異変が始まっていたことに気が付いた切っ掛けは何だったのだろうかと、神薙ユウは思考を巡らせる。
フェンリル極東支部――通称『アナグラ』にやって来た褐色の青年アルテラ。今では極東支部においては知らない者はいないほどに有名になった彼だが、彼が普段何処で何をしているのかを知っている者は少ない。
少ないとは言え、大抵はラウンジに入り浸ってムツミちゃんと談笑している事などは専らの者は知っている。そのせいで、一時期「奴にはロリコンの気があるんじゃ……」等という憶測が飛び交ったこともあるくらいだ。
尚、憶測を飛び交わせた元となった発言をした男は、後日その場に一緒にいた某第1部隊隊長に情報を売られて、アルテラから私刑『誤射姫と行く! 24時間弾丸ツアー! ~(背後から)ズドンもあるよ~』を喰らっている。
それはさておき、ここで問題となっているのはラウンジに居るとき以外のアルテラの動向である。これもまた、任務をこなしているという解答がすぐさま挙げられるのだが、時折、任務を受けているわけではないのにフラりと何処かへ消えていく事があるのだ。
サカキ博士の無茶振りという名の
ユウが確認したところ――
「確かに依頼はこなしてもらっているけど、そういう時はヒバリ君に連絡しているさ。つまり、ヒバリ君が知らないというのであれば、僕にも分からないね。 ……そもそもだけど、彼はきっちり依頼をこなしているのだから別に無茶振りというわけでは――」
つまるところ、知らないということだった。末尾の見苦しい言い訳は当然無視した。
では、とヒバリに確認をとってみるも、こちらも空振り。他のオペレーターも同じく。少ないのではなく、誰も行き先を知っている者はいなかった。
暇から生まれたちょっとした興味程度だったものが、わざわざ聞いて回っても成果が得られなかったという結果により、ユウは、もうここまで来たら意地でも突き止めてやると決意を新たにした。
しかし、誰も知らないとなると、取れる手段は必然限られてくる。いっそ本人に聞いてみようかとも思ったが、警戒されてしまっては元も子もない。
結果、ユウはアルテラを尾行することにした。
……尾行などと格好よさげな言葉を使っているが、そこに別段正当な理由がない以上、端的に言ってしまえばユウは――ただのストーカーだった。
暇があれば常にアルテラをこそこそと追い回し、アルテラがその日関わった人物に片っ端から情報を聞いて回る。文にするとその深刻さがよく分かる。
――此奴、アルテラの事を好いておるのか?
最早ヤンデレに片足を突っ込んでいると言っても過言ではない行動をとるユウに対して、そんな邪推をする輩がいたが、ユウの様子を見ると即座に考えを翻した。
彼女はまるで獲物でも前にしているかのようにギラついた目をアルテラに向けていたのである。目が血走っていたことも原因だっただろう。
1日や2日程度でこうなってしまった訳ではない。ユウは、任務を受けずに居住区の方へと出掛けたアルテラを何度も尾行した。
しかし、アルテラを尾行しているときに限って、毎回のごとく居住区の人間に捕まって話をするはめになったり、子供達と遊ぶことになったりとで、結局アルテラを見失ってしまっていたのだ。
一度や二度ならば偶然で済ませていただろうが、三度、四度、五度と同じパターンが繰り返され、そこに至って初めてユウは気が付いた。
――コイツら、アルテラの回し者か――ッ!?
偶然も続けば、それは得てして理由を持った必然となる。ユウは戦慄した。いつの間にか、アルテラは居住区の人間を支配下に収め、尾行を撒くためだけに顎で住人を使える権力を手に入れていたのだ――!!
アルテラを追い回すことに執心していた結果、ユウの知能指数は大幅に下がり、ブッ飛んだ妄想を真実だと思い込んでいた。アルテラにそんな権力などない。食料とお菓子で買収しただけである。
とうの昔にユウの尾行に気がついていたアルテラは、ユウを全力でからかうために無駄に力を入れて居住区の人間に根回しをしていたのだ。
そんなことは露知らず、アルテラをストーカーしていたユウは、一向に成果の上がらない自らの行動を省みることなく、それどころか余計に意地になって。しかし、結局何も分からないという負のループに段々と荒んで目が血走るという結果に至った。
極東支部の最高戦力の、周りからしたら意味不明な暴走。この騒動は、ツバキ教官の一喝で即座に決着がついた。怒られたのはユウ一人という、本人からすれば途轍もなく不本意な顛末である。
――くそぉ、アルテラめぇ、くそぉっ!!
