「ではこれよりISの基本的な飛行操縦を実践してもらう。織斑、オルコット、時雨。試しに飛んで見せろ」
あれからさらに1週間経ち、僕は晴れた空の下で授業を受けていたらそんなことを言われた。
「せんせー、面倒なのでパスします」
「さっさとやれ! やる気がないならグラウンドでも走ってろ!」
「じゃーそうしまーす」
そう言って僕はジャージのままグラウンドを走ろうとしたが、何故か織斑先生に掴まれた。
「良いから、さっさとISを展開して飛べ」
「面倒ですから見世物は織斑君とオルコットさんにさせてくださいよ」
「さっさとやれ!」
殴られたので、僕は渋々「打鉄」を展開した。相変わらず「打鉄」のスカートアーマーはダサい。他の奴なら受け入れることができるけど、脚部のほとんどに展開されているため、脚の動きが制限されるのだ。
「お前の好きなロボットアニメにも付いているだろう。何が不満なんだ」
「大きすぎるんですよ! 「打鉄」のが異様に!」
というか他のは短いです!
「そもそも、いくら防御面が高いって言っても僕は先日の試合の通り回避タイプです。だったら、スラスター改造くらいさせてくれたって良いでしょ!」
「……じゃあ聞くが、お前にはその技術力があるのか?」
「今はありませんが、そんなのは関係ありません!」
せめて、せめて後2基は欲しいです!
「ともかく、さっさと飛んで来い。他の2人は既に向かっているぞ」
「……ちっ。わかりましたよ」
ワザと舌打ちして僕はオルコットさんと同じ位置に向かった。
途中、のろのろと上がっていく織斑君を追い越したけど、機体の不調だろうか?
「何をやっている。スペック上の出力では白式が一番上だ」
まぁ、量産機に負けるなんて「専用機」の名折れだと思う。
僕は気にせずに2人の前を飛びながら、拡張領域にしまわれている武装を展開して行く。
『時雨、勝手に武装を展開するな』
「別に誰かに向かって撃つわけじゃないんですから、それくらい見逃してください」
『ならん。それ以上するって言うなら罰則を食らわせるぞ』
「はいはい」
仕方がないので武装を展開するのを止めて飛行に専念する。常時トップスピード! といきたいところだけど、流石にシールドエネルギーとは別のエネルギーが消費されるのでしない。
「なぁ智久、何でそんな簡単に空を飛ぶことができるんだ?」
「………君には前に言ったよね、二度と関わるなって」
空を飛びたいなんて誰だって1度は思うだろうに。後は参考になる資料を探すだけ。型番を言っても彼には理解できないだろう。
「時雨さん、質問に答えるくらいしたっていいでしょう?」
「だったら君が説明しなよ。まぁ、僕にしてみれば手のひらを反すように態度を変える女なんて信用できないけどね」
そう言って僕はさらに上昇して別の場所を飛ぶ。
(……少し怖くなってきた)
いくらISを纏っているとはいえ、高度400mは無理があったか。
(今の内に少し降りよう)
観覧車とかは地に足がついているからまだ大丈夫だし、そもそもそこまで高くない。けど、ISは無理だ。
僕は高度に降参しつつ、100m程下がっていると篠ノ之さんの声が聞こえてきた。
「一夏! いつまでそんなところにいる! 早く降りて来い!」
ハイパーセンサーの映像を拡大すると、篠ノ之さんが山田先生からインカムを奪ったらしい。織斑先生に殴られて山田先生にすごすごとインカムを返却していた。
「織斑、オルコット、時雨、急下降と完全停止をやって見せろ。目標は地表から10㎝だ」
「了解」
320mからの急下降は大半の人は経験しないだろう。そんなことに挑戦した僕はオルコットさんに「あっかんべー」をしながら通りすぎ、100mと少し前で素早く回転して足を地に向けながら脚部スラスターを噴かせた。
「50㎝か。320mからなら合格だが、2人と同じ場所に飛んでおけ」
「恋にうつつを抜かしている素人に喧嘩を売った代表候補生とアホの近くにいたら頭が後退するので嫌です」
