神を破壊する大王(男)   作:ノラミミ

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 今こそ我々は思い出すべきなのだ。第1話の前文に、一体なんと書かれていたのかを。そこにはこうあった。
 ふと思いついたネタ。
 あまり深く考えないこと推奨、と。
 少し違うなどというツッコミはいらない。何が言いたいって? つまりはそういうことだ!

 と存分に保険をかけたところで本文へどうぞ。



神速・最

 

 瞬間的な加速と一瞬の交錯。

 

 その度に衝撃に耐えきれない大地は抉れ、甲高い剣戟の音が空気を震わせる。

 

「ハアッ!」

 

「Gaaa!」

 

 何度も繰り返されている交錯、その始まりは同時だった。アルテラが到着してから、互いの力を計るかのように暫しの睨み合いが続いていたのだが、エリナがその場から退いたことを合図に戦闘が開始された。

 エリナからは当然反発があったが、エミールをそのままにしておけないことを挙げて無理矢理納得させていた。あまり余裕が無かったために、強い口調になっていたこともエリナが退いた要因かもしれないが。

 

 知識としては知っていた。ハンニバル神速種。その名に違わぬ素早さで苦しめられたこともある。

 

 だが、と考える。

 

 画面越しのそれと、今相対しているものとは別の存在だ。知っていることは理解していることにはならない。

 全身に感じるプレッシャーが、チリチリと警戒を促す直感が、生を渇望する本能が。その全てが告げる。

 

 ――気を抜けば消えるのは自分の命(こちら)だと。

 

 そこまで至ると、アルテラはふっと口許を緩める。油断をしたわけではない。警戒を緩めたわけではない。ただ、思ったのだ。

 

 ――ああなんだ、いつものことだな、と。

 

 死の危険? 今更だ。

 

 元々、自分に力などない。全ては偽物であり借り物であり紛い物だ。ただ、状況を受け入れることだけが取り柄の凡人。 だからこそ、力があれど心の何処かにはいつも怯えがあった。なぜ、どうして? と燻る弱さが消えていなかった。

 

 とは言え、現状に至る経緯も理由も、考えれば考えるほどキリがなく、不確かで曖昧。記憶は正確か? 現実は確実か? 問いに対する解など持ち合わせていない。答えられるだけの根拠もない。

 

 であれば。

 

 全てが曖昧で不確かであるというのなら――

 

 

 夢の残滓が頭を過る。

 

 果てなき道。その道を歩む彼等彼女等。

 

 ――ああ、これなのだ。

 

 自分が戦う意味を、価値を、そこに見出だしたことを再認する。曖昧でも、不確かでも、信じられるものがあることを承認する。

 

 恐怖を忘れなくていい。疑問を消さなくていい。全てを呑み込んで戦場に立つ。それに値するものがあると知っている。

 

 だから――アルテラ()は、彼等彼女等のために、行く先の道のために戦え。

 

 ――うん、その為なら戦えるだろう?

 

 

 軍神の剣とハンニバルの炎剣とがぶつかり合って火花を散らす。一瞬の均衡の後、互いに弾かれ合って離れ、再び激突する。引力と斥力とが交互に発生しているかのような攻防が何度も繰り返された。

 

 攻防は視認速度を超越し、一人と一体の戦闘の激しさを、赤と三条の光の残像の軌跡が物語る。気絶したエミールの側から戦闘を見守るエリナは、その戦いを一瞬たりとも見逃すまいと(まばた)きも忘れて見入っていた。

 

 なんとか目で追えてはいるものの、詳細までは視認できない。訓練の時の速さですら全力ではなかったのかと、少々愕然とするものの、滅多に見れないレベルの戦いの前では些事だとすぐに切り替えた。

 

「先輩……」

 

 ふと口から洩れた言葉に、初めてアルテラと顔を合わせた時のことを思い出す。

 

 正直なところ、コウタがアルテラを任務に同行させると言ったときには余計なことをと思っていた。

 

 兄の影を追いかけて、その影に追い付きたくて。第1部隊に配属されることが決まったときには、これで少しでも近付くことができたと喜んだものだ。

 しかし、隊長はいいとしても同部隊の隊員はやたらと構ってくる自称兄のライバル。そこはなんとか許容して任務をこなしていったが、エリナは成長しているという実感を得ることが出来なかった。

