「………零落白夜が、ない?」
「……たぶん、それは智久が専用機所持者として再登録されたからだと思う。元々白式は篠ノ之束が織斑一夏用に調整したものだけど、たぶん他の人が装備したらこうなるんじゃないかしら? いわば、零落白夜は織斑姉弟専用技だと尊重したいのかもしれないけど……雪片の場合はそうはいかないのよね。……で、どうして零落白夜?」
「ちょっと邪魔だから消えてもらおうと思って」
「いや、仮にも貴重なエネルギー無効化機能よ? そこはデータを取ってどうにかするべきじゃないかしら?」
「そんな必要ないよ。だって―――そんなのは所詮僕らのような素人を甘えさせるための機能でしかないから。それに、土産もあるしね」
だからこそ、織斑君は全く成長しなかったわけだ。
あの時の織斑君は少しおかしい気がしたけど、まぁどうでもいいか。
「この、逃げてるばかりのくせに」
「やはり君たちは馬鹿だね。戦略もせの字も知らないなんて、生きていて恥ずかしくないのかい?」
「このガキ―――!?」
《雪片弐型》を収納した僕はもう1人を思いっきり殴った。
「お、女の顔を殴るなんて、男の風上にも置けない屑が!!」
あ、そう。
もう一度僕は《雪片弐型》を展開して、彼女のとある部分に遠慮なく刺した。どうやらISには女性の股間を守る機能はあるらしい。まぁ、受け入れ許容外の物が刺さったら一大事だしね。しょうがないか。おかげでシールドエネルギーを一気に減らせたし。
「……死になさい……アンタみたいな屑、死んで当然よ!! いくらアタシが可愛いからって―――」
―――はぁ?
思わず僕は噴いてしまった。誰が一体可愛いって? ば、馬鹿じゃないの?
「ありえない……ありえないよ……君が可愛い? ねぇ君、頭大丈夫?」
「ふざけるな! これでも私はミスコンで優勝したことが―――」
「どうせ君が脅して入れさせたか、運良く君の周りに可愛い女の子がいなかっただけってオチでしょ? それなら君みたいなブスだってミスコンで優勝できるよねぇ」
全く。こんなゴミ女がミスコンに優勝できるわけがない。どうせ汚い手を使ったんだろうさ。
「ふざけるな! このクソ野郎が!!」
その言葉で、僕はとうとう完全に切れた。
■■■
―――バンッ!!
智久が開いている左手を女に添えるとラファール・リヴァイヴが壁にめり込むほど吹き飛ぶ。
「ふざけるな………? クソ野郎………?」
ゆっくりと言葉を紡いだ智久は瞬時加速でラファール・リヴァイヴに接近して顔を思いっきり殴り、《雪片弐型》でシールドエネルギーを奪おうとした。瞬間、もう1機が智久に攻撃するが簡単に回避して相手を斬りつける。
「ど……どうして!?」
「死角から攻撃したはずなのに、それとも僕が弱いと高を潜って奇襲をかけたの? 何か勘違いしていない? 今の白式の操縦者は時雨智久であり織斑一夏じゃない。あんな雑魚に通じるからって僕も同じだなんて思わないでよ。不愉快―――だ!!」
蹴り飛ばして同じく壁にめり込ませ―――られる寸前、立ち直って先程までやられていたもう1人と同時に集中砲火を浴びせる。智久は少しダメージを受けながらも凌ぎ、何かを出そうとしたが何も出て来なかった。
「隙を見せたわね!」
「畳みかけ―――」
瞬時加速による蹴り。それをまともに食らった奇襲をかけた方は壁とはかなり距離を取っていたというのにめり込むほど衝撃を加えられていた。さらに言えば、智久の瞬時加速の移動距離は先程までの比じゃない。それもそのはず、智久はさっきの一瞬で白式から闇鋼に換装していたのだから。
「………僕は女尊男卑になっても、女を決して嫌わなかった」
闇鋼の全身に装飾されているラインがまるで心臓が震えるように光を放ち始めた。
「その理由は、僕の周りにいる女は僕のことを認めてくれたからだ。例え僕が、かつて僕を殺そうとした女性に障害を負わせたとしても」
「な、何を―――」
「だから僕が制裁を下す―――いや、下してやる」
右腕部装甲に内蔵されている指同期型の爪で握り拳を作って殴り飛ばし、施設内にアラートを響かせるほどラファール・リヴァイヴをめり込ませた。
「………これは正式な試合じゃない。だから、僕の勝ちだ」
