誤字報告、感想ありがとうございます。返信はしてませんがちゃんと見させていただいています。
――自分は一体何者か。
それは、転移・転生等の、今の自分とは異なった状況に陥った主人公が、よく自分に対して問いかけるものとして俺の中では認識されている。
以前はそんなことを欠片も考えてなどいなかっただろうにも関わらず、だ。
偏見だろうって?
だが現代社会に於いて、「一体自分は何者なのだ?」などと本気で考えているやつなど、重度の厨二病患者か哲学者、あるいは自覚なしという質の悪い厨二病患者くらいだろう。
……厨二病患者が2つあった気がするが、とにかくこの程度に絞れるくらいには存在しない。
そしてそれは同時に、自分が何者なのかを知っている者も居ないことを示す。
完全な偏見による私見だが、自分が何者かなど知っているやつは世の中に存在しない。居るとしたらそれは、人間ではないか、あるいは悟りを開いて欲望から解き放たれた覚者くらいのものだろう。
話を戻すが、つまりは自分が何者かなどという問いには、大して意味などないということだ。
勿論、そういった主人公達の問いには、現状を確認するという意味はあるだろう。また、その問いが自らの能力に関係しているというのなら、それを否定はしない。むしろ推奨する。
しかし、である。
それ以上を求めた場合、そこで得られるのは満たされた知識欲だけだ。
例えば、転生した人が居たとする。
その人が、自分が何処の誰なのかを知ろうとするのは当然のことであり、あって然るべき衝動だ。
だがここで、「ではなぜ自分は転生したのか?」と考えた場合、途端に時間の無駄となる。
なぜなら、それを知ったところで生きやすくなるなどのメリットがある可能性など無いに等しい。
そういった問いは、自分の感情を優先したものであり、合理的に考えた場合は考えるだけ時間の無駄という結論に達する。
考えてすぐに分かるのならまだしも、そうでないならば、考える時間と、それに対する報酬が釣り合わない。
少なくとも、俺はそう考える。
だからこそ自分がアルテラ(男)となり、GOD EATERの世界線にいるという、「訳がわからないよ……」な状態だとしても、何故こうなって自分は本当は何者なのかなど考えない。
それを俺は時間の無駄と切って捨てる。
不毛だと断じる。
――そんな事よりも遥かに大事なことがある。
「美味しい……君が女神様だったのか……!!」
そう、美味しいご飯の方がその何万、いや何億倍も大切な事なのだ――――!!
それに比べたら自分の正体など、ゴミ以下の価値もない。鼻で笑ってダストシュートしてやろう。
何が自分とは、だ。ハッ、馬鹿め。
そんな下らない事を考えている暇があるなら、俺は美味しいご飯を求めるね。
知ってるかい?ご飯って食べなきゃ死ぬんだぜ?
自分の事なんざ知らなくても死なない。死に繋がらない=優先順位は下。つまりはそういうことだ。
某魔術師の女の子も言っていたが、そういう悩みは心が贅沢だからできるんだ。
俺はこの美味しいご飯が食べられるなら、それ以外どうでもいいと言ってしまえるほどの単純思考だから気にしないし、気にならない。
ええ、貧相な心ですが何か?
1週間だけとはいえ、それこそ死に物狂いで食糧を求めた俺には分かる。美味しいは尊い、と。
きっとある程度の期間、飯まずを経験したことのある猛者なら分かるはずだ。美味しいご飯のなんと尊いことか。
これを知ってしまったら、もうあの頃には戻れない。戻るわけには……いかないんだっっ!!
なんならずっとこのラウンジに入り浸って、ご飯を作ってくれるロリっ娘のムツミちゃんに感謝を捧げながらご飯を食べたいまである。
……食べてばっかだな。
それはともかく現状を確認しよう。
あの支部長室での一件から後、アナグラの案内をそれとなく後に回し、何はともあれ飯だ!となってラウンジに到着した。
正直、クレイドルが成立していない時間軸で果たしてラウンジは、そしてムツミちゃんがいるのかは大きな不安要素だったが、支部長室に向かう前にラウンジへの扉があることは確認済み、内心大歓喜していた。
だが支部長室での会話を垂れ流しにしやがったことは許していない。おのれ糸目許すまじ。勢いでなんか言っちゃったことが拡散したじゃねえか。
お蔭でラウンジに来たらムツミちゃんに、格好よかったとか言われてちょっと嬉しかっ(ry じゃなくて恥ずかしかっただろうが。
……まあ、何はともあれ。
――――今日は死ぬほど飯が旨い!!