 

 少しでも力をつけようと訓練に励み、時には時間の空いていたゴッドイーターに指導してもらったこともあった。だが、エリナがストイックに訓練を積んでいると決まって言われる言葉があった。

 

『まだ新人なんだから、焦ることはない』

 

 ああ、確かにその通りなのだろうと自身でも自覚していた。まだ配属されてから日が浅い自分は、新人の枠からは抜け出せないのだと。

 

 だが、それを言い訳に立ち止まることをエリナは許さなかった。

 

 新人だから? 日が浅いから?

 

 ――そんなことは関係ない(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 まだ自分は追い付けていない。追い越していない。なら、言い訳を考える間に少しでも強く。

 

 あの少しキザったらしくて、けれど優しさに溢れた兄の見ていた、感じていた景色を、『自分も』と願ったのなら。

 

 だからこそ、何故わざわざコウタがアルテラに助力を求めたのかが分からなかった。今でも十分に戦える。それに人数が少ない方が経験は積める。

 

 何より――どうせこの人も否定するのだろうと。

 

 その予想は的中し、任務終わりにエミールが沈む一騒動の後に同様のことを言われた。だが、エリナは否定された苛立ちよりも疑問が先行していた。

 

 アルテラの言葉は嗜めるような感じではなく、どこか挑発的な物言いだったからだ。

 表情は真剣そのもの。されど、自分を射貫く赤い瞳は何かを期待している。

 

 結局は感情に任せて反論をしてしまったわけだが、これまでの人達とは違い、彼は困ったような顔をせず、それどころか笑ったのだ。

 

 「そうか」と素っ気ない返答だが、その一言に込められた肯定の意思をエリナは感じ取っていた。

 

 それを確信させるように訓練の提案。内容は正直思い出したくもない。三色……ハリセン……ウッ、頭が……! となること請け合いの訓練であり、二度とやりたくもないわけだが、アルテラという人物を信じるきっかけとなった。

 

 肯定してくれた。

 

 手助けをしてくれた。

 

 一人で突っ走るのは危ないと寄り添ってくれた。

 

 したいようにしていいと背中を押し、でも心配だからと共に寄り添う。それはなんだか――兄のようだとエリナは思った。

 

 だがアルテラは兄ではなく、自分にとっての兄は一人だけ。であればと先輩呼びに落ち着いて――。

 

 

 ハッと思考を目の前の戦闘に戻す。少し思考が逸れていた間にも戦いの趨勢は変わりなく、今なお互角の様相を呈していた。

 

 アルテラが踏み込めば同時にハンニバルも踏み込み、剣を振るえば応じて炎剣を振るう。絶えず手を変え品を変えてはいたが、それでもハンニバルは喰らいつき戦況は動かない。これでは千日手になるのではとエリナが唾を飲み込む。その時――

 

「――え?」

 

 ハンニバルが、此方を向いた。

 

「まさか――」

 

 アルテラが焦ったような声をこぼす。

 

 エリナはターゲットを変えたのだと察した。だが、エミールを置いて離れることは出来ない。自然、残された選択肢はここで迎撃すること。

 

 行動を止めるべくアルテラがハンニバルへと攻撃を加えるも、ダメージを負うことことは承知だったのか、怯むことなくエリナとエミールへと炎弾を放った。

 

 エミールを庇い炎弾の前へと身をさらして神機を構える。防ぎきれるかは不安なところだったが、躊躇うことなくシールドを展開、そのまま衝撃に備える。

 

 しかし、着弾よりも早くアルテラが炎弾とエリナとの間に割り込んでいた。

 

「氷の波濤よ!」

 

 軍神の剣から発射された青い光線が炎弾とぶつかり、蒸気をあげながら相殺していく。その最中、エリナは気付く。

 

 ――ハンニバルが居ない。

 

 視線を巡らせ、そして炎弾が消えたところで見つけた。アルテラのすぐ横に現れ、籠手の付いた左腕を振りかぶるそいつを。

 

「先輩、左!!」

 

「くっ……があっ……!!」

 

 声をかけるも1拍間に合わず、アルテラはもろに拳のダメージを受けて別の廃墟の中へと消えていく。反射的に神機を構えるエリナに対して、しかしハンニバルは気にも留めずにアルテラを追っていった。

 

 ――囮に使われた……!!

