神を破壊する大王(男)   作:ノラミミ

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華麗なる新人達(二人目)

 

 沈んだエミールはコウタに任せて、俺はもう一人の方へと向き直った。

 

「次、エリナ」

 

「ひぃっ!?」

 

 悲鳴をあげられた。泣きそう。普通に傷ついたよこれは。後ろでコウタが「エミールは!? エミールは無視なのか!?」なんて言っていることなど気にしていられないレベル。

 しかし、問題としては此方の方が危うい。自分の精神状態など気にしている場合ではない。少しばかり弱った心を奮い立たせて、体ごとエリナへと向き合った。

 

「エリナは……何と言うべきか……。 ……うん、率直に言うが――お前は一体何を焦っている?」

 

「…………」

 

 返ってきたのは沈黙。とは言え、視線をさ迷わせていることから、肯定していることが丸分かりだ。沈黙は是なり。最も、新人が焦りそうなことなどおおよそ検討はつく。

 

 早く強くなりたい。

 

 早く一人前だと認められたい。

 

 目指すべき場所までは知りようもないが、焦る要因としてはこの辺りだろう。特に、彼女がエリナ・デア=フォーゲルヴァイデであるならば尚更。

 

「――弱い自分が嫌か?」

 

「…………!」

 

「守られるばかりは耐えられないか? 自分も皆と肩を並べて戦いたいか? ――だが、その焦燥は全くの無意味だ」

 

「な、そんなことっ!」

 

「いいや、無意味だ。お前に足りないのは経験と心の余裕。だが、その二つともに焦って解決するものではない。力が足りないのは、新人である以上は仕方のないこと、そうじゃないか?」

 

「……確かに、そうかもしれません、けど……それじゃあ駄目なんです! 仕方ないなんて言葉で済ませたくない! 私も、私だって、華麗に戦えます!!」

 

 今日の任務中にあった幾つかの危うい場面。それらは全て、エリナの無理な攻撃が原因となっていた(ただしエミールが飛んだことは除く)。その都度、コウタのフォローが入って事なきを得ていたが、それが無ければ負傷は免れなかっただろう。

 

 仲間のフォローを計算に入れての行動だったならまだしも、あれはどう見てもそうではなかった。今日の任務はエリナとエミール二人が主体となって戦うと決定されていた以上、無理な突貫は褒められたことじゃない。

 

 一人欠けただけでも、戦闘の難易度はぐっと上がる。何より、動揺は避けられないだろう。であれば、無理無茶無謀は必要ではないのだ。

 

 

 ――エリナの戦い方は危うい。

 

 それが、戦闘を見ての素直な感想だった。

 

 

 だがそれでも――。

 

 意地の悪い言い方をしてしまったが、それでも彼女は意思を曲げることはしなかった。思わず笑みが溢れてしまう。

 

 此方の心配は余計なお世話だったのかもしれない。色々と足りないところはあるが、彼女の覚悟は紛れもなく本物だった。頑固とも言えるけれど、貫き通そうとする姿勢は好ましく思う。

 

 なら俺は、それに応えるだけだ。

 

「……分かった。ならエリナ、お前にその気があるのなら――」

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 任務から帰投し、ところ変わって訓練室。申請を済ませて一人そこへと向かう。手には軍神の剣、ではなく三条の色彩を放つハリセン。

 

 何を隠そうこのハリセン、サカキ博士の悪ふざけによって作られた、無駄に技術の粋を詰め込んだハリセンである。と言っても別にレーザーが放てるとかそういった機能は付いていない。殺傷力は zero だ。

 

 何が凄いのかと言えば紙のような軽さにも関わらず、叩かれると尋常じゃなく痛い。それはもう涙目になるくらいには痛い。ただひたすらに痛い。なのに跡は残らない。それだけである。

 

 実に下らないハリセンなのだが、今回はこれが役に立つ。どうせ廃棄予定のゴミのようなものだったのだ。有効活用するのだから文句はないだろう。

 

 訓練室へと辿り着くと、そのまま何をするでもなく待つ。そうして何分か経ったかという頃、扉が開かれた。

 

「――来たか」

 

「はい……って、え、ハリセン?」

 

 入ってきたのは神機を携えたエリナ。強くなりたいのならと、訓練を提案したところ彼女がそれを了承。任務後の小休止を挟んで現在となる。

 

 当然、ただ普通に訓練をするつもりなど毛頭ない。此より先は地獄。痛みを堪え、萎れる心を克己させ、そして成長しなければならない。要は――荒療治である。

 

 手早く強くなりたいというのならば、それ相応の方法が不可欠。等価交換の法則は絶対なのだ。

 

 簡潔に方法をエリナへと説明する。俺がハリセンで攻撃するから、エリナはそれを回避して反撃する。というのが最終目標であり、取り敢えずは防御できれば及第点となる。

 実に脳筋なやり方だが、戦いにおいて一々考えながら行動する暇などそうない。その為、考えるより先に体が勝手に反応するくらいがいい。そしてそれを体に覚え込ませるには、痛みが一番時間がかからないだろう。誰だって痛いのは嫌だろうし(マゾは除く)。

