衣服とは、一体何のために身に着けるものなのだろうか。
素肌を隠すためだろうか、あるいは皮膚を防御するためだろうか。
誤解のないよう言っておくが、別に俺が裸族万歳主義者なわけでは断じてない。仮に他の人が来ないことが確約された部屋に居るとしても、裸になるような趣向は持ち合わせていない。
そもそも、夏場はまだしも、それ以外の時節において裸というのは、普通に寒くないだろうか。あれか、その趣向を貫くために、文明の利器を惜し気もなく使用すればいいという考えだろうか。
全くこれだからブルジョア共は。冬場だろうと電気代の節約のために、衣服を着込んで毛布を被るだけで寒さをしのぐ者の気持ちになるべきだ。破産してホームレスになればいい。滅べブルジョアジー。
……話が逸れた。
何故衣服を着るのか。極論で言えば、そういう時代だからだ。全裸で闊歩する人間は変態かつ犯罪者。その認識で通っているし、実際捕まる。
服を着るという文化が生み出され、それが当然となり、裸が恥ずかしいという認知が浸透する。そういった過去からの積み重ねが、今の服を着る文明と結び付いているのだと言える。
どうしても全裸で暮らしたいのなら、紀元前あたりにタイムスリップする装置でも開発するがいい。跳べ、裸族!
とは言え、捕まるから仕方なく服を着ている、などと考えている者は少数派だろう。今となってはお洒落、いわゆる娯楽としての意味合いが強い。
では、お洒落とは何ぞ?
その問いには全身全霊、自信を持って御答えしよう。
――知るか、ヴォケ。
そんなものは人それぞれだ。人の好みは千差万別と言う。例え他の誰が見たとしても、ゴミをモチーフとした前衛的なファッションに見える服装だとしても、本人がお洒落な格好だと認識する限りにおいて、それはお洒落となるのである。
……だが、何事にも限度というものはある。
例えば。そう、例えば。あくまで仮の話ではあるのだが、やたらと露出の激しい格好の女性が居たとしたら、その人には露出癖があるのだと思われたとしても、仕方のないことではないだろうか。
いや、別に誰か特定の人物を指しているつもりはない。あくまで仮の話だ。
ここで問題なのは、そんな露出の激しい格好の女性が知り合い、尚且つ、その人自身はどう考えても露出癖のあるような人物ではないと思われる場合だ。
この条件の場合、やはり誰かが指摘するべきなのだろうか。それとも、眼福だぜ! と敢えて指摘することなく、男としての欲望に従うべきだろうか。
この難題を前にして、俺は悩んだ。
それはもう、某女性の隊長に相談してしまうくらいには悩んだ。
その時、その隊長も同じことを考えていることを知り、様々な協議を重ねた。
――結果、指摘することに決まった。
当然の流れと言えば、当然の流れと言える。
女性の隊長を前にして、チラ見できる下乳と短いスカートを無くす可能性があるのは惜しいなどとは、口が裂けても言えない。
そんなことをすれば、間違いなく女性の大半を敵に回すはめになる。軽蔑されることは確実だろう。
俺に冷たい視線を向けられて興奮するような性癖がない以上、それを口にする勇気もないのだ。
……何度も言うようだが、別に誰か特定の人物を指しているつもりはない。
そういうわけで、二人の協議の末に余計なお世話であろうことは重々承知しつつも、一応指摘してあげようと話が纏まったわけだが、どちらが指摘するのかでまた話し合いが行われた。
男性からは言い辛いのでは? とは隊長の談。
いやいや、男性からだからこそ、露出が激しいという言葉に説得力が生まれるのでは? とは俺の談。
なんだかんだの話し合いの末、指摘は俺がすることに決定した。決め手は説得力。 ……何かの標語ではない。
方法は既に考えてある。
至極単純、二人で任務へ行き、そこで伝える。単純明快、シンプルイズベスト! 文句は受け付けないのだ。
やると決めた以上、俺は必ずこの任務をやり遂げてみせる。今まで誰も触れてこなかったあの秘境に、踏み込んでみせる!