 

 元々、此方がどうかなど、あのハンニバルにはどうでもよかったのだ。アルテラの注意を己から逸らすことさえ出来れば。その為に、自分達にブレスを放った。

 

 図らずもアルテラの足を引っ張ってしまった自分に怒りを覚える。反省もある。後悔もある。だが、今はとにかく先輩を助けなければと意識を切り替えて動き出そうとした。

 

「Gaaaaa!?」

 

 轟音に思わず足を止める。音に視線を向ければ、アルテラを追撃せんとしていたハンニバルが、どういうわけか逆方向へと吹き飛ばされていた。

 

 そのことからアルテラは無事なようだと安堵する。エリナは手助けに踏み出そうとしていた踵を返し、二度と足を引っ張ることにはなるまいとエミールを引き摺ってその場を離れた。

 

 

「ごふっ……」

 

 時は少し戻り、吹き飛ばされた廃墟の瓦礫の中でアルテラは吐血しながら思考を巡らせる。

 

 こうもまともなダメージを受けることになったことは、いつ以来だっただろうか。

 

 全身が発熱しているかの如く熱を帯び、頭が熱のせいかぼうっとする。身体を動かそうとすると鋭い痛みが襲い、軋みをあげる。

 

 その全てを無視して、立ち上がる。

 

 瓦礫で切れたのか、クレイドルの制服は襤褸布のように破れ、その隙間から覗く皮膚からは所々に血が滲む。

 

 身体中が痛い、動きが鈍い、腕が重い。

 

 ネガティブな感情が駆け巡り、そして問う。

 

 ――なんで頑張ってるの?

 

 別にこのまま寝てればいいじゃないか。自分がどうにかせずとも、誰かが何とかしてくれる。痛みを堪えて戦う必要なんてないじゃないか。死んだら元に戻るのかもしれないし。

 

 否定、否定、否定。

 

 全ては無意味、無価値。論理的じゃない、合理的じゃない。投げ出すべきだ、捨て去るべきだ。

 

 

 ――ああ、五月蝿いな。

 

 そんな否定をこそ、アルテラは否定する。

 

 ごちゃごちゃと五月蝿い。初めから自分はそこまで深くなど考えていない。弱気を叩き潰して剣を握る。

 

 論理だの合理だのとどうでもいい。ただ、自分の言葉を、決意を、この程度で投げ出すような情けない男に成り下がることは嫌だ。理由なんてそれで十分。弱音を踏みにじり顔をあげる。

 

 粉塵で視界は悪く、コンディションも低迷。されど、不思議と負ける気はしない。襤褸切れとなった衣服を引きちぎり、口許を雑に拭うと、吐き捨てるように不敵に笑った。

 

「軍神の力、我が手にあり」

 

 体に刻まれた星の紋章が仄かに発光し、身体情報が更新されていくような感覚に身を委ねる。ダメージで鈍った体に活力が戻ることを実感すると、大きく息を吐き、目の前の粉塵を捉えた。

 

 ハンニバルの姿は見えていない。故にアルテラは、視界情報に頼ることなく、動作の全てを直感に任せる。

 

 風を切る音、喉の奥で唸るような声。そこで直感が告げる。

 

 ――踏み出せ。

 

 考えるよりも早く一歩踏み出す、直後に元いた場所に拳が振り落とされる。背後の衝撃を気にすることなく更にもう一歩、ハンニバルの懐へと踏み込み、打ち上げるように斬撃を叩き込んだ。

 

「Gaaaaa!?」

 

 斬り上げられて離れていくハンニバルを追って、廃墟を抜ける。視界が確保できたところで、チラリとエリナ達を確認すると、戦闘域を離脱しているようだったので、すぐに意識を戻す。

 

