掌握 ~アメリア・ポッターとホグワーツ魔法魔術学校~   作:カットトマト缶

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06-01 喧嘩

「さあアメリア、あの人に言ってあげて!」

「頑張ってー!」

「違うわよ! 応援してどうするの!」

「そんなこと言われても……」

「言ってあげなさいよ! 『無様に負けてしまいなさい』って!」

「ええっと……」

 

 アメリアはしどろもどろに言葉を濁した。ダリアの言っていることは、アメリアにとっては実に難しいことであろう。それを知っているにもかかわらずダリアが、そして周りの者たちがアメリアに強要しようとしているのは、彼女の兄であるジェームズ・ポッターにクィディッチで負けろと言えということだった。アメリアは自身の兄の初陣を祝うことも許されないのかと苦笑いしている。

 空中を旋回して観客たちにアピールをしていたジェームズが、そんなスリザリン生たちの事情など知ったことではないと言わんばかりにアメリアの方へとやってきた。

 

「アメリア見ていてくれ! 僕はきっと、誰よりも早くスニッチを見つけ出して手にしてみせるよ!」

「うん、応援し――」

「ちゃだめ!」

 

 アメリアの言葉を遮ってダリアが叫んだ。ジェームズ・ポッターはダリア含めるスリザリン生に追い払われて、ブーイングしながらフィールドへと戻っていった。

 

 間もなくして試合が始まった。イースター休暇を目前に控えたこの季節、肌寒さが残るはずの気候なのに会場は熱気に包まれていた。このホグワーツにおいて知らぬ者はいないと思われる悪戯仕掛人のリーダー、ジェームズ・ポッターが試合に初参加するのだ。そしてその試合の相手がグリフィンドールと犬猿の仲であるスリザリンとくれば、盛り上がらないはずがない。ジェームズの妹であるアメリアは、スリザリン生にこれでもかというほど応援するなと言われていた。

 

「ほらあなたたち、私の分も声を出して!」

「ええ。……先輩頑張ってー!」

「その煩いハエを撃ち落とせ!」

 

 ダリアが取り巻きたちに応援しろと指示を出す。彼ら彼女らは言われるまま、声が枯れそうになるまで大きな声で叫んだ。ダリアはハラハラとした顔で試合を見ているが、自分が声を張り上げることは決してしない。声が枯れるまで叫ぶなど、リドルのすることではないという考えが彼女の中にはあるらしい。アメリアはダリアが皆に「もっと頑張って」と言うのを苦笑いで見ていて、そんなアメリアをレギュラスは横目にちらりと見て、また視線をフィールドに戻した。……ちなみに取り巻きの一人が叫んだ「煩いハエ」とはジェームズのことである。

 

 レギュラスは空を飛び回る選手たちを見て、何とも言えない感情を抱いた。今すぐ走り出してしまいたいような、体の芯が疼くような、そんな衝動を抱かせる感情だ。レギュラスは清々しいほどに晴れ晴れとした青空と、その中を縦横無尽に飛び回る緑と赤に胸を焦がした。――僕もあんなふうに――。

 そこでレギュラスの思考は途切れた。赤いユニフォームを着た誰かが目にもとまらぬ速さで目の前を横切ったからだ。そしてそれを追うように緑のユニフォームを着た選手が飛ぶ。そしてほどなくして、風を切って飛んでいた彼は金色のスニッチを手にフィールドを旋回し始めた。

 

≪試合終了! スニッチをとったのはグリフィンドールのジェームズ・ポッター! グリフィンドールに150点が加算されて……170点差でグリフィンドールの勝利です!≫

 

 そのアナウンスを、スリザリン生の面々は苦々しい気持ちで聞いていた。しかしレギュラスだけは少し違う心境だった。

 

 * * * * *

 

「もう信じられない! あなたってスリザリンとしての自覚がないの!?」

「もちろん自覚はあるよ。だけどそれとこれとは話が別だ」

「全然別じゃないわ!」

 