そう宣言した智久はカタパルトに着陸し、平然と中に入っていく。
実際のところ、智久の反則負けであるが誰もそのことを指摘しない。
雫は中に入り、2人を救助してから智久が入ったピットに向かう。そこには来た時の服装と全く同じ格好をした智久が立っていた。
「……何か用ですか」
その言葉に答えを返さず、智久は無理やりお姫様抱っこした。
雫は突然のことで混乱したが、彼女の顔に落ちてきた水滴によって暴れるのを止めた。
「……智久、様……?」
「ごめん。本当は1人でって思ったけど………ちょっと思っちゃったんだよね。僕は弱いって」
瞬間、2人の銃声が鳴り響いた。
智久曰く、これは正式な試合ではない。だから自分の勝利だ。
だが、それはあくまでも彼の自論であり、彼女らには関係ない。
「約束通り、あの男の負けだ。なにせ勝負がつく前に勝手に換装したんだから」
「……そうだね。約束通り君たちは解放しよう」
政道のその言葉に残り3人の拘束も解かれ、外へと案内された。
5人が喜んだ瞬間、乾いた音が鳴った。
「……え?」
4人が力なく倒れる。政道の護衛と思われる2人が一緒にいたが、その2人は銃を構えていて先端から煙が上がっている。今の銃撃で4人が力なく倒れ、それぞれ撃ち抜かれた足の箇所を悲鳴を上げながら抱え始める。
「待って。私たちを解放してくれるって話じゃ―――」
「今しがた解放しただろう? だが、その後にどうなろうと私たちが知ったことではない」
そう言って政道は銃を最後の女に向けて引き金を引く。銃弾が女の耳にかすり、2発目で耳を貫通させた。
「あ! あああああああッ!!」
―――パンッ!
今度はこめかみをかすらせ、黙らせた。
「生憎、ここにいるのは私を除き自ら裏の道を選んだ馬鹿しかいない………だがな、そんな馬鹿でもたった1つだけ忘れていないものがある」
「……な、何?」
「親から受けた愛情だ」
肩を撃ち抜かれて痛みのあまりに悲鳴を上げるのを政道は無理やり黙らせた。
「当時は今の倍以上忙しくてな。私はずっとあの人に預けられていた。ほとんどが私が来ていた時に施設にいた者たちだよ」
「……待って。何でもする。私はあなたに身体でも溜め込んだ財産でもなんでも渡すわ! だから、殺さ―――」
今度は太もも―――いや、全身だった。
他の場所でも猟奇的な状況が繰り広げられているが、政道は気に留めていなかった。
「………ど……して……」
「お前たちが無駄に撒き散らしたためだ。そうそう、君に指示した女はどうなったと思う?」
「…………」
「……死んだか」
実のところ、北条家が彼女らをあっさりと捕まえることができたことには理由があった。協力者が情報を吐いたからだ。もっとも、その協力者は既に死亡していて、娘もいたが彼女は別の形で拘束されている。もっとも、母親とは違ってとある教育プログラムを構築するための材料とするために拘束している。
「……政道」
「大丈夫。雫が飛び込んでくることはない。そのためにあの少年に付いていてもらったんだからな」
政道は一目見て智久が大切な物のために戦う存在ということを察知し、敢えて殺さないようにと手紙を渡しておいたのだ。
「………彼には悪いことをしたと思っている。だが、まだ彼はそれを行うべきではない。こういうことは、我々大人の仕事だ」
「……そうだな」
男と政道はどこか虚しそうに……そして満足そうな複雑な笑みを浮かべた。
IS学園の武道場。その剣道場の中では夜も遅いというのに箒は一人で竹刀を振りつつ、自分に起こったことを整理していた。
ここしばらく一夏の練習に付き合っていて中々剣道場に姿を現さなかったことを周りから非難されると思ったが、空気がそれどころじゃなかったのだ。
「みんな怯えているんだよ?」
「……何に、ですか?」
「時雨智久に?」
部長に訳を聞いた箒は、予想外の言葉に驚きを見せる。
「まぁ、わからなくもないよ? 普段はニコニコと笑顔を振りまく女の子と一緒にいて無害な反面、うっちーと一緒に試行錯誤して武器開発したり装甲開発したり、休みの日に練習しに来たら先に来ていて体操服で素振りしていることを知らなければ本当に無害だしね? そんなショタっ子が気が付けば大きくなって、圧倒的な力で周りを蹂躙すれば、普通は怖がる?」