 足止めの為に一撃、今の攻防で更に一撃。計二撃分の深手を負ったせいか、ハンニバルの挙動、その神速には翳りが見えた。

 どこか鈍い動きで体勢を整えたハンニバルは、オラクル細胞の活性化の影響により、黒く染まった息を吐き出してアルテラを睨み付ける。そして迫るアルテラに対して、右手の爪を自らの背中に突き立てた。

 

「――? 何を――?」

 

 訝しむアルテラは、次の瞬間に大きく目を見開くこととなる。

 

「っ! こいつ、自分で!?」

 

 考えられない行動。ハンニバルは、自分で自分の逆鱗を破壊してみせたのだ。まさかアラガミが自傷行為をするとは思わなかったと驚くも、アルテラはその速度を緩めない。

 背中から焔の天輪を出現させたハンニバルは、迎え撃つように浮かび上がり、炎柱を連続して放つ。しかしそれも障害とはならず、まるで炎柱が通る道が見えているかのように不規則な挙動で避けて進む。

 

 とうとう辿り着いたハンニバルの眼下、そこで再びアルテラの予想外の行動が起こされた。ハンニバルは自身の天輪から放出される炎をブースターとして、空中から炎を身に纏ったままに突進を繰り出した。

 

 咄嗟に軍神の剣を突き出してハンニバルの身体へと突き立てると、刺さった軍神の剣を足場として攻撃圏から離脱。しかし、その一撃ではハンニバルを仕留めきるまでには至らなかった。

 

 武器を失い、誤魔化してはいるものの体はボロボロ。打つ手が無いように思われる状況下で、アルテラは笑ってみせた。

 

 これでいい、いや、これがいいのだ(・・・・・・・・・・・)と。

 

 同じくハンニバルも嘲笑(わら)う。敵は得物を失い、勝利は目前。そこに疑いはなく、故に致命的なまでに隙を晒した。

 嬲るようにゆっくりとアルテラへと振り返り――それが最期となった。

 

 軍神の剣は、謂わばマーカーだ。制御を行わなければ、当然それに向けて神の怒りが降り注ぐ。つまり――自分が持ってさえいないのならば、制御を行う必要はないのだ。

 

「カウントは無しだ。神の怒り、存分に喰らって逝け――『涙の星、軍神の剣(ティアードロップ・フォトン・レイ)』」

 

 宙からの極光が、狙い違わず軍神の剣、それが突き立つハンニバルへと降り注ぐ。断末魔はなく、激闘の終わりは静かなものだった。

 

 光の柱が収束し、立ち消えたその場には既にハンニバルの姿はなく、存在していたことを証明するように軍神の剣が地面に突き立っていた。

 その場まで歩いていき、軍神の剣を引き抜くと、アルテラはそのまま地面へと倒れ込んで大きく息を吐いた。

 

「はぁ……。この夢は、いつ覚めるのか……」

 

 疲れを吐き出すように呟く。

 

 内心では、もうマジ疲れた。全身痛いしもう動きたくない。ホント無理。ヘルプ。てか神速種とか頭おかしいわ。等々愚痴のオンパレードだったが、それを口に出すことはなく、戦いの余韻を確かめるようにぼうっと空を眺めていた。

 

「先輩、大丈夫!?」

 

 声のした方向に視線だけを向けると、退避していたエリナが駆け寄って来るところだった。

 

「ってわあっ!? 何で裸!?」

 

「……破けたんだ。エミールは?」

 

「そ、そうなんだ……。エミールは隊長が回収したから大丈夫。それより先輩、動ける?」

 

 頬を薄っすらと朱に染めて顔を背けながら話すエリナは、混乱のせいか敬語が崩れていたが、アルテラとしては此方の方が自然な印象を受けたので特に気にしない。

 そもそも、自分が敬意を払われるような人間だなどとは思ってもいないのだから当然ではある。

 

 痛みを堪えて何とか体を起こし、立ち上がってみるも、疲労と魔力不足とでふらつく。軍神の剣を杖がわりにすることで、不格好ながら何とか歩けそうだと判断したところで、エリナに肩を支えられた。

 

「ふらふらなのに無理しないで!」

 

