IS-Lost Boy-   作:reizen

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ep.54 特殊な婿決め

 そこは大きな試合場だった。地面は土で構成されており、中には100人近い戦士たちが各々武装している。とはいえ全員が木刀を所持しており、中には不満を見せる者もいるが全員が戦闘状態に入る。

 そして中央に表示されたカウントダウンが始まり、男たちの争いが始まる。

 

「………お嬢様。本当にこれが正しいのですか?」

「仕方ないじゃない。これが家の方針なんだから………」

 

 実のところ、今の楯無に実権はほとんどない。

 そもそも「楯無」という名前は代々更識家の当主に権利として受け継がれてきたものであり、現楯無である刀奈がその名を継いだのはあくまで学園内で動きやすくするためなのだ。

 それに楯無だってこの方法で婿を決めたいなんて思っていない。特に楯無は普通の人間ではないのだから結婚にはちゃんとした人を選びたかった。

 

(………やっぱり……あの子に頼めばよかった……)

 

 楯無は今更ながら智久に付き合ってもらうようにお願いすれば良かったと後悔する。

 彼女も本気で悩んでいた。記憶を失って普通の生活に戻った彼をまた暗部の人間にしていいのか。そもそも自分の姉のような存在が狙っている相手を自分が横から掻っ攫っていいのか? と。

 それが結局このような状態になるのだから、楯無は本気で後悔していた。

 

「ところで、あの一角が凄いことになっていますね」

 

 虚が気を遣ってか楯無に話しかけた。

 

「…………そうね―――あれ? あの子若い?」

「あの一角で暴れているのは、確か舞崎(まいさき)静流(しずる)君16歳。小学生の時にカツアゲしてきた中学生を入院させた経歴を持っているようです」

「………ごめん。どこから突っ込めばいいの?」

「まだありますよ。今回出場した経緯は更識の末端組織の麻薬密売現場に居合わせて、連れて来られたのが原因らしいです」

「………何でそんなことをしているのよ」

「当然切りました。それに居合わせたというか………彼の友人が無理矢理麻薬を飲まされたことが原因で動いていたようで、何人かは警察病院に入院しています」

「………………………彼、人間?」

「ちゃんとした人間でした」

 

 虚も異常な経歴にド肝を抜かれそうになったが。

 

「………せめて私、ちゃんとした人と結婚したいなぁ」

「確かに今のままだと、彼がなりそうですしね」

 

 荒くれ集団の中でも、大人を抑えて今も単身暴れているのだ。次々と危険と認識され、警戒され、攻撃されている。

 その状況を見ていた虚は、たった一角で動かないフード男を見ていた。

 

(………どうしよう……一応伝えたけど……もしダメだと思ったら辞退してね……智久君)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 僕、帰ったら本音さんようにコスプレ衣装を何着か作るんだ。そう明らかにフラグ発言をして戦いの様子を見守る。最初に僕の方に来ると思ったけど、別の人が目立ってくれているからそうでもない。

 

(その間に……今の内に……)

 

 誰にもバレないように手の中で電気をコントロールする。妨害ではなく単なる練習だけど。

 前々から自在に操れたらカッコいいだろうなぁとか、とあるお嬢様学校にいるカエルキャラ大好き中学生みたいに戦えたら戦略の幅が広がるなぁとか、色々と思うからこその練習だ。それに、僕は闇鋼がいるというだけで過信するつもりはない。

 

(………だから……生身でも強くならないと……)

 

 それが目的でこの試合に出た―――だから、僕は走り出す。

 木刀が支給されたのはあくまで相手を戦闘不能にするため。殺したらアウトで、素手が得意なら素手でも良いのがこの試合のルール―――なら、僕は木刀を飛び道具にして素手で倒す!!

 

「待ってたぜ、お前をよぉ!!」

 

 僕とあまり変わらない男の子が接近して拳を突き出す。僕はそれを少し身体を逸らしてから掴み、投げ飛ばした。

 着地したその子は僕に右足を伸ばして来たけど紙一重で回避した―――つもりだったけど、風圧でフードが飛ばされた。

 視界が開かれ、会場は騒ぎになるけれど僕は目の前の敵を倒すことを優先した。

 

「おい、あれって……」

「2人目の男性操縦者、時雨智久……」

「何でこんなところに―――まさか、奴も婿になりたいって言うのか!?」

「いや待て。確かあの男は複数の女と結婚できるよな!? じゃあ、姉妹丼を?!」

「でも学園の裏サイトじゃ布仏姉妹とデキているんじゃないのか!?」

「主従丼でも楽しむ気か……」

「「「それだ!!」」」

 

 外野の皆さんが何か騒いでるんだけど、あながち間違いじゃないけどそんなつもりでここに来たんじゃないんだからぁ!!