説教中に恨み辛みを内心で吐き出していると、ツバキ教官は何かを察したのか、説教が激しさを増した。ユウの恨み節も加速した。
「――違う違う、これはただの私の黒歴史だ。うっ、思い出したせいで精神が削られた気がする……」
自業自得な記憶を思い起こして顔を顰めた後、頭を振って思考を再開させる。
――そう、アルテラの異変についてだ。
自分の暴走を思い出してどうすると、努めて記憶を頭の隅に追いやる。最近のアルテラの様子がおかしい、ということの切っ掛けを思い出そうとしていたのだ。
最近のアルテラは、コアの回収をまるで度外視しているかのように一人で複数の任務を受けると、任務外のアラガミに及ぶまで、尋常ではない数のアラガミを狩ってくるのである。
それは、ここってこんなにアラガミいたの!? と思わず声をあげてしまうほどだ。
サカキ博士がまたぞろ無茶振りでもしたのかと思いきや、本人も心当たりがないと不思議な顔をしていた。その後すぐに「研究素材が有り余って困ってしまうね」と喜色満面の笑みを浮かべていたが。
考える。いつから異変は始まっていたのか。心当たりは――1つしかなかった。
「うーん……。やっぱりこれ以外には考えられないな」
うんうんと一人頷いて回想する。
それはつい先日の事、アルテラが唐突にユウの部屋を訪ねてきた。彼は――これまた唐突に――土下座をしたのである。
曰く、前にロープでユウを縛って放置した際、どさくさに紛れて頭を撫でてすみませんでした、と。
返す言葉なぞ1つである。
――そっちなの!?
どう考えても人のことをロープで縛って放置したことの方が罪が重い。アルテラは常識人を謳っておきながら、どこかずれた男だった。
◇◆◇
唐突ながら、過去を振り返ってみたことはあるだろうか。記憶喪失でもない限り、まず間違いなく大抵の人はあるだろうと思う。
俺、過去は振り返らない主義なんだ……などとニヒルな笑みを浮かべるボーイも、今が楽しけりゃいいっしょ! とはっちゃける刹那主義的ガールも、一度たりとも過去を振り返らないなどということはないはずだ。
それはさておき、かく言う俺自身も過去を振り返ることぐらいはする。細かいことを気にしないのと、これまでを一切省みないのとは別の話である。
そんな経緯で――経緯もなにもないのだが――ふと、与えられた自室でこれまでのことを振り返った俺は、何かが足りないという感覚に陥った。
何が足りないのか? 更に思考を深めていく。
終末世界inサバイバル、宝具ぶっぱ、発見からの連行、事情聴取、ムツミちゃん、アナグラ生活、宝具ぶっぱ、ムツミちゃん、宝具ぶっぱ、ムツミちゃん、誤射姫、ムツミちゃん、似非拳法、ムツミちゃん、ムツミちゃん、ムツミちゃん……etc.
……なんか宝具ぶっぱしすぎな気がするな。今後は使用を控えよう。ここぞの場面に使ってこそだよね、やっぱり。
違う? ムツミちゃん多すぎ?
ムツミちゃんはアナグラの生命線だぞ! 毎日ムツミちゃんの料理を食べてるんだから多くなるに決まってるだろ! いい加減にしろ! むしろ思い出全部ムツミちゃんに塗りつぶされるまであるね。 ……あれ? 俺の中でのムツミちゃんの存在感強すぎ?
――思考が逸れた。足りないものの話だ。
これまでのアナグラ生活、そこでの人との関わり。様々な人と出逢い、命懸けの、しかし充実した日々を送ってきたわけだが……。
――足りない。
俺の心が満足していない。足りないのだと叫んでいる。現状に不満などない。しかし、そうではないのだ。不満でなくとも不足している。そんな矛盾が心の内に生じている。それを誰に求める訳にもいかず、故に心が欲している。叫んでいる。
――
そう、癒しだ。癒しが足りないのだ。圧倒的に不足していると言ってもいい。
アラガミとの戦いは文字通りの命懸けだ。喰うか喰われるか。破壊するか破壊されるか。故に。故に、である。
日常に癒しを求めて何が悪いか――!!
