掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~ 作:カットトマト缶
レギュラスは勘弁してくれといった気持ちでサラダにフォークを突き立てた。隣ではダリアがチビチビとスープをすすっている。その落ち込んだ顔を見て、レギュラスは少し胸が痛んだ。
ダリアとアメリアが喧嘩をして六日が経とうとしていた。二人はまだ仲直りをしていない。ダリアはスリザリンの自覚がないアメリアの態度に理解を示さないし、アメリアは自分と他寮の生徒が仲良くすることに反対するダリアに怒ったままだ。最初の頃こそダリアはアメリアが謝るまで許さないといったスタンスだったのに、六日も経とうとしている今ではもう酷く落ち込んでしまっていた。レギュラスはそんなに落ち込むダリアに「アメリアのことなんて放っておけ」なんて言い放つこともできなくて、だからといってダリアに折れて謝ってこいなどと言うことも出来ず、足踏みしていた。アメリアはあれからスリザリン寮に帰ってこないので、ずっと他寮の生徒の自室に上がり込んでいるのだろうとレギュラスたちは思っていた。
レギュラスはスープしか口にしないダリアに、何か食べさせようと思って話しかけた。
「ダリア、このソースおいしいですよ」
「……食欲がないの」
「そう言って昼もサラダしか食べなかったでしょう。体調を崩してしまいますよ」
ダリアはレギュラスの説得に、ようやくサラダとスープ以外のものを口にした。レギュラスがおいしいからと勧めたソースのかかっているローストビーフ。ダリアはそれを少し食べてから、また小さくため息をついた。
「ねえレギュラス、私って間違ったこと言ってるかしら?」
「……グリフィンドールのことですか?」
「ええ……だって私たち、誇り高いスリザリンの生徒なのよ? グリフィンドールと仲良くするなんておかしいと思わない?」
レギュラスは確かにその通りだとは思ったが、意外にも肯定の返事は出てこなかった。心の奥底では、アメリアの言い分も理解できると思っているのだ。――自身の兄であるシリウスがグリフィンドールに所属していることが大きくかかわっている。レギュラスはそのことを自ら理解していた。
「ですが、彼女はポッターです」
「だから大目に見ろと?」
「……」
「そんなの絶対におかしいわ。それを言うなら、ポッターなのにスリザリンに入ったからこそ、自覚を持つべきなのよ。スリザリンに組分けされたということが如何に誇り高いことなのか」
ダリアは折れるつもりはないようだった。スリザリンであるということに絶対の誇りを持っているダリアがアメリアに謝るということは、つまりその信念を曲げるということ。それだけは絶対にしたくないと思っているのだ。
しかしそれではいつまでもこの関係は終わらないままだ。アメリアはスリザリンに帰ってこないで、ダリアはアメリアを気にしてろくに食事をとらず、レギュラスはそんなダリアを諌めたり慰めたりするだけ。
レギュラスはダリアにちらりと視線を向けて、すぐに前へと戻した。
* * * * *
ダリアとアメリアが喧嘩をしてから六日目の放課後、アメリアは今日も必要の部屋へ行くためにひと気のない廊下を進んでいた。それはアメリアにしては不自然なほどゆったりとした歩調だ。しかしアメリアと特に親しい人物がいないこの場所で、彼女にその疑問を投げかける者は当然いるはずもない。
階段を上って角を曲がったところで、足音がアメリアの耳に届いた。自分を誰かが速足に追いかけてくる。しかしアメリアは立ち止まらなかった。足音を発しているその人物は、アメリアの後ろまで来てほんの少しためらった後、彼女の肩を掴んで引き留めた。アメリアはようやく振り返って、少しわざとらしい仕草と声色で彼の名を呼んだ。
「……やあ、ブラック」
「……」
レギュラスはアメリアが呼びかけても、それに対して返事はしなかった。反応があるとは思っていなかったので、アメリアはそれに関しては何も言わなかった。
しかし彼がここにいるのには何か意味があるはずだ。アメリアだってそれを尋ねずにいるわけにはいかない。
「いったい何の用だい?」
「……本当はわかってるんでしょう?」
「……おおかた、ね」
アメリアは小さく、けれど隠すことはしないでため息をついた。
「言っておくけどね、私は折れるつもりはないよ」
「……」
「私は何も間違ったことを言っていないし、やっていない。どうして寮にこだわる必要がある? スリザリンもグリフィンドールも、お互いの良いところと悪いところを認め合うべきだ。君はそう思わないかい?」
レギュラスはそれまで無言だったが、ようやく口を開いた。
「あなたの言っていること、僕にも理解できないわけではありません」
レギュラスはアメリアから視線を逸らして言った。
「ですが、だからと言ってこのままでは何も変わらない。それはあなただってわかっているんでしょう?」
