無理矢理、でも仕方なく試合に出て茶番と言ったら切れられた。
早速シールドが使い物にならなくなった。撃たれたので咄嗟に防いだのがダメだったらしい。
(というか、耐レーザーコーティングとかされてないの!?)
「ラファール・リヴァイヴ」用の盾が一瞬で消し飛ぶ。次に展開したのは「打鉄」の両側に浮遊している盾だった。
「馬鹿の一つ覚えですわね。そんな盾で《スターライトMk-Ⅲ》の高出力レーザーを防げませんわよ!」
「…………」
言いたい。今すぐ彼女に言いたい。「僕が馬鹿なら代表候補生のくせに素人を虐める君は病人だね」とか「代表候補生のくせに素人を巻き込んでおいて謝ることすらできないの?」とか。言わないけどね。絶対に話がややこしくなるだけだから。
「言い返す勇気すらないのですね」
「…………」
あれなのかな? ISに関わっていくと馬鹿になるのかな?
ただでさえ戦闘経験が少ないと言うのに容赦なく僕を攻撃してくるオルコットさん。僕は辛うじてトリガーと銃口を見て回避に徹している。今では地面に逃げているのが現状だ。理由? 単純に空での戦闘に慣れていないだけだよ。
(というか、やっぱり地面でも足場が不安定だ)
ただでさえ慣れていない視線の高さに足の長さだ。辛うじて回避できているけど、それがいつまで続くかわからない。
「この、ちょこまかと―――」
でも、正直なところそろそろ限界だった。戦わせられるのもそうだが、何よりもシールドエネルギーが、だ。
いくら少量とはいえ消費しているのは変わらないため、残量が大体3/5になっている。
(……勝ちに行くか、負けに行くか……)
ここで勝ったらヒーロー。女の子が接近するぜ……よし、負けよう。
「オルコットさん、聞きたいことがあるんだけど」
「あら? 敗北宣言の仕方かしら?」
「君はどんな思いでISで戦うんだい?」
ブリテンジョークをスルーして、僕は率直に尋ねた。
あまり期待していないけど、聞かないよりかはマシだろう。
「それは……」
まさか動きを止めたのは予想外だった。僕も攻撃するつもりはないから動きを止める。
「それは、あなたのような男にはわからない事ですわ!」
「そこは素直に教えてよ!?」
ライフルを上げて僕を攻撃するオルコットさん。回避したけど少し食らってしまい、その分シールドエネルギーが減る。
「油断を誘ったのかもしれませんが、生憎わたくしはそのような手に引っかかりませんわ!」
「純粋な、質問、なんだけ、ど!」
後方回転とステップを駆使してなんとか回避。IS素人が体操が得意とはいえこうも簡単にできるのは、体が軽いのが原因だろう。……決して身長が低いことは関係ない。
『何をしている! 早くオルコットを攻撃しろ!』
管制室からお怒りの声が飛ぶ。僕はそれに怒鳴り返した。
「うるせえんだよ! 男がアンタの弟とと同じように血の気が多い生き物だと思ったら大間違いだ!」
そもそも、孤児院ではむやみに暴力を振るってはいけないと教えている。それを言っている奴がそんなことをしたら本末転倒だろう。
次々と攻撃を回避する僕にイライラし始めているオルコットさんは叫んだ。
「ああもう、じれったいですわ。行きなさい!」
「ブルー・ティアーズ」の
4つの筒状の兵器をハイパーセンサーでモニターする。それぞれの動きを機体周囲のどの位置にあるのかを確認しつつ、極力回避した。
「……あなた、何故この兵器のことを知っていますの!?」
何故か怒気を含めてオルコットさんは尋ねてきた。僕がいとも簡単に回避したことが気に入らないのかもしれない。そんなことを言われても―――