「………そこまで言うか」
切り札は取っておく主義だしね。弄れることは何度も弄るさ。
今度はオルコットさんが降りてきたようだ。そして難なくクリア。……素人に喧嘩を売らずに女尊男卑じゃなければ尊敬している所だ。
そして最後は織斑君。彼は―――地面に激突した。
僕は盾を展開して飛んできた泥を防ぐ。
「馬鹿者、誰が地上に激突しろと言った。グラウンドに穴を開けてどうする」
「………すみません」
僕は穴の形を観察していると、近くに来ていたらしい篠ノ之さんが織斑君に言った。
「情けないぞ、一夏。昨日私が教えてやっただろう」
叱責。だが彼女は同時に失態を犯していた。
オルコットさんが素早く中に入り、織斑君に駆け寄る。
「大丈夫ですか、一夏さん? お怪我はなくて?」
「あ、ああ。大丈夫だけど……」
「そう。それは何よりですわ」
正直、オルコットさんがとても気持ち悪い。何だろう。凄い手の平返しに妙な違和感がある。
「………ISを装備していて怪我などするわけがないだろう……」
「あら、篠ノ之さん。他人を気遣うのは当然のこと。それがISを装備していても、ですわ。常識でしてよ?」
「お前が言うか。この猫かぶりめ」
「鬼の皮を被っているよりマシですわ」
何か変な空気になってる。僕はため息を吐いて織斑先生に言った。
「もう帰っていいですか? 正直、時間の無駄なんで」
「気持ちはわからんでもないがな。おい、馬鹿共。邪魔だ。端でやってろ」
二人に出席簿を食らわせる織斑先生。今回ばかりは容認というか、何とも言えない。
「織斑、武装を展開しろ。それくらいは自在にできるようになっただろう」
「は、はあ」
「返事は「はい」だ」
「は、はい!」
織斑君は穴から這い出て、誰もいない場所で右腕を突き出し、左手で握った。
5秒ぐらいしてからだろうか。武装が展開されるが、
「遅い。0.5秒で出せるようになれ」
素人に要求する難易度ではないことは確かだった。どうしよう。0.5秒で出せる自信があない。
「次はオルコットだ」
「はい」
左手を肩の高さまで上げると、一瞬光って狙撃銃が展開された。確か名前は《スターライトMk-Ⅲ》。マガジンも装填済みだ。
「流石だな、代表候補生。ただしそのポーズはやめろ。横に向かって銃身を展開させて誰を撃つ気だ? 正面に展開できるようにしろ」
「で、ですがこれはわたくしのイメージを纏めるために必要な―――」
「直せ。いいな」
「………はい」
織斑先生の睨みつけるは防御を軽く3段階下げている気がする。
「次は近接武装を展開しろ」
「え? あ、は、はい!」
狙撃銃を収納して今度は近接武装を展開しようするけど、何故かさっきとは違って展開に戸惑っている。
「まだか?」
「す、すぐです。―――ああ、もう! 《インターセプター》!」
初心者用の展開方法でショートブレードを展開したオルコットさん。周りは呆気に取られている。
「何秒かかっている。お前は実戦でも相手に待ってもらうのか?」
「じ、実戦では近接の間合いに入らせません! ですから、問題ありませんわ!」
「ほう。織斑との対戦で初心者に簡単に懐を許していたように見えたが?」
「あ、あれは、その……」
そんなことがあったのか。というか、射撃型にとって近接武装の展開は必要なんじゃない? いつ懐に入られる敵が現れるかわからないのに。
「次は時雨だ。まずは近接武装から展開しろ」
「はい」
言われてすぐに右手を腰の左側に持っていき、軽く手を振る。すると簡単に《葵》を展開できた。
「ほう。中々早いな。次は遠距離武装を展開しろ」
「わかりました」
まさか褒められると思わなかった僕は少し怖がりつつも《葵》を収納して89小式アサルトライフルを模したと思われる《焔備》を展開した。
「早いな。オルコット、代表候補生ならこれくらいはしてみせろ」
「……はい」
そして何故か僕を睨んでくるオルコットさん。もしかして嫉妬かな?