 ダリアは興奮しきってアメリアに怒涛の勢いでお説教している。あの後ジェームズにハイタッチを求められてそれに応じたのが、とうとうダリアの逆鱗に触れてしまったようだ。アメリアは何度も悪かったよと謝るが、彼女は交友関係に関しては謝るだけで行動を改めないため、それが本心だとは思ってもらえないらしい。

 

「もうグリフィンドールを応援しちゃだめよ!?」

「えっと……ああ、うんわかった」

「どうわかったっていうのかしら?」

「グリフィンドールじゃなくてジェームズを応援――」

「何にもわかってない!」

「いてっ」

 

 ダリアはカンカンに怒ってアメリアの背中を思い切り叩くと、レギュラスに言って座る場所を入れ替えた。いつものように3人掛けのソファにダリアを真ん中にして、アメリア・ダリア・レギュラスの順で座っていたのだが、ダリアはアメリアから離れるためにレギュラスを真ん中に移動させた。口を膨らませてソファの肘掛にもたれかかるダリアに、レギュラスは内心何をするんだと言いたくなった。

 アメリアが身を乗り出してダリアの手を握る。レギュラスはぎょっとして上半身をやや後ろに倒した。

 

「ダリア怒らないで」

「アメリアなんてグリフィンドールと仲良くしてればいいんだわ」

「そんな……」

 

 アメリアはレギュラス越しにダリアに話しかける。ダリアはフンと鼻を鳴らして、レギュラスの淹れた紅茶を飲んだ。アメリアはダリアのカップを持っていない手を握って、もちろんスリザリンとしての自覚はあるよともう一度弁明するが、ダリアはそっぽを向いたままだ。

 アメリアとダリアはお互いのことで手いっぱいらしいが、手を握ろうと身を乗り出しているアメリアがバランスをとるために手をついている場所はレギュラスの膝の上だ。――思えばこれが、アメリアがレギュラスに初めて触れた瞬間だった――レギュラスはアメリアが自分に初めて触れたことに内心酷く動揺していたが、顔には微塵もそれを出しはしなかった。

 

「ポッター、重いですどいてください」

「え? ああごめん。……でもブラック、ダリアも酷いと思わないかい?」

 

 レギュラスはいきなり話を振られて返答に困った。ダリアはアメリアに目を向けて口を膨らませる。

 

「私は確かにスリザリン生だけど、ジェームズの妹なんだよ? 兄の初陣くらい祝ってもいいと思わないかい?」

「……」

「でもジェームズ・ポッターはグリフィンドールだわ!」

「ジェームズはグリフィンドール生である前に私の兄だ。グリフィンドールを応援してくれよって言われたのを断ってジェームズを応援するにとどめたのに、そんな言い方ってあるかい?」

 

 レギュラスは雲行きが怪しくなってきて、密かに冷や汗をかいた。

 

「じゃあなに? あなた、私が悪いっていうの?」

「悪いとは言ってないよ、ただどうして聞き分けてくれないのかって思うだけで」

「この私に意見するつもり!?」

「しちゃいけないかい? 私だって一人の人間だ、自分の考えだって持ってるさ」

 

 レギュラスは自分を挟んで意見をぶつけ合い始めた二人に頭を抱えたくなった。ここにきて喧嘩か? レギュラスは取りあえずアメリアを落ち着かせようと思って口を挟んだ。

 

「ポッター、あなたの考えも一理ありますが、スリザリン生の前でわざわざ敵のルーキーを応援することもないでしょう? 少し落ち着いてください」

「じゃあ、君も私が一方的に悪いって言うのかい?」

「そうじゃありません。ダリアも、ポッターがこうだっていうのは前からわかっていたことでしょう?」

「じゃあレギュラスはアメリアの肩を持つって言うのね!?」

「そうじゃありませんったら」

 

 レギュラスはいったい自分は何をしているのだろうと思った。何が悲しくて好きな人と嫌いな人の仲を取り持たなくてはならないのか。

 