「リアル系ロボットアニメじゃ、結構メジャーな武装だから」
「り、リアル系……? アニメ……? そんなものに登場していますの!?」
「だから、その手の武器は先に倒す」
ブーメランを展開した僕はすぐに投げ、1基破壊した。
「そんな!? ですがまだ残ってますわ!」
「一掃するまでだ。自動反動制御システムを人体に影響がない程度に調整」
ガトリングガンを展開し、音声で「打鉄」にそう伝えて上空に向けて引き金を引く。反動を相殺する割合が限りなく低くなったので銃身が乱れまくり、ランダムで銃弾をばらまく。
「も、戻りなさい!!」
オルコットさんは慌てて呼び戻す。しかしもう1基撃墜できたので残り2基になった。
「予想外でしたわ。まさか、あなたがこれについて知っていただなんて」
「むしろ知らない男の方が珍しいと思うけどね。今、男性の間じゃISの代わりにハマってるものだから」
そもそも、ISに男は乗れないのだからハマるわけがない。羨んで、嫉妬して、その先がロボットアニメに行きつくわけだ。
「ですが、勝つのはこのわたくし、セシリア・オルコットですわ!!」
自分を鼓舞し、士気を高めるオルコットさん。ライフルを僕に向かって撃つと同時に2基のビットを飛ばしてきた。
■■■
その頃、第三アリーナの管制室では山田真耶が端末を学園専用のインターネット回線につないで検索していた。
「織斑先生、もしかしてこれでは?」
「………なるほどな。確かにこれを知っているならオルコットの武装にも対応できるということか」
千冬に端末を見せると、千冬は納得したように頷く。
真耶が開いたのはゲームのプレイ動画であり、搭乗者と思われるキャラクターが武装名を叫ぶと該当する武器が飛んでいく。その様子はセシリアが使うビットに類するものだった。
「それにしても凄いですね、時雨君。いくらこのような物から知識を得ていたとはいえ、ISの操縦は難しいはずなのに」
「いや、PICの設定がオートである以上、時雨のような人間は適応力が高い。問題は、本人のやる気だ」
「……私は、時雨君にもISの楽しさを知ってもらいたいです」
ため息を溢しながら真耶はそう言うと、千冬がそれを注意する。
「ISはどこまで行っても「兵器」であることに変わりはない。もしかすると、時雨はこういう媒体を理解した上で遊んでいたのかもしれないな」
―――しかし、子どもにしては達観が過ぎるのではないか?
千冬は学園長である菊代から智久の身の上のことを聞いていた。7年前に事故で両親を亡くし、それ以降は孤児院で暮らしていたこともすべてだ。そこでは年下の面倒を見たり、アルバイトをして少ない資金を工面するなど働き者、近所に住む住人からは概ね評判がいいこともすべてである。現に、千冬は食堂での会話を聞いていたので感心していた。身長を除けば気が利く兄貴分であることは間違いない…が、
(あまりにも戦闘に関して興味がなさすぎる)
むしろ望んでいないとも言えるほどだ。だが、今智久と一夏の二人に求められているのは戦闘面であり、智久が二年に進級しても整備科に進む確率は限りなく0に近い。
(……気のせいなら良いのだがな)
そこでふと、千冬はまだ一夏がピットにいることに気付いてすぐに控え室に行くように怒鳴る。智久に妙な違和感を感じながら。
その時、アリーナ全体に試合終了の合図が鳴り響いた。
■■■
―――ギリッ
ハイパーセンサーが優秀だと改めて思った。オルコットさんの歯軋りする音を拾ったからだ。
「あなた、手加減しましたわね!」
「言いがかりは止してよ。単純に実力だよ」
