「お、来たね。初めまして、私、楠リッカ。神機の整備してるんだ。君はあんまりお世話になることはないかもだけど、とにかくよろしくね。あ、敬語とかはいいから気軽に接してくれると嬉しいな」
「了解した。アルテラだ、よろしく頼む。サカキ博士に言われて来たのだが、この剣を調べる、でよかったか?」
「うん。と言っても、その剣を貸してくれれば後はこっちで勝手に調べるから、君は休んでくれて大丈夫だよ。明日には返せると思うから」
「分かった。刀身には触れないよう、くれぐれも気を付けてくれ」
様々な機器が並ぶ実験室のような場所。そこでは二人の人物による会話が行われていた。
……まあ、俺とリッカなんだが。
ラウンジでの騒動の後、改めてアナグラを案内してもらい、それが終わるのを見計らったようなタイミングでサカキ博士からの呼び出しを受けた。
第一部隊の面々は任務があるとのことで、その場でお礼を言って分かれた。
……しかし一日に二度も任務があるとは、少しハード過ぎないか? 愚者の空母の調査の任務が早く終わったからかもしれないけど。
ともあれ、第一部隊と分かれた俺は再び支部長室へ。そこで軍神の剣を調べたいから貸してくれないかという打診を受けた。確かに、神機に適合する必要なくアラガミを討伐できる剣を解析できたならば、今後に大きく貢献するだろう。そう考えて――半ば無理だろうと確信しつつも――特に問題はないと判断したため、要請を快諾した。
するとリッカに話は通してあるから、今から向かってくれという、明らかにこちらが快諾するのを見越していたであろう展開の早さで現在となる。
糸目ェ……。断っても絶対あの手この手で調べようとしただろあの人。
そして今更ながら思うが、これで軍神の剣の解析ができてしまい、量産でもされようものなら、冗談抜きで世界が終わる。
なんと、世界を終わらせるのは人類だったのか。
まあ、無理だろうけど。……無理だよね? 解析とか不可能だよね? ……ヤバい、ちょっと不安になってきた。
「オッケー。それじゃあ、貸してもらうね」
「ああ、それでは俺は失礼する」
だがここで空気を読まずに「やっぱ無理」とは言えずに、結局渡してしまう俺の意思の弱さよ。仕方ないね、空気は大事だからね。なにせ空気を嫁と言う人が居るくらいだからね。
もしもの場合は解析データを秘密裏に破壊しよう。うん、それがいい。……この物騒な考えができるならなぜNOと言えな(ry 。
その後は特に何があるわけでもなく、一通りアナグラの職員に挨拶をしてから、新人区画に割り当てられた自分の部屋へと戻った。
体に疲れを感じていたわけではないが、精神的には疲労していたのか、ベッドに横になると自然と眠気が襲ってきた。
素晴らしい。ベッドとはこんなに気持ちのいい物だったのか……。開発した人を表彰すべきだ。国民栄誉的なあれで。
そんな思考はさておき、外ではまともに横になって寝ることもなかったので、久々の気持ちのいい感覚に身を任せ、俺のアナグラ初日は幕を下ろしたのだった。
◇◆◇
頬を撫でるような感覚。これは――風だろうか。部屋の中に居る筈の自分が風を感じるという違和感に目を開く。
暗い。真っ暗というわけではなく、先を見通すことのできる程度の暗がり。
時折、風が吹き荒び、髪を靡かせる。
「ここは……」
知っている。この景色を、この場所を。
未明の荒野。どこまで見通しても、あるのはそれだけ。とても静かで、そして――とても寂しい場所。
「――待っていた」
声に振り向く。俺と同じく、白い髪、褐色の肌。それと――宝石のような紅い瞳。
「
――ああ、そうだ。
この景色は、彼女の心象風景。あるいは精神世界。そして俺の目の前にいる彼女こそ、俺のよく知るアルテラその人なのだ。
「アルテラ……」
なぜここに? 何の用件で? どうやって?
