このベットで目覚める二日目の朝。
外は昨日の雪がまだ積もり、窓には朝露が滴り、外の世界は銀世界のよう。
布団が恋しい季節。
手元には彼と再開した日から一度も開いていないスマホがある。私はこのスマホを開く勇気がわかない。きっと、多くのライン通知やメールが私の心を縛り付けるのだろう。
送られたメールは、今の私宛ではない。
仮面を被った、強化外骨格の私に対してのメールだ。
私はスマホをクッションのある方に投げ飛ばし、嫌な思いを忘れるように枕に顔をうずめる。
枕から香るのは、私の匂いと、どこか懐かしい匂い。
……。ここの部屋って誰の部屋なんだろ。
比企谷くんはどこで寝てるのかな。
ほんの数日一緒の家に住んでるけど、知らないことばかり。
「羽を伸ばす、か……」
昨日比企谷くんが教えてくれたこと。
今まで完璧を演じよう演じようとしていたから、羽を伸ばすというのはいまいちイメージが湧かない。
……考えてみる。
……。
比企谷くんと遊ぶ。
比企谷くんに髪を切ってもらう。
比企谷くんとご飯を食べる………、
って比企谷くんとのことばかりじゃない……。
こんなの私らしくない。私の方がお姉さんなのに。
「んーーーー!」
私は雑念を払うように枕に顔を埋めて、足をパタパタする。少し妄想に悶えていると、扉越しに比企谷くんの声が耳に届く。
「陽乃さん、起きてます?朝ごはんできたんですけど…」
「んー起きてるよー、今から行くね」
「その前に顔洗ってから来てくださいね」
「わかってるよ、もう……」
こどもじゃないんだから……。
比企谷くんの声は穏やかで、とても安心する。学生の頃はもっとツンツンしてて、どこか危なっかしいイメージがあった。でも、今の彼は、柔らかくなったというか大人になったという感じ。
彼は変わったのだ、いい方向に。
彼を変えたのはあの二人なんだなって少し羨ましくもある。
それに比べて私は………。
……。
……はぁ、何考えてるんだろ。羽を伸ばすと決めたばかりじゃない……。
しばらく彼に寄り添ってみよう。彼なら何か教えてくれるような気がする。
それが何かはわからないけど、何を知りたいのかも言葉にできないけど。
彼が欲した"本物”。
それが何かはわからない。きっとあの二人なら知っているんだと思う。
だから、私も知りたい。
本物のことも、彼のことも。
少しづつでいいから。
私のことも知ってもらいたい。
·
……
………
洗面台で顔を洗い、リビングに向かう。比企谷くんはすでに椅子に座っており、新聞紙を片手にコーヒーを啜ってる。机には、きつね色に焼かれたトーストにベーコンエッグ、そしておそらくあの甘いコーヒー。食卓を彩る色とりどりのジャム。
ありきたりな朝食なのにとても美味しそう。
「ん、おはようございます」
「おはよ、んーー、今日はいちごかな」
「いちごジャムですね、はいはいっと」
「ありがと、……いただきます」
「いただきます」
椅子に座り、二人仲良く合掌をして食事に取り掛かる。
比企谷くんはブルーベリー派なのか、ブルーベリーを意気揚々と塗りたくってる。納得するまで塗り、パクッと一口食べてもぐもぐしてる。どこか嬉しそうに、楽しそうに食べる姿が可愛らしい。
……うん、可愛い。
食事に手をつけず比企谷くんの方を見てて不思議に思ったのか、怪訝な表情を向けてくる。
「………?食べないんですか?」
「あ、食べるよ!たべる!」
「ん、冷める前に食べてくださいね」
「はーい」
なんかオカン属性ついてない…?
少しオカンな比企谷くんを盗み見つつ、私もパンにジャムを塗り、彼がよく飲んでる甘そうなコーヒーをひとくちすする。
………うぇ、あっま。あますぎるよ、これ。
比企谷くんはニマニマしながら飲んでるし、虫歯なっちゃうよ?
あ、そうだった。
「比企谷くん、後で電話、貸してもらえる?」
「…別にいいですけど、会社ですか?」
「……。…うん、しばらく休みますって」
「……クビなっちゃいますよ」
「その時は比企谷くんに養ってもらおうかな」
「そん時は追い出します」
「警察に連絡します」
「怖っ。………あ、それと一旦家に帰ってください」
「……。えっ……」
う、うそ……。
「ひ、比企谷くん?ほ、本気で追い出すの?」
「……違います。いつまで俺の服着る気ですか」
「あ、そっちね……で、でも、いい匂いだし……」
「ダメです」
「どうしても?」
「どうしても」
「……。はぁ………じゃあ比企谷くんも一緒に帰る」
「無理です。仕事があるんで」
「学生の頃の君に聞かせたい言葉だね……。何時までよ……」
「……はぁ、4時まで予約で埋まってるんでそれからにしてください」
「……うん、きびきび働きなさい」
「……」
「働かざる者食うべからず、だね。うん、いい言葉……」
「……」
「ほら!冷める前に食べるよ!!」
·
……
………
……………
時刻は4時半。
外はまた雪が降り始め、寒さに一層拍車をかける。隣を歩く比企谷くんは、少し不服そうにマフラーに顔をうずめてる。彼の格好は落ち着いた大人の男性という感じ。
寒さに震えながらぴょこぴょこと揺れるアホ毛が可愛らしい。
そんな比企谷くんがどくづく。
「うぅ、さっむ、もう帰りたい……」
「そだね、……雪合戦でもする?」
「しません」
手探りに道を進む。
つい先日前にこの道を歩いてたと思うととても不思議な感覚。
あの時の気持ちはとても沈んでいて、今とは真反対。
人生何があるかわかんないもんだね。
彼に巡り合わせてくれた神様に感謝しなくちゃ。
隣の比企谷くんにチラリと目を向けると、相変わらずポケットに手を突っ込み「さむ、さむ」とつぶやいてる。言葉に呼応するように揺れるアホ毛。
私は比企谷くんの手をポケットから抜き取り、手をギュッと繋いでしまう。
今は比企谷くんのぬくもりが恋しい。
いきなりの事にびっくりしたのかそっぽを向く比企谷くん。
少し顔が赤いのは気のせいかな。
気のせいじゃないといいな。
でも、そっぽを向いてくれるのはありがたい。
だって、
私も見られてはいけない顔をしてると思うから。
「……比企谷くんの手、あったかいね」
「……手汗とかいったら怒りますからね」
「ふふ、ぬめぬめしてきた」
「や、そこまでひどくねえよ……」
原作とかアニメしか見てない時に、八陽のイチャコラss初めて見た時は衝撃的でした笑。
はるのん、ぴゅあのん、可愛い。
予想以上に反響良くてびっくりしてます。
感想くれたら嬉しいです。