「時雨、随分と上達したな。さっき以外にも練習したのか?」
「してませんよ。ただ、自分が戦うとしたらどんな格好をすれば最適かって考えてたんです。そもそも、ゲームとかでも瞬時に武器を展開するシーンがありますし、そう言うのに慣れていれば武装の展開は形さえ知っていれば早くできます」
「なるほど。貴様の順応の高さはその辺りから来ているのかもしれないな」
一人で納得する織斑先生。時計を見て、授業の終了を告げた。
「時間だな。今日の授業はここまでだ。織斑、グラウンドを片付けておけよ」
あの穴を一人で埋めるのか。まぁ、僕は関係ないしさっさと退散しよう。
「はぁ、疲れた」
汗がダラダラと流れ落ちる。更衣室で使用しているロッカーを開いてタオルを出していると、
「はぁい♪」
僕は防犯ブザーを3個同時に引っ張って鳴らして突然現れた女性に投げつけた。
「ちょっ、防犯ブザーはないでしょ、防犯ブザーは!」
騒音が鳴り響く中、僕は叫んだ。男子更衣室に女性、それすなわち―――
「変態だー! 犯されるー! 覗かれてるー!」
「待って! 私はあなたに話が合ってここに来たのよ!」
「嘘だ! どうせ弱った僕を無理やり押し倒して既成事実を作るんだ! エロ同人みたいに!」
「しないわよ!」
僕はジト目でその人を見る。残念ながらこの人を信用する気はない。
「じゃあ、何で突然現れるんですか? 現れるにしても、ここは更衣室ですし入り口にはきっちり「男用」って表示が出ているんですから、外で待つなりすればいいじゃないですか」
「それはあなたに話があってきたから―――」
「だからって更衣室の中に入るんですか? 随分とふざけた変態ですね」
僕の中の彼女に対する警報が鳴り響く。この人は危険だ、近寄るなと騒ぎ立てる。
「何でそんなに女を毛嫌いするのかしら?」
「じゃああなたは、危ないとわかって危険を冒すんですか?」
「時と場合によるわね」
時と場合による、ね。
それはおそらく彼女が強いからだろう。今は音を聞いて駆けつけてくる人間は何人かいる。
「なるほど。強者が言うには十分すぎる言葉ですね。しかし残念ながら僕は弱者なんですよ。だから、今すぐ消えてください。もう僕は、これ以上誰かに縛られたくない」
僕は本当ならこんなところに行く気はなかった。どこか適当な学校にアルバイトをしながら通って教育学部に通いながら経済に関する勉強するつもりだった。
だけど僕はISを動かしたことですべてが変わってしまった。
「………そう。わかったわ……って、残念ながら言えないのよねぇ」
「……そこは普通、クールに去りません?」
「それも良いかなって思ったんだけどね。さっきも言ったけどあなたに話があるの。それも、とても重要な話がね」
「……重要な話、ですか」
今すぐ無視して追い出したい。……でも、もしそれが本当に重要な話だったらどうする? あの子たちに関わることだったら―――
そう思うと僕は居ても立っても居られなくなった。
「……聞きましょうか」
「うん。素直な男はお姉さん、好きよ?」
「ふざけてないでさっさと本題に入ってください。ビッチ先輩」
「待って。今、なんて言った?」
「……クソビッチ」
「悪化してるわ!」
ちゃんと聞いてるじゃん。
そんなにビッチ呼ばわりされるのはお気に召さなかったのだろうか?