 これは明らかに非日常だった。レギュラスがアメリアのことを多少なりとも庇ったことではない(確かにそれもレギュラスにとっては含まれることだが)。ダリアとアメリアが喧嘩をするということがだ。今までダリアがアメリアの態度に不満を漏らしたことは幾度もあった。しかし今回のことが今までと違っていたのは、ダリアの言い分にアメリアが意見したことだった。今まで二人が喧嘩しないでいられたのは、ダリアの言うことにアメリアが逆らわなかったからだ。だからダリアは、ひたすら謝って自分の機嫌を直そうとするアメリアを結局は許して、それで二人は仲直りをすることができた。ところが今回は、アメリアがダリアの機嫌を直そうとするどころか反発したものだからそうはいかなくなった。

 

「二人とも落ち着いてください」

「何よ何よ! じゃあアメリアなんてグリフィンドールになればいいんだわ!」

「どうしてそうなるんだい!? 私はスリザリンに入るべくして入ったっていうのに!」

「じゃあスリザリンらしくしたらいいじゃない! どうしてグリフィンドールと仲良くする必要があるの!」

「友達なんだから仕方ないだろう!」

「友達なんてやめちゃえばいいんだわ!」

「この……ダリアのわからず屋!」

「なんですって!? アメリアの頑固者!」

「頑固で悪かったね!」

 

 あろうことか、アメリアはそう言うと立ち上がって談話室を出ていってしまった。はじめその場にいた者たちはダリアを含めてぽかんとしていたが、ダリアが大きく鼻を鳴らして寮へ続く階段を下りていくと、その場には混乱だけが残された。

 

「あの二人が喧嘩なんて……」

「レギュラスさん……いったいどうすれば……」

「あなたたちも落ち着いてください」

 

 ――これは厄介なことになるな――。レギュラスは思ってもいなかった面倒事が降ってきて、とうとう頭を抱えた。

 

 * * * * *

 

 アメリアはスリザリンの談話室を飛び出してからしばらくの間、トボトボと湖のほとりを歩き回っていた。本当はグリフィンドールの談話室に行こうと思っていたのだが、クィディッチが終わった今、グリフィンドールは勝利を祝ってお祭り騒ぎだろう。そんな祝杯の席に参加するなんて、それこそダリアに怒られても仕方がない。そう思うととてもではないがグリフィンドールに行こうという気にはならなかった。そしてなにより、自分はジェームズを応援しただけでグリフィンドールを応援したわけではない。自分だってスリザリンが負けて悔しい思いをしていたのは本当だった。

 

 日が暮れてあたりはすっかり暗くなった。まだ四月にもなっていないこの季節、日が暮れると気温はすっかり下がってしまう。アメリアは寒くなってきたので帰りたいと思ったが、しかしダリアとは喧嘩をしたままだ。このまま帰っても気まずいまま。謝って機嫌取りでもすれば違うのだろうが、それではわざわざ喧嘩をしてまで自分の考えを押し通そうとした意味がない。アメリアにだって考えることがあるのだ。アメリアは折れるわけにはいかなかった。

 アメリアは禁じられた森に向かった。その足取りは酷く重い。アメリアは星がキラキラと輝いている夜空を見て顔をしかめた。そんなアメリアに、背後から声がかけられた。

 

「お前さん、こんな時間に何しちょるんだ?」

 

 アメリアは驚いたように目を見開いて、声の発信源を見た。そこにいたのは大きな、まるでクマと見間違えるばかりの大男だった。男はずいっとアメリアに顔を近づけて、ひょいっと服の襟を摘み持ち上げた。アメリアの足が宙に浮いて、アメリアはぱちぱちと目を瞬かせた。

 

「もうすぐ就寝時間だぞ、こんな時間にうろついちゃなんねえ」

「友達と喧嘩しちゃって、帰れないんだ」

「喧嘩? そんなもん謝ったもん勝ちだ」

 

 男はそう言って肩をすくめた。アメリアは「そうはいかないんだよ」と小さく呟いて、しゅんとした顔をした。すると男は何を思ったのかは知らないが、アメリアを下ろして手招きした。

 

「ちょうどええ、久々に茶でも飲もうかと思って湯を沸かしとったんだ。お前さんも来い」

「いいの?」

 