「……じゅ、蹂躙って……」
「いや、あれは蹂躙そのものだったよ? しかもあくどい顔をしてたし?」
「………そうですけど。ところで、さっきの「うっちー」って誰ですか?」
「布仏虚。私の敵?」
「いくら癖でもそこで疑問形はおかしいです」
突っ込みながらも箒は内心驚いていた。まさか智久が開いている剣道場で素振りをしているなんて思っていなかったからだ。
IS学園の部活の設備は他の私立高の比ではない程充実している。剣道場もそうだが、空手部や柔道部にそれぞれ専用の部屋が存在するのもかなりの予算が割り当てられている証明だろう。
「………そういえば、部長はあまり時雨のことを悪く言いませんよね?」
「そりゃあね? 彼は真面目だし? 裏方の人間で彼を悪く言うのはうっちーのファンか操縦科か、かいちょーちゃんのファンくらいじゃない?」
「意外に多いですね」
「まぁねぇ? IS操縦者って負けず嫌いとかが多いしねぇ?」
と言いながら睨まれるような錯覚を覚えた箒は慌てて目を逸らした。
(………私は)
改めて思い返す。自分は少し、馬鹿だったのではないかと。
(……いや、大馬鹿者だな)
箒はふと、千冬に言われたことを思い出した。
「どういうことですか、姉さんが仕組んだことって」
「……残念ながら裏付けは取れていないが、な。だが現状、どの国もISコアの開発ができない。なのにISでここで襲撃し、現状どこからも返還申し出が来ていない。つまり、使い捨てたわけだ」
「………ですが、それは国に不利益をもたらすと思ったのでは?」
「その線も確かに残っているが、理由などいくらでも作れるさ。結局、アメリカからは謝罪文程度しかないしな。それに、理由は他にもある。紅椿の展開装甲が《雪片弐型》の可変機構を流用していることだ。時雨が途中で邪魔をしたが、おそらくあの時束はそう言おうとしていたはずだ」
「………では、一体何のために―――」
「………さぁな。と、誤魔化したいところだが、実のところある程度の予想はある」
「何ですか?」
「……おそらく、お前と一夏の仲を応援するため、そして私の弟として世界に恥じないように、だろう」
そう指摘された箒は顔を青くする。
「そんなこと……あるわけ―――」
「これをすることによるメリットが1つだけある。それは、2人を世界からの脅威から守れるという点だ」
「……せ、世界からの脅威……?」
「そうだ。たぶん一夏から聞いていないだろうが、3年前、一夏は誘拐されている」
「……え?」
信じられなかった。
自分が誘拐されることに関して理解はできた箒だが、一夏が狙われるイメージはあまりできない。
「目的は未だ不明だが、その日はモンド・グロッソの決勝戦。その寸前に私の元に一夏がさらわれたという旨がわかるようなメールが届いた」
「……一夏が以前に言っていたことって」
「そうだ。私は一夏を助けるために試合を捨てた。そのようなことが私の身内ですら起こりうるんだ。正直なところ、時雨が物凄く怯えて専用機を用意するように言ってきたこともあるが、よく理解しているなと思ったよ」
箒は素振りを終えて掃除をし、道場を後にする。移動の時もずっと智久のことや束のこと、そしてこれからの自分のことを考えていた。
(私は………私のあの考えは…姉さんに読まれていたというのか……)
箒にとって束と言う存在は、邪魔だった。少なくとも最後のISコアを置いて消えた後は彼女にとって地獄でしかなかった。度重なる尋問に両親と引き離されたこと。中学生活は本当に苦しいものだった。
(……姉さん、あなたは……一体何を考えているんだ……)
歳を重ねるにつれ、ますます姉の思考が理解できなくなっていくことに、箒はいよいよ恐怖を覚え始めていた。
その頃、束は肩で息をしていた。
度重なる襲撃にいよいよ彼女が開発した研究所型移動要塞が耐えきれなくなってきているのだ。
(………一体、どうなってるんだよ……)
ありえない。少なくとも、自分の技術力に周りが追いついたということはないと考えている束は、次々と現れる敵に焦りを覚えていた。
ビットやミサイルで迎撃し行く。あまりの忙しさに彼女に一瞬の隙が生まれた瞬間、研究所に熱線が貫通し、爆発が起こった。