当然、スリザリンのほとんどは苦々しい顔をして舌打ちをしたり、机に八つ当たりをしたりした。ダリアも信じられないという顔で、机に拳を振り下ろした。

 

「冗談じゃないわ! あんな猿どもにこのスリザリンが負けるなんて!」

「ダリア……猿はちょっと……」

「でもアメリア、見て! あれを見て猿を思い出さない人がいるかしら!?」

 

 そう言ってダリアはグリフィンドールの方を指差した。ダリアが指差す先にいたのは、大騒ぎしている数人のグリフィンドール生で、アメリアにとって悲しいことに、その中には兄であるジェームズもいた。アメリアは大きくため息をついて、ダリアの言葉への反論を飲み込んだ。

 

「来年はこうならないようにもう少し点数を稼ごう」

「あれだけ私たちが点を稼いだっていうのに、いったいどういうことかしら!? 三八〇やそこらの点数で収まるはずないわ!」

 

 ダリアの怒りの声に数人のスリザリン生が顔を逸らした。減点を貰ってばかりなのを肩身狭く思ったのだろう。アメリアはそんな人たちに苦笑いを漏らし、ダリアをなだめた。

 ダリアを挟んで反対側に座っていたレギュラスも、酷く不満そうな顔をしていた。レギュラスは寮に得点を入れて貢献した側の人間だ。減点を貰った連中がいったい誰だろうと知ったことではないが、自分たちの足を引っ張ることだけは許せなかった。ましてやグリフィンドールにはあの悪名高き『悪戯仕掛人』がいるのだ。彼らはしょっちゅう減点を貰っているのだから、スリザリンが負けるはずないとレギュラスは信じていた。それがこんな結果になってしまって不服に思わないはずない。

 

「悪戯仕掛人とかいう連中がいるのにどうしてグリフィンドールが優勝なの!? こんなの贔屓だわ!」

「あはは……」

 

 アメリアは渇いた笑いを漏らした。ダリアの悪態つく悪戯仕掛人の中には兄であるジェームズがいる。アメリアは自身の兄をそのように言われて、どう反応すればよいのかわからなかったようだ。ダリアはジェームズ・ポッターがアメリアの兄であると知っていながら、アメリアの前でジェームズの悪口を思いつく限り口にした。しかしアメリアはそのことを責めるわけではなかった。ダリアが自分をもう完全に『身内』だと認識していることを知っていたからだ。アメリアはダリアの気が済むまで、彼女の悪態に相槌を打った。

 

 * * * * *

 

 レギュラスは信じられないという顔でその結果を見た。彼の手元にあるのは、自身の成績表。各教科の点数とその合計点数、そして順位が表の一番上に乗っていた。レギュラスは何度も見間違いかと思った。――この僕が、二位?

 

「さあ、ミス・ポッター! これが君の成績表だ!」

 

 スラグホーンがアメリアを呼んだ。アメリアは少し強張った顔で教授の前へ行き、その成績表を受け取った。アメリアは教授に促されてその場で表を開いた。レギュラスはそのやり取りだけで彼女の順位を察した。けれど信じたくなくて、彼女のもとへ走り寄った。

 

「はっはっは、ミスター・ブラックも実に惜しかったね! 来年の試験も楽しみだ!」

 

 その言葉にアメリアとレギュラスは何の返答もできなかった。レギュラスは食い入るようにアメリアの成績を見ていたし、アメリアはそんなレギュラスに目を白黒させていたのだから。レギュラスはその成績表を思わず強く握って、しわをつくってしまった。――自分の成績をほぼすべて上回って、堂々の一位。レギュラスは合計点が満点を超えていたというのに、それを上回る点を取ったアメリアに信じられないという目を向けた。そしてそんな目を向けられたアメリアは冷や汗をかいて硬直していた。レギュラスがアメリアを上回っていたのは、飛行術と闇の魔術に対する防衛術の教科だけだった。それ以外はすべて数点下回っていた。

 

「まあアメリア! さすがだわ! ――魔法薬学なんて考えつかない点数じゃない!」

「ありがとうダリア」

「そうだろう、ミス・ポッターの解答ときたら、去年の兄に劣るとも勝らない素晴らしいものだったからね!」

 

 そう高らかに笑う教授に、アメリアは礼を言った。レギュラスはアメリアの点数をもう一度見て拳を強く握った。――125点……この僕でさえ103点しか取れなかったというのに――。