 若干の怒りを滲ませた声音で詰められ、ばつが悪そうに顔を逸らしたアルテラは、それでもなお「血で服が汚れるからいい」などと食い下がる。

 しかし、そんなことは気にしないと腕を回して肩を貸すエリナ。アルテラが裸であるため、気恥ずかしさで目が泳ぎながらも、支える力はしっかりとしたものだった。

 

 遠慮するようなアルテラの物言いは、「いいから頼って下さい!」とのエリナの少し悲しげな訴えによって封殺され、大人しく肩を貸してもらった状態で帰路を行く。

 特に会話のないまま、とは言えエリナが時折何かを言おうとしては口を(つぐ)む、を繰り返していた為にアルテラがそれを静観していたせいだが、静かな道行きが続いた。

 

 防壁が見えてきても、なお切り出さないエリナに、見かねたアルテラは助け舟を出すことにした。

 

「何か言いたいことがあるんじゃないのか?」

 

「う……分かります?」

 

「隣で挙動不審にされていれば嫌でも気付く」

 

「え、そんなにですか?」

 

「そんなにだ」

 

 自分では気付いていなかった不審な挙動を指摘されて、「ええ……嘘……」と落ち込んだ様子を見せると、ハッとして仕切り直すように咳払いを加える。

 

 結局何なんだと催促されたエリナは数瞬、懊悩するも、意を決したように頷き、身長差で自然と上目遣いになりながらアルテラの瞳を覗き込んだ。

 

「先輩……今日は、すみませんでした」

 

「……何がだ?」

 

「助けに来てくれた先輩の足を引っ張ってしまって、その上、こんな怪我まで負わせてしまって……。私、なんて謝ればいいか……」

 

 話しているうちに感情が昂ったのか、途中から涙混じりになるエリナの言葉を、アルテラは首を振ることで否定する。

 

 そうじゃない。

 今聞きたい言葉はそれじゃない、と。

 

「なあ、エリナ。そういえばお前は怪我はないか?」

 

「え? はい。擦り傷ぐらいですけど……」

 

「そうか、なら良かった。エミールは間に合わなかったが、お前だけでもちゃんと守れていたというのなら、俺はそれでいい。文句も不満もない。――エリナ、本当に無事で良かったよ」

 

「っ! 先輩、私は――!」

 

 心底安心したように微笑むアルテラは、エリナが二の句を告げることを遮るように「だからな――」と続ける。

 

「――だから、どうせ聞くのなら礼の言葉が良い。折角体を張って助けたのに、そんな悲しい顔をされると困ってしまう。それでは助けた甲斐がないだろう?」

 

 おどけた口調で問われてはエリナもそれ以上深刻になることはできず、色々と複雑な感情を抑えて笑みを作った。

 感謝、後悔、安堵、悲嘆、羨望、怒り。様々な感情がない交ぜになった笑顔は不格好で、とてもではないが自然とは言い難いものだったが、それでいいとアルテラは口許を緩めた。

 

「先輩、ありがとうございました。本当のことを言うと、先輩が助けに来てくれて、その……う、嬉しかったです!」

 

「――ふふっ、そうか」

 

 エリナの言葉に、意表を突かれたように目を見開いた後、綻んだ笑みを浮かべて嬉しそうに頷く。そこにあるのは、達観した大人びた雰囲気ではなく、初めてのことに喜ぶ子供のような柔らかな顔だった。

 

 自分で言っておいて、恥ずかしげに顔を背けるエリナの横顔を眺めてアナグラへと帰投する中、アルテラはふと黄昏に染まる空を見上げて目を細める。

 

 そして声に出さずに口の中で呟くのだ。

 

 全身は痛いし、服も駄目になったけれど。ああ、何だかこういうのも、うん――。

 

 ――悪くない。





《『涙の星、軍神の剣』発動中のコウタ》

(エリナがいるのに何発動してるんだアルテラァァァアアアア!?)

「隊長、エミールお願いします。私は先輩のぅぃっ!? ちょっ、痛い痛い何で無理矢理頭掴むんですか!? 振り向けない!!」

『涙の星、軍神の剣』終了

「よし行けエリナ!!」

「隊長が頭掴んでたんじゃないですか!?」
 

 閑話を挟んだら2の方へと進展していきます。

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