あの後、僕はあっさりと負けた。というのも彼女の実力を見誤っていたからだ。いや、単純に実力だろう。
そもそもブーメランは戻ってこなかった上に戦闘の余波で破壊されていたし、何よりもビットとオルコットさんの射撃による連携にあっさりとやられたのだ。言うことはあるなぁと思ってたらあの言葉である。
というか、何度も言うように僕は整備科志望なんだけど。
「じゃあ、僕は戻るから」
何故か睨んでくるオルコットさんにそう言った僕は、移動用に残っているエネルギーを使ってピットに戻る。
………何で織斑君は既にいるんだろう? 僕の体感だと更衣室とここのピットは意外と離れているはずだ。
「しぐしぐー、お疲れ~……あれ? おりむー、早いねー」
ドアが開いたと思ったら、そこにピットから離れていなかったらしい布仏さん。僕の試合が終わってこっちに戻ってきたようだ。
「え? 俺はずっとここにいたけど?」
「………あれ? 戦わない人は更衣室にいるって話じゃなかったっけ~?」
「……どういうことかな説明してもらえるかな、織斑君?」
「打鉄」から降りた僕が睨むと、織斑君は本気で言った。
「え? だって対戦中に訓練機が来るかもしれないし」
「―――その時になったら呼ぶから更衣室にいろと、時雨が着替えている間に言っただろうが、馬鹿者」
一撃で沈んだ織斑君。僕はざまぁみろと笑うことにした。
「僕はもう戻りますね。……ああ、そうそう織斑君」
「……何だよ?」
「目障りだからもう二度と近付かないで」
「え? 何でだ?」
そう言われて僕は相手の鼻が折れるまで殴ってやろうかと思ったけど、止めて言葉のみの対処にする。
「君たちのような救いようのないアホ共と一緒にいたくないからだよ」
畳んで置いていた服を持ってピットから出る。
随分とふざけた男だ。勝手に巻き込んだ挙句に僕を情報収集に使うなんて。
「―――ねぇ、さっきの戦いどう思った?」
出口に向かっていると、唐突にそんな声が聞こえてきた。
たぶん、少しはまともなことを言ってくれる。そう思っていた僕はすぐに裏切られた。
「ああ、あれ? 正直ないかなって思った」
「だよね? はっきり言ってダサいよね」
「あのチビ、千冬様に散々言ってたくせにあっさり負けちゃってさー」
笑いが起こる。僕はため息を吐いてその場から離れると自分の部屋に戻った。
この戦いでわかったことがある。ISというものは今ではスポーツとして扱われているからか、「兵器」という認識が浸透していない。だから僕が巻き込まれたことに関しても「たかがスポーツに何を拒否反応を起こしているのか」という認識しかないのだろう。アニメやゲームでしか知らない僕でも、兵器というものがどういうものかは理解しているつもりだ。どれだけ言葉を並べても、ヒーローが生き物を殺していること自体は変わりない。むしろリアリティを追及するなら、ヒーローは国家が作らなければ組織と国家で裏取引はされているだろう。
久々にゲームをしながらそんな感想を抱いていると、部屋のドアは開かれた。
「あ、おかえり………」
そう言いながらもゲームは離さない。もう少しで相手を潰せるからだ。そして倒した僕はドアを閉めてから中々来ない同居人を見ると、布仏さんは疲れたような顔をした。
「……試合はオルオルが勝ったよ。でもみんなはおりむーが凄く頑張ったって騒いでる」
「そう」
勝敗には興味はない。万が一、僕がオルコットさんに勝ったとしてもどうにかして織斑君に負けてただろうから。
「しぐしぐは悔しくないの………?」
「? 全然」
素直に答えると、布仏さんは小さく何かを言ってそのままシャワーを浴びた。……一体、何だったんだろう?