「……」
「あなたが折れなければ……あなた方はきっとこのままだ。ダリアは絶対に折れない。ダリアはあなたが折れるのを待っているんです」
「じゃあ、それに従って私の意思を曲げろと? 君はそう言っているんだね?」
「……そうです」
レギュラスは素直に肯定した。二人が自身の言い分を通そうとして折れないでいる今、アメリアがダリアに謝るということはそういうことだ。
「何もずっとグリフィンドールと関わるなと言っているのではありません。ダリアがあなたの言い分を認めて、互いの妥協点が見つかるまででいい。とりあえず、それが見つかるまで、ダリアの言葉に従ってくれませんか」
アメリアはそのレギュラスの言葉に、今度こそ驚いたような顔をした。
アメリアは明らかに眉を寄せて、レギュラスを訝しげに見た。
「君がそんなことを言いに来るなんて、正直意外だよ。だって君は……」
アメリアはその後の言葉を言わなかった。けれどいったいアメリアが何を言おうとしたのか、レギュラスにはもちろんわかっていた。互いが互いに嫌いあっていることなんて、二人は当然気付いていたのだから。
二人の間に流れる空気は険悪だった。どちらも心を許さない、そんな殺伐とした空気が二人を包む。しかしレギュラスはこのままずっと黙っていることはできなかった。
レギュラスは目を閉じて、何かを我慢している様子で言った。
「それを、ダリアが望んでいるんです」
彼が何を我慢しているのかは、もはや言葉にする必要もなかった。本当は邪魔で仕方がないと思っている相手を再びダリアに近づけさせるということが、いかに彼の意にそぐわないことなのか、当然アメリアにはわかっていたのだ。
アメリアは大きくため息をついて、肩を落とした。
「わかったよ」
「……本当ですか?」
「まあ……君がそこまで言うならね。確かに私も、ずっとこのままいるわけにはいかないって思っていたし……むしろ君が機会を与えてくれてよかったと思うよ」
アメリアは小さくため息をついて床に視線を落とした。その所在無げな雰囲気は、レギュラスに僅かながらであっても申し訳なさを感じさせるには十分だった。けれどレギュラスにとってもこれは最大級の譲歩であり、精神的な苦痛を考えれば、その申し訳なさを感じて小さくなるのはアメリアであるべきだと、彼はちらりと思ったが。
「先に戻っていて。私は荷物を取りに行くよ」
「……手伝いましょうか」
「気持ちだけもらっておくよ」
社交辞令だということをわかっていたアメリアはレギュラスの申し出を断って、彼にまた背を向けて歩き出した。
レギュラスはそのアメリアの背中をしばらく見つめていたが、自分も彼女に背を向けた途端に疲れがどっと押し寄せてきて、自身の置かれている立場に恨み言を言いたくなる衝動にかられた。
* * * * *
ダリアは寝室で読書をして暇をつぶしていた。いつも話を聞いてくれる友人たちはおらず、ダリアは珍しくも一人だった。まだ就寝まで時間はあるが、それにしても少々遅いし、何よりこの自分に退屈な思いをさせるなんて、という気持ちもする。その感情は次第に苛立ちへと変わっていった。しかし普段のダリアなら、退屈な思いをさせるなんてと不満には思うかもしれないが、それでも苛立ちを感じるほど彼女たちを理不尽な要求で責めることはしない。それにもかかわらず、ダリアが本を机に乱暴にたたきつけるほどの苛立ちを抱いてしまうのは、間違いなくアメリアに理由があった。
誰か談話室にいるかもしれないと思ったダリアは、足音荒く扉へと向かった。しかしダリアの足は扉を開けたところで止まってしまった。
「アメリア……」
「……」
そこに、アメリアがいたからだ。ダリアは久しぶりに、こんなにも近くでアメリアを見て何を言えばいいのかわからなくなった。
アメリアが足を一歩前へ進めたので、それに合わせるようにダリアは一歩後ずさりした。アメリアは部屋の中へ入ると扉を閉めて、ダリアと目を合わせた。その金色にも見える明るいハシバミ色の瞳が、ダリアの赤い瞳を捉える。ダリアは思わず目をそらしてしまった。
「謝る気になった?」
それは意外なほど意地悪な物言いだった。ダリアはこんな言葉をこんな声で言ってしまった自分が信じられなかった。仲直りしたいと願っていたのはきっと自分の方だったはずなのに、こんな物言いをしてアメリアがどう思うか。しかし言ってしまった言葉が肺に戻ってくることなどありはしないのだ。
「ダリアは……」
アメリアは言いかけた言葉を途切れさせた。ダリアは名前を呼ばれて心臓が飛び出すのではないかと思ったが、決して悟られないようにと動揺を隠した。
「ダリアは、本当に私のこと好きなの?」
「……え?」
ダリアは思わず聞き返した。
「ダリアは私のこと、本当は好きじゃないんだろう」
「なんですって?」