 

「でも、神機が当たっちゃったら危ないですよ?」

 

 心配げにエリナは尋ねる。優しさは有り難く受け取りつつも「心配はいらない。当たらないからな」と鼻で笑って煽っておく。やだ、最低。煽りを受けたエリナは、頬をピクピクと引き攣らせながら神機を構えた。迷いは消えたらしい。

 

「……絶対ぶち当てますっ!!」

 

「全力で来い。だが、最初に言っておく。このハリセン――死ぬほど痛いぞ?」

 

 言うが早いか、エリナが動作へと移る一瞬の虚を突いて魔力放出で眼前へと移動。目を見開き固まるその頭部へとハリセンを振り下ろした。

 

 パァンッ!! と胸がすくような心地の良い音が響き渡る。その一瞬の後――。

 

「い゛っだあぁぁぁぁぁあああ!?」

 

 頭を抱えたエリナの絶叫が訓練室に木霊した。女の子があげてはいけない声をあげたことは聞かなかったことにする。

 痛みから立ち直った後に抗議を受けたが、口八丁でさらりと躱す。辛いなら止めるかと聞くが、そこはプライドが許さないのだろう。絶対に一撃を入れてやると瞳を燃やして意思を固めた。ならばと訓練続行。

 

 そうしてどれだけ時間が経ったのだろうか。

 

 もうエリナの絶叫も聞きすぎて麻痺してきた。初めは此方の速度に全く反応すら出来ていなかったエリナだが、恐ろしいくらいの成長速度で段々と捉えられるようになり、取り敢えずの目標の防御は既に出来るようになっていた。

 

 俺としてはこの先はまた今度としたかったのだが、今の感覚を忘れたくないとの言葉で続けざるを得なくなってしまい、止めるに止められない。一撃を入れたいというエリナの意思が固すぎて辛い。

 

 ふと、今の状況を鑑みる。

 

 ハリセンの痛みから涙目になり、頬を上気させている若干14歳の美のつく少女を前に、謎の三色ハリセンを持つ白い印象の男。

 

 アカン、どう見ても犯罪や(白目)。

 

 百人中百人が俺をギルティと判決する状況を自覚し、顔には出さないまでも内心で焦りまくる。これはいかんと、やんわりと訓練止めようの意思を訴えてみた。

 

「まだ、続けるのか……?」

 

 もう止めません? 主に俺の精神的安寧の為に。一日で全部やることはないと思うんだ、うん。

 

「……やり、ます。やらせてください! もう少しで、出来そうなんです……!」

 

 絶叫のし過ぎで枯れ気味な声を張り上げてエリナは再び神機を構えた。こう言われてしまっては、俺が止めるわけにはいかない。エリナの姿勢に呼応するように、俺もハリセンを構えた。

 

「なら、行くぞ――覚悟の程は十分か?」

 

「いつでも!」

 

 魔力放出からの接近。もう何度も繰り返したパターンであるだけに、エリナも反応して近付かせまいと牽制に神機を振るう。それを逆方向に魔力放出をして勢いを殺すことで躱すと、振るった直後の一瞬の硬直を狙って踏み込んでハリセンを横に一閃。

 

 ――当たる。

 

 直感的にそれを察した。ハリセンが体へと当たるまでの引き伸ばされた時間の中で見たエリナはしかし、それでも諦めてはいなかった。

 

 エリナは迫る一閃から逃れるようにその体を後ろへと引く、否、引くのではなく後ろへと倒れ込むことでその一撃を回避した。

 

「やあぁぁぁ!!」

 

 倒れ込みながら振るった神機。咄嗟に腕を戻そうとするも一歩間に合わず、エリナの一刺が三色のハリセンを貫いた。

 

 地面へと倒れて短く唸るエリナの荒い息遣いが、やけに室内に響いたような気がした。

 

 神機の一撃で使い物にならなくなったハリセンを見て苦笑を一つ。まさか一日でここまで出来るようになるとは思いもよらなかった。いつからエリナは成長チートな娘になったのだろうか。

 

 何はともあれ、此方のふざけた速度に付いてきて、あまつさえ反撃までしたのだ。これで早々アラガミに遅れをとるような事態にはならないだろう。

 

 倒れたまま胸を上下させて息を整えているエリナへと手を差し出す。きっと今自分は頬が緩んでいることだろう。

 

「良くやった、エリナ。正直、ここまで出来るようになるとは思わなかった。立てるか?」

 

「っ、はいッ! ありがとうござい――わっ!?」

 

 引き上げて立ち上がらせるも、言葉の途中で膝が折れて倒れ込んで来るエリナを支え、様子を見てみる。どう見ても満身創痍。歩くのは厳しそうだ。

 

「す、すみません。ちょっと休んでから戻りますから、貴方は先に――あの、ちょっ、何を!?」

 

 返答を無視して横抱き、つまりお姫様だっこして持ち上げる。「は、恥ずかしいんですけど!?」との御言葉をいただいたが無視。いやだって考えた結果これがベストな気がしたし。

 

