掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~   作:カットトマト缶

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07-01 学年末試験

「ああもう、不甲斐ないわね」

 

 そう零したのはダリアだ。ダリアはつまらなそうに紅茶を一口飲んだ。

 

「そう言わないでダリア。先輩方は頑張ってただろう?」

「そうだけど……やっぱり悔しいものは悔しいじゃない」

「そうだね」

 

 アメリアがダリアを諌める。ダリアは唇を僅かにとがらせて、もう一度紅茶を口にした。

 ダリアがやや不機嫌なのにはクィディッチの戦績が関係していた。スリザリンは一回目の試合でグリフィンドールに負けた後、そのショックが尾を引いたのかはわからないが次のレイブンクロー戦にも負けてしまったのだ。最終試合のハッフルパフには勝利したが、最終的にスリザリンは三位というぱっとしない結果に終わってしまった。皆は先輩方に気を利かせて何も言わないが、ダリアは不満をうちに閉じ込めることはしない。ダリアは至極残念そうに言った。

 

「グリフィンドールに加えて頭でっかちのレイブンクローにまで負けるなんて。スリザリンとして恥ずかしくないのかしら」

「ダリア」

 

 アメリアの少し責めるような口調に、ダリアも口をつぐんだ。ダリアがアメリアに叱られてしゅんとした顔をすると、アメリアはまた穏やかな表情に戻ってダリアのカップに紅茶のおかわりを淹れてやった。

 

「期待していたからこその不満なんだろう? ダリアの気持ちは先輩方もわかってくださっているよ。だからダリアも、来年こそは勝てるように彼らを応援してあげなくちゃ」

 

 アメリアはそう言って笑った。ダリアは「そうね」と答えて、お茶菓子を一口口にした。

 

 紅茶を飲んで一息ついたところで、ダリアは話題を変えた。

 

「ところでアメリア、学年末試験のことだけれど」

「どうかしたかい?」

「魔法薬学に自信がないの。少しレッスンをお願いできないかしら」

「よろこんで」

 

 ダリアの申し出にアメリアは快く答えた。ダリアは魔法薬学の調合をほとんど真面目にしたことがない。入学したての頃すらレギュラスに一任していたし、アメリアと親しくなってからはほぼすべての調合をアメリアに任せている。普段はレポート等で評価を得ているが、学年末試験の成績はほとんどが調合による評価だと告知されている。ある程度は形にしないと、いくら大臣の娘とはいえ大目に見るにも限度があるだろう。

 ダリアは頬に手を当てて、困ったわ、といった顔で言った。

 

「私、気持ち悪いものには触りたくないわ」

「え? でも調合するなら我慢しないと」

「いやよ。ねえアメリア、何とかならないの?」

「ええ?」

 

 アメリアはダリアのわがままに頭を悩ませた。魔法薬の調合に彼女の言うところの『気持ち悪いもの』はつきものだ。それを省いて調合するのは実質不可能である。

 

「ああ、覚えるだけならよかったのに」

 

 ダリアはそう言ってため息をついた。ダリアは頭の出来が良い。知識面ではアメリアやレギュラスに遜色ない実力を発揮する。しかし調合だけは別だ。

 

「そうだなあ……考えておくよ」

「まあ! ありがとうアメリア」

 

 アメリアはダリアのわがままを叶えるべく、魔法薬学の対策を考えることになった。

 

 * * * * *

 

 レギュラスは必死だった。何にかというと、もちろん、学年末試験の勉強だ。レギュラスには、学年一位という輝かしい功績を母に持って帰るという使命がある。そのためには当然、各寮の優等生を打ち負かさなければならないわけで、さらに言えば……そう、アメリア・ポッターをも出し抜かなければならないのだ。

 レギュラスが見る限り、アメリアは友人たちの試験勉強の面倒も見てやらなければならないようだった。皆が皆、アメリアに「ここを教えてほしい」だとか「ここがわからない」だとか、口々に尋ねた。それを見てレギュラスは内心ほくそ笑んでいた。アメリアの勉強する時間が減り、かつ自分は勉強する時間を多く確保することができるからだ。