モチベーションの維持は重要事項だ。俺の場合、それが癒しだったというだけの話。癒しが全くないわけではない。アナグラの女性陣は美人であるし、俺も男であるからしてそこに喜びもあろう。だが違う。俺が求めているものとはベクトルが違う。
俺が求めているのは、アニマルセラピー的な、犬やら猫やらを撫でくり回すようなそんな癒しなのだ。後にカルビと命名されるカピバラが未だ捕獲……ではなく保護されていないことが悔やまれる。
アナグラの女性陣を撫でくり回すなど論外であるし――そもそもただのセクハラだ――、どこぞの見飽きたテンプレ主人公よろしく頭を撫でるなどはもっての他だ。まあ、ムツミちゃんぐらいの子供なら別にいいのではと思うが。
ユウちゃん、アリサ、エリナ、カノン、ヒバリさん、ムツミちゃん、ツバキの姉御。パッと思い付くのはこの辺りだが……。
少し考えてみよう。
ユウちゃん、アリサ、エリナ、カノン、ムツミちゃん辺りの人物なら、頼めば頭を撫でさせてくれそうである。戸惑いはするが、明確な拒絶まではないだろうと思う。思いたい。 ……そうならいいなぁ。
ヒバリさんもまあ拒絶はしないと思う……が、なんだかとても畏れ多い気分になるのはなぜだろうか。こう、自分が触れて汚してはいけないような気になる。 ……うん、まあ、ヒバリさんは女神だもんね(思考放棄)!
ツバキの姉御は駄目だ。論ずるまでもない。そもそものタイプが違う。というか俺にそんな度胸はない。いや、良い人だけどね? 頭に手を伸ばしたら流れるように背負い投げされそうだ。
……うん。ちょっと思い出してしまったが、以前にユウちゃんを縄で縛って放置するという鬼畜の所業を敢行した際に頭を撫でてしまっている。
何をやっているんだ俺は――ッ!? ……今からでも遅くはないはずだ。誠意をもって謝罪しよう。土下寝を披露することも吝かではない!
閑話休題。
要するに、俺はアニマルなセラピーをレシーブしたいのだ。 ……ろくろを回すと途端にアホっぽく聞こえてくるな。中途半端にかぶれてる感がすごい。
それはさておき。問題は、俺が求める癒しを実現するためには必要不可欠な存在が、こんな終末世界では見つかりそうにないということだ。
時期が来れば恐らくはカルビが確保されてくるだろうとは思うが、それがいつになるかは不明だ。つまりは――待てない。
故に考える。
――動物を見つけられる可能性は?
――見つかるまでに必要な時間は?
――そもそも本当に動物は生存しているか?
記憶を巡り、思考を廻し、そして至る。
――あぁ、なんだ。
考えるまでもなく、答えは簡単なことだった。動物というのならば、いくらでもいるではないか。
――
じゃじゃ馬などというレベルではなく、むしろ此方を殺しにかかってくるような奴等ではあるが、しかし動物である。誰が何と言おうと動物である。
アラガミをテイムすることができたならば、俺が密かに企んでいた「アラガミに乗ってアラガミを狩る」という計画が実現できるかもしれない。
やったね騎乗スキル! 出番がくるよ!
そうと決まれば話は早い。早速ヒバリさんから任務を受けまくらなくては――!
テイムするにあたって、アラガミに言葉はまず通じない。奴等は本能に従って動く獣。であれば、方法は一つ。
――本能に恐怖を叩き込み、屈服させるまで!
我ながらなんという脳筋っぷりだろうか。確実に極東に毒されている。まあ何はともあれ、待っているがいい獣共、と意気揚々と自室を後にした俺の口は、恐らく悪役風に歪んでいたことだろう。
取り敢えず、意気込みを一つ。
――さあ、皆でアラガミ、ゲットだぜ!!
なお、命の保証はない模様。
前話での感想で、決めポーズに関してありましたが、一応考えていただけで文にはしなかったものがありまして。
最後のライダーキック→決めポーズで軍神の剣を片手で地面に突き立てる→背後で死体蹴りの如く『
ええ、明らかにやりすぎなので自重しました。というかこんなことをしたら極東支部に風穴が空きます。また、オリジナルそのまんまなのも恐れ多いので、動きと台詞に関して微妙な変更点があります。
バク転→元は確かバク宙のはず
喰らいやがれ→元は懺悔しやがれ
何はともあれ、キャス狐が愛されているようで何よりです。もちろん私も好きですが。