 肩に担ぐのはこう、絵面的にどうかと思う。物運んでるんじゃないんだから。ならおんぶはというと、色々とまずい。接地面積が大きい。まずい。静まれ浅ましい煩悩め。

 

 ほら、接地面積的な意味でも絵面的な意味でも、横抱きがベストじゃないか(確信)。

 

 終始羞恥心に苛まれ続けたエリナを部屋へと運び、長いように感じた一日は幕を下ろした。

 

 ハリセン? いいやつだったよ。きっと焼却されて灰色の塵に生まれ変わるだろうさ。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 明けて翌日。

 

 特に昨日の疲れなど残っているように感じない自分の体に戦慄しつつ、ラウンジへと向かう。すると、丁度入れ違いに出てきたエリナと遭遇した。

 

「あ、おはようございます先輩」

 

「ああ、おはよう。 ……うん? 先輩?」

 

「はい、先輩です! 昨日はありがとうございました。おかげで、なんだか自信がついたような気がします。えと、その、これからもよろしくお願いします!」

 

 あんな鬼畜訓練をしておいて、何故こんなに感謝されるのかはよく分からないが、彼女がいいのならそれでいいのだろう。というわけで、細かいことは気にせずにこちらこそ、と返す。

 

 先輩呼びは、何だかくすぐったい心地だったが、悪い気はしなかった。それに、後輩女子に憧れがあったんだよね。

 

 若干の悦に浸っていると、エリナが何か言いにくいのか、口をもごもごとさせる。それはいいのだけれど、何故に顔を紅潮させるのだろうか。

 

 考えても仕方ないので、エリナの言葉を待つ。暫く懊悩していたが、意を決したのか両手を握り締めると、視線を合わせた。

 

「あの! もしよければ、なんですけど……これからも、訓練をつけてもらえませんか!?」

 

「……え゛」

 

 え、嘘だよね? 確かにまだ幾つかストックはあるけど、この子あのハリセンの恐ろしさを忘れてしまったのん? それともまさか。まさかだとは思うのだが、そっちの快楽に目覚めてしまったのか……!?

 

 そんな俺の内心を悟ったのか、エリナは焦った様子で訂正を入れた。

 

「ち、違いますよ!? ハリセンはもう御免です! 普通の戦闘訓練ですからね!」

 

 で、ですよねー。良かった。そんなことになってしまったら、もう償いようもなかったわ。勿論、訓練については用事がないときでならばと快諾。返答に嬉しそうに頷きながらエリナは去っていった。

 

 その後ろ姿をぼけっとしながら見送る。まあ今後も手伝いは続くので、すぐに顔を合わせることになるだろう。取り敢えずの問題はなんやかんやで解決したことだし、旨い飯が食べられそうで何よりである。便利だよね、なんやかんや。

 

「アルテラ」

 

 名前を呼ばれると共に肩にかかる衝撃に振り返ると、コウタが立っていた。どうやらたまたま今の話を聞いていたらしい。盗み聞き、よくない。注意すると普通に謝られたので飯を奢ることで許すとした。

 

 ただ飯に意気込んでラウンジへ行こうとすると、エリナが去っていった方向を見ながらコウタが笑う。「予想通りになったな」と。

 

「どういう意味だ?」

 

 思わず足を止めて意図を問う。もしやその予想とやらが、俺を手伝わせた理由かと。

 

「アルテラは知らないかもしれないけど、一緒に任務に行ったことのある奴等はアルテラに感謝してるんだよ」

 

「……? 感謝されるようなことをした覚えはないが」

 

「いやいや、目についたところはズバッと言ってくれるし、それだけじゃなくて解決まで導いてくれるってのがもっぱらの評判だぜ? 人に慕われる、というよりかは何か惹き付けるものがあるんだよアルテラは」

 

 指摘も方法の示唆も、全てはせっかく知り合った人に死んでほしくないという個人的なエゴからのものであるので、感謝されても正直なところ素直には喜べないところである。だがまあ、本人たちが感謝しているというのであれば、別にそれでいいだろう。わざわざ水をさすこともない。

 

 というか人を惹き付けるものがあるのなら、どうして誰もサカキ博士の無茶ぶりは手伝ってくれないんですか? いじめ? 最近では基本一人で資源回収とアラガミの間引きしてるんですけど。

 

「まあそんなわけで、あの二人のこともアルテラがいれば上手い具合にいくかなと」

 

 それって丸投げってことでは……。

 

 ジト目でコウタを睨んでおく。それを受けて両手をあげて苦笑すると、飯奢るからさ、と先にラウンジへと入っていった。

 

 見送って溜め息を一つ。自分もラウンジへと入っていく。飯を奢るという一言で少し気分が高揚してしまう俺は、安い男なのかもしれない。

 

 自分で自分に呆れながら、コウタの懐を寒くしてやろうと、ムツミちゃんにご飯をオーダーするのだった。

 





 感想にて女性のデフォルト名は霊代アキじゃないのかというご指摘がありました。全くその通りなのですが、引き継ぎをしなかった場合2のアーカイブに載る名前が神薙ユウであること、そしてユウという名前は男でも女でもどっちでもいけるということで此方を採用しています。

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