 

 その日、レギュラスは魔法史の知識を強化するため、図書室で参考書を探していた。膨大な量の本があってこの中から良い本を探せるのか不安にはなったが、そうして本を探している時間は良い気分転換になったので無駄だとは思わなかった。

 レギュラスはふと足を止めた。――あれはポッターか?――レギュラスは見慣れた女が図書室で眠っているのを発見した。いつもこの時間は友人たちの勉強を見てやっていたはずだが、今日は自分たちでするようにとでも言ったのだろうか。レギュラスは机に伏せて肩を小さく上下させているのを後ろの方からしばらく観察して、寝ていると確信してからアメリアに近づいた。

 そこにいたのはやはりアメリア・ポッターであった。レギュラスは不思議な気持ちがした。アメリアの寝顔なんて、当然レギュラスは初めて見る。いつも馬鹿みたいに笑っているアメリアが、このようにただ目を閉じて普通に眠っているのがレギュラスには何故か意外だった。寝顔ですら笑っているとでも自分は思っていたのだろうか。けれどそう思ってしまうほどには、アメリアはいつだって笑っているという印象があった。

 そこでレギュラスは、先日ダリアと喧嘩していたときのアメリアを思い返した。ダリアに謝ってくれと告げたときの、アメリアの不満そうな表情がふと脳裏をよぎる。確かにあの表情は珍しかった。けれどそれもまた彼女の表情の一つに過ぎない。表情豊かな彼女の一面である。けれどこの寝顔は、それらの表情から連想できる安らかな眠りとは違っていた。ただただ無表情なのだ。

 

「……ん……?」

「!」

 

 レギュラスはアメリアが身じろいだので驚いてその場を離れた。

 

 レギュラスが談話室に戻ると、そこでは友人たちが固まって勉強をしていた。そこには当然アメリアはいない。レギュラスはダリアに声をかけて隣に腰掛けた。

 

「ねえレギュラス、アメリアと会わなかった? 図書室で本を借りてくるって言ったきり戻らないの」

 

 レギュラスは合点した。だからアメリアは一人きりだったのだ。しかしあのアメリア・ポッターが友人たちを放っておいて図書室で睡眠などとるだろうか。

 

「図書室で眠ってましたよ」

「ええ!?」

 

 ダリアは可愛らしく口を膨らませ、勢いよく立ち上がった。

 

「この私を放っておくなんて!」

 

 ダリアが図書室に向かおうとしたのでレギュラスは不満を覚え、ダリアを引き留めた。わざわざダリアが迎えに行く必要なんてない。ダリアが放してと言うのを説得していると、談話室の扉が勢いよく開いて渦中の人物が転がり込んできた。アメリアは駆け寄ってくるとすぐに皆に謝った。

 

「ごめん! 遅くなった!」

「まったくだわ! 図書室で何をしていたのかしらね?」

「うう……あんまり気持ちよさそうな日差しのある机があって……なんだか眠くなっちゃったんだ」

「呆れた! 私がどれだけ心配したかも知らないで!」

 

 ダリアがアメリアにばかり構うのは気に食わなかったが、アメリア・ポッターが平謝りしている様を見るのは悪くないなとレギュラスは思った。

 

 * * * * *

 

「もう嫌。つまんない」

 

 そう言って、彼女、ラピス・ディズニーは教科書をテーブルの上に放り投げた。その乱暴な扱いに、教科書が大きな音を立ててテーブルの上を僅かに滑る。けれどその音が目立ってしまうほど、グリフィンドールの談話室は静かではなかった。

 

「駄目よラピス、放り出さないでちょうだい」

「だって、ちっとも面白くないんだもの。どうして歴史なんて覚える必要があるっていうのよ」

「面白いじゃない。魔法界って奇天烈だわ」

 

 そう言ってペチュニア・エバンズは自分が開いていた魔法薬学の教科書の忘れ薬の項にしおりを挟み、ラピスが放り出した教科書を手に取った。

 