……しつこいようだが、別に誰か特定の人物を指しているつもりはない。
つもりはないが、敢えて身近な人物を例に挙げるとするのなら、それは――。
――名前がアから始まる、ロシア人の女の子かもしれない。
◇◆◇
朝。
それは、生きている者全てに等しく訪れる1日の始まり。その日も、いつもと代わり映えのしない朝だった。
ただ1つ、いつもとの違いを挙げるとするのならば、俺の瞳に宿る確固とした意思の炎が、燃え盛っていたことだろうか。
今日、俺はかねてよりの作戦を決行する。
――オペレーション『ブレイク』。
果たして破壊されるのは、男たちの欲望か、はたまた俺の社会的尊厳か。あるいは、ターゲットの認識か。
何れにせよ、この作戦を決行すれば、何かが破壊されるのは免れない、はず。
しかし、退くという選択肢は有り得ない。ここで踏み出すことを恐れて立ち止まってしまえば、俺はきっと、もう2度と踏み込むことは叶わないだろう。世界の意思的な何かに邪魔されて。
ラウンジでムツミちゃんと談笑をして朝食を摂りながら、協力者が誘導する手筈となっているターゲットの到着を待つ。
ターゲット、アリサ・イリーニチナ・アミエーラ。
実際目にして実感したことだが、あのあざとさMaxの下乳は目のやり場に困る。ついでに極端に短いスカートは、任務中の動き次第で容易に下着が見えてしまう。
見せパン? 見せパンなの?
そんな格好でいるにも関わらず、彼女には特に恥ずかしがっているような様子は見受けられない。思わず痴女なんじゃないのかと疑ってしまった俺は悪くないと思う。
周りの人間も、アリサがそんな格好でいることに違和感を感じていないのか、スルーしているのかは不明だが、何か言うわけでもない。
――いや、おかしいだろ。
確かにさも当然の如くあの格好をしているアリサもどうかとは思うが、誰か一人くらい指摘してあげろよ。
談笑する傍らでつらつらと思考を重ねていると、ラウンジの扉が開く。
――来たか。
協力者であるユウちゃんがターゲットを連れてくる。朝食を一緒に食べるなどという自然な建前の下、その実は任務への同行を取り付けるための誘導。
入ってきたユウちゃんと一瞬の視線の交錯。
――後は任せた。
――任せておけ。
そんな意思の疎通がなされ、ユウちゃんとアリサが席へと座る。さも今気がついたかのように挨拶を交わし、二人が朝食のオーダーを頼んだタイミングで俺は立ち上がった。
再びのユウちゃんとの視線の交錯。
――仕掛ける。
――了解。
オペレーション『ブレイク』を、ここに発動させる――!
「アリサ、少しいいか?」
「アルテラ? いいですけど、どうかしましたか?」
「ああ、今日の任務に同行を頼みたいんだが、頼めるか?」
などと聞いてはいるが、アリサに任務の予定がないことは、ユウちゃんからの情報で把握済み! 死角はない!
「ええ、いいですよ。他には誰を連れていくんですか?」
――何?
くっ、しまった……!! 俺としたことが、目先の目的に集中するあまり、この手の返答は予想していなかった――!!
しかし、既に退路はない。
ならばここは――押しきる!!
「いや、二人でだ」
「二人で、ですか? アルテラの実力は知っていますが、確実を期すためには他にも誰かを連れていった方が――」
「いいや! ……アリサと二人でなくては、意味がないんだ。俺は、アリサと二人で行きたいんだ。 ――駄目か?」
「あ、え、ええっ!?」
肩をがっしりと掴み詰め寄る。この際、多少の羞恥心やら何やらなど全て度外視だ。重要なのは、二人で行くという言質をとること。
アリサが顔をほんのり朱に染めておろおろしていることなど、些細なことだ。ユウちゃんがじとっとした視線を向けてくることも、些細なことだ。
さあ、言質を寄越せアリサ!
視線をアリサの目から外すことなく、真面目くさった表情を崩さない。頭の中では、どう言いくるめるかを検証していた。
「えっと、その……」
どう出る……? 出方次第では、ユウちゃんを巻き込むことを視野に入れるべきだろうか。
果たして、その考えは良い意味で裏切られる。
「駄目じゃ……ない、です……」
赤くなった顔を逸らし、ぽしょぽしょとそう答えたアリサの姿が可愛かったせいか、不覚にもときめいてしまったが、それよりも言質をとった達成感が勝った。
その達成感に酔いしれて、にやけてしまいそうになる口許を無理矢理微笑みのレベルで押さえつける。
「そうか、良かった。ありがとう」
「――っ、いえ……」
よし、これで傍目から見れば、快い返事を貰えて安堵した笑みが溢れた、かのように見えるはず。
アリサに見えないようにユウちゃんに向けてサムズアップをすると、呆れたような溜め息を吐かれた。
……分かってる。分かってるから溜め息はやめて。
どう見ても、任務という名の色気のないデートに誘ってるようにしか見えなかったって言いたいんだろう?
いや、うん……。
――選択肢間違えた。
誰だ、人生ノリと勢いとかほざいた奴は。
若干の後悔をしつつ、ラウンジを後にしてヒバリさんの元へと逃げた。
フォローは任せた、ユウちゃん!!