今年出された最後の筆記問題の内容は、新たな魔法薬のアイディアを書かせるものだった。去年と同じだったということを知っているのはごく一部の生徒だけだったが、ダリアのために数年分の問題を探っていたレギュラスは当然その中に含まれている。同じ内容は出さないと思っていたレギュラスはこの問題にはあまり力を入れなかった。しかしこうして教授に褒め称えられているアメリアを見て、確信した。教授は兄とアメリアの実力を比べるために、わざと試験問題を同じにしたのだと。しかも信じがたいことに、アメリアの点数から察するに、アメリアは調合でただの1点も減点されていないようだった。教授の目から見ても完璧な、非の打ちどころのない調合をしたということだ。レギュラスは頭に血が上るのを止めることができなかった。

 

「ミス・ポッター、どうだい、少しお茶でもしながらあの薬の話でも?」

「ええ、喜んで」

 

 レギュラスは数日前の、アメリアに飛行術で勝ったときの喜びが、すっかり綺麗に怒りへ変わっていくのをまざまざと感じた。あの日のアメリアの悔しそうな顔さえ、今では憎らしくて仕方がなかった。

 

 * * * * *

 

 帰りの列車の中は最悪だった。レギュラスは怒りに支配されていかにも不機嫌だという顔をしていたし、アメリアはそんなレギュラスを「触らぬ神に祟りなし」といった様子で可能な限り無視をしようとしていた。そんな二人に挟まれたダリアは目を瞬かせてオロオロし、三人の前に座っている取り巻きの数名は身を小さくしていた。ダリアは二人が険悪な雰囲気になっている原因が成績にあるということは知っていたが、解決方法は知らなかった。

 ダリアはレギュラスが熱心に勉強していた様をよく見ていた。あれほどの努力をしたにもかかわらず誰かに負かされて二位という順位に甘んじることが、彼にとって実に屈辱的なことだということも理解できた。しかし、それでも彼は『二位』なのだ。この学年のトップレベルの成績を収めたのである。最高の点数を取っておきながら順位にこだわるレギュラスに、ダリアは不満を抱いた。

 ダリアは自身の成績表をポケットから出した。飛行術の成績は最低だったが他は良い。それでも二人の点数には大きく劣っている。ダリアは二人に勝てるとは到底思っていなかったが、この自分よりいい点を取っておきながら不満に思っているレギュラスにいい気はしなかった。

 

「レギュラス、何がそんなに不満なのかしら?」

「……」

 

 レギュラスはダリアに目を向けた。そして目を少しだけ丸くした。ダリアは笑顔を浮かべてはいるがやや怒っているようだ。

 

「それだけの点数を取っておきながら何が不満だっていうの?」

 

 ダリアは自分の成績表をちらつかせてそう言った。レギュラスは少しふくれて目を逸らした。ダリアはそんなレギュラスに大きくため息をついた。

 そこで皆の視線はコンパートメントの外に向かった。誰かがドアをノックしたからだ。アメリアの前に座っていた友人が小窓を隠していたカーテンを開けると、ヘーゼル色の瞳とグレーの瞳が覗いた。直後、中にいる人たちの許しを得ずに扉が開いた。

 

「アメリア! ちょっと来て!」

「どうしたの、ジェームズ」

「昨日面白い魔法が載った本を見つけたんだ! 教えてやるよ!」

 

 入ってきたのはアメリアの兄であるジェームズとレギュラスの兄であるシリウスだった。シリウスはレギュラスには目もくれず、アメリアの手を引っ張って立たせようとした。しかしその手はすぐにアメリアの手から離れた。ダリアがシリウスの手を叩いたからだ。

 

「汚い手でアメリアに触らないで!」

「誰の手が汚いって?」

「ダリア落ち着いて!」

 

 ダリアはあっという間にシリウスの気を逆立てた。アメリアは大きなため息を飲み込んで、立ち上がるとダリアに言った。

 

「ちょっと席を外すよ」

「アメリア! どうして!」

 

 アメリアはちらりと一瞬だけレギュラスに向けた。レギュラスとアメリアの視線が絡む。レギュラスはすぐに視線を逸らされたが、彼が逸らすことはなかった。レギュラスは不機嫌そうな顔で、そんなアメリアを睨んだ。

 ダリアはアメリアがレギュラスに視線を向けたので、この空気を変えるために離席しようとしているのだと悟った。ダリアは引き留めようとしたが、アメリアはダリアの手をするりと逃れて、ジェームズたちと一緒にコンパートメントを出ていってしまった。