「ほら、この章なんて魔法界の異質さが際立ってると思わない?」

「思わないわよ」

 

 ラピスは大きくため息をついてペチュニアの開いた教科書のページを見た。ラピスは純血家系に生まれた純血の魔女だ。両親もずっと魔法界で生きてきてラピス本人も魔法界で生まれ育った。マグル生まれのペチュニアが言うところの『異質』は彼女にとっては常識だ。ラピスにとってはちっとも魔法界の歴史なんて面白くない。

 

「魔法省の成り立ちなんてどうでもいいわよ!」

 

 そう言って机に伏せるラピスに、ペチュニアは大きくため息をついた。マグル界で生まれたペチュニアにとっては、魔法史はまさに魔法界を紐解く鍵がいたるところに散りばめられた推理小説のようなものだった。それを「ちっとも面白くない」と言うラピスの気持ちを、ペチュニアはちっとも理解できなかった。

 しかし困ったことに魔法界生まれの魔女・魔法使いたちは、ラピス同様に魔法史には少しも興味を示さなかった。教鞭をとっている教授の授業が驚くほど淡々としていてつまらないことも、理由の一つかもしれない。ペチュニアは姉のアドバイスを受けてしっかりとメモを取り授業を真面目に受けていたが、姉がいなければ自主学習の時間になっただろうとペチュニアでさえ思ってしまうほど、その授業は退屈だった。

 

「ああ、どうしてなのアメリア……あんな性悪女放っておけばいいのに……」

 

 ラピスはそう言って机の上にあった羊皮紙を抱きしめた。魔法史の教科書に出てくる単語がたくさん書かれた羊皮紙は、彼女の腕の中でぐしゃぐしゃになってしまった。

 ペチュニアは心底鬱陶しそうにラピスを見て、つっけんどんに言った。

 

「インクが服に着くわよ」

「ああ、アメリア……私をこの地獄から救い出して……」

 

 ペチュニアの言葉を華麗に無視して、ラピスはそう零した。ペチュニアはうんざり顔で大きくため息をついて、手にしていた羽ペンをインクにつけた。

 ペチュニアはただでさえ談話室内がうるさいというのに、目の前の友人が雑音を増やすものだからさらに集中力が乱された。そしてペチュニアの思いに反して、ラピスの嘆きに周りの友人たちが反応し、あろうことか同じように嘆き始めた。

 

「まったくだよ。あいつらまたアメリアを拘束して。アメリアがかわいそうだ」

「リドルって本当に我が儘よね。アメリアってばよくあんな人と友達やってられるわ」

「仲直りなんてしなければよかったんだ! 数日前まではあんなに楽しかったのに、今となっては試験勉強に苦しむだけの毎日さ」

「スニフってアメリアのこと好きなのね」

「嫌いな奴がグリフィンドールにいるか? いたら顔を拝みたいものだね」

 

 スニフが堂々と宣言した。皆は何も言わない。皆もそう思ったからだ。

 ペチュニアは知らぬ存ぜぬを貫き通して、もう一度魔法薬学の教科書を手に取った。

 スニフがアメリアを好いていることは皆の知るところだった。そしてその「好き」が決して友愛ではないということを彼が認識していないことも、皆はしっかり承知していた。自分の感情に鈍いスニフがいつ自分の恋心に気付くのか、グリフィンドールの友人たちは生温かな目で見守っている最中である。もちろん、中には抜け駆けしようとしているものもいたであろうが。

 

「アメリアはどうやってこのくそつまらない歴史を覚えてるんだろうな」

「私も知りたい」

「でもあの人たちのせいで一緒に勉強なんてできないわよ」

 

 クリスティーナの言葉に、皆は同時に大きなため息をついた。ダリアとアメリアは仲違いを終えて仲直りすると、以前にも増して『べったり』状態になった。自分たちが話しかけてもダリアが邪魔しなくなった代わりに、ダリアはアメリアのそばから離れることをしないでアメリアと手を握って待つようになった。今までは自分たちと関わりたくなかったのだろう、すぐに手を引いて引き離そうとするか、アメリアから離れて自分のもとへ帰ってくるのを待っていたのだが、最近は自分の存在を主張するかのごとくアメリアの隣に立って会話が終わるのを待つようになったのである。アメリアもダリアを待たせているという気持ちがあるようで、グリフィンドールやハッフルパフの友人との会話はすぐに切り上げるようになってしまった。それが皆には不満だった。