疑問は沸々と沸いては消えていくが、それを尋ねるよりも早く彼女は言葉を続けていく。
「お前も、
理解している。ここはアルテラの精神世界。そして同時に――俺の心象風景でもある。
「そうだ。中身が違うというのに、ここは同じだな。何もない。どこまで行ったとしても、何もありはしない。夜が明けることもない。空っぽだ」
視線を明後日の方向へと向けて彼女は語る。その視線を辿っても、どこまでも続く荒野があるだけだ。誰も居なければ、何があるわけでもない。
ああ、全く――。
――彼女の言う通りだ。どれだけ戦おうとも、アナグラに迎え入れられようとも、俺にはまだ、何もない。それを何よりも、この景色が証明している。
「だというのに、お前はなぜ戦おうとする。私のように選ぶ自由が少ないわけでもないというのに、なぜ進んで破壊を求める」
……簡単なことだ。それは、わざわざ口にだすほどのことでもないくらいに、簡単なことなんだ。それを敢えて言葉にするのなら、そう。
「守るためだ」
「守る? アルテラであるお前がか? ……お前も自分で言ったはずだ。その体は、破壊する為だけの機能を有していると。お前がアルテラである限り、望むと望まざるとに関わらず、周囲に破壊をもたらす。そしてそれは、お前の言う守るものすら巻き込むだろう。それで何を守ると言うんだ?」
違う。確かに、力を振るったならば何もかもを破壊してしまえるだろう。それだけの力が、アルテラにはある。
だが、何を破壊するのか。それを選ぶのは、自分だ。力の矛先をどこに向けるのかは自分次第。だからこそ、守ることができる。
――破壊することで守れるものはある。
破壊は手段であって、目的ではないのだから。
「そのことを、お前は知っている筈だ」
「……矛盾しているな、どうしようもなく。破壊して守るなどと。だが……うん。そうだな。――悪くない答えだ」
そこで初めて、彼女は笑った。
――ああ、やっぱり。
言葉にするのも馬鹿らしいほど、彼女の笑顔は美しい。ただ、そう思った。
これが、ただの俺の妄想を限りなくリアルに近づけた夢なのか、それとも夢の中の現実なのかは分からない。
どちらにせよ、この夢が覚める前に彼女に言っておきたいことがある。自分の意思を固める意味でも、先程の彼女の言葉を否定する意味でも。
「アルテラ。お前はさっき、ここは夜が明けることはないと言ったな」
「ああ、そうだな」
「だが俺は、どれだけの時間がかかったとしても夜は明けると思う。いつか、この未明の荒野にも光が溢れるだろうと、そう思うんだ」
「……分かっているのか? 夜が明けるということは――」
「――分かっている。だけど、それでもこの何もない場所に光が射したなら、それはきっと、とても美しいものになる。……お前はもう、光を見ただろう? あの遥か遠く、そしてとても近い月の中で」
「……そうか。……そうだったな。お前は、全て知っているのだったな。お前の言う通り、私は知っている。あの温かくて、そして――とても輝かしいものを」
月での戦い。アルテラは遊星の尖兵として戦い、その結末としての消滅を向かえる筈だった。
どの過程を辿ったとしても消滅する、まさに運命と言うべき結末は、しかし一人のマスターによって覆された。
マスターとしては二流、三流。存在としては半分以下の、記憶すら残っていなかった者が、彼女を救ったのだ。
自分の未来を、存在を失ってしまうことを分かっていながら、それでもアルテラを想うささやかな願いのために、その全てを懸けた一人のマスター。
それはなんて――なんて、尊いのだろう。
分からないことばかりの中で、自分の信じたものの為に行動する。言葉にするのは簡単なことなのに、一体どれだけの人間がそれをできるだろう。
結果として、そのマスターはそれを成し遂げ、薔薇の皇帝によってアルテラの消滅は回避された。
今、目の前に居る彼女にあるのは、どの記憶なのだろうか。己のマスターと共に戦い抜いたものなのか、薔薇の皇帝の活躍によって消滅を逃れた時のものなのか、あるいはその全てなのか。
何れにせよ、彼女はもう、暗い夜を待ち続けてはいないだろう。
だからこそ言える。ここは、この場所は。