「一年一組代表は織斑一夏君に決定です。あ、一繋がりでいい感じですね!」
翌日、ホームルームではそんな発表がされた。……布仏さんの話では負けたって聞いたんだけど、これは一体どういうことだろう。……あ、僕は関係からいいか。
「先生、質問です」
「はい、織斑君」
「俺は昨日の試合に負けたんですが、なんでクラス代表になってるんでしょうか?」
「それはわたくしが辞退したからですわ!」
山田先生よりも早く、立ち上がりながら腰に手を当ててそう宣言した。……辞退するなら最初から決闘を申し込まないでほしい。
「まぁ、勝負はあなたの負けでしたが、しかしそれは考えてみれば当然の事。なにせわたくしセシリア・オルコットが相手だったのですから。仕方のないことですわ」
………何だろう。別の意味で可哀想になってきた。
僕は机に突っ伏して寝る体勢に入りながら話を流しながら聞いていた。
「それで…まぁ、わたくしも大人げなく怒ったことを反省しまして、「一夏さん」にクラス代表を譲ることにしましたわ。やはりIS操縦には実戦が何よりの糧。クラス代表ともなれば戦いに事欠きませんもの」
最初から投票制にすれば良いんじゃないの? ってもう少しで声に出しそうになる。
「いやぁ、セシリアわかってるね!」
「そうだよね。せっかく男子がいるんだから、同じクラスになった以上は持ち上げないとね!」
「私たちは貴重な経験を積める。他のクラスの子に情報が売れる。一粒で二度おいしいね、織斑君は」
哀れな奴。精々、クラス代表になって周りから情報を売られて丸裸になればいい。僕を巻き込んだ報いだよ。
何やら僕に助けを求めてくるような視線を感じるけど、僕は我関せずだ。
「そ、それでですわね。わたくしのような優秀且つエレガント、華麗にしてパーフェクトな人間がIS操縦を教えて差し上げれば、それはもうみるみる内に成長を遂げ―――」
「生憎だが、一夏の教官は足りている。私が、直接頼まれたからな」
ここからの展開はなんとなく察した。僕はそのまま意識を飛ばして寝ることにする。
と思ったら、急に頭に衝撃が走る。
「起きろ、重大な話がある」
「……何ですか? 知能テストを受けたいなら政府に申請してくださいよ」
「受ける気なのか?」
「織斑先生は受ける必要あると思いますよ。今時、起こすだけなのに殴るなんて子供でもしませんよ」
「SHR中に寝るからだ」
「アホ二人がアホな会話を始めたので終わったと思ったんですよ」
ちなみに本人たちは自覚があったのか、何故か僕は睨まれた。いや、だってアホじゃん。
「それで、重大な話って何ですか?」
「これを受け取れ。そしてこれは手続きのための書類だ。今日中に読んでサインして提出しろ」
大きな音を立てて僕の前に大量の資料と何かが降ってくる。その前に灰色の何かが降ってきた。
「……何ですか、これは」
「「打鉄」だ。貸出用だがお前にも訓練機を1機、専用機として貸し出すことになった」
途端にクラス中が湧いた。僕は思わず耳栓をしたけど、何でこの人たちはわざわざ大声を上げるんだろう。
「ちょっと待ってください! どうして時雨君に貸し出されるんですか!?」
「そうですよ! 織斑君ならともかく、時雨はやる気のない態度ばかりじゃないですか! 昨日のもふざけてましたし!」
二つ目の発言をしたのは、昨日僕のことを馬鹿にした奴だ。本当にISに関わると頭が緩くなるのかな?
「そこまでだ。織斑には専用機が与えられたが、訓練機の場合のデータも欲しいということになってな。急遽用意することになったわけだ」
「…………」
僕はため息を吐く。どうして僕がそんな面倒なことをしないといけないんだろう。
「良かった智久。一緒に練習しようぜ」
「ごめんだね。まずは改修するに決まってるでしょ。個人的に「打鉄」のあのフォルムは好きじゃない」
特にブースターと一緒になっているスカートアーマーは邪魔だ。背中にウイングスラスターかランドセルタイプのブースターを装備する必要がある。もっと言えば両肩に浮いている盾も邪魔だ。
「……時雨。改修はするな。「打鉄」のままの使用しか認めない」
「……はい? 何言ってるんですか? 邪魔でしかない「打鉄」のスカートアーマーなんていらないんですが」
「さっきも言っただろう。お前に求められているのは訓練機使用時の戦闘データだ。微調整ならば認められるが、大きな改造は許可されていない」
………嘘でしょ? つまり何? 僕は「打鉄」しか操縦できないの?
「HRは以上だ。では、解散!」
いつの間に教卓に戻っている織斑先生はそう宣言する。僕はあまりの出来事を受け入れることがぜきず、1時間目の授業が始まるまで呆然としていた。