 

「だいたい、なんでアメリアはスリザリンなんだよ! まずそこからおかしい!」

「そうよね、あんなにグリフィンドールが相応しい魔女もなかなかないわよ!」

 

 その言葉に多くの友人が賛成した。

 いつの間にか談話室で最もうるさい集団がスニフたち一年生となっていた。それまでは上級生が魔法を練習したり、魔法で遊んでいたりして騒がしかったが、スニフたちの不満は積りに積もっていたので爆発してしまっていた。彼らの不満のおしゃべりにいつの間にか数人の上級生も参加しだし、談話室内はアメリアの話で持ち切りになった。――勉強に集中できなくなった生徒たちは自室へ避難していったが、ペチュニアはその場にとどまって忘れ薬のページを開いていた。

 上級生の一人が、その集団の中で一際存在感を放っている少年に尋ねた。

 

「兄としてどう思うジェームズ!」

「組分け帽子は千年に一度の大失敗をしてしまったに違いない」

「ええと、ホグワーツが創立されたのが993年だから……創立以来の大失敗ってことね」

「大袈裟だな」

「でもアメリアがスリザリンとかありえないもの、それくらい言いたくなるわよね!」

 

 ジェームズがどこからともなく現れて会話に参加し、アメリアの組分けに対する不満をぶちまけていた。クリスマスのときに組分けについてもう不満は言わないとアメリアには言っていたが、それでもこうして声高に叫んでしまうほど、ジェームズは組分けに納得がいっていなかった。ジェームズは身振り手振りを加えて、大演説を始めた。

 

「考えてもごらんよ! 今、ここに! アメリアがいて! 『今日の夕食おいしかったね。明日は何が出るかな?』とか『ここがわからないの? いいよ、一緒に復習しよう』とか言ってくれる日常を! スリザリンの連中は毎日この想像が現実になってるっていうのに、どうして僕たちが指を咥えて我慢しなきゃいけないんだ!」

 

 ジェームズの言葉に皆は表情を固めた。そして徐々に口惜しさが滲んできたようで、ラピスに至っては先ほどまで抱きしめてぐしゃぐしゃにしていた羊皮紙をちぎり始めた。

 

「僕だって『ジェームズ、お手本見せて』とか言ってもらいたい!」

 

 ジェームズはおいおいと泣く仕草をした。ジェームズは妹であるアメリアを心底大切に思っている。小さいときから同じ屋根の下暮らしてきた彼にとって、八年間もろくに一緒にいられなくなったという現状は耐えがたいものだろう。皆は心底ジェームズを不憫に思った。そして……それほどまでに溺愛されているアメリアのことも。彼の熱の入った弁論を聞いて何人かの生徒は「組分け帽子は兄から逃してやるために彼女をスリザリンに入れたに違いない」と確信するに至った。

 あまりに煩いジェームズを見かねて、同じ悪戯仕掛人のメンバーであるリーマスがジェームズに声をかけた。

 

「ジェームズ、いい加減に落ち着いて」

「でもリーマス! アメリアは僕の……痛い痛い!」

「お騒がせしました」

 

 リーマスがジェームズの耳を引っ張り自室へと連れ帰ってようやく、アメリアに関する弁論は終わりを告げた。談話室が嵐の去った後のような静けさに包まれる。皆はジェームズの溺愛ぶりに微笑ましげにくすくす笑ったり、つまらない勉強を再開しなければならないとため息をついたりして、自身らが中断していたことに今一度取り掛かった。

 ペチュニアは無表情に教科書のページを一枚めくった。忘れ薬の原理について説明されたページだった。

 

 




ラピスさんは後にレズとして再登場します(ネタバレ……!)。
スニフくんもちょいちょい出てきます。

 

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