 

「………休憩するか?」

 

 相手から、何か憐れみの視線を向けられている気がする。

 

「大丈夫」

「そうか。じゃあ、続けるか!!」

 

 どうやら彼は戦闘狂のようで、僕に容赦なく蹴りを放つ。

 

「らぁッ!!」

 

 連続で蹴ってくるのを回避し、距離を取ると既に相手はジャンプしていた。そして回転して遠心力を使って僕の頭上に踵落としをしてくる―――そこまで予想した僕は回避すると、着地した地点を中心に地面が割れた。

 

「………嘘でしょ」

「伊達にヤーさん相手に喧嘩してねえんだよ」

 

 そんな人たちと喧嘩ができる人が相手か。

 でも、それくらいする人なら……本気を出して良いのかもしれない。

 

「覚悟は決まったか?」

「もちろん、行くよ」

 

 今度は僕がその男の子に攻撃を仕掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 更識家の婿になれると、いくつか有利になるものが存在する。

 その部分を利用する人間はやはり存在するもので、その1人でも北条(すぐる)は唖然としていた。

 そもそも、この試合では自分が優勝して暗部間の連携を高めるために、と思ったのだが、一般人の癖におかしいほど強い少年や没落したとはいえ実力があり存在そのものが凶悪とも言える轟家の次期当主が戦っている。

 

(………興味本位程度で来たのが、間違いだったか?)

 

 北条家の次期当主である卓は智久の事を知っていたが、ここまでやるとは……

 

(いや、あの少年に触発されている、か?)

 

 静流の能力は最早通常の人間のそれを超えている。まるで化け物のそれであり、智久もそれに応えるように力を出している。特に本来なら電気を使うことは更識や北条など遠い昔に轟家と関わりがあった者でも代々当主にしか伝えられていない。卓は次期当主であり確定事項でもあったため知っていたが、

 

(そんなポンポン使っていい物なのか……?)

 

 実は頻繁に使われているのだが、卓はそのことを知らなかった。

 

 

 

 

 

「……どういうことかしら?」

「さぁ?」

 

 その頃、更識陣営では虚は楯無に問い詰められていた。

 

「私は教えた記憶はないんだけど?」

「まぁ、彼独自の情報網でも持っていたのでは?」

 

 もちろん、虚だってバレたらタダで済むとは思ってはいない。しかし彼女は長年仕えた主がどこの馬の骨かもわからない男に主が奪われるのは嫌だった。それならいっそ、ある程度裏の事情を精通していて、理解してくれるかもしれない男とくっついてくれる方がありがたいのだ。例えそれで自分たちが泣くことになったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 舞崎静流は少し満足していた。

 妙な力を持っているが、それでも自分に食らいつこうとする弱者。今まで圧倒的な差を見せれば喧嘩を止める人間がほとんどで、大人すらも怯えて逃げるほどだった―――だが目の前の存在は、自分を相手にしても怯むどころか楽しませてくれる。

 

(まぁ、元々出ろ、としか言われてないし……)

 

 静流は智久を攻撃するのを止め、未だリタイアしていない大人を狙い始めた。

 

「ちょっ!?」

「あー、今日は楽しんだからもういいや。また今度戦おうぜ」

 

 そして今度は卓を蹴り飛ばし、自分と智久以外が倒れていることを確認した静流は堂々と宣言した。

 

「舞崎静流、リタイアします」

 

 その宣言により、智久が必然的に勝者となり―――楯無の婚約者となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 生徒会長のお父さんに呼ばれて、僕と虚さんは説教されていた。

 

「まさかそんなことになっていたとはな」

「申し訳ございません、16代目。ですが私は17代目の右腕として、あのような方法で決めるのはどうかと思いました」

「過去にその方法で決めていたとしても、か?」

「はい」

 

 ………虚さんの気持ちは、少しわかる。

 幸那は今、姉さんの所にいる。もしそれが全く知らない別の人なら、僕だってとっくに探しに行っているはずだから。

 

「………全く。だが、まぁいい。結果的にこちらにとっては得となった。それで時雨智久君、君は本当に私の娘たちと結婚する意志はあるのか?」

「は……え? 今、「たち」って言いませんでした!?」

「ああ。それに元々君は簪の婚約者―――だがいずれは刀奈とも子どもを作ってもらうつもりだった」

 

 ……え? どういうこと?