◇◆◇
つい先日のことだ。
アルテラが真剣な表情で私の部屋を訪ねてきたのは。何やら相談事があるらしい、とのことだったので部屋にあげることにした。
そして部屋に招いた後で後悔した。思い返してみれば、部屋に男性を入れたことなど1度もない。つまり、なんというか、落ち着かない。
自分の部屋に居るというのに、むしろ緊張する。
何か変なものとか置いてなかったかな……? 片付けとかちゃんとしておいたよね……?
それとなく部屋を見渡し、憂いを取り除いていく。一通り確認したところで、ふと気付く。
――あれ、これアルテラと二人っきりだ。
途端に恥ずかしさが込み上げてきて、顔に熱が集まる。
ヤバいヤバいヤバい!? 何で考えなしに部屋にあげちゃったんだ私!?
そんな焦る内心を誤魔化すために、用件をさっさと聞くことにした。
「それで、相談って?」
「ああ、その……」
「――?」
アルテラにしては珍しく、歯切れが悪い。その事から、言い辛いような相談なんだと察すると、動揺が収まってきた。取り乱している場合じゃないよね、うん。
「アリサのことなんだが……」
「……アリサ?」
……何だろう。別に、何か期待していたわけではないのだけれど、何かちょっと面白くない。そのせいか、返答がそっけない感じになってしまった。
「それで? アリサがどうしたの?」
「……その、ユウはおかしいと感じなかったのか?」
「……? おかしいって、何が?」
あれ、何か思ってたのと違う系統の相談っぽい……? てっきり、
……何にホッとしてるんだろう、私。
「アリサの服装、というか格好というかだな……。ああ、いや、ハッキリ言うと、露出が激しすぎないか? アリサのあの格好は」
「――! やっぱり、アルテラもそう思った? 誰も触れないから私がおかしいのかと思っちゃうところだったよ」
思考の渦に呑まれる前に、アルテラの声で引き戻される。今は思考よりも相談の方を優先することにした。
それで何かと聞いてみれば、アルテラも私と同じく、アリサが露出しすぎだと考えてる派の人間だったようだ。それを指摘するべきか迷ったから、同部隊の隊長である私に相談したと。
……真っ先に私の所に来たってことは、それなりに信じてくれてるってことだよね。そう考えると、胸の辺りが温かくなったように感じる。
――ってそれよりアリサだ。
確かにあの格好はいただけない。惜しげもなく胸を晒すなんて、全くあの子は何を考えているのやら。同性の強みを生かして、あの服と胸との隙間に手を突っ込んでやろうかと考えたのも1度や2度ではない。
あれ絶対下着つけてないよね。いや、下着つけてたらそれが丸見えになるか。そもそも、下着が見えるような格好をしなければいい話なんだけど。
とにかく、アルテラという同志が見つかった以上、もうこれは、いよいよあの服装に触れるべき時が来たということではないだろうか。
それから議論を交わし、アリサに対してどう言葉を伝えるべきか、何時それを伝えるか等々の事項を決定させ、議論は終了。アルテラは自分の部屋へと帰っていった。
……お茶の一杯くらい出せば良かったな。
アリサの話で気を紛らわせることが出来ていたけれど、緊張があったせいで気が利かなかったことを反省してその日は眠った。
そして時は現在へと戻る。
「ほえー。だ、大胆ですね、アルテラさんって」
一通りの遣り取りを見ていたムツミちゃんが感想を溢す。それを聞いたアリサは「あれってやっぱりそういう……?」等とぶつぶつと呟くと同時に、ますます顔を赤くする。
……どうするのこの状況?
完全に丸投げされた現状に、頭を抱えたくなる。 ……後でアルテラにはお詫びをしてもらおう。
アルテラの目的を知っている私としては、そういう意味じゃないよ、と言ってしまおうか悩む。でもそれで何か不確定要素を増やすのは本意ではないし。
それに……。
――何か、面白くない。
別にアルテラにそういう意図がないことは分かっているけれど、それでも何か面白くない。だから、うん。
自分で何とかしてください、アルテラ。
私は知らない。何も見てないし何も聞いてない。アルテラの目的なんて知らないから、フォローとか出来ない。仕方ないね、うん。
……あ、でも、アルテラがアリサに服の事を伝えることが決まった時から、心配に思ってることが1つだけあったんだった。
――アルテラって半裸だから、若干説得力に欠けてないかな。お前が言うな、的な。
うん、まあ……頑張って、アルテラ。
私は知らないけど!