陽だまりの美容室
季節は冬。
しんしんと降り積もる雪の中を一人の女性が傘も差さずに歩いている。寒さからなのか、彼女の頬は真っ赤に染まり、どこかリンゴを連想させる。その赤い頬とは反対に彼女の表情は、悲しげに、悔しげに俯いている。
周りもそれを察してか、彼女を見ないように、見てはいけないかのように目を背ける。
「…………」
何も考えず歩いてきたせいか、どこかもわからない路地に入った。そこは人の出入りが少ないのか、雪が形作る足跡もまばら。少し積もった雪の上をザクザクと行く宛もなく進む。
こんな姿を誰にも見られたくない。
今まで完璧を演じてきたなのに。
あぁ。なんでこんなことになったのだろう。親とぶつかり、決別し、自分ひとりで何もかもやっていけると思っていたのに。
でもこれが、自分で選んだ道だから……後戻りなんてできない。
できやしない。
………。
上には上がいる。
この言葉が頭の中から離れない。
彼にだけしか見破れないと思っていたのに。
最初は私が騙して利用している。
そう思ってた。
だけど、それは違くて、騙されるふりをして私のことを利用していたんだ。
負けることが、手のひらで踊らされるのがこんなに悔しくて辛いのなんて知らなかった。
何もかも上手くいってたのは、親と決別する前だけ。
無心で足を動かしていると、オレンジ色の光を放つ小さな美容室が目に止まる。
何故かその美容室に惹かれ、目が離せない。
そういえば髪伸びっぱなしだったな…。
理由なんて、なんでもよかった。
導かれるようにお店に脚を向かい、頭や肩に少し積もった雪を払いながらドアに手を掛ける。
カランと小気味いい音をたてお店のドアを開ける。
中はアンティークな家具や可愛いらしいインテリアに彩られ、落ち着いたクラッシックメロディーが流れている。
一人でやっているのか美容椅子はふたつ。
入った瞬間に居心地が良いと思わせる空間。
そして、カウンター席に腰掛けているひとりの男性。
ふわりと、
どこか懐かしい匂いがする。
どこかで……。
男性店員がゆっくりと振り向く。
「ん、いらっしゃい……、おまえは………」
「あ、すみません。予約とか何もしてないんですけど………あ、れ?」
店員から目が離せない。
だって、もう、彼とは会えないと、会うことが出来ないと思っていたから。
妹の応援をする傍ら、彼が私に少しでも振り向いてくれないかなと思ったりしていた、あのころ。
彼なら本当の私を受け入れてくれるんじゃないかと思っていた。
でも、妹の気持ちを知っていたから。
心にフタをして、また仮面を被り、可愛い妹の応援をする姉を演じていた。
本当は妹が羨ましかった。
本気で恋をすることが出来た妹を。
いつかわたしも……なんて。
でも、できなかった。
自分の気持ちをさらけだすのが怖い。強化外骨格の……もう一人の私が邪魔をする。
「……っ」
言葉が出てこない。私はもう君の知っている私じゃないから。
失望させてしまう。
そんな私の心境とは別に、彼は優しく語りかける。
「陽乃さん、ですよね。久しぶりです。……すこし、変わりましたか?」
そう、私は変わったのだ。
でもそれは、仕方がないというか、いつまでも同じままではいらない。
少し大人びた顔つき。背も少し高くなったんだな。
て、記憶の中の君と照らし合わせる。
彼が学生の頃の時、私はなんて話しかけてたのか思い出せない。
無意識に、無遠慮に、もうひとりの私が顔を出す。
……あぁ、出てこないで…。
「……。ひゃっはろー、比企谷君。久しぶりだね」
こんな自分が嫌になる。
誰にも頼れない。
頼れないのは今までの代償。自分のプライドが、自尊心が邪魔をする。
何もかもぶちまけて楽になりたい。
助けて。その言葉が言えない。言える人がいない…。
「……」
何も言わず彼がわたしのもとに歩み寄る。そして、頭に手をぽんとのせ、赤子の頭を撫でるように柔らかく撫でてくれる。
触られた手が暖かくて、とても気持ちいい。
撫でられるなんていつぶりだろう……。
あぁ、泣いちゃいそう…。
「っ………」
「……。陽乃さん、何かあったのか知りませんが、その……頑張りましたね」
とくん、と。その言葉が胸を打つ。
目頭が熱い。
涙がぽろりぽろりと、溢れてくる。
こんなに耐えられないことがあっただろうか。
撫でられた手から伝わる彼の温もりが心地いい。
身を委ねたくなっちゃう。
「うぅ、ひ、ひきがや、くん」
「よしよし」
もうひとりはやだ。
「比企谷くん…」
「なんですか」
もう少し一緒にいたい。心の傷が癒えるまででもいいから……。
「ここに居候させて」
「……。まじで?」
「まじ」
物語を見守ってくれたら嬉しいです。