東方予知夢伝 作:鏡餅
「それじゃあ出て行くね。」
早苗は暗くなった部屋で、洸の顔をじっと見つめて言う。
既に時計の短針は、2を過ぎており深夜だった。
洸は目を閉じ寝息を立てて、静かに寝ている。
「じゃあね。」
湿っぽいのをできるだけ避けたかった彼女は、出来るだけ洸との思い出を思い出さずに音を立てずに部屋を出ると、階段を駆け下り玄関の前まで来る。
「お別れかぁ、ごめんね洸ちゃん.....」
玄関の上のLED照明の明かりを見ながら、彼女はボソッと呟いた。
やはり、最後の挨拶を言わずに行ってしまうのは気が引けたのだろう。
彼女は玄関の扉をグッと掴み扉を開ける。
が、
その手は、誰かの手によって阻まれてしまった。
そっと後ろを振り向くとそこには、寝ていたはずの洸が立っていた。
「えっ?洸ちゃん?」
少しだけ驚いた彼女は、玄関の扉をゆっくり閉めると、彼の方に顔を向ける。
湿っぽいのは嫌いなのに...彼女はそう思いながら彼の顔をジッと見た。
暗闇のせいであまり見えないが。
暫くお互い何も喋らなかったが、洸が口を開いた。
「これ、買って来てたんだあげるよ。」
洸はそう言って赤色の花と、緑色のカエルの髪飾りが入った箱をあげる。
早苗はゆっくりと口を開く。
「彼岸花.....と、髪飾り?」
早苗は暗闇の中まじまじとそれを眺めると、髪飾りを髪につけ花をそっと胸のポケットに刺した。
そして、洸の方を見て言う。
「あ、ありがとう。」
洸は軽く頷くと、早苗の背中を押す。
そして、
「行ってらっしゃい、『また』、会おうな。」
『また』そんな言葉に少しだけ目頭を熱くしてしまうが、早苗は振り向いて、出来るだけ笑顔で言った。
「うん、『また』ね。」
早苗は洸に気づかれないように声を押し殺して、涙を流し玄関の扉を開けた。
キキキ...と少しだけ古い音がして、ゆっくりと扉が開く。
満月の光が少しだけ部屋の中に入り、早苗の頰を伝った涙が白く光る。
そんな涙を洸は気にせず、目をギュッと瞑り、早苗の少しだけおぼつかないような足取りを押し背中を最後まで見届けた。
背中が見えなくなっても、日が開けて来ても早苗の行った方を見続けた。
そしてもう見えない早苗に対してゆっくりと洸は呟く。
「なぁ、早苗知ってるか?彼岸花の花言葉は、
『また会う日を楽しみに』なんだってよ。」
洸は目の淵に涙をためてそう言った。
登って来る朝日が彼を照らし、またその涙を照らした。
彼は様々な思い出を思い出し、外なのにも関わらずただ無数の涙の粒を流していた。
これが、彼の幻想郷入りするきっかけの前置きである。