「ともかく、早く話してください」
「わかったわ。時雨君、生徒会に入らない?」
「………」
僕は続きを待っているのに、何故かそれ以降発さないビッチ先輩。反応がないことに困っているのか、先輩は首を傾げている。
「……先輩」
「何かしら?」
「話って、それだけでしょうか?」
「ええ。そうだけど?」
僕は彼女の手を掴む。そして思いっきり投げようとしたけど素早く倒された。
「あ、ごめんなさい。思わずやってしまったわ」
僕は素早く起き上がり、先輩から距離を取る。
「先輩、ふざけていますか?」
「ふざけてないわ。生徒会に入ったら私に指導してもらえるし、私という後ろ盾が得られるから時雨君にとっても悪いことではないわよ?」
「………でも仕事をしないといけないんでしょう?」
「そうね。役員である以上は………」
「じゃあ遠慮します。後、早く出て行ってください」
今からシャワーを浴びたいんで。そうは言わなかったけど、空気を読んでドアの方に移動してくれる。
「でも時雨君、ちゃんと考えておいてね。生徒会に入っても損はしないわよ!」
それだけ言って先輩はさりげなく防犯ブザーを破壊した。……後でまた買わないとなぁ。
■■■
智久との話を終え、変態だのビッチだのと散々呼ばれた生徒会長「更識楯無」は誰もいないことを確認して電話機を取り出してある場所に電話する。数回コール音が響き、向こうから応答される。
『もしもし、どうだった?』
「ごめんなさい、アキさん。智久君を説得することはできませんでした」
楯無は謝罪すると、アキと呼ばれた女性は「あらあら」と言った。
『そう。やっぱり普通のやり方じゃ難しいのね。私はできればあなたの近くにいてほしいんだけどねぇ』
「……その、思いのほか警戒が強くて……」
『ごめんね。実はあの子、過去に女の人に殺されそうになってるのよ』
唐突な衝撃的事実を暴露され、楯無は固まった。
「そ、そうなんですか?」
『確か小学校の頃だったかしら。いつもすぐに帰ってくるのにどうしたんだろうなーって思ったら血まみれで、服もボロボロになって帰ってきてね。どうしたのか聞いたらいきなり胸が大きな人が現れて、そこから大変だったわ。なんとか撃退して逮捕してもらったんだけど、それ以降は純粋に可愛がろうとして来る人も警戒しちゃって……』
「………へ、へぇ」
―――私、そんなことを知らないんだけど!?
徹底的に智久のことを調べた楯無だったが、まさかそんな事件があったなんて知らなかったのである。
『実は茂樹君にお願いして隠蔽してもらったの。あと、当時の警視総監にもお願いしたわね』
とても重要なことを父親が隠していたこともそうだが、何よりもさりげなく怖いことを吐く女性に楯無は戦慄していた。
「………どうすればいいのでしょう。本人は整備科に行きたがっていますが、おそらく彼は希少の男性IS操縦者ですからそれも難しいかと思うんですが。……このままだと、万が一がありますし」
『たぶん、慣れていないだけじゃないかな。孤児院を出た子はしばらく金を入れてくれるんだけど、悲しいことに帰ってくることはないからさ』
どこか寂しそうに話すアキ。楯無にはどう声をかければわからなかった。
『だから、よろしくね』
「え?」
『できれば在学中に彼女ができるようにサポートをしてほしいんだけど……無理かな?』
「……難しいんじゃないですか? クラスから少しハブられていますし、同居人とは疎遠になっているみたいですし」
『大丈夫。誠意を見せればあの子だって毛嫌いしないよ。……と、長話しすぎたね。私はこれで』
「はい。ありがとうございます」
電話を切った楯無は、本気で考えていた。
(……在学中に、彼女ねぇ。……まさか私にそれになれって言ってないわよね?)
少し自分と智久が並んだことを考えるが、どう見ても背が低く弟にしか見えない。
楯無は首を振り、思考を切り替えて今度は別の場所に電話する。
「あ、お父さん。少し聞きたいことがあるんだけど―――時雨智久君が事件に巻き込まれたことについて」