 その質問に男は言葉を濁した。こんな時間に生徒を校舎へ帰さないで招くのは、本当はあまりよろしくないからだろう。アメリアは素直にありがたいと思ったので、それ以上は言わずにその男についていった。男は禁じられた森の入り口すぐ手前にある小屋にアメリアを招き入れた。アメリアはこの小屋の存在を知っていたが、まさか人が住んでいるとは思っていなかったので少し驚いたようだ。

 

「俺の名前はハグリッド。お前さんは?」

「アメリア。アメリア・ポッター」

「ポッター? 驚いた、ジェームズの妹か?」

「ジェームズを知ってるの?」

「知ってるも何も、俺はジェームズが禁じられた森に入らないようにするために一日の半分を費やしているようなもんだ」

 

 それとシリウスもだな。そう言う男……ハグリッドに、アメリアは合点して頷いた。そう言えば二人が「森番に見つかった」と以前に言っていたような気がする。生徒が禁じられた森に入らないようにしているのだろう。

 アメリアはハグリッドに促されて椅子に座った。大きな椅子だったので座ると足がぶらぶらと宙に浮く。こんなにも大きな部屋にいると、自分が小人にでもなったかのようだ。

 アメリアはハグリッドが淹れてくれた紅茶を一口飲んで、思わず顔をしかめた。

 

「ハグリッド、香りが飛んでしまってるよ」

「ん? ああ悪い、茶葉が古かったかもしれん」

 

 アメリアは呆れてその茶葉というやつを見せてもらった。古いうえに保存状態が悪い。おまけに淹れ方が上手ではなかったので、ちっともおいしくない紅茶になってしまったのだろう。アメリアはいつもレギュラスやダリアが実家から送ってもらっている高級茶葉で淹れた紅茶を飲んでいたので、ハグリッドの淹れた紅茶はちっともおいしいと思えなかった。

 

「ちょっと貸してハグリッド。私が淹れる」

「お、おう」

 

 アメリアはハグリッドからポッドを受け取った。茶葉に魔法をかけてポッドに入れ、お湯の温度をまた魔法で調節して注ぐ。アメリアがカップに注いだ紅茶は、ハグリッドの淹れた紅茶とは色から違っていた。ハグリッドは久しぶりに嗅いだ紅茶らしい香りに、表情を明るくした。

 

「お前さん紅茶淹れるの上手だな」

「ほぼ毎日淹れてるからね」

 

 アメリアはそう答えると自分の淹れた紅茶に口をつけた。ダリアやレギュラスの茶葉で淹れた紅茶の足元にも及ばないが、これはこれで悪くない味だとアメリアは思った。

 

「それで、喧嘩したんだって?」

「ああ……私はスリザリンなんだけど、他寮の友人と仲良くするのを友人が許してくれなくてね」

「リドルのことか」

「知ってるのかい?」

「俺だってホグワーツにおるんだ、少しくらい生徒のことも知っちょる」

「それもそうか。……最初はジェームズのことを応援するなって言うのに反対していたのに、いつのまにかその話になっちゃってさ。それで喧嘩しちゃったんだよ」

 

 ハグリッドはカップに入っていた紅茶を飲みほして小さく唸った。アメリアはおかわりを淹れてやって(ハグリッドにこのカップは小さすぎる)、自身ももう一口紅茶を口に含んだ。

 

「トム・リドルは他寮の生徒にも優しかったがなあ」

「え? そうなのかい?」

「おう。トム・リドルは俺の4つ上の先輩だったんだがな、誰にでも平等に優しいって評判だった」

 

 アメリアは思わぬところでトム・リドルの知り合いに出会って驚いたようだった。アメリアはトム・リドルのことについてもっと知りたいと言って、ハグリッドに話の続きを促した。

 

「トムは本当にいいやつだ。俺がここで働いていられるのもやつのおかげだ」

「どういうこと?」

「俺はホグワーツで飼育禁止の動物を飼っとったんだ。そいつが逃げ出して、俺は危うくアズカバン送りにされるところだったんだが、トムがそいつを捕獲してくれてな。おまけに俺のことを擁護してくれて……ダンブルドア大先生もそれに賛成してここに置いてくださることになったんだ」