◇◆◇
支部長室で爆弾を落とされてから、どこかダウナーな雰囲気を纏わせていたアルテラだったが、それはラウンジに着いた途端に霧散した。
最近になってできたこの部屋は、アナグラ職員達の憩いの場であると同時に、まだ幼いながらも美味しい料理を提供してくれる千倉ムツミちゃんの職場でもある。
「歓迎会って訳じゃないけど、飯にしようぜ」
コウタのその言葉が切っ掛けだったか、彼は誰よりも早くムツミちゃんの正面の席を陣取ると、一言、静かに呟いた。
「ご飯を、作ってもらえないか……?」
暫し呆気に取られたムツミちゃんだったが、それを笑顔に変えると、大きく頷いた。
「はい!腕によりをかけて作っちゃいますね!」
ここで私たちも再起動を果たし、それぞれ席に座っていった。私たちとアルテラ、ムツミちゃんを加えた6人で和やかなムードでの談笑となっていたのだが、気の所為だろうか。
穏やかに微笑みながら会話をするアルテラの瞳が、爛々と輝いていたように思えたのは。その瞳が「早く、早く飯をっっ!!」そう訴えていたように思えたのは。
果たして、ムツミちゃんが最初に出したのはオムライスだった。その上にはケチャップで器用に「ようこそアナグラへ」と文字が描かれており、それを見たアルテラも嬉しそうに微笑んでいた。
そこからは、最早彼の独壇場だった。
「いただきます」
そう言って瞑目して手を合わせるアルテラ。そのまま停止したかのように10秒、20秒。
「あ、あの……?」
戸惑ったように声をかけるムツミちゃん。こちらに視線を向けるが、私たちも分からない。いや本当に。何してるのアルテラ?
そうして30秒経とうかという頃に彼はカッ!と目を見開くと、恐る恐るといった様子で一口目を口にした。ゆっくりと、味わうように咀嚼して、飲み込む。
そして放った第一声が――
「美味しい……君が女神様だったのか……!!」
これである。
「へあっ!?め、女神様?」
すっとんきょうな悲鳴をあげるムツミちゃん。私たちとしても何言ってるんだコイツ……。と言いたいところだったが、そこで彼が語った1週間のことを思い出す。
曰く、食べるものがなかった。
曰く、仕方ないから草を食べた。
曰く、木に生っているから木の実として怪しい物体を食べた。
そして曰く、恐ろしく不味かった。
生きるためだと自分に言い訳をして、噎せ返るような不味さも、不快な舌触りも、全て心を殺して許容した。例え謎の湿疹が出ようとも目眩が凄くて足元が覚束なくなろうとも、食べ続けた。
――だって食べなきゃ死んじゃうもの。
その様なことをどこか力の籠った様子で語っていた。
私たちの心は1つになっていたと断言できる。
――それ、毒じゃね?
――むしろ自分から死期早めてね?
怖くて言えなかったけれど。
ともかくそう考えれば、この過剰とも思えるほどの彼の感動のしようも、ある程度は理解できるように思える。
だけどそんなに女の子を凝視してはいけません。
失礼ですよアルテラ君。
アルテラは一口目からこれであるため、作った方のムツミちゃんとしてはとても嬉しかったようで、凝視されて戸惑いながらも満面の笑顔を浮かべていた。
当の本人はといえば、周りの会話も耳に入っていないのか、目尻に涙すら浮かべながら美味しい美味しいと呟きつつも凄い勢いで完食。
気をよくしたムツミちゃんが更に料理を作れば、それも再び美味しいとこれまた凄い勢いで完食。
この遣り取りが数度繰り返された。
見ている私たちはそれを微笑ましく思いつつも、なんだか見ているだけでお腹が一杯になってしまい、あまり箸が進まなかった。
それをアルテラに分けてあげたら、こちらが恐縮してしまうぐらい感謝して食べていたけれど。
「ご馳走さまでした」
再びの瞑目と柏手。そしてそこからの10数秒に渡る沈黙。短くなったのは長くやると迷惑になると自重したからだろう。いや、それにしたって長いけど。
それを終えると唐突に立ち上がり、右手を胸に添えて綺麗な所作でお辞儀をしてから、こう言ってのけた。
「とても美味しい料理をありがとうございます、ムツミ様」
――ムツミ様!?