 

 いや、簪さんとの結婚は記憶的に僕らは許嫁だったし良しとして、どうして僕が別の人と子どもを作るって話になってるの!?

 

「轟家の遺伝子は貴重だ。そのためにはどのような手段を持って手に入れるのが最適。例えそれが親として成してはいけない事だったとしてもな」

「……………そろそろ、聞きたいことがあるんですが、「刀奈」って誰ですか?」

 

 この時、僕は本気で「楯無」が生徒会長の名前だと思った。……でも娘に「刀奈」というのはアウトだと思う。簪はセーフだと思うけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 舞崎静流は今年度高校生になったばかりだ。

 その素性謎に包まれている。更識がわかっていることは現在は癌や寿命で祖父母が死んでいること、また女尊男卑の影響で捨てられたことだろう。

 しかし静流はそのことを気にした様子はなく、ただいつも通りに暮らしていた。

 

「ただいま」

 

 すると、一人暮らしのはずなのに中からパタパタとスリッパによる足音が聞こえてきた。長い髪に齢10歳くらいの少女が駆けてくる。

 

「おかえりなさい」

「ただいま、楓」

 

 静流は基本的に小さい子が好きで、楓の頭を撫でようとするがまだ手を洗っていないことに気付いてまずは洗面所に入って手と顔を洗った。

 

「おかえり、静流君。婿決めの試合はどうだった?」

「霞さんの予想通り、時雨智久が出ていたぜ。にしてもよく分かったな。自分の弟が出るって」

「まぁ、彼もまたオスという事だ」

 

 その言葉の意味がわからず、静流は首をかしげるが深く気にしないことにした。

 

「……で、今度はいつまで滞在するつもりなんだっけ?」

「しばらくは日本で任務があるみたいだ。厄介になるよ」

「別に楓ちゃんがいるならいつでもいてくれて良いけど」

 

 今では小学生くらいだが、10年すれば立派に大人同士の結婚となる。それを見据えての話だが、霞は少し警戒している。

 

「にしても、アンタの弟は結構強いな。アンタ以来だったよ。あそこまで戦いを楽しめたのは」

「そう言ってくれると嬉しいな。同年代で君くらいしか本気を出した智久を止めるぐらいしかできないから」

 

 ―――織斑一夏は使えないしね

 

 それは一体何を示しているのかわからなかった静流は、これ以上は突っ込まないようにした。

 

「ところで、藤原幸那の容態は?」

「問題ないさ。色々とね」

「………あんまり弟さんを怒らせるのはマズいんじゃないかなぁ?」

「それに関しては問題ない。で、君は一体何者なんだい?」

 

 霞の問いに察したらしい静流だが、惚けるように言った。

 

「俺がいない間にこの家を調べたのか。だけど残念だが、俺はこの家のことに関しては全くわかっていない。おそらく地下のことはじいさんがしか知らなかったはずだぜ」

 

 祖父母の家を引き取った静流だが、其処には思いがけないものが存在していた。

 家の地下にはまるで格納庫のように大きな施設が存在している。静流はそれに関しての文献は所持しておらず、どうしてそれが地下に存在するかわかっていなかった。

 

 静流たちは移動すると、2人の少女がアニメを見ている。静流は楓を持ち上げて自分の膝に上に乗せる。楓は嫌がる様子を見せず、むしろまるでいつも通り言わんばかりに定着した。

 

「………良いなぁ」

 

 と、ボソリとつぶやく幸那。

 3人共その言葉に驚くが、幸那はあくまで楓が静流がしている「行為」が羨ましいだけであり、決して「静流にされている」ことに関してではない。

 

「………あー、俺は死にたくないぞ?」

「? 何の話ですか?」

 

 自分の言ったことにあまり自覚がない幸那。

 タイミングを計ったように霞の端末に連絡がかかってきた。

 

「何かしら? ………わかったって言いたいけど、もう夜よ? そう。だけど金輪際時間を考えてね」

 

 そう言って切った霞は、言いにくそうにしてから言った。

 

「……今度の作戦会議を始めるから戻って来いって」

「…………」

「……私、あそこ嫌い」

「そう言わないで。終わったらちゃんと帰ってくるから」

 

 霞も嫌だったが、2人を連れて部屋から消えた。

 翌朝、静流が目を覚ますと楓が抱き着いたので、彼はそれを見て笑ったとか。




次話で一応、夏休み編は終了です。

クワガノンがレベル31でむしのさざめきを覚えると知って地味にショック受けてます。

デンヂムシの現在のレベル40

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