「へえ、トム・リドルってやっぱり偉大な人なんだね」

「ああ。それでトムは特別功労賞を受賞して……」

 

 ハグリッドはトム・リドルについていろいろな話をしてくれた。在学中は誰にでも平等に優しい優等生だったこと、魔法に秀でていたこと、主席だったこと、彼のことを嫌っている生徒なんてきっと一人もいなかったこと、そして……スリザリンの血を継いでいること。アメリアは新聞では知ることのできなかったトム・リドルに興味津々だ。

 

「今でもハグリッドはトム・リドルと交流があるの?」

「ああ、やつがホグワーツに来たときは少しだけここに立ち寄ってくれるんだ。大臣になってからはなかなかホグワーツまで来られんみたいだが」

 

 アメリアは相槌を打って、はたと気が付いた。

 

「ハグリッド、今何時?」

「あ? ここに時計はねえ。だがそうだな、おそらく就寝時間を1時間ほど回ったころだろう」

「ああ、しまった」

 

 アメリアは額を押さえた。今から帰ったのでは、監督生か教師に見つかって罰則をくらってしまう。本当は眠れる場所を就寝時間が来るまでに見つけておかなければならなかったのだが、思いのほかハグリッドとの会話が弾んでしまったのだ。

 ハグリッドは困った顔をしている小さい女の子を見て少し考えるそぶりを見せた。

 

「ここは汚らしいかもしれんが寒さはしのげる。ここで眠るといい」

「え? ここで?」

「いやか?」

「まさか! でもいいのかい? 匿うようなことして」

「なあに、昔トムが俺にしてくれたことに比べたらずっと小さなことだ」

 

 ハグリッドはそう言って笑った。トム・リドルの話をしていたのでそうたとえたのだろう。アメリアは少し迷ったようだったが、ハグリッドの提案に甘えることにした。アメリアはハグリッドがくれた二枚のブランケットのうちの一つをベッドの横に敷いて、それに魔法をかけた。するとブランケットはフカフカのマットになってしまった。アメリアはもう一枚にも魔法をかけてフカフカの布団にすると、あっという間に快適な寝床を準備してしまった。

 

「お前さん……本当に魔法が上手だな」

「そうかい? ありがとう」

「まるでトムみたいだ」

「まさか、大げさだよ」

「いいや、お前さんはきっと偉大な魔女になる。トムと肩を並べるほどのだ」

 

 ハグリッドに興奮気味言われたアメリアはありがとうとしどろもどろに答えた。それからまた二人は少しだけ話をして、アメリアが眠そうに目を瞬かせた頃、眠ることになった。アメリアは自分に清めの魔法をかけると、ハグリッドにおやすみと言って布団の中にもぐりこんだ。

 

 * * * * *

 

 アメリアは目を覚ますと、見慣れない景色にぎょっとした。しかし勢いよく上体を起こしたところで、ここがどこだったかを思い出した。昨晩行くところがなくてさ迷っていた自分を、ハグリッドという大男が匿ってくれたのだった(言い方はいささか大げさだったかもしれない)。

 アメリアは起き上がると清めの魔法で顔と口の中を綺麗にし、ベッドに目をやった。ハグリッドはいない。アメリアは寝過ごしただろうかと不安になって外に出た。

 外に出てアメリアはほっと息をついた。どうやらまだ起床時間になったぐらいか、それより前の時間帯のようだ。草木にのる朝露がそう物語っている。アメリアは早朝独特の、そのみずみずしい空気を胸いっぱいに吸い込んで深呼吸した。そんなアメリアを発見したハグリッドが、大きな声であいさつをした。

 

「おう、起きたか、おはよう」

「おはようハグリッド」

 

 ハグリッドは畑の作物に水をやっていた。その野菜たちは普通のサイズよりずっと大きくて、アメリアは興味深げにそれを観察した。ハグリッドはそんなアメリアの様子に気をよくしたのか、野菜を大きくする方法を得意げに話し始めた。

 