 

「レギュラス! アメリアが行っちゃったじゃない!」

 

 レギュラスはその言葉にさらに不機嫌になった。それにはダリアもはっとして、口を閉じた。

 くだらないことだと自分でも思う。みっともなくも幼子のように嫉妬心をむき出しにしているのだ。レギュラスはそんな自分をいっそ恥ずかしくさえ思ったが、それでも一位を取れると信じていたのにそれを攫っていってしまったアメリアへの怒りに比べたらずっと小さな感情だった。

 

 コンパートメントの中は居心地が悪かった。レギュラスの怒気をまざまざと感じている取り巻きたちはそれ以上彼の機嫌を悪くしないようにと一言も話さなかったし、ダリアも今はそっとしておくのが最善だろうと無言だった。レギュラスは窓から外の景色を眺める。流れていく木々や雲を見ている間は、怒りも忘れて無心でいられた。

 ロンドンが近くなっていくにつれて、レギュラスは憂鬱な気持ちになっていった。もうこのときには木々も徐々に少なくなっていって、それが地獄へのカウントダウンのように感じられた。レギュラスは家に帰りたくなかったのだ。こんな成績を持って帰って、母が何と言うか。兄が去年も今年も、自分と同じく学年二位だったということがせめてもの救いだった。しかし、それはそれで母の怒りを助長するのではないかという気もする。兄の学年と弟の学年の両方の一位が、あのグリフィンドールの名家ポッターの子どもだということが、何よりレギュラスにとって残酷なことだった。

 

 特急が駅のホームに入って徐々にスピードを落としはじめたところでアメリアが帰ってきた。ダリアはどうしてもっと早く帰ってこなかったのだとアメリアを責めたが、今回ばかりはレギュラスとの件があったので大目に見たようだった。ダリアはふくれてはいたがそれ以上は言及せず、特急が止まると腰を上げてコンパートメントを出た。

 ホームに出るとダリアはアメリアの手に触れてさみしそうな顔をした。ホグワーツ生の夏季休暇は長い。ダリアは休暇中もアメリアと会いたかったが、アメリアの家は夏季休暇には長期の旅行に行くことになっていて、ダリアと会う時間をつくるのが難しいらしい。ましてやダリアの家はあのリドル。グリフィンドールの家系でありながらスリザリンに入ってしまった娘を、そのスリザリンの権化ともいえる家に預けることもまた親にとっては考えられないことだろう。ダリアとアメリアはもう九月になるまで会うことができないのだ。

 

「アメリア、きっと手紙をちょうだいね」

「もちろんだよ」

「毎日送らないと承知しないわよ」

「わかった、毎日ね。日記みたいになっちゃうかもしれないけどいいかな」

「ええ、かまわないわ。いい? 絶対だからね」

 

 ダリアは手紙を書くよう念を押した。ダリアの両親はまだ来ていないようだったので、ダリアは時間の許す限りアメリアと一緒にいようとその手を放さなかった。しかし二人が話しているところにジェームズがやってきて、両親が来たからとアメリアの手を引いた。

 

「ほら、行くよアメリア」

「うん」

「アメリア……」

「ちょっとの間『直接は』話ができなくなるだけさ。手紙待っててね」

 

 アメリアはダリアの手をそっと放して兄の隣に並んだ。アメリアはちらりと振り返ってダリアと目が合うと、にこりと笑って小さく手を振った。ダリアもまた、悲しそうな顔で小さく手を振り返した。

 アメリアがダリアから視線を外したとき、アメリアの視線とレギュラスの視線が絡んだ。そのレギュラスの目に込められている感情は、怒りと、嫉妬と……。

 

「またね」

 

 アメリアは小さく、けれど口元ははっきりと動かしてそう言い手を振った。相手は目を見開くばかりで手を振り返すことはしなかったが、アメリアはそれでもう満足だった。口元に笑みを湛えながら、少し前を歩く兄の方に顔を戻した。

 

 




103点『しか』とか言っちゃうレギュラスくん。

アメリアはジェームズと一緒で天才です。
だからポッターは気に食わないんだ! って人が結構いる。

でも恐ろしきは、一教科最悪の点数をとってもトップレベルの成績をおさめるダリアさんである。
ダリアさんはたぶん、飛行術がクソみたいな点数でも順位は一桁だと思う。さすがトムさんの娘や。

 

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