東方予知夢伝 作:鏡餅
第一話 それぞれの思い
「この町から、出て行く?」
そう、緑色の長い髪をした女の子に尋ねる男の子は、
夜行 洸≪やこう こう≫。
彼は高校一年生になったばかりだ。
「うん...ごめんね洸ちゃん...」
そうしょんぼりとした顔で、茶色の髪をして癖毛のある男の子に謝る女の子は、東風谷 早苗≪こちや さなえ≫
彼女もまた、高校一年生になったばかりだ。
「いや、そんなしょんぼりしなくてもいいけど...何かあったのか?」
洸はそう言いながら、早苗の顔を覗き込む。
「洸ちゃんには、もう会えないかもしれない...」
早苗は、そう言うと洸に見られないように顔をそっと下げる。
すると、洸は早苗の頬を優しく引っ張って言った。
「な〜に、しんみりしてんだよ。いつものお前らしくないぞ。」
洸はそう言うが、彼の顔からは何処か悲しげな表情が読み取れた。
「洸ちゃんだって嫌なくせに...」
早苗は、少しむすっとすると、そっぽを向いた。
そんな早苗に洸は言う。
「あぁ、もちろんいなくなって欲しくはないよ。幼馴染だしな。
でも、俺は、早苗の意思を尊重したいからな。」
洸は笑顔でそう言うと、身支度を始めた。
早苗はそれを見てどうしたのだろう?と 思うが、そんな事を気にしないように洸は言った。
「さ〜ってと、明日から出るんだよな?じゃあ最後の日ぐらい早苗の家に泊まらせてもらうか。」
「え!?ちょっと待って!な、何でそう言うことになるの?」
「最後だろ?何だ?見られたくないものでもあったか?」
「いや、別にないけど。」
早苗はそれだけ言うと、心配そうに聞く。
「本当に...いいの?」
「あぁ。最後だからな...」
洸は分かっていたかのように、少しだけ寂しく言うと、一週間前の夢のことを思い出していた。
夢の中でも、早苗に別れを告げられたのだ。
会えない。と。
行くぞ。洸はそう言うと、早苗の手を引っ張り、玄関を開ける。
そんな洸に早苗は少しだけ、嬉しさを抱いていた。
洸の手は、暖かくなにより優しさを感じられる。
そんな手にもっと触れていたいと思う早苗。
そんな事をしてる間にも時間は過ぎていた。
〜〜〜〜〜
東風谷 宅
「って言っても親いないから入るの楽だよな。」
洸はそう言いながら、お邪魔しまーす。とだけ言った。
早苗と洸は昔、親を事故で亡くしてから二人で高校生まで支え合って来た。
周りからは、付き合ってるんじゃない?などの噂はあったが、洸にそんな気はなく、兄妹みたいな感じだった。
「洸ちゃん昼ごはん作ろっか?」
少しだけ、考え事をしている洸に早苗はそう尋ねる。
洸は顔を上げ、早苗に聞く。
「あれ?早苗って料理できたっけ?」
そんな少し馬鹿にしたような質問に早苗は、少しだけ慌てて言う。
「で、出来ますよ!洸ちゃんよりは上手にできます!」
そう慌てながら言う早苗を見て、少しだけ笑う洸。
この時間が、ずっと続けばいいのに...そう思いながら二人は料理を作り始めた。
「あ、早苗。これ賞味期限切れてないか?」
「あっそうですね。でも一日前ですし、大丈夫でしょう。」
やっぱり、町を出て行くことは、大分前から考えていたんだな。
相談してくれてもいいのに...
洸はそう思いながら、「そうだな。」と言った。
その後も二人は調理をしていき....
「「完成!!」」
二人はそう言って軽くハイタッチをする。作ったのは、豚汁とお浸しと炊き込みご飯。
昔、運動会の徒競走でもハイタッチをしたな...と、思い出す洸。
「それじゃ食べよっか」
早苗はそう言って洸に炊き込みご飯をよそう。
「はい。」
「ん。」
何処かの夫婦みたいだったが、そんな事はもう当たり前に近かったので、何も照れずにテレビをつける洸。
「「いただきまーす。」」
ご飯を食べている二人だが、どちらも口を開こうとはしなかった。
部屋に聞こえるのは、テレビ番組の漫才の声だけ。
すると、その沈黙を破るかのように、早苗は言う。
「洸ちゃん、あ〜ん」
早苗は、お浸しを箸で掴むと、洸の口に向ける。
流石の洸も、これには少しだけ戸惑い、頬を赤くして言う。
「ばっ、馬鹿、いきなり何言うんだよ。」
「やっぱり洸ちゃんらしいね。でも、ほら あ〜ん。」
少し笑う早苗に、洸は諦めたかのように早苗の出して来た箸に口をつける。
「どう?」
「お、美味しいな...」
今まで、早苗をそんな風に見ていなかった洸は、少しだけ照れたように顔をそらして言う。
すると、洸もお浸しに箸をつけ、早苗の口にそれを見せる。
「ほら、あ、あ〜ん。」
「あ〜ん。」
早苗はそれを躊躇することも無く、食べると洸の方を少し笑ってみる。
「洸ちゃんもまだまだだね。」
「何で競ってるんだよ...」
そう言いながら、昼ごはんを食べる洸と早苗であった。