――俺だけのものだ。
光を知らず、未だ何も己の内に残っていない、残せていない空っぽの俺だけのもの。
「だから、お前は戻れ。自分の信じる者達の所へ。もう、ここはお前の居るべき場所ではないのだから」
「……そうだな。既に目的は達した。私は戻るとしよう」
背を向けて歩き去っていく
「お前は確かに
「――ああ」
そう言って薄く微笑んだ彼女は、二度振り返ることはせず、そのまま消えていった。
一人、荒野に残された俺は、星の明かりも見えない空を見上げる。風の音以外には何も聞こえない。
「本当に、何もないな」
呟いて、現状に思いを馳せる。
思えば、訳の分からないことばかりだ。これまで自分が居たであろう世界から、いきなりこんな終末世界に居たかと思えば、姿形も変わっている。
理由は不明。確認する為の情報もなし。つまり、考えるだけ時間の無駄。そんな割りきった思考で過ごしてきた。
実際、分かっていることなど、ここがどうやらGOD EATERの世界線っぽいということと、自分に戦いを行える力と思考が有るらしいことだけだ。
自分の事についてはともかく、ここがまんまGOD EATERの世界だと盲信するほど俺はボケてはいない。どこかで決定的にかけ離れている可能性はある。
とは言え、現状できることなどたかが知れている。直近の目標としては、信頼関係の構築と情報の収集といったところだろう。
結論。
――とにかくアラガミぶっ壊す。
俺のすることを一言でまとめるとこうなる。
そもそも、GOD EATERにおいてプレイヤーがすることなどアラガミをぶっ飛ばす以外に無いと言っても過言ではない。
戦備拡張? バレット? オマケだ。
ゴチャゴチャ言ってる暇があったらアラガミ狩ってこいゴミ虫どもが。そして人類に貢献しろ。
そんな感じの
……現状確認の筈が思考が逸れた。
とにかく、俺はただ戦えばいいだけだ。敵のことごとくを破壊し尽くして、自分の望む結末を引き寄せる。
そうすればきっと――。
◇◆◇
「ん……?」
眠りから覚める。何かの思考の途中だった筈なのだが、何だっただろうか。判然としないが、心は不思議とスッキリとしていた。
そう言えば、結局のところ、アルテラの言う目的とは何だったのか。その為に姿を現していたようだったが、聞きそびれてしまった。
推測なら幾らかはできるが、断言はできない。
だからここは、自分の都合のいいように解釈しておこう。そう、例えば――心配して様子を見に来てくれた、とか。
何だかんだでアルテラは優しいので、無くはない可能性だろう。それにそう考えておけば、俺の気分が良い。わざわざ自分からモチベーションを下げるような推測はしない。
それとどうして此方に干渉してこられたのかだが、これに関してはさっぱりだ。だがまあ、特別気にする必要のないことだろう。
なにせ――結局は夢なのだから。
身仕度を済ませると、軍神の剣の回収の為にリッカの元へと向かうことにした。正直、別に出向かずとも、その辺のものを軍神の剣にしてしまってもいいのだが、勝手にそれをするのもどうかと思うし、結果も気になるので出向くことにした。
◇◆◇
「さっぱり分からない」
別に、某教授の台詞を引用したわけではない。リッカの伝えてきた解析結果を一言にまとめるとこうなるだけだ。
要は、俺の不安など必要なかったというだけの話。当然と言えば当然だ。魔術のまの字もないようなこの世界で、神秘の塊を解析できるわけがない。
話によると、軍神の剣が在るという事象は観測できたものの、肝心のそれ以外の部分、構造、機能、素材などは全くの不明。正しく未知の塊らしい。
「お手上げだよ」と肩を竦めて軍神の剣を返してくれたリッカだが、技術者として何か刺激されたのか、どこか楽しそうな様子だった。
まあ彼女の心の内など俺の預かり知らぬところなので、勝手な憶測に過ぎないのだが。
何はともあれ、軍神の剣は返ってきたことだし、今日から改めてアラガミと戦う日々となるだろう。だがその前に。
「あ、お早うございますアルテラさん。今朝はどうしますか?」
――ムツミちゃんのご飯を食べなきゃ始まらないだろう?
夢に整合性を求めてはいけない。だって夢だから。