 ハグリッドが用意した朝食を食べ終わると、アメリアは校舎へと戻ってきた。しかし困ったことに、バッグは自室に置きっぱなしだ。取りに行ってもこの時間では誰かに鉢合わせてしまうし、最悪ダリアと顔を合わせることになってしまう。アメリアはダリアに謝るつもりがなかったので、それは避けたかった。仕方なくアメリアは図書室へ行って教科書をいくつか借り、それをもって大広間へとやってきた。

 大広間に入ってきたアメリアを目敏く見つけて声をかけたのは、グリフィンドールのスニフだった。

 

「やあアメリア、おはよう」

「おはようスニフ」

「朝から本なんて抱えてどうしたんだ? ……それ教科書?」

「ああ。鞄が無くてね。手で持って移動していたんだ」

「どうして鞄が?」

「うーんと……ダリアと喧嘩しちゃってね。寮に帰っていないんだ」

「ええ!? 君それじゃあ昨日は……」

「しー! 教授にばれたら大変だ! ……それで教科書だけ図書室で借りてきたんだよ」

 

 アメリアの言葉にスニフが驚いた声を上げた。広間にいた何人かがアメリアたちに顔を向ける。アメリアはスニフに静かにするように言って、隣に腰かけた。スニフが一緒に食事をとっていた友人たちもアメリアにあれこれ質問し始めて、アメリアは困ったように眉を下げた。

 

「それで、だれかハンカチか何か貸してほしいんだけど」

「いいけど……何に使うっていうの?」

「この教科書をこうして一日中持ち歩くのは骨が折れるだろう?」

 

 アメリアはグリフィンドールの友人であるラピスからハンカチを貰って笑った。ラピスが首をかしげるのににこりと笑って、アメリアはそれに魔法をかけた。するとハンカチは形を変え大きさを変え、シンプルなバッグに変身した。

 

「ええ!?」

「ああ、使い終わったらちゃんとハンカチに戻して返すよ」

「驚いてるのはそこじゃないわ!」

 

 アメリアは魔法が上手だとは思っていたが、まさかこんなことも出来るなんてと友人たちは驚いた。ハンカチを別のものに変えることはそれほど難しいことではないように思えるが、それを無言詠唱でやってのけたことには驚かざるを得ない。少なくとも友人たちはそう思った。

 

「驚くことかい? 教授は机を豚に変えたよ」

「でもあなたまだ一年生だわ」

「便利な魔法だから覚えておこうと思っただけだよ。役に立ってよかった」

 

 そう言って笑うアメリアにラピスやスニフは少し頬を赤くして、アメリアってやっぱりすごいと呟いた。

 

 * * * * *

 

 アメリアはバッグをソファにおいて、大きく背伸びをした。そしてベッドに倒れこむと、ふわりと香ったお日様の匂いに懐かしさを覚えた。

 アメリアは家出二日目からはこの部屋で寝泊まりすることになった(家出という表現はふさわしくないかもしれないが、ホグワーツ生にとってはこう言うのが最もわかりやすい)。ここは兄のジェームズが教えてくれた「必要の部屋」だ。利用者の望む部屋に姿を変えるらしく、自室に帰るに帰られないアメリアがここを訪れると、必要の部屋は実家の自室へと姿を変えた。冬休みに帰ったばかりのはずなのに、なぜかとても懐かしく感じる。母親が外に干してくれたときの布団から香る陽の優しい匂いが、アメリアを優しく包んでくれた。

 アメリアは仰向けになって天井を見上げた。白い天井。その色とは正反対の色をした髪をもって、窓の外から差し込む夕日よりずっと深い色をした瞳を持った少女のことがふと脳裏をよぎる。アメリアは目を閉じて勢いよく寝返りを打つことで、それを打ち消した。

 どれほどそうしていただろう。もう窓からは明かりが差し込まなくなって、部屋には湖の底を思わせる冷たい沈黙が蔓延っていた。ダリアと喧嘩をして早くも五日。この一人きりの空間で、アメリアは夕食も取らずにただベッドに寝転がっていた。

 

 


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