ダリアはアメリアの言葉に怒りさえ覚えた。こんなにも自分をかき乱す人間はアメリア以外いない。それほどにダリアはアメリアを好いているし、大切に思っている。それを否定するアメリアの言葉は、ダリアをそれ以上ないほど怒らせ、傷つけた。
「あなた、私を疑っているの?」
「……」
「この私がこんなに大切にしてあげてるのに、どうしてそんなことを言うの? あなたこそ私のこと好きじゃないんじゃないの?」
「……」
「何か言ったらどうなの!」
ダリアが声を荒げる。口をつぐんでいたアメリアの表情が徐々に怒りに変わっていった。その様にはダリアもはっとして、怒らせたのだと恐怖さえ抱いた。
「ダリアはずるい!」
「な、なにを……」
「いっつもそうやって、なんでも思い通りになると思ってるんだ! 私が謝るに決まってるって、私が君の言うことすべてに従うって!」
「アメリア……」
「悔しいよ……結局、私は耐えられなかったんだ……君のいない生活に……」
ダリアは心臓を鷲掴みにされたような気がした。アメリアの瞳には涙が滲んでいて、その悔しそうな表情が嫌に印象的だった。
アメリアは表情豊かな人間だった。それは怒った顔であったり拗ねた顔であったりと様々で、けれどいつだってそこには優しさがあった。そして最後には、絶対に笑顔を見せてくれる。しかし今の彼女の顔は今までのものとは違う。心の底から悔しく思っている顔。やさしさなどない。気遣いなどない。彼女の本心がそこにはあるように思った。
「なんでわかってくれないんだって突き放して、この一週間私はスリザリンじゃない友達と一緒だった」
「……」
「だけど……――楽しくないんだ」
ダリアの心臓は少しずつその鼓動を速めていった。
「心の底から、笑えないんだ。皆が話しかけてくれても、一緒に勉強してるときも、いつだって……心のどこかで、君のことを考えてる自分がいる。今何してるかなとか、魔法薬学の予習うまくいってるかなとか、食事はしっかりとってるのかなとか……――私のこと、考えてくれてるかな、とか、そんなことばかり、考えて」
ダリアは息苦しくなった。この一週間、自分はそんなこと少しも思っていなかった。どうして自分の意をくんでくれないのか、どうしてスリザリンとしての自覚を持ってくれないのか、そんなことばかりを考えて……アメリアの気持ちに思いをはせることなど一度もなかった。けれどアメリアはいつだって自分のことを思ってくれていて。ダリアはそんな自分が恥ずかしかったし、悔しかった。けれどそれ以上に、そんなにもアメリアが自分を思ってくれていたことを嬉しく思ってしまった。
「ダリアの前でグリフィンドールの友達と話してても、ダリア、一度だってこっちを見てくれなかった」
そう、ダリアは意図的にアメリアを見なかった。自分に逆らうアメリアを見ていたくなかったのだ。意地を張って、決してアメリアを視界に入れないようにとしていた。
「君が止めに来てくれるんじゃないかって……嫉妬してくれるんじゃないかって、期待してた自分に気づいて、私は……」
ダリアはもう苦しくて息をすることもできなかった。――喜びだった。今ダリアの胸に溢れている感情は、アメリアがそんなにも自分を思ってくれていたことへの喜びであり、そんなアメリアへの愛しさだった。
アメリアはダリアを抱きしめた。その腕は意外なほど華奢で、弱々しくて、けれど火傷しそうなほど熱い思いが込められていたようにダリアは感じた。
「意地張ってごめん。私の一番はダリアなんだって、痛感させられただけだった。仲直り、してくれる……?」
ダリアはアメリアの背に自身の手を回した。それだけでダリアの気持ちはアメリアに伝わった。アメリアは少し身体を離してダリアに顔を見せた。その表情はとても嬉しそうな笑顔だった。
「ダリア、ごめんね」
「いいのよ。こうして帰ってきてくれたんだもの」
アメリアはまた嬉しさで顔を綻ばせた。
「グリフィンドールの皆とは……距離を置くよ」
「……ええと、そうね」
ダリアは言葉を濁した。アメリアは少し不思議そうな顔をしてダリアの顔を覗き込んだ。ダリアは顔を少し赤くして、そっぽを向いて言った。
「まあ、あなたと話せなくなるのはかわいそうだわ。私のこと一番に思ってくれるなら、話くらいはしてもいいわよ」
ダリアの素直じゃない物言いに、アメリアは小さく笑った。
* * * * *
「ようやく仲直りしたんですね」
翌日、レギュラスがダリアとアメリアを見てそう言った。二人は嬉しそうな顔で笑っている。レギュラスはとんだ災難だったと内心大きなため息をついた。以前のようにまた笑顔で会話に花を咲かせる二人に、レギュラスは意外なことに嫌な感情は抱かなかった。それよりも厄介ごとが片付いた安心が大きかったのだ。レギュラスはダリアとアメリアをあまり仲良くさせたくないとは思うものの、喧嘩して険悪な雰囲気になるくらいだったらずっとそのまま仲良くいてほしいと思ってしまうのだった。
雨降って地固まる、ってね。
「あれ、なんかおかしくない?」って思った人、その通りです。