どう考えてもサカキ博士より扱いが上だった。
「ええっ!?あの、ムツミ様だなんてやめてください!普通に呼んでくださって結構ですから!」
「そう、ですか? ……了解した。それではムツミ。料理、美味しかった」
「はい!お粗末様でした!凄く美味しそうに食べてくださって、私も嬉しかったです」
うん、本当に美味しそうに食べてたよ。少なくともこっちのお腹が一杯になるくらいには。
和やかな空気。
私たちは確かにそれを感じていた。
そう、この瞬間までは。
アルテラが爆弾発言をするまでは。
「そうか……。ムツミさえ良ければ、これから毎日君の作る料理が食べたい。いいだろうか?」
「はい!勿論でs って、え……?」
ピシリ、と。
時が、止まった。そんな音がした気がした。
――カランカラン。
誰かが食器を落としたような音がした。思わず周りを見渡す。誰もが唖然とした顔でアルテラを凝視していた。
当の本人は分かっていないのか、首を傾げている。
そして遂に――
「「「えっ、ええぇぇぇぇぇぇぇっっ!?」」」
「「何いぃぃぃぃぃぃぃぃぃっっ!?」」
5人分の絶叫が、アナグラに響き渡った。
「ちょ、おま、おおおおまー!?」
「おおお落ち着いて下さい!まだ慌てるような時間じゃありません!」
「お前が落ち着けアリサ!フォークを振り回すんじゃねえ!」
「それってけ、けけけけっこ―――!?」
「あわわわわわわ」
ラウンジは混沌とした様相を呈していた。
コウタはアルテラに震える指を突き付け、アリサは焦りのあまり手に持っていたフォークを振り回し、その被害をソーマが受ける。
ムツミちゃんは顔を真っ赤にして、その目はぐるぐると回る混乱の極みにあった。
かくいう私も、上手く言葉が出てこないくらいに取り乱していた。
だって「毎日君の作る料理が食べたい」って、それはつまり「毎朝味噌汁を作ってくれ」的なあのあれなあれってことでしょ!?
こんないきなりプロポーズなの!?
そういうのはもっと色々と段階を踏んで、ってそうじゃない!ムツミちゃんはまだ10歳にすらなってないんだよ!?
アルテラってロリコンだったの――!?
そんな私たちの動揺をよそに、アルテラは怪訝な目でこちらを見遣っていた。
いやこれ貴方の所為だから――!!
私の心の叫びを理解したのかしていないのか、怪訝な目を変えることなく、一人冷静に聞いてきた。
「何をそんなに騒いでいるんだお前達は」
あ、これ理解してないやつだ。
「いやお前の所為だから!!」
尤もなツッコミご苦労様ですコウタさん。
「だって、その、アルテラが言ったのはつまり、ムツミちゃんにプ、プ、プロ、プロポー、ってことじゃないですか!」
アリサは動揺し過ぎ!プロポーズって言いたいんだろうけどプロポー、までしか言えてないから!
「プロポー? ……ああ、そういうことか。誤解しているようだが、そういう意味で言ったのではない。
「えあっ!?い、いやいやいや!無いです!いつでも食べに来てください!」
いまだに顔の熱が引いていないムツミちゃんが、妙な反応をしながらもなんとか返した。
けど、なんだそういう意味か……。
紛らわしい言い方をするから勘違いしたじゃないか全く。私はしてないけど!
……ごめんなさい嘘です思いっきり誤解してました。ロリコンかと思いました。
全員がホッとしたような残念なような、なんともいえない感慨を抱いた。そんな中、アルテラがじとっ、とした視線を向けてくる。
「な、何かな?アルテラさん?」
「いや……。まさか自分が、会ったばかりの女の子にプロポーズするような奴だと思われていたとはな、と思っただけだ。他意はない」
他意はないならその視線やめて!?
……だが、ここで謝ってしまったら駄目だ。
謝るという行為は、自分から罪を認めた事になる。だから私は謝らない!なんとしても!
…………………………。
「ごめんなさい」
うん、無理。
だってアルテラの目から段々感情が消えていくのが分かっちゃうもん。普通に怖い。
というかなんで私だけ……?隊長だからですかそうですか。ちくせう……。
「全く……。ムツミ、誤解させて済まなかった。だが、ムツミまでそういうことを知っていたとは……。おませさん、というやつだな」
「はひぃ!?ごめんなさい!」
「いや、怒っているわけじゃないんだが」
顔の熱も引かず、混乱からも回復せず、おかんと比喩されたムツミちゃんが変な声をあげる子みたいになってしまっている。
ちょっと可哀想だけど――可愛い。
普段はおかんでも、やっぱりまだ幼い女の子なんだということを、こうして見ていると実感する。
年上の半裸の青年にからかわれる幼女。
あれ、こういう表現をすると物凄く危ない絵面に見えてきた。……とにかく、微笑ましく、そして珍しい場面だった。
「まあ、でも――」
ムツミちゃんの反応を見ながら、アルテラが悪戯っぽく目を細める。展開を察した私は、テーブルの下でそっと手を合わせた。南無三。
「ムツミのような料理の上手な女性なら、そうなるのも吝かではないな」
「…………へあっ!?」
どうやらまだまだムツミちゃんの顔の熱が引くことはないらしい。
いっそ憎らしいほどの綺麗な笑みを浮かべるアルテラと、茹で蛸のように顔を真っ赤にするムツミちゃんとを見て、私たちは顔を見合わせる。
視線を戻した時、その口許からは思わず笑いがこぼれていた。
ムツミちゃんの口調ってこれで良かったっけ……?
記憶が薄れているので違和感等感じるかもしれませんがお気になさらず。
ですが「どうしても気になる」「気になってしょうがない」という方は、最終手段の魔法の呪文を唱えてください。
即ち「これはそういう世界線」を。
筆者のなけなしの努力のようなものを灰塵に帰する必殺の呪文です。